【3441】 月の輝き  (ex 2011-01-22 23:00:00)


「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」

【No:3431】【No:3434】【No:3439】【No:これ】【No:3445】

※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズの番外編になります。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
※ 第2弾も【No:3404】から書いています。 こちらもよろしくお願いします。

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「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 ☆ 第四話 『薔薇十字の在り処』 ☆



〜 1月5日(木)8時  魔界 -ミツベラモン地下下水網- 〜
    〜 薔薇十字まであとわずか 〜

「はっ!」

 気合と共に、使い慣れた ”理力の剣” を斜めに切り上げる。
 飛び掛ってきていたソトートは志摩子の斬撃で前足を切り飛ばされ、続いて振り下ろされた剣に頭蓋を叩き割られた。
 頭蓋を砕く鈍い感触といっしょに血液をばら撒きながら、また一匹のソトートが命を失う。
 さらに志摩子は背後の気配を敏感に感じ取ると、振り向きながら剣をまっすぐに突き出した。
 すぐ後ろで飛び掛ろうと構えていたソトートが、首筋に切っ先をもぐりこまされて断末魔の悲鳴をあげる。

「あいかわらずの剣の冴えだね」
 10mほど後ろで志摩子の戦闘を見ていた令が感心したように言う。

「いえ、これくらい。 実力差をわかってくれたら、無駄な殺生はしなくていいんですけど・・・」
 うんざりした顔で令に答える志摩子。

 食料が不足し、飢えに支配されたソトートは、とにかく動くものであれば我先に、と襲い掛かってくる。
 さすがに、この程度・・・C級の魔物が志摩子の敵になるはずもない。

 先に進むためとはいえ、殺生を積み重ねる志摩子。 心優しい志摩子にとって、襲いかかってくる敵とは言え、弱者、としかいいようの無い魔物を倒すことは、肉体的な疲労よりも精神的な疲労のほうが大きい。

 いま、薔薇十字捜索隊の4人はミツベラモンの下水網、最南端から北上するルートをとっている。
 このルートは下水網の中でも一番大きな幹線であり、ここまでくれば北上するだけ。
 枝道に入り込む必要もないので、先導役のマルバスを休ませるため、チームの10mほど前を一人で志摩子が先陣を切っている。

 後ろから、キィ、という甲高い泣き声と、ヒュンとさらに甲高い音が聞こえたのとほぼ同時、ベチャっと鈍い音が耳に届く。
 その音が3度連続して聞こえる。

 後ろから迫ってきていたイービルバッドという吸血大コウモリ3匹を祐巳のセブンスターズが叩き落したのだ。

「だんだん、魔物の数が減ってきたねぇ。 祐麒の言ったとおりだね。 こっちのルートで正解だったよ」
 もう完全に体力が回復し、後方の警戒をしていた祐巳がポツリ、と呟く。
 祐巳も、無駄とも思える殺生を積み重ねることにうんざりしているのだ。

「あたりまえだ。 俺を誰だと思ってるんだ? 探査能力にかけては魔界一の能力を持ってるんだぞ。
 どこにどんな魔物がいるかくらいわかるさ」

 まだまだ襲いかかってくる魔物がいる、とはいえ、マルバスの選択したルートは東側排水口付近とは違い、かなり数が少なくなっていた。

「それより、祐巳。 さっきまであまり動きのなかった薔薇十字が、5mほど動いている。
 いや、魔界に来てからも、わずかに揺れていたのはわかってたんだ。 
 在り処は下水網の中だから、傍に居る魔物やアバドンの使役するイナゴの動きにあおられた水の動きで揺れているのかと思ったが、どうやら違うな」

 薔薇十字に近づいたことで、探査能力に優れるマルバスはさらに具体的にその位置を把握してきたようだ。

 魔王・マルバスは、本来の姿から祐麒に姿を変えている。
 はやり、見た目、と言うのは大事なもので、祐麒の姿をとっているときのほうが、令や志摩子はマルバスに話しかけやすいのだ。

「誰かが薔薇十字を持っていて、それを動かしている、ってこと?」

「いや・・・。 持っている、というよりも体内に取り込んでいるようだな。
 正確に言えば、薔薇十字を食っているんだ。 そいつの腹の中に薔薇十字はある。
 おかしいと思っていたんだ。 魔界にピラミッドが落ちたとして、その場所はここじゃない。
 じゃぁ、なんでピラミッドにくっついて落ちてきた薔薇十字がここにあるのか、ってな」

「誰かが、ピラミッドの落ちた傍で薔薇十字を手に入れて、この街に来た、ってことなの?」

「あぁ。 ワードックとか、グールあたりだろうな。 それがこの街に来て下水に潜った。
 そして、それを薔薇十字ごと飲み込んだ奴が居る、ってことだ」

「それって、さっきからこのあたりに出るソトートなのかな?」

「いや。 ソトートと姿は似ているが、全然レベルは上の魔物でハイドラという。
 薔薇十字の有る場所の傍に居る魔物はハイドラだけだ。
 そのハイドラの潜む下水管の集中する広間の近くに何万匹ものイナゴが居る。
 ただ、こいつはかつて俺の知っているハイドラじゃない・・・。 なんていうか・・・。
 ハイドラの強化版。 魔王以上の力を持ったハイドラ、ってところだな。
 その証拠に、アバドンの使役するイナゴがハイドラを狙っているんだが、全く相手にされていない。
 ・・・。 ひょっとして、薔薇十字を食ったことで、その力を増しているのかもしれない」

 さすがに秘密を暴く力を持っているマルバスでも、詳細はわからないようだ。

「う〜ん。 わたしたちが薔薇十字を顕現すると、全開の覇気が出しやすくなるのよ。 
 ひょっとして、魔物が薔薇十字を食べたら、なにかの能力が上がるとか? そんな感じじゃないの?」

「いや・・・。 薔薇十字は使用するものの隠された能力まで引き出すことが出来る、パワー増幅剤みたいなもの、なのかもしれないな。
 その力が、薔薇十字を食ったハイドラにもあらわれて、とんでもなく強い魔物に進化した、ということか・・・。 うん、それで間違いなさそうだ」

「祐麒くん、それじゃ、その強くなったハイドラを倒して、腹を掻っ捌いて薔薇十字を取り出さないとならない、ってことだね?」
 祐巳と祐麒の前を歩いていた令が後ろを振り向いて会話に参加する。

「えぇ、令さんの言うとおりです。 ま、この4人が揃っているんだから、いくらハイドラが強くなってる、とはいえ問題なく倒せるでしょう。
 ただ、気になるのが、『薔薇十字を食えば強くなれる』 と、他の魔物たちが気付き始めているんじゃないか、っていうことですね」

 どうやら、マルバスにはこれまでの展開が読めてきたようだ。

「おそらく、荒野をうろついていた下級魔物が死肉を漁っているときに、死肉に付着していた薔薇十字を誤って一緒に食ったんでしょう。
 そこまでは、偶然だと思います。
 そして、薔薇十字を食ったことで強くなった魔物は、本来、中に入ることの出来ないこの街に、力で入り込むことができた。
 でも、この街の下水網にはさらに強く巨大なハイドラが居た。
 そして、ハイドラは薔薇十字の力で強化された下級魔物を飲み込んだのだと思います。
 そこからが問題ですが・・・。 恐ろしく力を増したハイドラの存在を、アバドンが気付いた。
 アバドンは、なぜハイドラがレベルを超えて強化したのか、その原因に気付いたんだと思います。
 だから、この街に来てハイドラを襲わせているんでしょう」

「わかったわ! それじゃアバドンが、北はエルサレムから西はエジプトあたりまでイナゴを展開しているのは、他の地域を侵略するためではなく、他の地域の魔王たちがここにやってこないようにするためだ、ってことなんでしょう?」

 前方に魔物たちが居なくなったことで、後ろの会話を聞いていた志摩子が会議に参加する。

「えぇ。 さすが志摩子さん。 鋭い読みです。
 そして、そのことに気付いたのはアバドンだけじゃない。
 おそらく、クトゥルーかダゴン、”古きものたち” の首魁の一人も気付いたんでしょう。
 だから、手勢のインスマウス人・・・、えっと、あのカエル人間のことですが、そいつらをここに向け放ったのでしょう」

「魔界で、まさかの薔薇十字争奪戦がはじまった、ってことなのかなぁ?」

「いや、ハイドラが強くなったのは偶然。 実際に気付いたのはたまたまこの近くにいたアバドンだけなんだろう。 アバドンは感知能力が高いからな。
 ”古きものたち” の考えはさすがにわからない。 なぜ感知できたのかを含めて、な」

「北と西に警戒のためのイナゴを展開しているのに、東と南ががら空きなのはどうしてなのかしら?」
 志摩子がまたしても鋭い質問を祐麒=マルバスに投げかける。

「はい、アバドンの支配地はもともとここから東と南なんです。 自分の支配下にある土地については警戒する必要がありませんから。
 ただ、紅海に面した南の場所は ”古きものたち” の支配地と重なっています。
 インスマウス人は鈍重そうに見えますが力は強い。 イナゴ程度では侵略を防ぐことができないんです。
 既に防衛網を突破されたので、この街で迎え撃つつもりでしょう」

 志摩子には、とても丁寧に答える祐麒。

「でもさぁ。 薔薇十字は確かに覇気の力を全開にしやすいんだけど、もともとの力が倍になる、とかいうものじゃないよ?
 祐麒の推測だと、薔薇十字って魔物にはすごい有利なアイテムになるじゃない?」

「祐巳さん・・・。 今更なんだけど、気になることがあるの」
 志摩子が歩くのを止め、真剣な顔で祐巳を見る。

「なぁに、志摩子さん。 気になることって」

「薔薇十字はわたしたちの覇気を受けて、剣や昆や鎧を顕現させるわ。
 それは意志の力、精神エネルギーを感知して変化するものだと思うの。
 でも、そんな物質、一体なんでできているの? わたしたちの知っている金属や鉱物にそんなことが出来る物資はないわ」

「え? それはわかんないけど・・・。 でも薔薇十字は妖精王の管理するものだよ? 妖精の魔力で出来ている、とか、そういうものじゃないのかなぁ?」

「そうね。 薔薇の紋章、十字の形、美しい造作。 それは妖精王の力でそのようにされているのだと思うわ。
 でも、もともとの物質が問題なの。
 妖精王はどんな材料を使ってこの薔薇十字を作ったか、ってことよ」

 志摩子は、自身の手首に巻いた白薔薇の薔薇十字をかざす。

「ねぇ。 祐麒さんならわかるでしょう? この薔薇十字は金属のように見えるのだけれど、一体なんでできているのかしら?」

「・・・。 それはこの次元、つまり天界と魔界ですが・・・。 この次元にしか無い金属。 人間界や妖精界にはこの金属は無いものです。
 今、人間界と妖精界に、この金属は薔薇十字以外存在しません。
 魔界にもすでに全く無い。 あるのは天界だけです。 それも非常に希少価値が高い。
 新たに生み出されることの無い金属だからです。 どの次元においてもこの地球上には存在しない金属です」

「つまり、はるか古代に、地球外から星々の海を越えてきた金属、ってことですよね?
 そのような存在がこの金属以外にも地球にいます。
 この金属は、”古きものたち” と共に地球に来たのではありませんか?」

「志摩子さん・・・」
 思わず志摩子の手を握り締める祐巳。

「驚いた・・・。 たったこれだけの手がかりで、そこまでたどり着きますか・・・。
 志摩子さん、あなた、一体何者ですか?」

「わたしは普通の女子高生ですよ、祐麒さん。 そしてあなたと共に、祐巳さんを守護する者です。
 それより、もう一つ答えてください。
 薔薇十字を食べたことで強力になったハイドラですが・・・。
 それも、”古きものたち” の一人ではないんですか?」

 マルバスの表情が驚愕に変わる。 
 普段は天然なボケで鋭さを感じさせない志摩子だが、一旦考え始めるとその思考は鋭利な刃物のように鋭く核心をついてくる。

「志摩子さんの推察どおりです。 この金属は、まだ人間界と妖精界が生まれる以前・・・。
 天界と魔界が同じ世界にあった時に宇宙から飛来したものです。
 そしてこの金属を独占した天界側が人間界と妖精界を生み出して魔界を分裂、排除したのです。
 それと、ハイドラですが・・・。
 ”古きものたち” の首魁、クトゥルーの第一の配下、邪神・ダゴンの妻、それがハイドラなのです」

「”古きものたち” が、故郷の金属を体内に取り込んで強くなった、ということですか・・・。 
 そうであるなら、”古きものたち” にとって、この金属はなくてはならないもの、ということですね」

 志摩子は、ようやく納得がいった、という顔になる。

「それに、この金属は”古きものたち” 以外にも、その所有者に強力な力を与えるんでしょう?
 天界の住人はこの金属を独占することで、”古きものたち” や、魔界のモンスターよりも上位に立つことができた。
 さらに、わずかな量を人間界と妖精界に与えて、魔界からの脅威に対抗できることにした、ってことかな?」

 令も、薔薇十字を構成する金属の特殊性と天界と魔界の争いが理解出来てきた。

「はい。 いろいろ認識に差が出るでしょうし、細かなところで違いもあるかもしれませんが、おおよそ令さんの言うとおりです。
 それと、薔薇十字のデザインなどは妖精王が少々凝っているようですが、もともとは天界で作成されたものです。
 妖精王はそれを管理する立場にある、というだけです」

「・・・なんだかなぁ・・・」
 令が不満そうな顔で呟く。

「だんだん実情がわかってきたからなんだけど・・・。
 天界ってさ、自分の世界を守るために人間と妖精に苦労させてるんじゃないのか、って気になってきたよ。
 天界は、今の人間界や妖精界、魔界のことをどう考えてるんだろう? 
 リリアンに通う私が言うことじゃないのかもしれないけどさ。 ねぇ祐麒くん、今、天界はどうなっているの?」

 令の質問に、マルバスは苦笑して応える。

「今の天界のことはみんな知っているんじゃないんですか?
 平和で、争いのない世界ですよ。
 誰も苦しむこともなく、誰も悩むこともなく、誰も死ぬことのない世界です」

 マルバスは三人を見渡しながら言葉を綴る。

「そして、それこそがかつて天界で争いがおこった原因なんです。
 かつては天界の住人も、肉体と精神を持った生命だったんですよ。 人間と同様に、ね。
 すでに、天界の住人に肉体はありません。 肉体を維持する必要がないから。 完全に精神生命体となった存在です。
 そして・・・。
 今、天界が他の世界をどう思っているか、僕にはわかりません。
 良く言えば、見守っている、ということなのかな?」

 マルバスはそう言うと笑みを深くする。

「結局、肉体と精神が絶妙なバランスで存在し、活力のある世界として存在するのは、人間界だけなんですよ。
 我々・・・。 堕天使、魔王と呼ばれる我々は、肉体と精神が共にあってこそ理想の世界が出来ると考えていたんです。
 人間界こそが、我々の目指した理想の世界なのかもしれません」

「だから、祐巳」 と、祐麒=マルバスの瞳が祐巳を見据え、真剣な、それでいて優しげな表情に変わる。

「俺は祐巳と出会ってから、本当の人間界の素晴らしさに触れた。
 だから、現世で祐巳とお前の仲間を守りたい、と、俺は心底思うんだ」

「祐麒・・・」
 祐巳は久しぶりに心の底からの表情を見せる祐麒に近づく。

「生意気言っちゃって・・・。 こんなところで感動させてどうするのよ!」
 と、人差し指で祐麒のおでこを突っつく。
 
「あらあら」 
「珍しいね。 祐巳ちゃんが照れてるよ」

 薔薇十字はもう目前。 
 敵は、薔薇十字を飲み込み、強力な海龍となった”古きものたち” の一人、ハイドラ。

 そして、次に待ち受けるであろう、数百万のイナゴを使役する破壊王・アバドン。

 さらに、古の故郷の金属を求め集まってくる”古きものたち” 邪神・ダゴンの先兵、インスマウス人。

 残された時間は、あと27時間になろうとしていた。



☆★☆

 下水網を進んでいた祐巳たち4人であったが、下水の勾配がだんだん下り傾斜になってきたのに気がついた。

 最初のうちは本来の流路だけに水が溜まり、壁際の一段高くなっているところまでは下水が上がってきていなかった。
 祐巳たちは足を濡らさないようにその一段高い場所を歩いていたのだが、すでに足首は完全に水に浸かっている。
 この先も下り勾配は続いているようだ。

 先頭を歩いていたマルバスが歩みを止める。

「静かに・・・。 ここからは、足音、いや水音も消しておけ。 この先が少し明るいのがわからないか? この角を曲がった先にハイドラがいる」

「わかった・・・。 でも、どうして明るくなってるのかな?」

「この下水網の天井に当たる部分、というか、ミツベラモンの街の石畳の道が崩れてるんだ。
 そして、空からの光が入り込んでいる。 それで少しだけ明るいのさ。 どうやらイナゴもその穴から入ってきているようだ」

「それじゃ、アバドンに見つからないようにハイドラから薔薇十字を取り戻すのは無理、だね?」

「あぁ、無理だな」

「ねぇ、魔界には、精霊は居ないんだよね? 全然気配を感じないもの」

「精霊魔法でも使おう、と思ってたのか? 魔界でも精霊魔法や、退魔結界を使うことは出来るけど現世の何分の一も力は出せないぞ。 お前の体内にあるエネルギー分しか使えないからな」

「けっこう厳しい状態だね〜。
 攻撃魔法は使えない。 精霊に力を貸してもらうわけにもいかない。 守りの結界も展開できない・・・」

 ここに来て初めて祐巳が腕を組んで呻く。

「つまり、この2本の腕と足、実力で薔薇十字を取り戻さないといけない、ってことでしょう?
 それなら覚悟の上で来た。 お姉さまからも言われてるんだ。 『絶対に薔薇十字取り戻して笑顔を見せて』 ってね。
 何時でも突っ込めるよ。 なんとしてでも取り戻して見せるさ」

 不安そうな顔になった祐巳を安心させるように、令は笑顔を浮かべる。

「あの・・・。 令さま、祐巳さんが心配してるのはその後のことです。
 たぶん、戦闘になればハイドラを倒すことは可能だと思います。
 でも、数百万のイナゴに囲まれては、祐巳さんの攻撃魔法無しでは逃げ切れません。
 それに、次にゲートが開くのは26時間後・・・。 それまでに50km南に移動しなければなりません。
 たった4人で無数の敵と26時間戦いながら、50kmの距離を移動するのは厳しいと思います」

 志摩子は冷静に今後の展開を読んでいる。
 魔界のピラミッド攻略のときも先の見えない戦いをしてきたが、今回も非常な困難なミッションになってしまった。

「かなり厳しい? 祐巳ちゃん」
 先ほどから腕組みをして考え込んでいる祐巳にもう一度令が声をかける。

「えっとですねぇ。 わたし、ハイドラを倒すのは気が進まないんです。 わたしたち、ハイドラから襲われてもいませんよね。 だからハイドラと戦わずに薔薇十字だけ返してもらえないかなぁ、って思って」

「・・・ 祐巳、お前言っていることが無茶苦茶だぞ? 志摩子さんの言ってる事よりもっと難しくしてどうするんだよ」
 マルバスはあいかわらず考えの読めない祐巳の言葉に頭をかかえる。

「よし、この作戦で行こう」 と、祐巳が腕組みを解き、小さくガッツポーズを取る。

「みんな、一旦後退。 作戦の準備を手伝って」

 そう一言言い残すと、祐巳はくるり、と向きを変え、今まで進んできた道を逆に進み始める。

 残された三人は、頭にクエスチョン・マークを浮かばせながら祐巳に続いた。



〜 1月5日(木)23時  魔界 -ミツベラモン地下下水網- 〜
    〜 薔薇十字まであとわずか 〜

「祐巳さん・・・。 あの、なんていうか・・・。 この格好、かなりマヌケだわ・・・」

 真冬だというのに額から玉のように汗を滴らせた志摩子が悲しげに呟く。
 志摩子は、まるで海亀のように大きな甲羅状のリュックサックを背負っている。

「大丈夫だって、志摩子さん。 こんなに暗いんだから誰も志摩子さんのこと見てないよ」

「・・・。 それって、あまり慰めにもならないんだけど・・・」
 と、志摩子ががっかりしたような顔でぼやく。

 志摩子が背負っているリュックには、今回祐巳の立てた作戦の最重要アイテムがぎっしりと詰まっているのだ。

 この作戦、名付けて、「みんなまとめて眠らせちゃおう。 お宝ゲットでさっさと逃げよう大作戦」 である。

 祐巳はタリスマンを使い、何時間もかけて強力睡眠薬を数百個も作り、さらに睡眠防止薬と麻酔薬まで作ったのだ。
 マルバスも強力睡眠薬を志摩子のホーリー・バーストにセットしやすいように工夫されたカートリッジを作ってくれた。

 すでに、日が落ちて数時間・・・。 あたりは身を切るような冷気と漆黒の闇が支配する世界。

 ここは、あと一つ曲がり角を曲がれば、ハイドラが潜む場所。
 突入まで後わずかな時間しかない。

 作戦の準備を終え、食事、仮眠を取った魔界侵入隊は作戦の絶対の成功を祈りながらこの場所に居る。

「もうすぐ、”ルフ” の羽音が聞こえると思います。 それが合図です。
 志摩子さんの ”刹那五月雨撃” でみんなを眠らせてその隙に令さまの薔薇十字を取り出します。
 令さま、薔薇十字の正確な位置、わかりますか?」

「あぁ。 自分の半身のように大事にしてきたものだ。 寸分の狂いもなく切って見せるさ」

「真っ暗で、しかも水の中です。 黄薔薇の薔薇十字剣なら問題ないんでしょうけど・・・。
 その野太刀でも、大丈夫ですか?」

「ふふふっ。 そんなに見くびらないでもらいたいね。 これでも薔薇十字所有者なんだよ。
 どんな状況にあっても狙いはたがえない。 剣士の誇りにかけても、ね」

 そこにいるのは全身肝の塊。 豪胆にして繊細。 一分の隙も無い侍。
 一撃必殺剣の使い手、リリアンの誇り高き薔薇、支倉令の姿だった。

「わたしの無茶な作戦に付き合わせてしまってすみません。 でも、どうしても無抵抗の相手を倒すことは出来なくって。
 でも、きっと成功します! わたしも頑張りますね!」

 ・・・ その時、遠くからバサッ、バサッ、と巨大な鳥の羽音が聞こえてきた。

「みんな、睡眠防止薬は飲んだね? じゃ、作戦決行だ。 祐巳ちゃんお願い。」

「はい! 幻霧招散・・・スァイトフォッグ!」
 祐巳がクルクルとセブン・スターズを回転させ始めると、周囲を濃い霧が覆い始める。
 薄暗い下水網の中。 わずかな光源しかないためほとんど視界が利かないことに加え、濃い霧が漂い始めたことで完全に視界が閉ざされていく。

 地下の広間でにらみ合っているハイドラとイナゴの群れも次第に霧に包まれる様子を3人は気配で感じていた。

「そろそろ頃合かな? 極力気配を消して行くよ。 Go!」
「「はい」」
 令の掛け声に、小さく答え、志摩子を先頭にハイドラの潜む下水網の広間に飛び込む3人。

 霧にかすんだ視界の向こう。 3人の目の前に居たのは、分厚くたるんだ唇と水かきのついた手足を持つ身の丈10mは超えるであろう巨大な半魚人。 いや海龍と言えばいいのか・・・。
 醜悪な姿は霧でかすんだ暗闇の中でも異彩を放つ。
 古の宇宙鉱物の力により、本来の姿を取り戻した、”古きものたち”、邪神・ダゴンの妻、ハイドラ。

「”刹那五月雨撃ち!”」

 広間に飛び込んだ瞬間、志摩子はホーリー・バーストから江利子直伝、最強の飛び道具を撃つ。

 バラバラバラバラ・・・と派手な音をさせながら、ティアドロップ状の薬を大量にばら撒いていく。
 その薬が次々に弾け、あたりをもうもうと白い霧が覆いつくす。

 広間中に展開していた数万のイナゴがその白い霧に飲み込まれ、次々に水中に落ちてゆく。

 背負ったリュックサックから弾を数限りなく補充しながら志摩子は精神の続く限り睡眠薬を撃ちつづける。

「もういい! 志摩子さん! 令さま! 今です!」
 志摩子の後ろで、睡眠薬の補充の手伝いをしていた祐巳が、野太刀を構え機を覗っていた令に声をかける。

 すでに広間にイナゴの羽音は全く聞こえない。 すべて眠りについたのだ。
 そして、巨大なハイドラも、大きな腹を上に向け、仰向けにひっくり返っていた。

 令は、漆黒の水中を泳ぎ、ハイドラの尻尾付近に狙いを定め、
「一文字切り!」
 と、腹を真一文字に切り裂く。

 チャリーン、と軽い音をたて、黄薔薇の薔薇十字が野太刀の先端に引っかかっていた。

「麻酔弾!」 と、志摩子がハイドラにむけ最後の精神弾を打ち込む。

「癒しの光!」 と、祐巳がセブンスターズから純白の光玉を生み出し、ハイドラを包み込む。

 祐巳は、たとえ魔物とはいえ、遥か古代に宇宙から飛来した古き神々の一人であるハイドラに敬意を表し、治療を行ったのだ。

「祐巳ちゃん、志摩子、ありがとう! 帰ってきたよ! わたしの薔薇十字!」

 令は、満面の笑みで二人を見ると、黄金に輝く黄薔薇の薔薇十字を高く掲げる。

「出よ、我が十字剣! 天地を切り裂くその姿を現せ! ”星皇刀・エリマエルシュ!”」

 広間の上空に開いた穴から漏れる魔界の月の光。
 祐巳の展開した霧と志摩子の放った強力睡眠薬の煙が次第に晴れていく中。

 黄金の薔薇十字の正当な所有者、支倉令の刃渡り三尺を超える超長刀が月の輝きにも勝る光を放ち、その姿を現した。


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