【3423】 おっぱい星人変態コンビ  (翠 2010-12-30 18:26:33)


 無印のパロディで、キャラ設定やら性格やらが作者に都合良く弄られています。なので、殆どの登場人物が、どこかしら変です。また、所々に妙なネタも紛れています。微妙にオリキャラも出ます。それでも構わない、という海どころか宇宙よりも広い心の持ち主な方以外は、読まれない方が良いかと思われます。
 【No:3409】→【No:3412】→【No:3416】→【No:これ】→【No:3428】→【No:3430】→【No:3433】→【No:3438】→【No:3440】→【No:3446】→【No:3449】




 祐巳は、お茶を啜っている志摩子さんに話しかけた。
「魔法幼女シマコって知ってる?」
「ぷ――――――――っ!?!?」
「吹いた……」
「志摩子さんがお茶吹いた……」
 祐巳と桂さんは、呆然と志摩子さんを見つめた。 
「ご、ごめんなさい」
 ハンカチで口の周りを拭いながら、志摩子さんが謝る。
「ううん、気にしなくて良いよ。大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫よ。それよりも、魔法幼女? 少女ではなくて?」
「んーっと。私の記憶では、幼女だったと思うんだけど」
「いえ、きっと少女よ」
 志摩子さんに訂正される。
「じゃ、少女で良いや」
「何なの。その、魔法少女シマコって?」
 桂さんが興味を惹かれたらしく、話に加わってきた。
「困っている人がいれば、どこからともなく現れる正義の味方。と言っても、この学園限定だけどね」
 祐巳の説明に「へー」と、まるっきり信じてません、って顔しながら桂さんは返事した。
「む、信じてないでしょ? 私、実際に見た事あるんだから。何かね、変な呪文唱えてた。何だっけ? 確かこう……『ロサロサ・ギガギガ・ギガンティア〜♪ 桂さんよ、真っ二つにな〜れ☆』みたいな」
「本当に変な上に、とっても嫌な呪文ね」
 桂さんが心底嫌そうな顔する。
「でしょ。んで、手に持ってる魔法のステッキで、相手の脳天カチ割るの」
「そっ、そんな事しないわ!」
 志摩子さんが大きな声で叫んだ。彼女らしくないその様子に、祐巳と桂さんは並んでキョトンとしてしまう。
「あ、いえ、ごめんなさい。それよりもほら、あちらをご覧になって。もう少し経てば、収穫できるわ」
 季節柄暑いとは思えないのだが、額に珠のような汗をかいている志摩子さんが銀杏の木を見上げながら言った。
「銀杏、大好物だもんね。収穫する時は、手伝うから声かけてね」
「ええ」
 祐巳が話に乗ると、志摩子さんはあからさまにほっとした様子を見せた。
「ところで、滝のように汗をかいてるみたいだけど体調悪い?」
「――」
 一瞬、志摩子さんの表情が凍り付いたように見えた。
「い、いえ、汗なんてかいていないわよ」
「いや、かいてるようにしか見えないんだけど」
 志摩子さんの額には、無数の汗が浮かんでいる。
「こ、これは、その……そ、そう、これは汗ではなくて汁よ」
「ブホッ」
 桂さんが、齧っていたカキフライを飛ばした。
「桂さん汚い」
「ごめん。でも、汁って……」
 信じられないものでも見るかのような目で、志摩子さんを見つめる桂さん。
「良いの。志摩子さんが汗の代わりに汁かこうが、私は志摩子さんの事好きだから。ところで、さっき桂さんが飛ばしたカキフライが、私のお茶の中にダイブしてきたんだけど」
 祐巳の手にあるお茶の入った水筒の蓋の中に、先ほどまで桂さんが齧っていたカキフライが沈んでいる。
「桂さんと間接キスするのは嫌じゃないけど、これを食べるのはさすがに抵抗があるかも?」
「いや、普通に捨てなさいよ。っていうか、お願いだから捨てて。それを食べられたら、祐巳さんと今後どう付き合っていくべきか、本気で考えなきゃならなくなるから」
「よし。それなら、食べずに飲む事にする」
 そう言って、それを飲もうとした祐巳の手を、桂さんの手がガッシリと掴んだ。
「だから、やめてってば。ほら、志摩子さんからも何か言ってあげて」
 桂さんの頼みに志摩子さんは頷き、真剣な顔して言った。
「ちゃんと噛んでから飲み込まないと胃に悪いわよ」
「……」
 一瞬言葉を失ってしまった桂さんだったが、「コホン」と咳払いをすると、次の瞬間、
「それはツッコミなのっ!? それともボケなのっ!?」
 志摩子さんに向かって盛大にツッコんだ。



「あはははは――……はれ?」
 自分の笑い声で目を覚ました非常に寝起きの良い祐巳は、なぜか同じベッドで眠っている栞ねーさまの寝顔を目にした。
(あ、そっか。栞ねーさま、昨日はウチに泊まったんだっけ)
 昨夜は床に布団を敷いて、そこに寝てもらっていたはずなのだけれど、勝手に入り込んできたらしい。
(うんうん。何だかんだ言っても、やっぱり美少女だ)
 栞ねーさまが泊まると、次の日の朝は大抵こうなっているので、今更注意しようなんて思わない。この事については、十年ほど前に諦めている。
(それにしても、無防備な寝顔だね)
 悪戯心から頬をツンツン突付いてみると、
「うぅっ、ネギっ……ネギは嫌いっ……祐巳ちゃんやめてよぅ」
 大嫌いなネギ(でも、なぜか玉ねぎは大好物)で突付かれる悪夢でも見ているのか、眉間に皺を寄せながら栞ねーさまが寝返りを打った。
(んじゃまあ約束通り、作ってやりますか)
 祐巳は、小さく寝息を立てている栞ねーさまを起こさないように身体を起こした。
 昼休みになってお弁当の蓋を開いた時の栞ねーさまの顔を想像すると、それだけで自然と(素敵に邪悪な)笑みが零れてしまう。
 グッスリ眠っている栞ねーさまを見下ろし、小さく「ウフフフッ」と嗤うと、祐巳は物音を立てないように部屋を出た。
 今日の昼休みは、志摩子さんお気に入りの場所にでも避難しておこう、と考えながら。



 とある月曜日から三日後。
 今日も元気に登校した祐巳は、昨日の事を報告しようと室内を見渡して、目的の人物を見付けると彼女の元へと駆け寄った。
「ごっきげんいっかがっ? つったっこさーんっ♪」
 椅子に座っていた蔦子さんは、祐巳が背後から抱き付くと身体をビクッと震わせた。
「うわっ、ちょっと祐巳さん! 手っ! 手が胸に当たってるわよ!」
「ん? あ、ホントだ」
 言われて気が付く。確かに、祐巳の手が蔦子さんの胸に触れていた。
「でも、ま、気にすんな。私も気にしないから」
「何言ってるのよ気にしてよ触らないでよ手を動かさないでーッ!」
 必死に逃れようとする蔦子さんだが、祐巳は後ろから引っ付いたまま離れない。それどころか、身体をより密着させて、
「にゃははははははっ、良いではないか良いではないか」
 彼女の胸を揉みしだく。
 相手が写真部のエースでも、たとえ祥子さまだろうと関係ない。チャンスがあれば、容赦なく揉む。祐巳はそういう事ができる、強(エロ)い人間だった。
「ひぃぃぃ――――ッ!!」
 蔦子さんの悲鳴が教室内に響く。しかし、その様子を目にしているはずのクラスメイトたちは全く動じない。慣れとは恐ろしいもので、「まあ、ご覧になって」「また祐巳さんの病気が始まったわ」「あら、本当」と、温かな眼差しで見守っているだけだった。



「ごちそうさまでした」
 一分ほどに渡って蔦子さんの胸の感触と反応を一通り愉しんだ祐巳は、ようやく彼女を解放した。
 ちなみに、今回の蔦子さんで、祐巳はクラスメイト全員の胸を制覇した事になる。けれど、それ(祐巳の持病とも言える乳揉み)で喧嘩になった事や本気で嫌がられた事は一度としてない。祐巳の人柄がそうさせるのか、祐巳は一年桃組ではマスコット的な扱いになっており、何かしらの問題を起こしても皆笑って許してくれるのだ。
「……はぁ……はぁ……」
 息も絶え絶えな蔦子さんは、祐巳から解放されると同時に、今となっては後の祭りだが両手で胸をガードした。上気した頬が非常に色っぽい。祐巳が男なら間違いなく襲っていたであろう。もう襲ったけど。女だけど。
「それにしても、さすがは写真部のエース。大きさは普通だけど、柔らかさが半端じゃ――モガモガ……」
 感激に身を震わせていた祐巳は、顔を真っ赤にしている蔦子さんの手によって口を塞がれた。
「お願いだから、余計な事は言わないで」
「ふもっふ……? (どうして……?)」
「恥ずかしいからに決まっているでしょ」
 いったい何が恥ずかしいんだろう? と祐巳は思った。むしろ、大々的に誇るべきだ。あんな柔乳(やわちち)、滅多にお目にかかる事のできない代物だというのに。
「私の胸の事より、昨日はあれからどうなったのよ?」
 祐巳の口を塞いだまま、蔦子さんが尋ねてきた。タイミング的にはちょうど良いのだけれど、
「ふもふもっふ(手を離して)」
 じゃないと、答えたくても答えられない。
「仕方ないわね」
「ふもっ? ふも、ふもっふもふもっふ? (あれっ? でも、離さなくても通じてるような?)」
「いや、もう手は離してるから普通に喋って良いわよ。というか、普通に喋れるはずなんだけど」
「ふも……あ、そっか。えっとね、昨日は――」
 いつの間にか解放されていた祐巳は、先ほどまで蔦子さんはどうやって私と会話していたんだろう? という疑問を頭の片隅に追いやり、彼女の質問に答えるべく昨日の鬼みたいな祥子さまの姿を思い出して、
「すんごい叱られた」
 めっちゃヘコんだ。そりゃもう、果てしなくズーンと。目に見えて分かるくらいにテンションが下がった。
「え?」
 そんな祐巳の様子と言葉に、ギョッとする蔦子さん。祐巳に交渉を任せておけば、百パーセント上手くいくと本気で思っていたらしい。
「叱られたって、どうして?」
「あ、いや、蔦子さんが気にする事はないよ。調子に乗ってた私が、ついついからかい過ぎちゃっただけだから。写真の事なら快くOKしてもらえたんで、心配しなくて良いよ」
「……よく分からないんだけれど、心配しなくて良いし、許可ももらえのね?」
「うん。だから――」
 手を差し出して、「私と祥子さまの写真おくれっ! 早くおくれっ」と催促。
 苦笑いを浮かべた蔦子さんは、
「そんなに急かさなくても、ちゃんと渡すわよ」
 そう言いながらゆっくりと、写真をしまっているのだろう鞄を手に取った。
「百数えるうちに渡せなかった場合、私は蔦子さんの写ったあの(人格崩壊)写真について、あちこちで言いふらしちゃったりします。一、ニ三が六、七、八、九十。九十一、九十ニ――」
「ちょっ、ちょっと待って、すぐに出すから。あと、四と五を飛ばした上に、十から九十一まで一気に飛んだわよ」
 慌てていても冷静な思考を保てるらしい蔦子さんに、祐巳は苦虫を噛み潰したような顔で「面白くないっ」と舌打ちした。



 お昼休み。
 祐巳は予定通り、志摩子さんと桂さんを引き連れて昨日の場所に来ていた。
 けれど、
「アハハハハ」
 虚空を見上げて笑う祐巳の目は死んでいた。
「あ、妖精さんだー。わ〜い、待て待てー」
 遂には目に見えない何かを追いかけ始めた祐巳に、居た堪れなくなった桂さんが声をかける。
「祐巳さん、しっかりして」
 その声に反応して、妖精さんを追いかけていた祐巳の動きがピタリと止まった。
「ああ゛!?」
 ゆっくりと振り返った祐巳のドスを利かせた声に、桂さんが怯む。
「今、『しっかりしろ』って言った? こーんな悪夢みたいな現実突き付けられて、いったいどうしっかりしろって言うのよ?」
 皆で仲良くここまで来て、いざご飯を食べようとお弁当箱包みを開いたら、栞ねーさまのお弁当箱が出てきました。嘘だろ? と震える手で蓋を開くと、真っ白なご飯の上にポツーンと梅干が一つだけ乗っていました。これは何かの間違いだ! と思いたかったのに、どこからどう見ても、間違いなく栞ねーさまに作ってあげた日の丸弁当です。せめてもの情け、と申し訳程度に振りかけておいた黒ゴマが、余計に寂しく感じられました。死にたいです。
「それとも何? 罠に嵌めたと思ってたら、逆に嵌められてたこの絶望感が、あなたに分かるってーの!?」
「分からないし、分かりたくもない」
「何ですと――――っ!?」
 頭の中で何かがプチンと切れちゃった祐巳は、獣のように桂さんに飛びかかった。素早く背後に回り込み、桂さんの脇下を通した両手で彼女の両胸を鷲掴みにする。
「何でっ!? 何でいつも胸に八つ当たりするのよっ!?」
「うるさいうるさいうるさい!」
 おそらく、であるが。今朝、家を出る前に、栞ねーさまによってお弁当包みを取り替えられていたのだろう。栞ねーさまは、妙な所で勘が働くのだ。
「うぅ……私の味方は桂さんの胸だけだ。これから先もずっと傍にいてね、とユミはユミは可愛く首を傾げながらお願いしてみたり」
「必要なのは私じゃなくて、私の胸なのね。それから、嫌だって言っても付き纏うつもりなんでしょ? この際それでも文句は言わないから、さっさと手を離して」
「ありがとう桂さん。聞きわけが良くて諦めも良いあなたが大好き。でも、せっかくだからもう少し、あなたのこの小さな小さな胸の温もりを感じていたいんだ」
「小さ……じ、自分だって、私と大して変わらないくせに!」
「ふふんっ、何言ってるの?」
 不満そうに唇を尖らせながらの桂さんの指摘に、祐巳は不敵な笑みを浮かべながら彼女を解放して胸を張った。
「私には未来がある! もっとも、大きくなるかどうかは話が別だけどなっ! そして、同い年だけどなっ!」
「そこまで分かっていてどうして胸を張れるのか、私には祐巳さんの感覚が分からない」
「実は私にも分かんない」
「……十数年付き合ってきたけど、やっぱり祐巳さんってよく分からないわ」
 桂さんが深い深〜い溜息を吐いた所で、祐巳はグルリと身体と視線を移動させて「ところで志摩子さん」と、この場にいる三人目の人物へと声をかけた。
「さっきから影薄いよ」
「え?」
 にこにこ微笑みながら「素晴らしい友情だわ」と祐巳たちを見守っていた志摩子さんが、目をパチクリさせる。
「物静かなのは美徳ではあると思うけど、それだけじゃ駄目。しっかり自己主張しなきゃ。言っちゃ悪いけど、志摩子さんってクラスでも浮いてるよね」
「……」
 寂しそうに微笑んで、志摩子さんが目線を落とした。
「そこで、志摩子さんがクラスに溶け込むために、とってもフレンドリーな渾名を用意してみました。これで志摩子さんも、私のような人気者になる事間違いなし。その名も、巨ッパイ」
「きょ、巨ッパイ!?」
 志摩子さんが目を白黒させた。
「そう、巨ッパイ。それか、けしからん乳(ちち)。名は体を表すと言うし、この二つ以上に志摩子さんに相応しい渾名はないと思う」
「……ごめんなさい。今回に限っては、ありがとう、という言葉がどうしても言えそうにないわ」
 志摩子さんの表情が、かつてないほどに曇ってしまう。
「桂さん桂さん、どうしよう? 志摩子さんってば、私が一生懸命考えた渾名を、お気に召してくれないみたいなの」
「あんな渾名を付けられて喜ぶと思っている祐巳さんは、一度自分についてよく考えてみた方が良いと思う」
「あ、それ思い当たるものがある。静ねーさまたちに言われた事があるんだけど、どうも私って、ネーミングのセンスが他人とはズレてるみたいなんだ」
「祐巳さんの場合、ネーミングセンス云々じゃなくて、そこに悪意があるとしか思えないのが問題なのよ」
「そーなのかー」
 けれど、祐巳は決して、わざと変な名前を選んでいるわけではない。ただ、コレだ! と選んだのが、他人からするとおかしいだけで……って事はやっぱり、ネーミングセンスの問題のような気がする。
「ま、考えても直せるようなものじゃないし、どうでもいいや。それよりもお腹空いてきたし、そろそろご飯食べよっか」
「そうね」
 桂さんと一緒に、志摩子さんの隣に座る。
「祐巳さん、お裾分け」
 志摩子さんが、開けっ放しだった祐巳の(正しくは栞ねーさまの)お弁当箱の蓋の上に、自分のお弁当箱から取り出した幾つかのおかずを載せた。
「ほら、私からも」
 今度は桂さんが、開けっ放しだった祐巳のお弁当箱の蓋の上に、自分のお弁当箱から取り出した幾つかのおかずを載せる。
「お? おお? これって、もしかして両手に花? ……はっ! そうか、遂にハーレムルートに突入したのねっ!? よしっ! よしっ! よくやった私ぃぃっ!!」
 祐巳が天に向かって両手を突き上げながら雄叫びを上げていると、
「いったい何を騒いでいるの」
 という聞き慣れた声が聞こえてきた。
「え?」
「あ!」
 桂さんと志摩子さんが、声の聞こえてきた方を見て同時に驚く。そんなに驚くような事かな? と放課後の音楽室で、いつもその人物と会っている祐巳は二人と同じようにそちらを見て――やっぱり同じように驚いた。
「嘘ぉ。どうして静ねーさまと祥子さまが一緒にいるの?」
 そこには、紅薔薇のつぼみとリリアンの歌姫のツーショットという、とても珍しい組み合わせがあった。というか、今までに見た事がない。
「知り合いだったの?」
「顔と名前くらいなら知っていたわよ。話をしたのは、今日が始めてだけれど」
 祐巳の質問に、静ねーさまが答える。
 何でも祥子さまは、祐巳に演劇の台本を渡すために、一年桃組の教室を訪ねたそうだ。ところが、肝心の祐巳の姿が見当たらない。それも当然だ。祐巳は、桂さんたちとここにいたのだから。
 一方の静ねーさまは、一緒に昼食を食べようと祐巳の教室を訪ねたらしい。そこで祥子さまを見かけた静ねーさまは、きっと祐巳に用事があるのだろう、と声をかけてここまで一緒に来た、との事。この場所については、栞ねーさまと一緒に何度か招待された事があるので、すぐに思い付いたんだそうだ。
「ここに来るまでに聞いたのだけれど、静さんと、それから久保栞さんとも幼馴染なんですってね」
 祥子さまに話しかけられて、祐巳は頷いた。
「料理以外は頼りになる幼馴染(姉代わり)たちです」
「一言多いわよ」
 唇を尖らせる静ねーさま。
「でも、本当の事だし」
 料理を作ると凶悪な怪物(クリーチャー)を生み出す栞ねーさまとは違い、静ねーさまの料理は爆発に特化している。
 爆発する卵を筆頭に、爆発するレンジ、爆発するお皿、爆発する祐麒(嘘)など、料理と爆発は同義語だとでも思っているのか、何でもかんでも爆発してくれる。そのせいで、壊れた物品や地に落ちた姉の威厳とかの後始末や修復がとっても大変だ。
「ところで祥子さま。演劇の台本って、それの事ですか?」
 祥子さまが手にしている冊子へと目を向けながら、祐巳は尋ねた。
「ええ、そうよ。忘れないうちに渡しておくわね」
 祥子さまは頷き、祐巳に冊子を手渡した。祐巳は手渡された冊子の表紙にある飾り文字を、声に出して読んでみた。
「リリアン女学園山百合版水滸伝……」
 なるほど、これなら人手不足なのも頷ける。主人公とその仲間だけで百八人必要だ。
「あなたは目が悪いのかしら? それとも、頭が悪いのかしら? きっと後者なんでしょうね」
「酷ぇ!」
 祥子さまのお言葉に、割と本気で傷付いてみたりなんかしてみる。ちなみに、表紙の飾り文字は『リリアン女学園山百合版シンデレラ』と書かれていた。
「台詞の所には、蛍光ペンで印を付けておいたから。ピンクがシンデレラで、ブルーが姉Bよ」
「つまり、そこを覚えれば良いんですね」
 パラパラっとページをめくってみれば、殆どがピンクだ。さすがは主役。対してブルーは、殆どない。
「……すみません。私、姉Bが良いです。っていうか、姉Bでさえ覚え切れるか怪しいです」
 コイツぁ予想外だ。ホント参ったぜ、と祐巳は肩を竦めた。
「それは大変ね。例の賭けは私が勝つから、あなたはシンデレラの台詞を覚えなくてはならないのに」
「くっ。あんな賭け、持ちかけるんじゃなかった」
「今更後悔しても遅いわよ。ところで、どうしてこんな所で食べているの?」
 祥子さまの疑問に祐巳は、
「それはでふね、ふぁちこふぁま」
 口の中にご飯を放り込んでから答えようとした。
「あなたはどうして、喋ろうとする直前に食べ物を口に入れたのかしら?」
「んふふふふっ、んあーごくん……それは勿論、私の行動によって苛立つ祥子さまのお顔が見たいからに決まって――あ痛っ! むぅ、何だか私の扱いがぞんざいになっていませんか?」
 叩かれた頭を押さえながら抗議すると、祥子さまは「知らないわ」と祐巳から視線を逸らした。
「できれば、叩くのとかはやめてください。特殊な要望にもできるだけ答えられるように多少のマゾっ気は備えてはいますが、肉体的苦痛を与えられて喜べるほど上級者じゃないもので。でも、言葉攻めは大好きです。ドンと来い! ってな感じです。どうかこの卑しい雌豚を言葉で嬲ってくださいご主人さま。それから先ほどの質問ですが、実は深〜い事情がありまして」
 小さく溜息を吐いた祐巳は、
「新聞部の取材がどれほど強引で鬱陶しいものなのか、祐巳は祥子さまにかくかくしかじかと説明した」
 と祥子さまに説明した。
「不思議な説明の仕方をしないでちょうだい。でも、新聞部が原因という事は分かったわ」
「山百合会の御威光で、何とかなりませんかね?」
 できれば、「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい」とか、「見せてあげよう、ラピュタの雷を」みたいな感じが望ましい。
「そうね、考えておくわ。確かに、我が校の新聞部は取材方法が強引だものね。逃げたくなる気持ちは分かるわ。でも、雨が降ったら、その時はどうするつもりなの? 傘を差しながら食べる事なんてできないでしょう?」
 祥子さまが、雨なんて降りそうもない、晴れ渡った空を見上げながら言った。
「その時は、桂さんが私の傘も差してくれるので大丈夫。桂さんはどうか知りませんが、少なくとも私は食べる事ができます」
 サラリと答えた祐巳に、桂さんが言った。
「私は教室で食べるわよ。いつもいつも祐巳さんに付き合わないといけない、ってわけでもないし」
「何いっ!?」
 突き放す桂さんの言葉に、祐巳は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 わざわざ立ち上がって、わざとらしくヨロヨロとよろめいた祐巳は、
「裏切ったら泣くよ? もの凄く泣いちゃうよ? 桂さんは、それでも良いの?」
 桂さんに対して、お目々ウルウル攻撃を開始。実は、栞ねーさまほどではないが、祐巳の攻撃も桂さんには意外と効き目があるのだ。
「泣けば?」
「……」
 今回は効かなかったみたいだけれど。
「静ねーさま」
 祐巳はションボリしながら静ねーさまの所に行き、彼女の柔らかな二つの膨らみに顔を埋めて、
「桂さんが苛めるよぅ」
 スリスリと顔全体を擦り付けながら言った。
「はいはい、良い子良い子。ほら、こんな事で一々泣いてちゃダメよ。祐巳ちゃんは、強い子なんでしょう?」
 頭を撫で撫でされる。とても気持ち良かった。今なら、どんな事でも許せるような気がした。祐巳は、桂さんを指差して言った。
「親友Aから貧乳Aにランクダウ――――ン!」
「貧乳Aっ!?」
 許せるような気はしたけれど、それで本当に許せるほど祐巳は出来た人間ではなかった。
「遂に、友達という枠組みから外れてしまったのね……。っていうか、貧乳Aはいくら何でも酷過ぎる……」
 泣き崩れる桂さん。
 その姿を満足げに眺めていた祐巳は、背後から妙な視線を感じた。何だろう? と思いながら後ろに振り返ると、怪訝な表情の祥子さまと目が合う。
「面白い顔されてますけど、どうされました?」
「面白い――何ですって?」
「すみません。怖い顔の間違いでした」
 ギロリと睨んでくる祥子さまに、「うぉ怖っ!」と本気で怯える祐巳。
「ああああああのあのっ、いったい、どうなさったんでしょーか?」
 それでも勇気を振り絞って尋ねた祐巳に、祥子さまは静ねーさまをチラリと見て、何かを迷っているような顔をした。
「何か気になる事でもありました?」
 もう一度祐巳が問いかけてみると、祥子さまは渋い顔をしながらも言った。
「静さんと仲良いのね」
「そりゃまあ、幼馴染ですから」
「幼馴染……ね。私には、それ以上の関係に見えるのだけれど」
 ははあ、なるほど、と祐巳はようやく合点がいった。祥子さまは、祐巳と静ねーさまの関係を疑っているのだ。
「物心付いた時には隣にいましたし、姉妹みたいなものですからね。私を取り合って、『ドキッ! 祥子さまVS静ねーさま 二大怪獣頂上決戦〜ポロリもあるよ〜』なんてのを密かに期待していたりします」
「誰が怪獣ですって?」
 祥子さまが睨んでくる。
「やだなぁ。ちゃんと言ったじゃないですか。祥子さまと――」
 そこまで言った時、祐巳は気付いた。先ほどから黙って話を聞いている志摩子さんが、祐巳の背後を見て怯えている事に。それだけで祐巳は、背後で何が起こっているのかを何となく察してしまった。それはきっと、とても恐ろしい事。けれど祐巳は笑いの申し子、福沢祐巳なのだ。ここで言葉を止めてしまうわけにはいかなかった。
「――静ねーぐぇぇっ!?」
 トレードマークのツーテールを引っ張られて、ついでに頭も引っ張られる事になった祐巳は、乙女にあるまじき悲鳴を上げた。
「こっ、事ある毎に気安く人の髪を引っ張りやがって! 髪が痛いんだってば!」
「あら、祐巳ちゃんの髪には神経が通っているのね」
 静ねーさまの楽しそうな声が聞こえてくる。
「通ってない! 通ってないけど痛いの! っていうか、抜けちゃったり伸びちゃったりするのは本当にヤだから、髪引っ張るのはやめてよ」
「確かにそうね。悪かったわ」
 信じられない事にあっさりと。んなアホな! あの静ねーさまが!? これ偽者ちゃうん!? となぜか大阪弁で思うほど本当にあっさりと、静ね―さまの手が祐巳の髪から離れた。
「って、何で肩に手を置くのぉぉおお痛ででででででででででででででっ! しゃっ、洒落になってないっ! これ洒落になってないってば! たっ、助けてっ! 祥子さま助けてぇっ!」
 どんなに暴れようと、決して離れない指先。祐巳の両肩に喰い込んでくる、静ね―さまの理不尽なまでに強靭な指先。その指先がもたらす激しい痛みに、祐巳は堪らず悲鳴を上げた。
 祥子さまは祐巳の助けを求める声を耳にすると、桂さんと志摩子さんの二人へと視線を向けた。桂さんと志摩子さんも、祥子さまへと視線を向けて頷き合う。
 祥子さまは、ゆっくりと祐巳たちへと視線を向け直すと厳かに言った。
「美しい姉妹愛を見せてくれた、静さんと祐巳に盛大な拍手を!」
 パチパチ。
 パチパチ。
 志摩子さんと桂さんの、二人による乾いた拍手の音が鳴り響く。
「ちょっ、何それお前ら!? 私は『助けろ』って言ったのよ!? 誰が『拍手しろ』なんて言った!? 揃いも揃って頭おかしいんじゃない!?」
 祥子さまたちに向かって喚き立てる祐巳の耳に、
「随分と酷い言葉遣いね」
 という静ね―さまの冷やかな声が届いてきた。
「ひっ!? きっ、気のせいじゃない? 私、酷い言葉遣いなんてしてないよ?」
 ギクリとしながら答えると、静ねーさまは溜息を一つ零した。
「この期に及んで嘘まで吐くとは思わなかったわ。少しキツ目のお仕置きが必要みたいね」
「え゛!? や、ちょ、待っ」
「待たない」
 静ね―さまがにこやかな笑顔で宣言したと同時に、祐巳の華奢な肩からビギッて鈍い音がした。
「ぎぃやぁぁ――」
 乙女の園の青空に、乙女らしからぬ悲鳴が響き渡った。



 出窓に座っていた白薔薇さまは、祐巳に気が付いて顔を上げた。
「ちっ、もう少しだったのに」
「……」
 白薔薇さまはジト目で、舌打ちする祐巳を見ている。こっそり忍び寄っていたのだけれど、この薔薇の館は古い木造の建物であるため足元の床が軋んでしまったのだ。そのせいで、白薔薇さまのお胸のサイズを測り損ねた。
「サイズくらい教えてあげても良いけど?」
「いえいえそんな、とんでもない。私はこの手で測定したいのです。確かめたいのです。揉みしだきたいのです。うふふのふー」
 手をワキワキさせながら答える祐巳に、白薔薇さまは苦笑い。
「祐巳ちゃんって、本当に変わってるね」
「変わった子は嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど、苦手かな」
「えー、そんなぁ」
 白薔薇さまは床に下りると、唇を尖らせて精一杯不満をアピールする祐巳の頭を良い子良い子した。
「でも、祐巳ちゃんは特別。志摩子も、あなたの事を大切に思っているみたいだし」
「そうでしょそうでしょ。なにしろ志摩子さんは、私の嫁ですからねー」
 祐巳は頭を撫でられる気持ち良さに目を細めながら、周囲を見回した。
「ちょっと早過ぎたみたいですね」
 薔薇の館の二階には、他に人影がなかった。
「気にしない気にしない。何か好きなものをセルフで飲んで」
 出窓には白薔薇さまの飲みかけと思しき、湯気の立ち昇るティーカップが置いてあった。色と香りからして、中身はコーヒーのようだ。
「そういや、ここには電気ポットがあるんですよね」
 思い出したように(実際に思い出したのだが)言いながら、祐巳はごく自然にそのティーカップを手に取った。
「あるけど、それがどうかしたの?」
 そのまま「いただきます」と口に運んで行こうとした所で、「こらこら、それは私のよ」と白薔薇さまに奪われる。あと少しで白薔薇さまとの夢の間接チューだったのに、非常に残念。
「お昼をここで摂れば、お腹がぶっ壊れるまでお茶を飲み放題なんだなー、って」
 勿論、そこまで飲んだりはしないけれど。
「祐巳ちゃんって、物怖じしないね」
 白薔薇さまが呆れたように言って、祐巳はキョトンとした。
「何に対しての物怖じですか?」
「山百合会だとか薔薇の館だとか薔薇さまだとか、近寄り難くない?」
「薔薇の館って言っても、私にとっては古いだけの建物。山百合会と言っても、私もここの生徒だからその一員だし、ここを使っている方々も私と同じリリアンの生徒です。あなた方が宇宙人、未来人、異世界人、超能力者であれば、さすがに普通のお付き合いをするわけにはいかないだろうな、と思いますが、そうじゃないのにどうして物怖じする必要があるんです?」
「それ、蓉子に言ってやってよ。きっと泣いて喜ぶだろうから」
 白薔薇さまによると、紅薔薇さまは開かれた山百合会を目指しているそうだ。先ほどの言葉を伝えたら、確かに泣いて喜びそうではある。祐巳としては、泣いて喜ばせるよりも、啼かせて悦ばせてあげたいのだけれど。こっち方面は初心だと思われるので、きっと良い声で啼いてくれる事だろう。くっくっくっ。
「何か黒いものが身体中から溢れ出ているわよ?」
「出てません。何ですか、黒いものって? 私の心は真っ白ですよ?」
「真っ白ねぇ。本当にそうなら良いんだけど。ところで、今日は掃除はどうしたの?」
「隅から隅まで塵一つ残さず箒で掃き、机なんかもキュッと絞った雑巾でピカピカに磨いて、窓ガラスもまるでそこに存在してないんじゃないかってくらい徹底的に綺麗にしてやりました! と先生に報告できたら良いなぁ、なんて考えつつ音楽室に行ったら、合唱部の人たちに『今日は私たちがやっておくから掃除はしなくて良い』と言われてしまったんです」
 学園祭が近いから、今の時期はどこも大忙しなのだ。
「長い説明ね」
「短くすると、今日は掃除なしでした、になります」
「無駄な部分を省くと、実に短くなるね」
 白薔薇さまの苦笑い。美人は得だ。どんな表情しても美人だから。
「あ、そうだ。質問しても良いですか?」
「なーに? 難しい質問なら嫌よ」
 前の時間が数学だったそうだ。学年十位以内の成績をキープしているお人でも、数式と睡魔との戦いは厳しいものらしい。
 ちなみに祐巳は英語だった。とってもとっても苦手な科目だ。中等部の頃の話だが、道に迷っている外国人に話しかけられてパニックに陥り、「mokarimakka」とヘボン式なローマ字の大阪弁を答えた事がある。「bochibochidenna」と返された時は、大阪弁っていつから国際的な言語になったの!? と戦慄すると同時に感動したのも今となっては良い思い出だ。
「どうして志摩子さんを妹(スール)に選んだんです? やっぱり美人だし、胸が大きいからですか?」
「難しくはないけど、珍しい質問するね。志摩子を選んだ理由なんて、普通は聞かないよ」
「私、普通じゃありませんから。んで、どーなんです?」
「んー、そうね。どうして志摩子を選んだのかは秘密。でも、美人とか胸が大きいとかで選んではいないわね」
「そうですか。私としては、美人で胸が大きいに越した事はないと思うんですが」
「……」
「でも、胸は小さくても、それはそれでOK。別の愉しみ方がありますし」
「……」
「そんな、お前バカじゃねーの? みたいな顔して私を見ないでください。張り倒すぞコノヤロウ」
「変わった上に、実に面白い子だね祐巳ちゃん。上級生に向かって『張り倒すぞコノヤロウ』はどうかと思うけど」
 白薔薇さまに、頭をコツンと小突かれる。
「でも、祐巳ちゃんと話していると、志摩子が一緒にいようとする理由がよく分かるよ。楽しいもの」
「あら、この程度で理解できるほど、私は簡単な人間ではありませんわよ?」
 口元を隠すように手を当てた祐巳は、あの全校生徒憧れの的である白薔薇さまが思わず見惚れてしまうほど上品に微笑んだ。
「誰だって、自分の中にたくさんの自分を持っていますわ。あなたが目にしていたのも、福沢祐巳という人間の一面に過ぎませんのよ。それとも、あなたが見ていた私が私の全てだなんて、そんな事本気で思っていらっしゃいますの?」
 すっと伸ばした手で、金縛りにあったように動けなくなっている白薔薇さまの頬に触れる。
「残酷な私。優しい私。嫌われる私。好かれる私。暗い私。明るい私。醜い私。私には、様々な私が存在していますの。ちなみに、今あなたが目にしているのは、美しい私ですわ。ですが、いくら美しいからと言って――」
 白薔薇さまの頬の輪郭を指先でツッとなぞった祐巳は、表情を悪戯っぽい笑みに切り替えながら片目を瞑った。
「私に惚れるなよ?」
「……ばーか」
 薄っすらと頬を赤く染めている白薔薇さまが目を背けながら発した言葉には、全く力が篭っていなかった。
「ふふン、効果覿面ですね。これぞ、相手がどんな人間だろうと百パーセント驚かせる事ができるという、不思議系お嬢さまモードです。演じていて鳥肌が立ってしまうという諸刃の剣ではありますが、ドびっくりしたでしょう? 普段がこんなですから、ちょこっと口調と振舞い方を変えただけで、思わず言葉を失ってしまうほど違って見えるんです。要するに、錯覚するわけですね。と説明しながら、普段の私って他人の目にどう映ってるんだろう? なんてほんの少し不安に思ったりもするわけですが、この際臭いものには蓋をしろ的にそれからは目を逸らしておく事にします」
「懸命な判断ね」
「そういうの、他人に言われるとなぜか余計に腹立ちますよね。ストレス溜め込むのは健康に良くないので、早速とばかりに報復開始DEATH!」
 言い終わるや否や、祐巳は白薔薇さまに飛びかかった。狙うは、未だ祐巳が触れた事のない、白薔薇さまのお胸。
 けれど、
「おっと!」
 触れるか触れないかのギリギリの所で阻止されてしまう。
「甘いね。そんなんじゃ私には届かないよ?」
 ペロリと唇の端を舐めながら、白薔薇さまが挑発する。
「ぬぐぐっ、そんなに私に胸を揉まれるのが嫌なんですか!?」
 お互いの手を封じつつ、額を突き合わせながら歯を剥き出しにして、
「私は攻める方が好きなのよ!」
「やっぱり私と同じ性癖の持ち主でしたか! どうりで同類の匂いがすると思った! 本来なら同士と呼びたい所ですが、今回は涙を飲んで諦めます! なぜなら、私だって攻める方が好きだから!」
 威嚇し合う。この欲望に塗れた姿のいったいどこが乙女なのだろう? と何も知らない人が見れば思うかもしれないが、こんなものは女の園ではごくありふれた光景なのだ。多分、きっと。少なくとも、そこに祐巳が存在すれば。
「隙ありっ!」
 祐巳は台詞的にも文章的にも分かり易く、一瞬の隙を突いて白薔薇さまの腰にしがみ付いた。
「うふふふふー、どうやら今回は、私の勝ちみたいですね。まるで誰かに説明してるみたいですが、このまま押し倒してしまえば私の好きなように料理できます。覚悟してくださいね。私の超絶テクニックでメロメロにして差し上げますから」
 足を手で抱え込み、白薔薇さまを押し倒す事に成功する。床に転がった際に少々制服が汚れてしまったが、この程度の汚れなら後でどうとでもなる。そもそも、これからもっと汚れる事になるのだ。
「こっ、こんな事してて良いの? もうすぐ祥子が来るわよ!?」
「その前に終わらせますのでっ!」
 目を爛々と輝かせながら、祐巳は圧しかかるようにして白薔薇さまの自由を奪っていく。
「神聖なる薔薇の館で生徒会長の白薔薇さまに馬乗りなんて……何て背徳的なのかしらっ!? ああっ、かつてないほどの興奮が、私の身体を駆け巡っておりますっ! じゅるり」
「さっ、祥子が見てるわよ!?」
「うふえへあはは。死亡フラグが立っちまいそうな台詞ですが、そんな嘘には騙されません」
 んじゃいただきます、と心の中で手を合わせた祐巳の背後から聞こえてきたのは、それはそれは底冷えのする恐ろしい声だった。
「随分と楽しそうね、祐巳」
「あはー、私こと福沢祐巳ちゃんは、突然激しい頭痛に襲われたので保健室に向かわなければなりません。というわけで、力の限りごきげんよう!」
 白薔薇さまの上から飛び退いて、素早く身を翻す。そんじょそこらの人間の目では捉え切れないほどのスピードで、この部屋唯一の出入り口であるビスケットに似た扉を目指した祐巳は、
「待ちなさい」
「ぐげぇっ」
 祥子さまにセーラーカラーを掴まれた事により、思い切り首が絞まった。
「あなたという子は本当にもうっ!」
「く、首が……首がゴキッて鳴った……」
 意外と力持ち(だから、意外と、どころではない!)な祥子さまに片手で吊り上げられた祐巳は、床の上に無理やり正座させられる。
「仮にも上級生を相手に馬乗りになって襲うだなんて、いったいどういうつもりなの!」
「おやおやー、それって妬いていらっしゃるんですか? まったくもう、素直に『私も揉んで欲しい』と言えば幾らでも揉んで差し上げますのに、このツ・ン・デ・レ・め♪」
「あ゛? 今、何か言ったかしら?」
 般若。鬼。そう呼ばれる異形の者がそこに存在した。
「ひぃぃ、顔怖い超怖いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――っ!」
「助かった、祥子。でも、『仮にも』は余計だわ。それから、その顔は本当に怖いわよ」
 制服に付いた汚れを手で払いながら、白薔薇さまが言った。
「うぅ、助けてください。さっきまで、あんなに仲良くじゃれ合ってた仲じゃないですか。それとも、あれは演技で、全て嘘だったとでも言うんですか同士白薔薇?」
「悪いけど、こうなった祥子を止めるのは私じゃ無理」
「そうですか。それなら仕方ありません。これも運命だと思って受け入れます。でも、最後に一つ教えてプリーズ」
「何?」
「祥子さまには手を出してませんよね?」
「は?」
「これは私のですから! 手を出したりなんかしたら承知しませんよっ!」
 祐巳は素早く立ち上がると、白薔薇さまを威嚇しながら右手で祥子さまの豊かなお胸を鷲掴みにした。そのままついでに二、三度揉んでみる。
「うん、うん。押せばその分だけ押し返してくるこの弾力。手のひらから溢れんばかりのこの大きさ。想像以上です」
 惜しむらくは、制服越しという点だろう。直だとどれだけ素晴らしいのか、想像も付かない。
「……手のひら?」
 あまりにも突然の事で、自分の身に何が起きたのか分からず目をパチクリさせていた祥子さまだったが、祐巳の言葉を聞いて、ゆっくりと胸元に視線を落とした。
 そうして、ようやく自分の身に何が起こっているのかを理解した祥子さまは、
「きゃああああっ!」
「ぎゃぼー!」
 意外と力持ち(何度も言うが、意外と、なレベルではない!)な細腕で、祐巳を思いっ切り叩き倒したのだった。

 祥子さまのお陰で、少し背が伸びました。三日くらいで元の身長に戻ると思われますが、これはきっと、もう少し背を高くしたいと密かに願っていた私への祥子さまの愛……なわけねーと思います。頭が割れるように痛いよぅ……くすん。


一つ戻る   一つ進む