【3365】 姉妹になれない  (弥生 2010-11-05 01:47:16)


ごきげんよう、お姉さま方。
×××
【No:3351】の続きです。

最初の劇の稽古が終わって、帰りの事だった。

靴を履き替え、帰ろうと下駄箱で、桂と一緒になった。

祐巳は「ごきげんよう、桂さん」と言うと、「ごきげんよう、祐巳さん」と返事が返ってくるものとばかり思っていたが、祐巳が思っていた以上に薔薇の館の住人たちは甘くはなかった。

「ごきげんよう、桂さん」
「ごきげんよう、祐巳さん」
「今から帰り?」
「ええ、部活が今終わった所」
「それじゃ、又テニス部のお姉さまとデート?」
「エヘヘ、そんなところ…かな…」

祐巳が茶化すと桂は少し照れたように答えた。

「お熱いことで」
「そんなことないもん。祐巳さんだって同じじゃない。さっきダンス部の人が言ってたけど、祐巳さん、祥子さまばかり見ててロサギガンティアや令さまの足を踏みまくったらしいじゃない。後、ロサフェティダは『祐巳ちゃんは祥子と踊りたいが為に、稽古に参加しているの。早く踊れるようになって祥子にふさわしい妹になるんだ』って言ってたらしいわよ」
「!?」

突然の桂のセリフに困惑する祐巳。
更に追い討ちをかけるようにクラスメートたちも現れた。

「あ、いたいた、祐巳さん」
「祐巳さん発見〜」
「ねぇねぇ祐巳さん、今朝は否定されたけど、本当のところはどうなの?」
「あ、それ私が聞こうとしてたのに」
「いいじゃない、早い者勝ち」
「で、どうなの?祐巳さん」
「祐巳さん」

祐巳の返答も聞かず、矢継ぎ早に質問するクラスメートたち。
子羊と言っても、思春期の少女達。男女の恋愛話の無いリリアンでは、この手の話題には興味津々。目を輝かせて聞きたがるのだ。

祐巳も一応、思春期だが、忍に思春期もヘったくれも無いのが現状。興味津々だが、御法度なのである。

「え〜っと…」
「え〜っと?」

祐巳が答えるのを今か今かとにじりよる子羊たち。本当の子羊たちなら、どんなに良かっただろうと思ったりもするが、相手はあくまでも人間、逃がしてはくれない。逃げるだけなら簡単だが、正体がバレては元も子もない。

祐巳は頭をフル回転させ、今までの訓練の中で何か役に立つものを探す。

(色仕掛け…は、ダメだ、相手は女、無理だ。殴って気絶…は問題外。身代わりの術…バレたら里行きだ。後は…泣き落とし…は女だしダメか…ん?泣き落とし?いけるかも?)

戦術は決まった、後は実行のみ。

「さ、祥子さまと私の…関係は…」
「関係は…?」

ゴクリと喉を鳴らし、ロマンティックが止まらない子羊たち。

「…ご想像に…」
ここまで祐巳が言うと、泣き出した。
「祥子さまが…祥子さまが…私なんか…妹になんかに…するわけ…無い…じゃな…い…」

突然泣き出した祐巳に困惑するクラスメートたち。

「わ、私達、祐巳さんを泣かせる為に聞いた訳じゃないから…」
「そ、そうそう、決して悪気があった訳じゃないから…泣かないで…祐巳さん」
「わ、私、用事を思い出したから…」
「私も…」


皆我先に逃げ出す中、祐巳は内心「大成功」と思いつつ、辺りを確認した。誰が見てるか解らない為、すぐに立ち上がることは出来なかったが、居ないのを確認すると、すぐさま退散した。


次の日、昨日のことがあってか、特に聞いて来る者はおらず、それなりに快適な授業だった。視線はうるさかったが、気にしない。流石の蔦子も今は様子見、といった所も幸いだった。

昼休みに志摩子に誘われ、講堂の裏にある桜の所で昼食を取ることとなった。

「志摩子さんはいつもここで昼食を?」
「そうね。春は桜がキレイだから良いけど、夏はこの木に毛虫がわくからちょっと嫌ね。冬も寒いからここでは取らないわね」
「そうなんだ」
「ええ」
「志摩子さん、一つ、聞いても良いかな?」
「何かしら?」
「どうして志摩子さんは、祥子さまのロザリオを断ったの?」
「…」

志摩子は少しびっくりしたようだったが、嫌な顔はしなかった。

「何か…悪い事…聞いたかな…」
「…いいえ、ちょっと、驚いただけ。今まで誰にも聞かれなかったから」
「そうなの?」
「ええ、そうね…私は祥子さまではダメだと思ったの。同じように、祥子さまも私ではダメだと思ったの」
「ダメ?」
「何て言って良いか解らないけれど、祥子さまが私に与えるもの、私が祥子さまにお返しするもの、は違うの。考え方、もそうだし、価値観、の違いもあるかしら…上手くは伝えることは出来ないのだけれど…」
「考え方、価値観、か…確かに、志摩子さんと祥子さまでは違うのかもしれない…(SとMだし…むしろ上手くいくと思ったんだけどなぁ…何が違うんだろう?)」
「そういう祐巳さんは?」
「私?私は…(どうしよう…『首輪』なんてゴメンだ、とは言えないし…任務に差し支えたら困る、とも言えないし…さあ、どうしたものか)」

祐巳が困った顔で思案していると、

「無理には聞かないわ。さあ、昼食を済ませましょう。お昼休みが終わってしまうわ」
「…そうだね。(良かった〜突っ込まれたらどうしようと思った)」

その時、蔦子が祥子を伴って現れた。

「ごきげんよう、お二方」
「ごきげんよう、蔦子さん、それに祥子さままで!」
「ごきげんよう、祐巳。貴女に渡したい物があって来たの」
「渡したい物?」
「これよ」

と言って祥子は一冊の本…『シンデレラ』の台本だった。

「これは…」
「貴女も劇に参加するのだから、台詞をしっかり覚えないといけないでしょう?」

ページをめくると、シンデレラと姉Bの所が色分けしてあった。

「なぜ、シンデレラと姉Bの台詞が色分けされているのですか?」
「貴女は姉B、私はシンデレラだけど、貴女が妹に成れば、逆転するでしょう?」
「…それは無いと思います」
「貴女はシンデレラに成ることが決定しているのだから、シンデレラの台詞を覚えなさい」
「…それなら姉Bの台詞を色分けする必要は無いと思いますが…」
「…それもそうね…何で気付かなかったのかしら…」
(…わざとなのか、天然なのか、判別しかねる人だなぁ…これで学年一位とは…まさに天才とバカは紙一重…か…)
「…祥子さまの中では、すでに答えが出ている御様子…私が妹に成ることが有り得ない、と…」
「!?」

どうやら図星らしい…子羊というものは皆似たり寄ったり…の様だ…と、祐巳は思った。

だが、祥子はやはり天然であった。自分では図星とは思ってないらしい。

「いいえ、貴女は妹に成ることが決まっているの!」
「…なぜ、そんなに自信たっぷりなのか解りませんが…」

祐巳が変に思っていると、祥子は自信たっぷりにこう言った。

「だって昨日夢で見たもの!」
「…」

これには祐巳も閉口せざるを得なかったが、志摩子達は違った様である。

「おめでとうございます、祥子さま」
(志摩子さん!?)
「それなら間違いナシですね!!」
(蔦子さんまで!?)

祐巳は驚いた。同時に恐ろしい…と思った。

(子羊たち…って…頭の中が…)

祐巳は例えバレて元も子もなくなったとしても、逃げ出したくなった。

「そういうことだから、ちゃんと覚えてらっしゃね。祐巳」
「…ワカリマシタ…サチコサマ…」


〜所変わって学園長室前〜

再び祐巳は学園長室前にやって来た。今回は誰も居ないのを確認すると、音を立てないように侵入する。

中に誰も居ないのは、先ほど窓側からも確認済み、監視カメラが無いのも確認済みであった。

中に入ると、目的の『隠し扉』に近づく。罠が無いのを確認し、『隠し扉』の中に入る。この時、誰かが帰って来てもわかるように、盗聴器を仕掛けるのを忘れない。

『隠し扉』の中に入ると、地下に続く螺旋階段があった。祐巳は音を立てないように慎重に階段を降りる。階段の途中にも盗聴器を仕掛ける。帰りに鉢合わせはゴメンだ。

…どれくらい降りただろうか…地下二階か三階くらい降りて階段は終わった。曲がり角の所で鏡を使い、見張りが居ないか確認する。

(…見張りは…居ない…監視カメラは…無い…)

ここで一気に駆け抜けたい所だが、罠やセンサーがあってはたまらないので、ここも慎重に行動する。盗聴器をセットするのも忘れない。今まで侵入者が居なかったのか、何もなかった。何事もなく『目的地』に到着する。

ここからが問題だ…事前情報だと、『目的地』…『工場』内には人が居る。それが『誰か』まではわかっていない。

『工場』入口にはセンサーの類はなかった…鍵すら無い…少々お粗末な気もするが、知った事ではない。任務が重要なのだ。

『工場』内に入ると、いくつも温室があった。『上』にある古い温室には薔薇があったが、ここは違う。

確かに『それ』は咲いていた。学園とは無縁の…無縁どころか、あってはならない物がそこには咲いていた。

証拠の写真を撮る…もちろん音が鳴らない特別製。そして証拠の品も採取する。バレないように根っこからだ。後はここの『管理人』を写真に収め、撤退するだけだ。

『管理人』を捜そうとした矢先、祐巳の盗聴器に反応があった。すぐさま姿を隠す。

ほどなくして『彼女』は現れた。祐巳は思わず声を出しそうな程驚いた。まさか『彼女』が現れるとは予想外だったからだ。

『彼女』は『管理人』に会いに来たらしく、『管理人』の名を呼んだ。

「栞…栞はどこにいるの…会いに来たよ…」


一つ戻る   一つ進む