No314 真説逆行でGO → No318 → No326 → No333 → No336 → これ。
「ごきげんよう」
薔薇の館の会議室には白薔薇さまである佐藤聖さましか居なかった。
「やあ、紅薔薇さまに用かな?」
「あ、いえ」
どうしようか?
この前の返事を、と思ったので薔薇さまだったら誰でも良かったのだけれど。
「そっちは志摩子ちゃんだっけ?」
「あ、はい白薔薇さま」
「適当に座ってて、番茶、紅茶、それともコーヒーがいい?」
聖さまは席を立ち自分のカップを持ってそう聞いてきた。
「あ、それだったら私が……」
祐巳が申し出ると、聖さまはそっけない口調で言った。
「残念ながら『それだったら私が』は切らしてるの」
お客様だから。そう言いたいのだと思う。
そのひねくれた言い方がなんとなく聖さまらしいと思った。
「あの、じゃあ……」
聖さまと同じ物と言おうとして思い直した。聖さまはいつもブラックコーヒーなのだ。
「……すみませんお紅茶で」
「志摩子ちゃんは?」
「祐巳さんと同じでいいです」
「判ったわ」
聖さまがお茶を入れるのを待つ間、何も会話は無かった。
そして、お客さま用のおそろいのティーカップに入った紅茶を祐巳と志摩子さんの前に出して、聖さまは自分のコーヒーを持って向かいの席についた。
コーヒーを一口すすってから白薔薇さまは言った。
「手伝いには来るの?」
「え、はい、恐らくそうなるかと」
「そうなる? それだと誰かの為に手伝いに来ることになるって聞こえるけど」
聖さまはどこか突っぱねた言い方をする。
「そういうわけではありませんけど」
「そう。あなたがそう決めたのなら何も言わないわ」
なにかそのつっぱねるような言い方が気になる。
なにが気に入らないのだろう? そう思ってストレートに聞いてみた。
「聖さまは私がお手伝いに来ることに反対なのですか?」
「あなたがそう決めたのならっていったわ。それとも私が反対したらあなたはお手伝いをやめるつもり?」
「いいえ。ただお手伝いをするのなら気持ちよくしたいので」
「私に遠慮する必要はないわ」
「遠慮するだなんて……それじゃあ聖さまがいやいや私を受け入れるみたいに聞こえますけど」
「そうよ」
「えっ?」
「私はあなたが手伝いに来るのは嫌なの」
聖さまはそれはもうストレートに言ってくれた。
そんな、嫌われてたなんて。でも今の聖さまは祐巳の知っている普段は軽薄だけどいざという時頼りになる聖さまとは違うのだ。
単純に好かれるとは思ってなかったけど、そうか嫌われちゃったのか。
「でも気にしないで、あなたは紅薔薇さまに気に入られてるようだし、私が出て行けば話は済むから」
「ええっ!?」
「勘違いしないで。白薔薇さまをやめるなんて言ってないわ」
えっと、つまり?
「別にここじゃなくても仕事は出来るし。だからあなたは気にしなくていいのよ」
つまり、祐巳が出入りする薔薇の館には今後、聖さまは近寄らないってことだ。
どこが悪かったのだろう。いや悪気などなくても人には我慢ならないことってある。今の聖さまには祐巳のような人間は我慢ならないってことだろう。
聖さまの頑なな拒絶。祐巳はまだ手をつけていない目の前の紅茶を見つめるしかなかった。
「待ってください」
今まで黙って聞いていた志摩子さんが発言した。
「白薔薇さまは祐巳さんのどこが気に入らないのですか?」
いつもの一歩引く物腰ではない、はっきりした意志の感じられる声を響かせて。
「あなたには関係ないことだわ」
聖さまは体を斜めに向けて祐巳や志摩子さんの方には視線を向けずに答えた。
「志摩子さんもういいよ」
「良くないわ。祐巳さん」
どうしたのだろう。志摩子さん、なんかのスイッチが入っちゃったみたい。
「白薔薇さま」
「なによ」
「白薔薇さまは何を拗ねてらっしゃるのですか?」
「し、志摩子さんっ!」
いきなりなにを言い出すのだ。祐巳は聖さまの眉がつり上がるのを見た。
「……何のこと?」
聖さまは視線をテーブルの上に落とし、静かにそう言った。
「判りませんか?」
「判らないわ」
「祐巳さんをここに呼んだのは紅薔薇さまですね」
「さあね。それが何?」
「紅薔薇さまにかなわないから祐巳さんに当たるなんて」
「!」
祐巳にも判るほど、聖さまははっきり反応した。
そのあと搾り出すような聖さまの言葉が聞こえてきた。
「……あなたは上級生に対する口の聞き方知らないようね」
「上級生が聞いてあきれます」
「なんだって?」
「本当は祐巳さんの気を引きたいのに、どうして意地悪な事ばかり言って祐巳さんを困らせるんですか?」
「だ、黙りなさい、私を誰だと思ってるの!?」
「動揺して。とても全生徒の上に立つお方とは思えません」
「うるさい! おまえに何が判る!」
「祐巳さんがそばに来るのが怖いのでしょう?」
「黙れっ!」
聖さまはとうとうテーブル越しに乗り出して志摩子さんの襟元を掴んできた。
「もうやめてっ!」
祐巳は慌てて割り込んだ。でも聖さまは手を離さなかったし志摩子さんは聖さまをまっすぐ見たままだった。
「そこまでよ!」
ばんっ、と大きな音を立ててビスケットの扉が開き、そこに立っていたのは紅薔薇さまだった。
「双方引きなさい」
紅薔薇さまの言葉に聖さまはカラーを掴んでいた手を離した。
それから紅薔薇さまはテーブルのそばまで来て志摩子さんに言った。
「あなた、祐巳さんのためを思ってなのでしょうけど少し言い過ぎたわ」
「はい……」
「白薔薇さまも逆上して一年生に掴みかかるのはどうなの?」
聖さまは黙ってそこから離れ、ふて腐れるように乱暴に椅子に座った。
「祐巳さん」
祐巳は志摩子さんにしがみついたまま泣いていた。
「ごめんなさい」
志摩子さんの言葉に祐巳は顔を横に振って答えた。
背中と頭に添えられた志摩子さんの手は祐巳を抱きしめている間中ずっと震えていた。