【3428】 すごいよ!祥子様  (翠 2011-01-03 00:34:43)


 無印のパロディで、キャラ設定やら性格やらが作者に都合良く弄られています。なので、殆どの登場人物が、どこかしら変です。また、所々に妙なネタも紛れています。微妙にオリキャラも出ます。それでも構わない、という海どころか宇宙よりも広い心の持ち主な方以外は、読まれない方が良いかと思われます。
 【No:3409】→【No:3412】→【No:3416】→【No:3423】→【No:これ】→【No:3430】→【No:3433】→【No:3438】→【No:3440】→【No:3446】→【No:3449】




 祥子さまは、椅子に座って文庫本を読んでいる。白薔薇さまは、「私は下の様子でも見てくるか」なんて言いながら先ほど部屋を出て行った。
 残る祐巳はというと、胸を鷲掴みにされた事が余程気に入らなかったのか、仏頂面で読書する祥子さまを、
「じ――――っ、と見つめている」
 と見つめていた。
「じ――――っ、と見つめているんです」
「……」
「じいいいいいっと、さっきからずぅぅぅぅぅっと穴も開けよとばかりに見つめているんですけど、いい加減何か反応してください。じゃないと、祥子さまのお胸が如何に素晴らしいものなのか、学園中で説いて回っちゃいますよ?」
「……何か用かしら?」
 ペラリとページを捲りながら、祥子さまが尋ねてくる。祐巳は、ニコリと微笑みながら頭を下げた。
「お昼にお礼を言ってなかったのを思い出しまして。台本、ありがとうございました」
「……少しは目を通してみたの?」
「はい。と言っても、本当に少しだけですけど」
「そう」
 小さく頷いた祥子さまは、文庫本をテーブルの上に置いてすっくと立ち上がった。
「『私は赤いビロードのドレスを着て、イギリス製の縁飾りを付けて行くわ』」
 突然おかしな事を言い出したけれど、祥子さまは決しておかしくなったわけではない。祥子さまが口にしたそれは、学園祭のシンデレラで使われる台詞だ。昼間渡された台本の、ブルーの蛍光ペンで印された姉Bの台詞の一つ前、姉Aの台詞としてその一文が記されていたのを祐巳は覚えている。おそらく祥子さまは、祐巳がどの程度台詞を覚えているのか試そうとしているのだろう。
(ここらで一度、本気になった私ってヤツを見せてやるか)
 静かに。
 不敵に。
 祐巳は薄く笑うと、キュッと表情を引き締めた。
「『私はいつものスカートで良いわ』」
 山百合版シンデレラに於いて、姉Bの台詞なんてそんなに多くはない。何より、普段の自分ならともかく、今の自分ならたとえシンデレラの台詞であっても完璧に答えられる自信がある。
「『でもその代わりに、金の花模様が付いたマントを着て、ダイヤモンドのブローチを付けるの。あれはかなり珍しい品ですもの』」
 祐巳が姉Bの台詞を完璧に言い終えると、そこには真剣な眼差しをした祥子さまがいた。祐巳に視線を固定したまま、ゆっくりと近付いてくる。
「『お義姉さま。お髪はこんな感じでいかがですか?』」
 どうやら、今度の祥子さまはシンデレラを演じているようだ。この台詞の後にも、姉Bの台詞がある事を祐巳は知っていた。ならば当然、自分がどう答えれば良いのかも分かっている。
「『シンデレラ。あなたも舞踏会に行けたら嬉しいと思わない?』」
 淀みなく答えた祐巳に、祥子さまが「ほうっ」と感嘆の溜息を漏らした。
「素晴らしいわね。これなら、たとえ明日が本番だとしても全く問題ないわ」
 読書していた時の仏頂面はどこへやら。満面の笑みとなった祥子さまが、祐巳の肩に触れてくる。
「ところで、袖の所に隠している紙切れが何なのか、少し私に見せてもらえないかしら?」
 見せるまで決して離さない、と言わんばかりに肩に置いた手に力を込める祥子さまのお言葉に、祐巳の全身から変な汗が噴き出た。なぜならその紙切れには、姉Bの台詞の全てが書かれていたからだ。いわゆるカンペ――カンニングペーパーってヤツである。勿論シンデレラバージョンも製作済みで、逆側の袖の所に忍ばせてあった。
「えっと……気付かなかった事に――」
「できないわ」
 それがカンペだという事はもう分かっているだろうに、笑顔を崩さない祥子さま。
「……ちぇっ、これくらい見逃してくれても良いじゃないですか。真面目なのは良いですけど、融通利かな過ぎです。そんなんだから友達少ないんですよ」
 祐巳が不貞腐れながら言ったその瞬間、
「何……ですって?」
 祥子さまの顔から、表情というものが消えた。

 どうやら、触れてはいけない所に触れてしまったみたいです。祥子さまのお怒りによって、私の頬のお肉が数センチ伸びてしまいました。痛てててて……。



「あ、下りてきた」
 下に様子を見に行った白薔薇さまの帰りが遅いので、祥子さまと二人で一階に降りてみた所、普段は倉庫として使われている部屋に山百合会の主要メンバーが揃っていた。
「今日は二階で立ち稽古の予定ではなかったかしら? それとも私と祐巳にだけ、変更の連絡がこなかったとか?」
 一見穏やかそうな祥子さまの口調の中には、皆への抗議が含まれている。
「あなた方がお取り込み中だというので、急遽変更になったんでしょ」
 心外だわ、と紅薔薇さまは答えた。
「お取り込み中ですって?」
 紅薔薇さまに噛み付こうとする祥子さま。それより先に、祐巳は口を挟んだ。
「私の身体を好き放題に弄び、愉しんでいらしたじゃありませんか。何度も『もう許して』って懇願したのにやめてくれませんでしたし……このケダモノめっ。お陰で服は皺くちゃ、汗だくにもなるわで心身共にヘトヘトです。でも、夢のような時間でした。きゃっ、私ったら思い出しただけで身体が熱くなっちゃう」
 ポッと頬を赤く染めた祐巳に、祥子さまが切れた。
「あ・れ・は! あなたからカンペを取り上げるためだったでしょう!?」
 祐巳の胸倉を掴んで振る。振る。振りまくる。あまりにも容赦なく振るものだから、祐巳の頭の中で脳みそがシェイクされる。
「ぬぐうぉおわぁああああぁぁぁ〜おバカになるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜」
「何があったのか大凡の見当は付いたから、それくらいでやめなさい。今以上に祐巳ちゃんの頭が悪くなったら、本気で取り返しの付かない事になるわよ」
 紅薔薇さまが窘めて、祥子さまが不満そうな顔しながらも手を離した。
「ありがとうございます、紅薔薇さま。ですが、あなたは今、私に対してとても失礼な事を言いやがりましたよね?」
「失礼な事って?」
 紅薔薇さまは、キョトンとして尋ね返してくる。
「いや、だから、その、えっと……ひょっとして、ですけど。紅薔薇さまの中では、私の頭は悪いものだと決定されていたりしませんか?」
 あんまり威張れたものではないけれど、中等部の頃からテストでは毎回平均点に近い点数を取っている。それくらいなら、頭が悪いとは言わないのではないだろうか、と思うのだけれど。
 紅薔薇さまは祐巳の言葉を聞いて、「ああ、その事」と軽く頷いてから首を傾げた。
「違うの?」
「大切なお話があるので表に出ろ」
「冗談よ」
 紅薔薇さまは静かに笑う。
「祐巳ちゃんにはからかわれてばかりだから、一度仕返ししてみたかったの」
 祐巳の悪質な冗談に大人な対応を返す事が多い紅薔薇さまだけれど、意外とお茶目さんで負けず嫌いらしい。
「そろそろ稽古を始めましょうか」
 あんまり時間もないし、と続けて皆が動き始める。祥子さまは、令さまと志摩子さんのいる所へ向かっていった。
「祐巳ちゃんはそっち」
「はーい」
 どうやら紅薔薇さまが舞台監督のようだ。元気良く返事をしながら指示された方向に顔を向けると、そこには部屋の出入り口である木製の扉があった。
「稽古の邪魔だから、そこから出て行きなさい」
「んなっ!?」
 続けての紅薔薇さまの言葉に、祐巳の呼吸が止まった。普段の自分からは考えられないほど緩慢な動作で、紅薔薇さまへと視線を向ける。
「今……出て行け……って……おっしゃいました?」
 顔を引き攣らせながらの祐巳の問いに対して、意外とお茶目さんで負けず嫌いな紅薔薇さまは、もの凄く嬉しそうな顔でこう言った。
「勿論、冗談だから真に受けないで」
「……冗談にも程ってものがあンだろゴルァ!!」
 紅薔薇さまにとっては軽い冗談のつもりだったのかもしれないが、その冗談の対象となった祐巳としては、自分のあまりの物覚えの悪さに見放されたのかと思って本気で不安になったのだ。故に、クラスメイトの乙女たちから乳狩人(ちちかりうど)と呼ばれ畏れられる祐巳が、獣のように咆哮しながら紅薔薇さまへと飛びかかったとしても無理のない事だろう。

 この時の祐巳の様子を、黄薔薇のつぼみの妹はこう語る。
 祥子さまに頭を鷲掴みにされて、「痛い痛い」と泣き叫びながらも紅薔薇さまの胸から決して手を放そうとしなかった祐巳さんは、まさしく乳狩人だった、と。



 息も絶え絶えな紅薔薇さまには部屋の隅っこでお休みになってもらって、残った人たちで稽古を開始。
 人生初となる台詞のある役という事で、
「『私は赤いビロードのドレスを着て、イギリス製の縁飾りを付けて行くわ』」
「『私はいつもの……ス? ……ス……す……透け透けおパンツで良いわ』」
「良くない! スカートよ! ス・カ・ー・ト!」
 張り切り過ぎて間違えてしまう所もあったけれど、薔薇さま方の丁寧且つ分かり易い指導によって稽古はそれなりに順調に進み、そろそろ休憩にしましょうか、という頃になって、
「すみませーん」
 薔薇の館に訪問者があった。
「むむっ、一般生徒が近寄り難い薔薇の館に訪問者とな? コイツぁは何かありそうな予感! って事で、ここは一番下っ端の私が用件を伺って参りますね。皆さんは、このまま稽古を続けていてください」
 早口に捲し立てた祐巳は、祥子さまの「待ちなさい」という制止の声を振り切って部屋から飛び出し、館の出入り口へと向かった。
 勢い良く扉を開くと、そこには見知らぬ六人の生徒の姿。彼女たちは出迎えた祐巳に目を丸くしたものの、祐巳が山百合会のお手伝いをしている事を例の噂で知っていたようで、すぐに気を取り直して「ごきげんよう」と挨拶してきた。
「はい、ごきげんよう。山百合会に何のご用でしょう?」
 六人は一つのグループではなく、二人で一組という組み合わせらしい。祐巳が用件を尋ねると、それぞれの代表が一斉に口を開いた。
「手芸部です。黄薔薇さまにお取り次ぎください」
「美術部です。紅薔薇さまにお取り次ぎください」
「発明部です。白薔薇さまにお取り次ぎください」
「……」
 祐巳はポリポリと頬を掻いた。
「ごめん、覚え切れなかった。悪いんだけど、もう一回お願いして良い? っていうか、どうして同時に――」
「手芸部です。黄薔薇さまにお取り次ぎください」
「美術部です。紅薔薇さまにお取り次ぎください」
「発明部です。白薔薇さまにお取り次ぎください」
「いや、だから……」

 どうして全員で同時に言うの? 何かの嫌がらせですか? はっ! もしかして、私が祥子さまの妹(スール)として真に相応しい人物かどうか試されている? ……ふっふっふっ、そうか。そういう事か。そういう事なら、受けて立ってやろうじゃない。

「えっと、そっちの人が発明部で白薔薇さまに用があって、そこのあなたが手術部だったよね?」
「手芸部。美術部とくっ付けないで」
「あ、そっか。手芸部と美術部か。うーんと、手芸部が志摩子さんに用があって、美術部が祥子さまだっけ?」
「……」
「……」
「……」
 皆さんの「どうしようもねーなコイツは」的な眼差しが超痛いんですが、泣き崩れても良いですか?
「……すまぬ。どうも今の私では、纏めて覚えるという事が無理らしい。修行して出直してくる。さらばじゃ!」
「わあっ、待って待って、祐巳さん逃げないでっ!」
 身を翻し、館の中へ逃げ込もうとした祐巳を六人が慌てて羽交い絞めにした。
「武士の情けじゃ! 放してくだされぇっ!」
「何の騒ぎ?」
 七人でワイワイやっていると、騒ぎを聞き付けた薔薇さま方が奥の部屋から出てくる。その中には、紅薔薇さまの姿もあった。どうやら、無事復活できたらしい。羽交い絞めされている祐巳を見て少々面食らっているようではあったが、そこはさすが薔薇さま。穏やかな笑顔を崩さないまま、「どうしたの?」と祐巳に向かって尋ねた。
「えーっと、美術部と手術部と美術部と美術部の人たちで、皆さんに用があるそうです」
「美術部を三回言ったわよ」
 紅薔薇さまにツッコまれた。
「手術部ってのも初めて聞いたわ」
 白薔薇さまにまでツッコまれる。
「羽交い絞めなのはどうして?」
 最後に、黄薔薇さまに尋ねられた。
「私が人気者だからです」
 祐巳は羽交い絞めにされたまま、ニカッと白い歯を見せながら親指を立てた。
「嘘ね」
「嘘ね」
「嘘ね」
「嫌な所でムカつくほど息ピッタリですね。でも、人気者なのはホントですよ? 嘘じゃないですよ?」 
 必死に伝える。他人に迷惑かけてばかりだけれど。嘘吐きだけれど。それでも人気者。これだけは絶対に譲れない。芸人として!
「あら、祐巳ちゃんが人気者なのは信じているわよ」
「はい?」
 助け舟は、予想外の所からだった。何と、目の前の紅薔薇さまからである。予想外過ぎて面食らってしまった祐巳に、紅薔薇さまはなぜ信じるのかを話し始めた。
「今日のお昼休みにね、祐巳ちゃんのクラスの子たちが館に訪ねてきたの」
「え?」
 初耳である。一緒の教室にいたのに、クラスメイトたちからそんな話は聞いていない。そういう素振りもなかった。
「祥子の申し出を断ったはずなのに、どうして祐巳ちゃんを解放しないのか。祐巳ちゃんが嫌がっているのに無理やり引き止めているのであれば、いくら薔薇さま方でも許さない、ってね」
「そう……なんですか?」
「ええ」
 薔薇さま相手にそこまで言うって事は、クラスメイトたちは本当に祐巳の事を大切に想ってくれているというわけで……。ああ、どうしよう。目頭が熱くなってきた。胸の奥も、じーんって温かくなっている。
 思わず胸元をギュッと押さえた祐巳に、紅薔薇さまは微笑んだ。白薔薇さまも黄薔薇さまも、薔薇さま方に用があって来た人たちも、この場にいる皆が笑顔でいる。勿論、祐巳も例外ではない。
「あと、『なにしろ祐巳さんは、一年桃組(わたしたち)の愛玩動物(ペット)なんですから』だって。愛されているわね、祐巳ちゃん」
「ちょい待て」

 紅薔薇さまが続けて言った言葉に、薔薇の館が爆笑の渦に包まれました。白薔薇さまや黄薔薇さまなんて、お腹を抱えて笑っています。さっきとは違う意味で涙が溢れそうです。……わぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! 返せっ! 私の感動を返せっ!



 リリアン女学園にはヒーローが存在する。噂によると、そいつは真っ赤な全身タイツだったり魔法少女だったりするそうだ。



 リリアン女学園敷地内。
 銀杏並木と呼ばれる場所で、祐巳はまるでアニメに出てくる魔法少女のような衣装を纏った少女と対峙していた。
(いや――) 
 祐巳は頭を振った。魔法少女のような衣装を纏った少女、などではない。目の前の少女は正真正銘、魔法少女なのだ。
「まさか実在しているとは思わなかったよ、魔法少女シマコ!」
「そういうあなたは……祐巳さん!?」
「違う! 私は、タイツ・ザ・フクザワだ!」
 以前にも説明したような気がするが、大切な事なのでもう一度説明しておこう。ヒーローにとって正体がバレるという事は――面倒なので略――って、おい!?
「何か急に説明が途切れちゃったけど、とにかく私は祐巳なんて名前じゃないの!」
「一年桃組三十五番、福沢祐巳さん!?」
「ケンカ売ってンのかワレ!」
 そうとしか思えない魔法少女に、血管ブチ切れそうである。
「……まあ良い。そういう態度を取れるのも今のうちだけよ。あなたはここで、私に屈する事になるのだから」
 祐巳のまるっきり悪役な台詞に、「どうして私たちが戦わなくてはならないの」とシマコさんはとても悲しそうな顔をした。
「この学園に、ヒーローは二人もいらないのよ!」
「それなら祐巳さんが消えて!」
「ッ!?」
 シマコさんの悲痛な叫び声に、祐巳は息を呑んだ。
「今、何だか怖い事言った?」
「何の事かしら?」
 平然とすっ惚けるシマコさん。綺麗な顔してるくせに、内側は真っ黒のようです。とても恐ろしいです。この人、きっと悪魔です。
「ふ、ふんっ。そっちがその気なら、手加減なんてしてあげないんだから! 覚悟しなさいよ、魔法少女シマコ!」
 祐巳はなぜか、ツンデレ風に宣戦布告した。
「どうやら争いを避ける事はできないようね。では、先手必勝!」
 祐巳の宣戦布告に応えたシマコさんは、持っていたステッキを地面に突き刺した。
(魔法少女なのにステッキを使わない!?)
 戸惑う祐巳にはお構いなしに、彼女は呪文を詠唱する。
「ロサロサ・ギガギガ・ギガンティア〜♪ 祐巳さんよ、真人間にな〜れ☆」
 祐巳の身に付けている全身タイツは、魔法には滅法強い素材で作られているので、魔法がメインとなる魔法少女との戦闘は祐巳に有利なはずだった――のだが……。
「OK、私が悪かった。少し落ち着こう。とりあえず、拳に腕時計を巻き付けるのはやめない?」
 腕時計ってのは時間を確認するための道具であり、名前の通り腕に巻くものであって、シマコさんのように拳に巻き付けちゃうような道具ではないはずだ。しかも何だ、あのゴツゴツしたデザイン……。とっても痛そうじゃないか。というか、魔法はどうした?
「ねえ、祐巳さん。調子の悪い電化製品は、斜め四十五度の角度で叩けば直る事がある、という話を聞いた事はないかしら?」
 戦闘とは全く関係のない質問をしてきたシマコさんに、警戒しながら答える。
「あるけど、それが?」
「それに従って、斜め四十五度の角度で祐巳さんの頭を凹ませるほど殴り付けたら、あなたのそのおかしな思考もきっと直ると思うの」
「凹むほど人の頭を殴り付けて直るわけあるか――――っ!!」
 目を剥いて祐巳は叫んだ。
「でも、たとえ直る確率が一パーセントに満たないものだとしても、私はそこに一縷の望みを懸けるしかないの。なぜなら祐巳さんは、もう完全に手遅れだから」
「人の話を聞けぇぇっ! 手遅れとか言うなぁっ! お願いだから腕時計は外してぇっ!」
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。一撃で終わらせるから痛みなんてないわ」
 シマコさんの言葉に応えるかのように、拳に巻かれている腕時計が凶悪な輝きを放った。
「それって死ぬって事!? 死ぬって事なんでしょう!?」
 シマコさんは祐巳の質問には答えず、代わりにとても素敵な笑顔を浮かべた。
 どうやら本当に死ぬ模様です。笑顔がとっても恐ろしいです。「直る」っていう単語はどこに消えちゃったのでしょう?
「そんなに腕時計が嫌いなら、ステッキでも良いのだけれど」
 腕時計を巻いた手とは反対の手で、地面から引き抜いたステッキをギュッと握り締めるシマコさん。どうも、魔法少女のクセにステッキの使い方を勘違いしているような気がする。棍棒を握っているみたいに見えるのは気のせいだろうか。
「あなたは間違ってる! 魔法少女なら魔法で勝負すべきだと私は思う!」
「さすがに、某アニメに出てくる某時空管理局所属の、某高町なのはさんが扱うような某集束砲撃魔法、某スターライトブレイカーなんて撃てないわ」
「いや、そんなの撃てなくて良いから。それと、『某』の使い方が途中からおかしい。あと、何で魔法少女と聞いて、それが最初に出てくるの?」
 そりゃ、祐巳だって魔法少女と言えば火力だとは思うけれど、魔法少女と聞いて連想できるものは他にも色々とあるはずだ。例えば、歌って踊るとか、癒しとか、触手とか……。ナニな触手でヌルヌルのグチョグチョに責められる可憐な魔法少女。うん、触手だけは絶対に外しちゃダメだ。
「変態ね、祐巳さん」
「人の心を読むな」
 シマコさんは精神感応能力者(テレパス)じゃなくて魔法少女のはずだ。
「そうね。祐巳さんの言う通りだわ。私は精神感応能力者(テレパス)ではなく魔法少女だから、魔法で勝負しましょう」
「それなら私は性技の味方だから、エッチで勝」「いっぺん死んでみると良いわ」「負ふぅっ!?」
 台詞の途中で、ステッキのフルスイングによって遮られた。頭の中に響いた結構ヤバ気な打撃音をBGMに祐巳の意識は遠ざかり――、



「朝よ。起きて」



 いつも耳にしている声で目を覚ました。
「だおっ?」
 瞼を開くと、シスター志望な幼馴染が祐巳の顔を覗き込んでいる。
「おはよう、祐巳ちゃん」
「おはよう、栞ねーさま」
 挨拶を返しながら、使い慣れたベッドから起き上がる。何だか普段よりも身体が重く感じられるが、きっと志摩子さんによく似た魔法少女のせいだろう。
 ところで、
「いきなりだけど、少女って呼べるのは何歳までだと思う?」
 ずっと気になっていたのだ。夢に出てきた魔法少女シマコさんの年齢(祐巳とそう変わらない年だろう)で、少女と言って良いものかどうか。
 祐巳の質問に、栞ねーさまは少しの間思案する顔を見せた後、こう答えた。
「私としては、高校生は可、大学生は不可。でも、実際の年齢よりも見た目が重要ね。たとえ中身が数百歳の吸血鬼だとしても、外見が少女であれば、やはり少女だと思うわ」
「なるほど、見た目でどうとでもなるって事か」
 それならば、シマコさんの事は問題ない。志摩子さん似の彼女は、間違いなく美少女だった。となると、自分よりも年上である栞ーさまを美少女と言い表しても良いのか、というここの所祐巳の頭を悩ませ続けていた問題も無事に解決だ。
「ところで、どうして吸血鬼?」
「吸血鬼退治は、シスターの大切なお仕事の一つなのよ」
「栞ね―さまは、シスターの仕事を勘違いしてると思う」
 きっと、漫画かアニメの影響だろう。将来、武闘派シスターが生まれない事を祈っておく。
「そういえば、どうして栞ねーさまがここに?」
「祐巳ちゃんを迎えに来たの」
「迎え?」
 祐巳は首を傾げた。幼馴染という間柄だけれど、基本的に登校は別々だったから。静ねーさまは部活の朝練があるし、シスター志望の栞ねーさまの朝は非常に早いのだ。
「驚かないで聞いて欲しいのだけれど。祐巳ちゃんは遥かな昔、私と共に闇の魔王を封印した光の勇者の生まれ変わりなのよ」
「……」
 親しくしている幼馴染が急にこんな事を言い出した場合、私はどうすれば良いのでしょう? 神様助けてー! と割と本気で助けを求めてみたのだが、神様なんて全く信じちゃいない祐巳に、神様からの助けはなかった。
「魔王に施した封印は完璧だったわ。けれど、数千という長い年月の経過によって、その効果が薄れ始めたの。誰にも破る事などできない――そう考えられていた封印が解けようとしているのよ」
 真面目な顔で話を続ける栞ねーさま。きっと完璧じゃなかったんだよ、と茶化せるような雰囲気ではない。
「復活した魔王に、以前と同じ手は通用しないわ。今度は封印などではなく、完全に滅ぼしてしまわなくてはならないの。そのためには、祐巳ちゃんの持つ力が必要なのよ」
「私の持つ力?」
 尋ねた祐巳に、栞ねーさまは静かに告げた。
「自分を犠牲にして魔王を倒せる程度の能力」
「何その死ぬ事が約束されてる能力……」
 きっと、あれだ。勇者とか能力とか言っておいて、祐巳をからかいたいだけなんだろう。そうでなければ、本気で頭がおかしくなってしまったか、お馬鹿になったかのどちらかに違いない。そう思ってジトッとした眼差しを向けてみたのだけれど、栞ねーさまは真剣そのものな顔で首を振った。
「能力云々は冗談だけれど、からかったりなんてしていないわ。勿論、私の頭がおかしくなったわけでも、お馬鹿になったわけでもないわよ。本当に祐巳ちゃんが必要なの」
「いや、冗談って時点で既にからかってるから。あと、さらっと人の心を読むな」
 心を読む事のできる人間に碌な奴はいない。祐巳はごく最近、それを痛いほど思い知ったのだった。
「でも残念ながら、今の祐巳ちゃんでは魔王に太刀打ちできないの」
 魔王って呼ばれているくらいなんだから、やはり相当強いのだろう。そんなのに対して、太刀打ちも何もあったものではないと思う。祐巳は勇者や魔法少女などではなく、ごく普通の女子高校生なのだ。勿論、全身タイツのヒーロー(怪人でも可)でもない。
「そこで、特訓よ!」
 栞ね―さまが声を張り上げた。
「この私が責任を持って、魔王の封印が解ける三百六十八年後までに祐巳ちゃんを一人前の勇者に仕立て上げてみせるわ!」
「三百六十八年後に出直して来――――いッ!」
 力の限り叫(ツッコ)んだその瞬間、立ち眩みを起こしたかのように目の前が真っ黒になり――、



『朝〜、朝だよ〜、朝ごはん食べて学校行くよ〜』



「うにゅ?」
 祐巳は、お気に入りとなりつつある目覚まし時計の音(声?)で目を覚ました。
 ボケーっとしたまま、天井を見上げながら呟く。
「……変な夢ばっか」
 あんな夢を見るなんて、ひょっとして自分はおかしいんじゃないか、と今更ながら心配しつつ身を起こすと、視界に入ってくるのは見慣れた家具とその配置。魔法少女や栞ねーさまの姿はない。あってたまるか。
 喧しい目覚まし時計を止めて、ベッドから下りる。大きく伸びをして身体を解した後、毎日そうしているように、祐巳はクローゼットから取り出した制服に着替え始めた。
 リリアン女学園の制服は、今時珍しい真っ赤な全身タイツだ。制服マニアどころか一般人の間でも人気は高い。
「なワケあるかぁっ!!」
 手にしていた真っ赤な全身タイツを床に叩き付けて、家が揺れるほどの大声を上げた瞬間――、



『朝〜、朝だよ〜、朝ごはん食べて学校行くよ〜』



「……」
 祐巳は、お気に入りとなりつつある目覚まし時計の音(声?)で目を覚ました。
(また夢なんじゃ……)
 喧しい目覚まし時計を沈黙させた祐巳は、ベッドから起き上がると狩人のように油断なく周囲を見回した。使い慣れた家具。カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる窓。出入り口となる扉。それらの配置に問題はない。
 けれど祐巳は、それだけ確かめてもまだ気を緩めなかった。先ほどがそうだったが、クローゼットの中にあの全身タイツが存在しているかもしれない。
 祐巳は勇者や魔法少女は許せても、あれだけは許せなかった。あんな、美的センスの欠片もないようなものが自分の部屋に存在しているかもしれないと思うと、それだけで鳥肌が立つほどだった。
 恐る恐るクローゼットに近付き、大きく深呼吸すると一気に扉を開く。
「……ッ!」
 いつだったかの、「人生と言うものは、良い事があれば、その分悪い事もある」という栞ねーさまの言葉を思い出す。ならば、悪い事があれば、その分良い事もあるものなのだ。
「良しっ!」
 ハンガーにかけられているリリアン女学園の制服を見て、思わずガッツポーズ。奥の方も探ってみたが、全身タイツの気配なんぞ微塵もない。
 嬉しさのあまり愛着のある制服を取り出し、パートナーに見立ててダンスを踊る。クルリとターン。ふわりと舞う、深い色の制服。
(良かった。お前がいてくれて、本当に良かった)
 調子に乗って回り続ける、福沢祐巳十六歳。ちょっぴり多感(おバカ)なお年頃。
「って、こんな事してる場合じゃない。そろそろ学校に行く準備しなきゃ……て、視界がぐるぐるーって回ってるぅぅ……お? おおおおお? で――――っ!?」
 回り過ぎて目も回っていた祐巳は、ピタリと回転を止めた直後身体のバランスを失った挙句足を縺れさせて、部屋の隅に置いてある背の高い本棚に突っ込んだ。
「うぐぐ、ちくしょう。何なのよ、このアニメみたいな状況……痛だっ! 痛だだだだっ! がッ――!?」
 ボヤく祐巳に向かって、「ヒャッハー! トドメを刺してやるゼぇ!」とばかりに本棚が倒れてきた。幸いな事に棚自体は、そのすぐ前に設置してあった机が障害物となって止まったので、机と棚の隙間にいた祐巳を直撃する事はなかった――のだが、「人生と言うものは、良い事があれば、その分悪い事もある」という栞ねーさまの言葉通り、棚にぎっしりと詰め込まれていた本が祐巳を押し潰したのだった。
 漫画、雑誌、辞書、教科書、百科事典。雪崩のように落ちてきた本の中でも、百科事典の攻撃力は半端なかった。後頭部を直撃した際には、目の奥で火花が散ったほどだ。
「私、死ぬの……?」
 本の山の下敷きとなった祐巳が、痛いわ間抜けだわ本の重さで身動きが取れなくてどうしようもないわで死の間際を演じる事によって気を紛らわせていると、
「祐巳、さっきのは何の音……って、何してんの?」
 部屋から聞こえた物音を不審に思ったらしい祐麒が、ガチャリと扉を開いて声をかけてきた。
「私のあまりの可愛らしさに、獣欲を抑え切れなくなった本たちが襲いかかってきた」
「……ハァ」
「溜息なんてツマンナイもの吐いてないで助けてよ。ノックもしないで扉を開けた事は不問にしてあげるからさー」
 呆れ顔の祐麒が、益々呆れ顔になるという、なかなかハイレベルな芸を見せてくれる。
「そりゃ、助けろと言われたら助けるけどさ。もう少しこう……、人に助けを求める時の態度ってものがあるんじゃないの?」
 なるほど、確かにそれは一理ある。
「この私を助けられるんだから光栄に思いなさいよバカ犬、とか?」
「祐巳に常識を期待した俺が馬鹿だったよ」
「んじゃ、つべこべ言ってないでさっさと助けろ愚弟」
「……見捨てて良い?」
「私がすっごく困ってるのに助けてくれなかった、って栞ねーさまに言い付けても良い?」
「待ってろ! 今すぐ助けてやるからな!」
「いや、あんた、どんだけ栞ねーさまの事苦手なのよ?」
 祐麒の力強い言葉は、頼もしいと同時に情けなくもあった。
「あんなもの(未知の生物)を創り出す度に処理(食べ)させられていれば、苦手となっても仕方がないじゃないか」
 必死になって本の山を取り除きながら祐麒が答える。
「確かに」
 同じように幼少の頃から栞ね―さまに振り回されている身なので、その気持ちは痛いほどよく分かった。もっとも、栞ねーさまは創り出しているだけで、祐麒にあれ(未知の生物)を処理(食べ)させているのは祐巳なのだが。
 苦手という気持ちがとことんまで思考を鈍らせてしまうのか、普段は「本当に私と血が繋がっているの?」と疑問を抱かせるほどしっかりしているくせに、こういう所で血の繋がりを実感できてしまう。ホント情けない。
「何?」
 祐巳に顔をじっと見つめられて、祐麒が不思議そうな顔をした。
「いや、祐麒は優しいなー、って。でも、私に見つめられて頬を赤らめるのはやめようね」
 本を取り除いていた祐麒の手が、ピタリと止まる。
「……あのさ、祐巳」
 真剣な眼差しの祐麒に、祐巳は血の気が引くのを感じた。
「駄目っ! 駄目よ落ち着いて! 私たち、姉弟なんだよ? そりゃ、祐麒が妹だったら間違いなく手を出していたけど……」
 姉弟では駄目だが、姉妹なら問題なかった。血の繋がりも関係ない。愛はあらゆる障害を超えるのだ。ええ、そうです。女の子が大好きです。何か文句でもありますか。
「とりあえず、祐巳が落ち付いてくれ。何言ってるのか分かんない。というか理解したくないし、そもそも頬を赤らめてなんかいない」
「ちょっとした冗談に一々大袈裟な反応しないでよウゼーから」
「……」
「ごめん、私が悪かった。お願いだから、せっかく除けた本をまた乗せるのはやめて」
 しかもコイツ、頭に乗せやがりましたよ。このお茶目さんめ。後で覚えてろ。
「んで、さっき何か言おうとしてたみたいだけど、結局何だったの?」
「ああ。そろそろ時間がまずいぞ、って」
 そう言いながら祐麒の差し出した腕時計を見て、祐巳はとても難しい顔になった。
「確かにまずいね」
 具体的に言うと、トーストを咥えたまま家を飛び出して、どこかの曲がり角で運命的な出会いをしなければならないような時間だ。きっと運命の相手は転校生で、祐巳好みの可愛い女の子に違いない。だがそうなると、大きな問題が一つある。ぶつかったのが同性の場合、転んだ拍子に自分が下着を見せるのか、それとも相手が見せてくれるのか、いったいどちらになるのだろう。
「……念のため、可愛いショーツに穿き替えておくか」
「いったい何がどうなって、時間がまずいって話からそんなものを穿き替える話になったんだよ……」
 祐麒が疲れたように溜息を吐いた。



 その後、祐麒によって無事救出された祐巳は、学園の前でとある少女とぶつかり、残念ながら下着は見えなかった(また、祐巳が披露する事もなかった)が、彼女の持つ素晴らしい縦ロール(=ドリル。祐巳的三大浪漫の一つ)に大変感激する事となった。ちなみに祐巳的三大浪漫とは、「ドリル」「自爆装置」「裸エプロン」の三つを指して言う。



 とある月曜日から四日後の金曜日の放課後、リリアン女学園高等部の被服室では仮縫いの試着が行われた。
「まーシンデレラ、お美しいわ」
 金や銀の刺繍で飾られた光沢のあるアイボリーのドレスは、清楚にしてゴージャスで、涎が出るほど祥子さまに似合っている。まるで本物と見紛うばかりのそのドレスは、実は手芸部の人たちの手によって作られたものだ。
「胸元、少し開き過ぎじゃないかしら?」
 祥子さまは、上から覗き込むと凄い事になっている胸元を見て、心配そうに呟いた。すると、義母役のドレスを着た黄薔薇さまが「そうかしら?」と首を捻り、「祐巳ちゃんはどう思う?」と意見を求めてくる。
「祥子さまの魅力を最大限に引き出すその作りは、手芸部員よくやった偉い! と褒め称える事でしか表現できませんね。でも、祥子さまの胸は私のものなので、私以外の人間に見せるなんて事は許可できません」
 ああもう、そんな半分くらいはみ出しちゃって……私を誘っているんですか? 誘っているんですね。分かります。では、せっかくなので味見させていただきますね。
「駄目よ、祐巳ちゃん」
 祥子さまの胸に向かって駆け出そうとした瞬間、祐巳は黄薔薇さまに止められてしまう。
「そんなっ! せっかく祥子さまのお胸が、『私を触って!』って語りかけてくるのに……」
「邪魔してごめんなさいね。後で思う存分触らせてもらうと良いから、今は祥子と衣装を交換してもらえる?」
「仕方がありませんね、今回だけですよ。って、何事もなかったかのように普通に返された!?」
 例の賭けの決着が付くまで、どちらがシンデレラを演じるのか分からない。なのでシンデレラの衣装は、祥子さまだけでなく祐巳も合わせておかなければならないのだ。
「試着するまでもなく胸の所がガバガバって想像できるのは、悲しんで良いんですかね?」
「おまけにウエストは窮屈とか」
「あはははは、有り得そうですね。死にたい……」
 有り得る未来を予想して落ち込む祐巳の前で、祥子さまがアイボリーのドレスを脱いでいく。吸い付きたくなるような立派な胸を目にしても、飛びかかる気力が湧いてこない。
 祐巳は、姉Bの衣装に包まれている自分の胸元を見下ろした。慎ましく主張するそこは、祥子さまと比べようとする事自体おこがましい。
 いったい何をどうすれば、あんなに育つのだろう。食べ物の違いだろうか? それとも、おっぱいの神様に愛されている? あれで自分と一つしか年が違わないだなんて信じられない。
「何しているの。あなたも脱ぐのよ」
「あ、交換するんでしたね」
 祥子さまに言われて、祐巳はいそいそと姉Bの衣装を脱ぎ始めた。
「それにしても、祥子さまの後ってのは、精神的にキツイものがありますね」
 祐巳のシンデレラと、祥子さまのシンデレラ。どちらのシンデレラの見栄えが良いかなんて、比べるまでもない。見劣りする姉Bの衣装を身に付けても、祥子さまの方がずっと華やかだろう。なにしろ、小笠原祥子という人物自体が華やかなのだ。自分とでは話にならない。
 そんな悲しい事を考えながら苦笑いしているうちに、祐巳は衣装を脱ぎ終えた。
「どうぞ」
「ええ」
 脱いだ衣装を交換し合う。祥子さまからアイボリーのドレスを受け取った祐巳は、手にしたそれを見つめながら、かつてないほどに真剣な顔して尋ねてみた。
「匂いを嗅いでみても良いですか?」
「あなたの頭が潰れる事になっても良いのなら」
 右手をニギニギしながら祥子さまが答える。
「私は強い子なので、そんな脅迫には屈しません」
「良い子だから、さっさと着替えなさい」
 祥子さまに頭を鷲掴みにされた祐巳は、
「Yes,My Lord」
 宙吊りとなった状態で素直に従う事にした。



 予想通り胸元はガバガバ、ウエストは少し窮屈。多少は落ち込むものの、最初から分かっていた事なのでそれほどダメージはない。むしろ、「紅薔薇さまと祥子さまが美女担当だから、私は美少女を担当しているんだ!」と開き直れた。無論、体型的な意味で。なにしろ『微小』女。なーんてね。なーんてね。……何やら無性に部屋の隅で「の」の字を書いてみたくなったのは、気のせいだろうか。
「タオルを詰めれば良いわ」
 開いた胸元を気にする祐巳に向かって、黄薔薇さまが一枚のタオルをクルクルと丸めながら提案してくる。思わずカッとなって世の巨乳女性たちに向けて呪いの言葉を吐きたくなったが、離れた所で祐巳たちの様子を窺っていた志摩子さんの胸を思う存分揉みしだく事によって、我慢強い祐巳は荒ぶる心を鎮めてみせた。
「それくらいしか手がないわね」
 祥子さまが黄薔薇さまの提案に頷いた時は、胸の奥底でドス黒い感情が渦巻いた。けれど、祥子さまはSなので、M属性を備えている祐巳を虐めるのは当たり前。磁石のS極とM極のように二人は惹かれ合う運命なのだ、と自分に言い聞かせる事によって惨劇イベントを回避。M極ではなくN極だったような気がするのだが、きっと記憶違いだろう。
「タオル程度じゃ駄目ね。他に何かないかしら?」
 皆で頭を悩ませていると、
「黄薔薇さま、これなんていかがですか?」
 手芸部員の一人が、これなら大きさも素材もピッタリだろう、と肩パットを差し出してきた。
「おおっ」
 確かにこれならば! と場が大いに盛り上がる。



 一分後。
「……まだ隙間があるわね」
「嘘でしょう!? これでもまだ足りないなんて……」
「タオルも追加してみる?」
「ううっ」
 もういっその事殺して――と、祐巳は涙を零しながら呻いた。


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