十年前のバレンタインデー。
「あら、令ちゃん。上手く作れたわね」
満足そうに笑うのは支倉令ちゃん八歳。
今年は人生初の手作りお菓子を皆にあげようとお母さんの力を借りて頑張ったのだ。
市販のミックス粉にココアパウダーを入れたマーブルバターケーキはちょっと歪だったが令ちゃんは会心の出来だと思った。
「これ、私が作ったの。食べてみて」
隣の島津一家も巻き込んでの試食会になった。
「美味しい!」
「よくできてるね。うまいうまい」
「令ちゃん、将来ケーキ屋さんになれるよ」
「また来年も食べたいな」
従妹の由乃はもちろん、叔父さん、叔母さん、お母さんも喜んでくれたのだが、お父さんだけが黙っている。
「どうしたの、お父さん。美味しくなかった?」
恐る恐る令ちゃんが尋ねるとお父さんはこう言った。
「お父さんの饅頭、まだ餡が出てこないんだ」
一同唖然。
その年から令ちゃんはバレンタインデーにお菓子を毎年毎年手作りするのだが、お父さんにどんなお菓子だか正しく伝わった年はないという。