【3387】 普通じゃない様子に危険な香りがします  (ex 2010-11-16 19:36:37)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:これ】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月3日(火) 12時10分 暗黒ピラミッド 最下層の1階上 〜

 聖と志摩子が必死の形相で蓉子と江利子の体に止血剤を塗る。

 そして、ソーマの雫を口に含ませようと・・・。 しかし自力で飲めない二人のために口移しで飲まそうとしていた。
 だが、全く動かない二人はソーマの雫を飲むことが出来ない。
 だらだらと口の端からこぼすだけ。

 そんな様子を祐巳は祥子の体を抱きしめながら見ていた。

「うそだろ・・・。 ねぇ、祐巳ちゃん! 3人ともこれで死んじゃうの?!」

 聖が祐巳に問いかける。
 この場で、医療魔術を使えるのは祐巳だけなのだ。

 しかし、その祐巳は自分自身で祥子を刺し貫いたことがショックなのか、ぼんやりと宙を眺め全く動かない。

「なんでもやってみて! 祐巳ちゃん! このままじゃ、ほんとに3人とも死んじゃう!!」

 聖が大声で祐巳を叱責する。

 しかし、そのときには既に、祐巳は小さな声である言葉を綴りはじめていた。

『ねぇ、この場所に氷の精霊さんたちが居たらわたしに力をかしてくれないかなぁ?
 わたしは福沢祐巳。 ”エアリアル” のお友達は居ない? わたしにみんなの力を・・・、仮初の死を与える力を貸して。
 わたしのお願いしたいことは、わたしの大好きだったこの3人が生き続けることなんだ。
 時を止め、流れを止め、鼓動を止め、救いの猶予を与えてくれない?
 凍える氷の棺を3人に与えて。 しばらくの間でいいの。 静かに眠らせて。 お願いします』

「祐巳・・・ちゃん・・・」
 聖はまるで夢を見ているような眼でぼんやりと不思議な言葉を呟く祐巳を見る。

 まるで、精神をどこかよその世界に忘れてきたかのような雰囲気の祐巳。

 その祐巳の周囲に、白く冷たい氷の結晶が舞い始める。
 次第にその氷の結晶があつまり、巨大な狼の姿をとる。

 氷の最高精霊 ”フェンリル” の姿。 氷雪の魔狼は祐巳の背後で静かにたたずむ。

「よかった・・・。 お願い!『Suspend・Frow - The life is stopped in the place!』」

 祐巳の呪文を聞いた瞬間、氷雪の魔狼・フェンリルは再度氷の結晶に姿を変えたかと思うと蓉子、江利子、祥子の3人の体を覆い尽くす。

 祐巳の呪文が終わると同時に、まるで瞬間冷凍された氷の彫刻のように固まる3人の姿。

「聖さま、志摩子さん、とりあえず、三人は氷の棺に入りました。 止血剤での初期治療は終わってますけど、内臓が全部なくなってるので・・・。
 内臓がなくなってるからソーマの雫は意味ないんです。 だからこのままじゃ死ぬのを待つだけです。
 なんとか、助ける方法を考えたいんですけど、時間がありません。
 今は、氷の精霊の力を借りて仮死状態にしていただいています。 
 ・・・ これで絶対にソロモン王を倒さないといけなくなりました。
 わたしたちが死んじゃったら、この氷の棺、本当の棺になっちゃいます」

「わ・・・わかったわ。 でも今の呪文、聞いたこともない。 いったいなんだったの?」
 聖は驚いた顔で祐巳に聞く。

「えっと。 今、耳元でティターニア様の声が聞こえたんです。 
 『エアリアルの名前を出して氷の精霊に頼みなさい』って。
 最後の呪文は、きっと妖精の秘呪文だとおもいます。
 なぜか不思議に魔導式が頭に浮かびました。 どうしてかは・・・わたしにもわからないです」

「そう・・・なの。 まぁ理由はわからないけど、とりあえず三人は即死した、ってわけじゃないのね?
 わたしたちが生きていれば、また三人を救うことができるかもしれない、ってことよね?」

「はい。 でも、まだ自信はないです。 さっきも言いましたけど内臓がなくなってるから再生できるかどうか・・・。
 それより、このまま三人をここにおいて置くのは危険です。 どうしましょう?」

 祐巳が困った顔で聖を見上げる。

「ソレクライナラ 我ガ チカラヲ 貸ソウ」
 そう声をかけながら近づいてくる金色の肌、黒い髪の青年。

「マルバス! 無事だったのね?」
 祐巳が嬉しそうに青年に声をかける。

「え! これがマルバス?! さっきまでと全然姿が違うじゃない!」

「フフン・・・。 我ハ、思ッタママニ、姿ヲ 変エラレル。
 フクザワユミ。 アナタニハ、二度モ命ヲ救ワレタ。
 ソレニ アナタノ 傍ニイルト ナゼカ ココチヨイ。
 我、ココニ アナタニ 忠誠ヲ チカオウ。 ナンナリト 命ジルガヨイ」

 魔王・マルバスが片膝を折って祐巳に頭を下げる。

「ありがとう。 マルバス。 じゃさっそくだけど、おねえさまたちを地上に戻してきてくれるかな?
 地上には騎士団の皆さんが居るから、そこに運んで。
 えっと。 でも、マルバス、攻撃されちゃうかもしれないけど、人間を襲っちゃダメだよ?
 ん〜。 そうだ! おねえさまのこの杖を持って行って。 手形代わりにはなると思うから」

「フフフッ。 ワカッタ。 アナタタチ 以外ニ 我ニ 傷ヲ オワセルホドノ 人間ガイルトモ 思エン。
 安心シテ マカセヨ。 デハ!」

 魔王・マルバスは巨大なライオンの姿にもどる。

 氷の棺の中で彫刻のようになった蓉子、江利子、祥子の三人をその背に乗せると、一陣の風のようにその場を去っていった。



「祐巳さん、どういうことなの?」
 マルバスの消えた方向を見ながら志摩子が祐巳に問う。

「えっとね、さっきお姉さまと麻痺薬を作ったあとのことなんだけど・・・」
 と、上階であった事情を説明する祐巳。

「なるほどねぇ。 それで祐巳ちゃんは魔王・マルバスのご主人様になっちゃったわけだ。
 もう、すごすぎて言葉も無いわ。 でも、ソロモン王は魔王たちを操っていたんでしょ?
 マルバス、って信頼していいのかな?」

「それは・・・。 わかんないです。 でも、マルバスには邪気も何も感じないんです。
 まるで、子供みたいに純粋で・・・。 魔王にもいろいろあるんじゃないでしょうか?」

「そっか・・・。 祐巳ちゃんがそういうなら、わたしたちも信頼しようか、ね、志摩子」

「はい。わかりました。 でも、結局蓉子さまの言ったとおり・・・。
 この三人になっちゃいましたね。 わたしたちだけがソロモン王を倒しにいかなくちゃならないんですね」

「ううん、志摩子さん、三人だけじゃないよ。
 わたしたちの後ろには・・・。 ううん。 わたしたちにはみんなの思いが託されている。
 わたしたちは、みんなの思いに答えるためにここに居るんだよ。
 妖精王も、ティターニア様も、それにここには闇の精霊 ”シェイド” たちも。
 姿は見えないけど、どこに居てもわたしたちは支えられている。 だから、大丈夫! さぁ、行こう!!」

 祐巳が立ち上がる。

 次いで、聖と志摩子も。

 いよいよ最終決戦。

 最下層で待つソロモン王に挑む戦いが始まる。



〜 10月3日(火) 13時 暗黒ピラミッド 最下層 〜

 小さな足音が三つ。

 次第に近づいてくるその足音をソロモン王は静かに聞いていた。

 玉座に座る王の横に控えているのは大地の神、魔王・アガレスと、海の神、魔王・ウェパル。

「とうとう、我の使役する魔王たちもお前たち二人だけだな。
 もともと、他の魔王など信頼もしていなかったが。
 わしの理想の国はいったいどこにあるのだろうな」

 静かな声で独り言のように呟く王。

 アガレスとウェパルは何も言わず王の述懐を聞く。

 王は座し、微動だにせず、ただただその解答を得るために思考を巡らせていた。
 これまでに、三千年もすごしてきた膨大な時間の中で、いまだその答えの片鱗さえも見えてこない。

 人間とは愚かなものなのか賢きものなのか・・・。
 賢きものの作る理想の国はどのようにすれば建国できるのか。

 結局、何千年経とうと、その答えなど出ないのかもしれぬ。

 ソロモン王は、その寛大な御心でもって現状を甘受した。
 もとより叶うはずの無かった願い、抱くことの無かった疑問だったのかも知れない。

 魔界に落ちたことで、それに向き合う立場と時間を得たことは僥倖であったのだろう、と思う。

 たとえ、永遠の時間を手に入れたとしても自分にはその答えが見えないだろう。

 その答えにたどり着くには自分自身の知識の無さが原因なのか。
 世界最高の知恵者と言われてさえなお、そこにたどり着けない自分。

 ふぅ、とソロモン王は悲嘆にくれる。

 この疑問は永遠に解けないものなのだろう。

 きっとそれは、疑問そのものが不完全であるためなのだろう。



 最下層へ歩を進めながら祐巳が聖と志摩子に語りかける。
「ねぇ、二人とも十分回復はできました? 疲れているんなら少し休憩したほうがいいかも」

「いや、私は大丈夫。 さっき癒しの光を貰ったからね。 志摩子は?」

「わたしも平気です。 それより祐巳さんは大丈夫? 蓉子様の攻撃で肩を痛めたんじゃないの?」

 志磨子は祐巳の肩の状態を心配する。 しかし本当は祐巳の心の傷のほうが心配だった。

 仕方なかったこととはいえ、蓉子、江利子、それに最愛の姉である祥子の腹をえぐったのだ・・・。

 祐巳は歩き始めてから一切涙はこぼしていない。
 逆にそれが祐巳が無理をしていることの証明だと志摩子にはわかっていた。

 幼い頃、涙を封印した祐巳。

 自分のために流す涙に価値はない、そう言った祐巳。
 自然に志摩子の頬を涙が伝う。
 
「祐巳さん、ごめん。 ちょっと待って」
 こらえきれなくなった志磨子はその場に蹲ってしまう。

「志摩子さん、覚悟を決めてね」
 祐巳は志摩子を振り返りもせずに言う。 それは芯のある言葉。
 決して折れない祐巳の決意の言葉なのかもしれない。

(こうなったときの祐巳さんは強い・・・。 でもそのことが人一倍脆いことを私は知っている)
 志摩子は思う。
(私にできることは祐巳さんを支えること。 最後まで守り抜いてみせるっ!)

「祐巳さん・・・。 死んだりしたら許さないんだから」

 それは、なにも考えていないのにふと口をついて出た言葉。

「蓉子さまも、江利子さまも、祥子さまもきっと助かる。
 地上にもどったらどんな手段を取ってでも、きっと助ける。 
 人間の力で無理だったとしたら、わたしまた妖精の国に行ってもいい。
 世界中の医術を調べつくしてでも絶対に救う。
 祐巳さんはひとりじゃないのよ!」

「志摩子さん・・・」
 祐巳は急に切羽詰った顔で迫る志摩子に驚いていた。

「自惚れるのもいいかげんにしなさい、祐巳さん」
 志摩子は自分でも驚くほど厳しい口調で祐巳を叱責する。

「あなたは神様でもなんでもないのよ? ただの女子高生なの。
 そりゃあ、わたしより武術の腕前も上、魔法だってできる。
 だからなんなの? 祐巳さんにだってできないことはいっぱいある。
 後悔だってするし、手が届かない時だってある。願っても叶わないときがあれば、予想が外れることもある。
 でも、そんなことはあたりまえのことなのよ?」

 志摩子はなぜ自分がここまで言わなければならないのかようやく解り始めていた。

 祐巳はなんでもできてしまったがゆえに、自己完結してしまったのだ。
 それを祐巳自身もわかっている。 いやわかっていたのだが、さきほどの祥子たちとの一戦でまた元に戻ってしまったのだ。

 そのことを志磨子は本能的に理解した。
 だから、今、ここで祐巳を諭さないと大変なことになる。 

「祐巳さんはひとりじゃない。
 疲れたときや後悔したとき、そんなときはわたしがいるわ。 きっとそばにいるから。
 私は弱いし、頼りないかもしれないけど、祐巳さんが間違えそうになったときにはちゃんと止めてあげる。
 それを忘れないで!」

 思いのたけを祐巳に語った志摩子は、最後ににっこりと笑った。

 それは怒りと・・・後悔に染まってしまっていた祐巳の心を溶かすような笑顔。

「えへへ。 志摩子さん・・・。 マリアさまみたいな笑顔だよ。 ・・・かなわないなぁ」
 祐巳の顔にも笑顔が戻る。

「ありがとう、志摩子さん。 わかってたはずなんだけどなぁ・・・。 わたしまたひとりで突っ走っちゃったんだね。 ごめん」
 祐巳は素直に志摩子に頭を下げる。

 心の傷が癒えたわけではない。 でもとても暖かなものに包まれた気がした。

「ありがとう」
 祐巳はもう一度志摩子に礼を言う。

「ううん。 祐巳さんならきっと気づいてくれると思ったから。
 ね、聖さま。 わたしたち二人で最後まで祐巳さんを支えましょう?」

「うふふ。 あなたたち、ほんとにいいパートナーになったね。
 わたしたちも・・・。蓉子だって江利子だって、一人じゃなかったんだ。
 みんなが支えあったから素晴らしい仲間になった。
 だから、ここから先も私たちの力を合わせて行きましょう。 きっとうまくいくわ」

 聖はまぶしそうに祐巳と志摩子を見ていた。

(やれやれ・・・。 スーパーガールは祐巳ちゃんだけじゃなく、志摩子もだったか)

 聖の心にも暖かい炎が浮かぶ。

「さ、行こうか」

 三人は再び最下層を目指して歩き始めた。



「ふふふっ。 ほんの三、四十年の栄華・・・。 それだけを糧に三千年か・・・。
 不老不死となるのは人間の最大の欲望ではないのか・・・。
 この世の楽園を作る手段は不老不死となっても見えぬものか・・・」

 ソロモン王はこれまでに数え切れぬほど悩んだことをまたしても口にする。

「いや・・・。 余が再度地上に戻ればこんどこそ夢の千年王国を作り上げて見せよう。
 余をあがめ、余に従い、余の理想郷に骨身を惜しまず働くもの達の国を打ちたてよう。
 堕落し、正邪もわからず余を疎んじるものはすべて排除する。
 余のこの力・・・。 なんのために魔界に落ちたと言うのか。 なんのために72柱もの魔王を使役する力を得たと言うのか」

 ソロモン王の雰囲気が変わる。

「そこな者どもよ。 自力で余の元にこれるものがおったとはな。
 汝らも ”永遠の若さ、永遠の生命” が欲しいのであろう?
 よい。 与えようではないか。 余に忠誠を尽くせ」

 ソロモン王の前に、聖、祐巳、志摩子の3人が姿をあらわしていた。



〜 同時刻 暗黒ピラミッド南入口 & 騎士団仮設本部 〜

 水野蓉子たちがピラミッドに入ってからすでに3日、佐藤聖たちが入ってからすでに丸一日以上が経っていた。

 藤堂志摩子が持っていったアナライズシステムにより途中まで通信が出来ていた地上本部であるが、進入隊がピラミッドの奥深く入っていったことですでに通信は途絶えている。

 この間、ピラミッドの入口から魔王の出現は全く無い。

 そのことは、途中でいったん騎士団本部へ負傷した支倉令と島津由乃を運んだ佐藤聖によっておおよその情報は得ていた。

 薔薇十字所有者たちがピラミッドの奥底で激烈な戦闘を行っている。

 しかも、すでに何体もの魔王を倒している、そのことは騎士団にとっての明るい材料ではある。
 しかし、いかんせん通信が途絶えてからまったく音信の無いことは不安を駆り立てるものであった。

 地上の騎士団本部では、再度支援隊を地下に赴かせるべきではないか、の意見が何度も出ていた。
 その一方で、魔王が一体も出てきていないことを理由に、様子を注意深く見守るべき、という意見も多く、結論が出ないままであった。

 地下から救出された支倉令と島津由乃は、佐藤聖に指示されたとおり、全身麻酔を施し拘束着を着せて、結界に封じている。

 しかし、わずかな生命反応はあるものの、生きているのが不思議なくらいの状態。
 呼吸数も、心拍数も極限まで低下し、医師団は延命させるのに必死であった。



 ピラミッドの南入口に巨大な獅子の咆哮が響く。

 ソロモン72柱の第5位に位置する魔王。
 ライオン王にして、36の悪魔の軍団を率いるという地獄の大総裁・マルバス。

 ベルゼブブ、アスタロト、ベリアルの三大魔王にも勝るとも劣らないその覇気。
 金色に輝く美しい毛並み、燃えるような瞳、子供の頭ほどもある巨大な爪。

「ついに・・・」
「やはり、全滅したのか・・・・」
「もう終わりだーーー!!」

 騎士団に悲痛な叫びが響く。

 魔王の出現、それはとりもなおさず水野蓉子たち、薔薇十字所有者が全滅し、魔王たちがいよいよ現世に進出する前触れと思われた。

 だが、騎士団は信じられない言葉を聞く。

「我、ワガ主ノ 命ニヨリ ココニ 主ノ仲間タチノ 棺ヲ 運ンダ。
 主ノ 言葉ヲ 伝エル。
 『コノ者タチハ マダ 生キテイル。 カナラズ 助ケル。 心配セズニ 待ッテイヨ』」

 魔王・マルバスは、 その背中から氷の棺を下ろしながら、騎士団に告げた。

「我ノ 言葉ハ 信ジラレヌダロウ。 主カラノ 伝言ダ。 コレヲ見テ 信ジテホシイ」

 そう言いながら、マルバスは祥子の棺の上に 『ノーブル・レッド』 を静かに置いた。

 魔王・マルバスを遠巻きに眺めていた騎士団であったが、マルバスに戦闘の意志がないことだけは良くわかった。

 しかも、主の命令で、ここまで氷の棺を運んだ、という。
 そして、その氷の棺に入っている者はまだ死んではいない、助かる、と言うではないか。

 騎士団長がマルバスに問う。
「あなたの主の名前をおしえてはくれないだろうか?」 と。

 魔王・マルバスは誇り高く騎士団長に答える。
「我ガ 主ノ名ハ フクザワ・ユミ。 我ガ 忠誠ヲ 誓イシモノダ」 と。



〜 10月3日(火) 13時 暗黒ピラミッド 最下層 〜

 部屋の中はおびただしいほどの松明に照らされ、煌々と光り輝いている。
 松明は壁にかけられているはずなのに、その壁の向こうにも明かり見える。
 
 奥行きがどこまであるかわからないほど広い部屋に見える。

 しかし、以外にもその部屋はあまり広くないことに志摩子は気がついた。
 この壁のせいだ・・・。 黒く光る壁が松明の明かりを反射し、何倍にも広く見せている。

 広さの感覚が狂わされるその部屋は、実際には100m四方もあるかどうか。

 部屋の後方には階段の上に玉座。 もちろんそこに座っているのはソロモン王だろう。

 覚悟していたとはいえ、圧倒的な存在感を放つ世界最高の王と呼ばれた人物。

 その王を前にして、緊張感にとらわれないものはいないだろう・・・。

 いや・・・。 たった一人。 志摩子の横にその人物が居た。

「ソロモン王。 わたしは福沢祐巳。 あなたを倒しに来ました」
 声は堂々と、背を真っ直ぐに伸ばして。

 その声に志摩子と聖は勇気が心の底からわきあがってくるのを感じていた。

「同じく、藤堂志摩子。 ソロモン王、もう終わりにしましょう」

「佐藤聖だ。 これまでのわたしたちの苦しみ、そっくり返してやるから覚悟しな」

 志摩子が、聖が、ソロモン王を見据え、決意のこもった声で言い放つ。

「まったく・・・。 なぜ余の期待を裏切るもの達ばかりなのだ?
 ”永遠の若さ、永遠の生命” を与えようと言うのに。 なぜ余に従わんのだ!」

 ソロモン王が不機嫌そうな顔になる。

「たかが人間の分際で。 わずか数十年の生しか生きることの出来ぬ汝らがなぜ不死の余に逆らう?
 汝らがいくら足掻き、余を倒そうとしても無駄だ。
 汝らが死した後も、余はこの世に君臨し続けるのだ。 そんなこともわからぬのか?」

「ままごとの王様ごっこがしたいのなら魔界で遊んできてください。
 ここは現世。 わたしたちの世界です。 この世界にあなたはいらない」

 祐巳は敢然と言い放った。


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