【3334】 絶望なんて信じない  (ex 2010-10-18 22:29:57)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:これ】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月2日(月) 朝7時 I公園 〜

 島津由乃は暗黒ピラミッドを包囲する結界のすぐ外に居た。

 周囲には結界を張る騎士団員たち。

 これまでに何度も支倉令を迎えにI公園に来ていた由乃は騎士団員たちとも顔見知りになっていた。

 そして、騎士団員たちも支倉令の従妹にしてリリアンのスール制度の妹である由乃のことをよく知っていた。
 つまり・・・。 一昨日、消息を絶った従妹を心配するあまり、早朝から結界までピラミッドを見に来た由乃を誰もとがめることなく、近づくことを許していたのだ。

 由乃は令たちがピラミッドに進入した南入口・・・。 現在ではたった一つだけ開いたピラミッドの入口を見つめ続けていた。

 痛ましい・・・。 由乃を見つめる騎士団員たちの心も辛い。
 騎士団にもっと力があれば、いくら薔薇十字所有者といえど学生である支倉令たちを死地へ赴かせることもなかっただろう。

 薔薇十字所有者・・・。 それは神の戦士。 リリアンの戦女神。

 そういった目で見ることで、彼女たちを追い詰めて行ったのではないだろうか。
 これまでも、何度も騎士団員たちはそう自問自答を繰り返してきていたのだ。

 そして、由乃の様子を見ていられなくなった一人の結界師が由乃に声をかける。

「今なら、魔物の出てくる気配もありません。 ほんの少しだけ結界を抜けることが出来るようにしてあげましょうか?
 もちろん、危険になったらすぐに出てくださいね」

 結界師は、ピラミッドの入口が良く見えるように、と、親切心で声をかけた。

 由乃は知っていた。 この十二菊花氷柱結界を抜ける方法を。
 それは、四門に祭られた4つの神獣、”青龍”、”白虎”、”朱雀”、”玄武”、のいずれかをその方角で唱え、神獣の覇気を纏うことですり抜けられる、ということ。

 この方法を昨夜父親の書斎で探り当てた由乃は、結界師の目を盗んで結界内に入り込む、 そう決意していた。

 自分の考えたとおりにこの後、事が進むとすれば、多分、聖たちは今日のうちにピラミッドへの進入を決行するだろう。
 しかし、そのメンバーに由乃が選ばれることはない。

 いくら由乃が頼んでも薔薇十字を顕現できないのでは連れて行ってもらえるはずもない。

 だから・・・。 聖たちには内緒で結界内に入り込み、後をつけよう、と思っていたのだ。

 しかし、結界師の言葉に乗ること、それはできないことだった。
 万が一、ここで結界内に入ったとしても、すぐに出なければならない。
 完全監視のついている中で入っても、それは作戦の失敗にしかならない。
 
 由乃は、
「お心遣い、ありがとうございます。 近くで見たいのですが・・・。 それではご迷惑をおかけすることになります。
 このままで・・・。 このまま見させてください」
 丁寧に頭を下げ、親切な結界師に微笑みかけた。

「そうですか・・・。 でもお気を落としにならないでください。 あの方たちはきっと無事に帰ってきてくれます。 今はそれを信じましょう」

「ありがとうございます。 ではこれで」
 再び頭を下げ、その場を辞す由乃をもう結界師は真っ直ぐ見ていられなかった。

 そして・・・。 その瞬間、奇跡としか思えない光景が由乃の目に飛び込んできた。

 ピラミッドの入口に、由乃の最愛の姉。 令の姿があったのだ。

 結界を挟んでその向こう。 わずかにぼやける視界の先に疲れた様子でピラミッドの壁に手をつき、真っ青な顔で由乃を見つめる令。

 その令と、由乃の視線が交わる。

「神明結界! 開っ! ”朱雀”!」

 思わず結界をすり抜ける覇気を纏った由乃は、一直線に令のもとへ駆け出した。



〜 10月2日(月) 朝7時 福沢家 〜

 昨夜、聖と祐巳、志摩子の3人はそれぞれの疲労回復のため、作戦会議を朝行うことにして休んだ。
 
 早朝、一番最初に起き出した志摩子は、寝ている聖と祐巳を起こさないように静かにシャワーを浴び、身支度を整える。

 昨夜、聖に言えなかったこと。 その言葉を何度も自分自身の心の中で確認する。

 志摩子が着替えを終わったころ、祐巳と聖が起きてきた。

「志摩子さん、おはよう! ぐっすり寝れた?」
「ええ、やっぱり疲れてたのね。 いろいろ考えたいことがあったのにすぐに眠ったみたい」
「あはは。 わたしも爆睡。 聖さま、起きてますか〜?」

「ふぁ〜あ・・・。 二人とも元気だねぇ・・・。 もう年かなぁ・・・一晩寝たくらいじゃ疲れが取れないよ」
 さすがに聖は病院から退院してすぐに東京→山梨を一日で走り抜けた疲れが残っているようだ。

「もう、聖さまったら・・・。 たった2つしか違わないじゃないですか!」

 そう言う祐巳だったが、聖がどれだけ昨日からハードスケジュールをこなしたことを知っているだけに労わりを込めた目で見つめる。

「すぐに朝食にしますね。 サンドイッチですけど。 お茶は何がいですか?」

「うん、ありがとう。 じゃコーヒーをブラックでお願いね」

「は〜い。 ちょっと待っててくださいね」
 祐巳は朝食の準備にキッチンに向かった。

 ふぅ、とため息をつきながらダイニングテーブルに座った聖の向かいに志摩子が座る。

「聖さま、見ていただきたいものがあります」
 真剣な眼をして聖を見つめる志摩子。

 聖は、ある予感を感じながら志摩子を見つめ返す。

「ひょっとして・・・。 薔薇十字かな?」

「はい。 わたしが受け取った薔薇十字です。 ご覧ください」

 チャラリ、とかすかな音をさせながら志摩子は左手首に巻いていた薔薇十字を外し、聖の前に置いた。

「これは・・・」

 聖の前に置かれたものは、紛れもなく白薔薇の薔薇十字。
 ロサ・ギガンティアである自分の後継者、そうなるであろうものが身につけるはずの薔薇十字。

 そう。 聖も予感をしていた。
 入学式の日に初めて出会った少女。

 あのとき、天使が目の前に降り立ったのかと思った感覚が聖によみがえる。

「わたしは、あの日から君に惹かれていたんだよ。
 でも、わたしはお姉さまから 『あなたはのめり込みやすいタイプだから大切なものができたら自分から一歩引きなさい』 と教えを受けていたんだ。
 わたしは、本当に大切なものができた時、その大切なものとの距離をうまく取ることができない。
 君はわたしによく似ている。 でもわたしよりもずっと強い。 だからかな。 安心して君を見ていることができた」

「多分それは祐巳さんの存在が大きかったと思います。
 わたしも、ずっと悩んでいたことがあります。 この場にいてはいけないんじゃないか、
 すぐに飛び立てるようにするためには、絆なんてない方がいい、って。 
 でも、私は祐巳さんに出会って教えられました。 もう大事なものから眼をそらせないんです」

 半年も前に出会った二人。
 そして、お互いが気になる存在だった二人。

 でも、結局はお互いに踏み出せないまま半年が過ぎた。

「この薔薇十字は、白薔薇の紋章が刻まれています。
 やはり、運命でしょうか・・・。
 半年前に桜の木の下で出会ったとき、わたし、呼吸をすることすら忘れていました。
 でも、今は言える気がするんです。 聖さま、わたし・・・」

「待って! 志摩子。 その言葉は今は聞けない」
 聖は志摩子の言葉を遮り、優しく見つめて答える。

「その言葉は私に言わせて。 でもそれは今じゃない。 みんなでまたここに帰ってきてから言わせて頂戴」

「聖さま! それは・・・」

「うん、約束だよ。 必ずみんなを助けてここに帰ってくる。 だから絶対に君を私は守って見せる」
 にこっと笑う聖は、最高にかっこいい。 志摩子は聖を見ながらそう思っていた。

「おまたせ〜。 祐巳特製、タマゴサンドとハムサンド、こっちはトマト多めだよ。
 モリモリ食べて元気にいこ〜」

 ニコニコ笑いながら祐巳が朝食をトレイに乗せてダイニングテーブルに運ぶ。

「あはは」 「うふふ」 聖と志摩子が祐巳を見ながら笑いあう。

「やっぱり祐巳ちゃん、最高! じゃいただきま〜す」

 身の毛もよだつ暗黒ピラミッドに出かける直前だと言うのに、普段どおりに明るい祐巳。

(( 祐巳さん(ちゃん)がいればきっと大丈夫! ))

 それは聖と志摩子を力づける最高の祐巳の魔法の笑顔だった。



〜 10月2日(月) 朝7時 暗黒ピラミッド南入口 〜

「令ちゃんっ! 令ちゃん!令ちゃん!令ちゃんっ!!」
 由乃が叫びながら南入口の壁にもたれかかる令にすがりつく。

「大丈夫だったの?! どこか痛いとこはない?! 他のみんなはどうしたの?!」

「ちょっと由乃・・・。 少し落ち着いて」
 かすれた声で令が苦笑しながら由乃をゆっくりと引き離す。

 令の体は血だらけだった。 そしてその腕も・・・。

「令ちゃん! 血が・・・。 令ちゃん!!」
 由乃の顔が真っ青に変わる。 どんなに酷い傷を負っているのか・・・。

「あぁ・・・。 大丈夫だよ、由乃。 この血、全部返り血だから。 まぁ少しはかすり傷は負ったかもしれないけどね」

「返り血って・・・? まさか魔王たちの?」
 信じられない、という顔で令を見つめる由乃。

「うん。 この先500mほどのところで、4、5匹いたかなぁ・・・。
 祥子のこの魔法のせいでさ、外に出れなくなっていた魔王たちがいたのよ。
 邪魔だから始末してきたの」

「すごい・・・。 さすが令ちゃん! あれ・・・? でも令ちゃん、刀はどうしたの?」

 そう、令はその半身のように大事にしている黄薔薇の薔薇十字を持っていなかった。
 そして、それを顕現して現れる超長刀も・・・。

「あぁ、あの刀、ベリアルと戦ったときに弾き飛ばされてどこかに飛んでいったの。
 探しながら戻ってきたんだけどどこにもなくってさ。
 結局、ここまで戻る途中に魔王に邪魔されたんで、この手で潰してきたの。
 だから、手が血だらけになったのよ。 由乃の服、汚してごめんね」

「ううん。 服が汚れることなんてどうでもいい! 令ちゃんさえ無事なら・・・
 でも、体術だけで魔王を全部倒してきたのね?」

「まぁ、刀がなくてもなんとなかるよ。 もともと支倉流は体術の奥義もあるし。 それより、ここ、空気が悪いんで気分最悪なのよ。 ほんとに・・・。 祥子の魔法、強力すぎだわ」
 令が苦々しげに呻く。

「もう2日も経ってるって言うのに・・・。 やっぱり祥子は天才なんだねぇ」

「え? どういうこと?」
 由乃は令の言葉が理解できない。 祥子の魔法? それが令を苦しめている?

「祥子がさぁ、ここに入るときに浄化魔法を使ったのよ。 数分しか持たないって言ってたのに・・・。
 嘘ばっかり。 それでここまで影響を残すとわね。 この中を500m以上歩いてきたんだもの。 けっこうきつい」

「苦しいの? 令ちゃん」
 由乃が心配そうに令を見る。

「うん、かなりね。 楽になれる所に行ってもいいかな?」

「うん、気付かなくてごめんね。 じゃ結界の外に戻ろう?」
 由乃は令の手を引いて結界の外に連れ出そうとする。

「違う違う! こっちだよ」
 なぜか令は結界の外に出ようとはせず・・・。 由乃を引きずるようにしてピラミッドの奥へと入っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ令ちゃん! 中は危険じゃないの! 外に出ないと!」

「由乃。 ピラミッドの奥にはまだ3人が残っているんだ。 由乃はここに何をしにきたの?」

「それは・・・。 令ちゃんを助けに来たに決まってるじゃない!」

「でも、私だけ助かっても由乃は嬉しくはないでしょ?
 助かるのなら全員で。 そう決めてたじゃないの。 さぁ、こっちだよ」

 そう言いながら令はその強力な腕で抱きかかえるようにして由乃をピラミッドの奥へと誘う。

 その様子は、結界の外で固唾をのんで見守っていた騎士団員数十人に目撃される。

 行方不明になっていた支倉令の目撃。 そしてそれを救出しようとしていたように見える島津由乃。
 その二人がともにピラミッド内部に消える。

 まるで状況が飲み込めない騎士団に不安と、かすかな期待の色が広がっていった。



〜 10月2日(月) 朝9時 I公園 〜

 聖は、祐巳と志摩子を連れてI公園に仮設されている騎士団本部に来た。

 これから、ピラミッドに進入し行方不明になっている4名の救出に出発することを騎士団に伝え、医療品や食料などの支援を受けるためである。

 そしてそこで信じられない報告を受ける。

 行方不明の薔薇十字所有者4人のうち、支倉令がピラミッド南入口に姿をあらわしたこと。
 そして、その支倉令にすがりつくように結界をこえて飛び込んでいった三つ編みお下げの少女。
 さらに、その二人が結界の外に出ようとせず、ピラミッドに入っていったこと。

「由乃さんだわ・・・」
「うん、由乃さんに間違いないね」
「由乃ちゃん、自分だけ置いていかれるのが嫌だったんだね。 そこまで思いつめてるとは・・・。
 もう少しわたしが由乃ちゃんの心のケアが出来てたらこんなことには・・・」

 3人は顔を見合わせて囁きあう。

「でも、どうして結界の外に出て助けを求めなかったんでしょう?」
 志摩子がその答えを求め、聖を見る。

「それに、令さまだけが南入口にいたんでしょうか?」
 と、祐巳も疑問を口にする。

「ピラミッドの入口は暗いですし、見えなかっただけで蓉子さまやお姉さまもいたのかも」

「そうか! そうだね。 結界に飛び込んだのが由乃ちゃんだったから令が出迎えただけかもしれない。
 蓉子たち3人はすぐ後ろにいたのかもしれないね」

 聖はわずかに見えた希望に心が躍る思いだった。

「そうですよ! だって4人で行動しているはずだもの!
 きっとみんな無事なんだ。 それに結界の外に出る必要がなかったのかも・・・」

「え? どういうこと ? 」
 と、不思議そうな顔の志摩子。

「だって、由乃さんが、食料とか医療品とか持ち込んでたかもしれないじゃない。
 それがあればすぐにでもピラミッドに戻って魔王退治だ、ってなったかもしれないよ?」

「うん・・・。 そうかもしれないわね。 でも、おかしいとは思わない?」
 志摩子が不安そうな顔で疑問を投げかける。

「・・・うん。 そうだね。 何かおかしい。 嫌な予感がする」
 なんとか、よい方向に、と考えたい祐巳だったが志摩子の疑問はもっともなことに気付く。

「ええ、蓉子様や祥子様が入口まで戻ったとしたら、絶対に騎士団本部に顔を出すはず。
 それに、もう丸二日も経ってるのよ。 休息も必要なはずだわ」

 こういうときの志摩子は鋭い。 いつも天然ボケのような雰囲気を醸し出している志摩子であるが、大事なところは抑えてくる。

「そうね。 休息も取らず騎士団に報告もなかった。 絶対に普段の蓉子ならしないことだ。
 これは何か裏がある。 わたしたちも十分注意しないといけないね」

「「はい!」」

 結局、令と由乃の消えた謎は解けない。 しかし何よりも令だけでも生きていたことが確認されたのだ。

 令が生きているのであれば蓉子、祥子、江利子の生きている可能性だって高い。

 4人の中で一番頑健であるがゆえに一番その身を盾にして危険に身をおく令。

 その令が生きていたことこそ、他の3人の生きている可能性はぐっと高まるのだ。

 それに、あの支倉令が島津由乃を危険に晒すはずがない。

 聖、祐巳、志摩子の3人にとって、それは明るい希望を感じさせることに違いはなかった。



〜 10月2日(月) 朝7時すぎ 暗黒ピラミッド内部 〜

 令は由乃を伴い、暗黒ピラミッドの中をどんどん降りていく。

 明かりがまったくない暗闇の中をまったく躊躇することもなく歩みを進める令。

「令ちゃん、真っ暗で何も見えないよ・・・。 大丈夫なの? それにここ嫌な空気・・・」

「うん、祥子の魔法のせいで息苦しいしきついし・・・。 もうちょっと我慢して。 もうすぐ楽になるからさ」

「それより令ちゃん、この先に何があるの? 真っ暗なのになんで真っ直ぐ進めるの?」

「目で見て進むんじゃないよ。 簡単に真っ直ぐ進むためには右手を壁に沿わせて居れば大丈夫。 それと覇気で周りとの距離を感じるんだよ」

 そして100mほど進んだところで壊されて残骸になった扉のある部屋を見つける。
 薔薇十字所有者たちが魔王・フラロウスを倒した部屋だ。
 魔王の部屋だけは明々と松明に照らされている。
 
「この部屋だけは広いね。 それに明るい・・・。 ここで魔王と戦ったのね」

「そうだよ。 あの時は全員で戦ったんだ。 この先にも2つ部屋がある。 そこまで行ったら楽になるから」
 令は、歩みを止めずどんどん先へ進む。
 その堂々とした足取りは由乃を安心させる。

(やっぱり令ちゃんはかっこいいなぁ。 令ちゃんと一緒ならどこへでも行ける。 それにしても空気が悪い・・・)
 由乃は安心とも不安ともいえない心境だった。

 令のことは信頼している。 でもどこか様子がおかしい。 この空気のせいなのか・・・。

 そしてついに令と由乃は魔王・ベリアルの居室であった部屋に到達する。
 その部屋の前には地下へ落ちた蓉子たちを救出するために運ばれたウィンチ車。

「令ちゃん、この部屋で地下に落ちたんだよね? それからどうやって上がってきたの?」

 そう。 ここに来る途中で感じていた違和感の一つ。
 この先は300mもの落とし穴になっていたはずだった。
 それを、どうやって令は上ってきたのか・・・。

「あぁ、気にしないで。 あのあとすぐにソロモン王がその魔力で床を修復したんだよ。 だからこの先にも進めるってわけ」

「ええっ?! どうしてそれを令ちゃんが知っているの?」

「ん? あぁ、その話はちょっと長くなるから歩きながら話すよ。 ふぅ・・・。やっと楽になった。
 祥子が魔法を使ったのはここまでだからね。 この先は楽に進めるよ」

 令はそういいながらベリアルの部屋に入る。

 そこで由乃の見たものは・・・。 

 頭を潰され、腹をえぐられ、腕も足も引きちぎられその原型をとどめないほどに惨殺された5体の魔王の残骸。

「うっぷ・・・」
 由乃はあまりの凄惨な状況に吐き気さえ覚える。

「令ちゃん・・・。 この死体は?」

「さっき、入口で 『ここに来るまでに邪魔だった魔王たちを潰してきた』 、って言ったでしょ?
 それがこいつらだよ。 この先、入口までは祥子の魔法が残っているからこいつら出られなかったんだ」

「まさか・・・。 これ全部魔王だよ?! それを令ちゃん一人で倒したの?!」

「あぁ、そうだよ。 私ね、このピラミッドに入って、それから最下層まで落ちた・・・。
 それからだね。 今までとは比べ物にならないほど強い力を手に入れた。
 もう誰にも負けないよ。 由乃はどんなことがあっても私が守る。 それだけの力が私にはある」

 魔王・ベリアルのものだった部屋の松明に照らされた令の笑顔は、血の気を感じさせないほど白く、凄惨に輝いていた。



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