【344】 やっと巡ってきた幸運常識覆す選挙管理委員会  (柊雅史 2005-08-10 23:46:34)


リリアン女学園には色々な委員会がある。
環境整備委員会に図書管理委員会。そして期間限定の体育祭運営委員会に学園祭運営委員会。
けれど数ある委員会の中で、一番人気の委員会といえば、他でもない、選挙管理委員会だった。
「……って、なんでまたそんな地味なのが」
クラスのくじ引きで選挙管理委員会に当選した乃梨子は、クラスメートの羨望の眼差しの中、戸惑いいっぱいの表情で呟いた。
「っていうか、いいのか、つぼみが選挙管理委員で」
「それは構いませんわ。名目上、選挙に参加する薔薇さま候補とその妹は、選挙では無関係ですもの」
瞳子がやっぱり羨ましそうな目で教えてくれる。
「それに、選挙と言っても今年は信任投票。乃梨子さんが選挙管理委員会に選ばれたところで、なんら影響はございませんもの」
どこまでも物欲しそうな目で瞳子が引き続き教えてくれる。
「まぁ、それなら別に、構わないけど……」
乃梨子は首を捻りながら、とりあえず選挙管理委員会とやらに参加することにした。
果たして、なんでまたこんな地味な委員会が大人気なのか。
素朴な疑問を感じながら。

       ◇   ◇   ◇

選挙管理委員会の仕事は地味なものだった。
薔薇さま候補――つまりは志摩子さん・祐巳さま・由乃さまの要求に応じて、選挙管理委員会の印を押したポスター用の用紙を渡す。
時々、ポスターの掲示位置など、違反がないかチェックする。
選挙日には投票箱を手に教室を回り、せっせと開票する。
そして選挙結果を掲示して、お仕事はおしまいである。
「……地味だ。しかもつまらない」
案の定、今年は三人の薔薇さまが順当に信任された。というか、反対票がほとんどない。集計も楽だったし、集計中のスリルも味わえない。
なんでこんな委員会が大人気なのだろう、と乃梨子は最後まで首を捻りっぱなしだった。
最後に掲示されたポスターを回収し、これでお仕事はおしまいである。拍子抜けした気分でポスターを選挙管理室へ持ち帰った乃梨子は。
そこで、この委員会が大人気である理由を知った。

「それでは皆さま、まずはお仕事お疲れ様でした」
委員長の音頭でパチパチと拍手が起こる。
「今年もつつがなく選挙が終了し、薔薇さまが誕生しました。とても喜ばしいことです」
乃梨子もうんうん、と頷いた。
これで志摩子さんも、白薔薇さまを続けられるのである。やはり妹としては嬉しい限りだ。
ほっと安堵していた乃梨子だけど――そこで気が付いた。
室内の雰囲気は、安堵という表現からはほど遠い、ギラギラと殺伐とした空気に満ちていたのだ。
「――?」
首を傾げる乃梨子の視線の先で、にこにこと笑顔を浮かべていた委員長が、ふっと表情を一変させる。
「――というわけで、これで選挙は終了。つまり――ポスターは用なしでございます」
『うおおおおおおおお!』
トーンを落とした委員長のセリフに、地鳴りのような叫び声が響く。
「即ちっ! 新・薔薇さま方のポスターは、廃棄処分! 廃棄されたものをどうしようと、誰にも文句は言われない! それでは毎年恒例、薔薇さまの写真入りポスター争奪戦を開始いたしまーす!」
「ぽ、ポスター争奪戦!?」
驚く乃梨子の目の前で、これまで粛々と選挙管理委員会の仕事をこなしていた同志たちが、我先にと手を挙げて、口々に叫び始める。
「私、祐巳さまのが! 祐巳さまのポスターが欲しいですわ!」
「白薔薇さま希望です! 白薔薇さまのを! 白薔薇さまのをぉぉぉ!」
「由乃さまは私のものです! あ、あなた! 唾つけないで下さい、汚いですわ!」
「じゃんけん、じゃんけんですわ! でも祐巳さまのを私に譲ってくださっても、良いんじゃないかと一生懸命仕事した私は思うのですわ!」
わらわらわらと、教壇の上に積まれたポスターに群がる乙女たち。
乃梨子はようやく、選挙管理委員会が人気な理由を知った。
「これが……目的か!」
乃梨子は目眩を覚える。こんな欲望まみれの選挙管理委員会があって良いのだろうか。
確かに薔薇さまの人気は半端ではない。体育祭の写真など、一年生がわざわざ注文するくらいである。しかしポスターのように、巨大で、しかもにっこり微笑んだ薔薇さまの写真なんてものは、そうそう手に入るものではない。それこそ、某眼鏡の写真部員さまに強力なコネがない限り、決して手にすることは適わない一品だろう。
しかし……なんてくだらないのだろう。
乃梨子は頭痛を覚えてその部屋を抜け出そうとした――のだが。
「志摩子さま! 志摩子さまの写真を! そして、そして、あんなことやこんなことをさせてくださいませっ!」
そんな叫び声が聞こえ――乃梨子はくるりと、振り返った。
「――あんなことや、こんなこと?」
ふふふ、と乃梨子が暗く笑う。
「そんなこと……させるかゴラァ!!」
乃梨子は一気に集団へ襲い掛かった。
「志摩子さんの写真は……妹である私の目が黒い内は、渡してたまるかこんちくしょーーー!!」



来年以降、公平を規すために薔薇さま候補の妹の選挙管理委員会選出を禁止する嘆願書が山百合会に提出されたが。
乃梨子はもちろん、その嘆願書を破り捨てた。
来年、自分のポスターがあんなことやこんなことに使われるなんて、冗談ではない。
乃梨子は早速、ポスターの回収と焼却処分を義務付ける規則を、山百合会に提言するのだった。


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