【3329】 頑張れ由乃!  (ex 2010-10-16 19:33:17)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:これ】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

--------------------------------------------------------------------------------

〜 10月1日(日) 夕方 祝部神社 〜

 佐藤聖は、祐巳たち3人を妖精界へ案内した後、バイクを走らせて祝部神社に来ていた。

「おばばさま、遅くなりましたー! 昨日の報告に参りましたー!」
 聖は神社につくなり、大声でおばばを探す。

「聖さん。 よくご無事で・・・」
 少し疲れた顔で、おばばが姿をあらわす。

「はい。 昨日、暗黒ピラミッドにもぐりました。 そこで少々怪我をしたものですから・・・」

「うむ。 わかったおります。 酷い怪我だったようですな・・・。 祐巳が治したのじゃな?」

「はい、祐巳ちゃんと志摩子、それに清子様が3人がかりで・・・。 驚きました。 以前より快調なくらいです。
 でも、それよりも蓉子たちが暗黒ピラミッドの地下に落ちました。 未だに行方不明なんです」

「うん・・・。うん・・・」
 山梨のおばばは、聖の言葉にいちいち頷きながら話を聞く。

「それと、私が気を失っているとき、風の妖精シルフィードがわたしを守護してくれていました。
 おばばさまが言っていた、 『かぜ』 というのは、これに関係があるのですね?」

「蓉子さんたちなら、未だに気配だけじゃが感じておる。 すでにわしにも感じることが出来るかどうかぎりぎりのところにおるのでのぅ。
 さすがに、今ここで 『心配ない』 とは言い切れんのじゃ。
 すでに、魔界の中。 大地の精霊 ”ノーム” でさえすでに声を聞けなくなった、と言っておる。
 わずかに感覚だけを運んでくれるのは、闇の精霊 ”シェイド” だけなのじゃ」

「おばばさま・・・。 おばばさまは精霊の声を聞くことが出来るのですか?!」

「わしの杖も、エルダー・ワンドだと以前言ったであろう? この杖を通して精霊たちの声が聞こえる。
 聖さんには、風のシルフィードがついておるからの。 いつもシルフィードからも情報を貰っておったのじゃ」

「それで、わたしにここに通うように言っていたんですね?」

「そうじゃよ」 と、おばばが頷く。

「なぜわたしは、シルフィードに守られているのですか?」

「それは、わしにもわからんことなのじゃ。 ただ伝承でよければ話そう。
 ・・・はるか古代、今よりも人間と妖精や神の垣根がなかった頃の話じゃ。
 そのころ、人間と妖精の間に恋愛が生まれ、子供をなすことがあった。
 その子は、人でありながら妖精の力を持つ。 父親か母親がなんの妖精であったかでその力は変わる」

「まるで、ギリシャ神話のようですね」

「うむ。 そしてその子らは人外の力を持つため、迫害を恐れ生まれた地から離れ世界各地に広がっていった。
 そして、何代か後に隔世遺伝のように先祖の妖精の血が目覚めるものがおる。
 それが、四大元素、『みず』、『かぜ』、『ほのお』、『だいち』 の力を持つものなのじゃ」

「では、私以外にも 『かぜ』 とか、妖精の加護を受ける人間が居るんですね?」
 
「残念ながら、これほど明確に 『かぜ』 の加護を受けるものはわしも知らん。 それほど珍しい人間なのじゃよ。
 あなたは、人間でありながら人間ではない。 以前、『人ではないところを持っている』 と言ったのは、このせいなのじゃ」

「でも、おばばさまも何がしかの加護を受けているのではないのですか? それに祐巳ちゃんも・・・。
 特に祐巳ちゃんは、何度も妖精から助けられている、そんなことをよく言われています」

「うむ。 わたしたち祝部の一族をはじめ神通力や法力のあるものたちは、それぞれ妖精、精霊などの加護を受けているか、その力を利用させていただいておるのです。
 どちらかと言うと友人関係か契約関係といったところなのですよ。
 祐巳の場合は、精霊たちから一方的に好かれておるようですがの。
 しかし、あなたは・・・」

 言い淀むおばばを、やや不安そうな顔でうかがう聖。

「わたしは?」

 ついに、意を決しておばばが聖に告げる。
「あなたを構成しているものの一部がすでに妖精・・・。 細胞の一つ一つがすでに人間のものとは違うのじゃよ」

「そんな・・・」
 ついに告げられた事実。 自分自身が”人間”・・・純粋な意味での”人間”とは違う、と宣言された聖は一瞬言葉を失った。

「・・・。 じゃから、それ以上のことはわしにもわからんので説明のしようもないのです。 申し訳ありませんのぅ」

 『人ではない』と聞かされた聖の心中を察して、おばばは小声になる。

 だが、聖は毅然と言い放った。
「しかし、それなら・・・。 私の力だけでも蓉子たちを救いにいける! そうですよね?! おばばさま!」

 その言葉におばばは驚く。

「たしかに、たどり着くことだけは出来るかもしれん。 じゃが連れて帰れるかどうかはわからん。
 『妖精の翼』 の移動限界を超えておれば、あなたも帰ってこれんようになる。
 どうやって魔界の底から地上に戻ってくるつもりじゃ?」

「それは・・・。 ウィンチ車があります。 それで・・・だめか・・・ 登っている途中で襲われたら防ぎようがない」
 一瞬いい手を思いついたように話し出した聖だが、すぐにあきらめた。

「では、どうすれば・・・?」

「祐巳を信じてくだされ・・・。 あの子と共に蓉子さんたちを連れ帰るのじゃ。 ただ、急がねばならぬ。
 いくら蓉子さんたちとは言え、そう長く持つとは思えん。 これほどまでに気配が薄くなるとは・・・」

 おばばの顔色も悪い。 おそらく精霊との通信にその力のほとんどを使っているのであろう。

「わかりました・・・。 では私はいったん東京に帰ります。 ごきげんよう」
 聖はいてもたってもいられなかった。 

(蓉子がまだ生きている! きっと他のみんなも生きている! 急いで助けにいかなければ・・・)

「お願いいたします・・・。 聖さん。 あなたを信頼しておりますぞ」
 おばばは頭を下げたまま、聖を見送った。



〜 同時刻 妖精王の国 〜

 妖精王の前で3人はその言葉を待っていた。

「いま現世は魔界の侵略に晒されている。 そのため一人でも多くの薔薇十字所有者が必要だ。
 ここに来た3人、そなたたちを歓迎する。 しかし簡単に与えられるほど薔薇十字は軽くはない」

 おごそかに妖精王・オベロンが告げる。

「はい。 覚悟はしてきました。 でも是非薔薇十字を授けてください! わたしたちはこの世界を救いたいんです!」
「お姉さまや仲間たち、この世を守るために戦ってきた人たちを見殺しに出来ないんです!」
「どんな試練でも受けます! 私たちに力をください!」

 3人は必死な思いを妖精王にぶつける。

「うむ。 3人の思い、そしてその力、それはここに来るまでに既に見てきた。
 だがそれを私の前に明確に示せ。 そうだな・・・。 では、まずこのオーブに手をかざしなさい」

 妖精王は手に持った杖の柄についている真珠のようなオーブを3人に示す。
 3人は言われるままにオーブに手を伸ばす。 
 ・・・ すると、3人と妖精王の間に豪華なチェス盤が姿をあらわした。

「ふむ。 このチェス盤は3人の力の結晶としてこの場に現れた。
 では、私と勝負をしよう。 私に勝つことが出来たら3人に薔薇十字を授ける」

「え・・・。ねえ志摩子さん、チェスしたことある?」
「いいえ、ないわ。 ルールくらいは知ってるけど・・・。 由乃さんは?」
「全然。 ルールも知らない。 ってどうするのよ! 3人とも知らないんじゃ負けちゃうじゃない!」

 まさかのチェス勝負。
 いくら妖精王がなにをさせるか知らなかったとはいえ、これはあんまりだ。
 3人は絶望的な顔で妖精王を見る。

「あっはっはっは。 まぁ心配するな。 これは魔法のチェス盤。 そなたたちの力が本物であれば自然に手が浮かんでくるであろう。 では、ハンディとして白番をあげようか」
 妖精王は、悪戯な微笑を浮かべて3人を見る。

 やはり妖精、悪戯やゲームが好きなようである。
 世界が危ないというのに・・・。 いくらなんでも緊張感がないんじゃないか・・・。
 しかし、妖精王がこう言い出したら、それを受けて立つしかないだろう・・・。
 3人は覚悟を決めた。

「う・・・。 先手を貰ってもハンディにならない気がするけど・・・」
 由乃が唸る。
「ちょっと待って・・・。 ほら手が見えない?」
 志摩子がチェス番を示して言う。
「あ・・・。 ほんとだ。 最初の駒と動く先が見える!」
 祐巳も驚いた顔でチェス盤を見つめる。

「そう。 そこに見える手が君たちの力なのだ。 力が強ければ良い手が見える。 逆に力がなければ悪手が見えたり、そもそも動かす駒が見えなかったりする。 そういうことだ」

「わかりました。 ではよろしくおねがいします!」

 祐巳、志摩子、由乃の3人と、妖精王とのチェス勝負が始まる。

「では行きます。 ポーンを e4 へ」・・・・・・・・・・「ではこちらは、ポーンを e5 だ」
「ナイトを f3 へ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ポーンを d6 へ」
「ポーンを d4 へ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ビショップを g4 へ」
「ポーンを e5 へ。 黒のポーンを取ります」・・・「ビショップを f3 へ。ナイトをいただく」
「クィーンを f3 へ。 ビショップを取ります」・・・・「ポーンを e5 へ。白のポーンをもらうぞ」
「ビショップを c4 へ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ナイトを f6 だ」
「クィーンを b3 です」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ではクィーンを e7 におこう」
「ナイトを c3 へ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ポーンを c6 へ」
「いきます! ビショップを g5 へ!」・・・・・・・・「ほう。こちらの動きが見えているな。 ではポーンを b5 だ」
「ナイトを b5。 そのポーンを取ります」・・・・・・・「餌に食いつくか。 C6のポーンを b5 へ。そのナイトを取る!」
「ビショップを b5 でポーンを取ります。
そしてチェック!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「b8のナイトを d7へ。 ガードする」
「キャスリングします。
 キングを c1 、ルークを d1 へ」・・・・・・・・・・「なにっ!キャスリングと同時にルーク、ビショップが。やむをえん。ルークをd8。 d7 のナイトを守る」
「d1のルークでd7 のナイトを取ります」・・・・・・・・「d8のルークでそのd7のルークを取る!」
「ルークを d1 へ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「仕方ない・・。 クィーンを e3 だ」
「ビショップを d7 です!チェック!」・・・・・・・・・「f6のナイトで取る! f6のナイトを d7へ」
「クィーンを b8へ 。 チェック!」・・・・・・・・・・・・「クィーンを捨てるのか! d7のナイトで取る! d7のナイトを b8 へ」
「d1 のルークを d8 へ。 妖精王。 チェック・メイトです!」

「ふっ。 ふふふっ。 あーっはっはっは」
 妖精王はおなかを抱えて笑い出した。

「いや、参ったよ! お嬢さん方。 みごとなチェスだ。 すばらしい!」
 負けたというのに妖精王は嬉しそうだ。

「うむ。 この棋譜はすばらしい。 これは至高の棋譜としてこの国に残しておこう。
 まさか、ルークとクィーンを捨て駒に使うとはな。 本当に大事なものがわかっていないと出来ないことだ。
 では、約束だ。 素晴らしいものを見せてもらったお礼に薔薇十字を授けよう」

 妖精王は朗らかに笑いながら、後ろに控える一人の妖精に声をかけ魔法の水盆を準備させる。

 水盆はチェス盤と同じくらいの大きさ。 薄っぺらな水盆で深さは1cmもない。 それに水銀のような液体が浮かんでいる。

「この中に手を入れなさい。 水盆の中にそなたたちに相応しい薔薇十字があるはずだ」

 妖精王に促され、祐巳は恐る恐る水盆に手を入れる。
 
 薄っぺらな水盆なのに、腕はどんどん奥に入っていく。

 そして・・・チャリッと何かに触れた。 冷たい金属の感触。
 祐巳はそれをつかみ、手を引き抜いた。

 祐巳の手に握られていたのは、純金の十字架。 
 金細工の中心に小さな紅薔薇の紋様。 そしてそのチェーンに7つの赤い宝石がはめ込まれている。

「ほう、これは」 と、妖精王が驚いた顔をする。
「珍しいな。 これを見るのは久しぶりだ。 
 これは、『セブン・スターズ』 という。 大事にしなさい」

「ありがとうございます!」
 嬉しさに顔を輝かせて祐巳は妖精王にお礼を述べる。
 
「それと、ここに来る間に見せたあなたの優しさに感動しました。 あなたには魔法の角笛を授けましょう」

「綺麗な角笛・・・。 あの、これは?」

「あなたに危機が迫ったとき、この角笛を吹きなさい。 その時、あなたには妖精の援軍が駆けつけるでしょう。
 ただし、援軍が呼べるのは一日に一度きり。 考えて使いなさい」

「ありがとうございます!」
 祐巳は再度妖精王にお礼を述べお辞儀をした。

「では、あなたも」
 次に志摩子が水盆に手を入れる。

 そして取り出したのは、純白に輝く十字架。 白薔薇が一面に彫られている。 短いチェーンが白銀に煌く。

「あなたには良くお似合いだ。 この薔薇十字は 『ホーリー・ブレス』 です。
 手首にお巻きなさい。 これは薔薇十字には珍しく、守護を意味するもの。 これも最近はあまり見ていないな」

 妖精王はしばらく志摩子を見て考えながら告げる。

「あなたには、この指輪を授けましょう。 これは好きなところに瞬時に移動できる力があります。
 ただし、好きなところ、といっても異世界には行くことができません。
 この妖精の国であれば、妖精の国の中だけ。 魔界では魔界の中でしか移動できません。
 そして角笛と同様に、一日に一度きりです。 良く考えて使うこと、いいですね?」

「はい。 わかりました。 ありがとうございます!」
 志摩子も感激しながら妖精王にお礼を述べる。

「最後に、あなただが・・・」
 妖精王が由乃を見つめる。

「あなたはまだ幼い。 次回にしてほしいところだ」

「そんな・・・」

 由乃は絶句する。 でも、自分でもわかっていた。
 自分は弱い。 祐巳や志摩子に一度も勝った事がない。 それどころか足元にも及んでいないだろう。
 それに、妖精王のオーラにも気付かなかった。

 由乃の瞳から涙が溢れる。 かみ締めた唇から真っ赤な血が流れる。 握り締めたこぶしに爪が突き刺さる。

「今のあなたでは薔薇十字は重過ぎる。 おそらく手にしても顕現することは出来ない」
 妖精王の言葉が冷酷に聞こえる。

 あまりの絶望に由乃はその場に倒れそうになる。 しかし、ここであきらめるわけには行かない。

「それでもっ! それでも薔薇十字をください!! わたしは行かなくちゃならないんです!!!」
 必死ですがる由乃。
 
 祐巳と志摩子も妖精王に頭を下げて懇願する。
「お願いします。 由乃さん、これまで必死に頑張ってきたんです。 私たちがここに来たのは由乃さんの力なんです!」

「しかし、顕現できない薔薇十字を持っていても役にはたたない。 どうするのかな?」

 妖精王も本当なら由乃にも薔薇十字を与えたい。
 由乃の思いの強さ、覇気に武力。その可能性を十分に認めていた。 ・・・だが、いかんせん未熟だ。

「重過ぎる薔薇十字は本人の負担にしかならない。 それをあえて背負う、というのなら・・・。
 そうだな。 この黒い十字架を与えよう。 これこそ、10本目の薔薇十字。
 これを自分自身の色に染め抜くことが出来たとき、はじめて薔薇十字を顕現することが出来るだろう」

 妖精王は10本目の薔薇十字。 異様に黒く輝くロザリオを由乃に差し出す。

「受け取るか?」

「はい! ありがとうございますっ! きっと・・・きっとこのロザリオを私の色に染めて見せます!」
 由乃は決意をこめて黒い薔薇十字を受け取った。

「では、時間が無い。 すぐにでも現世に戻ったほうがいいだろう」
 妖精王が3人を見ながら言う。

「だが、まず顕現する薔薇十字を見せてもらおうか。 最初は、『セブン・スターズ』 だ。
 ・・・ふふっ。 ランダマイザを纏ったままだったのか。 それははずしておけ。
 あなたの全力の覇気をこめ、薔薇十字をかざしなさい」

「わかりました。 『セブン・スターズ』っ!」
 祐巳はランダマイザを練りこんだミサンガをはずし、右手に持った薔薇十字を天にかざし、覇気を全開にする。

 とたんに巻き起こる旋風。 ゴゥゴゥと祐巳を中心に上昇気流が舞い上がる。
 周囲で見ていた妖精たちが慌てて飛び下がるほどの風圧。

 そこに顕現するは真紅の昆。 一直線に伸びた棒状の昆には7つの星が浮かび上がる。

「おお! これはまさに七星を統べる七星昆。
 この7つの星は、それぞれ、”光”、”闇”、”風”、”火”、”土”、”金”、”水” を支配するもの。
 この薔薇十字を顕現するとき、そなたには7つの力が現れるだろう」

「すごい・・・。 祐巳さん、その七星昆、光り輝いてるよ」
 志摩子と由乃はあまりにも美しい昆に目を奪われていた。

「それに 『セブン・スターズ』 は、目に見えない不吉な出来事から守り、病魔や霊的なものなど、目に見えない邪気の影響から守ってくれるとされている。 あなたの今回の戦いにはまたとないパートナーとなるだろう」
 妖精王は祐巳に励ますような笑みを与える。

「はい、すごい力を感じます。 ありがとうございます。 オベロン様」

「では、次にそなた・・・。 なんだ、そなたもランダマイザを身につけているのか。
 では、それをはずして顕現してみなさい」

「はいっ!」
 志摩子もミサンガをはずし、左手に巻いた薔薇十字を天に掲げる。

「『ホーリー・ブレス』っ!!」

 志摩子の体の周囲を風が巻き上げていく。 風の中に現れた白い薔薇の花びらが志摩子の体を覆いつくす。
 次の瞬間白薔薇が弾け、志摩子が白い鎧を纏った姿で現れた。

「なるほど・・・。 これは珍しい。 これこそ薔薇十字最強の鎧、『ホーリー・ブレスト』 だ。
 ほほぅ・・・。 これは2段変形をする薔薇十字。
 もう一段階あるのがわかるかね?」

「えっ? 第2段階、ですか?」

「もう一度、手を体の前でクロスして顕現して見せなさい」

「はいっ! 『ホーリー・ブレス』っ!」
 志摩子は、今度は妖精王に言われたとおり、体の前で腕をクロスして唱える。

 そのとたん、白い鎧が手首に集中し、リストバンドのような形になる。
 リストバンド状のブレスレットには、左右それぞれ5つジェット噴出孔のようなものがついている。

「そう、それが第2形態。 『ホーリー・バースト』 だ。 その『ホーリー・バースト』 からは、そなたの覇気を精神弾として放つことが出来る。 言って見ればサイコ・ガンだ」

「それって、銃やバズーカ砲みたいなものでしょうか?」

「あっはっは。 そうだな。 そう思えばイメージがわくかな?」
 妖精王は志摩子の例えに面白そうに笑って返す。

「さぁ、それでは時間も惜しい。すぐにでも帰ったほうがいいだろう」
 そういうと、志摩子を見ながら、
「指輪を使い、妖精の国の扉を念じてみなさい。 瞬時に戻ることが出来るだろう」
 と命じた。

「わかりました。 祐巳さん、由乃さん、わたしにつかまって」
「うん。 オベロン様、ティターニア様、ありがとうございました。 ごきげんよう!」

 3人が妖精王とその后の前を辞す。 志摩子が妖精の国の扉を念じる。
 
 3人の足元が輝き、オベロンの紋章が浮き出た魔方陣が姿をあらわす。

「「「ありがとうございましたー!! ごきげんよー!!」」」

 3人の少女は、煌く光に包まれ一瞬にして姿を消した。



〜 10月1日(日) 夜10時 東京 〜

 山梨の祝部神社から高速を飛ばして帰ってきた聖は、福沢家の前に居た。

「あらら、電気がついていない・・・。 まだ妖精王のとこから帰っていないのか・・・」
 聖は、すこし心配そうな顔で呟く。

「祐巳ちゃん、ちゃんと薔薇十字を貰えたかなぁ・・・。 志摩子も・・・。 でも問題は由乃ちゃんか」

 由乃は聖の目から見てもまだまだ未熟。

 今回は由乃の機転でつい妖精王への道を示してしまった聖であるが、本来であればまだまだ早すぎる、と思っていた。

 これまで、薔薇十字を授けられた最年少記録は、祥子と令の1学年3学期の1月なのである。
 1年生の10月で授けられた、となればこれまでの記録を約4ヶ月も短縮する大更新なのだ。

 魔法の天才・祥子、一撃必殺の剣においては蓉子すら凌ごうかという令。 
 その二人をもってしても1年の3学期だったのだ。

 いくら強い覇気があるといっても由乃の技はまだまだ未熟。
 聖の不安は大きい。

「もし、由乃ちゃんだけが貰えなかったら祐巳ちゃんも志摩子も気まずいだろうなぁ・・・」

 もしも、の場合の由乃の落ち込む姿は見たくはない。 しかしそれ以上に気の優しい祐巳と志摩子が悩む姿が聖の脳裏に浮かぶ。

 だが、時は残酷。 すでに蓉子たちがピラミッドの地下に落ちて36時間以上が経過している。

 ソロモン王をはじめ残り68体の魔王が巣くうピラミッドに取り残された4人。

 考えたくはないが、この状況で生きているはず、と信じるほうが無理があることは聖にもわかっている。

 万が一魔王たちの襲撃を避け続けていたとしても、食事の問題もある。
 多少の携帯食は持っていっているがおそらく食料が切れるのも時間の問題。
 さらに、祥子が瘴気を避ける呪文を唱え続けていることが出来るだろうか・・・。

 食事が取れず、休息も取れないとすれば、いくら蓉子たちが薔薇十字所有者といえども生き残ることは難しい。
 瘴気にさらされ、蝕まれては居ないだろうか。

 自分ひとりだけでも、蓉子たちのもとに駆けて生きたい。
 しかし、それこそ自己満足以外の何ものでもないことは聖には良くわかっていた。

「・・・。 ここでじっとしてても悩むだけだな・・・。 学校に行ってみるか」
 と、そこでやっと聖は思い出す。

「あ・・・。 この時間、校門の鍵は閉まってる。 まずい。 温室の鍵も守衛さんが閉めてるはず。
 で・・・。 由乃ちゃんがこんな遅い時間まで帰ってない、ってことは由乃ちゃんの両親が心配してる・・・」

 いよいよ八方塞がりになった聖は思わず自分の髪をかきむしった。



 妖精の国の入口の扉の前に、オベロンの紋章を描いた魔法陣が浮かび上がる。

 その中心にグルグルと回転しながら3人の少女が現れた。
 
「うえっ・・・。 酔った〜」
「うぷっ・・・。 気分悪い・・・」
「だめ・・・。 もう無理・・・」
 まるで、高速回転で回ったティーカップから降りたときのようにぐったりした様子で座り込む3人。

「なによこれ〜。 こんな酷く回すことないじゃない!」
「ごめんなさい」
 理不尽な由乃の怒りに、義理堅く謝る志摩子。

(だって、わたしだってこんなにグルグル回るって思ってなかったんだもの!)

 そうは思っても、ここで反論すると由乃の怒りが怖い。

「ま・・・、まぁ無事に着いたんだし。 由乃さん、早く階段を上がっちゃおう」
「あ〜。 これでまた階段を上がらないといけないんだ・・・」
 さも 「うんざり」 って顔で唸りながらも立ち上がる由乃。

 ところが、扉が開いた瞬間、そこに溢れる光の渦に驚く。

「わぁ・・・。 降りたときの何倍もの光の精霊・・・。 すごい」
「うん。 みんな祝福してくれてるみたい。 ありがとう! みんな! ただいま!」

 祐巳が光の精霊たちにお礼を言うと、キャピキャピとした精霊たちのはしゃぐ声が聞こえる。

「さ、早く帰って、聖様に報告に行こう!」
「「おぉ〜!!」」

 3人は光の精霊たちに後押しされるように階段を駆け上って行った。



 祐巳たち3人がエルダー・ウィローに礼を言いながら温室の中に戻る。

 そして、いざ温室から出ようとしたとき、鍵が掛かっていることに気がついた。
 鍵は外からかけられていて、中から開けようがない。

「あちゃ〜。 守衛さんが鍵をかけて行ったんだ。 どうしよう?」
「まさか・・・。 このまま朝までここに居る、なんてことはないわよね?」
「しかたない。 祐巳さん、志摩子さん、温室のガラスを割って出ましょう!」
「ちょっと、由乃さん。 そんなことしたら器物損壊で怒られちゃうよ?」
「じゃぁどうするのよ!」
 由乃が気短そうにイラだつ。

「そうだなぁ・・・。 あ、そうだ! 『アロホモーラ』 (扉よ開け! )」
 祐巳がフォーチュンをヒラリ、と振る。
 とたんに、カチャリ、と音がして温室のドアが開いた。

「祐巳さん、ナイス!」
「すごい。 この魔法があればどこでも入れるじゃない。
 ・・・。 あれ? 祐巳さん、このまえ体育倉庫の鍵を忘れたとき、職員室まで取りに戻ったよねぇ」
「うん。 それがどうかしたの?」
「あの時もこの呪文があれば職員室まで行かずにすんだじゃないの。 どうして使わなかったのよ!」

 由乃は先日祐巳に付き合わされて職員室まで戻った時のことを言っているのだ。

「由乃さん! 鍵を使わずに魔法で錠をはずすのは犯罪だよ! そんなことできるわけないじゃない!」
 プンプン、と怒るそぶりの祐巳。

「ちょっと・・・。いま祐巳さん、魔法で鍵をあけたわよねぇ」
「うん。 そうだよ。 だからどうしたっていうの?」
 まだ怒るポーズをとり続ける祐巳。

「いやいや・・・。 じゃ、今の魔法で鍵を開けたのはどうなのよ?」

「だ・か・ら〜! 魔法で鍵を開けて出るのはいいの! でも鍵を開けて中に入るのは犯罪なの!」

「う〜ん。 志摩子さん、わたし、間違ってるのかなぁ?」
「いいえ、由乃さん。 由乃さんが間違ってるんじゃなくって、祐巳さんが正しいのよ」

「え? え? え?」
 頭の周りを クエッスチョンマーク が飛び続ける由乃。 なにがなにやらわからない。

「『コロポータス』 (扉よ、閉じよ)  さ、由乃さん、行くよ!」

 祐巳は頭を抱えて唸っている由乃の手を引いて校門に急いだ。



 その頃、ちょうどリリアンの校門の前に聖のバイクが着いた。
 
 聖がヘルメットを取り、リリアン女学園の中の様子を伺うと、ちょうど 『ルーモス』 の灯りを杖先に灯して走ってくる3人の姿が見て取れた。

「「「聖さま〜!!」」」
 3人の声が聞こえる。 思ったより元気そうだ。
 聖は、ホッと一息ついた。

「お〜い!」
 と、聖が声をかけ、校門の鉄柵に手を伸ばしたとたん、ビリッ!と結界に阻まれる。

「うわ・・・。 夜になると結界で守ってんだ・・・。 参ったな」
 リリアンの防衛の要である結界は、同時に人の出入りも許さない難攻不落の鎧となる。

「さて・・・どうするか」
 またしても増えた難題に絶望的な気分になる聖。

「聖さま! ただいまもどりました!」
 校門の中では、3人が聖の前に整列して礼をする。

「あ・・・。 あぁ、お帰り。 でもね、結界があって出れないんだよ」

「あ〜、志摩子さん、やっちゃって」
 祐巳が志摩子を振り返って言う。

 もちろん、ここで言う 「やっちゃって」 は、「結界を壊して」 に他ならない。

「いいの? 祐巳さん。 結界壊したらまた張りなおさないといけないのよ?」
 志摩子が心配そうに言う。

「あ〜、いいのいいの。 この結界、孔雀明王のだから。 これならすぐ張れるよ」
「はぁ・・・。 ここまできたらもう驚かないわ・・・。 孔雀明王の結界なんて法力のある結界師しか作れない・・・
 なんて常識、祐巳さんの前では言うだけ無駄だわ・・・」

 志摩子はぼやきながら 『理力の剣』 を振りかざす。
「結界消滅! 『破界』 っ!」
 
 志摩子の剣が煌きとともに一振りされ、結界を切り裂く。

キーン! と甲高い音がして結界が消滅。

「あ・・・。 やばいかも。 今の音でシスター達かけつけてくるかなぁ?」

「おいおい・・・。 祐巳ちゃんがやらせたんじゃない・・・。 仕方ない。 私がここに残って事情を説明する。
 どうせ由乃ちゃんを家まで送るついでがあるしね。 祐巳ちゃんと志摩子は先に家に帰ってて」
 肩をすくめ、ちょっとあきらめ顔でぼやく聖。

「すみません、聖さま・・・」
 申し訳なさそうな顔で祐巳が謝る。

「じゃ、とりあえず先にみんな出て。 ・・・ それじゃいきます。 え〜っと孔雀明王印は・・っと。 できた!」

 祐巳が左右の親指と小指をくっつけて大きく開き、あまった指を組んで孔雀明王印を作る。

「オン・キリク・マユラ・キランデイ・ソワカ・・・ 『孔雀明王退魔曼荼羅結界』っ!」

 祐巳が孔雀明王印を結んだままの手をパタパタと孔雀の羽ばたきのように動かすと、夜空にひときわ輝く巨大な孔雀が現れその長い尾羽でリリアン全体を包み込む。

「うわ〜。 初めて作ったけど綺麗だね〜」

「え・・・・!! 祐巳さん、結界初めてだったの?」

「え? そうだよ? 見たことなかったでしょ?」
 さも当然、とばかりみんなを振り返る祐巳。

「じゃ、なんでさっき、これなら作れる、って言ったのよ!・・・。 まぁ出来たからいいけど・・・」

「え〜〜っと。 ノリ?」

 てへへ、と笑う祐巳に度肝を抜かれる3人だった。



 リリアンの校門前で祐巳と志摩子をタクシーに乗せた聖は、由乃と二人でリリアンの校門前でシスターたちの到着を待っていた。
 結界を破った音に驚いて飛び出してきたシスターにこれまでの事情を簡単に説明する。
 さすがにこういうときには白薔薇様の威光が役に立つ。
 すぐに張りなおされた孔雀明王結界に驚きながらもシスターたちは安心して宿舎に戻って行った。

 説明を終えた聖は、バイクを押しながら由乃と夜道を歩いていた。

 祐巳と志摩子の二人と別れ、自宅への道を歩きながら急に黙り込んだ由乃。

 悔しげな様子で俯きながら歩く由乃に聖は気付く。

(妖精王のところで・・・なにかあったんだね)
(祐巳ちゃんと志摩子の前では普通にしていた・・・。 そうか、この子も二人に気を使っていたんだ)
(と、いうことは・・・。 由乃ちゃんだけは薔薇十字を貰えなかったのか・・・)

「師匠・・・。 すみませんでした」
 小さな声で由乃が聖に話しかける。

「わたし、本当の薔薇十字を・・・。 もらっ・・・もらえ・・・なかった・・・」
 由乃の大きな瞳に涙が浮かぶ。

「ん? 『本当の』?」
 聖は、由乃の呟いた 『本当の』 という言葉を訝しげに聞き返した。

「わたしには、まだ薔薇十字を顕現できるだけの力がないって・・・。 それで、この薔薇十字を・・・」

 そう言いながら由乃が取り出したのは、漆黒のロザリオ。

「これは・・・。 これも薔薇十字なのね?」

「はい。 でも顕現はできないんです。 この黒い色を私の色に染めることができたら顕現できるようになるって・・・
 妖精王はそうおっしゃいました」

「そう・・・。 由乃ちゃん、よく頑張った!」
 聖は、由乃の頭に手を置いて、わざと乱暴にクシャクシャっと撫でる。

「滅茶苦茶いい目標を貰ったじゃない! わたしなんて薔薇十字を貰ったの2年生になってからだよ?
 由乃ちゃんにはそれまでにあと半年もあるんだ。
 1年生の間にその薔薇十字を由乃ちゃんの色に染めれば、わたしより早い、ってことになるじゃないの。
 どんな薔薇十字になるか、楽しみだね!」

「でもっ! でも必要なのは今なんですっ! わたしは・・・間に合わない・・・」

「由乃ちゃん・・・」
 聖は、優しく由乃を抱きしめる。

「あせるな。 由乃ちゃん。 今はまだ修業の時なんだ。 君だけが間に合わないんじゃない。
 今は私に任せて。 由乃ちゃんは一日も早くその薔薇十字を君の色に染め上げることを考えなさい」

 由乃に言い聞かせるように聖は諭す。 しかし由乃の涙は止まることはなかった。



〜 10月1日(日) 深夜 リリアンから福沢家に向かうタクシーの中 〜

「祐巳さん、晩御飯どうする? お昼食べてからもう10時間以上たつよ?」
「コンビニでもいこうか。 さすがにもう作る体力残ってないよ」
「じゃ、聖さまの分も買って帰りましょうか。 明日の朝食分も、ね」

「それより、志摩子さん。 明日どうするつもり? まさか学校へ行く、とか?」
「わたしは祐巳さんについていくわ。 そう決めているもの」

「うん。 ありがとう志摩子さん。 もうお姉さまたち、ぎりぎりだと思うの。 ほんとうはこの足でピラミッドに行きたい。
 でも、今の状態でいけるほど甘くない、と思うんだ。 まず騎士団の医療チームから薬も貰っていかないといけない。
 携帯食も、だよ。 わたしたちの分だけじゃなく、お姉さまたちの分も必要だと思うの。
 そして一番大事なのは・・・」
 
 祐巳は志摩子を見ながら言う。

「志摩子さんの休養。 顔色真っ青だよ。 私以上に体力使っている。
 もしかして、妖精王の転移リング。 あのせいじゃないの?」

「うん・・・。 あのリングを使ってから一気に体力がなくなったの。 やはり『一日に一度きり』、っていうのは体力のことを考えて、のことだったんだと思う。 たぶん一日に2回使ったら倒れてしまう」

「やっぱり・・・。 じゃとにかく夕食を食べてそれから寝る。 志摩子さんはゆっくり休んで」
「祐巳さんはどうするの?」
「うん。 とにかく聖さまが帰ってから作戦会議。 わたし・・・3人でピラミッドに行くつもり。 多分私たち以外、もうピラミッドに行ける人はいない、って思うんだ。
 えっと・・・。 これはうぬぼれでもなんでもないの。 なぜか私にはわかるんだ。
 多分、これが私たちの運命だったんだ、って」

「そう・・・。 祐巳さんがそう言うならわたしは従うだけ。 わたし祐巳さんの 『守護剣士』 だもの。
 でもね、祐巳さん。 わたし聖さまに言わなくちゃならないことがあるの。 だから聖さまが帰ってくるまで待っているわ」



〜 10月1日(日) 深夜 福沢家 〜

 日付も変わろうか、という時間にようやく聖は帰ってきた。
 
 島津家に由乃を送った聖は、そこで由乃の母親と父親、さらに令の両親に今回の事情を説明せざるを得なかったのだ。

 支倉令は島津由乃の両親からしてみれば姪にあたる。
 由乃を家に送ったとき、島津家に支倉家の両親も揃って待っていたのだ。

 令の母親も由乃の母親もリリアンOGである。
 当然、ロサ・ギガンティアである聖への信頼は厚い。

 それ以上に、令の母親も由乃の母親も、令を誇りに思い、由乃を誇りに思っている。
 今回の事で聖を慰め、激励こそすれ非難する言葉は欠片も出なかった。

 そのことが、聖にはかえって辛く感じたとしても・・・。



「祐巳ちゃん、志摩子、ただいま〜」
 心底疲れ果てた、という顔で聖が福沢家のリビングに入ると、キッチンのテーブルに突っ伏して眠る子猫を2匹発見。

「ふふっ。 どんなにスーパーガールになっちゃっても、この寝顔は可愛いなぁ」
 聖は、このまま二人を眠らせてあげたかった。
 しかし、この姿勢のままでは疲れが取れない。

「可哀想だけど、起こすとしますか・・・。 祐巳ちゃん! 志摩子! さぁベッドに言ってお休み」

「う・・・。 う〜ん。 あ・・・、聖さま」
 寝起きで、すこしかすれた声で祐巳が聖をボーっと眺める。
 志摩子は、ピクリ、とも動かない。

「さぁ、こんなとこで寝ると風邪引くよ。 キツイだろうけど、ベッドまで行きなさい」

「え・・・えっと、聖さま、明日の作戦会議を・・・」
「ダメダメ、もう頭、働かないんだから。 今は寝ることが一番だよ。 わたしもすぐに寝ちゃうからさ」

「でもっ! お姉さまたちがっ!」
 祐巳の大声で、さすがに志摩子も目を覚ます。

「あ・・・。 お帰りなさい。 聖さま」
 志摩子がなんとか頭を上げて聖に声をかける。

「ほらほら、志摩子もベッドにお行き。 休養を取らないと明日が大変だよ」

「わたし、聖さまにお話しないといけないことがありますっ!」
 志摩子も完全に目が覚めたようで、聖にすがりつくように声をかける。

「やれやれ・・・。 二人ともしょうがないなぁ。 うん。 わたしの食事、なにかある?」

「はい。 コンビニのお弁当ですけど・・・。 チンするのでちょっと待ってください」
「ん、ありがと。 じゃ、わたしが夜食を食べてしまう間だけだよ。 それが済んだら二人とも寝ること。 いいわね」

「わかりました。 じゃお食事の用意をするのでちょっと待ってくださいね。 志摩子さんはお茶をお願い」
「わかったわ」

 祐巳は、コンビニ弁当をレンジにセットしてテーブルに戻る。
 志摩子はお茶の準備にキッチンに立っている。

「あの、聖さま、私と志摩子さんは明日ピラミッドに行きます。 どうか聖さまについていくことをお許しください
 二人とも、妖精王から薔薇十字を授けられたんです」

「祐巳ちゃん・・・」
 聖は、自分から頼もうと思っていたことを先に祐巳に言われて驚いた。

 やはり祐巳たち一年生は、3年生で薔薇十字所有者である自分に引け目を感じていたことをヒシヒシと感じた。

 そして、それ以上に薔薇十字を受け取ることでその引け目を拭い去り、堂々と同行することを要求する強さを持っていることに感動した。

「祐巳ちゃん、志摩子。 あなたたち・・・。 こちらこそお願いします。 薔薇十字所有者の仲間として一緒にピラミッドへ行って下さい」

 聖は二人に頭を下げる。
 もう3年生も1年生もない。 自分と同等のものとして祐巳と志摩子を扱う。
 そうすることが、努力の末に薔薇十字を所有することになった二人への礼儀だと聖は知っていた。

「「聖さま、ありがとうございます! こちらこそお願いしたします!」」
 祐巳と志摩子は、やっと安心した、という顔で頷きあった。


 そしてその頃・・・。 島津由乃は重大な決心を固めていた。




一つ戻る   一つ進む