【3363】 もういいかなと呼ばれる人生  (紅蒼碧 2010-11-03 22:31:24)


辺り一面、何処までも続く闇。
(ここは何処だろう?)
唯一あるのは、立っているという感覚のみ。
音も無い。
あるのは自分の呼吸音と脈の早くなった心臓の音だけ。
怖くなってきた私は、ゆっくり歩き出す。
「トン、トン」と足音がなる。
聞こえてくる私の足音が耳に届くにつれて、何かに追いかけられているような錯覚を起こす。
私は恐怖に駆られて走り出した。
「タッ、タッ、タッ」と音が鳴る。
私は何度も後ろを振り返ったが誰もいない。
それでも聞こえる足音。
私自身の足音だと分かっていても、恐怖を覚えた心はどうしようもない。
私は必死に走る。
何処に向かって走ればいいのか分からない。
それでも私は走り続ける。
「助けて!!誰か助けて!!」
叫んだ声は響くことなく、闇の中へと消えていった。
叫び声に反応するものは無い。
それでも私は叫び続ける。
声が嗄れるまで、何度と無く。
次第に涙が溢れてきた。
こぼれ続ける涙。
もうどうしていいのか分からない。
(助けて!!助けて○○さま!!)

バサッ!!
私は勢い良く布団から身を起こした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒くなった呼吸が中々収まらない。
体はひどく汗をかいていた。
震えが止まらない。
私は固く握り締め、解くことのできない両手を見つめながら、呼吸が整うのを待った。
(夢?・・・。)
気がつくと、涙が零れていた。
私は、自分が泣いていることに気づかないほど、見ていた夢が恐ろしく、縮こまっていた。
「すぅー、はぁー」
恐怖で固まった体を解すため、一度大きく深呼吸する。
そして、少し落ち着いたところで辺りを見回す。
当然のことながら、ここは自分の部屋だった。
(・・・。夢、でよかった・・・。)
少しだが、気分が治まってきたように感じる。
(取りあえず着替えよう)
私は風呂場に行き、タオルを残り湯につけ、絞ってから体を拭いて着替えた。
その足でキッチンに行き、何杯もの水を煽るように飲んだ。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、・・・うっ!」
「ごほっ!ごほっ!!」
勢いよく飲んだため、気管に入ってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
呼吸が荒くなる。
何とか状態を落ちつけ、窓の外を見る。
そこには、闇夜を照らす月が私を照らしていた。
(・・・。)
次第に落ち着いていく。
(私はあの時、誰の名前を呼ぼうとしたのだろう?)
先程の夢の中で、私は誰かを呼んだ気がした。
しかし、気を抜くとさっきの夢がよみがえってくるようで怖かった。
それ以上考えることを止め、自室へと戻る。
私は恐怖に駆られたまま眠ることができず、夜が明けるまで本を読み続けるのだった。

朝、いつものようにマリア様に手を合わせる。
祈ることは、(今日も何事もなく、一日が過ごせますように・・・。)
私の願いは、いつもと変わらない。
唯、日々を過ごしていく上での、安らぎのある一日を求める。
祈り終わると、鞄を持ち直し校舎へ向かって歩き出す。
右足を前に、左足を前にと、交互に繰り返していくだけ。
思考は何もない、何も考えることができないといった方が正しい。
歩みを前へと進める。
唯、それだけ。
教室に着くと、クラスメートから「ごきげんよう」と挨拶を受ける。
私も「ごきげんよう」といつもの表情で挨拶を返す。
そして、そのまま自分の席に着くと何をするでもなく、朝拝が始まるまで窓の外をみていた。
授業が何事もなく進む。
私は、先生が板書した内容をノートに書き写していく。
黙々と、手を指を動かしていく。
(私は・・・。何をしているのだろう・・・?)
ここ最近、そんなことを考えては消えていく。
(こんなこと、考えても答えなんて出るわけがないのにね・・・。)
そのとき、(・・・?)何かの気配を感じ、顔を上げて辺りを見回してみる。
(気の・・・せいかな?)
授業は何事もなく進んでいる。
その中で、視線を感じたような気がしたのだ。
特に気にするわけでもなく、そのまま何事もなかったように過ごしていく。

昼休みになると、私は教室を出て大きな桜の木がある校舎裏へと向かう。
ここは、風の通りがよく心地よい。
それでいて生徒は殆ど来ないため、一人になるのには都合が良いのだ。
私は、弁当箱の蓋を開けたまま目を瞑り、流れ行く刻と、心地よい風に身をゆだねる。

(いつまで一人でいるつもりなの?)
(何で私を避けるのよ!!)

以前、二人に言われた言葉。
一人でいるつもりも、避けているつもりもなかった。
唯、心が求めるまま、気の赴くままの行動がそうさせたようだ。
何故だろう?「寂しい」という気持ちがまるで湧いてこなかった。
何故だろう?あの時、何故私は笑っていたのだろう。
(・・・。)
決して答えの出ないことを分かっていながらも頭から離れない。
「ふぅー」っと、息を一吐きし、空を見上げた後、昼食をとるのだった。

午後の授業が終え、部活に行く生徒、帰宅する生徒、雑談している生徒などがいる中、私は窓の外を眺め続けていた。
何処を見るともなしに、唯ぼんやりと景色を眺めるだけ。
クラスメートの8割くらいが教室を出た後、教室を後にする。
その際、クラスメートからの「ごきげんよう」に対し、私もいつもの表情のまま、「ごきげんよう」と挨拶し、教室を後にする。
何の気なしに歩いていると、「タッ、タッ、タッ、タッ」と足音が・・・「ドンッ!!」そのまま私とぶつかり、お互いが向き合うように倒れる。
「イタタタタ・・・。」
目の前の子を見る。
辺りに荷物をばら撒き、痛そうにしている。
私は立ち上がると、目の前のに向かって手を伸ばす。
「大丈夫?立てる?」
その生徒は、私の顔を見ると「申し訳ござ・・・・」途中で止まってしまった。
「んっ?」私が不思議に思っていると、「あっ、あっ、」と口を大きく開けたまま、次の瞬間「申し訳ありませんでした!!」と、立ち上がったと思うと直立不動から深々と頭を下げ、「本当にすみませんでした!!」ともう一度謝ってから急いで荷物を集め、その場を走り去っていった。
私は、その背中を不思議に思いながら見送り、そのまま歩き出した。
(何だったのだろう?まぁ、お互い特に怪我もなかったからよかった・・・。)
さっきの場面を見ていたのだろう。
たくさんの視線を感じる。
しかし、私は気にすることなく目的の場所へと歩いていくのだった。

ミルクホール、以前の私は余り縁のない場所だったが、今ではほぼ常連と化している。
私は、飲み物を購入すると外の景色が良く見える場所を探し、席に座る。
特に何をするでもなく、飲み物がなくなるまで外の景色を見ながら刻を過ごすのだ、ただゆっくりと・・・。
どのくらいそうしていたのだろう?
ふと、テーブルに影が落ちたような気がしてそちらに顔を向ける。
そこには、二人の女性が立っていた。
私は、そのお二方のうち一人を認めると、今日初めての笑顔がこぼれるのだった。
それは、誰が見ても笑みがこぼれるような眩しい太陽であった。


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