【3452】 なにかが変わってゆく  (ex 2011-02-08 22:44:33)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:これ】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾【No:3258】→番外編【No:3431】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


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〜 5月28日(土)午後 リリアン女学園 闘武場 〜

 通常よりもさらに強力な結界が三重に張られた闘武場で、島津由乃は精神を集中させ座禅を組んでいた。
 自ら結界を張り、その強度を確認していた祐巳からOKサインが出る。

 この場にいるのは、薔薇十字所有者、小笠原祥子、支倉令、藤堂志摩子、福沢祐巳。 
 そして島津由乃と、二条乃梨子。
 審判として参加している剣道部・野口部長と、見届人・鹿取先生。
 さらに、今回の戦闘訓練の相手をしてくれることになっている2,3年生6名チームの計14名。

 今日、由乃は3連戦を行うつもりだった。
 それは、真の薔薇十字所有者となるためにを自ら課した試練。

 第1戦の相手は、パトロール隊に志願してくれているシックスマンセルの2,3年生のチーム。
 もちろんパトロール隊に志願するくらいだから、薔薇十字所有者を除けば、リリアンの戦闘部隊の中では最強クラスのチームである。

 その構成は、前衛左から、剣士、拳闘士、剣士の3名。 後衛にアーチャー(弓)、魔法使い(補助魔法)、魔法使い(攻撃呪文)、の3名。
 そのチームの剣士2名は小笠原祥子のクラスメイトで2本のククリ刀使いの鵜沢美冬と、同じく祥子のクラスメイト、日本刀の達人で中等部編入組の黒須ひかり。
 拳闘士は、由乃のクラスメイトで、2年生の ”格闘技四天王” の中でも出色の戦闘スピードを持つ陸上部・軽部逸絵。
 攻撃系の魔法使いは令のクラスメイト、華道部の三田今日子。 物静かな佇まいの穏やかなお嬢様だが炎熱系の魔法では祥子に次ぐ実力を持っている。
 補助系の魔法使いは、センスのいい魔法を使う新聞部の山口真美。
 アーチャーは2年生の弓道部員、一年生時に祐巳とクラスメイトだった小山田みゆき。

 異空間対策本部の魔法・魔術騎士団のチームですら力量的には簡単に凌駕するほどの強者ぞろいだ。

 このチームと由乃は約20mの間隔をあけ対峙する。

 その中央に支倉令が進み出て闘武の開始を告げる。

「では、これから島津由乃とシックスマンセルの模擬戦を開始する。
 医療支援はロサ・キネンシス・アン・ブゥトンが行うので安心してもらいたい。
 主審は私、副審は剣道部野口部長が務める。
 万が一事故が起こりそうな場合には、私、支倉令が止める。
 では、手加減無用の一本勝負。 準備はよいか!」

「「おぅ!!」」 「では、始め!」

 開始の合図とともに令は戦闘の邪魔にならないように、瞬駆で闘武場の壁際まで一気に飛ぶ。 

「影縫いの矢!」 いきなりアーチャーが由乃の動きを封じる矢を放つ。
 しかし、その瞬間にはすでに由乃は闘武場の壁際まで飛び下がったかと思うと、壁伝いに天井まで駆けあがる。

 由乃がシックス・マンセルから距離をとったのを見て山口真美が 「マジック・アップ!」 と魔法威力を増幅する補助魔法をかける。

 補助魔法により魔力を強化された魔法使い・三田今日子が由乃の動きをじっくり見据えながら、
「ファイヤー・ボルト!」 と、通常の倍の威力を持つ炎雷魔法を放つ。

 しかし、その攻撃が天井に届く間には、すでに由乃はアーチャーに向け下降を開始。

「旋風打!」 由乃は高速で回転しながら両腕に構えた特殊警棒を突き出し、アーチャーを襲う。
 しかし、その攻撃に立ちはだかったのは前衛中央の拳闘士=軽部逸絵。
「衝撃手!」
 由乃の「旋風打」と、逸絵の「衝撃手」が激突する。
 あまりの衝撃にバランスを崩した逸絵の腹に由乃の蹴り技が炸裂。

 グフッ!とくぐもった呻きを漏らし、逸絵は闘武場に倒れる。
 その瞬間、両翼に展開していた剣士二人が由乃を襲う。
「烈波二連撃!」「牙突!」
 その攻撃を体に到達するぎりぎりまで待って由乃は上空に飛ぶ。
 剣士二人は自分たちの攻撃が味方にあたる瞬間、その攻撃を止めた・・・・が、その一瞬の隙が命取りになる。
 上空から叩き落とされる由乃のかかと落としに脳天に衝撃を受けた二人は同時にその場に座り込む。

 さらにそのまま前方に飛んだ由乃はアーチャーの背後をとる。
「そこまで!」 と、令の声が飛ぶ。

 直接戦闘担当の3人が瞬く間に倒されたシックスマンセルが、さらにアーチャーまで倒されては体術で勝負する由乃に対抗できないのだ。

「由乃さん、すごい!」 と声をかけながら祐巳は拳闘士、剣士2名に駆けより治療を行う。
 セブン・スターズを顕現し後方に控えていた祐巳が ”癒しの光” で3人を包み込む。

「あ・・・ありがとう、祐巳さん・・・。 まいったなぁ、まさかわたしたちがこんなに簡単に倒されるなんて・・・」
 今年度の2年生体術部門で ”格闘技四天王” と謳われ、トップクラスの実力を誇る軽部逸絵が呻く。

「今の、10秒そこそこしかかかっていないよ。 由乃さん腕を上げたね〜」
 と、こちらは由乃から攻撃されずに済んだ魔法使い、山口真実。

「ありがとう、真実さん。 そりゃぁ祐巳さん、志摩子さんの化け物二人に対抗するために必死で鍛錬してきたから・・・。
 でも、逸絵さんの衝撃手は、さすがにこっちも痺れたわ」

 よく見れば、由乃は左手をだらりと下げたまま。
 逸絵のカウンターに入った衝撃手により、しばらくの間自由が利かなくなっていたのだ。

「由乃さん、こっちの治療が終わったらすぐ行くから。 ちょっと待ってて」 と祐巳が声をかけてくる。
 
 副審を務めていた支倉令の親友、剣道部・野口部長は、
「さすが令さんの従妹だけのことはあるわね。 これだけの才能、剣道部に欲しかったわ」
 と、爽やかに笑う。

「ありがとうございます、野口部長。 でも、わたしはやっぱりこれが似合ってると思いますので」
 と、右手の特殊警棒をブンッ、と振る由乃。

「さすが、薔薇十字所有者、と言ったところかしら。 まだまだ子猫だと思っていたのに、いつの間にか虎になっていたのね」

 支倉道場の門下生でもある野口部長は、心臓病で弱々しかった中等部の頃の由乃を知っていた。
 その由乃がここまで強くなった。 いったいどれくらいの修行を積み汗と涙を流してきたのか、と感慨深げに見つめていた。

 のちに、”リリアンの虎” 、”閃光の猛虎” と呼ばれることになる由乃。 由乃を虎、と呼んだのはこの野口部長が最初だった。



☆★☆

 第2戦、藤堂志摩子戦。

 闘武場の中央に、模擬剣を握った志摩子が立つ。

「志摩子さん、薔薇十字を顕現してもいいのに」 と、由乃。

「うふふ。 由乃さんが顕現していないのにわたしだけが薔薇十字を出して戦うなんてことはできないわ。 それはわたしの矜持でもあるの」
「・・・ わかった。 わたしが顕現できるようになったら、その時はまた挑戦されてもらうわ」
「ええ、楽しみにしておくわ。 でも、そう簡単に負けないわよ」
「それは覚悟の上。 でも、わたしも何時までもこのままじゃいられないから」

 闘武場の中央で白薔薇と黄薔薇のつぼみ、親友どおしが戦いの構えをとる。

 乃梨子はじっと2人の様子を見ていた。
 自分の姉、志摩子の戦いを見たのは正門前に異空間ゲートが開いた一回のみ。
 その時は剣戟一戦、ゾンビをあっというまに切り伏せた。
 その一振りで、志摩子の力量を推し量るのは難しい。 とんでもない実力を持っていることだけはわかったのだが。

 それに比べ、由乃の動きはこの10日間じっくりと見てきた。
 その動き、乃梨子の予想をはるかに上回るものだった、と言わざるを得ない。

「立ち会ってください」 と、何度か由乃に頼んでみたが、
「う〜ん。 わたしのスピードについてこれないようじゃ相手にならないでしょう? 手合わせする前から結果なんてわかっているもの。 それよりほら、柔軟とダッシュ。 基礎が出来たら何時でも相手をしてあげるから」
 と返され、戦うことすら出来ずに居た。

 神速の剣戟を振るう志摩子と、神速の動きをする由乃。
 どっちが勝つのだろう? と、乃梨子は手に汗を握り戦いの開始を待っていた。



「では、始め!」 令の掛け声と同時に由乃は志摩子に襲いかかる。

 ブンッと風切り音だけを残し、瞬駆で一気に距離を詰めた由乃は 「衝撃虎砲!」 と、特殊警棒に必殺の覇気を込める。

 だが、志摩子はほんの半歩だけ体幹をずらしたかと思うと、「絶・螺旋撃!」 と、由乃の胴を払う。

 グシャッ、と嫌な音が響く。 志摩子の攻撃をまともに受けてしまった由乃は闘武場の壁に叩きつけられる。

(さすがに重い・・・。 それに早い・・・)
 後頭部をしたたかに打った由乃は一瞬気を失いそうになったが必死で耐えた。
 志摩子の攻撃はなんとか特殊警棒で受けたため体に衝撃はなかったのであるが、剣戟の勢いに押され闘武場の壁まで飛ばされてしまったのだ。

 1,2歩壁際から離れた由乃の瞳に真紅の覇気が宿る。
 常にダダ漏らししている覇気が由乃の体を覆い、真っ赤に燃え上がる。

「うぉぉぉぉおおおお!!! アカシャ・アーツ!」
 拳闘士の纏う戦闘オーラに包まれた由乃の体が、火の玉のように志摩子に肉薄する。



 ガキッ! ドゴッ! 
 体を震わせる衝撃波が闘武場に満ち溢れる。
 由乃の打撃を志摩子の剣戟が迎え撃つ。 志摩子の剣戟を由乃が防御する。

 志摩子の剣戟は重く早い。 由乃の体は志摩子の剣戟を受けるたびに弾き飛ばされるが、由乃はバランスを崩すこともなくすぐさま反撃に移る。
 由乃の衰えぬ覇気はますます燃え盛り、暴風となって志摩子を包み込んでいく。

「こんのっ!」 
 何度挑みかかっても弾き飛ばされる由乃の顔が真っ赤に染まる。
 しかし、頭脳はやけに冷静になっていた。
(さすがに、このスピードじゃ志摩子さんに一撃入れるなんて無理な相談よね・・・)

 一方志摩子も、由乃の荒れ狂う猛攻を凌ぎながら、由乃の成長に驚いていた。
(一ヶ月前の由乃さんとは違う・・・。 攻撃は一見荒く見えるけどすごく繊細に戦略を考えているわね・・・)

 一ヶ月前の志摩子であれば、数合打ち合えば由乃の隙を見抜き、得意の螺旋撃や回転切りで決着をつけることが出来ていた。
 だが、今の由乃の攻撃はそれを許さないほど鋭い。 無理に大技を繰り出せばその隙を突かれる恐れがあった。

 由乃は軽く跳躍し、志摩子を頭上から襲う。 志摩子がその攻撃を弾き返す事を狙ったのだ。
 バキィィイイイ! っと派手な音を立てて志摩子の剣戟を特殊警棒で受けた由乃は、その衝撃を利用して闘武場の壁際までわざと弾き飛ばされる。

 そして、床に足が着いた瞬間・・・・ 「”幻朧”」

 由乃の体がブレたかとおもうと、次の瞬間には志摩子の背後を取る。
「衝撃虎砲!」

 由乃の突き出した特殊警棒にわずかにかすった感覚が・・・。
 だが、そんなものだった。

 ”風身” ですんでの危機を回避した志摩子は、すぐに瞬駆で由乃との距離を詰め、必殺の攻撃を放つ。
「利剣乱舞!」 
 志摩子の最大の攻撃が由乃を襲う。
 しかし、由乃もそう簡単に志摩子の剣戟の餌食になるわけではない。

 上から、下から、右から、左から雨あられと打ち込まれる剣戟をことごとく躱わしてみせる・・・が・・・
 ブシュッ!、シャーッ! と、何度も剣戟が体を切り刻んでゆく。

 いくら模擬剣とはいえ、志摩子の利剣乱舞が体に当たったらその衝撃だけで気を失いそうになるだろう。
 だが、志摩子の剣戟を急所をはずし、皮一枚削られるだけで何とか凌ぐ由乃。
 しかし、志摩子の猛攻はとどまるところを知らない。
 一度発動したら、相手を叩き潰すまで利剣乱舞の舞は続くのだ。

(このままではジリ貧・・・。 ここまでか・・・)
 審判を勤める支倉令が残念そうな顔になる。

 由乃の必死の修行に付き合ってきた令は、由乃がここで負けてしまってもまた立ち上がる心の強さを持っていることを知っている。
 たとえ、負けを宣言された瞬間は悔し涙で眼を真っ赤に泣き腫らしたとしても・・・。
 志摩子の利剣乱舞の正確で恐ろしく強烈な攻撃力を知っている令は、試合の終了を告げよう、とホイッスルに手をかける。

 だが、由乃は体を切り刻まれながらもチャンスを伺っていたのだ。

 志摩子の利剣乱舞の舞が止めを刺しに突き技を繰り出すタイミングを。

 そして・・・ 志摩子が突き技を出した瞬間・・・  「”幻朧”」
 と、一気に志摩子から離れる。

 だが、その幻朧でさえ・・・ 志摩子の動体視力を超えてさえなお・・・

 志摩子は由乃の行動を先読みし、幻朧で現れる場所に瞬時に移動し・・・ 「絶!螺旋撃!!」 最後のとどめ、とばかり、強烈な攻撃を逆袈裟に打ち振るう。

 だが・・・

 志摩子が螺旋撃を放つ瞬間、由乃はさらに・・・  「”幻朧”」

 螺旋撃で体の伸びきった志摩子の背後に現れ・・・ ついに最強の攻撃を放つ。

「八相発破!!」 由乃の両手に握られた特殊警棒が雨あられとなって志摩子の体を覆いつくす。

 今度は志摩子が必死に由乃の猛攻に耐える。
 短い特殊警棒は、手数において模擬剣をはるかに上回る。

 しかもその手数の一撃一撃が ”八相発破” の驚異的な覇気が乗った攻撃なのだ。

 しかし、類まれな戦闘の勘によりその”八相発破”でさえ、志摩子はすべて打撃を打ち払い、一撃も体にかすらせもしない。

(ここを凌ぎきればこちらの勝機!!) 志摩子に次第に余裕が生まれてくる。

 ひときわ強い覇気を乗せた由乃の最後の打ち下ろしを弾きあげた志摩子は勝利を確信する。

 ところが・・・ 「”幻朧!”」

 由乃はこの戦闘で、4回目の”幻朧”を使い、志摩子の背後をとったかと思うと・・・ 「”冥界波!!”」

 ついに、由乃の攻撃が志摩子の背中に炸裂した・・・・



「由乃さん・・・。 由乃さん・・・。 由乃さんっ!!」

(あれ・・・? わたし、どうしたんだろう・・・。 祐巳さんの声が聞こえる・・・)

 由乃が薄目を開けると、そこには自分自身を包み込む純白の光・・・。
 そして、心配そうに覗き込む親友の顔があった。

「あ・・・。 祐巳さん・・・。 わたしどうなったの? 負けたの?」

 由乃の気になることはただ一つ。 志摩子との戦いがどうなったか、だけであった。 自分の体のことなんてどうでもよかった。

「うん。 由乃さんの ”一本” だよ。 でも、由乃さん、最後の冥界波を撃ったときに気を失ったの。
 ・・・ 無茶だよ。 一回の戦闘で ”幻朧” を4回も使うなんて。
 しかも、”八相発破” と ”冥界波” まで使っちゃって・・・。
 どれも、一回使うだけで体力を半分くらい持っていかれる技なんだからね?
 わたしの ”癒しの光” を最大に展開しても、30分も寝たきりだったんだから・・・」

 祐巳は怒ったようなあきれたような顔で由乃に答える。

「えへへ、ごめん。 絶対に勝ちたかったからちょっと無理をした。 でも、一本取れたのね?
 志摩子さんは? 姿が見えないようだけど・・・」

「あ〜、志摩子さんと乃梨子ちゃんと令さまは、由乃さんの服がぼろぼろになったから着替えを取りに行ってるの。 あと、飲み物とかも。 もうすぐ帰ってくると思う」

「・・・ なんだ・・・。 志摩子さんは平気だったんだ・・・。 残念ながら最後の攻撃、手ごたえ無かったの・・・。
 ねぇ、わたしの冥界波、ちゃんと当たったの?」

 一本取った、と祐巳から聞かされ、少し喜んだ由乃だったが、様子がおかしいことに気づいてしまった。

「由乃さん・・・。 あのね、冥界波の前に幻朧4回と、八相発破を一回使ったでしょ? あれでガス切れだったの。
 最後の冥界波はちゃんとした威力は出せなかったんだ。
 でも、ちゃんと志摩子さんの背中を弾き飛ばしたんだよ。 だから、”一本”。
 志摩子さんが戦闘で転ぶところなんて久しぶりに見たよ」

「転んだ・・・、だけ?」

「う・・・うん。 それだけ。 でも由乃さん、ほんとにすごかった。 令さまなんて眼を真っ赤にしながら 『由乃!よくやった!』 って何度も言ってたもん。
 ねぇ、由乃さん。 がっかりすることなんてないんだよ? 志摩子さんがどれだけ強いか由乃さんが一番知ってるじゃない。
 それにね、本当の勝負、ってことなら、薔薇十字を顕現してからでも遅くないよ。
 由乃さん、薔薇十字を顕現したときの覇気の上昇がどんなにすごいかわかる?
 由乃さんの強すぎる覇気は、こんな特殊警棒じゃ収まりきるはずが無いんだ。
 薔薇十字を顕現して初めて由乃さんの本当の戦闘能力がわかる、って私は思うよ」

「祐巳・・・さん・・・。 ううっ・・・、うぁぁぁあああぁあああぁああぁあぁん!! 
 祐巳さん、わたし、勝ちたかった! わたし、必死に食らいついた! でも・・・でも勝てなかった!
 うわあぁぁぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁぁぁん!」

 祐巳にしがみついて大泣きを始めた由乃を優しく抱きかかえながら祐巳は言葉を続ける。

「大丈夫だって・・・。 由乃さんの力はここに居るみんなが認めている。
 ううん。 認めていた以上の力を由乃さんが持っている、ってわかってみんな驚いてるんだよ?
 わたしも、正直驚いた。 まさかここまで強くなってるなんて、祐麒にも聞いてなかったからね」

「うん・・・。 うん・・・、わたし、がんばったよ・・・。 祐巳さんに認めてもらいたくって・・・。 わたしだけが祐巳さんと志摩子さんの足を引っ張る存在にだけはなりたくないの」

「ほらほら・・・。 もうそんなに泣かないの。 もうすぐ令さまたち帰ってくるよ?
 3人に大泣きしている姿を見せるつもり?」

「う・・・。 それは嫌。 よ、よしっ! 祐巳さん、肩貸して」
「OK! さ、胸を張って! 志摩子さんに、『どうだ!』 って言ってあげなさいよ」



☆★☆

 令と志摩子、乃梨子の3人が闘武場に着替えと飲み物、それにパンを持って帰ってきた。
 すでに、祐巳による治療は終わり、由乃も落ち着いた様子で祥子たちと談笑している。

 ほっと、安堵の息をつきながら令は由乃に声をかける。

「由乃・・・。 ほんとによく頑張ったよ。 わたしから言えるのはそれだけ。 でも、こんな無茶は二度として欲しくないな」

「何言ってんの?! 相手は志摩子さんだよ? 無理しないと相手にならないの、わかってるでしょ!
 それよりのど渇いた! 早くジュース頂戴!!」
 と、令に向かって一気にまくし立てる由乃。

「な〜んて。 令ちゃん、ほんとにありがとう。 令ちゃんが鍛えてくれたおかげでなんとかここまで来れました。
 でも、志摩子さんにちゃんと勝てるようになるまでまだまだ修行したいんです。
 これからもよろしくお願いします。 ”お姉さま”」

「由乃・・・」 令は素直に頭を下げる由乃に相好を崩す。

「と、言うことで・・・」 と、令と手を握り合った由乃が、祐巳を振り返って言う。

「祐巳さん、第3戦目、よろしく!」



☆★☆★☆★☆

〜 5月30日(月) 早朝 島津家 〜

「由乃・・・。 由乃・・・。 起きれるかい? 由乃!」

 すがすがしい朝の日差しが差し込む東向きの部屋のベッドの上・・・。
 熟睡している由乃に声をかけ、起こそうとしているのは今年度の黄薔薇様=支倉令。

「う・・・。 ふわぁぁ・・・。 あ? あれ? 令ちゃん、もう朝なの?」
 ぼんやりと薄目を開けた由乃の眼に、見慣れた顔、でも心配そうな顔の令が居た。

「あぁ、朝だよ。 しっかり起きて朝ごはんを食べないと。 お腹すいてるでしょう?」
「う・・・うん、すこし・・・ね。 でも、今日は日曜じゃないの? なんで令ちゃんセーラー服を着ているの?」

 由乃は不思議そうにセーラー服姿の令を見つめる。

「由乃は日曜日、ずっと寝てたのよ。 今日は月曜。 ほら、ちゃんと起きて。 学校に遅刻しちゃうよ」

「えっ?!」
 さすがに由乃も令の言葉に驚いて一気に眼が覚める。

「あ・・・、わたし、志摩子さんと試合して・・・。 あれ、どうなったんだっけ?
 そのあとの記憶がぼんやりしてる・・・。 志摩子さんと戦ったのは憶えてるのに・・・」

「由乃・・・。 祐巳ちゃん、怒ってたよ。 祐巳ちゃんが由乃に怒ることなんて初めてじゃないの?
 今日会ったら、ちゃんと謝りなさいよ。 あれはどう見ても由乃が悪い。 祐巳ちゃんが怒るのも当然だよ」

「えええぇぇえ?! 祐巳さんが怒った、の? そりゃ珍しい。 でもなんで?
 わたし、祐巳さんを怒らせるようなこと、したの?」

「え?! 憶えていないのかい? ほら、祐巳ちゃんが何度も止めたのに 『試合する!』、って聞かなかったじゃないの」

「うそ・・・。 憶えてない・・・。 えっと・・・。 志摩子さんと戦って・・・。 気がついたら祐巳さんに介抱されていて・・・。
 そのあと祥子さまや野口部長とお話をしてたら、令ちゃんと志摩子さんがジュースを持って帰ってきて・・・。
 ? あれ? そのあとの記憶が全くない・・・。 
 で? それで起きたら、日曜日を通り越して月曜の朝?! 何の冗談よ!」

 思案顔で、土曜日の模擬戦を思い出していた由乃は、自分の記憶が消えていることに不安を感じる。
 そして、その不安が怒りとなり、令に八つ当たりしてしまう。

 しかし、令はなぜだか納得がいった、と言う顔になる。

「そうか・・・。 祐巳ちゃんが 『このことは黙っていて』 って言ったのはこのことだったのね。
 由乃、わたしは祐巳ちゃんから口止めされたことをこれから由乃に言う。
 そうでないと、折角のあなたの成長を止めることになると思うからだ」

「う・・・、うん」

「由乃は、志摩子との戦いで”幻朧”を4回も使った。 それも、”アカシャ・アーツ” で身体機能を高めた上で、だ。
 そして、練習してきた八相発破だけでなく、未完成の冥界波まで撃った。
 それが、どんなに命を縮めることになると思っているの?
 たしかに、志摩子は強い。
 あの蓉子さまでさえ全力で当たってもなかなか倒せなかったほどの力を持っている。
 いくら由乃が死に物狂いの鍛錬を重ねてきたからといって、一年やそこらの修行で乗り越えるのは高すぎる壁だ。
 だから、わたしは由乃が力の限り戦った、戦い抜いたことを誇らしく思うよ。
 でもね、土曜の模擬戦はそこまでにしておくべきだった。
 あれだけ、命を縮めるほどの戦いをした後で、志摩子ですら一本を取ることができない祐巳ちゃんに挑もうなんて無茶もはなはだしい」

 令は、辛辣に言葉を続ける。

「祐巳ちゃんはね、由乃の力を認めた上で、戦うことを拒否したんだよ。
 それは、由乃のことを大事に思っているから、なんだ。
 由乃は強くなった。 そしてまだまだその力は伸びる。 祐巳ちゃんはそれを知っているんだ。
 祐巳ちゃんは由乃が戦える状態だったらどんなことがあっても戦ったでしょう。
 由乃は、祐巳ちゃんのことをよく知ってるんじゃないの? 私以上に。
 それなのに、あんなことを言うなんて。 
 由乃は、祐巳ちゃんを見くびりすぎだよ」

「う・・・。 ごめん、令ちゃん・・・。 わたしまた焦っちゃったんだね・・・。 
 祐巳さんに介抱された後でも、しっかり叱られたばかりだったってのに・・・。 最低だね、わたし」

 由乃は顔を真っ青にして俯く。

「謝罪の言葉は祐巳ちゃんに言うべきものだよ。 
 でも祐巳ちゃんはわたしに、『黙っておいて』 って言ったけどね。
 『由乃さんは近い将来、しっかりと覇気をコントロールできるようになります。
 それに今よりもっと強くなることはわたしが請けあいます。 そうすれば今回のように焦って自分の命を粗末にするようなことは言わなくなるでしょう。
 それに気付くだけの資質が由乃さんにはあります。 だから、今は黙っていて』 ってね」

「祐巳・・・さんがそんなことを?」

「あぁ。 由乃は幸せだよ。 あと2年も祐巳ちゃんと過ごすことができる。 それも無二の親友として、ね。
 祐巳ちゃんは、わたしが認めた史上最高の薔薇だ。
 由乃は、その祐巳ちゃんから認められてるんだよ。 これから、どんどん祐巳ちゃんの強さを吸収していけばいい」

 由乃に辛辣な言葉をかけていた令が、嗚咽を漏らし始めた由乃をそっと抱きしめる。

「しかし、祐巳ちゃん、相当怒ってたなぁ。
 素手で、しかも、中指一本でなにかの魔法を二つ、無詠唱で同時展開したんだって。
 見た感じは、デコピンを一発由乃の額に叩き込んだだけだけどね。
 さすがに、杖無しで2呪文同時詠唱は負担があったんだろう。 祐巳ちゃんの中指は凍傷みたいになってたよ。
 今思えば、 ”忘却呪文” と ”冷却呪文” だったんだね。
 由乃の疲労は表面的に回復しただけで丸一日寝ていないとならないほどのものだったんだよ。
 泣きそうな顔で怒る祐巳ちゃんなんてもう見たくないな。 あれは相当に怖い」

「令ちゃん・・・。 ありがとう。 もう平気。
 そうとわかれば、こうしちゃいられない! しっかり朝ごはん食べて学校に急ごう!」

 涙を振り払った由乃はベッドから飛び起きると、すぐさま着替えを始める。

(祐巳さんに謝る! そしてこれからも鍛錬を続ける! この前の幼稚舎の子達に祐巳さんはなぜ慕われている?
 そんなことさえわからないようじゃ、祐巳さんに一本入れる、とか思っているのが馬鹿馬鹿しいわ!)

 さすがに、自分に非がある、とわかれば豹の柄のような鮮やかさで反省をする潔い由乃。

(ふふっ。 ようやく由乃らしくなった。 これが由乃の美点。 わたしも、祐巳ちゃんもあなたのこんなところが大好きなんだよ)

 あわただしく着替えをする由乃を見ながら、令は笑みがこぼれるのを抑えられずに居た。

 今回の由乃の挑戦は無駄じゃなかった。
 きっと何かが変わってゆく。

 近い将来・・・。 そう祐巳は言った。
 それを今は信じよう。
 じっくりと、腰をすえて自分の力量を見定め、静に体内の気をコントロールし、美しい覇気の流れを纏う由乃の姿を令は見ていた。



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