【3426】 「マリアさまのこころ  (ex 2010-12-31 21:00:00)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」 (10話)
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:これ】第一部完結

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)



※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


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〜 5月10日(火) リリアン女学園 マリア像の前 〜

 早朝のリリアン女学園。 校門で由乃と祐巳の二人は神父様からおメダイを受け取り、薔薇の館に向かう。

 マリア様のお庭に差し掛かったとき、可愛らしい歌声が聞こえてきた。
「め〜で〜た〜し〜せいちょ〜みちみてる〜♪」

「あ〜、幼稚舎の子達だね〜」
「私たちもあんな格好したんだっけ」

 祐巳と由乃は思わず顔を見合わせ微笑み会う。

 幼稚舎の子供たちは天使の扮装をして、手に手に花を持ち、リリアン中にあるマリア像に花を捧げ、美しく飾り立てるのだ。

 先導をしている幼稚舎の先生方に手を振って、子供たちの歌声に聞き入っていると、
「あっ! ゆみさまだ〜」
 と、子供たちの間にざわめきが広がっていく。

 祐巳たち、山百合会の幹部はクリスマス会やひな祭りなどの行事で幼稚舎を訪問することがある。
 声をかけてきたのは昨年の訪問のときに仲良くなった年長組の子供たち。

「みんな〜。 がんばってね〜」 と、幼稚舎の子供に手を振る祐巳。

「祐巳さん、幼稚舎の子達とすぐに仲良くなったもんねぇ」
「・・・それって、精神年齢が近い、って聞こえるのは気のせい?」
「あれ? なんでばれた?」
「もう!」

 祐巳と由乃が幼稚舎の子供たちを見つめながらおしゃべりしていると、年長組の園児が一人輪の中から飛び出してきた。

「ゆみさま〜。 いっしょにかざろう?」

 ぶんぶんと、手に持った花を振り回しながら祐巳に駆け寄って来る園児。
 しかし、足をもつれさせ、前のめりの倒れそうになる。
 園児の顔面に迫る地面・・・。

「あぶない!」 と、由乃が叫ぶ。

 ぶんっ! と風切り音がしたかと思うと、地面に座り込む祐巳と、祐巳の右手に抱きかかえられた園児の姿。

「ふ〜、間に合った。 だいじょうぶ? 怪我はない?」
 祐巳は、一瞬の ”風身” で園児まで飛び、地面と園児のクッションになったのだった。

「あ・・・、ありがとう、ゆみさま・・・。 あっ、ゆみさまのふくが〜」

 祐巳のセーラー服は、地面に擦れ土で汚れてしまっている。

「あはは、ちょっと汚れちゃった。 でも大丈夫よ。 今日はお着替えも持っているからね」

「でも・・・」 と泣きそうになる園児。

「あれ〜? 泣いちゃうのかなぁ? 強い子は泣いたりしないよ?」
「な・・・、ないてなんかいないもん! ゆみさま、ごめんなさい」
「いいのいいの。 じゃ、みんなと一緒にマリア様を飾りましょう?」
「うん!」

「由乃さん、ごめん。 これ一緒に薔薇の館に持って行ってくれるかなぁ?」
 祐巳は、左手に持ったおメダイの入った箱を由乃に差し出す。

「わたし、この子達とマリア様の飾り付けをしてから薔薇の館に行くから。 お姉さまたちに言い訳しておいて」
「わかった。 じゃ祐巳さん、あまり遅くならないでね」

(うふふ、祐巳さんったら・・・。 これも祐巳さんの人気の秘密ね)
 由乃は一瞬の間に園児を救い、穏やかな雰囲気に変えてしまう祐巳の能力に見惚れてしまう。

(これが私の自慢の親友の才能・・・。 まだまだ祐巳さんに追いつかないといけないこと、多いなぁ)

 由乃は一人微笑みながら、祐巳を残して薔薇の館に向かうのだった。



〜 5月10日(火) リリアン女学園 薔薇の館 〜

「祐巳ちゃん・・・。 その格好は?」
 令の目が点になっている。

 今の祐巳は、純白のワンピース。 そして銀白色の髪を真っ赤なリボンでツインテールにしていた。

「えへへ・・・。 予定より随分早いんですが、先に着替えました。
 あの〜、制服は朝、ちょっと事故があって汚れちゃったので・・・。 あ、シスターには事情を話して許していただきました」

 薔薇様3人がお御堂での準備を終えて薔薇の館に戻ってみると、可愛らしく変身した祐巳が迎え入れた。

「あの、祐巳さん、転びそうになった幼稚舎の子を助けるために地面にスライディングしたんです。
 それで制服が汚れたので着替えたんです。 でも、この服、祥子さまのリクエストだったんでしょう?」

 着替えを手伝っていた由乃が今朝の事情を簡単に説明する。

「えぇ、この服、今日の新入生歓迎会で祐巳に着てもらう予定だったのよ。 でも仕方ないわね。 おメダイの授与のときにもこの格好になるわねぇ」
「祐巳さんのツインテールって久しぶりね。 可愛いわ」

 祐巳の細い体にしっくりとフィットした清楚なワンピースと銀白色の髪を彩る真紅のリボン。
「予定とは違うけれど、これが、お御堂のステンドグラスの光を受けたらとても綺麗に映えるわ」
 と、祥子もご満悦のようだ。

「ところで祥子、祐巳ちゃんにこの格好でなにをさせるつもりだったの?」

「うふふ。 それは見てのお楽しみ。 ではみんなよく聞いて。
 お御堂でのおメダイ授与式が終わったら、そのまま新入生を先導して歓迎会式場の体育館に移動します。
 歓迎会ではトップバッターに志摩子のピアノでアベ・マリアの演奏、それから令と由乃ちゃんで剣舞と体術演武、そのあと、祐巳とわたくしでステージに上がります。
 私たちの出番はそれで終わりになるけれど、そのあと、クラブ紹介があるわ。
 その時の司会は令、お願いね」

「あぁ、わかった。 それじゃそろそろお御堂に移動しようか」
「あ、わたしは一回教室に戻ります。 真美さんに志摩子さんのアシスタントをお願いしているので呼びに行かないと」
 と、由乃があわてて薔薇の館を飛び出す。

 おメダイの授与では、薔薇様が新入生におメダイをかけるアシスタントが必要なのだ。
 紅薔薇と黄薔薇にはブゥトンがアシスタントでつくのであるが、白薔薇のブゥトンになった乃梨子はまだ一年生なのでアシスタントにはなれない。
 このため、由乃はクラスメイトである山口真美に志摩子のアシスタントを依頼していた。

 真美も、「おメダイ授与式と新入生歓迎会の様子を取材させてくれればいいわ」 と了承済みである。

「では、行くわよ、祐巳。 お願いだからその服でスライディングはしないでね」
「もう、お姉さま!」
「うふふ、さぁ、急ぎましょう。 そろそろ一年生たちが教室を出る時間だわ」



「マリア様のご加護がありますように」
 
 お御堂では、左からロサ・フェティダ=支倉令、ロサ・キネンシス=小笠原祥子、ロサ・ギガンティア=藤堂志摩子の3人が新入生一人一人におメダイを首にかけていく。

 新入生は憧れの薔薇様方を間近に見ることができる数少ない機会。
 ぽーっと見ほれている生徒も多いが、今回、新入生の注目を浴びたのはロサ・キネンシスの後ろでアシスタントを務めている祐巳。

 黒に緑を一滴たらしたような濃い色のセーラー服の生徒たちの中に、ただ一人ひときわ目立つ純白のワンピース。
 銀白色の髪をまとめる真紅のリボンもよく似合う。
 ステンドグラスから漏れる光を浴び、キラキラときらめくその様子は、まさにお御堂の天使そのものだった。

 今回、一年椿組におメダイを授与するのは、ロサ・ギガンティア=藤堂志摩子である。

(やった! 志摩子さんからだ!) と喜びで顔がニヤけている乃梨子の後ろの方では、
(祐巳さま・・・。 可愛すぎます! そんな姿でこのような場に出られてはますますファンが増えてしまうではありませんか!)
 と、嬉しいやら、心配やらでいてもたってもいられない様子の可南子。
(祥子お姉さまからおメダイを受けることができないのが残念ですわ・・・。 いえ、決して祐巳さまの側に行きたい、というわけでは・・・)
 と、心の中でもツンデレしてしまう瞳子。

 粛々とおメダイ授与式が終わると、いよいよ薔薇様方による新入生歓迎会が催される。
 体育館に移動した新入生の見守る中、最初にステージのピアノに座るのは藤堂志摩子。

 志摩子の白くしなやかな指が荘厳にグノーのアベ・マリアの旋律を奏でる。
 最初は独奏で。 そして次は合唱部の生徒たちが志摩子の伴奏に合わせて美しい歌声を響かせる。
 それは、まるで夢のような空間を支配する不思議な力。
 志摩子の穏やかな覇気が体育館全体を覆い尽くし、清廉な空気が辺りを包みこむ。

(これが、白薔薇の力・・・!!)
 聴衆すべてが志摩子の力に驚き、感激し、涙を流す。
 わずかな悪意すら完全に屈服させるような圧倒的な善意の覇気。

 演奏がいつ終わったかさえわからなくなるほど聞き入っていた生徒たちは、志摩子が立ち上がり一礼した瞬間に全員が夢から醒めたように立ち上がり大きな拍手を贈る。

 その興奮も収まらないステージに次に登場するのは剣道着に身を包んだ支倉令。

 長さ4尺を超える超長刀の木刀を優雅に宙に舞わせると、ステージの端から端まで一気に駆け抜ける剣舞を行う。
 あるときは早く、またあるときは優雅に剣を振るう令の姿は、一幅の絵のように美しい。
 そして、ステージ中央で青眼に構えた令が一瞬静止する。
 その瞬間、舞台の下手から一陣の黒い風。
 ガキッ! と鋭い音が響く。
 タンッ、タタンッ、タタンッ、と小気味よい音を響かせながら令の周囲をまるで飛鳥のように飛び回るのは島津由乃。
 両手に持った特殊警棒で息も切らせぬ攻撃を支倉令に叩きこんでゆく。

 その攻撃はすべて瞬駆で行っているため、一年生の眼には残像しか見えないほどである。
 もちろん、令にはその攻撃すべてが見えているため、ガキッ、ガキッと甲高い音を響かせながら打撃を防ぎきる。
 そして、最後に、「衝撃虎砲!」 「一文字切り!」 と、由乃と令の打撃と剣戟が交差する。
 ドンッ! と体育館に響き渡る衝撃波。 
 会場に集まる生徒たちの髪の毛が逆立つほどの衝撃を残し、令と由乃の演武が終了した。
 ステージ中央で一緒にお辞儀をした令と由乃は、
「では、次のステージは紅薔薇姉妹です」 
 と、一声残し・・・ 「幻朧!」 かき消すようにステージから消える。

 とたんに、ワッ! と騒然となる会場。 さすがに日々戦闘訓練を行っているリリアンの生徒達。
 いまの”幻朧”が、戦闘においていかに恐るべき技であるか瞬時に理解したのだ。

 黄薔薇姉妹がステージから消えると、一旦ステージの照明が落とされ、会場全体が薄暗くなる。

 そして、一筋のスポットライトに映し出されたのは、純白の天使。

「ねぇ、みんな。 このリリアンに来てくれてありがとう。
 持ち上がりの人も、外部からリリアンに来た人も、みんな山百合会の一員です。
 こうして私たちがこの学園で出会えたことはきっとひとつの奇跡。
 人と人が出会う事は素敵な奇跡なんだよ。
 だから、こうして素敵な瞬間を共有できることをわたしは嬉しく思います。
 ・・・では、この出会いを作ってくださったマリア様に感謝して、一曲・・・」

 白いワンピースのすそを軽くつまんでお辞儀をした祐巳は、胸の前で手を合わせ歌いはじめる。

「マリア様のこ〜ころ〜、それ〜は青空〜♪ わたしたちをつ〜つむ、ひろ〜い青空〜♪」
「マリア様のこ〜ころ〜、それ〜は樫の木〜♪ わたしたちをま〜もる、つよ〜い樫の木〜♪」

 なんの技巧もない拙い歌なのかもしれない。 しかし、ア・カペラで歌われる祐巳の歌は聴衆すべての心にしみ込んでゆく。
 そして、祥子の伴奏が祐巳の歌に重なる。
 そのとたん、大きく広がる圧倒的な温かな空間。

「マリア様のこ〜ころ〜、それ〜はうぐいす〜♪ わたしたちとう〜たう、もり〜のうぐいす〜♪」
 すべての人々に平和を。 そう願う世界の希望を託された祐巳の歌に聴衆は引き込まれる。

「マリア様のこ〜ころ〜、それ〜は山百合〜♪ わたしたちもほ〜しい〜、しろ〜い山百合〜♪」
 祐巳が歌いながら大きく手を広げる。 その動きに導かれるように新入生全員が立ち上がり、最後は全員で大合唱になる。

「マリア様のこ〜ころ〜、それ〜はサファイヤ〜♪ わたしたちをか〜ざる〜、ひか〜るサファイヤ〜♪」

 典礼聖歌第407番、リリアンの生徒であれば幼稚舎から何度も歌ってきた唄。 「マリアさまのこころ」
 慈愛を象徴するサファイヤのように、リリアンの生徒一人一人を慈しむ祐巳の歌に全員が心を一つにする。

 歌い終わり、お辞儀をする祐巳の横に、祥子が、令が、志摩子が、由乃が次々に集まり、ステージに立つ。

「新入生の皆さん、ようこそリリアンへ。 山百合会を代表しての歓迎会でした。
 いま、このステージに立つ5人が現山百合会の役員です。 そして昨日、わたしたちは新たな仲間を得ました。
 ・・・二条乃梨子さん、どうぞ、ステージへ!」
 令がマイクを握り、大きな声で会場に呼び掛ける。

ワーッ! とざわめきが体育館中に広がる。 そして、顔を真っ赤にして立ち上がる乃梨子に、温かな拍手が贈られる。

(ううぅぅっ、こんなこと、聞いてないよ!) 
 もともと、目立つような行動を控えてきた乃梨子にとっては思ってもみなかった令の発言。

 しかし、これは控えめな態度をとっている乃梨子を変えてしまおう、という祥子と令の作戦だった。
 薔薇様の妹になったのではないか、というような噂を公開の場で発表することで抑えてしまおう、という狙いもある。

 急き立てられるような拍手に後押しされてステージに進む乃梨子に、こちらも頬をほんのりと染めた志摩子が手を差し伸べる。
 乃梨子は、志摩子に手を引かれ、ステージの中央へ。

(志摩子さん! 聞いてないよ!)
(ごめんなさいね。 わたしも聞いてなかったのよ)
 と、誰にも聞こえないような声でささやき会う二人。

「ではみなさん、初々しい白薔薇姉妹にもう一度盛大な拍手を!!」
  
 手を取り合ってはにかむ二人を優しく大きな拍手が包み込んでいった。



「囲碁部では、毎年プロの先生を招いて講習会をしていま〜す!」
「華道部では、今年度ロサ・キネンシスがアドバイザーとして参加してくださいます。 ロサ・キネンシスの花を生ける姿をご覧になりたいかたはどうぞ華道部へ!」
「弁論部は、毎年都大会で優秀な成績を残しています! あなたもぜひ弁論部へ!」
「あなたもパティシエになってみませんか? お菓子作り同好会は、今年度こそ部への昇格を目指しています〜」

 薔薇様方による歓迎会が終わった後、体育館後方では、各部による招致合戦が行われている。

 それぞれの部に小さなブースがあてがわれており、部員勧誘に余念がない。

 祥子、令、志摩子の3人も、それぞれアドバイザーとして加入することになった各部を巡回し、部員確保の手伝いをしている。

 まだ入部するクラブを決めていない一年生たちは、それぞれの説明に一生懸命聞き入っている。

 その喧騒の最中を祐巳ものんびりと歩いていた。

「リリアン演劇部は、都でも有数の成績をあげていま〜す。 今入部すればあなたも夏季公演に出演できるかも知れませんよ!」
 演劇部のブースでは、2年生、3年生の部員たちが勧誘する姿に混じって声を張り上げる瞳子の姿。

「瞳子ちゃん!がんばってるね!」
「祐巳さま?! 祐巳さまも演劇にご興味がおありですか?」
「え?! あはは。 わたしなんて全然演技なんて出来ないよ〜。 大根の役くらいならできるかも?」
「そんな役はありません!」
「たとえばだよ〜。 でも瞳子ちゃんの声、伸びるね〜。 リリアン演劇部の看板女優も夢じゃないんじゃないの?」
「ま、まぁ、そうなれるように努力はいたしますわ」
「うん! じゃ、がんばってね。 わたしはもうちょっと廻ってくるから。 ではごきげんよう」
「ごきげんよう、祐巳さま」

 ひらひらと瞳子に手を振って去ってゆく祐巳を瞳子は少し寂しげに見送る。

「ちょ、ちょっと、瞳子さん! 今、紅薔薇のつぼみとお話していらっしゃいましたわね?!」
「いったいどういう関係ですの?」
「祐巳さまと親しくお話が出来るなんて、素敵ですわ」
「ひょっとしてスールの申込みをされた、とか・・・?」

 瞳子の周りを騒がしい雀たちが取り囲む。 さきほど志摩子の妹として二条乃梨子が発表された直後。
 一年生たちの間で、祐巳の妹になるのは誰か、と言う関心も一気にわきあがっているのだ。

 だが、「ご想像にお任せしますわ」 と、冷たく言い放つ瞳子。

 瞳子を取り囲む生徒たちの目に嫉妬の色が浮かぶ。
 だが、瞳子の寂しそうな顔を見た同級生たちは、それ以上、瞳子に質問を投げかけることが出来ずに居た。



 松平瞳子はジレンマを抱えていた。
 瞳子は、松平家の一人娘。 松平家は小笠原家に繋がる親族であり、父親も小笠原グループで役員を務めている。

 祖父は日本有数の魔術医師であり、日本中から尊敬を受ける存在。

 そのような家系に生まれたことに、一方ならぬ優越感と自負を抱いて成長してきた。
 それが根底から覆されたのは中等部に進学して間もない頃。

 戸籍を見てしまった瞳子は、自分自身が本当の松平の両親の子ではないことを知る。
 このことは、京極家、西園寺家、綾小路家などのお嬢様たちからネチネチといやみを言われ続けた小等部のころから、なんとなくは感じていた。
 しかし自分自身の目でそれを確認してしまった瞳子は一人悩みを抱えることになる。

 松平の両親は瞳子にそのことを知られぬように努力していた節がある。
 そのことを知った瞳子が心に大きな疵を受けることを何よりも恐れて。

 だから、瞳子は、自分自身が出生の秘密を知ったことを両親に隠してきた。
 そして、今まで以上に両親に相応しい子供になるように努力を重ねてきた。

 それができたのは、瞳子の鋭利な頭脳と、生まれ持っていた演技力によるもの。
 そして忘れてはならないのが、医術魔法の師としても瞳子を導いてくれた松平医師の力。

 松平医師は、瞳子が出生の秘密を知ったことをいち早く悟った。
 そして、瞳子と、「両親にこのことは言わないこと」 と約束をし、瞳子の精神的な隠れ家となってくれたのだった。

 瞳子は、正当な資格も持ち合わせていないのに数奇な運命に導かれて松平の家、ひいては小笠原の末席に座る事になった。
 瞳子が自身の出生の秘密を知った後、どれだけ必死にその席に相応しい人間であろうとして来たか、どれだけ周囲に対してプレッシャーを感じていたか計り知れない。

 そして瞳子は、この一ヶ月間、小笠原祥子の妹になった福沢祐巳を見続けてきた。

 祥子が居なければ何も出来ない人、祥子お姉さまに心配ばかりかける人。
 浅はかな考えで突っ走り紅薔薇のつぼみの資格などない人、とも思っていた。

 だが、祐巳の隠された本当の資質に何度も触れることで、祐巳を見つめる目が変わってきていた。

 嫌な顔一つせずに、薔薇の館のみならず、目に付いた雑用を率先してこなす姿。 リリアンの文化部のために自分の出来ることは何かを考え、その方向に持っていく手腕。
 嫌味を言った自分にも、他の人と分け隔てなく仲良くしようし、その場の雰囲気を温かいものに変えていくその度量。
 そして、噂で聞いた今日の朝の事件。 この後大事な行事が控えているにもかかわらず、制服が汚れることをいとわず園児を救った行動。 何が一番大事なのかを見抜くその才能。

 そんな素晴らしい能力を持っているのに、小笠原の親族各家から、『庶民の娘のくせに』と、厄介者扱いされてきた祐巳。

 小笠原家に繋がる正当な資格の無い自分と、小笠原の親族各家から厄介者扱いされる祐巳。
 瞳子のなかで、祐巳と自分自身の境遇が重なり、惹かれる心を自覚せずにはいられない。

 山百合会に手伝いに行き始めてから、いかに祐巳が誰かれ分かたず、親身に接するのを瞳子は見てきた。
 たしかに、今は山百合会を手伝ってくれる仲間、として自分を大事に思ってくれているのだろう。
 だが、自分だけが特別ではない。 祐巳はリリアン全部の幸せを祈っているのだ。
 そう、”世界の希望を託されたもの” として。

 だからこそ、境遇の似ている自分は、これ以上、祐巳に近づいてはいけないのではないか、とも思ってしまうのだった。



 二条乃梨子はクラブ紹介からしばらくの間は藤堂志摩子のそばで聖書朗読部の新人勧誘を見ていたが、
「乃梨子も他のクラブを見に行ってきてもいいのよ?」 
 と、志摩子に言われ、各クラブのブースを見回っていた。
 
 ただ、乃梨子は別にクラブに入りたいわけでもない。 乃梨子にはこのリリアンで行わなければならない任務もある。

 ぼーっと歩いているわけでもない。
 そんなことをすればお喋り好きなリリアンのお嬢様方に 「ロサ・ギガンティアとはどのようにしてお近づきになったのかしら?」 などと質問されるのがわかっているから。

 だから、誰からも視線を合わされないように注意を払いながら歩いていた。

 と、その時、物陰で佇む長身の生徒を見つける。

「あれ? 可南子さんじゃないの。 もう入るクラブは決めたの?」
 普段の乃梨子であれば声をかけることも無いであろうが、可南子は薔薇の館でアシスタントとして働いてきた仲間。
 声をかけないことも不自然だ、と思ってのことだった。

「あ・・・、乃梨子さん。 ロサ・ギガンティアとスールになられたのですね。 おめでとうございます」
 と、可南子から頭を下げられる。

「あ。 うん、ありがとう。 可南子さん、これからもよろしくね。 それと、可南子さんも祐巳さまとスールになりたいんじゃないの?」

「えぇ・・・。 マリア祭と新入生歓迎会が終わったら行事もしばらくなくなるとのことですので、アシスタントはしばらくお休みです。
 一年生にはパトロール隊への参加も認められてませんから・・・。
 それから、わたしは祐巳さまの妹になりたいわけではありません」

「それじゃ可南子さんしばらく薔薇の館に来なくなるのね? 寂しくなるね。
 でも、可南子さんは祐巳さまの妹になりたいんだとばかり思っていたんだけど?」

「ねぇ乃梨子さん。 わたくしたちは二人とも外部からの入学でこの学校のことを詳しく知ってるわけではないですわよね。
 でも、スール制度のことで、わたくし、わかったことがあります」
 可南子にしては珍しく饒舌だ。 それは乃梨子が同じ外部入学だからかもしれない。

「姉が妹を導く、と。 そのように聞かされてきました。
 でもたった二人のスールですよ? 「どうする事が自分たち二人にとって一番幸福になれるのか?」を ”お姉さま” が考える制度でしょう?
 祐巳さまはリリアンの天使さま。 祐巳さまは、一年生みんなのお姉さまなのです。
 ”姉になる” ということは妹の幸せを守ることが出来る人間に成るための試練の場、と言うことではないのでしょうか?
 そうであるのなら、祐巳さまはすでにその資格がおありです。
 ですからわたくしが祐巳さまの妹になりたい、などとおこがましい望みを抱くはずもありません」

「可南子さん・・・。 でも、祐巳さまだって人間だよ? 支えてくれる妹はいたほうがいいんじゃないの?
 わたしは志摩子さんを支えて行きたい。 だから妹になることにしたんだよ?」

「はい。 乃梨子さんのお志は立派だと思います。 わたしの考えこそ独善的なのかもしれませんね。
 でも、乃梨子さん、わたくしは、祐巳さまの妹ではなくても、全身全霊を持って祐巳さまをお支えします。
 これだけは誰にも譲る気はございません」

「可南子さん・・・」

 乃梨子は思わず可南子の両手を握り締めていた。

 細川可南子もまた薔薇である資質を持つもの。 その意志の強さに惹かれるように乃梨子は可南子に告げる。

「わたしは薔薇の館に残るけど、何か事件が起こったら必ず可南子さんに伝える。 あなたは何があってもわたしの仲間だ」

「ありがとう、乃梨子さん」

 このときばかりは、ひときわ輝く笑顔で乃梨子を見つめる可南子が居た。




【あとがき】

 「マホ☆ユミ」シリーズを読んでくださっている皆さま、いつもありがとうございます。
 第2弾の第一部、 「マリアさまのこころ」 はこれで完結です。
 第一部では、祐巳が2年生に進級し、瞳子、乃梨子、可南子の一年生トリオが登場しました。
 また、新たな脅威の影が見え隠れする雰囲気をつくってきました。
 第二部のスタートはまだ暫く先になりますので、この第2弾はここで一旦切らせていただきます。
 では、みなさま、またお会いしましょう。 ごきげんよう♪

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