【336】 志摩子さんといっしょ  (まつのめ 2005-08-09 21:37:07)


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「志摩子さん、委員会の仕事?」
 ある朝、志摩子さんは花壇のそばでしゃがみこんで囲いの修繕をしていた。
「あら祐巳さん。ええ、そうなの」
「一人でやってるんだ。他に居ないの? 委員会の人って」
「これは私が自主的にやってるのよ。こういうの好きだから」
「そうなんだ。志摩子さんはえらいね」
「どうかしら」
 そんな会話をしていると近くからなにやら会話が聞こえてきた。
「ご、ごきげんよう、白薔薇さま」
「あら、ごきげんよう、天使ちゃんたち」
『キャーッ』
 白薔薇さまだった。
「あら、あなたタイが解けてるわよ」
「あのっ、白薔薇さま、直していただけますか」
「いいわよ、いらっしゃい」
「あ、あの私も」
「あらあら、じゃあ端から面倒見てあげるわ」
 何をやっているんだか。あそこに居る全員のタイを直してあげるつもりらしい。
 『天使たち』は聖さまの前に列を作っていた。
 先日の弱々しい聖さまはどこへやら。そこに居たのは祐巳のよく知っている軽薄な聖さまのようだ。
 と思っていたら。
「軽薄が服を着て歩いているようだわ」
 紅薔薇さまの登場だ。紅薔薇さまは聖さまの背後から現れて声をかけたのだ。
 志摩子さんもいつからか柵の修繕の手が止まって祐巳と一緒にそれらを見入っていた。
「何が?」
「『何が』?」
 紅薔薇さまが睨みをきかせ、聖さまの『天使たち』が慌てて散っていく。
「何をしているのよ?」
「別に。朝の挨拶していただけでしょ。何が問題?」
「朝の挨拶でどうしてカラーのタイをほどく必要があるわけ?」
「ああ」
「ああ、じゃないわよ」
 白薔薇さまがボケ役ならば紅薔薇さまが突っ込みだろうか。漫才よろしくやり取りをしている二人の薔薇さま方。
 ギャラリーは目下のところ祐巳と志摩子さんだけだ。
 会話の中に『茶番』なんて単語が聞こえてきたと思ったら紅薔薇さまが祐巳たちの方を向いて、つられるように聖さまもこちらを見て祐巳と目が合った。
「どういうつもりか知らないけど、彼女との距離を離すために軽薄を演出するのは馬鹿げてるわ」
 紅薔薇さまの言葉にそうなのかな、と思う。
 これは祐巳に絡みまくる『セクハラ親父』聖さまの原点なのかも知れない。でも軽薄を演じる聖さまは何処か痛々しかった。
 そう。きっとこの時期の聖さまはまだ立ち直りきってないんだと祐巳は思った。

     〜 〜 〜

「志摩子さん。一緒に来て欲しい所があるんだけど」
 放課後、祐巳は志摩子さんを誘った。
「あら、どちらまで?」
「薔薇の館」
「薔薇の館?」
「うん」
 志摩子さんは行き先が薔薇の館と判ったら困った顔をした。
「あのね、祐巳さん。私は」
「判ってるの。志摩子さんがあまり人と関わりたくないって。でも今回だけお願い、ね?」
 ここで断られたらまたお姉さまとの約束を破ってしまう。お姉さまのおかげで回復できたけど前回の失敗はすごく後悔し、落ち込んでしまったのだ。
「『ねっ』て言われても……」
「だめかな?」
 ああ、だめだろうな。志摩子さんは意外と頑固なところがあるし、と祐巳があきらめかけた時、志摩子さんは表情を変えた。
「祐巳さんずるいわ」
「へ?」
 思わず変な声を上げてしまった祐巳に志摩子さんは微笑んだ。
「そんな顔されたら断れないわ」
「一緒に行ってくれるの?」
「ええ。ご一緒させていただくわ」

 薔薇の館へ向かう途中、志摩子さんは言った。
「でも、今回だけって言うのは嘘でしょ?」
「ええっ!?」
「どうしてって? 判るわ。祐巳さんは私をなにかに巻き込もうとしてるって」
 それは本当のことだ。一度山百合会に関わったらもうずっと関わりつづけることになることは間違いない。
「ごめんなさい」
 祐巳が謝ると志摩子さんはため息を一つついて言った。
「……ごめんなさいってことは謝るようなことなのね」
「えっと、その……嫌だったらやめてもいいよ」
「やめたら祐巳さんが困るんでしょう?」
「え、う、うん、ものすごく……」
 二回も続けて失敗したら祥子さまになんて言われるか。お小言だけなら良いのだけど、愛想をつかされロザリオを返せとか言われたらどうしよう。
 中庭に出たところで志摩子さんは自然に立ち止まったので祐巳もそれにつられて歩みを止めた。
「私ね、本当にここに居てもいいのかしらって思うの」
「へ?」
 志摩子さんは唐突だった。
「あのとき私に声をかけてくれたでしょ? それで強引に一緒にお弁当を食べて」
「あ、うん」
 入学式の翌日のことだ。
「最初は『どうして』って戸惑ったわ」
「ごめんなさい」
「うふふ、またごめんなさい、なのね」
 では他にどういえば良いのか。別に志摩子さんをどうにかしてやろうなんて大層なことを考えてたわけじゃなく、ただ祐巳が志摩子さんと仲良くなりたかっただけなのだ。志摩子さんの都合も考えずに。
 志摩子さんは言った。
「気が付いたらね、祐巳さんの隣に私の場所が出来ていたの」
「え?」
「祐巳さんは何も聞かずに私の隣に居てくれたわ」
 言われてみれば確かにそうだった。新入早々出来た友達だったらお互いのことを聞きあう方が普通なのかもしれないが祐巳は志摩子さんがどんな人か知っていたし、志摩子さんの抱えている問題も知っていた。だから志摩子さんのプライベートなことを積極的に聞くことは無かったのだ。
 祐巳は未来のことを知っている、いわば未来から来た『異端者』だ。これは今の志摩子さんを取り巻く状況と合い通じるものがあるのかもしれない。

「でも祐巳さんは一緒にいて退屈だったかもしれないわね」
「そ、そんなこと無いよ! 黙ってても志摩子さんと一緒に居るの心地よかったんだから」
「本当?」
「うん、退屈なんかじゃない。私、志摩子さんのこと好きだよ」
「え?」
 志摩子さんは目を見開いて振り返り、祐巳を見つめた。
「あ、いや、その、変な意味じゃなくって、友達って言うか……」
 何を言っているんだ。無意識に口に出した『好きって』言葉に自分で動揺してしまった。
「ふふっ、ありがとう、私もよ」
 でも志摩子さんはわかってくれたみたい。


 ああ、と心の中で祐巳は嘆いた。
 自分が居場所になってどうするのだ。
 これはこれで良いのかもしれないけど祐巳は聖さまと志摩子さんの間にすっぽりはまってしまった。
 祥子さまのことを堂々と『お姉さま』と呼べる日はいつになったら来るのだろう。


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