【338】 新証言ゲット  (柊雅史 2005-08-10 02:48:27)


※このお話は【No:332】お嬢様探偵 の続きです


「祐巳さんの数珠リオを盗むなんてとんでもないわね! これはそう、山百合会への挑戦だわ!」
しばらくして薔薇の館にやって来た由乃さまも、事情を聞くと憤然となった。
「良いわ、その挑戦受けて立ってやる! 祐巳さんを泣かせた報いは、100倍にして返してやるんだから!」
「由乃さん、別に泣いてはいないけど……」
恐る恐る祐巳さまが止めに入るけれど、由乃さまは既に聞いていない。猪突猛進、イケイケ青信号。けれど今日ばかりは、瞳子も由乃さまに全面的に賛成だ。
「とりあえず確認すべきは誰が薔薇の館を訪れたか、ですわ。この部屋への出入り口は一つ。そこに行くには階段を上らなくてはなりません。そして階段を上れば、その音で乃梨子さんたちが気付くはずです」
こんな時、薔薇の館の古い階段がありがたくなる。あの階段を音を立てずに上がることは、瞳子にだって難しい。
そしてその階段の脇にある物置で、白薔薇姉妹は扉を開けたまま探し物をしていたのだ。
物置からは出入り口が見える。仮に二人の目をかいくぐって侵入したとしても、今度は階段がある。白薔薇姉妹に気付かれずにあの部屋へ入り、そして出て行くのは至難の業だろう。
「でも、窓とかはどうなのよ?」
由乃さまが開けっ放しになっている窓を指差す。
「窓は確かに開いていましたが、さすがに窓からの侵入は考えなくて良いと思います」
「でも窓の外って足場があるわよ?」
乃梨子さんの答えに由乃さまが窓の外を覗きながら言う。窓の外は一階の窓の上にひさしがあり、確かにその上を通ることは出来そうだ。
「例えば、あそこの木を上ってひさしに飛び移れば、簡単に入ってこれるじゃない」
由乃さまが薔薇の館の脇に立った木を指差す。確かにそれは可能ではあるけれど。
「そんなことをしたら目立つんじゃないかしら? だってこの窓は中庭に面しているんですもの」
志摩子さまの指摘に由乃さまが「なるほど」と頷いた。
確かに窓の外から入ることは可能だけど、実際にはそれは難しい。リリアン女学園で窓の外のひさしに立っている人がいれば、大騒ぎになることは間違いなかった。姿を隠す立ち木もない以上、窓から人が入って来る線は考えないで良いだろう。
「ですので、乃梨子さんと志摩子さまの証言が重要になるのですわ。お二人が薔薇の館に来た時点では、数珠リオは存在しておりました。そして私と祐巳さまが薔薇の館を訪れた時にはなくなっていた。その間に訪れた人が、容疑者です」
「容疑者って……そんな、大袈裟な」
祐巳さまが困ったように言うけれど、これは立派な盗難事件である。
それも祐巳さまの宝物を狙った、凶悪な事件だ。
「――まぁ、覚えている範囲になるけど」
瞳子と由乃さまに促されて、乃梨子さんが思い出しながら言う。
「最初に来たのは由乃さまと令さま。鞄を置きに来たみたいだった」
「なるほど。由乃さま、その時、数珠リオには気付きましたか?」
「んーと……ちょっと覚えてないわ。剣道部のミーティングもあるから、急いでたし」
由乃さまが首を傾げてそう言う。ついでに令さまは未だに顧問と話し中とのことだった。
「その後は、どうです?」
「その後、可南子さんが来たかな。祐巳さまに用があるって言ってた。部屋をちょっと覗いて、帰っていったみたいだけど」
「由乃さまたちの次は可南子さんですわね」
「その後は、蔦子さまと真美さまが、かわら版に使う写真を撮りに来てた」
「可南子さんの次が、蔦子さまと真美さまですわね。珍しく千客万来ですわね……」
「その後が祐巳さまと瞳子だよ」
「……なるほど」
瞳子は頷いた。特に怪しい人物は――当たり前だけど、いなかった。
「ふむぅ。その中で動機がありそうなのは……可南子ちゃん?」
由乃さまが考えながら呟く。
「祐巳さんが瞳子ちゃんの数珠リオを大事にしているのを見て、嫉妬のあまり、ってことはないかしら?」
「それはありませんわ」
「それはないと思う」
由乃さまの推理に、瞳子と祐巳さまがほぼ同時に首を振り――祐巳さまがちょっと驚いたように瞳子を見る。
瞳子はちょっと決まり悪げに、こほんと咳払いをした。
「確かに私と可南子さんは天敵同士ですけど、可南子さんは文句があるなら私に直接ぶつけて来るタイプの方ですわ」
「それに、今更可南子ちゃんが嫉妬するとは思えないし」
「まぁ、祐巳さんがそう言うなら、そうなんだろうけど。でもそうすると、残りは蔦子さんか真美さん? 理由が想像できなくない?」
由乃さまが首を捻る。
「そもそもこのメンバーの中に犯人がいるとは思えないのよね。乃梨子ちゃん、誰か見逃してない? 名前も知らない一年生とか」
「100%とは言いませんが、私も志摩子さんも出入り口には注意してましたから。部屋に鞄も置きっぱなしでしたし」
「それもそうよねー……」
由乃さまが腕を組む。
「だとすると、やっぱり誰かが窓から入ってきたとしか、考えられなくない?」
「それはあり得ないと思いますけど……」
由乃さまと瞳子が揃って窓の外を見る。しばし考え込んだ後、由乃さまがよし、と立ち上がった。
「考えていても仕方ないわ。誰かが窓にへばりついていなかったか、ちょっと聞き込みしてくる」
「目撃者がいたら騒ぎになっていそうなものですけど……万が一のことも考えられますわね。それでは、そちらは由乃さまにお任せいたします」
瞳子はそう言って、由乃さまに続いて立ち上がった。
「では私は、話を聞きたい方がいますので、そちらを当たってみますわ」
「あ、じゃあ私も」
祐巳さまがはい、と手を挙げる。
「……そうですわね。祐巳さまも是非、ついてきてくださいませ」
部屋に志摩子さまを残し、由乃さまと乃梨子さんは中庭への聞き込みへ。
そして瞳子と祐巳さまは、揃って部活棟へと足を伸ばすことにした。

       ◇     ◇     ◇

「それにしても、どういうことだろうね。窓から誰かが入ってくるとは思えないし、ドアから出入りしたのは良く知っている人たちばかり。――誰が犯人なんだろう?」
祐巳さまが歩きながら首を傾げる。
「うーん。こういうのって、私、苦手なんだよね。推理ドラマとか見ても、全然犯人とか分からないんだもん」
「私も別に、探偵並の推理力を持っているわけではありませんわ。推理小説も読みませんし、あまりドラマも見ません」
「そうなんだ」
「でも、瞳子は女優ですわ。人を演じるには、人を知ることが大事なのです。普段から人を見る力を鍛えておかなくては、別人を演じることは出来ませんわ。ですから、瞳子も多少は人を見る目には自信があります」
「そういうもの?」
「そういうものなのです。ですから、顔を合わせて話を聞けば、普段と違うかどうかはすぐに分かります。数珠リオを盗んだ本人なら、祐巳さまを前にして平然とはしていられないでしょう。乃梨子さんに志摩子さま、そして由乃さまは少なくとも、いつも通りの様子でした」
「……もしかして、乃梨子ちゃんたちのことも疑ってたとか?」
「一番犯行の機会があったのは、乃梨子さんたちですもの。もっとも、あのお二人が犯人のはずはありませんが」
「んー……瞳子ちゃんって、結構怖い」
「誰のためだと思っているのですか」
「私のため、だよね?」
「……まぁ、そうですわ」
「えへへ、なんか少し嬉しいなぁ」
「バカなことをおっしゃってないで。せいぜい数珠リオをなくしてしょんぼりしている様を演じてくださいませ」
「分かった……けど、誰に会うの?」
「もちろん、蔦子さまです。写真を撮ったと言っていましたから。何か手がかりがあるかもしれませんわ」
目指すは部室棟、写真部の部室である。

       ◇     ◇     ◇

瞳子と祐巳さまの訪問を受けた蔦子さまは、見た感じいつも通りの様子だった。
「今日撮った写真? 確かに現像はしてあるけど?」
「申し訳ありませんが、見せていただいてもよろしいですか?」
「それは別に構わないけど、ただの風景写真よ?」
蔦子さまが写真の束を瞳子に渡し、祐巳さまに「何事なの?」と尋ねている。
祐巳さまが事情を話している横で、瞳子は写真を何枚か見て眉を寄せた。
「――祐巳さま、いくつかお聞きしたいのですが」
「ん? なぁに?」
瞳子の呼びかけに、祐巳さまが蔦子さまへの説明を中断して瞳子の元に歩み寄ってくる。
「これ、この写真ですわ。なんだか鞄の中身が並んでいるように、見えるのですけど?」
瞳子が示したのは、薔薇の館の部屋の中を写した写真だ。テーブルの上には見覚えのある祐巳さまの鞄が置いてあり、その周りには体操服を入れる袋やノート類、教科書などが並べられている。
「あ、それは……えっと……」
もごもごと言いよどむ祐巳さまの向こうで、蔦子さんがにやにや笑っている。
「実はその……ちょっと鞄を濡らしちゃって。それで、薔薇の館で乾かしてたんだけど」
「何をやっているのですか。それで、この中にお目当ての数珠リオ入りの巾着は写っていますか?」
「えーと……あ、これ! これだよ!」
祐巳さまが目を細めて写真を眺め、鞄から離れたところに置いてある、小さな巾着を指差す。
「つまり、蔦子さまが薔薇の館を訪れた時点では、数珠リオはまだあったということですわね」
「うん、そうだね。――あれ? でもそうすると、その後に薔薇の館に来たのって、私と瞳子ちゃんだけだよね? おかしくない?」
「ええ、それはもう。大いにおかしいですわ。蔦子さまか真美さまが犯人でない限りは」
「ちょっと、私は違うわよ! それに真美さんだって、変なことはしてなかったと思う」
蔦子さまが顔色を変えて言う。
「私も蔦子さんと真美さんは違うと思う。――でもそうすると、どういうことなんだろう? 誰にも気付かれずに、窓から入る方法がある、とか?」
祐巳さまが首を捻る傍らで、瞳子も一生懸命に頭を働かせていた。
てっきり瞳子は、数珠リオの入った巾着は、祐巳さまの鞄の中に入っていると思い込んでいた。瞳子が薔薇の館に行った時、こんな風に鞄の中身が出ていなかったから、当然のことである。
けれどあの時、祐巳さまは一足先に部屋へ上がっていたのだ。その時に鞄の中身を戻し、数珠リオ入りの巾着がなくなっていたことに気付いたのだろう。
そうなると、瞳子の描いていた犯行シーンとはちょっと差が出て来る。数珠リオを盗んだ犯人は、ひょいと置いてあった巾着を取り上げるだけで良かったのだ。
それで何かが変わったわけではない。相変わらず、あの部屋に不審人物が入る方法はないし、ドアから部屋に入ったメンバーも変わらない。
「――ところで祐巳さま。鞄を濡らしてしまったそうですけど……どうして濡らしたんですか?」
「え……?」
瞳子の問いに祐巳さまが一瞬困ったような表情になる。
「えっと……ちょっと恥ずかしいんだけど……言わなきゃ、ダメ?」
「ダメですわ」
「うー……じゃあ、言うけど……」
祐巳さまが渋々語った理由に、瞳子はちょっと呆れ――それから、大事なことに気が付いた。
いつもとは明らかに違う反応を見せた相手がいたことに。
「――そういうことですか」
「え、なに?」
「犯人が分かりましたわ」
「本当!?」
「もちろん、少なくとも真美さまにも話を聞く必要はあると思いますが……」
驚く祐巳さまに、瞳子は頷きを返した。
明らかに、祐巳さまに見せた態度が普段と異なっていた相手がいた。
真美さまが普段通りの様子であれば――恐らく、真美さまも犯人ではないと瞳子は思っているが――その、明らかに態度が違っていた相手こそが。
数珠リオ入りの巾着を、盗んだに違いなかった。



※【No:347】解答編へ続く


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