【332】 お嬢様探偵  (柊雅史 2005-08-09 03:54:18)


にゃあ、とどこからか猫の鳴き声が聞こえてきて、祐巳と瞳子ちゃんは揃って歩みを止めた。
放課後の、薔薇の館に続く中庭の並木道。この辺りに出没する猫といえば、一匹しか思いつかない。
「あ、ゴロンタ!」
「あ、セイさま!」
目当ての猫を発見した祐巳と瞳子ちゃんが、同時に口を開く。
前者が祐巳、後者が瞳子ちゃんである。
「……セイさまって、ナニ?」
「そちらこそ。ゴロンタってなんなのですか。可愛くないですわ」
「そんなことないよー。それに、なんでセイさまなのよ、絶対おかしいよ、それ」
「そんなことありませんわ。去年、たまたまあの猫を見掛けた時に、回りの方々が口々に『セイさま』と呼んでいたのを聞いていたクラスメートがいるのです。こちらが正式名称ですわ」
えっへん、と胸を張る瞳子ちゃんだけど、それはきっとゴロンタに餌を上げている聖さまのことだったんじゃないかな、と祐巳は思う。
「こっちに来ないでしょうか」
瞳子ちゃんがしゃがみこんで、おいでおいでと手招くけれど、ゴロンタはじっとこちらを見詰めたまま動こうとはしない。
「残念ですわ。相変わらず無愛想なのですわね」
ため息を吐く瞳子ちゃん。確かにゴロンタはリリアン女学園のアイドルなのだけど、その割に愛想はよろしくない。祐巳の知る限り、ゴロンタが慣れていたのは聖さま一人で、祐巳にだって聖さまがいないと絶対に触らせてはくれないのだ。聖さまが一緒にいれば、物凄く「仕方ないなぁ」と言いたげな表情で、黙って触らせてくれるのだけど。
「無理だよ、ゴロンタは人に懐かない子なんだから」
「最初から諦めてどうするのですか。祐巳さまも手伝ってくださいませ」
ぐいぐい祐巳の手を引っ張る瞳子ちゃんは、少し頬を赤くして一生懸命である。もしかしなくても、かなりの猫好きなのではなかろうか。
さぁご一緒に、と祐巳を促す瞳子ちゃんを可愛いなぁと思いながら、祐巳はおいでおいでとゴロンタに手を振った。
「にゃ?」
ゴロンタが鼻をひくひくさせて首を傾げると、とっとっとっと軽い足取りで近付いてくる。
「ゆ、祐巳さま! セイさまが近付いてきますわ!」
瞳子ちゃんが興奮した様子で、ぐっと祐巳の腕を掴んでくる。
「う、うん。そうだね」
頷きながら祐巳はふと思う。
まさかゴロンタ、今年の一年生に『セイさま』と呼ばれることで、性格まで聖さまに似てしまったんじゃないだろうか?
ふんふんと祐巳の腕に鼻を擦り付けるゴロンタの様子に、祐巳は半ば本気で心配になる。聖さまのセクハラ病は種族をも超えて感染するのか。
「くああー、可愛いですわ、可愛いですわ! 祐巳さま、羨ましいですわ!」
瞳子ちゃんが祐巳の腕を抱え込みながら、そっとゴロンタに手を伸ばしている。
「あああ、触ってしまいましたわ、祐巳さま!」
喜ぶ瞳子ちゃんに、祐巳も頬が綻んでしまう。
(瞳子ちゃん、喜んでるな〜。それにさっきから、腕に柔らかいのが触れてる〜。気持ちいいかも〜)
思考はもはやセクハラおやじ。
聖さまの病気は、どうやら祐巳にも感染している様子だった。


          ◇     ◇     ◇


ゴロンタとの予期せぬコミュニケーションを成功させてほくほく顔の瞳子は、祐巳さまと一緒に薔薇の館を訪れた。
「あら、瞳子ちゃん?」
薔薇の館に入ったところで、一階の物置から白薔薇さまが顔を出す。
「ごきげんよう、遊びに来てくれたの?」
「ごきげんよう、白薔薇さま。今日は祐巳さまに誘われまして。――お掃除ですか?」
「ちょっと探し物をね」
白薔薇さまが答えたところで、奥から乃梨子さんの「志摩子さん、見付けたよー!」という声が聞こえ、大きな包みを手にした乃梨子さんが倉庫から出て来た。
「あれ、瞳子じゃん」
「ごきげんよう、乃梨子さん。いきなりご挨拶ですわね」
「学園祭からこっち、あまり顔を出さなかったから、珍しいなと思って」
「それは別に、たまたま来る機会がなかっただけですわ」
ぶう、と瞳子が口を尖らせると、乃梨子さんは「膨れないでよ、ごめんごめん」と瞳子の頬を突っついた。
「――ところで、それは?」
「プロジェクターのスクリーン。環境整備委員会で使うんだって。確か薔薇の館にあったからって、志摩子さんが探してたから手伝ってた」
「そうですか。乃梨子さん、お顔が汚れていますわ」
「そう? 結構苦戦したから。奥の方に挟まってて――」
乃梨子さんが疲れたようにそう説明を始めた、その時だった。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
いきなり、階上から祐巳さまの悲鳴が聞こえてくる。
「え!?」
「祐巳さん?」
乃梨子さんと白薔薇さまが上を見上げる。瞳子も急いで上を見上げ、慌てて駆け出していた。
祐巳さまは瞳子が乃梨子さんと話を始めたのを見て、先に階段を上がって行った。一体何があったのか分からないけれど、今の悲鳴は尋常じゃない。
ダダダッと音を立てて階段を駆け上がる。背後からは乃梨子さんと白薔薇さまの気配。
「乃梨子さん、中にどなたかが!?」
「わかんないけど、多分誰もいないはずだよ!」
階段を駆け上がったところで、祐巳さまがビスケット扉を勢い良く開けて飛び出してくる。
「祐巳さま!」
慌てた様子の祐巳さまに駆け寄る。乃梨子さんがその脇を抜けて、部屋の中に飛び込んだ。
「乃梨子、気をつけて!」
白薔薇さまも乃梨子さんに続いて部屋の中に飛び込む。瞳子は祐巳さまを抱きかかえるようにして守りつつ、事情を尋ねた。
「祐巳さま、どうしたのですか? 一体何が……?」
「なくなってるの!」
「なくなってる? 何がですか?」
「数珠リオがなくなっちゃってるの!」
祐巳さまが叫ぶように言ったところで、乃梨子さんが部屋から戻って来た。
「瞳子、部屋には誰もいなかったけど……一体、何が?」
「よく、分かりませんけど……」
瞳子はおろおろしている祐巳さまを見ながら、答えた。
「数珠リオが、なくなったそうですわ」


          ◇     ◇     ◇


落ち着いた祐巳さまから事情を聞いたところ、部屋に置いていた数珠リオがなくなっていたそうなのだ。
「全く、そのくらいで悲鳴を上げないで下さいませ! 本当に何事かと思いましたわ!」
「そのくらいって……。だって、大切なものだもん」
しゅんとする祐巳さまに、ちょっと瞳子は嬉しくなる。祐巳さまの言う数珠リオとは、学園祭で瞳子がクラス展示の記念品用に作成したお土産だ。
祐巳さまはそれを大事にしていて、学園祭以降は毎日身に着けていてくれたそうだ。
「今日は家庭科の授業で調理実習があったから、巾着に入れて外してたんだけど……」
祐巳さまが項垂れながら言う。
「その巾着ごと、なくなってるの。薔薇の館に置いていたのに……」
「それなら私も見ました」
乃梨子さんが思い出したように言う。
「志摩子さんとここに来た時に、テーブルの上に置いてありました。祐巳さまの鞄と一緒に」
乃梨子さんの証言に白薔薇さまが頷く。
「私も巾着は見たわ。中身までは分からなかったけど……」
だとすると、祐巳さまの記憶違いという線はなさそうだ。
「どうしよう……せっかく、瞳子ちゃんが作ってくれたのに」
「祐巳さま……気にしないで下さいませ。なんなら、瞳子がまた作って差し上げますわ」
そう言った瞳子に、祐巳さまが首を振る。
「やだ。あれが良い……」
「祐巳さま……」
うるうると目に涙を浮かべる祐巳さまに、瞳子の心の中でふつふつと怒りが沸いて来る。
一体誰が、何のためにあんなビーズで出来た粗末な数珠リオを盗んだのか分からないけれど、祐巳さまにこんな顔をさせた時点で許されることではない。
瞳子は毅然と立ち上がって、宣言した。
「分かりましたわ、祐巳さま。数珠リオは必ず見付け出します! 私が、松平瞳子の名にかけてっ!」




薔薇の館から消えた数珠リオ。
果たして瞳子は数珠リオを探し出し、再び祐巳さまの手首に巻いて差し上げることが出来るのだろうか?
そして数珠リオを盗んだ犯人とは?
次回、タイトルは運任せ!
燃える瞳子の大捜索が開始するっ!
乞う、ご期待っ!


※【No:338】問題編その2へつづく


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