幽霊のお話
【No:3265】【No:3302】―今回
祥子は自室で考えていた。
祐巳の言った自分に似た『さやこ』という名前。
祥子の母は清子と同じ読みだ。
……私に似ているのよね。
それが引っ掛かってはいた。
「ふぅ、考えていても仕方が無いわね」
祥子は立ち上がり、母の元に向かう。
リリアンの卒業生に、どれだけの『さやこ』が居るかは知らない。ただ、側に一人居るのだから聞いてみても良いだろうとその程度の気持ちしかない。
「お母さま」
「あら、祥子さん。どうかしたの?」
お母さまは、リビングで読書の最中だった。
「すみません、係わり合いがないとは思いますが、少し聞きたいことがあるのです」
「あらあら、祥子さんが聞きたいことって何かしら?」
お母さまは優しい微笑を浮かべている。
「はい、お母さまは福沢祐巳という名前に覚えはありませんか?」
祥子は、姿はお母さまの若い頃に似ているらしい。
「福沢祐巳……」
お母さまは少し考え、すぐに顔色が変わる。
「福沢……福沢祐巳!」
「お、お母さま?!」
祥子は、母親の急変異驚いていた。
「祥子さん、貴女、今、福沢祐巳と言ったの?!どこでその名前を!」
詰め寄る、お母さまの態度に祥子は驚きと恐怖を感じた。
「その呪われた名前を聞いたの!?」
「の、呪われた?」
「あぁ、違うの……祐巳は呪われてなんかいない。本当に呪われているのは…」
「お母さま!」
祥子は、お母さまに呼びかけるが、清子には聞こえていない様子。
……お母さまは、祐巳を知っていた?
しかも、不意に呼び捨てにするほどに。
「お母さま」
「あぁ、祥子さん。私は、私は……祐巳を見捨てた」
まだ、お母さまは混乱している様子。
「見捨てた?祐巳を?」
「あぁぁぁぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!祐巳!祐巳!」
名前を聞いただけで、これ程までに取り乱す相手。
祐巳は清子とどんな繋がりがあるのか。
見捨てたとは?
「お母さま、落ち着いてください」
まずは、お母さまに落ち着いて貰う事が先決だった。
「お母さま!」
焦点の定まらない、お母さまの瞳からは止め処も無く涙が流れていた。
「ふぅ」
お手伝いさんたちに手伝ってもらって、お母さまをベッドに寝かせ部屋に戻ってきた。
だが、ほんの思いつきで聞いたことが当たりだったことに驚きと、お母さまの様子に戸惑いを覚えていた。
用意してもらったお茶に口をつけ、溜め息をつく。
お母さまは祐巳の事を知っていた。それも、何かトラウマを抱えるほどに。
祐巳の言う『さわこ』は清子で間違いは無いだろう。
「しかも、呪われた名前なんて」
どんな繋がりがあるというのか?
聞かなくてはいけない、でも、それはお母さまを追い詰めることに成るのではないか?
そう思っていたときだった。
扉がノックされ、お母さまが顔を出す。
「お母さま、もう大丈夫なのですか?」
お母さまの顔色は優れるようには見えない。
「そんな事を言っていられないの、祥子さん、貴女は祐巳の名を何処で知ったの?」
お母さまの表情は、とても厳しい。
「お母さま……」
よく見れば、お母さまは胸に本のようなものを手にしていらした。
「……おかけになってください、私が知ることをお話しますから」
お母さまの様子はとても気にはなったが、祥子は全てを話す事にした。
そして、祐巳のことを話終わった後。
お母さまは震えていた。
「祐巳が……祐巳が薔薇の館に居る」
「はい、仮初の体らしいですけれど」
「それでも祐巳がいるのね……祥子さん、これを」
そう言って、お母さまは大事に持っていた一冊の本を差し出す。
「枕草子?」
表紙が茶色く変色したその本は、別にこれと言って特徴は見えない。
「お母さま?」
「まず、後ろの表紙の裏を見て」
「これは……」
そこにはリリアン女学園図書館所有と書かれていた。
「次に、表紙の裏を見て」
言われるままに表紙の方を開く。
――福沢祐巳さんへ、清子より――
そこにはマジックで消えない文字が書かれていた。
「お母さま、これは?」
「これは祐巳に乞われて書いたのよ、もっとも、この本はリリアンの物だったのだけれど、今の持ち主は本当だったら祐巳だった本なの」
「それをどうして、お母さまが……」
清子は少し下を向く。
「あの子の……祐巳の形見のつもりなの」
形見。
「お母さまは、祐巳のことは」
「えぇ、もう二度とあの子の名を聞くこともないと思っていたわ」
だから……形見。
「祐巳のこと聞いてくれるかしら?」
「はい」
お母さまは、ポツポツと祐巳との思い出を呟き始める。
「そう……祐巳と出会ったのは、夏が始まった頃だったわ。その日は暑すぎなかったから、私は温室でついウトウトとしてしまったの」
お母さまの頃の温室と言えば、今の古い温室の事。
「そこに現れたのが祐巳だったわ……現れたはおかしな言い方よね。起こされたと言うのが正しいわね」
「お母さま」
「しかも、私、起こされたのに慌ててしまって、お礼を言うどころか忘れ物までして立ち去ってしまったのよ。それがこの本、そして祐巳がわざわざ届けてくれたの。そこからね祐巳と親しく成ったのは」
清子は、優しい笑みを浮かべる。
「見ているだけで面白い子だったわ、驚いたり、落ち込んだり、表情がよく変わるの。百面相、そんな事を言う人も居たわね。私にはその頃、もちろん妹が居たけれどついつい祐巳を構う様になってしまったの。当然、あの子はいい気持ちしなかったでしょうね」
あの子とはお母さまの妹だった方だろう。
でも、今でも手紙などのやり取りをしていたと記憶しているのだけれど?
「あの子、気になることはそのままに出来ない気質だったから、祐巳に会いに行ったみたい。祐巳は驚いたと言っていたわ、突然、紅薔薇の蕾に呼び出されたのだものね」
お母さまは、元紅薔薇さま。
「正直、呼び出された後に何が合ったのかはよく知らないのだけれど、祐巳と会ってあの子は祐巳を気に入ってしまったの、挙句、自分の妹にしたいとまで言い出したのよ」
祐巳を妹に?
それでは祐巳は……でも、ロザリオなんて持っていないように見えた。
妹に渡した可能性もあるけれど。
「それで、祐巳はロザリオを受け取ったのですか?」
お母さまは祥子の言葉に首を振った。
「いいえ、祐巳は受け取らなかったのよ。
「受け取らなかった」
その言葉に、祥子は安堵してしまう。
「ですが、どうして?」
安堵の後は、その理由が気になってしまう。
「紅薔薇の蕾とは言っても、どんな人なのか分からないのでは躊躇うのは普通じゃないかしら」
確かに突然呼び出され、今度は妹に成りなさいでは躊躇うこともあるだろう。
「そこで、私たちは祐巳をお手伝いとして薔薇の館に招くことにしたの。最初は、ただ、あの子と祐巳が親しくなればと思っていた。でも、薔薇の館に出入りし始めた事で、祐巳の周囲が騒がしくなり始めたの。当然、注目も上がっていったわ」
お母さまの顔色は優れない。
「それに従って、祐巳に興味を持つ生徒も増え始めた。でも、私たち当時の薔薇さまたちはそれ程気にはしていなかったの。山百合会の人間に、一般生徒が興味を持つのは何時ものことだったから」
それは祥子も身にしみて知っている。
「特に祐巳は、高等部からの編入だったから、一年生たちにも情報が無く。それで余計に注目を集めたみたいなの。そして、祐巳に興味を持ったのは一般生徒だけでなく。当時の黄薔薇の蕾も突然、祐巳を妹にしたいと言い出した。その時に、おかしいと思うべきだったの」
「おかしい?」
どうして?と祥子は思う。
妹が居ない、なら妹をと思うのは普通なのではないのかしら?
「祐巳を妹にと思い出した生徒は、蕾だけでは終わらなかったのよ。妹の居ない、二年生、三年生にまで広がり。姉妹の破局まで起こりはじめたの」
清子の言葉に、流石に祥子も言葉を失う。
「異常だと思うでしょう?」
祥子は言葉も出ずに頷くしかない。
「私たちも、事の異常に気がついて祐巳に問いただしたこともあったけれど、それが一般の生徒に漏れたのね。今度は山百合会への不満として現れ始めの」
山百合会に不満を漏らすなんて、祥子さえ考え付かないこと。
それだけ薔薇さまは、生徒たちから憧れと尊敬を集める存在なのだ。
「私たちは祐巳の事について秘かに調べるしかなかった……そして、祐巳の過去に同じことが起きていた事が分かったの」
「同じこと?」
「祐巳は高等部からの編入なのだけれど、もともと別の女子中学校に通っていたのよ。そこも高等部や大学まであるのに祐巳は内部進学せずにリリアンに編入したの……変でしょう?」
確かに変といえる。
内部でも十分のはずなのに、同じような女子生徒のみの学校に編入するなんて。
「それで調べたわ、学校側も元の生徒たちからもなかなか情報は得られなかったけれど、学園を休んでまで調べたの。そこで分かったのは、祐巳が三年のときに中学校が壊滅と呼べるほどに荒れたこと」
「荒れた?」
「そう、荒れるといっても校舎を壊したりしたわけでなく。イジメ……差別……嫌がらせが校内中に蔓延したらしいの。元々はそんなこととは無縁に近かった校風だったらしいわ。でも、ある日から徐々に空気が変わっていた」
ある日とお母さまは言った。それは祐巳に何か関わりがあると感じていた。
「その、ある日とは?」
「祐巳にある生徒が告白したのよ……好きですって」
「えっ?あの、そこは女子校なのですよね?」
「そうよ、それでも憧れはあるでしょう?」
此処で言う好きは、男女の恋愛のような好き。
「最初、祐巳は笑って断ったらしいの、でも、その相手は諦めなかった。そして、そんな風に告白される姿は人目を当然集めだしたらしいわ……そのうちに変なことが起こり始めたらしいの」
「変なこと?」
「奇妙なことと言っても良いわ。祐巳に告白する生徒が、最初の生徒だけでなく次々に出てきたらしいの」
祥子は、ハッとする。それはリリアンで起きたことと同じではないか?
「それって……」
「そう、私たちと同じことが起きていたのよ。三年になるまで何の問題も無く暮らしていた祐巳に注目が集まり始めた途端に、他の子が惹かれていく。それは校内中に広がり始め。そこで徐々に相手を排除しようという動きに変わっていったらしいわ。祐巳を独り占めにしようと、皆、考え出したのね」
その中で、特に祐巳に近い者たちから、被害にあっていったらしい。
用意周到に、そして、確実に。
「その凄惨さは、相当だったらしいわね。そして、その事を知った私たち薔薇さまは秘かに祐巳の対策を考え始めた。祐巳は、その頃でも薔薇の館に出入りしていたから、一般生徒の山百合会への妬みは限界に来ていたし。リリアンの生徒同士でも、妬みや嫉妬による行動が起き始めていたから」
リリアンでそんな事が起こるなんて考えにくいけれど。事実らしい。
「だからといって問題の無い生徒を、そんなオカルトのような理由で処分とか出来ないわよね」
当然だ、山百合会や生徒の自主性を謳っていても、流石にそれは権限を行き過ぎている。
「それで、お母さまたちはどうなされたのですか?」
「祥子さんと同じよ。生徒の自主性にもかかわってくるから、余り事を荒立てないように、若杉家の力を借りたの。そして、一人の女性が送られてきたわ。当代最強の鬼切りと呼ばれたその少女は、祐巳を見るなり異常性を把握したわ」
「鬼切りですか……」
烏月と名乗った女性が確か鬼切り役と名乗っていた事を思い出す。
「祐巳の異常性、それは血にあったらしいわ」
血と聞いて、あの場に居た桂さんの事を思い出す。あの子の血は特別で贄の血と呼ばれていた。
「贄の血ですか?」
「?……いいえ、確か……御血酒」
「オミキ?御神酒ですか?」
「御神酒だけれど、神の字は血なのよ」
小さなメモ用紙を取り、清子は書き出す。
「御血酒?」
「そう……人に在らざる者を狂わせる、まさにお酒。人にいたっては、その香りを嗅ぐだけで引き寄せられ狂うと言われたわ。祐巳の家はね、福沢になる以前には祝部と名乗っていたらしいの」
お母さまはメモに『祝部』と書いた。
「祝部?」
「元は神職にあった家系らしいわ」
「では、その一族全てが祐巳のような……」
お母さまは、そこで首を振った。
「えぇ、そうよ。祥子さんは、祐巳には弟さんがいるの知っていて」
「えっ?……いいえ、祐巳もそんな事は一言も無かったですわ」
祐巳は、弟の事を覚えていないのだろうか?
「弟さんにも確かに御血酒は流れていたの、でも、弟さんの御血酒はそれ程濃くはなかったから、せいぜい同姓に告白される程度で嫉妬などを生むことは無かったわ」
同姓に告白されるのもどうかと思うけれど。
「その鬼切りの女性が調べた限り、弟さんの御血酒は祐巳の御血酒と比べると十分の一程度の濃さしかなかったらしいわ。そして、弟さんの御血酒はこのまま行けば世代を重ねるうちに更に薄れていくと判断したの。でも、祐巳は違ったの」
「祐巳だけ?」
「そうよ、ご両親……祝部の血を引いているのはお母さまの方だけれど。問題はやはりなかったの。そして、御血酒とは本来。人に在らざるモノたち、神や鬼などに捧げる特別な血として作られた人工的な血。でも。明治になってその役割が薄らいでいったらしく、御血酒の血は忘れられていったらしいの」
「作られた血?!」
「そう、そして祐巳に突然、これまでに無いほどの濃さで御血酒の血が現れた。御血酒は、酒は醗酵させるほどに香りなどが強くなるでしょう。御血酒の血を醗酵させる方法は、他人に注目されること」
「他人に注目されること?」
そんな事?
「本来、神職にある者。特に巫女などは、神に舞などを捧げたりして祭りの雰囲気や観客たちの視線を浴びることでトランス状態に陥ることがあるでしょう?醗酵とはその状態のことらしいわ。でも、祐巳の場合は踊り等をしなくても注目されるだけで本人も知らないうちに血の醗酵が進むの、それが祝部家が血を改良し続けた結果なのかは知らないけれど。祐巳には迷惑な話だったでしょうね」
お母さまは祥子の差し出したお茶を一口。
「祐巳は自分でもよく分かっていないのに、全ての原因が祐巳にあるとされたのだもの」
「それで祐巳は……」
「私たちは祐巳に全てを話したわ、祝部家のこと、御血酒の血のこと、そして、今リリアンで起きている全ての原因が祐巳であること」
「それは……」
言葉が出ない。何と言えば良いのか?
「祐巳は当然驚いたけれど、同時に気がついていた様でもあったわ。祐巳は自主退学を決めたけれど、実質、私たちが追い込んだものよね」
祐巳が自主退学を考えたことに驚きを感じたが、祐巳は幽霊になってリリアンに居る。これはどうしてなのか?
「ですが、祐巳は未だにリリアンに居ますわ」
「そう祐巳がリリアンを自主退学することはなかったの、いえ出来なかった。私の妹が鬼に憑かれているのが分かったから。リリアンで一番祐巳に固執していたのは、あの子だったわ。そして、祐巳を失いたくないという想いが、あの子を鬼に変えた」
祥子は、もう一度、お母さまの妹さまを思い出す。そんな雰囲気など微塵も感じない優しい微笑をしていた。
「でも、あの方からそんな感じは……」
「当然でしょう、祐巳の事をあの子は覚えていないもの。そればかりかあの当時リリアンに居た生徒で祐巳を覚えているのは私と当時の薔薇さま二人の三人だけでしょうね。仕方なかったの、それしかあの子の鬼を封じることが出来なかったのだから、そして、祐巳はその為の人柱に成ったのよ」
祐巳のことを覚えていない?
人柱?
「私たちの手伝いに送られてきた鬼切りの人は冷酷な考えを持つ女性ではなかったの、鬼に憑かれたと言っても切らずに済ませようとしてくれた。でも、鬼はいつの間にかリリアンの他の生徒たちにも根を張っていて切らずに済ませることが出来なかった。最終的には切る判断をするしかなかった、それを聞いて祐巳は食い下がったわ。自分の意思ではなかったといっても責任を感じたのでしょうね。そんな祐巳に彼女は一つの提案を申し出たの……祐巳の血を囮に鬼を呼び寄せること、その上で封印または退治を行う」
それは祐巳に危険が及ぶのではないのか?
「祐巳は御血酒の血を持っている。それを餌にすれば鬼は食いついてくるとはずと、でも、当然大きな危険を伴う。最悪、祐巳は命を落とす。そして、私は妹と祐巳を天秤にかけ。祐巳にその身を差し出してと……言ったのよ……祐巳は…その血を流し、鬼を呼び寄せることに成功したけれど」
お母さまは押し黙る。
お母さまは祐巳ではなく妹を取ったのだ、でも、それを攻めることなんて出来はしない。
「それで、どうなったのですか?」
「……祐巳は鬼に憑かれてしまった」
「えっ?」
「そして、私たちは祐巳を見捨てた」
お母さまの瞳には後悔の涙が溜まっていた。
「私たちは鬼切りの力を借りて、祐巳の存在そのものを芽吹いたばかりの桜の木に封じたの。それが祐巳の願いでもあったのだけれど……見捨てた。私たちには……いいえ、私にはそれしか考えはなかった」
祐巳を、お母さまが見捨てていた……それに桜…?
「お母さま、その桜というのは……」
「今でも有名でしょう?校舎裏の狂い咲きの桜よ。あの桜の中に、本当の祐巳がいるわ……きっと鬼も一緒に」
お母さまは悲しそうに笑う。
「祐巳は、あの鬼切りの人が残したアドバイスに従って桜を咲かせ鬼の力と自分の御血酒の血を薄めているのよ。花を咲かせ、その花びらに少しずつ削った力を自然に帰しているの」
「鬼の力を削り……祐巳の御血酒の血を薄めている……」
どのくらいの年月で、鬼の力はなくなり。祐巳は普通の血になるのか。お母さまがリリアンを卒業されて二十年以上、もう祐巳が封じられている意味はないのではないのか?
お母さまは知っているのか?
「お母さま、それはどのくらいの年月が必要なのですか?もう、祐巳は解放されてもよいのではないですか?」
祥子の質問にも、清子は悲しい笑顔を見せ。
「鬼切りの女性が言っていたのは、数百年かかると」
「数百年……」
それなら、まだほとんど鬼は力を失っていないし、祐巳の血も薄まってはいない。
それに……。
あの桜は、ソメイヨシノのはず。数百年も持つのだろうか?
どちらにしても、お母さまがもう二度と祐巳の名を聞くことがないといっていたのは、そのことが原因。
「祥子さん……祐巳をもう一度封じなさい。私が言えるのはそれだけです」
お母さまは、もう悲しい顔をしていない。ただ、無表情にそれが最善と言っただけだった。
「……そうですか」
「なるほどね、それが祐巳ちゃんの正体なのね」
清子の話を聞いて、祥子は薔薇さまや若杉さんに連絡をいれて全てを伝え。薔薇の館ではなく、校舎の一室で話し合っていた。
「それで、そちらの方はどうでしたか?」
紅薔薇さまが、若杉さんに話を振る。
「小笠原さんの話を聞いて調べました、確かにかつて学園に鬼切りを派遣した記録はありましたが、くわしい事後報告は何も、それどころか誰を派遣したかさえ分かりませんでした」
「そうですか、それでは専門家として祐巳ちゃんをどうするべきですか?」
その言葉に、祥子は体を固くする。
「言わせてもらうなら再封印、現在、祐巳さんは肉体を仮初めといっても持っていますから、封じられている鬼の影響も考えるとそれが最善かと。しかも、出来るだけ早く」
若杉さんからは冷静な専門家の意見が出てくる。
「封じの柱ですからね、切るのは危険かと……」
若杉さんの横に立つ、烏月さんも意見は同じ。
祥子も分かってはいる。
専門家である彼女たちの言葉に従うのが一番いい方法なのだ……それでも、何か。
「何か、祐巳を助ける方法はないのでしょうか」
不意に口に出してしまった言葉。
「祥子、貴女ね」
紅薔薇さまの少し困った表情。
「祐巳ちゃんに呪われた?」
「今の祐巳ちゃんに御血酒の影響はあるの?」
「今の彼女には、そこまでの血の影響はないと思います」
薔薇さまの質問に葛さんが答える。
「それじゃ、祥子は祐巳ちゃんを気に入っているだけか……」
「まっ、確かに祐巳ちゃんは楽しいものね」
「そういうことではないでしょう……それよりも、祐巳ちゃんのことだけれど」
「正直、私たちには手に余る話よね」
「たかだか高校生が下せる判断ではないわね」
薔薇さま方にしてもどうするべきか悩んでいらっしゃるようだ。
――。
「はい?」
不意にドアをノックする音が響く。
「ごきげんよう、よろしいかしら」
そう言って顔を出したのは、思ってもいなかった人物。なんと学園長だった。
「学園長?!」
「どうかなさったのですか?」
流石の薔薇さまたちも驚きを隠せない。
「福沢祐巳さんのことで」
思わない人物の登場に空気が固まった。
涼しくなったのに、まだ幽霊です。
クゥ〜。