【3439】 私を忘れないで  (ex 2011-01-19 23:00:00)


「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」

【No:3431】【No:3434】【No:これ】【No:3441】【No:3445】

※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズの番外編になります。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
※ 第2弾も【No:3404】から書いています。 こちらもよろしくお願いします。

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「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 ☆ 第三話 『魔都侵入』 ☆



〜 1月4日(水)13時30分  魔界 -ミツベラモン近郊の山中- 〜
    〜 −シナイ半島中央部− 薔薇十字まであと5km 〜

 すーっと音もなく超低空を滑降していた4羽のロック鳥は、バサッ、バサッと羽音をはためかせ地上に降り立った。

 ここは、マルバスの示した薔薇十字の在り処から約5キロ南。
 ミツベラモンの近郊、触れるだけでボロボロと壊れる砂のような岩がごろごろと転がる場所である。
 現世のネゲブ砂漠と同様、赤茶けた岩、地溝となり切り立った断崖も見える。
 高所であり、気候も冬。 冷たい風が吹きすさぶ。

 ミツベラモンは巨大な城壁に覆われた城郭都市。
 かつては、ソロモン王の支配下にあり、重要な拠点のひとつであった。

 しかし、3ヶ月前にソロモン王が現世で薔薇十字所有者たちに倒されたことで支配者を失い、魔王クラスの者たちも居なくなった。
 このため、本来は野にあるC級、D級魔物たちが城郭内に多数溢れ、腐臭にまみれた魔界のスラムと化している。
 夜には氷点下近くまで冷え込むネゲブ砂漠において、ミツベラモンの城郭は防風の役目を果たす。

 荒野をその住処とするオルトロス、キマイラや、マンティコア、ワードックなどが城郭の中まで入り込み、力あるものが弱者を捕食し、弱者が集団で強者を襲う。
 生きるためだけに自分以外のものを殺戮し、喰らい、飢えを満たす。

 グールが死肉に群がり、スライムがおこぼれに預かろうと、壁の陰に身を潜ませ様子を覗う。

 祐巳たち薔薇十字所有者が薔薇十字を捜索しに来たこの街は、まさに魔窟と化した魔都であった。



「それで祐麒、あなたの言っていたアバドンって魔王はどこにいるの? それと黄薔薇の薔薇十字の在り処は?」

 岩陰に身を潜め、周囲の様子を覗うように油断なく見渡しながら祐巳が傍らに控える祐麒に問う。

 祐巳と祐麒=マルバスは、志摩子と令をロック鳥の着陸地点に待たせ、二人でミツベラモンの偵察に出ていた。

 マルバスの探査能力は魔界一である。 どんなに遠くにあってもおおよそのことはお見通しだ。 が、もちろん近づけば近づくほどその精度は高くなる。

「アバドンはこの街の城壁のすぐ傍、一番北側の一角にいる。 ただ特に動きはない。
 配下のイナゴはかなり広範囲に広がっている。 街中に居るのは配下の10分の1もないな。 それでも数百万はくだらないけど。
 北はエルサレムあたりから西はエジプトの近くまで。 アバドンはこのままこの街に居続ける気はないのかもしれない。
 エルサレムかエジプトに進軍する途中かもな」

 少々苦々しげに祐麒が祐巳の問いに答える。

「タイミングが悪い、としか言いようがない。 これは見つからないように街に近づくのは結構きつい」

「でも、今より後なら、あのカエル人間みたいなのがこの辺りまで来るんでしょう?
 それなら、どっちにしても難しいミッションになるじゃない。 時間をずらしてもやっかいなのにかわりはないわ。
 このまま突入しましょう。 もぐりこめる場所があるといいんだけど」
 
「まぁ、それについては少々心当たりがある。 それと薔薇十字は、この街の中央部、石造りの古い下水網の底に沈んでいる。
 ・・・ まるで、誰かが隠したように、な。 普通なら罠、と考えてもいいような場所だ」

「心当たり、って?」

「ソロモンは街を作るとき、上下水道を完備している。 たとえ砂漠の岩山の中だとは言え水がなければ魔物も生きてはいけない。
 地下の下水網を進んで薔薇十字のある下水管が集中して広間のようになっている場所まではいける。
 下水網の末端、排出口が街の一番東の城郭の下にあるはずだ。 其処から進入する。
 まぁ、モンスターの巣になっているけどな。 
 ここで一番重要なのは、アバドンに見つからないようにすることだ。
 下水網の中に居る魔物たちは倒していくしかない。 
 餌を求めて下水までもぐりこんでいる奴らだからな。 見境なく襲ってくるだろう」

「え〜〜〜っ?! 下水の中を歩くの? 嫌だなぁ。 わたし、臭いの苦手だよ」

「おいおい・・・。 魔物の心配より臭いの心配かよ」

「仕方ないじゃない。 年頃の乙女は臭いのが苦手、って決まってるの!」

「・・・まぁいいか。 ところで、ここからミツベラモンまで3kmほどあるが、この先は身を隠す場所がない。
 堂々と歩いていくのは発見してください、って言っているようなもんだ。 なにか作戦を立てないといけないぞ」

「ステルス・テントがあるじゃない? あれを被ってこっそり近づく、ってのはどう?」
「それでも足音はするじゃないか。 足音に敏感に反応する魔物は多いぞ。 それ、却下だな」

「じゃ、テントごと浮遊呪文で浮かす。 それならどう?」
「ふ〜ん。 浮遊するのか・・・。 で、どうやって進むんだ?」
「あ・・・。 考えてなかった。 ダメだね〜」
「なぁ、祐巳。 おまえ学校で主席なんだよな?」
「・・・。 祐麒、いま失礼なこと考えたでしょ」
「祐巳があんまりしょうもないことばかり言うからだろ」

「ん〜〜。 霧を発生させてそれに紛れて行く・・・、のも無理だし〜」
「やけになって強行突破、なんてのは絶対ダメだからな。 それをすれば魔界大戦になりかねない」

「ちょっと待って。 令さまと志摩子さんと相談しよう。 4人で話せば何かいい知恵が浮かぶよ、きっと」

 祐巳と祐麒は偵察を終え、令と志摩子の潜む岩陰に戻って行った。



☆★☆

「なるほどねぇ・・・。 ロック鳥を囮にして、その隙に排水口に侵入しよう、っていうことでいいかな?」
 しばらく、あーでもない、こーでもない、と議論していた4人だがようやく作戦が決まりつつあった。

「はい! ロック鳥ならこのあたりに現れても別におかしくないですし、城郭の周囲に居るマンティコアも追い払ってくれます。
 城郭の北に居るイナゴの大群はやっかいですけど、イナゴもロック鳥の羽ばたきの下には近づかないんですって」

 魔都・ミツベラモンから5キロ離れた岩山で、祐麒と祐巳の二人で偵察した結果を元に、4人で話し合った作戦の確認をしている。

「メリーさんと、ランチを北周りで飛ばせて、ボスとロッキーを南回りで飛ばすのね?
 その隙に瞬駆で一気に駆け込む、ってことね」
 志摩子が、作戦の詳細の確認をする。

--------
 ちなみに、祐巳が”ランチ”に乗り、祐麒が”ボス”に騎乗。 令が”ロッキー”、志摩子が”メリーさん” に乗ってきた。
 ロック鳥の名前は騎乗するロック鳥が決まったときに、それぞれが決めた。

 マルバスは、「俺の乗ってきたこいつがこの群れのボスだから、”ボス”って言わないと機嫌を悪くしそうだ」 と簡単に決めた。
 令は、「ロック鳥なんだから、”ロッキー”でいいんじゃない?」 とこちらもいとも簡単に決めてしまった。
 ただ、志摩子だけはどうしても目の前のロック鳥に名前を決めることができず、暫く唸っていた。
 が、ふと明るい顔になると、「メリーさん」 と自分の乗るロック鳥に呼びかける。
「ほえ? 志摩子さん、”メリーさん”なの?」 と、不思議そうに聞く祐巳に、
「えぇ、この子、”メリーさん”って呼ぶわ」 と答える志摩子。 なにか天啓があったのだろうか。

 祐巳の”ランチ”という命名にも頭を抱えた祐麒だが、”メリーさん” と名前をつけた志摩子に、
「鳥なのに、ヒツジみたいな名前つけるってどうよ?!」
 と、思わずツッこみ、「なんだ、志摩子さんにもツッこめるんじゃない」 と、祐巳から褒めてもらった。
 だが、「あら、メリーさんはヒツジを飼っている人でヒツジではないわ」 と、どうでもいいツッコミが志摩子から返された。
--------

「ただ、距離が長いからね。 3kmも身を隠す場所がないのよ。 瞬駆で一気、っていうのは無理があると思う。
 ”幻朧” を織り交ぜて、わたしと志摩子さんは”風身”も使って。
 令さまは”瞬身” を半分以上は織り交ぜてください。
 切り替えるときは、地面に一回倒れて、砂煙を巻き上げるようにすれば、遠くから見ればオルトロスかキマイラが獲物を狩っているか、縄張り争いをしているように見えるみたいです」
 志摩子と令を交互に見ながら説明を進める祐巳。

「それだと、”幻朧” を最低2回は使わないとまずいだろうね。 ただ、そうすると排水口に飛び込んだとしてもその時点で体力切れになるよ。
 下水網の中は魔物の巣窟なんでしょう? 下水に入った途坦襲われたらきついんじゃないかな?」
 さすがに令は、このチームのリーダーとして慎重な意見を述べる

「それなんですけど、排水口にたどり着くまでは祐麒にわたしの目になってもらいます。
 それで、排水口に入ったらすぐに、魔王・マルバスの姿に変わってもらいます。
 わたしたちの体力が回復するまでの間、マルバスがわたしたちを守ってくれます。 あと、ステルス・テントを張れば大丈夫だと思います」
 祐巳は、傍に控える祐麒に信頼しきった眼を向ける。

「祐麒、この作戦の成功はあなたにかかっているわ。 令さまと志摩子さんをどんなことがあっても守ってね」

「あぁ、任せておけ。 下水の中の魔物は数は多いがレベルは低いから。
 それに、アバドンからの距離も離れているし、なにより地下だしな。 多少暴れてもばれずに済むだろう」

 こうして、魔都・ミツベラモンへ侵入する作戦が決まった。

 決行は、発見される危険性の高い日中の時間帯を避け、夕暮れを待って行われる。

 『アバドンに見つかるな!一生懸命走って街に侵入するぞ大作戦!』 の決行である。



 4羽のロック鳥が2羽一組となり、城郭の周囲を飛び回る。
 それぞれ、マンティコアを追いかけ、すでに数匹のマンティコアを血祭りに上げているようだ。

 ロック鳥もマンティコアも同様にC級の魔物。 しかし同じC級といっても、ロック鳥のほうがレベルは高く、なにより地上を走るマンティコアの天敵がロック鳥なのだ。
 同じC級で地上を走るパピルサグは、地面にもぐることも得意なため、ロック鳥がパピルサグを狩ることはない。

 ロック鳥ははるかな天空から一気に舞い降り、地上のマンティコアを狩って行く。
 普段では行わないような荒々しい狩り。 もちろんこれは陽動も兼ねているので自然に派手な動きになる。

「お〜、ランチもメリーさんもがんばってるなぁ。 よし、令さま、志摩子さん行きましょう! 全員バラバラになっちゃうけど目標は東の城壁、その排水口。 ガンガン飛ばしていくよ!」

「OK.。 全員無事で落ち合おう。 わたしは志摩子を、志摩子は祐巳ちゃんを、祐巳ちゃんはわたしを見ていて。
 だれか一人でも倒れたら無理はしないこと。 飛んできたおかげでまだ時間に余裕はある。 一回体勢を立て直す勇気も必要だ。
 じゃ、作戦決行!!」

「「おー!!」」

 3人は一陣の風のように目的である排水口に向け駆け出す。

 もちろん、真っ直ぐ走るわけではない。 ジグザグに、できるだけ突起した岩を目指し、その岩付近で体を倒し、砂埃を舞い上げる。
 3kmもの距離があるのだ。
 時速300kmで走り続けることが出来たとしても、36秒間もその身を晒すことになる。

 瞬駆、瞬身、風身、幻朧など、様々な加速技を駆使しても、時速300kmなんてスピードを継続して出せるわけもない。

 3人は駆け、転び、身を潜め、幻朧を駆使し、3kmの距離を駆け抜ける。

 地龍のように、地面すれすれを身をかがめ風身で駆けていた祐巳の目の前に、突然マンティコアが現れる。
 ロック鳥を回避するため、岩に姿をやつし、隠れていたのだ。

 そのマンティコアが、砂嵐を巻き上げて駆ける祐巳に牙を向く。
 だが、トップスピードに乗った祐巳にその牙が届くはずもない。

 祐巳は、左手を地面につけたかと思うと、両足をマンティコアに向け蹴り技を放つ。
 たった一撃・・・。 それだけでマンティコアの体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 たしかに、このような動きをしていれば、マンティコア同士の縄張り争い、と見えなくもない。
 ・・・まぁ、ロック鳥に追い掛け回されている状況でなければ。

 派手なロック鳥の動き、しかも群れと言うには少なすぎる4羽での狩り。
 そのような修羅場で縄張り争いをしているように見えるマンティコア。

 普通なら獲物を鋭い爪で抱え上げて連れ去るロック鳥が、殺戮を繰り返しているのだ。

 多少、知恵の回る魔王クラスのものが居たら、この不自然さに簡単に気付いただろう。

 だが、運のいいことにこの場所にB級の魔王は居ない。

 ただ一人、城郭の北に居座るアバドンであれば気付いたかもしれない・・・。 目の前でこのことが起こっていれば。
 
 それがわかっているから、マルバスはアバドンから一番離れたこの地点を侵入作戦のルートに選んだのだ。

 祐巳の走査線と令の走査線がクロスする。 令と志摩子の走査線も何度も交差している。
 3人はジグザグの間隔を狭めながら、スピードを上げていく。

 目的地である排水口まで、残り300m・・・100m・・・50m・・・。

 排水口まで残り30mを切ったところで、排水口の周囲にイナゴの群れを発見した祐巳は、急ブレーキをかけ地面に倒れ伏す。

(どうしよう?!) 一瞬顔色が真っ青になる。

 ここでイナゴの群れを蹴散らすのはたやすい。 手に持ったセブンスターズを一閃させれば苦もなく道は開けるだろう。
 だが、この位置でイナゴを一匹でも倒してしまったら、その情報がアバドンにもたらされることになるかもしれない。

 その時、頭上に大きな影を感じて祐巳は天を振り仰ぐ。
「ランチ!」
 そこに居たのは、祐巳につき従うロック鳥、”ランチ” であった。

「クカァァァァァァァアアア!!」
 ランチはその巨大な羽をはためかせ、イナゴの群れを追い払う。
 羽ばたきをするたびに数千のイナゴを吹き飛ばし、祐巳たちの進路を確保する。

 ランチは、祐巳の感情を読み、難問に眉根を寄せた顔を遥か上空で見たとたん、危険も顧みず祐巳の前に舞い降りたのだ。

「祐巳ちゃん、先に行くよ!」 令が瞬身で祐巳の横を駆け抜け排水口に飛び込む。

「祐巳さんも早く!」 志摩子が令に続き、中に入る。

「ランチ、ありがとう! あなたのことは忘れない! 無事で居てね!!」
 祐巳はひし、とランチの首を一回抱きしめると、”風身” で排水口に飛び込む。

 地面に舞い降りたランチが、再び上空に飛び立とうとしたとき、先ほどまで追い立てられていたマンティコアが数匹飛び掛る。

 だが、そのマンティコアに風切り羽を数枚引き裂かれながらも、ランチは巨大な羽をはためかせ振り払おうとする。
 しかし、もともと同じC級の魔物。
 しかも、ランチはロック鳥の中でもまだ若く、十分な大きさ、レベルに達しているわけではない。
 
 いくらロック鳥がマンティコアの天敵とはいえ、若いロック鳥が地上に降りてしまえばその実力にさして違いがあるわけではない。
 あくまでも、マンティコアの届かない上空を飛ぶことがロック鳥のアドバンテージなのだ。

 上空に飛び上がろうとするランチだが、風切り羽を次々に引き裂かれ、腿に、首筋にマンティコアの鋭い牙が食い込む。

「クカァァァァァァァアアア!!」 と、ランチの悲痛な鳴き声。

 その悲鳴に気付いたロック鳥の群れの”ボス”が、ランチの救出をするため、上空から様子を覗う。

 しかし、数匹のマンティコアはすべてランチに喰らいついている。
 ・・・これでは、攻撃することが出来ない。 マンティコアに鍵爪で攻撃したとしても、その爪でランチを同時に切り裂いてしまう恐れがあった。

 ランチはあまり得意でないのに羽をばたつかせ地面を駆けて、振動でマンティコアを振り払おうとする。
 だが、それは無駄な努力。 強靭な顎を持つマンティコアは、これまでの報復をしようと血眼になっている。

 と、その時・・・

 ランチの首筋に噛り付いていたマンティコアが宙を飛ぶ。
 腿に喰らい付いていた2匹が同時に地面に叩きつけられる。
 羽をかきむしっていたもう1匹が勢いよく弾き飛ばされ、仰向けにひっくり返る。
 
 ランチの生命の危機を救ったのは一陣の風となった祐巳であった。

 マンティコアを撃退した祐巳は、セブンスターズをクルクル回転させ、純白の光玉を生み出す。
「癒しの光っ!」 祐巳の医療呪文がランチを包み込む。

「ボスー!! ロッキー!! ランチを連れてここから逃げてー!!」

 祐巳は上空でことの一部始終を見ていた残りのロック鳥に向かって叫ぶ。
 バサバサーーーー!! っと、2羽のロック鳥が舞い降り、大怪我を負ったランチを左右から抱えあがるように上空へ飛び去る。
 さらに、もう一羽も地上で隙を覗うマンティコアを威嚇するように上空で羽ばたく。

「”幻朧!”」 ランチの体が安全な上空に非難したことを確認しながら、祐巳は最大の加速技を使用し、排水口へ飛び込んだ。



☆★☆

 ボタッ・・・、ボタッ・・・と赤、というよりどす黒い血が巨大なライオンの顔面から滴り落ちる。

 4本の足で踏ん張り、仁王立ちするライオンの顔面は血で真っ赤に染まっていた。
 いや、その見事なまでのたてがみも、すでに血に濡れべっとりと額に張り付いている。
 顎の下まで伸びたたてがみを伝い、地面にも血の池ができている。

 むせ返るほどの血の匂い。 その匂いがさらに魔物やモンスターを引き寄せる。

 漆黒の闇に閉ざされた下水網の一角で、魔王・マルバスはその本来の姿に戻り、襲い掛かる魔物たちを巨大な腕で叩き潰し続けていた。
 倒した魔物たちの返り血がマルバスの体に大量に付着してるのだ。

 隠れるところもない下水網の中。 左右は石造りの水路になっている。
 マルバスが前面から襲い掛かる魔物を叩き潰し、後ろから近づく魔物を令が切り捨てていた。

 マルバスと令のちょうど中間に、小さなステルス・テントが張られ、その中に志摩子に膝枕されて眠る祐巳の姿。

「うぅっ・・・っ。 う〜・・・。 ん?」
 苦しげに呻いていた祐巳の瞳が薄く開く。

「祐巳さん、目がさめた?」 と、志摩子が小さく声をかける。
 その声に祐巳は反応し、ガバッ、と上体を起こす。

「あ・・・。 あれ? 志摩子さん・・・だけ?」
 素早く周囲を見渡した祐巳は令とマルバスの二人が居ないことに気づく。

「さぁ、これを飲んで」 と、祐巳の問いに答えず志摩子は”ソーマの雫”の入った瓶を祐巳に手渡す。

「わたしたちの擦り傷や切り傷は全部祐麒さんが治療してくれたわ。
 わたしと令さまの体力はもう回復しているので心配しないで。
 今、二人でこの前後を守ってくれてるの。 令さまとわたしは交代で後方を守っているけど、祐麒さんはもう12時間も一人で前面に立ち続けているわ。
 ・・・ 祐麒さん、怒っていたわよ。 祐巳は無茶しすぎだ、って」

「ごめん・・・。 そっか、体力の切れた後に2回も幻朧を使っちゃったもんなぁ・・・。 3人に負担をかけちゃったね」
 ごくごくと一気にソーマの雫を飲み干した祐巳が志摩子に頭を下げる。

「ううん。 祐麒さんだって心の底から怒ってはいないわ。 祐巳さんのことが心配でそれが言葉になっただけ。
 祐巳さんが、ランチちゃんのこと助けたことはあの状態なら仕方ないもの。
 令さまは、祐巳ちゃんらしいね、って笑っていたわ」


 志摩子も、令も、そしてマルバスも、なぜ祐巳が危険を顧みずロック鳥のランチを助けたのかわかっていたのだ。
 祐巳にとって、たとえ魔物であっても、その命は決してぞんざいに扱ってはならないもの。
 襲い掛かってくるものには倒すのに躊躇はしないが、自分を守ってくれたランチを助けたい、と思うのは祐巳なら当然の行動だ、と思っている。
 たとえ、そのために体力をほとんど使いきった状況であっても、”幻朧”を使ってしまう祐巳。
 ランチを救ったあの瞬間。 あのとき、風身や瞬駆のスピードであれば、間に合わなかったかもしれない。


「うん。 ランチは困っていたわたしたちを助けるために危険な地上に降りてきたんだもん。
 そんなランチを見捨てることなんて出来なくって。 でも、わたし12時間も寝てたんだね?」

「えぇ。 とにかく祐巳さんの体力が回復するのを待っていたの。 動ける? おなか空いてない?」

「うん、もう平気だよ、って言いたいとこだけど、さすがにきついなぁ・・・。
 やっぱり、体力が切れた後の幻朧は無理が大きいね。 でも、けっこう体力は回復してるよ。 いつまでもゆっくりしていられないし、すぐに出発しないと」

「じゃ、テントをたたむわ。 そろそろ祐麒さんも休ませないと可哀想だものね」



「祐巳ちゃん! 大丈夫なの?」 
 と、令が心配そうに祐巳に問いかける。

「はい、もう大丈夫です。 令さま、お疲れじゃありませんか?」

「あぁ。 こっちは志摩子と1時間おきに交代してたから大丈夫。 それよりマルバスのほうが大変だったのよ」
 穏やかに令は祐巳に答えるが、床に突き刺した野太刀は数箇所で刃こぼれしており、血を滴らせてる。

 ズバッ! と3人の後方で肉を切り裂く音がした。 近づいてきた最後の魔物を叩き伏せ、遥か彼方に投げ飛ばしたマルバスがライオンの姿から金色の肌、黒色の髪の青年の姿になる。

「気にするな。 この程度の奴ら、片手で何百匹でも叩き潰せる。
 ただ、さすがに時間が長かったな。
 祐巳、目がさめたんなら何でもいいから食事をしておけ。 これから先、体力切れが一番怖い」

 マルバスは後ろも振り向かず祐巳に声をかける。

「うん。 祐麒、守ってくれてありがとう。 あなたこそ怪我はない? 血だらけじゃないの!」
「怪我? あぁ、この程度のやつらの攻撃で俺の体に傷などつけることは出来ないさ。 その点は心配しなくてもいい。 この血は返り血だ」

 祐巳は背を向けたまま顔を見せないマルバスに近寄る。
 トンッ、と額をマルバスの背中につけ、小さな声で 「ありがとう」 ともう一度声をかける。

「聞きたいことはわかっている。 ランチは無事にこの町を離れた。 今は、元いた岩場に帰っているよ。
 祐巳がこの魔界にまた戻ってくることはないだろうが、ランチはいつまでもお前を憶えているだろう。
 ・・・ だがな。 もう二度とあんな無茶はするなよ。 俺も心配したんだからな」

「うん・・・。 わかってる。 ランチ、これからも元気で生き続けられるといいね」

「俺は、予言のほうは得意分野じゃないんだけどな。 きっとランチは将来 ”ルフ” になるまで生きるさ。
 あいつは、本当の王の資質に触れたんだ。 そんじょそこらのロック鳥とは違う存在になる。 大丈夫だ」

「うん! それを聞いて安心した。 でも、『本当の王の資質』 って?」
「ん? あぁ、何かを守る喜びと、守られることの幸せな気持ち、その大切さな二つのことを知ったものはこれまでと違う存在になる、ってことだよ。 ま、気にするな」

「ん〜。 よくわかんないけど、無事だったらいいや。
 あはは、なんだか安心したらおなかも空いてきちゃった。
 志摩子さん、令さま、お行儀悪いけど、携帯食を食べながら進みましょう。 もうあまり時間が無いんじゃありませんか?」

「そうだね。 今、朝の7時だよ。 残り29時間。 焦る必要はないけどたっぷり余裕がある、ってわけでもないかな。
 なにせ魔界だ。 なるべく早く薔薇十字を見つけて、帰還ポイントに戻りたいね」
 ソーマの雫をぐびぐびと飲んでいた令が祐巳に答える。

「はい、祐巳さん」 と、志摩子が携帯食の入ったパックを祐巳に手渡す。

「よし、準備が出来たら出発するぞ。 最短ルートで行きたいが、そっちは魔物が多い。
 ちょっと大回りになるが、一旦南口付近まで迂回してから北上する。 こっちのルートは、ソトートがいるが、そのおかげで低級な奴らの数が少ない。
 ソトートは分厚くたるんだ唇と水かきのついた手足を持つ2足歩行をする魚人みたいな奴だ。 毒もあるし麻痺攻撃もしてくる。 この下水網の中で一番強く獰猛だ」

「わかった。 先導は任せるよ。 令さま、わたしと祐麒で先を歩きます。
 令さまと志摩子さんは後方の警戒をしながら付いて来てください」

 祐巳は、令と志摩子に声をかける。
 そして、バッグの中に手を突っ込んで大きなタオルを取り出した。

「さ、祐麒、これで拭いて。 たとえ汚れていても私は気にしないよ? わたしを守ってくれた勲章じゃない」
 祐巳は、マルバスが振り向かない理由を知っていた。

「ふん・・・。 祐巳がそう言う事くらいわかっているさ。
 でも、俺が嫌なんだ。 血だらけの顔を見せたくはないんだ」

 マルバスは祐巳から受け取ったタオルで顔面をゴシゴシ拭くと、祐麒の姿に戻る。

「魔物の少ないルート、と言ってもまだだいぶいるから、気を抜くなよ。 それと、あまり前に出るな。 祐巳まで血まみれになることはない」

 マルバスは祐巳が魔界に来てから、一匹も魔物を殺していないことを知っていた。
 蹴り飛ばし、七星昆で弾き飛ばしたマンティコアも、命までは奪っていない。

 たとえ魔物であっても無差別に殺すことは避けたい、と祐巳が思っていることをマルバスは敏感に感じ取っていた。
 そんな祐巳に、たとえ守るためだったとしても残虐に魔獣を屠り血みどろになった顔は見せたくない。
 
 マルバスもまた遥かな過去は天界で天使として過ごしてきた身。
 遥かな過去の感情が僅かずつながらも戻ろうとしてきているのかもしれない。

「祐麒こそ、休んでないんでしょう? 無理は禁物だよ・・・、って私が言っても説得力ないか〜。
 でも、お互い助けあっていこうね。 いざというとき力が出せずに後悔するのはいやだから、ね」

「あぁ、そうだな。 じっくり腰を据えていこうか。 それじゃ・・・」
 行こうか、と言いかけたマルバスの脳裏に、ふと過去のビジョンが浮かぶ。

 『わたしを忘れないで』

 大きな瞳に涙をいっぱいためて自分を見る少女。
 金色の髪。 純白の肌。 ほのかに紅い頬。 真紅の唇。
 ひざまずき、両手を胸の前で組んで自分を見上げるはかなげで、それでいて神々しいオーラをまとう少女。

(・・・・・!? 誰だ? 『忘れないで』 だと?! 俺は何時この言葉を言われた?!)

 マルバスは愕然となる。 『忘れないで』 と言われたことさえ今の今まで忘れていた。

 ふと一瞬。 マルバスは瞳を閉じて祐巳に背を向ける。

 思い出せないのならば思い出すまで待てばいい。
 今は、祐巳に頼まれたこの任務を遂行するのみ。

「ゆっくり歩こう。 そのほうが下級の魔物は恐れて近づいてこない。 さぁ、行くぞ」

 今度こそ出発だ。
  いよいよ薔薇十字も近い。 4人は気合を入れなおし、下水網を進み始めた。


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