【3447】 志摩子、絶対にイヤ  (bqex 2011-02-02 00:12:36)


 山百合会の選挙が終わってまもなく志摩子の様子がおかしくなった。
 気になった乃梨子は尋ねた。

「志摩子さん、最近落ち込んでない?」

「そんなことないわ」

 力なく微笑みを作ったが乃梨子にはそれが痛々しく感じられた。

「嘘。志摩子さん、何か隠してる」

 乃梨子が問い詰めると、志摩子はうつむいてしまった。

「話を聞くぐらいしかできないかもしれないけど、話したらすっきりするかもしれないよ。遠慮なく言ってよ」

「……あなたじゃ駄目なのよ」

 パッと志摩子は駆けだした。
 取り残された乃梨子はショックを受けた。
 何かが起こっているのに自分には話してさえくれずに逃げてしまうだなんて。
 涙ぐみその場で一人ポツンとたたずんでいると由乃が通りかかった。

「乃梨子ちゃん、どうしたの。元気ないぞッ」

「由乃さま……」

 志摩子の親友でもある由乃の笑顔にすがるように乃梨子は全てを打ち明けた。
 何かが志摩子の身に起こっていること、何も言わずに立ち去られたこと。
 全てを知った由乃の顔は怒りで赤くなっていた。

「水臭いっ! 乃梨子ちゃんに話せないことなら私たちに話してくれたっていいのに。オマケにフォローもしないで乃梨子ちゃんを取り残すだなんて何やってるのよっ!」

 由乃がヒートアップしていくのを見て乃梨子は少し冷静になってきた。

「今から一緒に志摩子さんのところに行こう! このまま泣き寝入りなんて駄目よ!」

「でも、お姉さまにはお姉さまの事情があったのかもしれませんし」

「乃梨子ちゃんは納得してないから私に話してくれたんでしょう。これでいいの!?」

 いいや、よくない。そう思った乃梨子は首を振り由乃とともに志摩子を探した。
 志摩子は祐巳と二人で校舎と校舎の隙間の辺りにいた。

「志摩子さん、話って何?」

「このことは乃梨子じゃ駄目なの。祐巳さんじゃないと」

 隠れて会話を聞いていた乃梨子はもちろん、由乃もショックを受けた。
 同時に好奇心も刺激された。
 妹でも親友の一人でも駄目なこととは一体何事なのか、と。

「私じゃないと駄目って、どういうこと?」

「実は……」



藤堂志摩子さんのお話

 もうすぐ節分でしょう。うちのお寺では厄払いのため厄年の者が豆をまくことになっているのよ。
 厄年は数え年でカウントするのだけど、数え年とは生まれた年に一歳、お正月が来たら一つ歳を取るというカウント法で、そのカウント方法だと私は十九歳の厄年になるそうなのよ。
 それで、父が豆をまけというのだけど、檀家の皆さんと飲みながら話を決めてしまって、魔法少女の扮装で、「くらえ豆バズーカ! くらえ絶対領域!」と言いながら門前まで豆をまくということをさせられそうなのよ。
 そんなこと、クリスチャンの私には絶対に無理だと思わない?
 それで、同じ厄年の誰かにこの役目をお願いしようと思って……お願い、祐巳さん。この通り。私の代わりにこの役目を引き受けて。

藤堂志摩子さんのお話終了



「……それは、私には無理ですね。歳足りませんから」

 乃梨子は遠い目をして呟いた。

「ある意味祐巳さんが一番適任よね」

 由乃は遠い目をして呟いた。
 困惑した表情で祐巳は答えた。

「志摩子さん、そういうことは由乃さんに当たってみてくれる?」

「ちょっと! 何こっちに振ってるのよっ! そういう面白系のことは祐巳さんの担当でしょう!?」

 隠れていることを忘れて由乃は怒鳴りつけた。
 志摩子と祐巳はぎょっとした表情で由乃を見ているし、乃梨子はあちゃ〜、と額に手を当てる。

「聞いていたのね……」

「乃梨子ちゃんを置き去りにして突っ走ったから友達として忠告に来てあげただけよ! そういう事なら乃梨子ちゃんにちゃんと説明しなさいって。何事かと思うじゃないの」

 開き直って由乃は言う。

「秘密を知られてしまったからには仕方がないわ」

「へっ?」

「え?」

「な、何?」

 志摩子は態度を豹変させた……。



 それで小寓寺の節分はどうなったかというと。

「鬼はー外ー!」

「福はー内ー!」

 厄年の祐巳、由乃、志摩子が着物姿で豆をまくという妥協案が採用され、見物人も出て大賑わいとなった。

「蔦子さん! ちゃんと祐巳を撮るのよっ!」

「はっ、抜かりはございません!」

 パシャ! パシャ! パシャ!

「蔦子さま、志摩子さんもお願いします」

「当然!」

 パシャ! パシャ! パシャ!

「蔦子ちゃん、由乃は? 由乃はっ!?」

「落ち付いてください。もちろん撮ってますから」

 パシャ! パシャ! パシャ!

「令、あなた受験生なんだから、豆を拾ったら帰りなさい。言っておくけど、祐巳の豆は私のものよっ!」

「どの豆だか区別つかないからそこはそれなりにしてよ」

「志摩子さんの豆だけでも千葉名産の落花生にしておくべきだったか」

 当然のように彼女たちの姉妹と専属カメラマンが見守っていたという。


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