【3355】 泣かないでお姉様  (bqex 2010-10-31 18:46:50)


『ミラクル江利子ビーム泣かないでお姉さま眼がくらみます』2/3
【No:3331】【これ】【No:3420】
念を受け取り損ねてまさかのBGN(笑)【No:3336】



 薔薇の館前で立ち回りが繰り広げられていた頃の放送室。

「失礼します……あ、先生。小母さまも!」

 現れたのは福沢祐巳とその妹の松平瞳子だった。ごきげんよう、と二人と小笠原清子さまと鹿取真紀は挨拶した。

「お二人も審判なんですか?」

「審判、というよりはスタッフね。開始のチャイムを鳴らしたり、不測の時の案内を流したり、終了のチャイムを鳴らすのよ」

 なるほど、と二人はうなずく。

「それで、福沢さんたちは何をしに来たのかしら?」

 真紀は尋ねる。

「これを」

 祐巳が差し出した書類に真紀は驚いた。
 覗き込んでいた清子さまが小さな声で「まあ」と呟く。
 それは『放送室使用許可証』で、時間はこのイベントの開始から終了までの間で、渥美先生のサインも入っていた。

「やるわね。リリアンOGの先生だとサインがもらえない可能性もあるから渥美先生を使うとは」

「ええ。あのお姉さま方が相手なのでいくつかハンディを頂きました。他にもいろいろありますよ」

 ついでに、といくつかの書類の写しを見せてくれた。本物は薔薇の館にあるらしいが『学園内火器取扱許可書類』なんてものまである。

「福沢さん、こんなものまで許可を!? あなたたち、何を――」

「いざという時連絡代わりにロケット花火をあげるんです。戦国時代の『のろし』みたいなものですよ」

 意に介さないというように祐巳は答える。

「本当に祐巳ちゃんは面白いわね」

 楽しそうに清子さまは笑っている。

「お姉さま、そろそろオペレーション『ロサ・カニーナ』を発動しなくては」

 ちらり、と時計を見ながら瞳子が促す。

「ああ、そうだった。失礼します」

 祐巳が慣れた手つきで機材を操作すると、音楽が流れてきた。それは、運動会でお馴染の曲だった。

「テープは二時間で自動停止します。不測の事態以外は止めないでくださいね」

「許可証があるのだからそうするしかないわね」

 真紀の答えに満足したのか二人は出ていった。

「ふふ、どっちが勝つのかしらね?」

 自分の娘が戦っているというのにのんきにお饅頭をパクつきながらお茶をすする清子さま。

「それはわかりませんね」

 その答えに清子さまは微笑む。

「真紀さん、当分やる事もないでしょうからあなたもどう?」

「恐縮です」

 二人はお茶を飲みながらまったりと時間を過ごした。

 ◆◇◆

 再び校舎内に入るとスピーカーから曲が流れてきた。

「何? この運動会みたいな曲は?」

 令がピクリ、と眉をあげる。

「事前に許可を取っておけば設備や備品はかなり自由に使えるからね。どうやら本気みたいだ」

 ある程度は想定内だが、音楽を流してくるとは。それも、ノリノリの行進曲をわざわざ選ぶとは。
 祥子は何度も振り向く。
 曲で足音が消されて背後から狙われるのを気にしているのだ。

「まあ、時間的にまだ校舎内にはいるはず」

 聖は活きのいい後輩を思い浮かべ、ウチワを握る手に力を込めた。
 こちらが『鬼』ということになっているが、攻撃できるのは向こうの方。こちらは攻撃に怯えながら『子』を捕まえに行くのだから割に合わない。
 校舎内にはところどころに審判役の卒業生がいた。ずっと立ってるわけにはいかないので、近くの教室から椅子を持ち出して本を読んだりしているが、聖たちの姿を認めると慌てて立ち上がり戦闘に備える。
 日曜日だというのに、皆さまもご苦労さまです。

「!?」

 気配に気づいて振り向くと、祐巳ちゃんがそこまで迫っていた。後ろには瞳子ちゃんも見える。
 滑るような独特の動き。ローラーシューズを履いているようだ。

 ――シャアアアアッ

 ノズルをシャワーに切り替えて乱射してくる。
 捕まえようとするとゆっくりと後退して誘ってくる。

「お?」

 しばらく繰り返しているとシャワーの勢いが弱まってきた。

「ふっ、福沢祐巳、破れたり」

「それはどうでしょう? 瞳子!」

 祐巳ちゃんは持っていた水鉄砲を後ろに放り投げると同時に屈んだ。
 タイミングよく祐巳ちゃんの足元に水鉄砲が滑ってくるので拾い上げると同時に撃ってくる。
 勢いを取り戻したシャワーに、間合いを取る。

「妹の水鉄砲を使うだなんて、ルール違反でしょう!」

「水鉄砲を取り替えてはいけないというルールはありませんし、審判にも問題ないことを確認しました」

 祐巳ちゃんの後ろにいた審判役の卒業生を見て令が叫んだ。

「叔母さん!」

「呼んだ? 令ちゃん」

 由乃ちゃんのお母さんらしい。
 祐巳ちゃんの水鉄砲を拾った瞳子ちゃんが時計を確認し、給水を開始した。

「今瞳子ちゃんは動けない! 援護はないんだから、捨て身で行くっ!!」

 三人でウチワでしっかりと前をガードし突進すると、祐巳ちゃんは間合いを詰められるのを嫌がったのかローラーシューズで滑りながら一気にバックしたが、勢い余って水飲み場をはるかに通り過ぎてしまう。

「あらら」

「よし、もらった!」

 瞳子ちゃんに飛びかかった瞬間、向こうから抱きついてきた。

「え?」

「聖さん、アウト!」

 給水を中断し、瞳子ちゃんは聖に0距離射撃を敢行したのだ。具体的には、ボトルの水を直接ウチワとの隙間にねじ込むようにかけただけだが。

「途中で攻撃するとそこで給水は終わりだそうですが、その価値はありました」

 瞳子ちゃんの両脇を令と祥子が捕まえる。

「戦略的撤退!」

 水を発射しながら祐巳ちゃんは脇の階段を使って逃げていく。

「待ちなさい、祐巳!」

「深追いしちゃ駄目だ、祥子。トラップがあるかもしれない!」

 令と祥子は諦めて見送って、聖のゼッケンに目をやった。

「あ〜、やられましたね」

「抱きついて令のも濡らしてやろうか?」

「味方を不利にしてどうするんですか」

 八つ当たり気味に聖が言った言葉へ祥子が突っ込む。
 由乃ちゃんのお母さんが聖に告げた。

「ゼッケンが濡れたのでリタイアね。薔薇の館で決着がつくまで待機してるのよ。それと誤爆防止のために……失礼」

 由乃ちゃんのお母さんは聖のゼッケンに大きく『落伍者』と書いた。
 なんだか人生の落伍者になったみたいで落ち込んだ。

 ◆◇◆

 音楽が鳴り始めた直後、薔薇の館からかなり離れた高等部敷地の隅。

「まさかもう菜々ちゃんが来てるとは思わなかったよ」

 乃梨子は目の前の後輩につぶやいた。

「二台用意して正解でしたね」

 二人は事前に用意して隠しておいた自転車にまたがった。
 事前に許可をもらってあるので問題ない。

「救出オペレーション『ロサ・フェティダ』開始!」

「ラジャー!」

 途中まで並んで走り、薔薇の館の直前で別れてスピードをあげた。
 音楽のおかげでかなり近づくまで気づかれなかった。

「自転車!?」

「そこまでやるかっ!」

 薔薇の館の前にいた蓉子さまと江利子さまは仰天している。

「可愛い後輩のやることぐらい大目に見てくださいよ!」

 お二方はゼッケンをウチワでガードして薔薇の館に逃げ込もうとする。

「おっと!」

 素早く回り込んで、挟み込むようにする。

「くっ!」

 江利子さまがライトで菜々ちゃんの目を狙い、怯ませた隙にお二方は逃げていく。しかし、狙いはお二方ではないので問題ない。

 ――シュッ!

 ――シュッ!

 二人でほぼ同時に旗を狙った。
 すぐに気づいたようで薔薇の館の中の山村先生が顔を出すと確認して、旗を引っ込める。
 まもなく水鉄砲を片手に志摩子さんと由乃さまが出てきた。

「リスタートね。まずは借りを返しに行こうかしら」

「午前中はバラバラに行動するのではなかったの?」

「あの二人が別行動の三人に合流されて紅二人が捕まる前に、落としておかないとまた不利になるもの。さあ、早くいきましょう!」

「……いいわ。そうしましょう」

 乃梨子と菜々ちゃんはそれぞれのお姉さまを自転車の後ろに乗せて捜索を開始した。

「あれ?」

 自転車で走っているととぼとぼと聖さまが独りで歩いてくるのが見えた。
 水鉄砲を構えて近づくと、聖さまは「ホールドアップ」と言いながら両手をあげた。
 ゼッケンには『落伍者』と書かれている。

「あらら、もう落ちましたか」

「『もう』ってね」

 ムッとした顔で聖さまは乃梨子を睨みつける。

「『落伍者』って凄いですね」

「これを書いたのは由乃ちゃんのお母さんなんだけど」

 口元をヒクヒクとさせながら菜々ちゃんに説明する。

「いっぱい書くの面倒だったんでしょうね。『歩く産業廃棄物』とか『生きてるだけで役立たず』とか字数が多いですから」

「そんな事書くのか、君のお母さんは」

 ガクッ、と脱力した様子で聖さまはつぶやく。

「たとえ『クズ』とか『おミソ』などと書かれたとしても私の中のお姉さまの価値が変わるわけではないのでご安心ください」

 次の瞬間、聖さまは膝から崩れ落ち、うつむいて地面にのの字を書きだした。

「お、お姉さま!?」

 オロオロしながら志摩子さんは自身のお姉さまを慰めようとするが、由乃さまが「傷口を広げてどうする?」と言って引き離す。
 とどめを刺したのは間違いなく志摩子さんです。
 聖さまの目に涙が光っていたのを見なかったことにしたのは由乃さまの言うところの武士の情けである。

 ◆◇◆

「まずいわ。自転車に乗って攻撃してくるとは……」

 江利子さまは額に汗を光らせたまま考え込んだ。

「建物の中までは自転車に乗りこんで攻撃してこないから安心して」

 言いながらも開け放した扉から蓉子さまは目が離せないようだ。

「あの――」

「何?」

 同時に江利子さまと蓉子さまは質問者築山三奈子を見た。

「ここで戦闘になると、機材が――」

 この場所はクラブハウスの新聞部部室。
 先輩の権限で無理矢理ここで今回のイベントの記事の一稿をまとめていたらこのお二方が転がり込んできたのだからたまらない。

「万が一被害を被った場合は同窓会が責任を持って弁償するって言ってたから安心なさい」

「そうそう。最新式のパソコンとプリンタが入るわよ、きっと」

 戦場にして最新式を導入させて後輩を喜ばせたら。なんて言ってくれちゃってお二方は出ていく様子を微塵も見せない。

「部外者を勝手に入れるのは――」

「あなただって卒業したんだから部外者でしょう?」

「向こうに有利になるような事をするなら敵とみなして盾にさせてもらうわよ」

 一つ上の先輩で、薔薇さまとしてリリアン女学園高等部に君臨していた三薔薇のうちの紅と黄なのだ。三奈子がかなう相手ではない。

「ところで、そろそろお昼ごはん食べたいのだけど」

「審判に言えば用意してもらえるのでしょう」

 時計を見ると正午にはまだ早かったが今のうちに食べておこうということなのだろう。
 三奈子は鞄からパンを数個とコーヒー牛乳を取りだした。

「私が用意してあるのはこれくらいです。事前の説明の通り、ミルクホールか職員室か薔薇の館に行けばお弁当とお茶が出ます」

 二人は相談した末に祥子さんか令さんにここに届けさせようと携帯電話でメールを送った。

「あ、もう来た」

 江利子さまの携帯電話にメールの着信があった。
 ちらり、とチェックすると蓉子さまに見せながら言った。

「聖が落ちたけど、瞳子ちゃんを捕まえたから薔薇の館に向かうって」

「白い人、本当に役に立たないわね」

 このお二方にかかっては聖さまも形なしである。

「薔薇の館に戻る? それとも他に行く?」」

 お二方はああでもない、こうでもないと考えた末結論を出した。

「……職員室に行きましょうか。五人で待ち伏せされてたら全滅の危険もあるし」

「そうね」

 ブツブツいいながらようやく出ていった。やれやれ、と思ったら。

「お姉さま方、お待たせしました」

 お弁当を四つ、お茶を四つ持った祥子さんと令さんが現れた。時間がかかったのは現役組との接触を避けて隠れながらの行動だったためだろう。

「お二人なら、さっき出ていったわよ」

 祥子さんがポケットに入っていた携帯電話を確認し、二人はようやくお姉さま方が職員室に向かったことを知った。

「わかったら――」

「もう、お姉さま方ったら気まぐれでよくないわ!」

「まったく、妹の時代がなかったわけじゃないでしょうに」

 三奈子のことなど無視するように祥子さんと令さんは椅子に腰を下ろす。

「あ、あの?」

「三奈子さん、お昼がまだでしたらこれ、どうぞ」

「お茶もあるわよ」

 二人は同時に余った二つのお弁当とお茶を三奈子の前に置く。

「そうじゃなくって。ここを戦場にするわけにはいかないので、場所を変えてほしいのだけど」

 すると二人はこう言った。

「万が一被害を被った場合は同窓会が責任を持って弁償するのでしょう?」

「たぶん最新式のパソコンとプリンタが入るわよ。いっそ戦場にして妹さんたちを喜ばせたら?」

 だって。この、似たもの姉妹が。

 ◆◇◆

 職員室といえばリリアン卒業生の先生がおられる現役生にとっては『アウェー』の地。
 だから大丈夫だろうとこちらに来たのに、祐巳ちゃんがお弁当を取りに来たのと鉢合わせした。

「あ」

 三人の声が混ざり合い、次の瞬間乱闘になった。

 ――シャアアアアッ

 シャワーを乱射して振り回してくる。
 射程が短いのである程度近づかなければなんとかなりそうだ。
 水のかかりそうな距離まで近づき、バックステップで避ける。

 ――スッ!

 祐巳ちゃんの靴にローラーがついているらしく一気に間合いを縮められた。

「えいっ!」

 水鉄砲を狙って蹴りあげ、ガードが甘くなったところを突き飛ばす。

「うわっ!」

 吹っ飛ぶ祐巳ちゃんから逃れ、振り向くと祐巳ちゃんは倒れていた。

「よし、捕まえて薔薇の館に行きましょう!」

 祐巳ちゃんがピクリとも動かない。突き飛ばした時の打ちどころが悪かったのか。

「フォローお願い」

 何かの罠かもしれないので、江利子を残してそっと近づき声をかけるが祐巳ちゃんは動かない。

「祐巳ちゃん!?」

 覗き込んで肩を叩くがぐったりしているようなので、慌てて脈や呼吸を確かめようとした時だった。

 ――シャアアアアッ

「蓉子さん、アウト!」

 審判役の卒業生の声がかかった。
 背後ではタタタと足音が遠ざかる。
 江利子はリタイアした蓉子を切って体勢を立て直す気なのだろう。正しい判断だが、納得いかない。

「子ダヌキのタヌキ寝入りに引っかかるとは……」

「古ダヌキが引っかかりましたか」

「こーら」

 めっ、というように睨むと、へへへ、と笑って起き上がる。
 瞳子に習った甲斐があった、と言いながら祐巳ちゃんは職員室に入っていった。

「さて、あなたにも誤爆防止の処置をしましょうか」

 嬉しそうに卒業生は蓉子のゼッケンに『落人』と書いた。

「リタイアした人は薔薇の館で決着がつくまで待機だから。お弁当はそこでいただいたら?」

 目の前の職員室から美味しそうな香りがしてくるのにわざわざそっちに行くのかよ。あれはデリバリーの御御御付、薔薇の館の方はたぶんインスタントだろうな。
 あ〜、罠かもしれないって一瞬思って江利子を残したのに引っかかってしまうとは。
 とぼとぼと薔薇の館につくと江利子が来ていた。

「……」

 ランチは『落伍者』佐藤聖、『落人』水野蓉子、鬼(生き)の鳥居江利子、捕らわれの松平瞳子、審判の山村先生という取り合わせになった。
 ちなみにこちらは中華スープのサービスがついていた。
 黙って食べていたのだが、突然聖が呟いた。

「……『落人』ねえ……『落人』。なんか、貢いで尽くして捨てられて風俗の最下層に売られちゃった元エリートみたい」

 カチンときた。
 薔薇の館に入ってきた瞬間、他人のゼッケンを見て「これで私だけじゃない」って安心したような顔したの見逃さなかったわよ。
 ねぎらってとまでは期待しないけど、自分の立場忘れてそこまで言うわけ?

「何言ってるのよ、『落伍者』が。大学出て三日でクビになるニートな感じがうつりそうだから近寄らないで」

 しっ、しっ、と手で追い払う。

「なんですとう?」

 次の瞬間、互いに睨み合う。

「この二人、いつもこうなの?」

 呆れたように山村先生が江利子に尋ねる。

「バカ夫婦がお互いの傷をなめ合ってじゃれ合ってるだけですから、気にしないでください」

「どさくさにまぎれて変な事言うんじゃないよっ!」

「誰が夫婦よっ! こんなの旦那にしたら『落伍者』や『落人』じゃ済まないでしょっ!!」

「喧嘩してる場合じゃないでしょう『落伍者』と『落人』。まだ勝ちが残ってるんだから、どうせイチャつくんなら生きてる選手を気持ちよく送り出すような夫婦漫才でもしてみせなさいよ」

「だから、夫婦じゃないっ!!」

 聖と蓉子の声が綺麗にハモった。
 瞳子ちゃんが『この空気で囚人状態は目茶苦茶きついんですけど』なんて思っていた事は知らない。

 ◆◇◆

 お弁当を食べ終わった頃に令の携帯電話に着信があった。お姉さまからだった。

「もしもし? どうしました?」

『二人とも生きてる?』

 この場合の『生き』はリタイアしていないということなので、令ははい、と答えた。

『薔薇の館に戻れる? 蓉子もリタイアしてしまって』

 思わず祥子の顔を見る。祥子は何か察したらしく、眉間にしわを寄せる。

『これで三対五よ。午後はシビアな戦いになるから慎重に。わかってるわね?』

「わかりました。十分以内にいけないときはメールします」

『OK』

 通話を終えると祥子が聞いてきた。

「お姉さまに何かあったの?」

「リタイアしたって」

 ある程度想像できていたのか祥子は、そう、としか言わなかった。

「それで、江利子さまの指示は?」

「薔薇の館に」

「わかったわ」

 三奈子さんと別れ、慎重に進む。通常五分もかからない場所に十分くらいもかかってしまった。

「遅くなって済みません」

「いいのよ。もう、ミスしたら負けが確定的になるんだから、とにかく生き残ってくれる方が大事よ」

 ちらちらと旗を確認しながらお姉さまがいう。
 部屋の隅でゼッケンに『落伍者』、『落人』と書かれた二人がどんよりとした空気をまとって座っている。
 捕らわれているはずの瞳子ちゃんの方がずっと元気がよさそうだった。

「ここで作戦を練ることはできないから、移動して、残りを確実に捕まえましょう」

 ここで綿密な作戦の打ち合わせをしたら、瞳子ちゃんが救出された場合こちらの作戦が筒抜けになってしまう。
 向こうはそれを見越してわざと救出にこないのかもしれない。
 慎重にウチワでガードし、薔薇の館の裏手に来て、背中を薔薇の館の壁に向けて相談を始めた。
 今までの流れを整理すると由乃確保→志摩子確保→聖さまリタイア→由乃・志摩子救出→瞳子ちゃん確保→蓉子さまリタイア→現在。(ケータイメールの時間順)

「一人ずつなら何とかなりますが、五人いっぺんに相手にするなるともう、アウトでしょうね」

 自転車を使ったり、施設を利用したりとかなり有利に向こうは進めている。まだ隠している手もあるかもしれない。

「職員室前で大立ち回りをやってたのに様子を見に来なかったってことは残り四人はミルクホールかしら」

「……まだいるでしょうか?」

「勝負に出る? コケたら全滅よ」

「……やりましょう」

 祥子の言葉に令もうなづいた。

「手加減はしない、いや、できないわよ」

「構いません。全力を尽くしてないのに負ける方が悔しいですよ」

「じゃあ、いっちょやりますか」

 三人で覚悟を決めて茂みから出ると準備を整えミルクホールに向かった。
 隠れようと思った茂みに自転車が二台置いてある。
 お姉さまと祥子がそれを隠し、令はそこに隠れた。
 乃梨子ちゃんと菜々ちゃんが近づいてくる。

「あれ?」

「まずい! 逃げ――」

 気づいた乃梨子ちゃんが叫ぶ前に令は竹刀でぶった。加減したが、脳震盪を起こしてしまったようで膝から落ちた。続いて菜々ちゃんも撃ちすえる。
 異変に気づかれたようで「深追い無用っ!」とお姉さまの声がする。
 戻ってきた祥子が乃梨子ちゃんを取り押さえて縛り上げ、落ちていた水鉄砲の水を捨てる。

「卑怯です」

 乃梨子ちゃんが令を睨んで言う。

「『鬼』の攻撃はルールで規定されていない」

「こうなっては仕方がありません。ですが、令さまをリタイアさせたのですからこちらにとっても悪くはありません」

「何を言ってるの? 私がいつ――」

「嘘だと思ったら確かめてください」

 そっとゼッケンをずらした瞬間。

「令、駄目っ!」

 横から水がかかった。
 菜々ちゃんがこちらの方に向かって水鉄砲で放水していた。
 次の瞬間、お姉さまが後ろから菜々ちゃんに襲いかかり、水鉄砲を取り上げて、祥子と連携して取り押さえる。

「……もう、なんて単純な手に引っかかってるのよ〜。水鉄砲を振り回してるのに気づかないだなんて〜」

 濡れたゼッケンを見てがっかりした表情でお姉さまが言う。

「確かめる前に菜々ちゃんを取り押さえてほしかったわ。こっちは乃梨子ちゃんで一杯だったのだから」

 祥子がため息をつく。
 そしてお姉さまと祥子は同時に言った。

「令ちゃんの、ばかっ」

 令はがっくりとその場で膝をついて泣いた。


〜【No:3420】に続く〜


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