私は今の状況を確認する。
ここはミルクホールの一角。
私の目の前には、パックのイチゴミルクが置かれている。
そして目の前には、先程呼び止められここへ連れて来た張本人であるロサ・キネンシスの小笠原祥子さまがいる。
イチゴミルクは、付き合ってもらうお礼として奢って頂いたものだ。
私は「頂きます」と言い、パックを手に取りストローを刺し少しだけ飲む。
一息ついた後
「あの、話と言うのは・・・?」
私自身、余りお話をすることは無く、ましてや二人きりっというのも殆ど無い。
しかも、ロサ・キネンシスは終始笑顔をうかべている。
「頭の回転が速いあなたのことだから、大体の予想は付いているのではなくて?」
質問を質問で返されるとは思っても見なかったが、ここに来る合間に何となく想像はしていた。
時期的なことと、最近クラスメイトから聞いた話。
時期とは、あと数日で三年生を送る会が執り行われる。
クラスメイトから聞いた話と言うのは、お姉さまのお姉さま、つまりおばあちゃんから呼び出され、遺言なることを頼まれたと言うことらしい。
内容は「妹をよろしくね」と大体そこに集約される。
しかし、ここにいたっては意味が分からない。
私は、祐巳さまの妹ではないからである。
なので、想像はできても結論には至らないのだ。
もしここで、「祐巳のことよろしくね」と言われたところで、私にはどうすることもできない。
確かに後輩として、接することはできてもそれ以上の補助は私の役割ではないからだ。
「何となくは・・・」
と答えるのが精一杯だった。
ロサ・キネンシスは「ふふふっ」と笑ってから。
「乃梨子ちゃんにお願いしたいことがあるの」
「・・・遺言ですか?」
「そういうことになるのかしら?」
ロサ・キネンシスは可笑しそうに笑っている。
「祐巳さまのことですか?」
「えっ?」
何故かロサ・キネンシスは驚いていた。
さも、そんなことなど考えてもいなかったような反応である。
私はその反応に驚いた。
何となく分かっていたが、あからさまな反応だと余計に驚いてしまう。
「あ〜、普通はそうよね、考えてもみなかったわ」
ロサ・キネンシスはまた可笑しそうに笑っていた。
「では、誰を?」
「私がお願いしたいのは瞳子ちゃんのことよ」
「瞳子、ですか・・・?」
私はその名前が出てきたことに若干の驚きと、やっぱりと思う気持ちを半々に抱えていた。
「乃梨子ちゃんのことだから、頼まれなくても大丈夫だと思ったのだけれど、おばあちゃんとしてはあの子に何もしてあげることができなかったから、せめて何かできたらと思ったのよ」
笑ってはいたものの、声自体は真剣味の帯びた声だった。
「もちろんです。瞳子は私の大事な親友です。心配は要りません」
私はきっぱり言い切った。
当然のことだから。
親友を助けたいと思う気持ちは今後一生なくなることは無い。
「そう。分かっていたことだけれど安心したわ」
ロサ・キネンシスは、穏やかな表情で私を見つめていた。
多分だけど、話はこれで終わりなのだろう。
しかし、私は始めから抱いていた疑問を投げかけた。
「祐巳さまのことは、瞳子に託されたのですか?」
ロサ・キネンシスは、少しキョトンとした表情をしてから
「いいえ。特に何も言ってはいないけれど?」
「ではこれから言われるのですか?」
「・・・。いえ、特に考えてもいなかったわ」
その返答には驚いた。
御自分の妹のことは頼まず、孫のことを託すとは・・・。
「何故なのでしょう?」
純粋な疑問。
頭をフル回転させても分からなかったので聞いてみた。
「託す必要が無いからよ」
「ふふふ」と笑っている。
(まぁ、それはそうなんだけど・・・)と思う乃梨子。
少し意地が悪いな、何て思ったりしていると
「あの子の場合、頼んでも無駄になるから」
「えっ?」
乃梨子が、ジュースを飲もうとして顔を上げるとロサ・キネンシスは、ふと何かを考えるように、思い出すように窓の外を眺めていた。
「乃梨子ちゃんから見て、初めて祐巳に会ったときと、今とでは変わったと思う?もちろん精神的という意味よ」
「・・・」
乃梨子は思い出す。
入学して、志摩子さんに出会って妹になり、薔薇の館に来て出会った祐巳さまのこれまでを・・・。
考えるまでも無かった。
夏ごろと比べ、今の祐巳さまはまるで別人だった。
ここに至って、精神的という意味で・・・。
一時期は、自分とは遠い存在だと思えるほどだ。
「あの子は、確かに傍から見ると脆いのかもしれない。でもそれは間違え。あの子ほど強い・・・。少し違うわね。あの子ほど成長速度が速い子もそうはいないと思うわ」
「私もそう思います」
「だからあの子は放って置いても大丈夫。自分で気づき、行動し、そして状況そのものを変えてしまうだけの力がある。私を、瞳子ちゃんを、聖さまを救ったように・・・。気づいていないだけで他にもいるかもしれないわね」
私は思う。
祐巳さまと繋がった人達は、今のロサ・キネンシスのような柔らかい表情をするのだと。
最後にロサ・キネンシスは、「それにね」と続け。
「誰かに祐巳のこと任せるなんて癪だもの。そんなこと絶対にしないわよ」
(やっぱりそれが本音ですよね・・・。)
ふと思う、何故瞳子に託さなかったのかという素朴な疑問。
折角なので聞いてみると。
「確かに瞳子ちゃんは私の孫で祐巳の妹だけれど、祐巳を介して言えばライバルだもの。絶対にありえないわ!!」
不適な笑みを浮かべてロサ・キネンシスはそう言った。
(何となくそう思ってましたが、やっぱりそうですか・・・。)
その後も少し話した後
「これから薔薇の館に行くのでしょう?付き合ってくれてありがとう」
「ロサ・キネンシスは?」
「これから少し令と約束があるから、今日は多分行けないわ」
「そうですか」
「でわね」と言って、ロサ・キネンシスはミルクホールを後にした。
私は、ロサ・キネンシスを見送った後、残りのイチゴミルクを飲みながら外を眺めるのだった。