「三奈子さん?」
「あ、令さん、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
ここはM駅近くの書店。
ふたりがばったり出会った場所はというと。
「コスモス文庫の新刊ですね。あーあ、ここで令さんを見るたびにアンケートの取り違えを思い出すわよ。汚点だわー。」
「ははは。そりゃまあ、あの頃の由乃と私を見てたら、取り違えても不思議はないけどね。で? 今日は模試じゃなかったっけ。」
「あはあ、いいわね推薦組は。模試が終わったあとくらい息抜きしたっていいじゃない。」
「別に文句つけてる訳じゃないんだけど。でもさ、青表紙、だよね、それも18禁マーク。」
「うっ。いいじゃないのボーイズラブだって。絵空事よ。絵空事。」
「ねえ、あのね、小説家〜の三奈子元編集長に聞きたいんだけどさ、青表紙って、萌える?」
「ななななな、なにをいきなり聞くんですか、黄薔薇様ともあろうひとが。」
「いや、ピンと来ないのよ。花寺の生徒会とか最近男子ともよく会うじゃない。祐麒くんとかさ。現実は全然違うじゃない?」
「だーから、絵空事ですよ。逆を考えてみればいいんですわ。」
「逆?」
「萌え! な女子高生ものに自分が登場したと想像してみて。」
「由乃と私? それまずいよ。最悪いばらの森か三奈子さんの小説になるわよ。」
「あー、それをまだ言いますか。これなんかどうですか? 『マリア様がみてるわよ』読んでるでしょ?」
「ベストセラーだからね。ここも既刊ぜんぶ平積みだし。うちの学校を極端にしたような設定だし。」
「これ、コスモス文庫だからもともと女性向けよね。でもきわどい描写はないし、男女両方にファンが多い。」
「そうね。」
「でも、それが男性向け萌えに偏ったらこんな感じなのよ。こっち。」
「って同人誌コーナー? ここ、委託販売もしてるけど、ほとんど見たことないわ。」
「まあ、見本があるからちょっとめくってみて。これマリみてパロディもの。」
「うげ。」
「でしょ。」
「うーん、由乃がちっちゃくてネコ耳つけてたらそれはぐらってするかもしれないけれど、今更パンティー見ようが裸見ようが、ねえ。」
「女同士が遠慮がなくなったらほんとになんでもありじゃない。」
「志摩子と乃梨子ちゃんが小寓寺で素っ裸であぐらかいて扇子ぱたぱたしてても驚かないわね。いや志摩子だったらちょっと驚くかな。」
「それだけじゃなくてね。真美が相手だったらキス・・・は抵抗あるかな、まあなんやかんやしてもいいかもしれないけど、他の人だったらやっぱり。」
「うげ。」
「でしょ。令さんが由乃ちゃんならともかく、祐巳ちゃんや志摩子さんの『萌え』シーンで鼻血出してる図ってかなり違和感が。」
「あるわね。」
「同性がドキッとするところって、ちょっと違うのよ。だから、ボーイズラブも逆にそうなの。」
「いきなり結びつけたわね。」
「あれは、あくまで女性から見た少年愛の世界なのよ。ほんとに同性を愛するようになった男性の話、と思わない方がいいわ。」
「そうすると、マリみての同人誌って難しいんじゃないの? 男女両方の感覚がいる、あ、それだけじゃなくて男女両方のホモ・ヘテロの感覚がいるってこと?」
「どうかしら。最近のBLの書き込みってすごいじゃない。舞台設定から背景からきっちり書かれてて18禁のところを取ってしまったらライトノベルじゃなくても通用しそうなのがたくさんあるもの。それに比べたら男性向けに絞ったら、ちょっと描写をエスカレートさせるだけで簡単にできそうじゃない。」
「コスモス文庫じゃ出せないわよ、み・な・こ・さん。」
「私が書くなんて言ってないわよっ。」
「書いてるんでしょ。」
「・・・・・・プロットだけよ。」
「聞いてましたわお姉さま。」
「真美っ!」
「ごきげんよう、真美ちゃん。」
「受・験・勉・強してください。」
「はい・・・・・。もう姉には厳しいんだから、ぶつぶつぶつ。」
「その割には顔、赤いよ真美ちゃん。」
「令さまっ。あ、の、そのっ。これからお姉さまの家まで一緒に行きますからっ。」
「ええ、なに、受験までウチに住み込んで応援してくれる?」
「違いますっ。お姉さまのワープロと書いた原稿没収して、試験日まで封印するんですっ。」
「あああああ、み、耳ひっぱらないで。ねえ、真美。」