【333】 姉妹交錯  (まつのめ 2005-08-09 13:06:59)


【No:314】真説逆行でGO →【No:318】→【No:326】→ これ。



 お手伝い? お手伝いというと、乃梨子ちゃんが志摩子さんの妹になる前にやっていたあれのことだ。そして瞳子ちゃんや可南子ちゃんも学園祭のころ同じようにお手伝いをしてくれていた。でもこの時期に手伝いって何だろう。今ごろはまだそんなに忙しくないはずなのに。
 考え込む祐巳を見て紅薔薇さまは言った。
「そうね。説明が必要よね」
 祐巳が山百合会について何も知らないから悩んでるんだと思ったらしい。
 でも、それを言ったら話がややこしくなるのは目に見えてるし、いらぬ詮索をされてボロを出してしまうかもしれない。
 でも『ボロを出す』ってなんだろう。未来から来たってこと?
 というより、知らないはずのことを知っているってことだろう。
 未来から来たなんて言ったら『おかしい人』だって思われるに決まってるから、当然いいわけを考えなければいけなくなる。でも変ないいわけをしたらかえって怪しまれてしまう。
 なるほど、これは知られてはいけないことなのだ。
 祐巳がそんなことを考えているうちに、薔薇さま方の話は山百合会の仕組みの説明から今のこの時期は人手不足なのだという話に及んでいた。
「それでね、私と黄薔薇さまには頼もしい妹がいて仕事を手伝ってくれるのだけど、白薔薇さまだけはまだ妹が居ないのよ」
「はぁ」
「新入生歓迎会のときは白薔薇さまのクラスメイトにお手伝いをお願いしたんだけどそのときは一度きりと言う約束だったからもう当てにできなくてね」
「今は良いけどこれから学園祭に向けて際限なく忙しくなっていくのよね」
 薔薇さま方の話は続いた。要約すると白薔薇さまをサポートして欲しいと。でもそれ専門って訳でもなく、とにかく生徒会の仕事は手伝って欲しいということだった。
 どどのつまり、ターゲットは白薔薇さまだ。
「お話はわかりました」
「それは良かったわ」
「でもなぜ私なんですか?」
 接点はあった。あの桜の木の下で祐巳と志摩子さんで自己紹介をした。おそらく白薔薇さまから祐巳の名前を聞き及んだであろう。
 だからそれは黄薔薇さまではなく自分自身に対する問いかけなのだ。
 ――もしあのとき祐巳が居なかったら。
 あの桜の木の下の出会いから、志摩子さんと白薔薇さまの出会いは始まるはずっだったのかもしれない。
「おめでとう、全一年生のなかから厳選な審査の結果あなたが選ばれました」
 黄薔薇さまはわざとらしく両手を広げて言った。
「し、審査?」
「祐巳ちゃん、まじめに考え込まない方が良いわよ」
「えっ?」
「嘘よ。でもあなたの反応なかなか面白いわね」
 そして黄薔薇さまが「気に入ったわ」と続けた言葉に被さるように、会議室の扉が向こう側から乱暴に開かれた。
「何やってるのよ!」
 すごい形相で立っていたのは聖さまだった。

「何を?」
「今日は放課後の集会は都合により中止じゃなかったのかしら?」
 聖さまはおよそ友好的じゃない口調で言った。
「そうよ、私と江利子は個人的な都合でここに残っているの」
「よくあることでしょう? 聖は何が気に入らないのよ?」
「何もかも気に入らないわ」
 江利子さまの言葉を突っぱねるように言い放って、聖さまはテーブルのところまで歩いてきた。
「まずお二人に伺いたいわ、どうしてこちらのお客さまがここにいらっしゃるのかしら?」
「お客さま? 福沢祐巳ちゃんのこと?」
「福沢祐巳ちゃんには山百合会のお手伝いをしてもらおうと思ってるのよ」
「何ですって……」
 テーブルに置かれた聖さまの手が震えていた。
「そういうお節介やめてもらえない!」
 こんな感情的な聖さまは見たことが無い。激情を発露させる聖さまの横で祐巳は縮こまっているしかなかった。 
「何がお節介なのかしら? お手伝いの件はあなたとは無関係なはずでしょう?」
 さっきは『白薔薇さまのお手伝い』なんて口に出していた紅薔薇さまは平然と言った。
 彼女のスタイルなのだろう、聖さまを挑発する紅薔薇さまはかつて祥子さまを苛めていた姿とダブって見えた。
「関係ないはず無いじゃない」
「どうしてそう思うのかしら?」
「このまえ私はあなたの前でうっかり一年生の名前を挙げてしまった。その人物が私に内緒で薔薇の館に呼び出されているのよ。これを偶然と思えという方が無理だわ」
「うっかり、ね」
「うっかり口を滑らせたのは今でしょ?」
「……」
 言葉に詰まり、目を瞑った聖さまは泣きそうな声を絞り出して言った。
「出て行って」
 そして聖さまは祐巳のほうに顔を向けた。
「え?」
「聞こえないの? あなたよ。今すぐこの部屋を出て行きなさい」
「せ、聖さま……」
 祐巳の言葉に聖さまはびくっと反応した。
「言う通りにしてあげて」
 紅薔薇さまがそう言ったのだけど祐巳は一歩も動けなかった。
 その言葉には黄薔薇さまが頷いて祐巳は黄薔薇さまと一緒に部屋から外に出た。

 薔薇の館を後にした祐巳は黄薔薇さまに付き添われながら薔薇の館であったことを思い返してした。
 まず姉がいるか聞かれて、手伝いをお願いされて、突然聖さまが現れて……
 聖さまは『うっかり』紅薔薇さまの前で祐巳の名前を挙げたと言った。
 どうして聖さまがあんなに取り乱したようにしてたのかまでは判らないけど、一つだけ判ったことがある。
 つまりこれは『本当』は志摩子さんが経験するはずの出来事だったのだと。 もう疑いようも無い。 祐巳は志摩子さんと聖さまの出会いに割り込んでしまったのだ。

 これからどうなってしまうのだろう。
「あの……」
 何を聞きたいというのでもなかったが、祐巳は不安から隣を歩いていた黄薔薇さまに声をかけた。
「あの二人なら放っておいて大丈夫よ。仲介なんてしようものなら余計こじれちゃうんだから。むしろ徹底的にやりあった方がいいのよ」
「いえ、私……」
 どうしよう。志摩子さんの居場所になるはずだったものを壊してしまった。
「どうしたの? 別にあなたのせいじゃないのよ。そんなに気にしな……泣いてるの?」
 どうしたらいいか判らない。
 あの時引き返してでも志摩子さんを呼ぶべきだったんだ。お姉さまの言うことに従わなかった私のせいだ。
「あら祥子じゃない」
「え?」
 顔を上げるとこちらに向かってくるお姉さまの姿が見えた。
「今日は会合は中止って聞かなかった?」
「ええ、聞いております。黄薔薇さまこそ薔薇の館に何か用事でも?」
「私は個人的なことよ。もう済んだわ」
「そう……」
 そう言って祥子さまは祐巳の方を見つめた。
「この子は今日のお客さんよ」
 江利子さまの言葉を聞いているのか祥子さまは祐巳の前に来て両手で包み込むように頬に手を当てた。
「ちょっと、祥子!?」
 その行動に驚く江利子さまを無視して祥子さまは祐巳に顔を近づけた。
「祐巳、何て顔してるの?」
「お姉さま、私……」
 祐巳は祥子さまに抱き寄せられてそのまま胸に顔をうずめて泣きじゃくった。
「祥子。私や蓉子にに言わなきゃならないことがあるわよね?」
 少し怒りを含んだ黄薔薇さまの声が背中の方から聞こえた。
「江利子さま。少しだけ今見たことを忘れていただけませんか?」
「私が黙っていると思って?」
「どちらにすれば『面白い物』が見られるか江利子さまなら分かってらっしゃる筈です」
「……ふふ、そうね。祥子の思惑通りってのがちょっと気に入らないけど、まあいいわ。忘れてあげる」
「ご協力感謝します」
「でもこの貸しはいつか返してもらうわよ」
「そのつもりです」
「じゃあね、祐巳ちゃんまた会いましょう」
 そう言った後、黄薔薇さまの足音は遠ざかっていった。

「場所を変えましょう」
 そういう祥子さまに祐巳は不安げに言った。
「あの、良かったのですか?」
「なにがかしら?」
「その、江利子さまの前で……」
「大丈夫よ。多分ね」
「でも……」
 秘密にしておくとおっしゃったのにあんなこと。祐巳も祥子さまのことを「お姉さま」と呼んでしまったし。
「私にあんな顔をした祐巳を放っておけというの?」
「え……」
 祥子さまはそう言うと先に歩いていってしまった。
 先を歩く祥子さまを慌てて追いかけて辿りついた先は古い温室だった。

「……そう、白薔薇さまが」
 薔薇の館であったことを祥子さまに話した。
「私どうしたら」
「祐巳、志摩子を連れて行けなかったからってそれだけで全てが終わってしまうわけではないことは判るわね?」
「はい、でも」
「志摩子はまた別の機会に連れて行けば良いわ」
「それで良いのですか?」
 聖さまは志摩子さんじゃなくて祐巳に特別な想いを持ってしまったみたいだし。
「あれだけ縁があったのよ。あの二人なら一緒に居ればいつか同じように惹かれ合うにちがいないわ」
 だから悲観的に考えるのはおよしなさいと、そう言われて祐巳はだいぶ気が楽になったのだった。


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