【3367】 守ってあげたいそして夢は現実になる  (ex 2010-11-05 19:06:42)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:これ】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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 ベルゼブブの右手に握られているしゃれこうべのついた魔杖。 
 その杖先から青白く輝く稲妻が祥子を襲う。

「『マカラカーン!』」
 祥子は魔力反射障壁を張りながら走り続ける。

 魔力反射障壁に到達した稲妻はその威力をそのままベルゼブブに跳ね返す。

 その瞬間、ベルゼブブは数万の小さな蝿に姿を変え祥子に殺到する。

「『ファイヤー・ストーム!』」
 威力は低いが広範囲に広がる炎の嵐。 

 その炎の渦に巻き込まれた蝿たちが火達磨になって飛び散る。

 祥子は何度もベルゼブブの攻撃を避けながら考えていた。

 巨大な蝿の姿の本体。 そのときには魔杖を持ち強力な魔法攻撃をしてくる。
 そしてこちらが攻撃に転じると小さな幾万もの蝿に分裂して特攻攻撃を仕掛けてくる。

 本体に魔法攻撃しても分裂して避けられる。
 分裂した蝿は簡単な魔法で倒せるが本体には少しもダメージを与えられていないようだ。

(杖? 分裂したときに杖はどうなっている? 本体が数万の蝿になったとしても杖は蝿にはならないはず・・・)

 ベルゼブブはまた本体に戻ろうとしている。 数万の蝿が一箇所に集まりベルゼブブの本体が形作られる。
 その右手には魔杖が握られている。

(今、いったいどこから杖を出した? 蝿が多すぎて真っ黒になって見えなかったけど・・・)

 またしてもベルゼブブの稲妻攻撃が祥子に迫る。
 それを魔法反射障壁で避け、次の分裂した蝿をファイヤーストームで叩き落す。

(ほんとうにしつこい! 同じ攻撃しかしてこないし、いくら小蝿を叩き落しても本体の”気”の大きさが変わらない・・・)

 もともと祥子は気の長いほうではない。
 なにか障害があったとしてもその抜群の機転で次の策を編み出してきた。

 この場にベルゼブブの本体を引きずり出したのもその機転によるものであった。

(どう考えても、あの杖が怪しい。 杖を封印すれば勝機はある。 封印するか・・・絡め取るか・・・。 とにかく杖の正体を暴く!)

「『Cane・Accio』! (ベルゼブブの杖よ我がもとに来たれ!)」
 祥子は防御呪文で身を守りながら、同時に呼び寄せ呪文を唱えベルゼブブから杖を奪おうとする。
 しかし、強力な蝿の王の腕は魔杖をしっかりと握って放さない。
 それどころか、本体のまま祥子に特攻をかけてきた。

 この戦闘になってから、初めての本体からの物理攻撃。

 不意をつかれた祥子が必死で体を後方へ飛ばす。 ベルゼブブの強力な蝿の足が祥子の目前を行き過ぎ、その美しい黒髪を一束切り取ってゆく。

『マハラギオン』! 祥子は目の前に迫る巨大な蝿の足から目も逸らさず高温炎熱魔法を放つ。

 至近距離からの魔法にさしものベルゼブブも分裂が間に合わず祥子の魔法の直撃を受ける。
 
「グオッォォオ!」 蝿の王・ベルゼブブから始めて苦悶の呻きがもれる。

 しかし、これまで何体もの魔王を蒸発させてきた『マハラギオン』でさえ、ベルゼブブの表面の皮膚を溶かしただけであった。

 祥子はまたしても走り出す。 とにかく一箇所に留まっていてはベルゼブブの攻撃をかわし切れないことはわかっていた。

(どういうこと? 本体を攻撃したらそれなりにダメージがあった・・・。 ”気”も多少は減った。 本体は見せ掛けで杖に本体が入っているのでは?と思ったのに。 違うの?)

 『Cane・Accio』の魔法はそれなりに効果があった。 本体を祥子の元に呼び寄せる、という効果が。
 しかし、それは確実に祥子がベルゼブブの攻撃を避けることが出来る、ということが条件となる。

 さきほどは運良くかわせたが、ベルゼブブも次には対策をしてくるだろう。
 同じ手を2度使うのは危険すぎる、と祥子は考える。

「『Incarcerous・Cane』! (魔杖を縛り上げよ!)」
 祥子は今度は 『ノーブル・レッド』 から金の鎖をベルゼブブの魔杖に伸ばし、絡め取ろうとする。

 ビュンッ! と音を立て、ベルゼブブの手元を離れた魔杖が祥子の手元まで飛んでくる。
 しかし、それと同時に小蠅に分裂したベルゼブブが祥子に飛び掛ってくる。

 祥子はあわてて 『Incarcerous・Cane』 を解除し、ファイヤーストームで小蠅を打ち落とす。

 祥子が魔法を解除したため地面に転がった魔杖に蝿がたかる。
 そしてその場所にベルゼブブの本体が出現する。

 さすがに最強の魔王と言われるベルゼブブ。
 祥子の繰り出す魔法でもなかなか打開策が見つからない。

 しかし、祥子も一歩も引く気はなかった。
 魔法使いとして、最強の魔王と渡り合っているのだ。
 おそらく、人生を通じての最強の敵となるベルゼブブ。

 こんな相手と数時間にわたって戦い続け、しかも互角以上に渡り合えているのだ。

( 『最強の魔王と互角以上に渡り合えている』? )
 不意にクスクス、と祥子は笑い出す。
 
 祥子の変化に驚いたのかベルゼブブの動きも一瞬止まる。

「おかしいわよね。 いくら魔法が出来るからってたかが女子高生が最強の魔王と渡り合ってるのよ?
 ねぇ、『最強の魔王』さん。 あなた本当に最強なの? それとも私が魔王よりも上を行ってるってこと?」

 急にしゃべり始めた祥子の様子を伺うようにジワジワと祥子の周囲を廻り始めるベルゼブブ。

「わたくしはね、もう3日も何も食べていないのよ? それに魔力の補給すらしていない。 眠っても居ないもの。
 それなのに何体もの魔王を倒し、魔法を使い続け、あなたとも互角に渡り合っている。 なぜかしら?」

 話し続ける祥子の『ノーブル・レッド』の先から真っ赤な光が溢れ始める。
 その赤い光はどんどん長くなりこのフロアの回廊すべてを覆い尽くすまで伸びることをやめない。

 回廊全体の気温がどんどん上がっていく。
 祥子自身も真っ赤な覇気で包まれていく。

「そういうことなのよ。 信じられないけど私は既に魔王を超えた存在なの。
 あなたにはわかっていたのね。 それでわたくしから姿を隠しここでガタガタ震えながら隠れていた」

 祥子の杖先から伸びる赤い光はさらに伸び続け回廊を三週する。

「信じられない・・・か。 いえ、信じたくなかった。 だから確認をするのが怖かった。 でも仕方ないわね」

 祥子が軽く『ノーブル・レッド』を振るう。
 すると、回廊いっぱいに三週もしていた赤い光がベルゼブブを中心にして包み込むように、収束していく。
 赤い光による監獄。 ベルゼブブは一歩も動くことが出来ずその場に立ち尽くしている。

「確認させてくれたことに感謝するべきかしら? ではごきげんよう」

 祥子は立ち尽くすベルゼブブに背を向け最後の呪文を放つ。

 「『メルト・ダウン』」
 祥子の呪文が終わった瞬間、赤い糸はベルゼブブの体を完全に包囲し隙間なく埋め尽くす。
 そこにあった物質をすべて原始レベルまで戻す呪文。 収束を終えた赤い光は音もなく消える。
 それは、最強にしてもっとも静かな呪文であった。
 ベルゼブブはこの世に全く痕跡を残すことが出来ないまま原子へと還っていった。



〜 10月3日(火) 8時 暗黒ピラミッド 下層 〜

 聖、祐巳、志摩子の三人は71番目の部屋、魔王・マルバスのいた部屋を抜けてから1キロ近く下りスロープを進んでいた。

「まいったね。 最初のうちは次の部屋まで100mちょっとしかなかったのよ?
 それがどんどん距離が長くなるんだもんなぁ。 いいかげん歩きつかれたよ。
 もう、20キロくらい歩いてるんじゃない?」

「そうですね〜。 こんなことならローラースケートでも持ってくれば楽だったかも〜」
「あ。それ言えてるわねぇ。 次に来るときは忘れないようにしましょう」
 
「祐巳ちゃん・・・。 志摩子・・・。 あなたたち強くなり方も天然っぷりも育っちゃったわね」

 ガックリと肩を落とす聖。 さっきまで志摩子のことを見直していたというのに。
 志摩子がしっかりしているから祐巳の代の薔薇は安泰だ、と思っていたが。
 これでは、ボケ&ボケではないか・・・。 突っ込み担当が必要だ・・・。 由乃に期待・・・できるのか?

「それより聖さま・・・。 前のほうに強い”気”を感じます」
 急に祐巳の顔に緊張感が戻る。

「ついに72番目の部屋ね。 順当なら”ベルゼブブ”がいてもおかしくわないわ。 気をつけて!」

 72番目の部屋は扉がなかった。 あるものはただ回廊のみ。 広いフロアになっていた。
 そのフロアの中心で祐巳は信じられないものを発見する。

「おねえ・・・さま?!」
「え? 祥子なの?」

 祐巳の視線の先には艶やかな黒髪の少女。
 膝を組んで小さくなって蹲っている。 まるで、小さな子供がかくれんぼをするように。

 そして、その肩はわずかに震えていた。

「おねえさま! おねえさま! おねえさまー!!」
 祐巳が肩を震わせている少女に駆け寄る。

 少女は涙をいっぱいためた瞳をぼんやりと祐巳に向ける。

「夢を見ているのかしら・・・」
 祥子の涙でかすんだ目に愛しい妹の姿が浮かぶ。
 もう会えないと思っていた妹。 その存在を確かめたくて腕を伸ばした。

 祐巳の目の前にゆっくりと、そして不安そうに祥子の腕が伸びてくる。
 祐巳は祥子の手をそっと包み込んだ。

「あぁ・・・。祐巳・・・」
 小さな声で妹の名を呼び立ち上がる祥子。 心配そうに手を差し伸べた祐巳をしっかりとその腕に抱きしめる。

「これは夢なの・・・」
「いいえ、おねえさま。 わたしはここに居ます」
 まだぼんやりとした祥子に祐巳はしっかりとした声で答える。 涙でぬれた大きな瞳を見上げながら。

 祥子の掌が優しく祐巳の頬をなでる。
「祐巳なのね・・・」
「ごめんなさい、お姉さま。 わたしお姉さまの大変なときに支えになれなくて・・・。
 ここに来るのもこんなに遅くなってしまって」

 祐巳の謝罪の言葉を聞いた祥子はゆっくりとかぶりを振る。
 祥子の瞳に力強さが戻っていく。 やはり祐巳という妹の存在は祥子にとって大きいものなのだろう。

「いいえ、祐巳は悪くないわ。 ここに来るまで大変だったでしょう? 怪我はしていないの?」
 心配そうに祐巳の体を見つめる祥子。

 祐巳の服の右袖は切り取られそこからのぞく白い腕に気づく。

「あなた、この腕・・・。 もとの腕じゃないわね」
 祥子は顔色を変えて腕をまじまじと見る。

「あの・・・。えっと、ちょっと怪我しちゃったので治療しました。
 もうちゃんと動きます。 大丈夫です、お姉さま」

 志摩子は、ゆっくりと祥子と祐巳に近づき、穏やかに二人の再会を見ていた。

「祥子さま、ごきげんよう。よくご無事で・・・」
 二人の様子が落ち着いてきたのを見計らい、祥子に声をかける。

「よかった、祥子、大丈夫だったのね? 他の二人は大丈夫? 蓉子と江利子は?」
 聖も祥子に近寄りながら問いかける。

「聖さま! 志摩子も。 3人でここまで来たんですね?!
 聖さま、お怪我は? それに志摩子、あなた・・・とても綺麗だわ」

 祥子は祐巳と共にここまで来た二人にようやく気づく。
 そして、志摩子の纏う純白の鎧、 『ホーリー・ブレスト』 を見てすこし驚いた表情になる。

「ありがとうございます。祥子さま。 あの、いろいろとご報告することもあります。
 それから・・・。 ロサ・キネンシスとロサ・フェティダのお二人はご一緒じゃなかったんですか?」

「えぇ、二人はこの下に居るわ・・・。 あなた、今、令のことを聞かなかったわね。
 令がどうなったか知っているの?」

「お姉さま、あのっ! ロサ・キネンシスも無事なんですね? よかった〜」
 祐巳があわてて祥子の質問を中断する。 そしてすぐに心底、ホッ、とした表情に変わる。

「ここまでの報告もあるし、お姉さまたちのこともお伺いしたいので一度全員で集合しませんか?」
 と、祥子に提案する。

「ええ、そうね。 わたくしも情報が知りたいわ」
「じゃ、祥子、二人のところに案内を頼むよ。 二人とも無事なんだね?」
「はい。お二人とも元気です。 では合流しましょうか。 それにしてもよくご無事で」

「お姉さま」
 と、小さな声で祥子に声をかけながら祐巳が祥子の手を握る。
 祥子も祐巳の顔を見ながら、
「あら。 手をつなぐのとても久しぶりの気がするわ」
 と、微笑み返す。

 手をつないで歩く祥子と祐巳の姉妹を先頭に、聖と志摩子が後から続く。

 ようやく、6人の薔薇十字所有者が再会を果たそうとしていた。



〜 10月3日(火) 9時 暗黒ピラミッド 最下層の1階上 〜

「刹那五月雨撃っ!」 江利子の最強の攻撃が蓉子に迫る。
「羅刹龍転斬りっ!」 雨あられと打ち込まれる矢をすべて叩き落す蓉子の剣技。

「伍絶切羽っ!」 今度は5箇所の急所に確実に命中させる江利子の奥義。
「四方壊神!」 蓉子は左右の肩、足に四神の覇気を纏い最後の心臓めがけて飛んでくる矢を剣の腹で受け攻撃を防ぎきる。

「まぁ、この二つの技は見切られてるわよね。 やはりトリッキーな技じゃないと無理かしら?」
 江利子はさして落胆した様子も見せず次の攻撃のため弓に矢を番える。

「どっちにしても弓矢の攻撃なんて無理じゃないの?」 と、蓉子。

「ま、今度は体は狙わないからじっとしてて」 にやり、と笑いながら江利子が言う。

「そうしてあげたんだけどね。 嫌よ」
 と、心底いやそうな顔で応じる蓉子。

「ふん。 まぁいいわ。 秘技『影縫い・五色龍歯』っ!」
 江利子の弓から、赤・青・黄・黒・白の5色の矢が放たれる。
 その矢の軌跡を読みきった蓉子は自分自身に向けた攻撃ではないことを既に察知していた。

 その矢の狙う先・・・。 それは蓉子の影。
 しかも、伍絶切羽で狙うのと同じ箇所。 右肩の影に赤い矢が迫る。左肩には青い矢。左足に黒、右足に白。 そして影の心臓部分に黄色の矢が迫ってくる。

 その技に不審を抱いた瞬間、蓉子は瞬駆で江利子に迫る。
 本体と同時に動く影にさえ矢を当てさせる気はなかったし、とにかく近づかなければ遠距離攻撃の得意な江利子に有利なばかりだ。

「あらあら、簡単に近づけると思っているのかしら?」
 江利子は笑いながらこちらも瞬駆で蓉子から距離をとる。

「まぁ、そう簡単に近づけるとは思っていない・・・。 むっ!?」
 蓉子の体の動きが止まる。

「かかったわね。 その鏃は竜の歯で出来ていてホーミング機能があるのよ。
 あなたがいくら早く動いても必ず命中するわ。 わたし『必中の瞳』を持ってるのよ。 知ってるでしょう?」

「そうね。 そのうえこの影縫い。 相手の動きを止めるには最適ね。 でも欠点があるわよ。 わかってるでしょ?」

「うふふ。 さすが蓉子。 そう、この技は太陽の光のように一つしか影が出来ないときに有効。
 かがり火がたくさんあって影がいくつも出来るときは効力が落ちる。 あそこじゃ使っても意味がない技よ」

「わかっててなんで使うのよ」

「決まってるじゃない。 聖が来るまでの暇つぶし。 今回は私の勝ちでいいわよね?」

「わかった、わかった。 これで3勝3敗。 でも少しだけ打開策が見えてきた気がするわ」

「あなた、こんなときでもやっぱり優等生ね。 私たち二人じゃ無理。 向き不向きってあるじゃない。 私たちには向いていない、それだけよ」

 蓉子と江利子は祥子が”ベルゼブブ”との闘いに赴いてから二人で戦い続けていた。
 その戦いはあくまでも模擬戦ではあったが、お互いに死を決意してのもの。
 自分の命を賭して初めて打開できる道もある。 そう考えた上での戦闘である。
 
 自然、激烈なものとなる。
 歴代のリリアンの薔薇十字所有者の中でも最強と言われる二人。

 しかし、この二人をもってしても決定的な打開策が見当たらない。
 すでに3日。 あと3時間しか残っていない段階で詰みが見えない。

「どうする? 7戦目するの? 今度は近距離からの戦闘でいいわよ」
「近距離からはもういいわ。 私の手は出しつくしたから。 遠距離からはどうなの?」
「さっきの秘技『影縫い・五色龍歯』でネタ切れ。 もう何にも出ないわ」

「やはり祥子を含めて3人じゃどうしようもないわ。 うまくいったとしても魔界の底に3人で落ちていくだけ、ね」
「そうでもないかも、よ。 見て」

 江利子と蓉子の視線の先に4人の姿が見える。
 手をつないだ祥子と祐巳を先頭に聖と志摩子の姿。

「江利子」
 蓉子が厳しい顔で未だ遠くに見える4人を見つめながら言う。
「言いたいことはわかっている。 でも私の話が終わるまであなたは黙っていて」
「わたしが聖の相手をしてもいい、ってことなら」
「ふふっ、そうね。 幼稚舎時代からの因縁、だものね。 わかった、譲るわ」



 暗黒ピラミッドの下層において再会した6人。
 3日。 たった3日しか経っていないのに6人は何年も会っていなかったかのような感覚にとらわれる。
 それだけこの3日間の変化は大きかった。

 本来なら飛びあがって再会を喜び合いたいところであった。
 だが、切羽詰まった蓉子と江利子の顔を見た瞬間、センチメンタルな感情は消えうせた。
 信じられないほど簡単に再会の挨拶を済ませた6人は、すぐさま情報交換を行う。

「はっきり言って時間がないの。 こちらの状況を説明してあげたいけどそれは後で時間があったらね。
 まず、そちらの情報を教えて頂戴」
 蓉子が一同を見渡して言う。 その口調は一切の反論を許さない、というように。

「わかったわ。 じゃ細かいことははしょって重要そうな事項だけ報告するわね」

 一同は車座になって座る。 江利子、蓉子、祥子、祐巳、聖、志摩子の順で。
 まず、聖から報告の口火が切られる。

「あなたたちが地下に落ちてすぐ、わたしは気を失った。 でもわたしは純粋な意味での”人間”じゃないらしいわ。
 風の妖精シルフィードが魔界の瘴気から私を守ってくれた」

「え!? 人間じゃない? どういうこと?」
「山梨のおばばさまが言っていた ”かぜ” って言うのは人間と妖精のハーフみたいなものなんだって。
 ま、そこは置いといて。 私の怪我は祐巳ちゃんと志摩子が治療してくれた」

「ええ」

「その後、祐巳ちゃん、志摩子、由乃ちゃんの3人が妖精王に薔薇十字を貰いにいった。
 祐巳ちゃんは紅薔薇の紋章の入った昆、『セブン・スターズ』=『七星を統べるもの』を、
 志摩子は、『ホーリー・ブレス』。これは鎧でもありサイコ・ガンでもある。
 由乃ちゃんは・・・。 まだ顕現できない、と言われて漆黒の薔薇十字を受け取った」

「そう・・・。 それで、妖精王から貰ったのは薔薇十字だけなの?」

「いいえ。わたしは”妖精の援軍が呼べる”、という角笛を戴きました」
「わたしは、”同じ世界の中ならどこへでもいける”、という魔法の指輪を戴きました」

「なるほど・・・。それは使えそうね」

「祐巳ちゃんと志摩子が薔薇十字所有者になったので3人であなたたちを救出に来ようとしたの。
 でもね。 その日の朝、私たちより2時間も早くのことだけど、令がピラミッドの入口に現れて由乃ちゃんと中に入っていった」

 その聖の言葉に一瞬江利子が顔色を変えるが蓉子に制される。

「わたしたちはその後を追いかけてピラミッドへ入った。
 魔王を6体倒した後・・・。 そこに変わり果てた令と由乃ちゃんが現れた。 令と由乃ちゃんは私たちを襲ってきたの」

「変わり果てた・・・って、具体的にはどんな風に変わっていたのかしら?」

「まず、不気味だったのが無表情だったこと。 痛みの感情さえ見せなかった。 それと回復力も攻撃力も桁違いに上がっていた。
 そして、背中に”ソロモン王のスペル”、五芒星が浮かび上がっていた。
 そのヒトデみたいに浮き上がった五芒星を切り取ると二人は動かなくなった。 今二人は地上で治療を受けているわ。 まだ死んではいない」

「あなたたちだと気づかなかったのね?」

「ええ、問答無用で襲い掛かってきたわ。 祐巳ちゃんの腕を由乃ちゃんが切り落とした。 ねぇ・・・信じられる?」

「そう・・・。 無表情になり感情もなくなる。記憶すら失う。 その原因は背中に浮かび上がる五芒星だ、ということね?」

「そうとしか思えなかったわ。 幸い祐巳ちゃんの腕はなんとか治療できたけどね」

「江利子、祥子、今聞いたとおりよ。 わかっているわね」
 蓉子が江利子と祥子を見ながら言う。 あえて口にはしないが『覚悟を決めなさい』と言っているようだった。

 江利子と祥子は蓉子の言葉に静かに頷く。

「ん? 3人ともどうしたの?」

「いえ、こっちの話。 それより話を続けて頂戴」

「え・・・えぇ。 令と由乃ちゃんを地上に送り届けた後はほとんど魔王とも出会わなかった。
 その後倒した魔王は2体だけ。 あ〜・・・それと祐巳ちゃんが1体倒したんだけど助けてきちゃった」

「助けた? なぜ?」

「あの〜ですね。 その子ライオンだったんです。 なんか悪い子に見えなくって。
 お仕置きだけして助けちゃいました。 あ!でも絶対にいい子なんです! わたしにタリスマンをくれたんです!」

「ライオン? タリスマン? それって・・・”マルバス”!!」

「あ・・・えっと、金色の肌に黒髪の男の人に変身しました。 名前聞きそびれちゃいました」

「祐巳っ! 初対面の人にはちゃんと名前を名乗って挨拶しないとダメでしょう? あなたったらほんとに抜けてるんだから・・・」
「ごめんなさい、お姉さま。 あの・・・。急いでて思わず・・・」

「いや、祥子、いま突っ込むとこ、そこじゃないから・・・」

「もぅ・・・。 まぁいいわ。 マルバスのタリスマンが手に入った・・・。 これは大きいわ」

「そうね。 そのタリスマンがあればどんな薬でも作れる。 治療薬も・・・もちろん毒薬もね」

「えぇーーーー。 毒薬ですか? それが役に立つんですか?」

「もちろんよ。 今回はそれが一番のお手柄かもね」

「あの、もう一つ情報なんですが、その子、『ソロモン王は復活はする。でも死ぬ』 それが重要だ、って言っていました」

「なるほどね。 それから?」

「ん〜。 重要そうな情報はそんなところ。 あとは・・・そうね。 ピラミッドの内部構造が蓉子の推測とは違っていた。
 私たちはここまでに、71の部屋と最後のフロアを抜けてきたわ。 
 それと、ここに来るまでに魔王を20体倒した計算になる。 最初から計算して、ね。 祥子の最後の一体、”ベルゼブブ”を含めると21体になるわ。 役に立った?」

「ええ。 詰みが見えた気がするわ」
 ふっ、と相好を崩す蓉子。

「問題点がいくつかあるけど。 祥子」
「はい」
「あなた、ソロモン王の部屋の松明、一瞬で全部消すことが出来る?」
「あの部屋ですか? 100m四方はありましたね・・・。
 そうですね・・・。 アグアメンティ、では一瞬と言うわけにはいかないですね。 マハブフダインでも10回は打たないといけないでしょうし。 ノックスも時間がかかる・・・
 魔法で一瞬に、というのは難しいですね」

「祐巳ちゃんならどうする?」
「え・・・えっと、魔法は無理だと思います。 お姉さまが出来ないのなら絶対無理です」

「じゃ、魔法以外の方法はあるかしら?」

「そうですね・・・。 法力を使って・・・。 龍索印を結んで水天ヴァルナ様を呼び出す方法があります。
 『ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ』 と唱えて八大竜王にお力を借りれば100m四方なら一気に水であふれます」

「うふふ。 祐巳ちゃんは法力もできたのね。 そうね、その手ならいいかも。
 あとは、太陽のように明るい光を出すことは出来るかしら?」

「ルーモス、じゃダメなんですか?」
「その何倍も強い光は出来ないかしら。 濃い影が出来ればいいわ」

「お姉さま、それでしたら 『ルーモス・マキシマ』 の呪文で可能です。 10分ほどでしたら冬場の太陽くらいの力が出せると思います」
 と、祥子が祐巳の代わりに答える。

「あの、お姉さま、その呪文わたし知らないんですけど・・・」
「あたりまえよ。 わたくしが今思いついたんだもの」
「あは、さすがお姉さま、素敵です〜」

「もぅ。 ノロケはいいから、さっさとやって見せなさい!」
「あ、はいわかりました。 祐巳見ていなさい。 こうよ 『ルーモス・マキシマ』っ!」

 祥子の杖からまるで本物の太陽のようにまばゆく輝く球体が生み出され、上空に上っていく。
 天井まで浮き上がった球体はその場にとどまり、明るい光で周囲を照らす。

「さすがね。 これなら文句ないわ」
 蓉子が感心して言う。
「で、祐巳ちゃんはもうこの呪文、使えるの?」
「あ。はい。 今のお姉さまが教えてくださったので。 大丈夫、次からわたしも出来ます」

「では最後。 志摩子のサイコ・ガンは、鏃を詰めて打ち出すことが出来るかしら? しかも狙ったところ5箇所に同時に当てる、なんてことは?」

「ええっ!? そんな神業・・・。 そんなの出来るのは江利子様くらいですよ。 ただ、鏃を詰めて打ち出すだけなら出来ると思います」

「それができないと詰め将棋が完成しないの。 江利子、すこし鏃を志摩子に渡して。 普通のでいいわ。 ちょっと練習していなさい」
 志摩子に有無を言わさず命じる蓉子。

「志摩子が今言った攻撃ができるようになればわたしの立てた詰め将棋が完成する。
 ただし、最後にソロモン王が残る。 ソロモン王は死ぬ、と言うことだから『殺して復活させなければいい』、ということ。
 でもね、その手段はわたしにはないわ。
 江利子と散々考えたけど、結局そこで行き詰った。
 ソロモン王を倒す手段は・・・。 祐巳ちゃん、あなたが考えなさい。 あなたにしか出来ないことなのよ。
 うふふ・・・。 今この時になってやっとおばばさまの言葉の意味がわかるなんてね」

 蓉子が朗らかに笑う。

「では、ソロモン王退治は祐巳ちゃんに任せて・・・。
 そこまでの詰め将棋、あなたたちに教えるからよく聞きなさい」

 ついにリリアン最高の軍師の作戦が披露される。



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