「マホ☆ユミ」シリーズ 「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)
第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】
第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】
第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】
第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:これ】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】
※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。
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☆
〜 10月2日(月) 朝10時すぎ 暗黒ピラミッド内部 〜
ゾクリ、と背筋を這いのぼる悪寒を感じる。
座り込んで俯いていた志摩子はハッと顔を上げた。
祐巳と聖は既に立ち上がっている。
三人とも、なにかの予感を感じたのだ。
それは別段、何かしらの根拠に基づく論理的な察知ではない。
一言で済ませてしまえば、まさに“勘”といえる。
志摩子も『理力の剣』を手にその場に立ち上がる。
「いったいなんなの?」
志摩子が祐巳を見ながらそう問う。
そんな志摩子の質問には答えずに、祐巳は目を閉じて周囲の気配をうかがった。
そこに感じる生命体の息吹は・・・僅か、二つ。
更に神経を研ぎ澄まそうとして、やめた。そこまでする必要がないと悟ったからだ。
「二人とも、休憩はここまでだよ。 気合入れて! 大物だよ」
聖も近づく魔王の気配に気づき、二人に声をかける。
気配の一つは正面の入り口から、もう一つは左手の入口から感じる。
祐巳は再度7呪文同時詠唱を行い、珍しく緊張した声で二人に声をかける。
「ロサ・ギガンティアと志摩子さんは左手からの魔王を頼みます。
前から来る魔王はわたしが責任を持って片付けるから、せめてそれまで耐えてください。すぐに援護に回りますから」
その言葉が終わり、聖と志摩子が左手の入口に向かおうとしたのとほぼ同時。
松明の光に照らされた小部屋に、二つの影が、ゆっくりとその姿をあらわした。
それは、二人の少女だった。
「令さま・・・。 由乃さん・・・」
二人の名を呟いたのは、志摩子だけだった。
薄い色素の髪をベリーショートにしている令。
肩の下あたりまで伸びた髪を三つ編みにしている由乃。
それは、普段から見慣れた二人の姿。
あいかわらず可憐な由乃と、宝塚の男役のように颯爽とした令。
しかし、二人とも無表情のまま抜き身の大刀をだらりとぶら下げている。
その刀は、魔王・オセのもの。
魔界の鋼であるそれは、やや黒っぽい輝きをしている。
見慣れた姿の二人に、まるで感じたことのない雰囲気。
二人の雰囲気は、聖と祐巳そして志摩子を、『狩ろう』、とする悪意に満ちていた。
その恐ろしいまでの悪意に志摩子は息を呑む。
ここでこの二人に会うなんて・・・。 ここまで変わった二人に会うなんて・・・。
「志摩子さん!!」
思考を停止しかけていた志摩子に、厳しい叱咤の声が響く。
思わず身をすくませた志摩子に、同じことを感じているであろう祐巳は告げた。
「大丈夫。なんとかなるよ」
「・・・わかったわ」
志摩子は左手からゆっくりと近づく由乃を見ながら言う。
「ロサ・ギガンティアは、志摩子さんの援護を頼みますね。二人で隙を見て攻撃してください」
祐巳は、正面から迫る令を見ながら言う。
「ちょっと・・・。 祐巳ちゃん、この二人に攻撃するって言うの?!」
聖は、信じられないほど変わった雰囲気の令と由乃を見ながら言う。
「はい・・・。 二人に何があったかわかりません。 でも、この二人は令さまと由乃さんじゃない。
姿かたちは同じだけど、全然別物です! 魔王と同じ ”気” を感じます!」
ふーっ、と一息、聖はため息をつく。
「一体何を言っているの?! この二人はどんなに雰囲気が変わっても令と由乃ちゃんじゃないの!
この二人に攻撃なんて出来ないよ!」
「でも、この二人、私たちを確実に殺しに来ています! じっとしてたらやられる・・・。
そういうことです。 まずは倒してから・・・。 私たちが生き残ることが最優先ですっ!」
「でも・・・。 むー。 仕方ない。 致命傷を与えないように倒して拘束! それでいいね?!」
「わかりました! なるべくそうしたいですけど・・・。 とにかく自分自身を大事に戦ってください!」
「よし、行こう!」
聖の号令で、三人は各々の敵に向かって走り出した。
☆
祐巳は正面から令を見据える。
令が纏う覇気は魔王と同じもの。 それはもちろん由乃の纏う覇気もそうだった。
(これが・・・。 こんなのが令さまや由乃さんじゃない!)
と、祐巳は思う。
有馬道場に通ったことがある、と言った時の「ぜひお手合わせしたい」と言った令。
そのチャンスがこんな時に来たというのに、令の姿をしたものはまったく別人だった。
魔王の中には、思ったままに姿を変えることができるものがあると聞く。
そうであるなら、この眼の前にいるものは、令と由乃の姿を真似た魔王に違いない、と思う。
しかし、その姿が令や由乃である以上、万が一、ということもある。
何らかの手段でソロモン王に操られている、そう言う事も考えられる。
(戦闘力をそいで拘束・・・。 難しいけどやるしかないかなぁ)
祐巳は軽くため息をつきながら 七星昆『セブン・スターズ』 を低く構え、令に対峙する。
ヒュッ、と鋭い音がする。 一瞬にして祐巳までの距離を瞬駆で詰めた令が剣を真横に振るう。
令の得意技、『一文字斬』。 しかしその斬撃は祐巳には届かない。
軽くバックステップした祐巳の前を通り過ぎる剣。
(甘すぎる・・・。 これが令さまの力なの?)
しかし、令は剣戟が躱されたというのに全く無表情のまま剣をふるい続ける。
そしてトンッ、と距離をとったかと思うと再度瞬駆。
(ふ〜ん、今度の瞬駆は、さっきより早い・・・。 でもまだまだですよ、令さま)
祐巳は剣戟を交わしながら、令を拘束するため剣を叩き落とそうとする。
バキィィィィ! と剣と昆のぶつかり合う音。
この状況なら、祐巳の打撃力をもってすれば剣を持つ手を痺れさせ、とり落とさせることも可能なはず。
しかし、令はその打撃をはじき返す。
(なんて力・・・。 この腕力、人間を超えている・・・。 仕方ない、手首を折るしかないか・・・)
祐巳はあきらめに似た感情で高速で振るわれる剣を避けながら小手を撃つ。
しかし、令の身体の強度は異常だった。
鉄すら切断する祐巳の打撃を手首に受けてなお何事もなかったかのように剣をふるい続ける令。
(ありえないっ! なにこの強度!)
はじめて祐巳に焦りが生まれはじめていた。
☆
志摩子が間合いに飛び込むのとほぼ同時、頭上から由乃の女性らしいか細い腕に握られた刀が予想以上の速さで振り下ろされた。
咄嗟に、横に構えた剣でそれを受け止める。ガチッ、と鈍い音がして手首に鈍い痛みが走った。
(なんて力なの?!)
志摩子は驚愕する。 昨日まで共に鍛えた由乃の力ではない。
腕の太さなんて自分よりも細いくせに、そこから繰り出される一撃は、山梨での修業中に祐巳から受けた金剛杖のそれと同じぐらいに重く、鋭い。
視界の中に由乃が刀を振り上げる様が映る。
このままで二撃目は耐えられないと判断して、志摩子は渾身の力で刀身を跳ね上げ、一時的に由乃が両手を挙げる形になったその瞬間を逃すことなく、地面を蹴って横を抜けざま刀身を振るう。
本来であれば、攻撃対象を真っ二つにする志摩子必殺の 『絶・螺旋撃』。
しかし、相手の姿が由乃をしている以上、急所を狙うことすらままならない。
由乃は服の一部を志摩子の斬撃に持っていかれたが、腹部の肉をほんの少し削られただけであった。
だが、ほんのかすり傷程度でも志摩子の螺旋撃は肉にえぐりこむような斬撃である。
由乃の避けた皮膚からドロリ・・・、と血が流れ落ちる。
由乃の脇を駆け抜けた志摩子が振り返れば由乃は表情をまったく変えていなかった。
血が流れ落ちても今の由乃にとってそれはたいした損害ではないらしい。
怪我をまったく気にすることなく、由乃は体を反転させ再び志摩子と対峙する。
表情にまったく変化がないのは、これが由乃の模倣をしている魔王だからなのか・・・。
それとも、由乃であったものが魔王に変わってしまったのだろうか・・・。
こんな無表情なら、仮面のほうがよっぽどましだ。
血が付着する剣を構えなおす志摩子の視界に、新たな影が素早く躍った。
由乃の背後に迫っていたその影は一瞬先に志摩子がそうしたように、由乃の脇を駆け抜ける。
・・・その瞬間・・・。
由乃の腰の下から腕の付け根付近まで赤いラインが描かれる。
「スレイ・カトラス!」
聖の目にもとまらぬ高速移動による風の刃。
さきほどつけた志摩子の傷とまるでクロスするように刻み付けられた一筋の線。
プシュッ、と小さな音を立てて由乃の体から血が迸る。
「表面を切っただけだから出血は多いけど致命傷にはならない。
もっとも時間がかかりすぎたら出血多量になるよ。 ここらでやめたら?」
聖が由乃に話しかける。
「ううっ・・・」 由乃がうめきながら片膝をつく。
「何かしたんですか?」
急にくず折れた由乃を見やりながら志摩子は聖に聞いた。
「うん。 このままだと由乃ちゃんを傷だらけにしかねないからね。 強力催眠薬を塗った短剣を使ったの。
『セイレーン』 以外にも何本も短剣を持ってるのよ。 わたしは」
さすが、『トリック・スター』=佐藤聖である。 奥の手はまだまだありそうだ。
「小笠原研究所で開発された 『スリープ』 の魔法を精製した薬品の特別強力版。
さっき騎士団から貰ってきたのよ。 ま、小細工だけどね」
しかし・・・一旦は効果があったように見えた先ほどの攻撃から立ち直った由乃は、何事もなかったかのようにこちらを睨んでいる。
「まいったな・・・。 回復力まで魔王並みか・・・」
がっかりしたような聖の声。 しかしその声とは裏腹に純白の風になった聖が再度由乃に襲い掛かる。
その姿はまさに 『疾風』
しかし、その聖の斬撃を、ゴゥと、刀一振りで弾き返す由乃。
叫び声も気合の声もなく、由乃はすくうように刀を薙ぐ。
風を立て、おそらく触れられれば骨肉をもぎ取られるその一撃を、聖はまるで柳が風を逃がすように難なく回避した。
大振りの一撃の後に生まれた隙を逃すはずもなく、聖は残り数歩の間合いを詰めて回転しながら一撃を放つ。
「『マーシフル・アーク』ッ!」 下段蹴りからの突き。 その突きは肩口を抉り取る。
しかし、さすがに由乃を傷だらけにするには忍びないのか、その攻撃もひどく浅い。
まったくといってダメージを受けていない由乃は返す刀で聖の腹をなぎ払う。
突き技で体が伸びきっていた聖に、普段では考えられないスピードの由乃の斬撃・・・。
由乃の強大な一撃を喰らった聖の身体は、半ば叩きつけられるように床に落ちる。
「ガ・・・ガハッ!」 聖の苦しげな呻きが響く。
仰向けに落ちた聖に由乃は更なる追撃を試みた。
頭を潰そうと突き落とされる掌底を、転がることでかろうじてかわす聖。
聖に三度目の攻撃を繰り出そうとする由乃に、志摩子は死角から切りかかった。
背後に廻っていた志摩子は絶好の間合いで踏み込みを敢行し、水平に構えた刀身で由乃の背中をなぎ払う。
シュッ・・・、と由乃の服の背中が裂ける音と同時に、ガキッと硬い鎧にあたったような音がする。
志摩子が由乃の背中を薙いだ一撃は、服を切り取っただけで体には全く傷を与えていなかった。
「祐巳さん! 聖さま! 由乃さんの背中! なにかあります!!」
由乃は脇を刀で切り裂かれ、背も真横に切られた服を、邪魔だ、というふうに払いのける。
由乃の上半身ははだけ、小ぶりな乳房があらわになる。
その左胸には心臓の手術の跡・・・。
「やっぱり、由乃さんだ・・・。 魔王なんかじゃない! 由乃さんですっ!!」
志摩子の絶叫が響く。
それは、令と戦っている祐巳にも聞かせたくて放った叫びだった。
戦っている相手を由乃と確認した志摩子は闘争心が消えうせていた。
しかし・・・・。 志摩子が剣を下ろした瞬間を狙うように俊足を飛ばし由乃が志摩子に迫る。
迂闊だった、と志摩子は自分自身を戒めた。
戦っている相手を由乃だと認識してしまったため、由乃の殺気を否定しようとした。
戦いの最中だというのにあまりにも甘い自分の思慮不足・・・。
由乃の刀が無防備な志摩子をなぎ払う。
すんでのところで剣で体をガードした志摩子だったが、剣もろとも由乃の刀によって弾き飛ばされる。
「ぐ・・・ぐぅう・・・」
志摩子の苦痛の呻き・・・。 しかしその体は薔薇十字最強の鎧 『ホーリー・ブレスト』 で守られていた。
普通の鎧であればさきほどの一撃で志摩子はその体を両断されていたに違いない。
(こ・・・こんなダメージっ! 聖さまの半分もないはず!)
志摩子は、必死で片膝をつき起き上がる。
・・・そして、目の前に影が現れた瞬間、体をさらにちいさく固め、剣を地面につき体を防御する。
(なに・・・このスピード! 早すぎるっ!!)
由乃はすでに志摩子の目の前まで迫っていた。
それは由乃にとっての絶好の間合い。 剣を支えに小さく縮こまっている志摩子が剣を振るえるはずもない。
(やられた・・・)
絶望感が志摩子を支配する。
見た目が由乃であることで、どうしても由乃の動き、スピードを体が憶えていて、今の由乃のスピードに頭がついていかないのだ。
由乃は無表情な顔のまま刀を振り上げ、恐怖・・・そう、紛れもなく恐怖で固まった志摩子に狙いをつける。
由乃の瞳はガラス細工のように無機質・・・。 しかし不思議なことにそのガラス玉のような瞳に嘲笑が浮かんだ気がした。
無機質な顔は不気味・・・それ以上に仮面の方がましだった・・・。
せめて由乃の顔をしていなければまだ対処のしようがあったかもしれない。
残酷な現実が志摩子の前に突きつけられる。
由乃の振るった刀がやけにゆっくりと感じられた・・・。
残された僅かな時間の中で、志摩子は視界に映る全てのことを記憶する。
由乃の体を挟んでその先に見えるものは志摩子が心の底から慕っていた聖・・・。
先ほどの由乃の一撃がよほどこたえているのか未だに立ち上がることも出来ないままこちらを見ている。
その瞳に浮かぶのは絶望か・・・悔しさなのか・・・。
周りを照らすのは松明の灯り。 普段の生活で蛍光灯の光に慣れている志摩子にとってそれはとても幻想的な光景。
しかし、その奥に繋がる回廊には未だ、志摩子の知ることのない悪意が潜んでいる。
そういえば・・・。 祐巳の姿が見えない・・・。
きっと、令と立ち会っているだろう、と思うけど・・・。
この小部屋はそれほど広くはない。
それなら、祐巳と令は一体どこにいると言うのだろう・・・。
(・・・・・・まさか・・・・・・)
ぞくり、と志摩子の背筋を汗が伝う。 恐怖が延髄を駆け上がる。
瞬間的に、自分たちの立ち位置を思い出す。
戦闘が始まったときの三人の居場所と令と由乃の位置。
それから自分はどう動いて、いまどこにいる!?
由乃の振るう残酷な刃がスローモーションのように志摩子の眉間に迫る。
・・・そして・・・耳に届くかすかな駆け足。
(そんな! 嘘っ! やめてーーーーーー!!!)
志摩子の心からの叫びは、しかし、志摩子の口から発せられることはない。
目を閉じることもできないで、志摩子は自分に決定的な死をもたらそうとする由乃の姿を仰いだ。
駆け足の音の末、タンッ! と床を蹴った音が聞こえる。
(これ以上祐巳さんの足を引っ張るなんて、そんなのは絶対に嫌!)
絶望と悲しみに彩られたその思考は、言葉なき叫びとなって志摩子の全身から迸る。
志摩子に振るわれた由乃の神速の剣撃。
絶対的な死が志摩子を覆い尽くすその瞬間・・・
横から飛び出した小柄な影が志摩子を弾き飛ばし、その身代わりとして刀の下に腕が残る。
☆
「祐巳さん! 聖さま! 由乃さんの背中! なにかあります!!」
「やっぱり、由乃さんだ・・・。 魔王なんかじゃない! 由乃さんですっ!!」
志摩子の悲痛な声が聞こえた瞬間、祐巳は志摩子の覇気が消えていくのを感じた。
(まずい!) と祐巳は思う。
優しい志摩子が由乃と戦う事に躊躇しているのはわかっていた。
しかし、今の状態の由乃と戦う事は危険すぎる。
自分の目の前にいる令の頑健さを思えばそれは容易に導かれる答えだった。
もう、ほんの僅かな時間さえない。
祐巳は令の背中にもあるであろう 『なにか』 を切り取るため、行動を開始する。
「アカシャ・アーツ!」 自分の持つ最大の覇気を纏いつつ、瞬駆をはるかに超えるスピードで令の背後を取ろうとする。
しかし、極限のスピードを超えたかに思える祐巳の動きでさえ令の背後をとることはかなわない。
令は敵に背後を取らせることは絶対にない。
それは剣道家としての本能なのか。 支倉令としての矜持なのか。
(時間がない!) 視線の端で志摩子が由乃に弾き飛ばされるのが見える。
「『天竜崩落撃!』」
祐巳は一気に令の頭上に飛び、高速の切り落とし。
しかし、その斬撃でさえ令に防がれる。
ガキッ、と剣と昆が触れ合った瞬間、その位置を支点に祐巳の体と昆が縦に回転しながら落ち令の腹部を穿つ。 さらに昆で突き刺された腹を支点に左膝への突き。
昆の特性を生かした頭、腹、膝への三連撃、 祐巳の体の柔軟性を最大限に生かした天竜崩落撃が令に叩きこまれる。
祐巳の天竜崩落撃の初太刀を頭上で防いだ令であったが、腹部への攻撃と膝への攻撃は避けることはかなわない。
祐巳の昆で突きぬかれた膝は破壊され、足があり得ない方向に曲がる。
思わずバランスを崩した令の右膝にさらに強烈な祐巳の 『雄渾撃』 が叩きこまれ、ついに令はうつ伏せに倒れ伏す。
(ごめんなさい! 令さま!)
『フォーチュン』 に金の覇気を纏わせた祐巳は令の背中を切り裂き・・・。 暗黒に染まる五芒星を見つける。
そのヒトデのような五芒星から恐ろしいほどの邪悪な覇気を感じた祐巳は、内臓まで達しているであろうその物体を切除した。
祐巳の視線の先に志摩子の背中が見える。
そして、志摩子に向けて振り上げられた由乃の腕。 その腕には残酷な刃が・・・。
(間に合って!!)
祐巳は自身の危険すら顧みず、志摩子を救出するため、床を蹴った。
☆
祐巳に弾き飛ばされた志摩子の目の前で、祐巳の片腕はあっけないほど簡単に切り取られ宙を舞った。
「癒しの光っ!」 呻くような祐巳の声。
しかし、祐巳の治癒呪文をしても、傷口から露出した血管は瞬間的に収縮しただけだった。
そして次の瞬間心臓が送り出す血液の圧力に打ち負けたのか、一気に噴水のように血液を噴出した。
志摩子の目の前を、クルリクルリとまるで壊れたマネキンの腕のように祐巳の腕が飛んでゆく。
周囲に撒き散らされるのは祐巳の小柄な体からあふれ出す真っ赤な血液・・・。
ペチャッ、と音がして祐巳の肩から生えていた腕が志摩子の真横に着地する。
「キャー!!」
やっと絞り出した声は志摩子自身信じられないほどの悲鳴。
一声発したことで急に動くなった体で志摩子は床に転がる祐巳に駆け寄る。
「祐巳さん!」
その名を呼びながら苦痛に顔をゆがめる祐巳の体を抱き抱える。
・・・手を触れてぞっとした。 志摩子の手に付着する絶望的な量の祐巳の血液・・・。
ぴちゃり・・・ぴちゃり・・・。
由乃の足音が近づいてくる。
その足元には祐巳の体から流れ出した血の池ができている。
由乃の体は祐巳の返り血で真っ赤に染まっていた。
志摩子は憤怒に満ちた目で由乃を睨みつける。
今の由乃にはそんな行為、全く役に立たないことはわかっている。
しかし、今の志摩子は祐巳を抱きしめ少しでも失われようとする体を温めること、そして由乃を睨みつけることしかできないでいた。
由乃はあいかわらず変化の無い表情で刀を振りかぶる。
その刀で狙う獲物・・・。 それは志摩子・・・。
祐巳さえ助かるなら志摩子はためらわず自分の身を投げ出すだろう。
自分が死ぬことで祐巳が助かるならそれでもいい。
祐巳をこんな風にしてしまった責任は志摩子自身にある。
振り上げられた由乃の腕が志摩子に振り下ろされる・・・。
志摩子は奥歯を噛締めて、視線を反らすまいとその刀をから目を離さない。
志摩子の腕の中には荒くかすかな祐巳の息遣い。
その荒い息遣いの下から・・・・
「ザンダイン!」
祐巳のたった一本残った左手に握られた 『フォーチュン』 が振るわれる。
ゴォ・・・と微かな音を残し、最強の衝撃魔法が由乃の体を吹き飛ばす。
20mほども吹き飛ばされた由乃の体が超硬度の壁にぶち当たり、反動で前に倒れる。
その由乃の背中に、黒いヒトデのような突起が見える。
「・・・志摩子さん・・・。 あれ・・・あれを撃ち抜いて・・・」
か細い祐巳の声。
「撃ち抜く・・・。 わかったわ! 『ホーリー・ブレス』っ!!」
志摩子の純白の鎧、 『ホーリー・ブレスト』 がリストバンド状のブレスレットに姿を変える。
「『ホーリー・バースト』っ!」
志摩子のブレスレットから噴き出した五筋の覇気弾が螺旋状に渦を巻きながら由乃の背中に貼り付いたヒトデを弾き飛ばす。
一瞬、ビクリ、と跳ね上がった由乃の体は、その動きを最後に沈黙した。
☆
「祐巳さん! 祐巳さんっ!!」
志摩子が祐巳を抱き抱えながら意識を留めようと必死で呼び掛ける。
その叫びにやっとの思いで目を開けた祐巳・・・。
「志摩子さん・・・。 お願い・・・」
ボゥッと 『フォーチュン』 に白い輝きが浮かぶ。
見慣れた祐巳の治癒魔法、 『癒しの光』 を 『理力の剣』 で受け取った志摩子は、祐巳の失われた腕の付け根を薄く切り取る。
ブシュ、っと微かな音を最後に、祐巳の腕から流れ続けていた血が止まった。
「っぅぅ・・・痛い! 痛い! 痛い! 痛いっ!!」
祐巳の悲痛な声が響き、大粒の涙があとからあとからあふれ出す。
あまりの痛みに耐えきれず、苦痛に悲鳴を上げる祐巳。
本来なら全身麻酔をしなければ耐えられない痛みなのだ。
それを麻酔なしで・・・。
祐巳の痛みはどれほどなのか・・・。
そしてその痛みの原因は自分にある。 志摩子もボロボロと涙をこぼす。
「祐巳さん、わたしの肩を噛んで! 少しでも楽になるなら!」
志摩子は抱きしめた祐巳の体を支え、肩口に祐巳の唇を当てる。
「ウグゥゥ・・・。グゥ・・・・」
絶え間なく響く祐巳の苦痛の声。 痛みをこらえるために食いしばられた祐巳の歯・・・。 鋭い痛みが志摩子の肩を突き抜ける。
(こんな・・・こんなことで罪滅ぼしにもならないけど・・・)
志摩子は祐巳を支えながら、『フォーチュン』の光が祐巳の傷口に薄い皮膚の膜が形成されるのを見ていた。
☆
聖は床に転がったまま祐巳と志摩子の姿を確認する。
絶え間なく漏れる祐巳の苦痛に満ちた嗚咽・・・。
その祐巳をしっかり抱きしめる志摩子。
その先にあるのはピクリとも動かない令と由乃。
令と由乃は寄り添うようにうつぶせに倒れていた。
令の背中には皮膚の一部がもぎ取られた跡。
その傷跡からかなりの出血が見える。
おそらく祐巳の攻撃により、背中のヒトデのようなものを残さずこさぎ取られたのだろう。
令の右足と左足はあり得ない方向に曲がっている。
膝の下で、本来は後ろにまがっているべき足首までの線が前に伸びている。
由乃の傷は脇に刻まれた聖と志摩子の斬撃によるもの。
それと、肩口からの出血。 これも聖がつけたものだ。
しかし、そのどれも致命傷にはなっていないはず。
だが祐巳の魔法で壁に叩きつけられた衝撃と、志摩子の 『ホーリー・バースト』 による背中の傷が痛々しい。
(まさか・・・。 二人とも死んでいるのか?)
聖は、自分自身の腹部も見る。
由乃の斬撃はセイレーンのチェーンで防いだので切り傷による出血はわずかだった。
しかし、強烈に叩きつけられたせいで背中が恐ろしく痛む。
(でも、この程度で済めば恩の字かな・・・)
強烈な打撲による痛みはあるがほとんど外傷がないことが救いだ、と聖は思う。
なんとか片膝を立て、四つん這いで志摩子のもとに這い寄る。
「志摩子・・・。わたしのリュックサックの中に『ソーマの雫』がある・・・。 あと痛み止めも・・・
祐巳ちゃんに飲ませてあげて・・・」
それだけ伝えると、聖は白い光に包まれながらにうつぶせに倒れ伏した。