ヴァレンタインのゲーム勝者のご褒美デートが行われた日の週明け。
一年椿組は、朝から異様な雰囲気の中にあった。
皆、何かそわそわしている。
乃梨子もそわそわしていたが、そわそわするしかなかった。
視線の先には、紅薔薇のつぼみにして時期紅薔薇さまの福沢祐巳さまと昨日デートをしたはずの瞳子が居る。
何時ものようにすまし顔で席についている。
どんなデートをしたのか?
いやいや、違う。皆の乃梨子の興味はそこではない。
祐巳さまと姉妹に成ったのか?
その一点だ。
何せ、ゲームの最後の最後に薔薇の館に乗り込んできて『妹にしてください』なんて
逆指名してきたのだから。
もっとも、クリスマスの時に祐巳さまから妹に成らないと言うのを断っての逆指名。
あの時に乃梨子は瞳子が断ったと聞いて、嘘だと思った。
まさか、また断った?
それとも祐巳さまに妹に出来ないとか言われた?
不安が募るが、何も聞きにいけない。
それさえもリリアン瓦版で発表されるまで黙っていないといけないのか?
そんな事で悩んでいると、昼休みに瞳子の姿が消えてしまっていた。
「何処に行ったんだ?」
可南子さんに聞いてみるが知らないと言われた。
結局、瞳子が教室に戻ったのはお昼休みが終わるギリギリだった。
「乃梨子」
「ふぇ?」
「何て声出しているのよ。今から薔薇の館に行くのでしょう?」
「あっ、うん」
「私も行くから少し待っていなさい」
「へっ?」
瞳子の一言に、残っていたクラスメイトたちがざわめきだす。
「お待たせ、行くわよ」
「う、うん」
先に立つ瞳子の後を着いて行く。
教室から出るときに、クラスメイトたちが聞いて聞いてと言っている様な視線を感じたが、そんな事聞けるならとっくに聞いている。
結局、薔薇の館に着くまで何も話しかけられなかったし、瞳子も何も言わなかった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、あら瞳子ちゃん?」
「ごきげんよう、白薔薇さま」
薔薇の館には、乃梨子の大好きなお姉さまである志摩子さんが居た。
ただ、今、気になるのは……。
見れば、志摩子さんも瞳子の方を見ている。
志摩子さんと目が合う。
その目は、どうなっているのと聞いていたが何も答えられない乃梨子はただ。頭を振るしかない。
「ごきげんーよぅ?」
乃梨子たちの後にやって来られたのは由乃さま。
肝心の祐巳さまでないことに乃梨子も志摩子さんも溜め息。
だが、由乃さまは乃梨子たちの溜め息には気がついていない。
「瞳子ちゃん?」
「ごきげんよう、由乃さま」
「あぁ、ごきげんよう」
瞳子に挨拶した由乃さまは志摩子さんの方に向かう。
「乃梨子、お茶をお出ししましょう」
「あっ、う、うん」
「お二方はお茶でよろしいですか?」
「えっ」
「えぇ」
「由乃さまは?」
「私もお茶で」
ヒソヒソと話しているところでお茶を聞かれ、志摩子さんも由乃さまもただ頷く。
アレは絶対に、瞳子のことを話しているのだろうが、お二人とも祐巳さまから何も聞かされてはいないらしい。
クラスの違う、志摩子さんは良いとしても同じクラスの由乃さままで聞かされていないとは思わなかった。
と、言うことは祐巳さまは皆の前で発表するつもりなのか?
でも、紅薔薇さまと黄薔薇さまは来られるのだろうか?
……祐巳さま!早く!
乃梨子は叫びたくなるが、山百合会の青信号、止まることのない暴走列車こと由乃さまが吼えていないのでここはグッと我慢する。
由乃さまは吼えない代わりに、ウロウロと落ち着かない。
突然、由乃さまが立ち止まる。
下の方から、ドアが開く音がした。
トントンと階段を上がってくる音がする。
「ごきげんよう」
入ってこられたのは令さまだった。
普段なら喜ぶはずの由乃さまだが、今は完全に空気が沈んだ。
「ごきげんよう、どうしたの由乃さん?」
令さまの後ろから顔を出したのは祐巳さまだった。
「祐巳さん!」
一気に空気が変わる。
由乃さまは祐巳さまの手を取り角に引っ張っていく。
何やら祐巳さまに話しかけ、祐巳さまは笑う。
「ちゃんと報告するから」
由乃さまは祐巳さまのその言葉を聞いて離れる。
「皆さまに報告があります」
「祥子さまはいいの?」
今まで黙っていた志摩子さんが質問する。
「お昼に話をしましたから……」
「瞳子」
呼び捨てで祐巳さまは瞳子を呼んだ。
……あっ、もうこれだけでダメ。
涙腺が緩む。
瞳子がトコトコと祐巳さまの横に並んだ。
「本日、私こと福沢祐巳と松平瞳子はロザリオの授受を行い正式に姉妹に成りました――」
もう限界だった。
涙が止まらない。
瞳子は祐巳さまが好き。
その事に気がついてから本当に長かった。
祐巳さまの鈍さに怒りたくなったこともある。
瞳子の意地っ張りに文句を言ったこともある。
でも、祐巳さまも瞳子もお互いに必要なことは分かっていた。
それなのにこんなに時間がかかるなんて、マリアさまは意地悪だ。
乃梨子の涙に気がついた瞳子が寄ってきて、乃梨子を抱きしめた。
「赤ちゃんみたい」
悪かったね!
瞳子の言葉にそう言い返す。
もう少し早く素直に成ってくれていればこんなにヤキモキしなかったのに!
そんな事を思っていると令さまが手を上げた。
希望の大学に受かったそうだ。
薔薇の館はさらに明るくなった。
温かい紅茶で乾杯する。
まったく待たせすぎ!
でも、まぁ、瞳子おめでとう。
暖かい気分で、温かい紅茶に口をつけた。
このキーだとこれしかないなと思いまして、被ったらごめんなさい。
【No:3335】……繋がっているとまでは言えませんが。
クゥ〜。