「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」
第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:これ】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】
第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結
第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)
※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 12時15分 リリアン正門前(つづき) 〜
スーッと音も無く空間に裂け目が開く。
そこから不意に突き出されたのは人間の手。
しかし、その手は死斑が浮かびところどころ腐っている。
「まずい! 魔界の瘴気も出てきたわ!」
「任せて! 『セブン・スターズ!』」
とたんに旋風が巻き起こリ、ゴゥゴゥと祐巳を中心に上昇気流が舞い上がる。
祐巳は顕現したセブン・スターズをクルクルと2回転。 七星を司る昆に水色の輝きが生まれる。
「『スコージファイ!』 (瘴気を祓いこの場を清めよ) 『インペディメンタ!』 (瘴気の蔓延を妨害せよ)」
祐巳は二つの呪文を同時詠唱。
「『ホーリー・ブレス!』」 志摩子も白い薔薇十字を掲げ最強の鎧を顕現させ、理力の剣を構える。
異空間ゲートから出てきたのはゾンビが一体。
D級=最下級の魔物。
しかも、その一体が現世に出現したとたん、異空間ゲートはあっさりと閉じた。
(これなら問題ない!)
志摩子は理力の剣を腰の高さに構えたまま、ホーリー・ブレストの白い翼をはためかせゾンビに肉薄する。
「絶・螺旋撃!」
志摩子必殺の攻撃がゾンビを両断する。
(これで終わり?)
と志摩子が思った瞬間、両断されたゾンビの体から暗黒の球体がいくつも出現し志摩子の体を包み込もうとする。
「志摩子さん、危ない! 『ガルダイン!』」
志摩子の後ろに控えていた祐巳の暴風呪文。
志摩子の体を覆い尽くそうとしていた暗黒の球体が上空に弾き飛ばされる。
・・・その数は数百にもおよぶ。
「あ、ありがとう、祐巳さん。 あれは?」
志摩子は絶対的な威力を持つ祐巳の魔法で上空に弾き飛ばされても、なおそこに存在する球体を見上げる。
「わからない・・・。 けど、ものすごく嫌なオーラを感じる・・・」
祐巳も驚いた顔で上空を見上げる。
「とりあえず撃ち落としてみるわ。 『ホーリー・バースト 刹那五月雨撃ち!』」
江利子直伝、多数同時攻撃の精神弾を撃ち出す志摩子の得意技が上空に浮かぶ暗黒の球体に次々に命中する。
「さっきの浄化呪文、出来る人は撃って!」
志摩子が球体を撃ち落し続けている間、祐巳が周囲で状況を見守る生徒たちに声をかける。
「わかった!」 「OK!」 数人の生徒が杖を振り上げる。
さすがにこのような状況にはすぐに駆けつける武島蔦子と山口真美の2年生報道コンビ、それに3年生が2人。
『スコージファイ!』、『インペディメンタ!』 と、4人の生徒が交互に呪文を打ち上げる。
この二つの呪文ともかなり高度な呪文であるが昨年の魔界のピラミッド事件以来、必須呪文として身につけた生徒も僅かではあるが居たのだ。
「上級生は、1年生を校内に誘導!」 と、さらに祐巳の指示。
その声に一糸乱れぬ動きで1年生たちをまとめ校内に退避する2,3年生の生徒たち。
さすがにリリアンの生徒たち、このような非常事態にも冷静に対処している。
祐巳は浄化呪文を打ち続ける4人を除き、全員が校内に退避したことを確認すると結界を張る。
広大な翼を広げる孔雀明王が天に現れリリアンの校門を守る。
志摩子は刹那五月雨撃ちを打ち続ける。 その精神弾を浴びた球体が次々に落下してくる。
しかし、中央部分に浮かぶひときわ大きな物体は志摩子の精神弾を浴びてもびくともしない。
精神弾が当たるたびに、キラキラとした輝きが。
「なぜ落ちない!」 志摩子の顔に焦りが浮かぶ。
「志摩子さんの精神弾を無効化してるんだ。 あれは多分 『アイス・ブレス』 で周囲を凍らせて弾いてるんだよ」
視力5.0を越える祐巳には様子がよく見えていた。 上空を見上げながら祐巳は攻略方法を考える。
「そんな・・・。 まるで魔王並みじゃない?!」
中央の球体を残しすべての球体を撃ち落した志摩子はいったん攻撃を収める。
「あんなに上空じゃ手が出せない! どうする? 祐巳さん!」
「仕方ない。 わたしが飛ぶよ」
と、祐巳は決心したように言うと、ポケットに手を突っ込む。
「飛ぶ?」 と、不審げに祐巳を見る志摩子。
祐巳はポケットから眼帯を取り出して左眼に装着すると、一声。
「マルバス! 来て!!」
祐巳の眼帯をすり抜けた金色の光がまるで象ほどもある巨大なライオンの姿をとる。
祐巳の忠実な僕、ソロモン72柱の魔王の第5位に位置していたライオン王、マルバスが数ヶ月ぶりに本来の姿で現れた。
祐巳は七星昆、セブン・スターズを携えマルバスの背に飛び乗る。
「お願い!マルバス! 飛んで!!」
グゥォォォーー! と一声発したマルバスはいったん身をかがめ宙に駆け上がる。
左右に体を揺らし、空を蹴りながら上空まで一気に駆け上がるマルバス。
祐巳は右手に掲げるセブン・スターズに真紅の覇気をまとう。
祐巳とマルバスは、上空に浮かぶ黒い物体に迫る。
「マルバス! ファイア・ブレス!!」
マルバスは祐巳の命令に答え高温の炎を口から吹き出す。
しかし上空に浮かぶ黒い物体はマルバスのファイア・ブレスにアイス・ブレスを合わせ攻撃を無効化する。
だがそれは祐巳の計算どおりだった。
黒い物体のアイス・ブレスによる鎧をマルバスのファイア・ブレスで打ち砕き、その瞬間2つの体が交差する。
「震天紅刺!!」
祐巳の神速で突き出されたセブン・スターズにより、上空に浮かんでいた黒い物体は一撃で霧散した。
☆
祐巳の目には先ほどの黒い物体がまるで鮫とエイの混血のように見えた。
まるで、ソロモン72柱の魔王、フォルネウスに酷似したその姿。 しかしその体は一部が腐っていた。
マルバスの背に跨ったまま祐巳はゆっくりと下降していく。
その時、地上では祥子、令、由乃の3人も校門前に揃っていた。 結界はすでに志摩子が理力の剣により破界している。
地上の祥子から声ががかかる。
「祐巳、そのまま上空から 『スコージファイ』 を撃ちなさい!」
「はい!」
祐巳がセブン・スターズを軽く一振りし、浄化呪文を唱えると、上空に蒼い魔法陣が浮かび上がる。
それに合わせるように地上の祥子からも浄化呪文が。
「『インペディメンタ!』」 と、祥子の浄化呪文が上空で祐巳が浮かび上がらせた魔法陣に重なる。
「異種浄化呪文合体! 『蒼輝浄界!』」
祥子のノーブル・レッドが二つの魔法陣を操り、完全浄化を行う蒼き光がリリアンの周囲に満ち溢れる。
祥子の天賦の才は昨年よりもさらに進化し、合成可能な呪文であれば祐巳が唱えた呪文と自分が唱えた呪文を合体呪文としてその威力を発揮できるまでになっていた。
しかもその威力は合体以前の呪文の数倍。 効果・効力は計り知れない。
この合体呪文を生み出すためには別の人間が唱えた呪文の魔導式と、その展開スピードまで瞬時に把握することが必要なのだ。
祥子の呪文と祐巳の呪文はもともと全く同じ魔導式、演算方法によるものである。
祥子が祐巳に教えたのだから。
祐巳がどのように魔導式を構築するか知り尽くしている祥子は、二人の合体呪文を発動させるすべを完全に会得していた。
魔法単体の威力では祥子を上回る祐巳でさえ、このような合体呪文を行うことはできない。
「これでいいわ。 志摩子、ごくろうさま。 それと、協力してくださった皆さん」
祥子は蔦子たち4人を見ながら
「協力してくださってありがとう」
と、ねぎらいの言葉をかける。
マルバスは地上に舞い降りると、すぐに金の糸に姿を変え祐巳の左眼としてその姿を隠す。
「お姉さま!」 祐巳は左眼の眼帯を取りながら祥子に駆け寄る。
「祐巳、もぅ、ほんとに無茶をして。 マルバスをみんなに見せたら困ったことになるわ」
「でも、仕方なかったんです。 あの魔物、上空にいたから攻撃が出来なくって」
「そうね・・・。 ごまかすには無理があるかもしれないけど」
祥子は小さくため息をつきながら、周囲で事の成り行きを見守っていたリリアンの生徒たちを振り返る。
「みなさん、山百合会からのお願いです。 今日ここであったことは他言無用。
正式な発表が魔法・魔術騎士団から出されるまでは極秘にして置いてください。
それから、祐巳の行った魔法は ”召還呪文” です。 これは特殊な呪文ですので一切口外してはなりません。 よろしいですね」
そこにあるのは真紅の大輪の薔薇。
2年生、3年生たちは先代の紅薔薇、水野蓉子に負けずとも劣らない強力な覇気を纏う祥子に眼を見張る。
そしてその傍らに立つ支倉令、島津由乃の覇気にも。
1年生たちは志摩子の刹那五月雨撃ちの強力にして正確な射撃に見惚れていた。
それに、祐巳の”召還”したという、巨大なライオン。
そのライオンを駆りはるか上空の魔物を撃ち落した祐巳。
自分たちの入学したこの学園に君臨する5人の薔薇たち。
「これが ”リリアンの戦女神” の実力・・・」
戦いの一部始終を目の前で目撃した二条乃梨子はただただ驚いていた。
しかも、その攻撃の主力として活躍したのが・・・
(志摩子さん・・・。 あなたも薔薇・・・。 しかも、ロサ・ギガンティアだったんだね)
乃梨子は任務のことも忘れ、ただ純粋に志摩子に焦がれる気持ちを確かなものとして感じていた。
☆
細川可南子はじっと祐巳を見つめていた。
この一週間、可南子は休み時間やお昼休みを使い徹底的に「紅薔薇のつぼみ」の情報を集め続けた。
その結果わかったこと。
昨年度、学科、実技ともに満点でリリアンに、「外部から」入学し、生徒総代になったこと。
二年生の剣術部門のトップであり、さらに魔法、体術でもリリアンのトップクラスにあること。
そして、入学式のその日に当時の紅薔薇のつぼみ、小笠原祥子からスールの申し出を受けた「ミス・シンデレラ」
去年の世界的な大事件、魔界のピラミッド事件において、その解決の中心物となり世界を救った救国の女神。
一年生にして薔薇十字も授けられたうえに、あの美貌。
しかも、銀白色の髪、金色の眼は魔界において身を犠牲にして使った魔法の反動だったというではないか。
自己犠牲の精神に溢れ、しかも悲壮感無く振舞うその姿。
(本当の天使さまだ・・・!)
と、可南子は思う。
入学式で眼にした銀白色の髪の天使さま。
その天使さまが可南子の目の前で魔法陣から飛び出したかと思うと、あれよあれよという間に大事件を解決してしまった。
まぁ、白いのとか、最後で紅いのとかが協力したようだが。
白いのは雑魚を倒しただけだし、紅いのは最後に派手な呪文をぶち上げただけだ。
純粋無垢な笑顔の祐巳。 強く、美しく、そしてなによりも暖かな雰囲気。
聡明で可愛くて、性格も明るくて非の打ち所のない完璧な天使さま。
(この笑顔だけは絶対に曇らせてはならない。 祐巳さま、わたしがこれから全身全霊でお守りします!)
可南子は胸の前で手を合わせ祐巳の姿を脳裏に刻み込むように見つめ続ける。
☆
武島蔦子と山口真美は、祥子の言った 「他言無用、一切口外禁止」 の言葉にどうしよう、と顔を合わせた。
新学期が始まってまだ1週間。
この時期のリリアンかわら版に載せる記事として今日のことはものすごいスクープになることはわかっていた。
正門前でこの事件を目撃した生徒は多いが、それでも全校生徒の10分の1ほど。
残りの生徒はすでに帰宅したか、図書館か、委員会か、クラブ活動中であったか、で間近で見てはいないのだ。
しかも、目の前で顕現する姿を見た薔薇十字3本。
祐巳の「セブン・スターズ」、 志摩子の「ホーリー・ブレス」、 祥子の「ノーブル・レッド」
三人とも、めったなことでは薔薇十字の顕現する姿を他の生徒に見せることはない。
薔薇十字所有者の圧倒的な戦いを目にした蔦子は何枚も写真を撮っていた。
自身も祐巳から命じられた浄化呪文を撃ち続けてはいたが、その合間にこっそりシャッターを切っていたし、しかも祐巳がライオンを ”召還” して以降はずっとシャッターを切りっぱなしだった。
志摩子の純白の美しい鎧と、その背の翼。 まるで戦女神そのもののような神々しい姿にシャッターを押している間、ものすごい高揚感を感じていた。
山口真美はこのことを絶対にリリアンかわら版にしたいと思っていた。
今回の事件は謎が多すぎる。
なにより謎なのはあのライオンだ。
祐巳はなんと呪文を唱えた? 自分の耳が確かなら 『マルバス!』 と叫んだはずだ。
そんな呪文は聞いたこともない。
孔雀明王を呼び出す、のような法力を使うのであれば 「オン・マユラ・・・」 とかなんとかいう真言を唱えるのではないのか?
それに、上空に飛び出したとき、祐巳は片目に眼帯をしていた。
敵と戦うときには当然両目で見るほうが有効なのに、なぜ片目になった?
この疑問を晴らすには、祐巳にインタビューが必要だ、と思っていたときにまさかの 「他言無用」 の命令。
真美は意を決して祥子の前に立つ。
「あの、ロサ・キネンシス。 今回のこと、リリアンかわら版に載せることもダメでしょうか?」
祥子は、真美の顔を見て、 「あぁ、新聞部の・・・。 三奈子さんの妹ね?」 と確認する。
「はい。 今年度のリリアンかわら版編集長を務めます山口真実と申します。 ぜひとも薔薇様方の活躍をリリアンかわら版に載せたいと思います」
「事件のことは載せることはかまわないのよ。 どうせこれだけの生徒が見ていたことだし。
ただ、表ざたになると困ることがあるの。 昨年も報道規制がなされたでしょう?
あれは、この学園の生徒の平穏な生活を守るため。 わかるわよね?」
「えぇ、もちろんわかっています。 でもこれだけの大事件、記事にしないわけにも・・・」
「そうねぇ・・・」
と、祥子は困った顔になる。
たしかに人の口に扉は立てられない。
噂が一人歩きすることも避けたい。
なにより、マルバスのような魔王がリリアンに入り込んでいる、と知ったときの生徒たちの動揺は大きいだろう。
マルバスは魔界の住人。 魔界の住人は現世にいてはいけない。 つまりマルバスは現世にいるべき存在ではない、と簡単な三段論法を盾にされれば困るのは祐巳だ。
いくらマルバスが祐巳に忠誠を誓っている、といっても、そのことを知っているのは薔薇十字所有者を除けば魔法・魔術騎士団の幹部ほか数名のみ。
いつマルバスが祐巳を裏切るかもしれない、と多くの人が思うだろう。
それがわかっているから、これまで祐巳もマルバスの存在を公にすることは無かった。
では、どうすればよいのか?
(嘘の情報を流し、祐巳を守る、しかなさそうね・・・)
祥子の鋭利な頭脳がフル回転し祐巳を守るための作戦を考える。
(そのためには新聞部を利用するしかないか・・・。 幸いこの子は三奈子さんと違って祐巳に協力してくれそうだし・・・)
「わかったわ。 リリアンかわら版にすることは許しましょう。 ただしその前に正確な知識を得ておく必要があるわ。
薔薇の館にいらっしゃい。 説明をしましょう。 それから、蔦子ちゃん」
と、真美の横で話を聞いている蔦子に視線を移す。
「あなたもいらっしゃい。 写真を撮っていたのでしょう? その写真の中には絶対に外部に流出させてはならないものが写っている。
写真を現像したら、すべて山百合会に提出しなさい。 掲載可能な写真だけわたくしが分別します」
祥子は有無を言わさない、と言わんばかりに圧倒的な覇気で報道コンビを包み込む。
「わ・・・。わかりました」
さすがの報道コンビもこれだけの覇気を浴びせられれば平静ではいられない。
きびすを返し薔薇の館に帰っていく祥子に黙ってついていくしかなかった。
☆
〜 12時45分 薔薇の館 〜
「最初に確認させていただけるかしら? あなたたち二人は祐巳の友人よね?」
射抜くように鋭い瞳で蔦子と真美を見つめる祥子。
「はい!」 「もちろんです!」
「祐巳のことは絶対的に信頼する、と言えるのかしら?」
「え・・・? それは・・・。 祐巳さんのことは信頼していますけど・・・。 まだ1年にも満たない付き合いです。
祐巳さんの心の奥底まで信頼できている関係か、と言われると・・・」
「祐巳はその身を呈して魔界のピラミッドに挑んだのよ? そんな祐巳を信頼できないとでも?」
「お姉さま! そんな詰問するように言ったら、蔦子さんと真実さんが緊張してしまいます!」
あわてて祥子を止める祐巳。
「あなたは少し黙っていなさい! ここではっきりさせておかないとこのリリアンが崩壊する、そういう問題なの。
それほど重要なことなのよ」
祥子の目の前には蔦子と真実の報道コンビがまるで被告のように並んで座らされている。
祥子は、覇気を少しも緩めようとしない。 周囲が重苦しくなるほどの覇気。
それは、祐巳が 「お姉さまの覇気、大好きです」 と言う時の優しく包み込むような覇気とは全くの別物。
まるで、魔物を前にした時のように激しく猛々しい覇気。
たった一言、 「リリアンかわら版の記事にしたい」 と言っただけなのに、これほどまでの仕打ちを受けないといけないのか。
山口真実の顔面は祥子に対する恐怖で真っ青になっていた。
「あ・・・、あの。 リリアンが崩壊する、とか、そんな大げさなことをするつもりは無いのですけど・・・」
小さな声でおずおずと言ってみる。
「いいえ。 あなたが悪意は無いにせよ不用意に記事を書くことでリリアンが崩壊してしまうかもしれないの。
今日起こった事件はそういうことなのよ」
「ええっ! それはどういうことなのでしょう?」
真美には全く事情がわからない。
たしかに、薔薇様方の活躍の記事を瓦版に載せればそのかわら版はリリアンを飛び出し、一般人の眼にも触れることになるだろう。
中等部に妹のいる生徒などを通じて、リリアンかわら版は中等部に流れ、中等部では人気雑誌のように回し読みまでされているのだ。
それが、リリアンの薔薇様方を必要以上にメディアに紹介することになり、ひいては安穏な生活が出来なくなる、というのはわかる。
だから、極力その方向にならないようぼかしながら書いてきた。
猪突猛進タイプで薔薇様方の記事を書いていた姉の三奈子ですらそのルールは守ってきたし、自分はそれ以上に薔薇様方に迷惑をかけるつもりはない。
どうしても理解できない、という顔をしている真美を見て、祥子は深いため息をつく。
「ねぇ、祐巳。 あなたはこの二人が信頼できる友人である、とわたくしに言えるかしら?」
祥子は質問の矛先を祐巳に移す。
「え、あ、は、はい。 蔦子さんはいろいろ相談にも乗ってくれる信頼のおける友人です。
真美さんとは昨年、かわら版のインタビューを通じて知り合いました。 今年同じクラスになったばかりですが、誠実な人です」
「そう・・・。 では、あなたの秘密をこの二人に教えたとして・・・。 この二人は秘密を守ってくれるかしら?」
「そ・・・、それは・・・」
それは祐巳にもわからない。 でも今ここでこの二人を信頼できない、なんて言うことは祐巳としては絶対に出来ないことだった。
「お姉さま。 わたしはこの二人を絶対に信じます。 もしわたしの言うことが信じていただけないのなら、わたしはこの学校を辞めてもかまいません」
「そう。 あなたならそういうと思ったわ」
祥子はようやく覇気を納める。
そして、先ほどまでとは打って変わって慈愛に満ちた表情で蔦子と真美を見つめる。
「二人とも、今の祐巳の言葉を聞いたでしょう?
あなた達が秘密を知って、それが外部に漏れるようなことがあれば祐巳はこの学校を辞めなければならないの。
もし、祐巳が学校を辞めるようなことがあれば、わたくしも退学します。
わたくしだけではないわ。 志摩子もこの学校を辞めることになるでしょう。
つまり、ここに居る薔薇とつぼみの三人が薔薇の館を去ることになるわ。
ほら、リリアンが崩壊するかもしれないでしょう?」
「おっと、それだけじゃないよ。 祥子たち三人が薔薇の館を去れば、わたしもロサ・フェティダから降りる。
由乃もブゥトンじゃくなる。 つまり現山百合会、薔薇十字所有者全員がここからいなくなるってことさ」
令も飄々と祥子の言葉を引き取って続ける。
もちろんその言葉に由乃も頷いた。
「お・・・、お姉さま」 と、震える声で祐巳が祥子に声をかける。
「ごめんなさい。 わたしがマルバスを呼んだりしたから・・・」
「いいえ。 あなたはこの学園の生徒を守るために精一杯のことをしたのよ。 誰もあなたを責めないわ。 でも・・・」
と、真美と蔦子に視線を移し、
「わたくしたちが居なくなった後、もし今後もこのような事件が続くようなら、わたしたち抜きでどうやってこの学園を守っていくのかしら?」
「そ・・・、そんなぁ」
真美と蔦子は泣きそうな顔になる。
「そこまで重大になるんですか? そんなに重要な秘密が祐巳さんにあると?」
と、蔦子が涙声で祥子に聞く。
しかし、真美はいま一瞬祐巳の口から出た言葉を思い出す。
( また、マルバス、って言った。 『マルバスを呼ぶ』って )
「ロサ・キネンシス。 秘密って、”マルバス” ですね?」
祥子の顔色が変わる。 他の4人も。 どうやらビンゴのようだ。
「ロサ・キネンシス。 わたし覚悟を決めました。 絶対に秘密を守ります。 祐巳さんを信じます。
それと、今までの態度でわかりました。 わたしに何かさせたい、そういうことですよね?」
「・・・驚いたわ。 あなた随分鋭いのね。 さすがリリアンかわら版編集長、といったところかしら?」
祥子は賞賛を込めた目で真美を見つめる。
「あなたのことは実は最初から信頼していたわ。 祐巳の態度を見ればわかるもの。
でも、覚悟を決めて欲しかったの。 本当にこのことは外部に漏れると大変なことになる。 だから心して聞いて頂戴」
☆
その日のテレビニュースでは、リリアン女子学園そばに異空間ゲートが発生したこと、そしてそれを解決したのは傍で警備に当たっていた魔法・魔術騎士団であったことが紹介される。
テレビ画面には騎士団の弓使い(アーチャー)複数名が上空の魔物を矢で撃ち落す合成画像が流された。
そして、月曜日のリリアン瓦版には、大見出しで 「学園の危機は私たちで守る! ロサ・キネンシス大いに語る!!」 の文字が躍る。
見出しの下には、宝石に彩られた 『ノーブル・レッド』 を携え優雅に微笑む小笠原祥子の写真。
めったに目にすることのない薔薇十字の顕現した姿を一般生徒に公開すること。
これが祥子の作戦の一つだった。
一般生徒の興味をマルバスから逸らすための苦肉の策。
そして、蔦子をはじめ山百合会幹部に協力した4人の生徒の名を挙げ、幹部だけでなくすべての生徒を鼓舞する内容。
その他の写真ではゾンビを両断する志摩子、浄化呪文を打ち上げる一般生徒、”孔雀明王退魔曼荼羅結界”を張る祐巳、合体浄化魔法でリリアンを守る祥子の写真が。
この内容であれば、生徒の興味の対象を祥子に向け、さらに生徒の士気を向上させることに役立つだろう。
祐巳については小さな記事で、『法力により孔雀明王や八大竜王、獅子王などを呼び出すことが出来る』と、紹介されているだけにとどまっていた。
☆
〜 4月18日(月) リリアン女学園 早朝〜
リリアン女学園の早朝、1時限目の半分をつぶして全校集会が行われた。
全校集会では、学園長、シスター上村から土曜日の事件についての注意点が述べられた。
事件の詳細を知っている生徒も多い中、事実と違う報道がなされたことの説明がほとんどを占めた。
この話の内容は、ほぼ祥子が事件現場に居た生徒へ命じた内容どおり。
事件の解決をリリアンの生徒が行ったことが表ざたになれば、必死で学園と生徒を守った薔薇様が他の日々の生活に支障をきたすこと。
このことを回避するため、メディアには報道規制をお願いしていることが説明された。
これは、2,3年生にとっては、昨年度の魔界のピラミッド事件においても絶対に守るべき事項として徹底されてきたことである。
ただし、一年生にとっては初めての報道規制であるため、不信感を払拭すること、不注意に外部に情報を漏らすことのないように注意するものであった。
生徒の中には尊敬する薔薇様方が、メディアに取り上げられることもなく、その活躍が闇に葬られることに対して歯がゆい思いをする者もいるだろう。
しかし、本当に薔薇様方の幸せを祈るのであれば報道規制をすることが一番重要なのだ、と説明された。
そして、学園長の挨拶のあとに、祐巳が生徒の前に立つ。
「みなさま、ごきげんよう。 2年松組、福沢祐巳と申します。 今年度、紅薔薇のつぼみを務めさせていただいています。
今回の事件で山百合会の一員としてお願いいたします。
わたしのこの髪と左眼について不審に思っている方も多いと思います。
もちろん、もとからこの髪色、瞳であったわけではありません。
昨年の魔界のピラミッド事件において、魔法の反動でこのような姿になってしまいました。
かなり目立つ容姿であることは自覚しています。
私の望みは、平穏な学園生活を送ることなんです。
もちろん、山百合会の一員として学園の平和にも微力ですが尽くさせていただきたい、と思っています。
学園長のおっしゃったように、今回の事件は公にしないでください。
マスコミに追いかけられたりはしたくありません。 なにより皆様にご迷惑がかかってしまいます。
わたしが不注意に魔法を使ったことで皆様にご迷惑をかけてしまったことにつきましてはどんなに謝罪の言葉を重ねても償いきれないと思っています。
でも、どうか、お願いいたします。 心からお願いします」
願いが叶うなら何だってする。 祐巳は一生懸命に生徒の前で言葉を綴った。
最後の方はすこし涙ぐんでしまい、鼻声になってしまったが、それでも最後まで必死に訴えた。
自分が魔界からマルバスを連れてきたこと、一緒に暮らしていることについて後悔することは何もない。
このことが原因でリリアンから退学することになっても胸を張って受け入れよう、と思っていた。
しかし、自分が退学することで祥子や志摩子に迷惑はかけたくない。
なにより、リリアンの山百合会から薔薇十字所有者がいなくなる、なんてことは絶対に避けなければならないことだった。
訴えが終わり、ただひたすらに頭を下げる祐巳に講堂全体から大きな拍手が起きる。
ひときわ大きな拍手を送る由乃と志摩子にもう一度祐巳は大きく頭を下げ壇上を後にした。