【334】 姉妹だからこそ交換日記  (くにぃ 2005-08-09 18:09:08)


放課後、受け持ち区域の掃除が長引いたため少し遅れて薔薇の館にやってきた由乃は、一人でノートに何か一生懸命書き物をしている祐巳さんを見つけた。

「宿題でもしてるの? 祐巳さん」
「あ、由乃さん。あのね、えっと、これは何でもないの」
あわてて腕で隠して、えへへっと笑ってごまかそうとする祐巳さん。悪いけどお顔は何でもないとは言ってないわよ。
「ふうん、そう。ところでさっき志摩子さんが中庭で祐巳さんのこと探してたわよ。」
「え? 志摩子さんが私を?」
「うん。何か心配事でもあったみたいよ。行った方が良くない?」
「そうなの。じゃあちょっと行ってくるね。あ、由乃さん、これ読んだらダメだからね」
「分かってるわよ。いくら私でも閉じたノートをわざわざ開いて読むような不躾なマネはしませんって」
「うん。じゃあ行ってきます」
由乃を信じ切ったような笑顔を浮かべてビスケット扉を開けて出て行く祐巳さん。その後ろ姿を見送って、由乃は一人ニシシッと薄笑いを浮かべた。

そんな思わせぶりに見てはダメって言われて、見ずにいられる由乃さんのわけないでしょう。全く祐巳さんも甘いわね。
それに私は嘘は言っていない。さっき中庭で志摩子さんに会った時確かに、今日は祐巳さんはどうしたの?って聞かれたのだから。ただそれは今日はまだ一度も顔を見ていなくて、今も由乃と一緒じゃないから聞いてみただけ、というニュアンスではあったけど。
それに閉じたノートをわざわざ開くようなことをしないというのも本当よ。ただし私以外の何者かが開いてしまったのをたまたま見えてしまうということはあり得るけど。そう、例えば窓から入ってきたいたずらな風とか。

「ここも一日に一度は換気をしないとね」
誰もいない部屋でそんな独り言を言うと由乃は窓という窓を開け、その上ご丁寧に風通しを良くするためにビスケット扉まで開け放った。すると気持ちのいい風がカーテンを揺らして頬をかすめていったが、それは閉じられたノートの表紙を開くほどのものではなかった。
「何よ、使えない風ね。それなら」
由乃は自分の鞄を開けると下敷きを取り出して、祐巳のノートをパタパタとあおぎ始めた。
私はただ風を起こしているだけで別にノートを開いているわけじゃない。仮にノートが開いてしまったとしたらそれはあくまで風が開いたのであって、私が直接手を下したわけじゃないしね。
由乃は青信号状態全開でノートをあおぎ続けるが、その努力をあざ笑うかのようにノートの表紙は少し持ち上がる程度でめくれるには至らない。
「キーッ、しぶといわね。早くしないと祐巳さん帰って来ちゃうじゃない」
そう言ってあおぐ手に一層力を込めるが、ノートも持ち主のために頑張っているのか、もう少しというところで粘り続ける。その時下敷きの端が表紙に当たり、遂に禁断の扉は開かれてしまった。
「ふーっ、やっと開いたわ。世話焼かせるんじゃないわよ、全く。でもこれは私が開いたんじゃなくてたまたま当たった下敷きが開いたんだからね」
爽やかな笑顔を浮かべて額の汗を拭う由乃。いや、あんたが故意に下敷きを当てたんだろう、とツッコむ人が周りにいないのは由乃にとって幸いだった。
「さんざん苦労させて、つまらない内容だったら承知しないわよ。なになに……」
自分の論理が完全に破綻していることを知ってか知らずか、勝手なことを言いつつ読み始めたノートの内容は……。





○月×日
3時限目の体育の時、お姉さまを窓から見ていました。お姉さまの体操服姿とても素敵です。今日は持久走だったのですね。頑張って走るお姉さまを瞳子はずっと心の中で応援していました。その甲斐あって由乃さまに勝ったみたいでとってもうれしかったです。走り終えてタオルでお顔の汗を拭うお姉さまの笑顔が瞼の裏から離れません。今夜はその笑顔といっしょに眠ります。お休みなさい、大好きなお姉さま。

△月□日
今日のお昼は二人っきりで楽しかったね。おかずの取り替えっこしたり、あーんってしたり。みんながいたらできないもんね。おはしで間接キスになっちゃうねって言った時の瞳子の顔、とってもかわいかったよ。また二人だけでお弁当食べようね。

×月△日
今日乃梨子さんに「瞳子は祐巳さまを独り占めし過ぎ。祐巳さまは下級生みんなのアイドルなんだから少しは遠慮しなさい」って言われてしまいました。そんなことはよく分かっていますが、お姉さまはみんなにお優しいから瞳子は時々焼きもちを焼いてしまいます。でもいつでもお姉さまの側にいていいのは瞳子だけですよね。

×月○日
もちろんだよ。私が側にいて欲しいのは瞳子だけだよ。あ、それとお姉さまもだけど。とにかく私の大切なのは二人だけだから心配しないで。不安にさせるようなことしてごめんね。大好きな瞳子へ。





「別に志摩子さん、心配してるってほどの事じゃないじゃない。由乃さんったら大袈裟なんだから。あれ、どうしたの?」
薔薇の館に帰ってきた祐巳さんは入って来るなり由乃に軽い苦情を言うが、椅子の背もたれに体を預けて真っ白に萌え尽きていた由乃は返事をすることが出来なかった。
「由乃さん、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
心配して駆け寄る祐巳さんに由乃は言った。
「口の中に大量の砂糖をねじ込まれた。そんな気分よ」
「何言ってるの……って、もしかして読んだの? あれ!」
「……うん」
「いやーーーっ!」
両手で顔を押さえ、真っ赤になって絶叫する祐巳さん。
「ごめん。心底後悔してます」
「もー、あれほど見ないでって言ったのに。どうしよう。バレたら瞳子ちゃんに怒られちゃうよ」
「いいじゃないの、今さら。あなたたちがラブラブだなんてリリアン中が知ってるんだから」
「えっ、そうなの?」
「あいかわらず世事にうといのね。それにしても毎日ここで顔合わせてるのに何でその上交換日記までしてるのよ?」
「だって瞳子ちゃんって普段はきついこと言ったりするけど、これだとすっごくかわいいの♪ それに普段はなかなか『お姉さま』って言ってくれないのに、これなら必ず言ってくれるんだよ」
そう言う祐巳さんの顔はトロトロに溶けていた。

だめだこりゃ。下唇を突き出してそうつぶやくしかない由乃だった。


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