【3379】 あなたに私は倒せない  (ex 2010-11-10 19:09:32)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:これ】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月3日(火) 10時30分 暗黒ピラミッド 最下層の2階上 〜

「おねえさま、蓉子さまの様子、変でした。 なにかあったんでしょうか?」
 祐巳は不安そうに祥子に聞く。

「それに、おねえさまも、蓉子さまも江利子さまもソロモン王を倒しには行かないって。
 おねえさまたちはその間何をするんですか? なにかもっと重要なことがあるんでしょうか?」

「そうね。 あなたにはすべて話さないといけないわね。
 でも、まずはお姉さまから言われたことをしましょう。 麻痺薬を作ってから。 それからでいいわね?」

 祥子は心配そうな顔で見つめる祐巳に優しく笑って返す。

「お姉さまが今、困っているの。 わたくしは妹としてお姉さまを支えなければならないわ。
 祐巳にも力を貸してほしい・・・。 いいえ、あなたで無ければできないことがあるの。 わかったわね?」

「わかりました。 ところでおねえさま、麻痺薬って普通にパラライズでいいんでしょうか? それともスタンのほうがいいでしょうか?」

「体の自由を奪うのだからパラライズのほうがいいと思うわ。 『PALYZE/パライズ』 の魔法よりももっと強力な薬じゃないと”アガレス”クラスの魔王には効かないから十分な精製が必要よ。 集中していきましょう」

 祥子と祐巳の手により、マルバスのタリスマンに濃い紫の液体が出現する。

「この液体を植物の種のような形に精製するのよ。 まず 『PALYZE/パライズ』 を唱えながら魔法陣をタリスマンに重ねて・・・」

 昔のように・・・。 祐巳がまだ小学生だった頃、よく魔法を教えていたときの様に祥子の顔は輝いていた。
 隣には、尊敬、憧憬の眼で見てくれる妹が居る。

「うわ〜。 おねえさま、すごい!」

 ・・・ほら、こんな台詞まであの頃のまま。

 ツーッ・・・と、祥子の頬に涙が零れ落ちる。 そして涙とともに麻痺薬が祥子の掌に落ちた。

「あ・・・。おねえさま、涙が・・・」

「あら、ごめんなさい。 集中して見ていたら涙まで落ちちゃったわ。 気にしないで。 それより今度は祐巳が作って御覧なさい」

「はい! 『PALYZE/パライズ』! 麻痺薬よ、種の形になれ〜」

 祥子は一心にタリスマンに意識を集中する祐巳を見ていた。

(ほんとに、この子ったら・・・。 いつも一生懸命で・・・。 わたくしのすべてはあなたのものだったわ。 祐巳)

 ほどなく、祐巳の掌の上に麻痺薬が落ちる。

「やった!! 以外と早く出来ましたね! よかった〜。 おねえさま、早くロサ・キネンシスたちのところに戻りましょう?」

 祐巳は二つの麻痺薬をポケットに入れると、祥子に手を差し伸べる。

「少し待って、祐巳。 それより、ソロモン王を倒す手段は考えたの?」

「あ・・・そうでした! ロサ・キネンシスは私に考えなさい、っておっしゃいましたけど正直どうすればいいのか全くわからないです」

「わたくしの魔法ではソロモン王を倒すことは出来なかったわ。 でも体を破壊することは出来た。
 多分、そのときソロモン王は一度死んだ。 でも、ボロボロになった体がすぐに再生を始めて元通りになったの。
 お姉さまの剣の攻撃でもそう。 物理的な攻撃は全く役に立たないわ」

「それでは、結界に封じ込める作戦はどうでしょうか? それか石化呪文とか?」 

「結界も一時的には有効かもしれないけれど、すぐに破られるわ。 石化も動きを止める呪文も同じよ。
 ソロモン王にはどんな攻撃も効かない。 そんな簡単なことならお姉さまがわたくしに命じるはず。 そうでしょ?」

「ん〜〜〜〜。 これまで考えられる全部の攻撃はダメ、なんですよねぇ。
 ということは全く知られていない方法を考える、か、空想でしかない攻撃を考えるか、ってことですね」

「空想・・・。 え!! 空想・・・ね! それは盲点だったわ・・・」

「おねえさま?」

「あのね、祐巳。 昔のSF小説だけど、主人公が制御の利かなくなったミサイルを操縦して太陽に突っ込む、と言う方法があったわ。
 主人公も死んでしまうのだけれど。
 それから厄災を火山の噴火で地球外に吹き飛ばす、というのもあった」

「で・・・、でも、おねえさま、それって本当に空想の世界のお話で、実際には出来ないですよ?」

「えぇ、わかっているわ。 でもきっとこのことがヒントになる。
 殺せないなら帰ってこれない場所に連れて行けばいい、そういう方法もあるのかもしれないわ」

「う・・・。難しそうです〜」

 難しそうな顔で唸る祐巳を見ているうちに、不意に祥子はおかしくなった。

「ふっ。 うふふふっ・・・。 ふふ・・・。あーっはっはっは!」

 急に狂ったように笑い始める祥子。

「まったく、わたくしったら・・・。 ふふふふっ。 祐巳の顔を見てたら笑いが止まらなくなっちゃったわ。 あーっはっはっは!」

「お・・・おねえさま! どうしたんですか?!」

「うふふふっ・・・。 ねぇ祐巳。 わたくしが魔王になった、って言ったら驚くわよねぇ?」

「えええっ!! おねえさまが魔王、ですか?! ん〜似合わないです。 それより女王様、のほうがお似合いですけど」

「あら。 ここにいる王様はソロモン王よ? わたくしが女王になるにはソロモン王と結婚しなくちゃいけないわ」
 笑いすぎて体をくの字に折り曲げながら祥子が答える。

「え〜! それは嫌です〜」
 急に雰囲気が変わり笑い転げる祥子の異変。
 祐巳は驚きながらも祥子の真意をはかろうとする。

「ねぇ、祐巳。 本当のことなの。 わたくしはね、最強の魔王・ベルゼブブも倒したのよ?
 そして、『永遠の若さ、永遠の生命』 をソロモン王に与えられているの。
 考えてみて。 それって、もう人間ではないわ。 魔王って言ってもいいんじゃないかしら?」

「うそ・・・。 おねえさま! うそでしょう?!」

「どうしてわたくしが祐巳に嘘をつかないといけないのかしら? ここに来るときに全部話す、っていったわよね。
 これが真実なの。 そして祐巳にも 『永遠の若さ、永遠の生命』 を手に入れるチャンスがあるわ」

「わたしに・・・。 ソロモン王に服従しなさい、って言うおつもりですか?」

「そうすれば、わたくしとあなた、二人でこの世界で楽しく暮らせるわ。 永遠にね。
 ううん。 二人だけではないわ。 お姉さまも江利子さまも。 それにお姉さまの説得に聖さまが従えばみんなで永遠に若いままでいられるのよ。 素敵でしょう?」

「おねえさま! わたしを試しているんですか? ソロモン王を倒さないといけないって言ってたじゃないですか!
 わたしたちだけ生き残ったとして、それでいいとでも言うのですか?!」

「かまわないわ。 わたくしはね、祐巳。 あなたさえいればそれでいいの。 あなたを愛しているわ」

「そんな・・・。 そんなことを言うなんておねえさまじゃない! まさか・・・。 あっ!魔界の瘴気に当てられた・・・んですか?」

「いいえ。 もう瘴気なんて関係ないの。 
 わたくしたちがベリアルと戦った後で、地下に落ちたのは知っているわよね?
 そのとき落ちた衝撃で、わたくしたちは気を失ったの。 そのときに魔王の一人がわたくしの体に潜んだ。 ソロモン王のスペルを持って、ね。 だから魔界の瘴気は心地いいくらいなのよ」

「おねえさまにも、令さまや由乃さんと同じスペルが・・・。 そんなぁ・・・」

 祐巳はあまりの絶望に思わず膝をつく。

「で・・・でもっ! 令さまは正気を失って私たちを襲いました。 おねえさまはちゃんとお話が出来ているじゃないですか!
 ロサ・キネンシスだって! 令さまたちとは違いますっ!!」

「令たちがとうしてああなったと思っているの? 令たちはね、ソロモン王に逆らったのよ。 
 だから罰として心までソロモン王に支配されたの。 ソロモン王に従えば心は自分のままで居られるわ」

「それじゃぁ・・・」

「そうよ。 ソロモン王に従うしかないの。 さぁ、わたくしと一緒にソロモン王の御前へ行って忠誠を誓いなさい」
 祥子が祐巳に手を伸ばす。

 祐巳は、祥子から逃げるように一歩一歩後ずさる。

「嫌です、おねえさま。 わたし、行けません!」

「聞き分けの無い子は嫌いよ。 祐巳は何時もわたくしと一緒がよかったんでしょう? さぁ来なさい!」

「嫌です! おねえさま・・・。 眼を覚ましてください!」

「しかたないわね。 あなたが悪いのよ? わたくしの言いつけを聞かないから。
 あなたに怪我なんてさせたくないのに・・・。 『アギダイン』!」

 祥子は 『ノーブル・レッド』 を取り出すやいなやいきなり高温魔法を祐巳に向かって放つ。

「おねえさま、やめて!!」
 祐巳は一声はなつと、瞬間的に祥子の後ろに移動し、その背にしがみつく。

「ほらっ! おねえさまの背中、ソロモン王のスペルなんて浮かびあがっていないっ!!
 魔王になんてなってなんかいません!!」

「ばかね、祐巳。 ソロモン王のスペルはわたくしの体の中にあるの。
 わたくしがソロモン王に逆らったときはじめて背中に浮かび上がるのよ。
 それまでは体の中だから、外からは確認しようが無いわ。 もっとも外に出たときにはわたくしはもうわたくしではなくなっているけれど」

「そ・・・。 そんなぁ」

「さ、祐巳。 わたくしを殺すなら今がチャンスよ。 わたくしを殺してソロモン王を倒しに行きなさい」

「嫌っ!! おねえさまを殺すなんて出来るわけないじゃないですか!」

「仕方の無い子ね。 それじゃ、わたくしの手であなたを倒さなくてはならないわ」

 祥子は言うが早いか、 『ノーブル・レッド』 を逆手にもちかえ、前を向いたまま祐巳のわき腹を抉った。

「グ・・・グフッ・・・」
 祐巳の口から苦しそうなうめきが漏れ、腕の拘束が解かれる。
 ぼたぼたっと、わき腹から溢れた血が地面を濡らしていく。

「この 『ノーブル・レッド』 はね。 そんじょそこらのレイピアよりも鋭いのよ。 
 痛いでしょ? でも、これで楽におなりなさい・・・。 『ジオダイン』! 」

 祥子の電撃魔法が至近距離から祐巳を襲う。

 しかし、次の瞬間、祐巳の体は祥子から十メートルほど離れたところで蹲っていた。

「よく・・・、今の攻撃を逃れたわね・・・」
 祥子が驚いた顔で祐巳を見る。

「うぅ・・・・。 おねえさま、痛い〜〜。 ひどいよ! ひどいよ〜!! えぇ〜〜ん!!」
 祐巳の目から涙が溢れる。
 それは、痛みからなのか・・・。 それともあまりの悲しみのせいなのか・・・。

「だから言ったでしょう? あなたに怪我はさせたくなかったの。 いいかげん聞き分けなさい!」
 祥子は答えない祐巳に痺れを切らし、再度杖を振り上げる。

「やめて! やめてーー!!」
 祐巳は祥子に抉られたわき腹を押さえながら必死で逃げる。
 血が後から後から流れてくるが、癒しの光を使う暇すらない。

 いつしか祐巳は上階まで祥子に追われ、”マルバス”と戦った部屋の前まで追い詰められていた。



〜 10月3日(火) 11時20分 暗黒ピラミッド 最下層の1階上 〜

 蓉子が放った上からの一撃を、横に構えた状態で受け止める。
 打ち合った剣の表面で火花が散って、柄を握る手に痛みが走った。

「・・・・・・っ!」

 何度目かわからぬ衝撃にいいかげん吐く息も失せたのか、志摩子は鋭い呼吸と共に剣を押し上げ蓉子のそれを退ける。
 そのままの勢いを利用して身体を一回転、円の軌跡を描いた刀身が鋭く蓉子に迫った。
 押し上げられ、剣を振り下ろす前の姿勢になった蓉子にはこれを防ぐ手段などない。
 そう思っての攻撃だ。

 しかし・・・防げないなら避けるまでといわんばかりに、蓉子は何の抵抗もなく後ろに一歩下がってその一撃を回避する。
 慣性のまま振りぬかれようとする剣を無理やり手元に引き戻し、志摩子は小さく舌打ちした。

 また、これだ。

「・・・なかなかやるじゃない」
 幾分驚きを含んだ声で、蓉子が言った。

 その姿からは疲労など微塵も感じられない。
 そしてダメージなど、いわんや、だ。
 まあ、こちらの攻撃なんて一度も入っていないから当然といえば当然なのだが。

 志摩子は答える気力もなく、ただ柄を握り直した。
 息が荒い。
 気を抜けば、疲労が一気に襲ってきそうだ。
 ぽたりぽたりと頬を伝うのはただの汗だが、そこに赤いものが混じるのもそう遠くないことに思われた。

(・・・ やりづらい ・・・)

 何度か蓉子と切り結び、志摩子はその結論を出していた。
 たぶん、自分と蓉子とでは戦い方が違うのだ。
 敵の攻撃に際し、一歩を踏み込み刀身で受けるか、それとも一歩を退いて回避するか。
 差は、たぶんそれだけの単純なもの。

 しかし、それを、相手の攻撃を前に一歩退けるという事実が、両者の実力の差を示している。
 極論すれば、回避に頼るよりも防御に頼ったほうが安全である。
 回避は言うは易いが、その実行には何よりも精神力を必要とする。

 相手の間合いを・・・相手が奥の手を持っているという前提の上で・・・見切り、そのぎりぎりの距離を選択する。
 近ければ無論失敗だし、遠すぎればそのあとの反撃に繋ぐことが出来ない。
 攻撃を受けた直後に反撃を繰り出すつもりならば、その攻撃をとりあえず防ぎ、そのあとに攻撃に転ずるといったほうが安全なのだ。

 その安全策をとらず、難しい回避を選択し実際に実行しているというその一点が、志摩子と蓉子の決定的な違いだった。

 『他人の考えていることを見抜く力』 それは、このような近接戦闘においても恐るべき差となって現れる。
 そしてそれが、いまこの戦いに絶望的な影を落としている。

 一撃を受け止めなければならない志摩子は、そのときの衝撃でそろそろ手首の感覚が無くなってきていた。
 正直にものを言えば、いつ剣が手元を離れ飛んでいってもおかしくない状況にある。
 それに対し、蓉子はいまだ一撃も受けて、いや、防いですらいない。

 『無敵なるもの』=水野蓉子。 その実力は計り知れないものだと知っていた。

 しかし、何度も祐巳と修行をし、白薔薇の薔薇十字を手に入れた自分。
 薔薇十字最強、と言われる鎧を纏って戦っているのだ。

 同じ薔薇十字所有者として・・・。 同じ両手剣の使い手として・・・。
 絶対に乗り越えなければならない壁、 それがこの絶対不敗の薔薇戦士、水野蓉子なのだ。

 そうは言ってもあまりに差がありすぎる。 ・・・面白くない現実だった。



「どうしたの、あなたらしくもない。志摩子程度にてこずるなんてね」

 突然の外野からの野次に、蓉子は顔をしかめてそちらを見る。
 少し離れたところで切り結んでいる聖と江利子だ。

「五月蝿いわね。あなたこそ、人のこと言えないんじゃないの?」 
「馬鹿を言わないでよ、聖とやり合っているのよ? てこずって当然でしょ」

 意外そうに言いながら、江利子は手の中のナイフを操る。

 江利子は聖に矢を放った後、わざと聖の得意な距離まで近づき、体術での勝負を挑んだのだ。

「幼稚舎時代からの因縁を今日晴らしてあげるわ。 さぁ、眼を覚ましてわたしと戦いなさい!」

 江利子は聖のおでこに自分のおでこをぶつける寸前まで近づけて怒鳴った。

「う・・・、うるさいわよ! 凸ちん!! あー、わかった!! やってやろうじゃないの!!」
 蓉子から教えられた驚愕の事実に膝をついて蹲っていた聖は、江利子の言葉で立ち上がる。

「ふふっ。 さぁ、かかっていらっしゃい。 言っておくけどわたし、体術でもあなたに負けるなんて思っていないから。
 そうね・・・。 ナイフ勝負と行かない? あなた、ナイフ余分に持っているでしょ?」

 江利子の挑発の乗った聖は、予備のナイフを江利子にわたし、自分自身も 『セイレーン』 を封印して相手を務める。
 ”疾風” の名にかけて体術で負けるわけには行かない。

 聖は腰を低く構えたまま前後左右への小刻みなステップを繰り返し、隙を見てはナイフの一撃を繰り出している。
 しかし、それもいまだ江利子に傷を負わせるには至っていなかった。

 「こんの……ッ!」

 憎々しそうに聖がうめいた。

 当然だろう。
 何せ江利子は蓉子と話す片手間に聖の攻撃を捌いているのだ。
 あげく、先ほどからその場所を一歩も動いていない。
 聖にしてみれば練習用の藁束に切りつけているような感覚で、それに攻撃を防がれるというその事実はどうにも面白くないことだった。

「そんなことで威張られてもね・・・」

 呆れたようにそう言って、ちゃきり、と蓉子が剣を構えた。
 それに答え、志摩子も剣を構えなおす。荒かった息は、だいぶ静かになっていた。

 疲労が消えたわけではないが、大丈夫、まだ戦える。
 汗で滑りそうになる柄を力強く握り締め、それを目の前まで掲げた。ふう、と静かに息を吐き、自分の敵を見据える。

(勝つ必要は・・・ない)
 短く、志摩子は思った。
(負けなければいい・・・せめて、祐巳さんが戻るまで・・・!)

「そう上手くいくかしら?」
 蓉子は余裕の笑みを浮かべながら志摩子の思いに答える。



〜 10月3日(火) 11時20分 暗黒ピラミッド 最下層の3階上 〜

 祥子に追い詰められて祐巳は ”マルバス” が横たわる部屋に飛び込んだ。

 魔王・マルバスは祐巳の作り出した 『癒しの光』 の放つ白い光の中でライオンの敷物のように寝転がっていた。

「どこまで逃げるつもりなの? 祐巳。 いいかげんあきらめて出てきなさい」
 祥子が部屋の外、20mほどのところまで近づいて祐巳に答えを迫る。

 祥子の杖が振るわれ、またも高温の球体が祐巳めがけて飛んでくる。

(しまった・・・。 これ逃げるわけには行かない! 逃げたらマルバスが燃やされちゃう!)

 祐巳が七星昆を握り締めると、7つの宝玉のうち赤い宝石が光を放つ。
 祐巳はそのまま昆を高速で迫る球体に突き出しはじき返す。 

 『アギダイン』 の魔法で生み出された回避不能の超高温球体すらはじき返す祐巳の棒術。

「へぇ・・・。 祐巳、その昆すごいわねぇ。 妖精の真言魔法がたかだか昆にはじき返されるとは思わなかったわ」
 祥子は祐巳からはじき返された高温球体を避けるとその場に立ち止まり感心した声を上げる。

「おねえさま・・・。 この子、怪我をしてるんです! 巻き込んだら可哀想じゃないですか!」

「まぁ、祐巳ったら。 魔王を庇ってわたくしを攻撃したというの? 悪い子ね」

「もう・・・。 これ以上近づかないでっ! 
 オン・キリク・マユラ・キランデイ・ソワカ・・・ 『孔雀明王退魔曼荼羅結界』っ!」

 祐巳は退魔結界を部屋の扉のあった位置に張る。

(これで、少しは持つはず・・・)

 そして、床に寝転がっているライオンに声をかける。

「マルバスッ! ここで寝ていたらおねえさまに殺されちゃう! 治療してあげるから早く逃げてっ!」

 祐巳は『フォーチュン』を振るい、マルバスの手足の腱の復元を始める。

「ウ・・・オマエ・・・。 自分モ 怪我ヲシテイルデハナイカ・・・。 我ノコトヨリ 自分ヲナオセ・・・」
 マルバスは人間の姿をとると祐巳に語りかける。

「そんなこと、できないよっ! ほら、もうすぐ治るから早く逃げるんだよ。 あ、でも地上に出て人間を襲っちゃダメだからね!」
 必死にマルバスの治療を行う祐巳。

「フフフフッ・・・。 ホントニ 不思議ナヤツダ・・・。 ワカッタ、約束シヨウ。 今後 我ガ 人間ヲ 襲ウコトハナイ」
 祐巳の治療を受けたマルバスは、ゆっくりと立ち上がる。

「デハ、マズ 礼ガワリニ オマエノ傷ヲ 手当テシヨウ。 フンッ!」
 マルバスの右手に青白い球体が浮かび上がったかと思うと、その球体を祐巳の血が流れ続けている脇腹にあてる。

「あ・・・!」
 祐巳の驚きの声。 脇腹の抉られた傷が治癒し体力も回復してくる。

「あったかい・・・。 すごいよ! マルバス! あなた医療が出来るの?!」

「フフフッ・・・。 ミクビラレタ モノダナ・・・。 我ハ 医術ヲ 極メシモノ。 知ラナカッタノカ?」

「そういえば、蓉子さまがあなたのタリスマン、どんな薬でもできるって言ってた」

「タリスマン ガ 出来ルノデハナイ。 我ノ チカラト 同様ノ モノヲ タリスマンガ 持ッテイルノダ。
 ソレヨリ・・・。 来ルゾ!」

 バリン! バリバリバリ! と結界の崩れ去る音がする。
 その向こうには、『ノーブル・レッド』 から赤い糸を伸ばして結界を破壊しつくした祥子の姿。

「なかなかすごい結界ね。 こんなに時間が掛かるとは思わなかったわ。 
 でも祐巳、そろそろ戦う気持ちになったかしら? それとも降参する?
 どっちにしても、この下では聖さまと志摩子がお姉さまたちと戦っているわ。 もう殺されてるかもね」

「そんな・・・。 二人を助けに行かなくっちゃ・・・」

「あら、わたくしから逃げれるとでも思っているのかしら? ほんとに甘いわね」

「マルバス、あなたは早く逃げて。 おねえさまの力はあなたのはるか上よ。
 わたしは・・・。 そうだ! 角笛っ!!」

 祐巳は首にぶら下げていた角笛を思い出す。
(本当なら、ソロモン王との戦いまで取っておきたかったんだけど・・・。 しかたないよね)

 妖精王・オベロンから授けられた妖精の援軍を呼ぶ角笛。
 祐巳は角笛に口をつけ、大きく吹き鳴らす。

 パァーーーーン! と、まるでトランペットのロングトーンのような音が響き渡る

 カッ・・カッ・・カッ・・、と規則正しい蹄の音。
 妖精の勇者、クー・フーリンの操るチャリオットがどこからともなく現れる。

「妖精王の命により助太刀に参った。 祐巳殿、ご助力いたす!」

 クー・フーリンの背後には数十人のフェアリー・ナイトが。
 いずれも、白銀に輝く鎧に身を包み、長槍を持っている。

「クー・フーリン様っ! ありがとうございます。 わたしはこの下で友達を助けてきます。
 クー・フーリン様たちは、ここでおねえさまの足止めをお願いします!」

「心得た! 安心して行かれるが良い! 皆の者、かかれ!」
 クー・フーリンの号令でフェアリー・ナイトたちが次々に祥子に襲いかかる。

「テトラカーン!」 
 祥子が物理反射障壁を生み出し、その嵐のような攻撃を防ぎきる。

「馬鹿ね、こんな攻撃がわたくしに通用するとでも?」
 と、鼻で笑う祥子。

 しかし、そのときには既に祐巳は高速移動で祥子の脇をすり抜け、下層に向かって一直線に走っていた。

「あらあら・・・。 逃げられてしまったわ・・・」
 さして困った顔をするわけでもなく祥子は呟く。

「まぁいいでしょう。 クー・フーリン、お久しぶりね。 あなたも怪我をしないうちに妖精界に帰ったら?
 昔のよしみで見逃してあげるわよ?」

 祥子はさきほどまでの殺気を納めクー・フーリンに笑いかける。

「わたくし、あなたと戦う理由がありませんもの。 それにそこの魔王さん。 あなたもお逃げなさい。
 そうね・・・。 もしこんど祐巳がここに帰ってくることがあったら、祐巳の助けになってあげて」

「な・・・なんだとっ!」
 殺気の消え去った相手にクー・フーリンは驚く。

「祐巳があなたに頼んだのはわたくしの足止め、でしょう?
 それならもう果たせているじゃない。 わたしの足では祐巳に追いつくことは出来ないわ。 
 わたしはこれからゆっくりと地下に戻ります。 もちろん邪魔をするなら容赦はしないわよ」

 祥子はその場に妖精たちと魔王を残し、背を向けて歩き出す。

 クー・フーリンもマルバスも、祥子の纏うオーラに気圧されて全く動けない。
 ただ、静かに見送ることしか出来ないで居た。



(運がよかった・・・)
 と、祐巳は思う。 妖精王から角笛を貰っていなければこんなことはできなかった。

(聖さま・・・。 志摩子さん、待っていて! すぐに行くから!)

 ここから志摩子たちのいたフロアまではかなりの距離がある。
 しかし、その距離を一気に走りきる祐巳。 
 もう、すでに瞬駆のそれをはるかに凌駕するスピードは、聖の特技 ”風身” の応用である。

 誰も居ない通路を祐巳は走る。 ずきん、とマルバスに治してもらった脇腹が痛む。

(やるしか・・・ないのかな・・・。)

 祐巳は胸中で絶望する。 考えてはいたが心の中で否定し続けていた最悪の展開。

 尊敬する蓉子が、江利子が。 そして最愛の姉である祥子が敵に回って、自分はそれを倒すしかない。

 救いに来たはずの人たちを殺すことしか出来ない。

 ・・・そんな現実・・・

 ・・・まるで・・・本当に・・・。  悪夢だ・・・。

「どうすればいいのよ!」
 大きな瞳から大粒の涙を流しながら祐巳は狭い通路を駆け抜けた。



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