【3413】 運命の意図  (ex 2010-12-13 20:00:05)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:これ】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)



※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 4月18日(月) 一年椿組 〜

「祐巳さま、涙ぐんでいらっしゃったわ」
「祐巳さまは、わたくしたちを守るために魔法を使われただけなのにどうしてかしら?」
「きっと、おつらい経験を思い出されたのに違いないわ。 ほら魔法の反動で髪と瞳の色が変わった、っておっしゃってたじゃない?」
「いったい髪の色が抜け落ちるなんて、どんなにすごい魔法なのかしら?」
「わたくし、土曜日にバス停にいましたのよ。 祐巳さまの呪文と結界を間近に見たんですの。 それはもう鮮やかなお手並みでしたわ」
「それほどの方が涙ながらに訴えられるなんて・・・」
「わたくし決めました! 祐巳さまを守るためにも絶対にこのことをよそでしゃべったりしませんわ」
「もちろんわたくしも!」
「えぇ、祐巳さまがお困りにならないように注意いたしましょう!」

 1時限目の残り時間、自習時間となった一年椿組では生徒たちが今朝の集会での祐巳の挨拶について話し合いを行っていた。
 議長も決めず、ただいくつかのグループに別れての話し合いであったが、クラスに溢れる思いは同じものであった。



 二条乃梨子はクラスの話し合いに加わらず、自分の席でじっと今朝配られたリリアンかわら版に見入っていた。
(あいかわらず、志摩子さん美しいなぁ・・・)
 乃梨子の視線を釘付けにしているのは両手剣を振るう志摩子の姿。

 純白の鎧に身を包み白銀に煌く両手剣で魔物を一刀両断している姿。
 冒頭の祥子の写真が大きすぎ、志摩子の写真は顔が豆粒ほどの大きさにしか写っていないのが不満だが。

 しかしただぼーっと記事を見ているだけではなかった。
(今回の事件で一番問題なのはあのライオン。 きっとあれが今回の緘口令のキモね・・・)
 さすがに忍びとしての鋭さで乃梨子はそう断じていた。

(紅薔薇のつぼみにとって、あのライオンが急所になる、ってことだよね。 志摩子さんはどう思っているんだろう?)

 乃梨子は今日の昼休みに会えるであろう志摩子に聞いてみよう、と決めていた。



 細川可南子も乃梨子と同様、クラスメイトたちのおしゃべりには加わらず自分の席でかわら版を見ていた。
 もちろんその視線の先には結界を張る祐巳の姿。

(祐巳さまの扱いが小さすぎる!)
 と、可南子は怒りに震えていた。

(なに? このデカデカと写真に載ったロサ・キネンシス。 少しは祐巳さまのために控えればいいのに・・・)
 せっかく、憧れの祐巳の写ったかわら版を手に入れたというのに、これでははっきりと顔も見れないではないか。

 可南子はじっと目を閉じ、今朝の全校集会での祐巳の姿、祐巳の声を脳内で再現する。

 あの可愛い顔が苦悶にゆがみ、一生懸命に訴えていた。
 しかも、最後には少し鼻声にもなっていた。

 つい先日、祐巳の笑顔を曇らせることは許さない、と自分に誓ったはずなのに。
 可南子のただでさえダダ漏れしている覇気が爆発しそうなほど膨れ上がる。

(祐巳さまが困るような行動を取るような生徒がいればわたしが粛清する!)
 可南子は非常に物騒な決意を固めるのだった。



 松平瞳子はクラスメイトの中心に座っていた。
 周囲では先ほどから祐巳の話ばかり。
 瞳子自体は話し合いの中心に座っていたのだが、自分自身から発言することは無く、ただ周囲のおしゃべりに耳を傾けていた。

 一年椿組は乃梨子と可南子を除けばほとんどがリリアン幼稚舎からの持ち上がりである。
 瞳子とは、これまでの11年間のうち、どこかでクラスメイトになったことがある生徒ばかり。

 瞳子は ”松平家” のお嬢様で口も達者、頭脳明晰、魔法の腕も同級生の間では出色である、と周囲から認められた存在だった。
 このため、クラスの中心人物として常にクラス役員を任されるほどであった。

 その瞳子が、今回のことに何も口を挟まずただ静かにクラスメイトの意見を聞いている。

 瞳子は、今日の全校集会で山百合会を代表して挨拶に立ったのが祐巳であったことに少なからず驚いていた。
 通常であれば、ロサ・キネンシスである小笠原祥子が挨拶を行うはずなのだ。

 瞳子は、土曜日の事件のあった時間、ちょうど演劇部の部室で発声練習中であったため事件のことはまったく見ていなかった。
 ただ、今朝からの噂と、リリアンかわら版で概要をようやく知った、といったところである。
 テレビでの報道とリリアン内部ではかなり温度差がある。

 事件現場に居たクラスメイトの話を総合して考えるに、どうもこの事件に魔法・魔術騎士団は係わっていないらしい。
 しかし、テレビ報道では解決したのは騎士団だ、と言っていた。

 シスター上村の説明と、祐巳の涙ながらの訴えでようやく事件の概要を把握したのだ。 報道規制、メディアの操作を行ったのだ、と。
 まだまだ自分自身でこの問題に口を挟むのは早すぎる。
 じっくり様子を見てから動いても遅くはない。

 瞳子は ”祥子お姉さま” に直接話を聞いてみよう、と思っていた。



☆★☆

 お昼休み、乃梨子は何時ものようにお弁当を持って講堂の裏手にある桜の木の下へ向かう。
 桜はもうほとんどが散り、新緑が眩しい。

 数段しかない階段の一番上に座り、乃梨子は志摩子を待っていた。
 5分・・・10分。 
 志摩子に会ったら聞きたいことがいくつもあった。
(どんな風に話を切り出そうか・・・)
 と、ここに来るまでは考えても居なかったことを考え始める。

 いつもは2,3分も待てば志摩子は姿をあらわすはずだった。

 しかし今日に限って志摩子は講堂裏に姿をあらわさない。

「あ・・・」

 志摩子はロサ・ギガンティア。 土曜日の事件があった直後だ。
 多分、お昼休みにも例の 『薔薇の館』 という生徒会室に行っているんじゃないのか? と、ようやく乃梨子は気づく。

 今日はまだ全校集会で遠くから志摩子の姿を眺めただけで言葉も交わしてはいない。
 たった2日会えなかっただけで胸が苦しい。

(こんな気持ちって・・・。 まるで恋する乙女みたいじゃない! しっかりしろ! 自分!!)

 乃梨子はがっかりしながらも豪快に弁当にかぶりついた。



☆★☆

 放課後、細川可南子はリリアンの学園内を歩き回っていた。
 ただし、その移動には ”隠形” の技を使って。

 可南子の長身は ”隠形” の技には向かない、と見られがちであるが一切の気配を断ち影から影へと瞬速で移動することこそ細川流の歩舞術の奥義。

 細川流で使用する槍は通常の槍とは全く形状を別にする。
 柄の太さはほぼ同じであるが、握りは極端に短く、細く鋭利な長い刃をその先端に備えたものである。
 そして全体の長さは名槍「日本号」より1尺以上長い約3.6mもある。
 それは、”槍” というよりも ”針” と言ったほうが良いのかもしれない。
 攻撃方法で最も有効とされる”突き” 
 鋭利な細川流の槍は敵の急所(秘孔)を正確に射抜く。

 まったくその存在を相手に気取られることなく影から遠距離攻撃で瞬時に襲いかかり敵を倒す。
 日本古流武術で最強の暗殺術の一つとして細川流は影の世界で恐れられてきた槍術である。

 可南子の得物は、細川流に代々伝わる 『鍼ヶ音』(はりがね) と呼ばれるものである。
 正面から突き出される攻撃は、その細さのせいで敵の視線を幻惑する。 いや、普通の視力であればまず見ることは不可能である。

 この細川流槍術特有の隠形術を幼い頃から叩きこまれた可南子にとって、隠密裏に情報を集めることはそれほど苦になることではなかった。
 また、隠形の技を完璧なものとするためには人の域を超えた聴力が必要となる。
 自らの足音を完璧に消すことが必要となるからであるが、可南子の聴力は恐ろしく鋭い。
 まさに ”影からの刺客” としての能力は屈指のものを持っている存在。 それが細川可南子であった。

 昼休みの短い時間ではたいした情報を得ることの出来なかった可南子は、放課後に賭ける。

 まずは、リリアンの各地に散らばる一年生の掃除区域を順次回って噂話を拾い集める。
 掃除の時間はお嬢様方の口も自然と軽くなるものである。

 可南子は積極的に噂を振りまくような口の軽い生徒を探し出し、粛清対象リストに書きこんでゆくつもりだった。



 可南子が裏庭から中庭のイチョウ並木が立ち並ぶ場所に来たとき、目の前に祐巳と由乃が楽しげに話している後ろ姿があった。

 さっ、とイチョウの巨木の陰に身を潜ませる。

「ねぇ、祐巳さん、これでますますプレッシャーがきつくなると思わない?」
「ほぇ? なんのプレッシャーなの?」
「だ・か・らー!! 行事が控えているのに、パトロールもあるし、こんな事件は起こるし!」
「うん。 そうだね〜。 またみんなに迷惑かけちゃってごめんね?」
「ううん。 迷惑だなんて思っていないわ。 そっちじゃなくって妹のことよ!」
「え・・・、えっと・・・」
「令ちゃんも言ってたじゃない。 薔薇の館の住人が8人が5人になっただけでもきつい、って」
「あ〜。 そっちか〜。 たしかにそうだねぇ。 でもわたしが ”お姉さま” になるとか、実感がないなぁ」
「まぁ、祐巳さんだもんね」
「・・・・・・・。 由乃さん、喧嘩売ってる?」
「んなわけないじゃないの。 祐巳さんは妹として可愛い、ってことよ」
「え〜。 照れるなぁ」
「・・・(いや、褒めてないし・・・)」

 可南子はイチョウの陰から二人の会話に耳をそばだてていた。 そして心の中の粛清リストに「黄色いの」と書き込む。
 だが、この黄色いのは祐巳さまの親友のようだ。
 優しい祐巳さまは親友が粛清されるのを望んではいないだろう・・・。 と、可南子は泣く泣くリストから由乃の名前を抹消する。

 どうやら二人は校内のパトロールを終え、薔薇の館に向かう途中らしい。
 可南子はしばらく逡巡していたが、祐巳の傍にいるこの機会、声を聞ける機会を逃したくは無かった。
(祐巳さまを護衛するため!) 
 と、一人で勝手に理由をつけ、”隠形” の技で後をつけてゆく。

 それにしても、由乃は祐巳に馴れ馴れしすぎる。
 仲良さげにおしゃべりをしているだけでも腹立たしいのに、時には腕を絡めたり背を叩いたりしている。

(ネコ耳つけて、メイド服でも着てアキバに行けばいいのに!)
 可南子は由乃の外見からそう決め付けていた。
 いらだたしさがだんだん募ってゆく。 思わず負の感情が表に出る。 覇気をダダ漏らししてしまう。

(ふーっ。 冷静に、冷静に・・・。 とにかく祐巳さまが薔薇の館に入るまでは護衛を続けなければ・・・)
 心を落ちつけるため、可南子は少し目を閉じ、深呼吸する。 それは2秒にも満たない間。
 しかし、再度眼を開け、祐巳の様子を探ろうとしたとき・・・。

 目の前の歩道には由乃が一人で歩いているだけだった。

(祐巳さまがいない?! ついさっきまでそこに居たのに!!)

「あれ、こんなとこでなにしてるのかなぁ?」
 不意に可南子の下から声が掛かる。 まるで可南子の恋焦がれる祐巳さまのような声。
 ・・・ 祐巳さまだった。

「さっき、目を瞑っていたし、顔も赤いよ? 体調でも悪いの?」

 顔が赤いのは、急にあなた様が目の前に現れたからです、とも言えず、可南子は軽くパニックになる。

「熱でもあるのかなぁ?」

 祐巳は、可南子のすぐ目の前に。 あろうことか可南子の腰に手をかけ、背伸びをしながら可南子の額に手を当てる。
 身長差のため、それはまるで可南子の腕の中にすっぽりと祐巳が抱きかかえられるような格好で。

「ゆ・・・・ゆ、ゆゆゆ、祐巳さま!」
 優しげに、それでいて、ちょっと悪戯っぽく微笑む祐巳に可南子は言い訳を口にしようともがく。
 密着した祐巳の柔らかい体・・・。 可南子はこのまま昇天しても良い、とさえ思った。

「あ・・・あぁぁぁっぁぁあああ、あの!」
「ん〜。 熱はなさそうね。 どうしてこんなところにいたの?」

 ふっと、祐巳の体が離れ、可南子を覗き込むようにして祐巳が尋ねる。

「は・・・。 はい。 祐巳さまをお見かけして・・・。 思わず後をつけてしまいました! すみません!」
 可南子は真っ赤になりながら頭を下げる。
 もうどうしたらよいかわからない。

 包み込むような笑顔で可南子を見つめるその眼を見ながら、思わずポロポロと涙がこぼれる。

「わ・・・わたしっ! 祐巳さまをお見かけしてから、ずっと見ていたいと思ってしまいました。
 それで・・・。 不躾だとは思ったのですがお傍から離れることが出来ませんでした。
 申し訳ありません・・・。 まるでストーカーですね・・・」
 最後のほうは、まるでしゃくりあげるように祐巳に謝り続ける可南子。

「ねぇ、そんなに泣かなくていいから。 ほら涙を拭いて」
 祐巳はポケットから真っ白なレースのハンカチを出して可南子の頬をそっと撫でてゆく。

 あぁ・・・こんなに優しい天使さま・・・。 気持ち悪い、と思われても当然のことをした自分にここまでよくしてくれる。
 やっぱり本物の天使さまだ、と可南子は思う。

「あなた、お名前は? 瞳子ちゃんと同じ一年椿組の子でしょ?」

 祐巳の問いかけに、可南子は、 「えっ!」 と小さな声で。

 祐巳は自分の事を見てくれていた。 あまりの嬉しさに胸が高鳴る。
 ただ、同時に祐巳の口から出た「瞳子」の名前。 すぐさま可南子は心の粛清リストに瞳子の名前を記す。

「は、はい。 一年椿組、細川可南子と申します。 リリアンへは高等部からの外部入学です。
 祐巳さまのことは、入学式のときに始めて拝見して・・・その・・・」

「ずっと、見ていたくなった? わたしが変わってるから?」

「いいえ、いいえ!! 変わっているだなんてそんな! ただ祐巳さまの雰囲気が暖かくて・・・。 お傍に・・・。 お傍に居たいと思っていました」

「そう・・・。 ありがとう。 可南子ちゃんね。 リリアンは外部から来たら変わった習慣も多くて慣れるまで大変でしょう?
 そうだ! 可南子ちゃん、私の傍に居たい、って思ってくれたんだよね? それならお願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな?」

「はい! わたくしに出来ることでしたらなんでもおっしゃってください!」
 可南子は、祐巳から許してもらえるのであれば何でもするつもりだった。 もちろんこの命を差し出せ、と言われたら迷わず差し出すだろう。

「よかった〜。 あのね、実は今、薔薇の館では深刻な人手不足なの。
 可南子ちゃんのような優秀な人材がお手伝いに来てくれると嬉しいなぁ、って思ったの。
 もちろんタダ働き、なんだけど、お茶の飲み放題とお菓子の食べ放題をつけちゃおう。 どう?」

「わたくしが薔薇の館に? ええぇぇっ! そんな、恐れ多い・・・」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。 わたしだって去年の今頃はお茶を入れたりお掃除するくらいだったもの。
 でも、アシスタントを務めてくれるだけで本当に助かるの。 ダメかなぁ?」

「・・・わかりました。 祐巳さまのお役に立てるのならこんなに嬉しいことはありません。 よろしくお願いいたします」

「やったー! よかった。 振られたらどうしようかと思っちゃった。 じゃ薔薇の館にエスコート!」

 祐巳は背の高い可南子の横に立ち、腕を絡めて歩き出す。
 とたんに真っ赤に染まる可南子の頬。

「あ、そうだ。 薔薇の館に行く前に、外部入学の可南子ちゃんのために、わたしのこの学園で一番好きな場所を案内してあげるね。
 これから少しずつでもリリアンの中を歩いて、ちょっとでも素敵な場所を見つけてくれると嬉しいな」

 祐巳はニコニコと微笑みながら可南子を引っ張ってゆく。
 その行く先は、あの古い温室だった。



☆★☆

 その頃、二条乃梨子は、薔薇の館が見える中庭の隅でぽつん、と2階の会議室を見上げていた。
 放課後になってから、講堂の裏にいってみたがやはり志摩子は来なかった。

(わたしがこんなに会いたい、って思っているのに志摩子さんはそうじゃないんだろうか・・・)
(ロサ・ギガンティア、だもんね。 忙しくってわたしなんかに割く時間なんかないよね・・・)
(”妹”でもないただの後輩が、志摩子さんの傍でチョロチョロしてたら、邪魔になるだけだよね・・・)

 そんなことを思いながら歩いているうちに、志摩子が居るであろう薔薇の館に足が向いてしまったのだ。
 一目でも、2階の窓からのぞく姿だけでも見ておきたかった。

 数分間も見上げていただろうか。 志摩子は姿をあらわさない。
(今日は会えない・・・か)
 あきらめて家路につこう、ときびすを返したとき、思いがけない場所から乃梨子は愛しい人の声を聞く。

「乃梨子・・・」
 その人は乃梨子のすぐ後ろで、背の高い少年のような女生徒と並んで立っていた。

「あ、志摩子さん! ご、ごきげんよう」
 乃梨子は少しバツが悪そうにしながらも、挨拶をする。

「ごきげんよう、乃梨子。 わたしに会いに来てくれたの?」
「え、えっと。 まぁそう・・・なるかな」

「今日はお昼休みも行けなくてごめんなさいね。 ずっと薔薇の館で会議があったの」

「うん。 志摩子さん、ロサ・ギガンティアだもんね。 忙しくて当然だよ。 あ〜これからもお仕事でしょ?」
「ええ」
「じゃ、がんばってね。 ごきげんよう」
 乃梨子は、寂しい気持ちを押し殺し、さもなんでもない、と言う素振りで帰ろうとする。

「ちょっと待った!」
 乃梨子を引き止めたのはロサ・フェティダ=支倉令。

「あなた、二条乃梨子さんね? 今年の一年生総代、だったよね?」

「はい、一年椿組、二条乃梨子です。 なにかご用事でしょうか?」

「ふ〜ん。 志摩子と随分仲がよさそうね? どう? 用事がないのなら薔薇の館でお茶でもいかが?」

「いえ、結構です。 ごきげんよう」
 令にも頭を下げ、きびすを返す乃梨子の腕をさっと令が掴む。

「乃梨子ちゃん、実は今、薔薇の館では人手不足で悩んでるのよ。 あなた志摩子のアシスタントに来ない?
 今、紅薔薇2名、黄薔薇2名なんだけど、白薔薇は志摩子一人なんだ。 志摩子の負担は相当なものなんだよ。
 あなた、志摩子と親しい関係なら志摩子を助けてやってくれないかなぁ?」

「えっ? 山百合会でもないわたしが薔薇の館に行ってもいいんですか?」

「おっと。 リリアンの生徒は全員が山百合会なんだよ。 わたしたちはただその役員、というだけ。
 山百合会が困っているときにその手助けをするのは生徒の義務だ。 そうは思わない?」

「そ、それはそうですが。 志摩子さん。 志摩子さんはわたしに来て欲しいの?」

「えぇ、乃梨子さえよければ手伝ってくれると助かるわ。 でも無理はしないでいいのよ?」

「ううん。 無理なんてしていないよ。 わかりました。 志摩子さんのお手伝いとしてお供します」

「うん、志摩子、よかったじゃないの。 じゃ、そろそろ行こうか。 祥子が待ってるだろうしね」
 令は、にっこりと破顔し、志摩子と乃梨子の二人を後ろに従えて薔薇の館に向かう。

 その後ろで、(やった!志摩子さんと一緒に居られる!) と心の中でガッツポーズをとる乃梨子がいた。



☆★☆

 薔薇の館では、小笠原祥子と松平瞳子の二人が仲睦まじく話をしていた。

 薔薇の館に向かっていた祥子を昇降口で待ち構えていた瞳子が、「祥子お姉さま、薔薇の館の見学をしたいの」 と頼み込み、祥子が了承したのだ。
 今日は、令と志摩子が運動部と文化部まわりをし、由乃と祐巳が校内の巡回を行ってから薔薇の館に集合する予定であるため、しばらくは祥子一人になる予定だった。
 会議が始めるまでの時間だったら問題ない、会議が始まれば下校すること、と約束してのことだった。

「祥子お姉さま、今日のリリアンかわら版、感動いたしましたわ」
「そう? 土曜日の事件の後、新聞部の編集長と相談しながら仕上げたのよ。
 久しぶりにリリアンのそばで異空間ゲートが開いたから、これからは十分な警戒が必要だわ」
「瞳子、ちょうどその時間は演劇部で発声練習をしていましたの。
 祥子お姉さまの魔法を見ることができずに残念でしたわ」
「うふふ。 わたくしの魔法なんてそうたいしたものでもないわ。 ちょっとした合体呪文だもの。
 それはそうと瞳子ちゃんは、魔法の修行、進んでいるのかしら?」
「はい。 お爺様からも、 『瞳子はすじがいい』 って誉めていただきました。
 医療呪文は難しいのですが、なるべく早く祥子姉さまのお役に立ちたくって。 瞳子もがんばってますのよ」
「まぁ、それは心強いわね。 高等部の生徒で医療呪文ができる生徒なんてほとんどいないの。 重要な戦力になるわ」

 瞳子は目的である祐巳の呪文のことについて、祥子から情報を引き出すタイミングを見計らっていた。

「祥子お姉さま、それで瞳子、クラスメイトから伺ったんですが、祐巳さまが象のように大きなライオンを呼び出してその背中に乗って戦ったとか・・・。 本当ですの?」

「・・・。 ふぅ。 困った生徒たちね。 わたくしの ”他言無用、一切口外禁止” の命令を聞かないなんて。
 やはり手を打っておいて正解だったわ」
 祥子は苦虫を噛み潰したような顔になる。 しかしまぁクラス内での話であれば予想の範囲内、というところだろうか。

「あの・・・。 じゃやっぱり祐巳さまが魔物を倒した、ということですのね? テレビで報道された 『魔法・魔術騎士団により解決』 ということが嘘だということですか?」

「ええ、そうなるわね」
「では、祐巳さまが ”召還” した、というライオンに問題があるのですか?」
「そうね・・・。 でも今はこれ以上は言えないの。 わかってちょうだい。 瞳子ちゃんもこのことは口外禁止、いいわね」

 祥子は親戚である瞳子にも詳細を話す気はなかった。

 瞳子は柏木優とともに、祥子が気を許せる数少ない親戚の一人。
 その瞳子でさえも祐巳の秘密に近づけることは危険。 そう判断していた。

 そのとき、会議室のドア、別名 「ビスケット・ドア」 が開き、島津由乃が顔を出す。

「ごきげんよう、ロサ・キネンシス。 校内の巡回は終わりました。 ・・・ どなたですか?」
 由乃は祥子に簡単に報告を済ませると、祥子の後ろに立つ瞳子に視線を向ける。

「ごきげんよう、由乃ちゃん。 巡回ご苦労様。 この子は松平瞳子ちゃん、一年生よ。 わたくしとは遠縁にあたるの」

「ごきげんよう、島津由乃さま。 一年椿組、松平瞳子です。 今日は祥子お姉さまにお願いして薔薇の館を見学に来ました」
 瞳子は礼儀正しく由乃に頭を下げ挨拶をする。
 それはまるで女優のように堂々と。

「”祥子お姉さま”? ふ〜ん。 あぁ、たしか祐巳さんが言っていた子ね」

「あら? 祐巳さまが? なんておっしゃっていたのでしょうか?」

「なんでもないわ。 入学式の後でちょっと話が出ただけ。 
 ロサ・キネンシス、お茶をお入れしましょうか?」

 由乃は、祐巳の姉である祥子に馴れ馴れしく ”祥子お姉さま” と話しかける瞳子に少しだけ危険な匂いを感じ取る。
 リリアンでは、”お姉さま” と呼んでいいのはスールだけだと言うのに。
 演技のできない由乃は不機嫌さを滲ませながらもなんとか態度を取り繕う。

「そうね、お願いできるかしら」
「そちらの子・・・。 松平瞳子さんもいかが?」
 あまり好きになれそうなタイプの子ではないが、薔薇の館に来ている以上はお客様だ。

「いえ、瞳子は皆様がお集まりになったらお暇いたしますので。 お気になさらず」

「由乃ちゃん、校内巡回は祐巳も一緒だったのではなくって? 姿が見えないようだけど」
 祥子は、由乃に続いてすぐに姿をあらわすだろう、と思っていた祐巳がなかなか姿をあらわさないので不審そうに由乃に聞く。

「はい。 祐巳さんはついそこまで一緒だったんですが、 『ちょっと用事がある、先に薔薇の館に行っておいて欲しい』 と。
 何かの気配を感じたみたいでそちらに行きました。 しかも ”幻朧” なんかつかっちゃって。
 まぁ、祐巳さんに限って心配はないと思います。 すぐに戻ってくるのではないでしょうか」

「まぁ! あなた祐巳を一人っきりにしたの?! こんなことならわたくしが祐巳と巡回すべきだったわ!」

 どうも祥子は「祐巳心配症候群」にかかっているようだ。 って何時ものことか・・・ 
 祐巳が絡むと祥子はどうしても冷静な判断が出来なくなる癖は治っていないらしい。
 マルバスほどの魔王を従える祐巳に心配など無駄なこと、と思ってはいても祥子にそのことを言っても、それこそ無駄だ、ということを知り尽くしている由乃は軽くため息をつきながら流しに向かう。

 さすがに瞳子も祥子の取り乱しっぷりにはあきれているようだ。

「祥子お姉さま、祐巳さまってそんなに頼りない方なんですの? まるで子供みたいな方なんですのね?」
 と、クスクス笑う。

 たしかに祐巳については魔界のピラミッド事件を解決しただの、前年度の一年生総代であったの、と、すごい噂が中等部まで流れてきてはいた。
 だが、実際に見てみれば、どう見てもほわほわした雰囲気、まったく感じられない覇気。 優しそう、とは思うがそのイメージと噂がどうも一致しないのだ。
 全校生徒の前でちょっと話しただけで涙ぐんだことも、毅然とした立場で無ければならない山百合会の幹部としてはどうかと思う。

 瞳子の理想とする薔薇様の印象としては、祥子のように凛と立つ姿、毅然とした態度こそがその資質であるべきだ、と思っているし、自分自身もそのように振舞おうと思っている。

 小笠原家の親族とはいえ、西園寺家や綾小路家、京極家のような権力のある外戚の名家のお嬢様からは一段下のように扱われる瞳子。
 出自のことでネチネチと嫌味を言われたこともある。
 中等部の頃の瞳子は苛められるたびにメソメソと泣いていたものだった。

 しかし、そんな瞳子に祥子は、
『瞳子ちゃん。 しっかりと前を見て堂々としていなさい。 苛められてもメソメソ泣いているばかりでは解決しないわ。
 そんな態度がよりいっそう苛める側を優位に立たせるものなの。
 瞳子ちゃんが堂々と振舞えば自然とあきらめるものよ』
 と、瞳子を励ましたものだった。

 瞳子にとって祥子は唯一絶対の薔薇。 崇高にして理想の存在だった。
 だからなおのこと祥子の妹に納まった祐巳には、祥子に相応しい妹で居てもらわなければ自分自身が納得できない。

 昨年、小笠原家でのクリスマス・パーティの時に祐巳を見たときは正直驚いた。
 美しく変貌した容姿。 それに清子と祥子の楽しそうな笑顔を思い出す。

 しかし結局、可愛い容姿と、何も考えていない素直な態度だけで祥子と清子に取りいっているだけではないのか?

 瞳子は、祐巳に対する評価はまだまだ下すことは出来ない、と判断していた。



☆★☆

 古い温室のドアを開け、祐巳と可南子は奥へと進む。

「古い温室でしょう? でもよく手入れされていて気持ちいいのよ。 ここは薔薇も多いの。
 半分くらいが薔薇じゃないかなぁ? わたしはこの温室がリリアンで一番好き、かな」

「祐巳さまのお気に入りの場所、なんですね。 心が落ち着いてくる気がします。
 でも、よろしいんですか? わたしのようなものに祐巳さまの一番のお気に入りの場所を教えて・・・」

「わたしのようなもの、なんて卑下するような言い方はよくないよ?
 わたしは可南子ちゃんにこの場所を見せたい、って思ったから連れてきたの。
 それに、わたし可南子ちゃんの覇気は好きだよ? 真っ赤に燃え盛る炎のよう。
 いまはまだ覇気をダダ漏らしにしてるから危ないけど、ちゃんとコントロールできるようになればその覇気は周りを暖めることが出来るものなの」

「わたしの覇気って・・・?! 祐巳さまにはわたしの覇気がわかるのですか?!」

「ん? もちろん見えるよ。 可南子ちゃんの覇気はとても素敵なものなの。 もっと自信を持ってもいいよ」

「祐巳・・・さま・・・」
 可南子は優しく微笑む祐巳を直視できないでいた。

 自分はこんなにも温かく優しい人の後を尾行していた。
 あらためて、自分がどんなに大きい咎を犯していたのか気付かされる。

「それとね、この温室には ”妖精” がいるのよ。 可南子ちゃんにはその声を聞いてほしいと思ったの」

「あ・・・。 ”リリアンの古い温室には妖精が棲む” と聞いたことがあります。 学園七不思議のようなものだと思っていました。 でも、まさか本当に妖精がいるのですか?」
 可南子は急におとぎ話のようなことを言い始める祐巳の真意を測りかねる。

「ふっ、ふっ、ふ〜。 やっぱり信じられないって顔をしてるね。 ま、しかたないけどね。
 実は可南子ちゃんの目の前にいるのよ。 この大きな木」
 と、温室の中心に堂々とそびえたつ巨木に手をかける。

「この木はね、樹木妖精、エルダー様。 妖精王オベロン様の信頼も厚い立派な方なの。
 私を何度も救ってくれた『フォーチュン』って杖があったんだけど、それもエルダー様の一部だったの。
 『フォーチュン』が壊れた時は悲しかったなぁ・・・。 自分自身の一部のように大事にしてたんだけどね」

 祐巳は右手の手首に巻いている真紅の薔薇十字をエルダーに押し当てる。

「エルダー様、ごきげんよう。 また来ちゃいました」
 祐巳はそのまま左手を可南子に差し伸べる。

「可南子ちゃん、私の手を取って。 そして一緒にエルダー様に触って」

 可南子は祐巳に導かれるまま右手をのばし、祐巳の左手に重ねる。 その手のひらの先には巨木の荒々しく固い樹皮。
 しかし、その樹皮に触れた瞬間、可南子の心の中に樹木妖精エルダーの言葉が届く。

(・・・ 希望の子らよ。 ようこそ。 ・・・ 祐巳、また会えて嬉しい・・・)

「祐巳さま! 今、なにか声のようなものが聞こえました! テレパシーですか?」
 可南子は驚いて祐巳を見る。 大きな瞳がより一層大きくなっている。

「うん、エルダー様はしゃべれないの。 心に語りかけてくるんだよ。 でもエルダー様の声って心が穏やかになるでしょう?」

「はい!」 可南子は感激した様子で重ねた祐巳の手をぎゅっと握る。

「だからね、辛い時や悲しい時なんかここに来るの。 エルダー様は心を苦しめる枷を解き放ってくださるわ。
 今の可南子ちゃんにはエルダー様の助けが必要なの。 しばらくじっとしていて」

 可南子は祐巳に言われるままにエルダーの幹に手を押し当て続ける。
 何分そうしていただろう。
 可南子の心の中にある闇、怒り、妬み、嫉妬、後悔・・・。
 負の感情すべてが穏やかに癒されていくことを可南子は感じていた。

「ほら、ね。 随分素敵になった。 可南子ちゃんの覇気が穏やかになったのがわかるよ。
 もし、また覇気が爆発しそうになったら私とエルダー様を思い出して。
 可南子ちゃんはきっとみんなを照らす太陽になれる。 私が保証するわ」

「祐巳さま・・・。 ありがとうございます!」
 可南子は瞳に涙を浮かべ祐巳に頭を下げる。

「ほらほら、泣かないの。 じゃ可南子ちゃんも落ち着いたことだし、行こうか」
「え?」
「薔薇の館だよ。 アシスタント、努めてくれるんでしょう? あ〜ちょっと遅くなっちゃったなぁ・・・。 お姉さまに叱られちゃうかも」
 祐巳はハンカチを可南子の眼に押し当てる。

「す・・・、すみません。 わたしのためにお時間を取らせてしまって・・・」

「ううん、いいのいいの。 私も可南子ちゃんが来てくれたら助かるしね。 じゃ、薔薇の館にしゅっぱつ〜!」

 祐巳は可南子の手を取り歩き出そうとする。
 しかし、可南子はやんわりと祐巳の手をほどく。

「祐巳さま、三歩下がって師の影を踏まず、とも言います。 今日のところは後ろを歩かせてください」
「え? わたし可南子ちゃんの師匠になった気はないんだけどなぁ? こっちがお願いしているんだよ?」
「いえ! それでも今日のところは」

 じっとその場で頭を下げ続ける可南子に、 「しょうがないなぁ」 と、ポリポリと頬を掻きながら祐巳。

「じゃ、ついて来てね。 こっちだよ」

 ニコニコ笑いながら先を歩く祐巳と、ほんのりと頬を染めた可南子。
 二人はまるで姉妹のように仲睦まじく薔薇の館に向かうのだった。



 こうして、二条乃梨子、松平瞳子、細川可南子の三人が薔薇の館に集結する。

 世界を希望に導く奇跡は、その運命の意図のもと、新たなリリアンの戦女神たちを迎え入れようとしていた。


一つ戻る   一つ進む