【3451】 恋する乃梨子  (くま一号 2011-02-06 20:28:21)


「おかしいわ。なにかがおかしいのよ」

 新聞部部長にしてリリアンかわら版編集長である私、山口真美が、修学旅行から帰ってきて以来ずっと感じ続けている違和感。

「ただの勘なんだけど、なにかあったのよね」

 胸騒ぎがどうしても抑えられない。

 平穏無事に、そう、きわめて平穏無事に行われたリリアン女学園高等部の修学旅行。その途中でなにかがあった。それはもう、ベストセラーのご褒美に作者がつれてってもらった、ただの海外旅行記じゃないか、などとは言わせないほどのなにかが。

「なぁーに気にしてるのよぉ、まぁみちゃーん、あそぼーよー」

 さっきからでれでれとワープロの前の真美にじゃれついているのは、一週間でめいっぱい真美分不足症状に陥った築山三奈子さま。この人はもう、一年生の前だろうとお構いなしだからしょうがない。

「修学旅行特集号の編集、終わったんでしょ?」
「はい、お姉さま。もう完璧に」
「じゃあ、何悩んでるのよ。おねーさまが相談に乗ってあげようじゃない」
「何に悩んでいるかもわかんないから、悩んでるんですっ!」

 そこに、一年生が割って入った。
「もう、三奈子さま。編集長が困ってるじゃないですか。真美さま、コーヒー入れましたからどうぞ。ひと休みしてください」
 あれ? 紅くなった? ……『ルーキー』こと日出実ちゃんか。
「ありがとう」

「私はー? ねーわたしはー?」
「どーぞ」
 日出実ちゃんが離れたテーブルに紙コップをドン! おや?

「ちょっとー、真美とずいぶん扱いが違うじゃないの」
「真美さまにくっつき過ぎです。暑いです」
「ほーお。ふふふふふ。そこまで言うなら日出実ちゃんにくっついちゃおう。若い子はよいのおぉ」
「きゃあ、それ、セクハラですって、どこさわって、きゃあぁぁ、真美さまぁ」

 しょうがないなあ、もう。
「お・ね・え・さ・ま」
 三奈子さまは宣誓って右手を挙げた。
「はい、静かにします、編集長」
「よろしい」

「ひでみちゃ〜ん、真美が遊んでくれない〜〜」
「おーよしよし。なでなでなで」
「ごろにゃうんっ」

 二人を放っておいて考える。
……聖さまのこと?

 旅の中で特ダネ的なことってそれしかなかった。けれどなあ。
 聖さまが修学旅行と同時にイタリアに行っていたかもしれない。でも、白薔薇さまには会いに来なかった。卒業されてからずっとそうであったように。

「だから何だって言うんだろう?」

「へ?」
「何?」

「ちょっと出てきます」
「取材なら一緒に行くっ」
「いや、それなら私が」

「一人の方がいいと思います」
「えーまみちゃんどこへいくのよー。」
「ちょっと」

「あ……そ」
「いってらっしゃい」

 ばたり、ドアが閉まる。
「ひでみちゃ〜ん、真美が〜」
「はいはい、おーよしよし」


 †  †  †


 別にお姉さまに隠すほどのことではなく、二年松組の教室に戻っただけ。山百合会幹部の学園祭の練習はまだ本格的には始まらないはず。祐巳さんか由乃さんがつかまえられるといいなって思っただけなんだけど、運良く志摩子さんと蔦子さんまでいた。

「あれれー、みんなで何してるの?」

「私と由乃さんで一緒に修学旅行の写真を見ていたのよ。そしたらなんだか盛り上がっちゃって」
 ひらひらと写真を振って祐巳さんが答える。
「廊下を通りかかったらなんだか楽しそうだったから、仲間に入れてもらったわ」と志摩子さん。

 そして由乃さんが続ける。
「あの時は楽しかったとか、あーでもないこーでもないって言ってたら、このカメコがね」
「カメコ言うな」蔦子さん。

「『ダンナ、ダンナ、いいネタ有りまっせ。あの山口真美のパジャマ姿に着替えシーン、さらには入浴……』」

 って、ちょっと待て〜〜〜〜〜〜。
「きゃああああっ。蔦子さんって人は同室のなにを撮ってるのよーーー!」

 ぱこんぱこんぱこんぱこん。

「撮ってないから、いや絶対撮ってないから、やめって。真美さんそれ上履きって」
「撮ったじゃないのーっ! 絶対きれいに撮るからってセミヌード一枚撮ったでしょー」
「それはあくまでもアートとして、その」
「ったっこさんが、そのっうなじが美しいっ、とか言ってっのせるからでしょーー」

 ぱこんぱこんぱこんぱこん。


「撮ったんだ」
「撮ったんじゃん」
「売れるかな」
「いくら出す?」
「かわら版編集長は知名度高いよ」
「知名度は高いけど顔は意外に知られてないよね」
「この場合顔の問題じゃないよ」
「もっと問題じゃない?」
「カメラマンってこうやってモデルさんを説得するのね。勉強になったわ」
「志摩子さん、感心するとこ、そこ?」

「売るなあぁぁぁ!! ってかなにげにひどいーーー」

 そういうキミたち、一度口説かれてみればわかる。本気のカメラマンと化した蔦子さんの前に、私は簡単に陥ちたんだから。蔦子さんと同室するのにまさかこんな罠があるとは思ってもみなかったって。

「さあ、プリントとネガ、耳を揃えて出せ。今すぐ出せ。さあ出せ」
「そんなもの現像したあと学校へ持ってこないってば。真美さんだって、きれいに撮れたって喜んでt」
「きゃやゃゃゃゃ、言うなあぁぁーーー」

 ぱこんぱこんぱこんぱこん。


「きれいに撮れたんだって」
「照れることないのに」
「私も撮ってもらおうか」
「携帯で自分撮りするのとは全然違うよきっと」
「携帯なんて持ってないじゃない」
「由乃さんだって」
「ちょっと考えるよね」
「ちょっと考えるけど」
「私、出るとこ出てないよ、いろいろと」
「それは真美さんだっていまいち萌えない理由が三つもあるし (*1 」
「私がいまいち萌えない理由を挙げたら三十くらいあるよ」
「でも蔦子さんが万一流出させたら怖いよね」
「蔦子さんはそんなことしないって思っていても、いざというときは信用してないのね。勉強になったわ」
「志摩子さん、感心するとこ、そこ?」


「うるさーい!!」
 力、抜けた。知られなくてもいいこと自爆しちゃったよ、もうっ。

「ぜーー、ぜーーーー、ぜーーー、あんたたちね〜〜」
 あのね、私は、たいりょく、ないんだから。
 ボロボロになった蔦子さんがほこりだらけで立ち上がる。
「ちょっとー、みんなひどすぎるよ〜。特に志摩子さんって」

「ごめんごめん、私が悪かった。まさか本人承諾で本当に撮ってたとは思わなかった」
 全然悪くなさそうに舌を出す由乃さん。

「いや、忘れて。その事実自体を脳細胞から消し去って。お願いだから」
「見たい」
「ダメ。ぜーーーーったいだめ」
「惜しいなあ。次のかわら版の表紙に使えば……」
「ダメえええええっ」

そして……。
「ごめん、蔦子さん」
「いや、不意を突かれたのはわかるけどさ、上履きはやめようよ上履きは」
「ごめん」

「うん。じゃあそういうことで、写真部のエースわたくし武嶋蔦子に美しくフルヌードを撮ってほしい人は、いませんね、いないですね、ありがとうございました」

 別になにも言ってない。みんなで上履きをぬいで振りかぶっただけだ。



 †  †  †



「それで、真美さんはどうして教室に戻ってきたの?」
 突然、根源的疑問を発する白薔薇さま。そうだった。

「うん、雲をつかむような話なんだけどね。修学旅行で何か事件が起きていたような気がしてしょうがないの。それで相談しに来たの。でも……」

 あーだこーだとあやふやな説明で通じたかどうかわからない。それでも、こういうときには乗ってくれる友人たち。

「事件らしい事件なんか、なかったよ」と祐巳さん。
「そうなんだよねえ。でも、なんかど〜〜しても気になるから、誰か教室に残ってないかなって思って。運が良かった」

 そういえば、このメンバーは両方のコースが合流したピサの時と同じだ。

「結局、聖さまがイタリアに行ってたかどうかって、わかったの?」
と由乃さん。
「わかんない。ご本人に大学部まで訊きに行くことでもないし、志摩子さんは聞かない……よね?」
 ……よね? は、確信つきの疑問というやつ。

「ちょっと待って」由乃さんが割り込んだ。
「取材は事務所通してくださーい。真美さん、この質問は記事にするの?」

「あーそうか、ごめんなさい。姉妹のこととか個人的なことは答えてもらっても記事にはしません。なにかあったっていうのは、そういう種類のことじゃないと思うし。今のなし」
「よろしい。ま、真美さんは信用してるんだけどね、実のところ」
「ありがと」
「裏切ったら写真が流出するから」
「もう勘弁して、由乃さん」

 この辺が、薔薇さまを祭り上げて煽り立てて記事にしてきたお姉さまとちがって気を遣う。昭和の芸能レポーター役を演じ切るのはお姉さまのキャラでなければ無理だから、これが私。

「記事にされて困ることではないけれど、そんなことを読みたい人がいるのかしら」
 眉を寄せる志摩子さん。いるんです。でも書きません。

「そうね。お姉さまが私に会わないつもりでいらっしゃるなら、私からお伺いすることはないわ。『私のためだと思う』って成田で言ったけど、だからなおさらよ」

「その志摩子さんのためっていうのが、よくわからなくなってきたんだけどなあ」
 蔦子さんが疑問を挟んだ。

「どういうこと? 聖さま、私には頼るなって言って卒業して行かれたし、志摩子さんが頼っちゃいけないっていうのもよくわかるよ」
「祐巳さんの場合は、聖さまってそう言いながら、なにかやらかした時にはすぐに駆けつけてくるよね」
「やらかした、はひどいなあ。その通りだけどさあ」

「だから思ったの。一度会ったり話したりしただけで崩れてしまうようなものなの? 白薔薇さまとしてもう半年役目を果たしてるのに。
あ、ちょっと不思議に思っただけで、姉妹のことにクチバシを入れるつもりはさらさらないわよ」
 志摩子さんには以前のようなどこか危うい雰囲気がなくなった。だから、蔦子さんの疑問はここにいる友人一同の気になるところではあった。

 志摩子さんは、どう説明しようか、というようにちょっと考えたようだった。
「お姉さまが、隣の大学部にいらっしゃる、というそれだけで私は助けられているから、それで充分なの」

「相変わらず不思議な姉妹ねえ」
「そういわれればそうかもしれないわね」
 そう言って志摩子さんはふんわり笑う。

「会いたくならないの?」
「会いたいわよ。でも、お姉さまと私の場合、会わなくてもいいから。いいえ、会わない方がいいから」



 祐巳さんがなにかつぶやいた。
誰も気づかなかったみたいだけど、私には聞こえた。


『シオリさんみたい』
祐巳さんは、たしかにそう言った。

 この話の流れでシオリさんといったら、一昨年の二学期で転校したという久保栞さまのことだろう。けれど、祐巳さんがその名前を知っているのが意外だった。聖さまと親しい紅薔薇のつぼみとしては知っていて当然なのかな。

 そっか。栞さまは聖さまに会わない方がいいと思っているのか。逆かな?
ほらね。なにか出てくるのよ。

 このメンバーに『取材』をすると、プライバシーと守秘義務と取引(パンとか)に、義理と友情を加えれば9割は記事にできない。
……これはまた、記事にはできそうもないな……お姉さまに話すのも慎重にしないと……


 †  †  †


 せっかく修学旅行から帰ってきた志摩子さんに甘えようと思ったのに、薔薇の館にいても誰も来ない。
 今日は何も予定はないのだけれど、一度、椿組の教室に戻ろうと思って薔薇の館を出た。

 校舎に入るところで、二年生の三人と出会った。

 志摩子さんが申し訳なさそうな顔で言う。
「乃梨子、ごめんなさいね、連絡もしないで遅くなっちゃって」
「いいえ、今日は活動の予定はもともとないですから大丈夫です」

「乃梨子ちゃんごめーん、修学旅行の写真で盛り上がっちゃって、一緒に見てたんだ」
「祐巳さまたちと志摩子さんって逆コースですよね? 一緒にいらしたんですか?」
「うん、ピサで静さまと会った話とかしたじゃない?」
「そうでした、一度合流されたんでしたっけ」

 そこに由乃さまが悪代官の顔で口をはさんだ。
「ふっふっふ、ダンナ、いいネタありまっせ。志摩子さんのネグリジェ姿とバスルームの写真、いくらで買う?」
「そんなもの、あるわけないですっ」
 うっ、と一瞬目の前に浮かんだ画像を必死で打ち消して、どうにかツッコミを入れることに成功した。
……のだけれど、志摩子さん、どうして平静にぼわぼわと笑ってられるかな。

「乃梨子ちゃん、由乃さんのこのネタ二回目だから」
「は、はは、そうですか。なるほど」
「ちぇー、志摩子さんも乃梨子ちゃんも動揺しないなあ」
 当たり前です。万一そんな写真が存在しては白薔薇さまの権威にかかわりますから、ちゃんと桂さまの撮った写真をネガも一緒にさりげなくチェック済です。

「乃梨子はどこへ行こうとしていたの?」
「薔薇の館には今誰もいないんです。紅薔薇さまと黄薔薇さまがいらっしゃらないのはお聞きしていますが、瞳子と可南子がこないのはちょっと不思議で、教室を見てこようかと」

「つまり、いがみ合いの最中だと思ったわけだ。おぬしも苦労性じゃのう」
「じゃ、代わってください、由乃さま」
「それは祐巳さんの役でしょう。って、祐巳さん? 祐巳さんこんなところで鞄開けて何してるの?」

「あー、私、教室に忘れ物」
「だめだ、乃梨子ちゃん、がんばって」
「結局そうなりますか」

「え? なんのこと?」
「乃梨子ちゃん、この天然の面倒も見てくれない?」

 もう由乃さまにはかまわず
「お姉さま、薔薇の館にはすぐ追いかけていきますから先に行っていてくださいますか」
「わかったわ。今日はまだたいしたことはしないから、ゆっくりでいいわよ」
「はい」
「じゃあ、祐巳さん、乃梨子ちゃん、先に行ってるわねー」


 志摩子さんと由乃さまとわかれたところで、祐巳さまに声をかけた。
「あの、少しお話ししたいことがあるんですがいいでしょうか」
「私に? 内緒話かな?」
「ええ、ちょっとばかり」
「ふーん、今、二年松組の教室を出てきたところだから誰もいないとおもうけど、そこでいい?」
「はい、用事を済ませたらいきます」


 †  †  †


「さて、何かな。瞳子ちゃんと可南子ちゃんのことかな」
「あはは、今回は違います。ちょっと話しづらいんですが……」

 二人だけになった二年松組の教室。この時間、教室に戻ってくる人はまずいないだろう。

「祐巳さま。私、どうしても気になることがあるんです」
「うん」
「志摩子さんのこと、いえ、聖さまと志摩子さんのことなのですが」
「へ? 相談する相手が違ってない?」
「その、祐巳さましか考えられなくて」
「乃梨子ちゃんにそこまで頼られるようなことってあったかなあ。私でいいなら話してみて」

「その……『いばらの森』って、どういう出来事だったんですか。いいえ、お聞きしたいのはそうじゃなくて」
「あれ、知ってるの? 乃梨子ちゃん」
「はい。噂になったことやかわら版の記事なんかは、隣にデータベースがいますからね」
「あーあ。瞳子ちゃんか。小説も読んだんだ?」
「はい。気になりましたから。でも、読んだらもっと気になりました」
「うん。私たちもそうだった。志摩子さんはまるで知る必要がないって感じだったけど」

「そうでもない、みたい、です。いばらの森も読んでいたし、詳しいことも知っているみたいでした」
「ふーむ。それは、ちょっと意外かも」


「えっと、私、共学出身で、こういう話、逆に苦手で、えと、お姉さまにも話したことはないんですけれど。いえ、お姉さまだから話せないんですけど、相談してもいいですか」

「私に? えーとその、はっきりくっきり言っちゃうと、女の子同士の恋愛の話だよね? それは私も相談相手になれるかどうかわからないよ?
 そりゃあ、世の中の女子高生の標準から見たら、お姉さまと私なんて相当危なく見えるかもしれないけどさ、普通にただの姉妹だよ」
「それもわかっています。でも去年の聖さまとお姉さまを知っていらっしゃるから」

「そういうことか。いいよ。でも、そういうことなら、志摩子さんも普通の女の子だと思うよ。聖さまは違ったかもしれない、けれど、あの姉妹は普通の姉妹と違っていつもくっついていなかったというか、離れていても精神的にくっついているというか」
「ええ、ええ、ええ、わかっています。そういう意味では何もなかったということも」
「それで?」

「『あなたはのめりこむたちだから、大事なものができたら自分から一歩引きなさい』 この言葉をお聞きになったこと、ありますか?」
「!!」

「あるんですね?」
「まって、ちょっと待って乃梨子ちゃん、それ、意味の取り方が違う……」

「じゃあ、志摩子さんが、聖さまが会いさえしないのは自分のためだって信じているのはどうしてなんですか?」
「乃梨子ちゃん落ち着いて。妄想に近いよ、それは」

「そうでしょうか。志摩子さんを愛しているから。一歩踏み出て近づいたら恋愛になってしまうから。違いますか?
 卒業してから半年経っても、一度も言葉も交わさないなんて変です!
 それでいて、あのマリア祭は陰から見ていたのでしょう? 私や瞳子には声をかけるけれど、志摩子さんの前には姿も現さない、それって!? ねえ、祐巳さま!」

 ふう、と大きく息を吐いて、祐巳さまはゆっくり話し出した。
「乃梨子ちゃん。もし、そうだとしても聖さまが今のままなら志摩子さんと乃梨子ちゃんには関係ないこと、とも言えそうだね。そうだとして、あなたはどうしたいの?」

「わかりません。自分の気持ちもよくわからない。志摩子さんをそういう意味で好きかどうかなんてわからないです。こんなこと、志摩子さんに話せない!」


「話さなきゃダメ!」
「え?」

「聖さまがそういう気持ちかどうかわからないし、以前そうでも今は違うかもしれない。志摩子さんが気づいているようには見えない。だから、乃梨子ちゃんがそんな風に考えなければ何事もなかった。
 でもさ、乃梨子ちゃんが迷路に入っちゃったんだから志摩子さんに話さなきゃダメだよ」

「何をおっしゃっているかわかってます? 祐巳さまが突然紅薔薇さまからそんな相談をされたら……」
「されたら、とにかくお姉さまの話を聞くわ。そして一緒にどうしたらいいか考える。そこから先はわかんないけど、もうすれ違いはしないって決めたんだ」

「強いですね。志摩子さんと私は、まだそこまでいっていないのかもしれません」
「あたりまえだー、まだ4ヶ月の新婚が〜」
「うっく。そうなんですね、考えてみれば」

「私の時、が参考になるなら、志摩子さんと乃梨子ちゃんが相手を信じられるかどうかが問題で、聖さまが何を考えていようと関係ないってことになるかな」

「……瞳子ですか」
「あはは、わかっちゃうか。うん、そうだよ」

「そうですよね。ありがとうございました。あの、いきなりご相談して『このへんたいさんめ!』とか言われたらどうしようかと」
「あは、そんなこと言わないよ。よく私に話してくれたね。ありがとう。聖さまやアリスとつきあって、たぶん私も物の見方が変わってきたんじゃないかな。でもやっぱり相談する相手が違うと思うよー」

「はい。志摩子さんには……」
「私からは何も言わないよ」
「すみません」

「それじゃ、行こうか」
「はい」




 二人ともずっと黙って歩いた。薔薇の館に入る前に、祐巳さまが振りむいた。

「乃梨子ちゃん。もし、どうしても志摩子さんに話ができなくて、どうにもならなくなったらね」
「はい」
「覚えておいて。必ず力になってくれる人」
「え?」

「どうにもならなくなったら、シスター上村のところへ行きなさい」
「は? 学園長の?」
「うん」
「え? どうして……」


「それは秘密」
 そう言って笑うと、祐巳さまは薔薇の館に入っていってしまった。



 †  †  †


「というわけで、聖さまがなんでまたイタリアへ行ったんだろうという疑問に戻りまして」
「あーら、真美ったらそんなこと悩んでたの。早く私に話してくれればいいものを」
「ですからなにをご相談していいかわからなくて」
「だから、丸ごと状況をぜーんぶ説明すれば良かったのよ」
「どういうことです?」

「静さんってね、イタズラが好きだった。結構執念深く覚えててしっぺがえしするってうわさもあったわね」
「そうみたいですね」
「真美にも想像つくだろうけど、バレンタインデートのレポートは書いていないことの方が重要よね」
「志摩子さんは聖さまの妹なのだから、なにかやらかしたんだろーなーって想像はしてますけれど。
 撒かれたんでしょ? お姉さま」

「ごふっ。だからあの時はそうじゃなくて、まさかリリアンへ戻ったなんて思いもしなくて、いやそうじゃなくて紅薔薇姉妹と由乃ちゃんの休日を取材するという重要な……」

「撒かれた上に、私も置いてきぼりにして蔦子さんも一緒に楽しくケーキを食べてたんですよね?」
「それは持ち場が違ってたんだから、って何の話よ」
「バレンタインデート、じゃなくて話を戻してくださいお姉さま」

「もう。そのあと、静さんはイタリアへ留学したわね。行ってからも志摩子さんとペンフレンドだったり真美たちのところに現れたり、後輩達を気遣っている様子もある」
「はい」

「そこでだ。真美たちがピサの広場へ行くと、志摩子さんと静さんが現れた。二人の仲がいいってのは、そんなに意外でもないわけ」
「そうですか。すごく親しそうでした。選挙の頃のいきさつを考えると私にはちょっと意外でしたけれど」

「極秘情報だけどね、静さん、志摩子さんにロザリオ差し出して断られたっていうフシがある」
「えぇぇぇぇ、い、いえ、今聞けば意外ではないけれど、いったい誰がそんな話を」

「祐巳ちゃん」
「祐巳さんがそんなことをお姉さまにぺらぺらしゃべるとは思えません」
「……の百面相」
「なあんだ」

「あら、祐巳ちゃんにカマをかければかなり確実な情報源っていうのは真美が一番よく知ってるでしょ」
「お姉さまのカマのかけ方って、大外刈りをかけようとして間違って延髄斬りになるようなものですからねえ」

「どういう喩えなのよ。とにかく、真美たちが現れたら志摩子ちゃんも巻き込んで全員イタズラされたのよ。そういうことでしょ?」
「は? ジェラートの話ですか? そうですけど、それが何か?」

「もう、察しが悪いわね。静さんがイタズラする相手は、聖さまに愛された人。聖さまの瞳の中に入ることを許された人に、せめてもの意趣返しをする。そうよね?」

「え、えぇっ? それは考えても見ないことで……」

「考えてごらん。メンバーは豪華よ。聖さまの妹の志摩子さん。聖さまにかわいがられた祐巳ちゃん。由乃ちゃんもかわいがられたうちかなあ、巻き添えかもね」

「ちょ、ちょっと待ってください。あれはみんな一緒に……蔦子さんと私は?」
「何を寝ぼけたこと言ってるのよ。ターゲットその1は真美、あなたよ。出会い頭に質問するに事欠いて、いきなり何を尋ねてんのよ」

「え? 私ですか? 『イタリアに聖さまが来ているという噂があるんですけどご存じ……』 ってうわあぁぁぁぁ、私としたことがまるでお姉さまみたいなデリカシーのない直撃質問じゃないですかあぁ」

「お姉さまみたいは余計。とにかく、静さんは聖さまのことは知らなかった。真美に知らされてがーんってなったわけ。しっぺがえしのイタズラの一つや二つ覚悟しなきゃ」
「あ、あ、あぅあぅ」

「つまり。蟹名静と藤堂志摩子。佐藤聖を取り巻く二人の女がピサという遙か遠い街で邂逅していながら、本人佐藤聖がそこにいない。真美、あなたの目の前で起きたことよ」
「えー、二人の女ってなんですか、その女性週刊誌ちっくなタイトルは」


「そこで、真美の最初の質問に戻るのよ」
「聖さまはどうしてイタリアへ行ったんでしょう」

「違う。『誰に会いに』イタリアへ行ったんでしょう? 二人と会っていないんだから第三の女に会いに。わかった?」

「えーーーーー。お姉さま、妄想暴走しすぎですよーーー」

「あーら、確信はあるわよ。そして、蟹名静は異境の地に一人残るのであった」

「うわあ、静さまってまた振られたんだ」
「目に入らないどころか、見向きもしない完璧な素通りね」

「静さま、黙ってはいられないでしょうねえ。イチかバチかの選挙に打って出る方ですから、また行動を起こすのではないでしょうか。志摩子さん今度は大丈夫かな……」

「真美。あなた何のために取材してるの?」
「それはもちろん志摩子さんと乃梨子ちゃんのため……あ」

「くっふっふっふ。そうね、真美はそれでいいわ。イタリアの音楽学校の入試日程、調べておくわよ?」
「あのねお姉さま。元薔薇さまとはいえ卒業生と、留学した人の話ですよ。記事にできるわけないじゃないですか」
「あら、一人目の女は現白薔薇さまよ」

「お姉さま!! 妹としてリリアンかわら版編集長として、たってのお願いがあります」
「はーい、真美ちゃ〜ん。何かしら」

「小説を書くのはぜっっったいにやめてください」
「小説風の記事ならいいのね?」
「なお悪いですっっ!!」
「真美が私以上の記事を書けば、そんなものは必要なくなるわね」
「もーー、実在人物を思わせるような捏造記述がないかどうか、編集長としてき・び・し・く・校閲させていただきます」
「おもしろいわ。対決といこうじゃないの」

「編集長の承認なしに発行なんていうのは、なしですからね」
「真美ごときを相手にそんな必要はないわ」
「言いましたねお姉さま。取材費は出ませんからね。国際電話もダメです」
「ぐ。それなら奥の手出しちゃうもんもん」
「な、なんですか?」


「セミヌードを修学旅行特集号に表紙差し替え」

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ。ど、どこで聞いたんですか」
「あれだけ大声で騒いでいれば、誰か聞いてるわよ」
「いやあぁぁぁぁぁぁ」
「きれいだった」

「ダメー! 出してください! プリントとネガ全部!」
「国際電話代」
「イタリアまで20分間で手を打ちましょう」

「やりー。あのね真美。蔦子ちゃんが一度帰ってから写真を持ってくる時間があるわけないでしょ?」

「お、おねえさま! きれいだったっていうのは、出まかせですか」
「真美ちゃん怖い。問題はそこ? って首絞めないでくびぃ」
「そこに決まってるじゃないですか!! あーもう。電話するなら私がかけます!」
「えー、だめよそんなの」

「静さまの電話番号、知ってます?」
「……やるわね」




「……写真一枚のネタで、ここまでラプラプされてもなあ……真美さんもまた自分で部室棟にいる全員に宣伝してくれて、私も困るんだけどなあ」
 壁の向こうで蔦子がつぶやいているとは、三奈子も真美も気づかない。

 ただ、隣の写真部の部室がなにやら騒がしくなって、見に行った一年生が『ヌードモデルの募集は一切しておりません。お帰りください』という張り紙を記事にして持ってきたら、理不尽にも編集長が上履きでタコ殴りにした上、前部長の異議を振り切って今年度の海外取材費を全額カットしたという。
 そこに、風紀がどうとか言って武嶋蔦子の首根っこを引っつかみ、紅薔薇さまが目をつり上げて乗り込んできてからの騒ぎはもはや書きたくない。


 †  †  †






 私、何も知らなかった。あなたの家のことも、生い立ちのことも。
どうして、かな。 どうして、話してくれない、かな。

 私にとってはずっとこうだったから、重大なことだなんて思わなかったって
あなたがそう言ったから必死で納得しようとしたけれど、ダメだったよ。

 だって、あの人は全部知ってた。あの人には全部相談してたんじゃない。
シスターになろうとしていることも、その理由さえも。
 今だって、"離れていても通じ合っている関係" なんかじゃない。そうなんでしょう?

 それなら私は? まさか、今になってもいつか出て行くつもりでいるの?
私に何も言わずに?



 ねえ……、私、もうわかんないよ……。








(*1 bqexさまの【No:3444】参照

うーー、リハビリしないとATOKからして言うこと聞かない……。親指ひゅんQのサポート停止でyamabuki-r鍛錬中なのもきっつい。
 見通しが最後までつかないうちにおっぱじめるクセは変わっていないので、続きは年単位の生暖かい目で見ていただきた……いとか言ってると読む人はいませんねそうですねorz



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