【335】 朝起きたらちびのりこ  (水 2005-08-09 19:18:37)


これはどーゆー事だろう。
いつもの時間よりかなり早くに目覚めると、まわりの景色が変な感じだった。
「かぜでもひーたかなぁ?」
なんだか声まで変にきこえる。
めまいにも似た感覚のなか、よいしょ、と起きて台所に向かう。菫子さんが居るだろう。老人の朝は早いのだ。
「すみれこしゃん、おはよぅ。あのさぁ、かぜぐしゅり……」
なんだろう。菫子さん、まるで山姥のような顔で凝視してくる。
「あ、あの、どーしたのぉ?」
「……リコ? あんたそれ、どうしたんだい……あんた、ちょっと鏡でも見ておいでよ……」
山姥に言われるまま、なんだか分からないまま、不思議な感覚のまま、鏡台へと向かう。
「……なんだこれ……なんだろぅ。」
鏡の中。
そこにはちっちゃい私がいた。


現実味がまったく無いためかパニックにもならず、わりかし冷静な自分を確認し、考えてみる。
(原因不明。)
……しょうがないので状況の確認を。今日の日付、自分の記憶、新聞、雑誌、等々。
(無問題。……ちっちゃい以外。)
どうしたら良いのか考えつかぬままに、とりあえず菫子さんが用意してくれた朝食をダイニングで――椅子には雑誌を重ねてからよじのぼった――食べてると、奥の方から菫子さんがなにか持って来た。
「リコ。ほら制服。出してきたよ。幼稚舎のやつ。」
(なんですと?)
なぜ持ってるんだまてよ昔菫子さんがきてたやつかいやまてそれ以前にこの状態で私に学校に行けと?
「すみれこしゃん、ぱにっくちてる?」


ついてしまった。学校。リリアン女学園高等部。
菫子さんがなぜか持ってた幼稚舎の制服に、幼稚舎の通園カバンにお弁当つめて肩から提げ、学生鞄は背中にひもで括る、といった重装備で何とか辿り着いた。
具合が悪いわけではないから学校は休まなかった。皆勤賞ねらってるし。
手を引いて連れてってやる、という菫子さんの申し出を再三断って、ほとんど自棄で家を出て来た。皆勤賞云々は自分へのいいわけかも。
「ふぅ。」
周りからの視線がいたい。ためいきも出るよ。
こんなちっちゃい子が高等部の方に歩いて来ていたら珍しいのが当然であろう。注目あびまくり。
いつもの数倍の「ごきげんよう。」を交わしながら――「どうしたの?」は、うやむやに済ませた――マリア像へ赴き、おいのりをする。
(なんとかしてください。)
他に祈りようがなかった。というか祈るしかなかった。普段お願いなんてしてないんだから、その分まとめて叶えてくれないだろうか。


周りがざわめく中、お祈りというかお願いを済ませて校舎に向かおうとすると、背後から呼びかける声がした。
「お待ちなさい。」
重装備で体ごと振り向くのは困難を極めるため、首だけで振り向く。そこにいたのは。
「しゃ、しゃちこしゃま……」
ローアングルからでも変わらぬ美しさの紅薔薇さまだった。
「ご、ごきげんよぅ、しゃちこしゃま。」
「あら、あなた……二条乃梨子ちゃん、なの?」
「えっ、な、なじぇ、しゅぐにわかったのでしゅか?こんなちっちゃいのに……」
「だって……」
ほんと何故なんだろう。すると、祥子さまはしゃがみ込んで私と目線を合わせるとこう言ってきた。
「だってここに書いてあるもの。にじょうのりこ、って。」
肩からさげてる通園カバンをやさしく持ってこっちに向けてくる。
ほんとに書いてあった……カバンの名札に。りりあんじょがくえん にじょうのりこ、と。
視線を感じ、顔をあげると目が合った。とてもやさしい笑顔の紅薔薇さまと。
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。」
見たことも無いようなその笑顔に何故かドキドキしていると、紅薔薇さまが手を伸ばしてくる。
「ひぇっ?」
「じっとして。エリが曲がっているわ。」
「しゅ、しゅみましぇん……」
「マリア様がみてらっしゃるわ。身だしなみはきちんとね。」
あまりの気恥ずかしさに真っ赤になってると、
「さあ、いきましょう。」
と、やさしく手をつないできた。照れやらなにやらでのぼせそうだ。
「ああああ、あのぅ……」
「なあに?」

想像したことも無いような笑顔をむけられ混乱する中、そのまま手を引かれて連れられていった。
どういう展開だ……

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作者:水『ファーストコンタクト【No:352】』に続く


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