【3448】 悪戯な天使  (ex 2011-02-03 23:05:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:これ】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 → 第2弾【No:3404】〜【No:3426】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


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第2弾 第2部スタート


「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 けがれをしらない心身を包むのは深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立リリアン女学園。
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統ある魔法・魔術学園である。

 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
 時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ日本中で、いや世界各地で活躍する魔法使いや魔術騎士が巣立っていく貴重な学園である。

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〜 5月18日(水)午後 リリアン女学園 弓道場 〜

「白薔薇さまだわ!」
「白薔薇さまが?! どうしてこちらに?」

 弓道場で実技訓練の準備をしていた一年生たちの間に悲鳴のような歓声が上がる。
 一年の弓道部門は32名の生徒が所属している。
 そのほとんどが初段位以上を持つ。
 
 リリアン中等部の弓道部は日本屈指の強豪であり、都大会では負け知らずの成績を取り続けている。
 そして、その卒業生のほとんどが高等部に進んでから、弓道部門に所属しているのだ。
 和弓を高等部に進学してまで専攻する生徒は少ないが、弓道の基本はあくまでも和弓。
 32名の生徒のほとんどが和弓を引くことができる。

 ただし、高校に入ってからは、アーチェリー専攻の生徒やクロスボウ、コンパウンドボウや連弩を専攻する生徒も多い。
 持ち運びの手軽さ、攻撃能力の高さ、連射性、遠距離性能など、弓は種別により一長一短ある。

「みなさん、ごきげんよう。 今日は皆さんの実技訓練に参加させていただきに参りました。 よろしくお願いしますね」

 優雅にお辞儀をする志摩子をぽーっとした表情で見つめる一年生たち。

「あの、白薔薇さま、今日はどうしてこちらに?」
 他の一年生から後押しされるように、内藤笙子がおずおずと志摩子の前に進んで問う。

 内藤笙子。 昨年卒業した内藤克美を姉に持つ。
 中等部時代は、『リリアンの弓小町』 の異名を取ったアーチャー。
 中等部3年時、全国大会で遠的(60m)通算90射88中という驚異的な記録を持っている。
 近的(28m)20射会では全中させる離れ業を何度も成し遂げた。
 先代の黄薔薇、鳥居江利子に憧れて弓道を志し、現一年生の中ではトップの実力を持つ。
 一年生で二人しかいない二段位所持者である。

「白薔薇さまは、剣術専攻だとうかがっています。 なぜ弓道場におみえになったのでしょう?」
 もう一人の二段位所持者、井川亜美も不思議そうに志摩子を見つめる。

「そうねぇ、もちろんわたくしのためもあるのだけれど、先代の黄薔薇さま、鳥居江利子さまからも一年生の皆様に自分の技を伝授して欲しい、と依頼されましたの。 しばらくの間、週3回はこちらに通うことになりますので、仲良くしてくださいね」

 志摩子はそう答えたが、実はもう一つ理由があった。

 それは、先日祐巳が一年椿組で行った代理授業。
「上級生が下級生を導く」というリリアンの校風をそのまま実現した授業により、格段に進歩した一年椿組の魔法部門の成果を受けてのものだった。
 教師による指導と平行して、より実戦に即した実技を薔薇十字所有者がお手本となって下級生を指導することが有効である、と学園長・シスター上村は考えたのだ。
「開かれた山百合会」を目指す今年度の薔薇さま方の意向ともこのことは一致したため、三薔薇さま方も喜んでこの企画に参加することにした。

 もちろん教師陣からは慎重な意見も出たが、現在の薔薇十字所有者各人の人品を考えれば下級生の指導を任せても安心できる、というのが意見の大勢を占めた。

 こうして、小笠原祥子、福沢祐巳の紅薔薇姉妹が各一年生の魔法部門の指導に当たり、支倉令が剣術部門、島津由乃が格闘技部門にそれぞれ参加することになった。

 そして弓道部門。
 志摩子はこれまで弓、というものに触れたことはない。
 それなのに、どうしてこの場に志摩子がいるのか?

 それは、今年一月の黄薔薇十字捜索作戦で犯してしまった失態。
 精神弾の使用過多により、戦闘中に倒れてしまったことの反省のため精神力の鍛錬と、より一層の射的技術向上に努める必要がある、と感じていた。
 さらに4月当初に起きた異空間ゲート発生事件。
 そのとき、現れた暗黒球体は、上空遥か高くに無数存在し、遠距離攻撃を行う必要があった。

 近距離戦闘においては愛剣 ”理力の剣” を振るい魔王ですら凌駕する志摩子であるが、遠隔攻撃となると白薔薇の薔薇十字を顕現し、”ホーリー・バースト” を多用することになる。
 またあの暗黒球体が現れた場合、剣の技だけでは祐巳を、そしてこのリリアンを守ることが出来ない。
 短時間で遠距離攻撃スキルのレベルアップをする必要があったのだ。

 そしてその志摩子の希望により、志摩子専用の武器が小笠原研究所で開発された。
 今日はその初披露も兼ねている。



 近的、28m先に5体の人型の的を置き、志摩子が立つ。
 左手を真っ直ぐ伸ばし、右手には5本一組の矢が装填されたカートリッジを4個握っている。

「伍絶切羽!」 
 バババババッ、と小気味いい音が響き、的の両肩、両足、そして心臓部に短い矢が突き刺さる。
 そして、それが五秒間に5回。

「すごい!」
「なんて速さなんでしょう! それにこの的中率!!」
「あんな武器、見たこともありませんわ!」
「さすが白薔薇さま。 さすがとしか言いようがありませんわ!」

 25本の矢をすべて狙いどおりの位置に的中させた志摩子に一年生たちは驚愕の目を向ける。

 志摩子の左手に装着されているもの。

 それは、白い半透明の素材で出来ており、白薔薇の紋様が浮かび上がっている。
 薬指、中指、人差し指の位置に3つのリングがあり、その中に指を通す。
 さらに、手首の位置で腕に固定されており、それだけ見れば江戸時代の手甲のように見える。
 その手甲に矢が5本並んで装填出来る構造になっていた。
 言ってみれば、5本の矢を装填し連続射撃の出来る ”矢鉄甲” である。

 全長は30センチもないだろう。 それに長さ22センチ、直径8ミリの矢が手の甲に並ぶ。
 ただし、矢、といっても見た目は棒手裏剣のように見える。
 矢自体に螺旋状に切れ込みが入っており、空気の流れを安定させることで真っ直ぐに飛ばすことが出来るものだった。

 射的を終えた志摩子は射的場に一礼すると一年生たちが見ている場所に下りてきた。

「わたくし、弓道の礼儀は何も知りませんので無作法があったら教えてくださいね。
 それと、今の技は先代の黄薔薇さま、鳥居江利子さまの得意技で ”伍絶切羽” といいます。
 5連射以上ができる方、いらっしゃいましたらこの技をお教えしますね。
 ほかにも受け継いでいただきたい技がいくつかありますので、これから一緒に練習いたしましょう」

 穏やかに微笑む志摩子に、一年生たちは見惚れてしまった。



☆★☆

〜 5月18日(水)午後 リリアン女学園 闘武場 〜

「ごきげんよう。 2年松組、島津由乃です。 これからときどきこちらの実技訓練に参加します。 よろしくお願いします」

 一年生の体術部門の生徒たちの前に現れたのは黄薔薇のつぼみ、島津由乃。
 もちろん、ここにいる理由は志摩子と同様である・・・が、当初、由乃は
「体術なら令ちゃんのほうがいいじゃない。 剣術は祐巳さんも志摩子さんもいるんだから、令ちゃんが行けばいいのに」
 と、一年生の実技訓練に参加することを拒んでいた。

 由乃は自分自身がまだ一人前だ、などと思ってない。
 格闘技を始めてから一年以上が過ぎた。 だが、他人から言わせれば 「たかが一年やそこら・・・」 のレベルなのだ。
 しかし、その 「たかが一年」 は、他の人の数十倍に上る密度の濃い鍛錬にあてられてきた。

 これまで、佐藤聖をはじめ、驚くほどレベルの高い猛者との訓練が今の由乃を作った。
 だが、これまでは教えてもらうばかりで、人に教える、ということがなかった。

 支倉令は、
「これは、由乃のためにもなると思うよ。 自分よりも力量が下のものと戦うことで余裕のある戦い方、を学ぶことも出来る。
 常に全力で戦うばかりが戦略じゃない。
 相手の力量に合わせ、最低限の力でそれに打ち勝っていけば体力も温存できるでしょう?
 無駄に体力を減らしてばかりの戦い方じゃ、これから先、進歩しないよ」
 と、由乃を諭した。

 従姉であり、姉でもある令の言葉。 いや格闘技の先輩としての令の言葉はやはり由乃にとって格段の重さがあった。

「わかった。 一年生の中にも強い子がいるかもしれないしね。
 でも、わたしなんかが一年生を教えることが出来るかなぁ」
 と、少し不安そうな顔になった由乃。
 だが、
「まぁ出たとこ勝負。 祐巳さんたちと訓練した内容をパパーッと見せちゃえばいいでしょ」
 と、すぐに気持ちを切り替えてこの場に来た。
 さすが、イケイケ青信号、の由乃らしいといえばらしいのだが。


「由乃さま、ごきげんよう。 よろしくお願いいたします」
 と、最初に由乃に声をかけてきたのは二条乃梨子。
 先日の山百合会の会議で薔薇さま方が下級生の指導をすることについて話し合いがあったため、乃梨子だけは一年生の中でただ一人今日ここに由乃が来ることを知っていた。

「あ、乃梨子ちゃん。 へぇ〜、乃梨子ちゃん、体術部門だったんだ。
 てっきり志摩子さんがいる剣術部門だと思ってたのに」

 そう答える由乃に、唖然とする乃梨子。

 一年総代、一年生体術部門トップ、さらに白薔薇のつぼみになった、など柄にもなく目立ちすぎてきたかな、と思っていた今日この頃なのに・・・、と。
 まして、由乃は共に薔薇の館にいる仲間だというのに・・・。

(わたしの存在なんて2年生以上になると注目もされないんだなぁ)
 と、安堵するやら気が抜けるやら・・・。

 でも、そこは心の中を押し隠し、
「薔薇十字所有者である由乃さまと手合わせできるなんて光栄です。 よろしくお願いします」
 と、頭を下げる。

「ふふっ。 薔薇十字所有者、って言ってもわたしはまだ仮免許の段階だから緊張しなくていいわ。
 それより、お手合わせ、かぁ。 でもね、みんなの実力もまだわからないから最初は準備運動からしましょうか。
 体術の基本は柔軟と歩舞術。 それと加速技だから、それを鍛える運動からね」

 由乃は一年生から少し離れ柔軟運動を始める。
 まずは前屈。 そしてその姿勢のまま開脚すると反動もつけず逆立ちになる。
 逆立ちの姿勢のままその場で3回転ほどすると腕力だけで宙に舞い、直立姿勢に戻る。
 すると今度はゆっくりと海老反りになったかとおもうと自らの足首を掴む。
 そのありえない姿勢を数秒間キープしたかと思うと、その姿勢でなんと後方宙返りを5回連続で行う。

 一年生が信じられないものを見る眼で柔軟運動を行う由乃を見る。

「由乃さま! どこの軟体動物ですかっ! そんな柔軟運動見たこともありませんよ!」
 先ほどの動きを5セット連続で行い、 「よし、柔軟終わりっと」 と一息入れた由乃に乃梨子が驚いた声をかける。

「え? そうなの? でも、この柔軟運動、元々は祐巳さんから教えてもらったものだから。
 それに今のは基本中の基本じゃない。
 この柔軟が出来ないうちはパンチやキックの打ち方も教えてくれなかったからねぇ、祐巳さんは。
 もちろん、2年生以上の格闘技部門の生徒なら全員できるわよ」

 さも、「当然」 とばかりに答える由乃に一年生たちは言葉もない。

「い・・・今のが、”基本”ですか・・・。 あのぅ・・・一年生で今の柔軟運動が出来る生徒、いませんよ。 2年生ともなるとすごいんですね」

「そうねぇ。 わたしも今の柔軟が出来るようになったのは去年の9月か10月頃かな。
 わたしは体術のスタートが遅かったから。 それより今度はダッシュをするわ。 柔軟運動が終わってない人は中央に集まっててね。
 終わった人たちはわたしの後ろについてダッシュ。 壁際を走りま〜す。 とりあえず10周いこうか」

 リリアンの闘武場は一辺50m、一周で200m。 「2キロもダッシュ?!」 と驚く一年生たちを置き去りに由乃は闘武場の隅に立つ。

「わたしに追いつかれた人はペナルティ、って言いたいところだけど最初だからやめとくわ。 じゃ行くわよ!」

 一年生たちにとっては地獄の50mダッシュ40本連続。
 一年生たちの中で最もスピードのある乃梨子でさえ由乃が10周する間に5周も出来なかった。

「ゼーッ・・・ハーッ・・・」 と苦しげにうずくまる一年生の前に息も切らさず立つ由乃。

「体術はスピードがすべてだからね。 今のスピードに追いつけないようじゃ2年生以上には一撃も入れられないわよ?」

(リリアンの2年生以上って・・・。 予想以上に化け物ぞろい・・・、というかどんな修行をしているんだろう?)
 乃梨子は呆然と由乃を見上げるばかりだった。



☆★☆

〜 5月18日(水)午後 リリアン女学園 武道場 〜

「黄薔薇さま!!」
「どうして?! もしかして・・・」
「まさか、黄薔薇さまがご指導くださるのかしら?!」

 一年生、剣術部門の生徒たちの前に颯爽と姿を現したのはロサ・フェティダ、支倉令。
 もちろん、一年生の指導のためにこの場に来たのだ。

「みなさん、ごきげんよう! 3年菊組、支倉令です。 今日から暫くの間、皆さんの指導をすることになりました。
 みなさんのこれまでの研鑽、修行の成果を見せてください。 わたしの力が少しでも皆さんの役に立でばよいと思っています」

「令さま、よろしくお願いします」
「黄薔薇さま、いつもどおり厳しくお願いします!」

 この場にいる剣術を専攻する生徒は支倉道場の門下生も多い。
 また、剣道部に入部している生徒も多いため、令の指導の厳しさ、丁寧さを知っている生徒が多かった。

 令はざっと生徒を見渡す。 見知った顔が半分は居た。

「うん。 基本はみんな出来ているようだね? それじゃ準備運動の後、打ち込み稽古と相懸かり稽古を行います。
 その後、わたしが元立ちとして全員と立ち会います。 その間、待っている人はしっかり見取り稽古。
 他人の試合を見ることも立派な稽古だからね」

「「はい!!」」

 さすがに道着を着た支倉令はカッコいい。
 一年生は尊敬するロサ・フェティダの前、ということもあり一段と熱の入った練習に汗を流す。



「やぁーー!」「こぉーーい!」
 相懸かり稽古をしている一年生の間を令は
「剣先が下がってるよ!」 とか、「継ぎ足の動きをもっと素早く!」 と、アドバイスして廻っている。

 そして、一年生の中で特に目立つ動きをする生徒に眼が留まる。
 長さ3.6mもある赤樫製のタンポ槍を構え、縦横無尽に相手の周りを駆け回る可南子だった。

 実際、現時点で一年生の中に、1対1で可南子と互角稽古が出来る相手がいないのだ。 
 そのため、可南子は常に複数の相手と戦闘訓練をしてきた。
 しかし、今日は令の指導により1対1での訓練となった。
 やむなく可南子は一撃で相手を仕留める練習ではなく、相手に攻撃させ、それを避ける訓練に切り替えていた。

(お、可南子ちゃんじゃない。 すごいな、この動き。 支倉流とは全然違う動きだが・・・。 古武術の一種か?)

 可南子は、相手の攻撃を避け、ただ駆け回っているだけだというのに令の眼はその特異性を見逃さなかった。

(なるほど・・・。 祐巳ちゃんが名前を上げるだけのことはある。 覇気はまだ押し隠しているようだが・・・。
 こりゃ、とんでもない逸材みたいだね)

 可南子の動きを注視していた令だが、全員相懸かり稽古を十分こなしていることに満足げな表情を浮かべ、稽古の終了を告げる。

「相懸かり稽古はそこまで! 一同集合! では全員とわたしが立ち会います。 身長順に並んでください。 対戦以外の生徒は見取り稽古とします」

 一年生たちは、憧れのロサ・フェティダと手合わせできることに感激し、少々緊張している。
 令は、わざと身長順、と宣言することで可南子との手合わせが最後に来るようにした。
 じっくりと可南子の実力を見極めたかったのだ。

「一年李組、仁科藍子、参ります!」
「ほう、棒術か・・・。 来なさい!」

 この中で最も背の低い仁科藍子は背の低さを補うため棒術を専攻していた。
 藍子はつま先に覇気を集中させ、瞬駆で令に迫る。 「飛鳥二連撃!」
「よし! いい踏み込みだ!」

 令は名も知らなかった一年生の必死の攻撃を驚きの目で見る。
 まさか、最初の子から瞬駆を使い、恐るべき二連撃を放つとは思いもしなかったのだ。

(こりゃ、レベルが高い! 今年の一年生、つわもの揃いなのか?)

 しかし、その攻撃を一歩も動くことなく令は竹刀で叩き落す。
 藍子は令に棒の先端を叩かれ、一瞬バランスを崩しそうになるが、今度は棒の石突部分でさらに追撃を放つ。
 令はその突きをぐいっと一歩踏み込んで避けると、竹刀を逆手に持ち替え逆胴を払う。

 バシーーーン! と竹刀特有の派手な音が響き、藍子はその場にうずくまった。

「見事な攻撃だ! 身体バランスもいい。 そうだね・・・。 あとは素直に突っ込んでくるのではなくフェイントも織り交ぜるともっと攻撃の幅も広がるよ。 よし、次!」

(まさか一歩動かされるとは思わなかったな。 気合を入れていかないと大変だな)

 令は、可南子以外、自分をこの場から一歩でも動かせるような生徒がいるとは思っても見なかったのだ。

「一年菊組、秋山千草です、参ります!」
「よし! 来なさい!」
(・・・また棒術か・・・。 なんだか異様に棒使いが多いな・・・)

 令は次々に一年生たちを相手にしてゆく。
 やはり、基本的には竹刀、模擬剣の使い手が多いのだが、棒術専攻の生徒が3人。例年になく多い。
(そうか・・・。 祐巳ちゃんの影響かな? 祐巳ちゃんに憧れて棒術、って感じなのか・・・)

 30人を超える一年生剣術専攻の生徒を相手にしたが、驚いたことに全員が瞬駆を身につけている。
 それどころか、神速の令の剣を受けとめ、2度、3度と反撃してきた者も居た。

 残り2人・・・。 最後に長身の2人が残っている。 細川可南子と、もう一人の短髪の生徒。

「一年松組、保科俊子。 いきます!」
 俊子の得物は長さ2.7mほどの赤樫でできたタンポ槍。 

 通常、槍の3倍段、と言われる。 剣と槍が戦う場合、槍の初段には剣道の3段でなければ太刀打ちできない、ということだ。
 それだけ槍は1対1の戦いで有利なのだ。

(保科・・・。 槍・・・。 なるほど、去年の中等部で名を馳せた ”リリアンの槍弾正”、とはこの子のことか・・・)
 リリアンは幼稚舎から大学まで一貫教育システムを取っているため、中等部で有名だった生徒は自然と高等部にも名前が知れることが多い。
 保科俊子もそのような有名な生徒の一人。
 ちなみに、昨年殉職した保科栄子先生とは叔母、姪の関係にある生徒だった。

 俊子は油断なく令の周りを廻る。
 令は剣や竹刀相手ならほぼその場を動くつもりもなかったのだが、槍が相手となると一歩もその場を動かなかった場合、一方的に攻められるだけになってしまう。

(まぁ、数撃受けてみて、そのあと懐に飛び込むかな・・・)
 令は竹刀を正眼に構え、俊子の打ち込みを待っていた。

「二段突き!」 いきなりノーモーションで突き技が繰り出されてきた。 しかし令にとってこの程度の攻撃は軽く捌けるレベル。
 俊子もそれは予想していたのか、さらに間合いを取ると、今度は軽く助走をつけ、自身最大の技を繰り出す。

「双龍破!」
 槍を一直線に突き出し、その先端が払われる、と同時に槍を回転させ、まるで双頭の龍のごとき荒々しい攻撃を繰り出してきた。
 無数の突きが令の体の左右を襲う。 回転まで加えているその攻撃は祐巳の使う ”震雷” を髣髴とさせる。 その攻撃が二つ同時に襲い掛かってくる恐るべき技。

(なるほど・・・。 ”槍弾正”、と言われるだけのことはある。 2、3年生相手でもこの攻撃、通用するんじゃないか?)

 さすがに、これまでの生徒たちの攻撃の鋭さを考えれば、この中で最強に近いと思われる俊子の攻撃が恐るべきものだ、ということは予想できていた。

 令は、タンッ、タタンッ、と軽く跳ねるようにして数歩分後ろに下がり、双龍破の軌道を見切ると、一瞬の瞬駆で間合いを詰める。

「グッ・・・!」 俊子が一声呻いてのけぞる。。
 令の竹刀の切っ先が俊子の鳩尾に押し当てられ、倒れそうになったところを令に抱きかかえられていた。

「見事! とても鋭い攻撃だった。 わたしでも瞬駆を使わなければあなたの懐には入れなかったよ。 よく修行してるね」
 令は抱きかかえられて顔を真っ赤にしている俊子に声をかける。

「あ・・・、ありがとうございます。 でも今の令さまの動き、全く見えませんでした」
 保科俊子は道着の乱れを直しながら令に礼を述べる。

「さぁ、あと一人だね」 と、令は背後に巨大な覇気を感じながら振り返る。

「細川可南子。 一年椿組です。 よろしくお願いします」

 そこには、保科俊子の槍をはるかに越える長さ3.6mの長槍を構えた可南子が立っていた。



(くっ・・・さすがに早い・・・)
 可南子の背に冷や汗が流れる。

 細川流の歩舞術を駆使し、瞬間的に令との距離を離しても、一瞬にして間合いをつめられる。
 しかし、間一髪のタイミングで令の斬撃をかわす。

 距離をとって必殺の突きが撃てたのは最初の一回きり。
 その突きも令になんなくあしらわれ、追撃の第2撃すら打てない。
 さすがに、薔薇十字所有者。 はじめから勝てる、などとは思ってもいないが、これほど一方的な展開になるとも思っていなかった。
 可南子の使う細川流の槍術は、もともとこのような大きな広間での戦闘を目的とはしていない。
 障害物が多く、身を隠せるところでこそ威力を発揮できるのだ。
 もっとも、可南子の父親は純粋に槍術の使い手としても一流で、どのような場面でも他流との試合に負けたことはほとんどない日本有数の強豪だったが。

(鍼ヶ音を使えたとしても勝機は無い・・・でしょうね・・・)

 可南子の最も得意とする無音の加速術すら令の追撃をかわすのがやっと。
 しかも、可南子は令が更に上の加速技、”幻朧” を使えることを知っている。

 可南子の愛槍、”鍼ヶ音”は、正面から可視するのは困難なほど細く鋭い。
 その特殊な槍での突き技は、いわば”見えない矢”のような攻撃なのだ。
 しかし、一撃を入れるために必要な間合い、というのは絶対にある。
 令の動きは、可南子のもっとも得意とする間合いをとらせず、常にその内々に入り込んでくる。

 だが、その一方で令も可南子の動きに舌を巻いていた。
(瞬駆の最大スピードを出しているというのに・・・。 ここまでわたしの斬撃をかわせるものなのか? 思った以上の逸材だね)
 令にそう思わせるほど可南子の動きは素早く、体幹もしっかりとしており今後の伸び代の大きさを予見させるものだった。

 令は数分にわたった追いかけっこに終止符を打つため、わざと間合いを広く取った。
 それは、可南子に攻撃をさせ、後の先を取ることを目的としたため。
 槍での攻撃をわざと撃たせ、その瞬間に一気に加速して懐に飛び込み一撃で終わらせよう、と意図したものだ。

 だが、いくら可南子に実戦経験が乏しい、とはいってもこのような誘い、見え見えすぎてさすがに簡単に手に乗るわけにいかない。

 令の攻撃は超速による一撃離脱が基本。 しかしそれは可南子にとっても同様。
 しかし、力量差は歴然としている。

(このような敵と相対すとき、どうすればよいのか・・・)
 可南子は必死に考える。
 しかし、残念ながら、どう考えても令から一本を取るのは無理な相談だ・・・と答えを出すしかない。
 槍での突きを放った瞬間、懐にもぐりこまれ、反撃の暇さえない間に床に這い蹲るだろう自分の姿が浮かぶ。

(どうせ勝てないのなら・・・。 せめて相打ち!)
 決意を込めた可南子の覇気が膨れ上がる。

 手に持つ槍。 その槍を右手一本でその中央部を握り、背後に隠す。
 そして、左手は思い切り前方に突き出し、いわゆる、「待った!」 をかけるときのように令に手のひらを向け姿勢を低くする。
 歌舞伎で大見得を切るときのような格好になり、眼光鋭く令を睨みつける。

「ほう・・・。 かわった構えだね。 槍を背後に隠す槍術は見たことがないな」
「しかたありません・・・。 わたしも一撃くらい入れたいですから」

 最初に挨拶を交わして以来、呼吸していることすら忘れ一言も言葉をかけていない令だったが、どうやら奥の手を出そう、としているのが感じられ、思わず声をかけた。
 可南子の返事は令の予想どおりのもの。 やはり、なにか仕掛けてくるようだ。

 令は油断なく正眼に身構える。 自分から突っ込んで行ってもいいがまだ相手は一年生。 ここは受けておくべきだろう、と令は思う。
 可南子も令の構えを見て受けの型だ、とすぐ耳破る。

(・・・それなら・・・)
 このような強大な相手は初めてだ。 たとえ実技訓練とはいえこのような機会、腕の一本持って行かれてもいい、と覚悟を決めた。
 可南子は、歌舞伎の大見得を切るような姿勢のまま、自らの覇気を足に集中させる。

「はっ!」 気合鋭く可南子は足に集中させた覇気を爆発させ、一気に令に迫る。
 そのスピード、令の瞬駆をも圧倒するものだった。

 令は一瞬躊躇する。 可南子は槍を背後に隠したまま、左手を令に突き出してきたのだ。

(腕一本、覚悟の上かっ!) 

 これが本物の戦闘なら躊躇なく令はその左手を切り落としているところだろう。
 実際、可南子は令からそのような攻撃をされても仕方ない、と思っている。
 左手を捨てて、切り落とされる間に右手に握った槍で相手の心臓を抉る。
 まさに、肉を切らせて骨を断つ、いや、骨を切らせて命を断つ攻撃だ。

 令は竹刀を上段に変化させると可南子の突撃を迎え撃った。



 ・・・吐き気がする。 ・・・膝頭が割れたかと思うくらい痛い。 ・・・背中もジンジンする。

 両手は目の前の床についている。 四つんばいになっているようだ。
 右手は手のひらを開き上体が倒れないように支えている。 左手にはしっかり握った竹刀。

 その竹刀を見つめながら何が起こったのか一瞬にして悟る。

(突っ込んで・・・。 かわされて・・・。 背中を叩かれたのか・・・。 結局何も出来なかった・・・)

 がっかりとはしたが、すがすがしい敗北感があった。 精一杯のことはしたのだ。 左手に握った竹刀がその証。

 パチパチパチ・・・と拍手の音が聞こえる。
「可南子さん、すごい!」
「まさか黄薔薇さま相手にここまでできるなんて!」
 可南子を称える同級生の言葉が武道場に響いている。

 可南子は外部入学。 けっして愛想のいいほうではなく自分から積極的に周囲に溶け込むタイプではない。
 周囲から浮いた存在であり、それなのに一年生剣術部門トップということで妬まれ疎まれているものとばかり思っていた。

「驚いたよ、可南子ちゃん。 まさかこのわたしがここまで追い込まれるとは思わなかった。 さぁ、立って」

 顔を上げると、そこには手を差し出すロサ・フェティダ=支倉令。

 だが、可南子は差し出されたその手に竹刀を返し、一人で立ち上がった。

「稽古をつけてくださってありがとうございました。 ・・・あの、どうしてわたしは倒れたのでしょうか?」
 可南子は自分がどのように倒されたのか、おおよその流れはわかっていた。
 ただ、攻撃をかわした後の令の動きを知りたかったのだ。

「あぁ、可南子ちゃんが左手を捨て、捨て身で相討ちを狙ったのがわかったからね。
 あなたの突き出した左手にわたしの右手一本で小手を打ち込んだ。 あなたがそれを掴む、と読めたから。
 そして、その瞬間、あなたから突きが放たれるのがわかったから、その右手を離し、左手で槍を受け止めた。
 空いた右手で、あなたの背中に掌打を打ったのさ。 つまりあなたを倒したのは体術であって剣術じゃない。
 わたしはあなたに竹刀を奪われたんだから、わたしの完封勝ちなんかじゃないさ。 
 まさか、可南子ちゃんがここまで出来るとは思ってもいなかったよ」

 令の賞賛の言葉に可南子はただ黙って頭を下げる。

 令は、残りの一年生を見渡しながら、
「今の一戦でわかったように、剣術の基本は足捌きと体捌き。
 剣や槍を振るうスピードも大事だけれど、体幹がしっかりしていないとグラグラした土台の上に立っているようなものだ。
 地味に思えるかもしれないけれど、これから基礎をみっちりとしごいて行きます。
 みんなのレベルはわたしが思っていた以上に高い。 この調子で修行すれば数ヶ月もすれば実戦にでても大丈夫なレベルになると思う。
 では、今日はここまで。 ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!!!」」」

 颯爽ときびすを返し去っていく支倉令。

 その背後では、「可南子さん、お見事でしたわ!」 と、同級生から再度賞賛され、はにかんでいる可南子の姿があった。



☆★☆

〜 5月18日(水)午後 リリアン女学園 一学年棟に向かう廊下 〜

「それにしても祐巳、あなた杖もないのに前回どんな授業をしたの?」
「えっと、杖を持った一年生の後ろに立って、一緒に杖を握って魔法を使ったんです」
「ふ〜ん。 そうすると一年生を後ろから抱くような格好になるんじゃないの?」
「え? あ〜そうですね。 でもそうしないと魔法の使い方、教えることが出来なくって」

 祐巳を見つめる祥子の顔は少々心配そうだ。
 多分、蓉子や令が見たら不機嫌を押し隠しているのがわかっただろうが、祐巳は祥子の不機嫌さに気付いていなかった。


 この日から一年生の指導に紅薔薇姉妹が当たることになっている。
 祥子と祐巳の2人で3クラスずつを担当するのだ。

 リリアンで魔法を専攻するのは、一クラス20人〜25人程度。 剣術・格闘技・弓を専攻する生徒を合わせた数よりも多いため、各クラスで授業が行われる。

 祥子は薔薇十字、”ノーブル・レッド” の他に使い慣れたニワトコで出来た杖を持っている。
 通常、妖精の真言呪文は使う必要がないので一般的な杖を使うことが多い。
 
 ただし、一般的な杖、といってもさすがに祥子クラスが所有する杖ともなるとその魔法威力に比例し、強力な魔法に耐えられるだけの強度が求められる。

 最も強力な杖は、樹木妖精エルダーの幹で作った ”エルダー・ワンド” なのであるが、それは現世に数本しかない。
 山梨のおばばの持っている杖や、昨年のピラミッド事件のときに破壊された”フォーチュン” などである。
 エルダー・ワンドは使用者の魔力を喰って生命を維持するそれこそ魔杖。
 山梨のおばばの持つ杖は、その大きさゆえ威力も計り知れないが魔力の消費量もすさまじい。
 そのため、神域である祝部神社から二日を越えるような長い時間は外に出ることが出来ない。
 山梨のおばばが祝部神社から離れることが出来ない理由もそこにあった。

 杖の材質はニワトコの他にも様々なものがある。
 ヒイラギ、樫の木、イチイの木。 それに柳、けやきなどがメジャーなところである。

 この中で、ニワトコの杖は最上級の杖であるが高額で扱いも難しい。
 ニワトコ自体はありふれたやわらかい木である。 このため杖にするには強力な芯材を入れる必要がある。
 この芯材とニワトコの性質がマッチしたとき、はじめてニワトコの木は魔杖となる。
 通常、ローズ・ウッド(紫檀)か黒檀を芯材にし、水晶を組み込む。
 祥子の持つニワトコの杖はローズ・ウッドと薔薇水晶が組み込まれた名杖である。

 杖は年数を経れば経るほど魔力を蓄積したり高度な呪文の威力を増幅して放つことが出来るようになる。
 このため、親から子へ、と受け継がれる杖が多いのだ。

 祥子の持つニワトコの杖も母、清子から受け継いだもの。 もう数代にわたり小笠原家に受け継がれてきた家宝ともいうべきものだった。

 もちろん、新品の杖が悪い、ということでもない。
 魔力を持った杖師が、数百年前から受け継がれる名杖に負けないような素晴らしい杖を作ろう、と日々研鑽しているからだ。
 丁寧に一本一本仕上げる杖はそれぞれが芸出品のように美しい。

 新品の杖は素直な性質で魔法使いの個性によって年を経るごとにわずかだが変化してくる。
 医療呪文が得意な杖、攻撃呪文が得意な杖、などに変化することが多い。


「杖がないと困るでしょう? これから暫くは一年生の教室に通うことになるのだし」
「でも、おかあさまからいただいたわたしの杖、去年、フラロウスと戦ったときに焼け焦げてしまって使えないんです。
 フォーチュンももうなくなっちゃったし・・・。 でも大丈夫ですよ。 前回したように杖を持った子の手を握れば魔法を使えますから」

 それが嫌なの、と祐巳に言えない祥子はますます不機嫌な (祐巳から見たら心配そうな) 顔になる。

「お姉さま、そんなに心配していただかなくても大丈夫ですよ。 杖が壊れるほど強力な魔法は使いませんから」
 祥子の不機嫌の理由に気付かない祐巳はのほほんと答える。

「いいえ、決めたわ。 今月は仕方ないけれど、来月までに祐巳用の新しい杖を作らせるわ。 わたしとお揃いのニワトコの杖を。 いいわね?」
「え〜〜〜っ!! ニワトコ、ですか? そんな高価なもの・・・」
「いいのよ、いくら高価でも。 それに祐巳が使えばきっと素晴らしい杖になるわ。 素敵な杖に仕上げて頂戴」
「わかりました。 うわー、お姉さまとお揃いの杖か〜。 嬉しいなぁ!」

 思いもよらず新しい杖を受け取ることになった祐巳。 ニコニコしながら祥子を見上げる。
 祥子のかわいい嫉妬から出たものであるが、祐巳はその嫉妬に気付かない。

「なんだか懐かしいですね、お姉さま。 ほら、憶えていますか?
 わたしがはじめて魔法を使った時。
 おかあさまが、わたしに杖を下さるっておっしゃってくれたとき、とっても嬉しかったんです。
 また、お姉さまとお揃いの杖を持てるなんて夢みたいです」

「うふふ。 そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ。 じゃ、楽しみにしておいてね」

「はい!」

「では、わたくしは一年菊組に行くわ。 祐巳は椿組からね。 前回も行っているから受け入れられやすいでしょうし。
 一クラス週一回ペースになるのだから、ちゃんと進度を考えた魔法を使うのよ。
 いきなり高度な呪文は無理があるでしょうし、ね。
 一学年の最後に2,3人でも ”セーフティー・ワールド” レベルの呪文ができるようになれば最高だけれど」

「ええっ?! あ、は、はい。 そ・・・そうですね」
 まさか、最初の授業のときにセーフティー・ワールドを使った、とも言えず、祐巳は笑顔を凍りつかせていた。



〜 5月18日(水)午後 リリアン女学園 一年椿組 〜

「祐巳さま、お待ちしていました!」
「また、授業をしてくださるのですね!」

 祐巳が教室の扉を開けて中に入った瞬間、クラス中にどよめきが。
 このクラスだけは、今日の授業に祐巳が来ることを知っていた。

「乃梨子さんが、教えてくれたんです。 今日は紅薔薇のつぼみが魔法部門の指導をなさる、って」
 と声をかけてきたのは松平瞳子。

「あ、なるほど〜。 乃梨子ちゃん、このクラスだったもんね。 ではみなさん席についてください。 3週間ぶりだからみんながどれくらい進歩したのか見せてくれるかな?」

「「「わかりました!」」」

 一年椿組の生徒は、顔を見合わせながら悪戯っぽく笑っている。
 どうやら、祐巳が来る前にクラス中でなにやら相談がまとまっていたらしい。

「席について」 といった祐巳の言葉を無視し、机と椅子を片付け始める。
 机と椅子を壁際に寄せてしまうと、瞳子を先頭にぞろぞろと教室の一番後ろに全員が一列に整列した。
 祐巳が立っている教壇と生徒たちの間に何もない大きな空間が空く。

「ん? え〜っと、何をするのかな?」
 頭にクエスチョンマークを浮かべる祐巳。

 その祐巳を全員が笑顔で見ている。 そしてその中から瞳子が中央に進み出てスカートをつまみ芝居がかったお辞儀をする。

「紅薔薇のつぼみに、わたくしたちの修行の成果をお見せいたします」

 瞳子はゆっくりと顔を上げ、マホガニー製、紫水晶(アメジスト)の組み込まれた美しい杖を振るう。
「セーフティー・ワールド!」

 それはとても美しい虹色の絶対防御障壁。 先日、祐巳の手を借りて作り出されたセーフティー・ワールドに勝るとも劣らない見事な呪文だった。

「わわっ、すごい! たった3週間で一人で出来るようになったの?!」
 祐巳が目を点にして驚く。
 それに笑顔で答える瞳子。 そしてかたわらの同級生たちに頷く。

 それに答え、敦子と美幸が瞳子の両脇に進みむと、声をあわせ杖を振るう。 「セーフティー・ワールド!」
 その絶対防御呪文は瞳子の作り出した障壁よりやや小さめだったが非常に美しいものだった。

「えええっ?! あなたたちには見せただけなのに・・・」

 驚く祐巳に、瞳子はさらに笑みを深くする。
「まだまだ、驚かれるのは早いですわ、紅薔薇のつぼみ」

 そう・・・。 ついに全員が一歩前に踏み出したかと思うと同時に呪文を唱える。

「「「「セーフティー・ワールド!」」」」

 一年椿組は全員の杖から生じる絶対防御障壁の美しい光で満ち溢れた。

(あ〜・・・。 お姉さま、わたし教えることがなくなってしまいました・・・)
 
 祐巳は、嬉しいやら困ったやら。 複雑な表情で ”悪戯な天使” たちの揃う教室を見渡すのだった。



【あとがき】

「マホ☆ユミ」シリーズ、 第2弾第2部のスタートです。
 第1部では志摩子さんと乃梨子ちゃんの姉妹成立をメインにお届けしましたが、第2部はどうなるでしょうか?
 登場人物も少しだけオリキャラがでます。
 でも原作で名前だけわかっている登場人物はある隠された意味を持つ苗字をつけて登場させています。
 今回の話では茶話会に登場した藍子ちゃん、千草ちゃんなど、です。
 このシリーズ、飽きられたのかもしれない、と不安になっていましたが、書き続けることが出来るところまで書こう、って決めました。
 皆様の暖かい応援をよろしくお願いいたします。

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