【3459】 ずっと捜していた場所  (ex 2011-02-23 20:00:03)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:これ】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 → 第2弾【No:3404】〜【No:3426】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


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〜 6月8日(水) 早朝 リリアン女学園 一年昇降口ホール 〜

 リリアンの一学期中間テストと実技試験が終わった翌日。
 各学年の昇降口ホールには学業成績優秀者上位50名の氏名が貼り出されていた。

 一年生にとっては成績を他人に知られることになる最初の試練でもある。
 中等部までは成績表が個人に配られるだけなので、順位をつけられることもない。

 だが、さすがにリリアンの高等部は厳しい。 上位50名に入っていなければ名前すら出してもらえない。
 そして、その50名に入っていなければ、リリアン女子大への推薦入学も勝ち取ることが出来ないのだ。

 剣術や格闘技、弓道や魔法での推薦入学もあるがそちらはさらに狭き門なのだ。
 ちなみに、実技の各専攻部門では、剣術・格闘技・弓道が各5名、魔法部門は上位10名がそれぞれ貼り出されている。

 一年生たちは期待半分、不安半分、といった表情で成績優秀者の名前を見ていく。

 自分の名前を見つけることができずにがっくりと肩を落とすもの。
 名前が出ていてもライバルよりも下位であり唇をかみ締めるもの。
 思いもよらず上位の成績で飛び上がって喜ぶもの。
 切磋琢磨したライバルや友達と手を取り合い喜び合っているもの。

 様々な表情。 悲喜こもごもの状況が展開される。
 そして、各専攻部門のトップクラスに全員の目が集中する。

「見て! 一年椿組の二条乃梨子さん。 学業も格闘技も一位だわ。 さすが白薔薇のつぼみですわね」
「剣術部門はやはり可南子さんかぁ。 ”槍弾正”俊子さんを抑えてのトップだわ」
「やっぱり ”リリアンの弓小町”。 笙子さんが弓道のトップですわね」
「ちょっと! 魔法部門は異常よ! 瞳子さんがトップなのはわかるけど、一年椿組が上位10名独占しているわ!」

 登校してきた一年生たちは成績表を見ながら様々な感想を友人同士で話していた。
 もちろん、話題に上っている生徒、乃梨子、瞳子、可南子たちも教室に向かうためこの場所を通る。
 
 成績優秀者たちが通ると、周囲から、
「乃梨子さん、主席おめでとう!」
「瞳子さん、さすがですわ」
 など、同級生たちから賛辞の言葉が飛び交う。

 そんな喧騒の中、一人の上級生が
「どれどれ〜。 みんなどうなってるのかなぁ?」
 と、のんびりした声をかけながら、貼紙を見ていた生徒たちの後ろから近づく。

「祐巳さま!」
 いち早くその声に反応したのは細川可南子。
 祐巳の声を聞き逃さないのはさすがだ。

 とたんに、「紅薔薇のつぼみだわ」 と、周囲の一年生たちにざわめきが広がる。

「あ、可南子ちゃん、成績はどうだったの?」
「え、あ、はい。 まぁまぁ、そこそこ、って感じです」
「そう! よかった〜。 薔薇の館でいろいろお手伝いしてもらったから、成績が落ちてたらどうしよう、って思ってたの。
 瞳子ちゃんや乃梨子ちゃんは?」
「お二人とももう教室に行かれたようです。 乃梨子さんは主席かわらず、です。 瞳子さんは中学時代の成績を知らないのですが・・・。 学業のほうではトップテンに入ってます。 実技でもトップです。」

 可南子が祐巳に成績表を指し示す。 

「うわ〜、3人ともトップテンに入ってるじゃない! よかった〜。 あ、可南子ちゃん剣術部門トップじゃない! よかったね!」
「はい! ありがとうございます」

「「祐巳さま、ごきげんよう!」」 と、数人の生徒が祐巳の後ろから声をかける。

「はい、ごきげんよう」
 と、ゆっくり振り返る祐巳。

「ありがとうございました! 祐巳さまのおかげです」
「まさか、こんなに良い成績が取れるなんて思ってもみませんでした」
 
 声をかけてきたのは、一年椿組の魔法専攻の生徒たちだった。

「みんな、成績良かったのね? おめでとう!」

 声をかけてきた生徒たちはみな一様に声がはずんでいる。 その声に祐巳も嬉しくなって笑い返す。

「わたし、これまで何をしても平均点だったのに・・・。 今回魔法部門で5位にはいることが出来ました。 全部祐巳さまのおかげです」
「わたしもずっと落ちこぼれだったのに・・・。 8位なんて信じられません」
 よほど嬉しかったのか、そう言った生徒の目から涙が零れ落ちた。

「ううん。 わたしの力じゃないわ。 あなたたちが心を開いて素直な気持ちで試験を受けたからいい成績が取れたんだよ。
 これからも、今の喜びを忘れずにいてね」

 祐巳は優しく微笑みながら片手をポケットに入れてハンカチを取り出す。
 そのハンカチで泣いている生徒の頬を拭う。

「ゆみさま〜!」

 とうとうその生徒は、感極まったのか祐巳にすがりつき胸に顔をうずめた。

「ほらほら、そんなに泣かないの。 これからもしっかり励むんだよ」
「はい・・・はい!」

 泣きじゃくる生徒とそれを優しく抱きしめる祐巳。
 穏やかに聖母のような笑みを浮かべる祐巳はまるでマリア様のように神々しかった。

 その一部始終を見守っていた一年生たちが思わず胸の前で手を合わせ膝をついて二人を仰ぎ見る。
 まるで薔薇の花かんむりのように、祐巳と祐巳にすがりつく生徒を中心に輪が広がってゆく。

(あ〜、こんなとこ、蔦子さんに見られたら写真撮られまくりだよね〜・・・)
 祐巳は遠くからこのシーンを狙っている蔦子の気配に感づいていた。

(お姉さまに知られたらまずいかなぁ・・・。 でも、不可抗力・・・だよねぇ)
 祐巳は心の中でため息を漏らす。

 だが、しだいに朝のホームルームの時間が近づいてきた。

「さ、しっかりして。 もうすぐ朝拝の時間だから早くお行きなさい」
 祐巳は泣いている生徒の髪をそっとなでてから体を離す。

「は、はい! すみません。思わず感動してしまって・・・」
 泣いていた生徒は真っ赤になって祐巳に頭を下げる。

「ううん、いいのいいの。 じゃ、みなさんごきげんよう。 ホームルームに遅れないようにね」

 祐巳はホールに集まっている一年生たちにヒラヒラと手を振ってきびすを返す。

 そして可南子の横を通り過ぎるとき、 「可南子ちゃん、期末でも頑張って」 と小さく声をかける。

「はぁ〜。 祐巳さまって、何時もお優しくって素敵ですわ」
「それにいい匂い。 ますますお美しくなられて・・・」
「祐巳さま、また満点で主席だったそうですわ」
「また、って?」
「知らないの? 祐巳さま、昨年の全テスト満点だったそうよ」
「えええっ! すごい・・・。 すぐそこで笑いかけてくださって手が届きそうなのに・・・。 不思議な方ですわね」
「祐巳さま、妹をお作りになられないのかしら?」
「そういえば・・・」

 集まって祐巳の話題で盛り上がっていた一年生たちが可南子に視線を向ける。

「可南子さん、今、祐巳さまから話しかけられていましたわよね? うらやましいわ」
 それは、少し嫉妬のこもった声でもあり。

 可南子はゆっくりと声をかけた生徒を振り返り穏やかに答える。

「春先、人手不足の折に少々お手伝いしたことがございますの。 その時に親しくさせていただきましたので」

 今日祐巳がここに来たのは祐巳自身が言っていたように、山百合会の仕事のために勉強時間や修行の時間を削った可南子や瞳子の成績を気にして、のことだったのだろう。
 
 それでも、『期末でも頑張って』 と激励されたのが嬉しい。

( 祐巳様の期待に応えるために・・・。 それに選抜メンバーに選ばれるためにますます励まなくては・・・ )
 可南子の顔は、祐巳が自分にかけてくれた期待の言葉と、期末テスト後に実際に手合わせできるかもしれない、という喜びに満ちた表情が浮かんでいた。

 マリア祭以降、学園では大きな行事がない。 このため山百合会の活動も減っている。
 現在、大きな活動としては月曜から金曜の学園周囲のパトロールくらい。
 祐巳を中心とするパトロール隊の人員配置や、巡回経路の選定などの重要なことはすべて決まっているので、週に、1回主に土曜日のお昼に会議を開いて確認作業を行うくらいになっている。

 パトロール隊に志願できるのは2年生以上なので、薔薇の館の正式メンバーではない可南子や瞳子は、館から足が遠ざかっている状態なのだ。

 薔薇さまたちは、月・水・金に一年生の指導に当たっているが、可南子の専攻する剣術はロサ・フェティダ=支倉令が指導を行っているため、祐巳の指導を受けることが出来ない。
 毎週水曜日に祐巳の指導を受けている瞳子がうらやましくて仕方がない。

 だから、祐巳にもう一度近づき励ましの言葉をもらえるようにこれからも努力しよう。 そう可南子は心に誓った。


☆★☆

 祥子はダンス部、華道部、茶道部の活動にそれぞれ週一回ずつ顔を出している。
 中等部時代から一流の教育を受けてきた祥子は優雅な身のこなし、気品に溢れた所作で各部員たちの指導をしていた。
 大輪の薔薇。
 一言で祥子を表すとすればその言葉しかないだろう。
 非の打ち所のない完璧なお嬢様。 それでいて優しく後輩たちを指導するその姿はリリアンの女神と称えられるに相応しいものだった。

 令は週に3回は剣道部に顔を出し、後輩の指導を行う傍ら、手芸部とお菓子作り同好会に顔を出している。
 剣を持っては凛々しい令も、普段の生活は乙女である。
 ドレスを作ったり、ケーキを焼く令の意外な一面に触れ、新たにファンになった生徒はとても多い。
 ただでさえ宝塚の主役級の美少年顔。 凛々しいナイト、としてのファンも根強いのだが。

 志摩子は環境整備委員会とボランティア部の橋渡しとして活躍している。
 献身的なその姿はまさにリリアンのマリア様。
 また、聖書朗読部では穏やかな声で聖書の一説を朗々と謳いあげる。
 志摩子が聖書を朗読するとき、その空間ごと天上界になる、ともっぱらの噂である。

 由乃は週に一回、小笠原研究所に通う以外は祐巳と共にパトロール隊の中核として活躍するようになっていた。
 先日までは自身の修行を優先させてきたのだが、6月に入ってからはパトロール活動を優先するようになっている。
 これまで、パトロールは祐巳に任せっきりだったことに由乃は少なからず心に負担を感じていた。
 祐巳は、 「協力してくれる人も多いから気にしないでいいよ」、と言ってくれたのだが。
 だが、由乃は今後の自分の成長は心身の強化ではなく精神の強化をすることのほうが重要だ、と感じている。
 これまでに何度も感じてきた祐巳の強さ。
 祐巳の心の強さこそ、今後由乃の学ぶべきことであった。



 現在、薔薇の館に放課後毎日顔を出すのは、祐巳、由乃、乃梨子の3人だけ。
 祐巳と由乃は、パトロール隊に志願してきた生徒たちと薔薇の館で合流し、コース別に人員を割り振ってからリリアン周辺のパトロールに出発する。
 乃梨子は、参加者名簿の整理と記録を薔薇の館で行い、簡単な雑用を終わらせると施錠をしてから帰路につく。

 つまり、今のところ、放課後の薔薇の館の人口密度は驚くほど低くなっているのだ。

 ただ、先週突発的に行った昼食会がよほどみんなのお気に召したのか、お昼休みに薔薇の館に集まるメンバーは多い。

 特に志摩子と乃梨子の白薔薇姉妹は毎日お昼休みに昼食を薔薇の館でとっている。
 桜の木に毛虫が付く時期になったので、志摩子の足が何時もの講堂の裏の桜が見える場所から遠ざかったことも原因だった。

 放課後に姉妹どおしが顔を合わすことが減っているので、黄薔薇姉妹、紅薔薇姉妹もお昼休みには極力薔薇の館に顔を出す。
 基本的に仲良し姉妹ばかりなので、一日に一回は顔を見ないと落ち着かないらしい。

 各運動部や文化部の部長クラスたちにも薔薇さま方が毎日お昼休みには薔薇の館で昼食会をしている、ということは有名になっているので、活動報告をお昼休みに提出するのが恒例となってきていた。



〜 6月9日(木) 放課後リリアン女学園 薔薇の館 〜

 乃梨子は掃除が終わるとすぐにかばんを持って薔薇の館に向かう。
 今日は木曜日なので由乃が小笠原研究所に行く日。
 パトロール隊の責任者は紅薔薇のつぼみ=福沢祐巳だけとなる。
 
 パトロール隊に志願してくれている生徒たちもそれぞれ部活動と掛け持ちをしている生徒が多いため、毎日同じメンバーがこれる、ということはない。
 出発時間の10分前までに集合し、そのメンバーを見て祐巳が班編成を行うのだ。

 必然的に、集合時間までの間は祐巳と乃梨子の二人だけの時間となる。
 乃梨子はこの機会に祐巳に聞いておきたいことがあった。

 乃梨子がお茶の準備をし、軽く掃除をしていると、
「ごきげんよ〜。 あ、乃梨子ちゃん、いつもごくろうさま」
 と、ビスケット扉を開け、明るくのんびりした声で挨拶をして祐巳が登場。

「ごきげんよう、祐巳さま。 お茶は何時ものでよろしいですか?」
「うん。 それにしても乃梨子ちゃん、何時も偉いなぁ。 わたしもなるべく早く来てるつもりなんだけど、乃梨子ちゃんにはかなわないや」
「ありがとうございます。 あの、ところで祐巳さま、ちょっと質問よろしいですか?」

 乃梨子は二人分のお茶を入れ、祐巳の向かいに座る。

「え? うん、集合時間まで時間があるからそれまでならいいよ。 なにかな?」

「今度、期末試験の後に行われる模範試合のことなんですが、どのような試合になるのでしょうか?
 ロサ・キネンシスも試合形式のことはご説明してくださらなかったので。
 一年生の間ではかわら版が発行されてからこの話題で持ちきりなんです。
 一昨日までは中間テストがあったのでクラスのみんなからも質問されることはなかったのですが、さすがに今日はいろいろ聞かれてしまいました」

「試合形式はわたしも聞いてないんだ。 あぁ、乃梨子ちゃん格闘技部門で1年生トップだったもんね。 出場選手最有力だから気になるのね?」
「いえ、そんな・・・。 出場できるように頑張りますが。 それとどなたが一番強いのか、リリアン最強は誰なのか?と言うことも話題になっています」

「ふ〜ん。 変なことを聞いてくるんだねぇ。 最強が誰か、なんて状況によって変わるのに、ね」
「状況によって変わる、ですか?」
「そうだよ。 例えばロサ・キネンシスとロサ・フェティダが戦うとするでしょう?」
「はい」
「どっちが勝つと思う?」
「それは・・・。 戦ってみないとわからないのでは?」
「ううん。 2人の間に何もなくて、距離が50m離れていたら、絶対にお姉さまが勝つわ。 反対に5mしか離れていなかったら令さまが勝つ。 単純に距離の問題で決着が付いてしまうわ」
「あ・・・」
「そういうこと。 そうだね〜。 最強、というよりも、『この場合はこれが最適』、って言うのはあるのかもしれないわね。
 だから、単純な戦闘能力よりも緻密な戦術を立てることが出来たほうが勝つのかもしれないね」

「それでは、戦略を立てることが出来る人が最強、ということになるのでしょうか?」
「う〜ん。 その前も大事だよね。 戦略を立てようにも情報がなければ作戦なんて出来ないでしょう?
 ”彼を知り己を知れば百戦殆からず (かれを知りおのれを知ればひゃくせんあやうからず)” って言うじゃない」

 乃梨子の問いに、優しくゆっくりと説明を続ける祐巳。
 普段は明る態度で周囲の癒しとなっている祐巳なのに、このように質問すれば本当に丁寧に答えてくれる。

(祐巳さまって、ほんとに不思議な人だなぁ・・・) と、乃梨子は思う。

 黙ってしまった乃梨子に祐巳は微笑みかける。
「な〜んてえらそうに言ったけど、全部蓉子さまからの受け売り。
 あ、蓉子さまってお姉さまのお姉さまで先代のロサ・キネンシスだよ。 ”絶対不敗の薔薇剣士” と言われた最強の剣士だったんだ。
 その蓉子さまでも、令さまのお姉さまだったアーチャーの鳥居江利子さまと遠距離で戦えば勝てなかった。
 人はどんなに強くなっても一人っきりじゃ弱いものなの。
 仲間を信じ、仲間に信じてもらえるようになることが一番大事なんじゃないかなぁ」

 そう言って祐巳は楽しそうに笑う。

「わたしはお姉さまも志摩子さんも由乃さんも、もちろん令さまや乃梨子ちゃんも信頼してるし大好きだよ。 だからみんなに信じてもらえるような人になりたいの。
 それに、真美さんや蔦子さん、瞳子ちゃんに可南子ちゃん。 このリリアンに通うすべての生徒たちと心を通わせたい、って願ってるの」

「わかりました。 ありがとうございます、祐巳さま」

 乃梨子はニコニコ笑っている祐巳に頭を下げる。
 本当に心の底まで見せて笑ってくれるこの偉大な先輩を前にして自然に頭が下がったのだ。

(なるほど・・・。 みんなが 『リリアン最強の戦士は祐巳さまだ』、って言うはずだ・・・)

「祐巳さ〜ん、いる〜?」
 窓の外から祐巳を呼ぶ声がする。 パトロール隊に志願してくれた生徒たちが集まり始めているようだ。

「みなさん、ごきげんよ〜」
 と、祐巳が窓から身を乗り出して手を振る。

「今日もありがと〜。 乃梨子ちゃんが美味しいお茶を入れてくれているから上がって。
 今日の班分けとルートを説明しま〜す!」

「はい!」 「わかったわ!」 と口々に答えながら薔薇の館に生徒たちが入ってくる。

「ね、こんな風にわたしたちの周りには信頼できる仲間がたくさん出来ている。
 絶対に内にこもってちゃダメなんだよ。 自分の殻を壊して相手の心に飛び込んでいくの。
 一人で幸せになってもつまらないでしょう? みんな幸せになってこそ自分も幸せになれると思うんだ」

 祐巳は乃梨子に背を向けたまま窓から遥かに高い空を見ていた。

 最後の言葉は乃梨子に贈られたものだったのか・・・。 それとも過去の自分自身への教訓だったのか・・・。



「今日は逸枝さんが陸上記録会の予選が近いので陸上部を優先する、と言っていました」
「湊さんはお姉さまと画材の購入に行かなければならないと・・・。 明日はこれるそうです」

 パトロール隊に志願してくれている生徒たちは、その武力も秀でているため、各クラブの中核になっているものが多い。
 次第に運動部のクラブ活動が本格化する時期。
 少々、メンバーの割り振りにも影響が出てきそうだ。

 しかし、5月に入ってから不思議に異空間ゲートの出現がまた少なくなってきている。
 魔法・魔術騎士団にも余裕が出てきたようで、この程度の異空間ゲート発生率なら、6月20日(月)以降はリリアン周囲のパトロールも騎士団で行います、と打診があった。

 これから雨の多い時期になる。
 女子高生に雨の中をパトロールさせるのは騎士団としても避けたい事態だった。

「騎士団が6月20日月曜日からリリアン周辺のパトロールを行ってくださることになりました。
 だから、今日を含めてあと7回。 みなさん、よろしくお願いします。
 第1班はわたしが班長で。正門から東方面に行きます。
 第2班は、三田今日子さま、正門から西方面をお願いします。 第3班は黒須ひかりさまに班長をお願いいたします。裏門からのルートになります。
 それぞれの班員を、乃梨子ちゃん発表して」

「はい、一班は山口真美さま、鵜沢美冬さま・・・」 と、乃梨子がメンバー表を読み上げる。

「では、きょうも無理はしないでください。 なにかあったらすぐにアナライザーのボタンを押してください。
 どこにいてもすぐにロサ・ギガンティアが駆けつけてくれます。
 では、リリアンの生徒と地域の安全のため、リリアン生の誇りを持って頑張りましょう。 では出発です」

 祐巳は号令をかけると、乃梨子を振り返り、「後のことはお願いね、乃梨子ちゃん」 と一声かけて班員を引き連れて正門に向かってゆく。

(ほんとに、普段はぽわぽわして天然なのに・・・。 こんなときはどっしりとして落ち着いてるし。
 志摩子さんが 『絶対に守らなければならない存在』 っていうの、わかる気がするなぁ)

 乃梨子は、出発していく生徒たちの後姿を見送りながら、その先頭を歩く祐巳のことを考えていた。



☆★☆

〜 6月23日(木) お昼休み ミルクホール前 〜

「瞳子ちゃ〜ん!」
 瞳子が昼食を買いにミルクホール前の通路を歩いていると、後ろから明るく呼びかける声。

「一人?」
「一人じゃ悪いですか? 祐巳さまこそお連れがいらっしゃるように見えませんけれど?」

 のほほんと瞳子に声をかけたのは祐巳。 それに対して瞳子はかなり不機嫌そうだ。

「うん、今日はわたしがお弁当当番の日だったんだけどごはん炊き忘れて、お弁当はおかずオンリーでパンを買いに来たの」
「別にそんなこと聞いてません」
 と、ぷいっと横を向く瞳子。

「そう? 『何時もお弁当オンリーの祐巳さまがどうしてミルクホールへ?』、なんて思ってたんじゃないの?」
「うぬぼれが強すぎますね。 世の中そんなにも祐巳さまに注目してはいませんわ。 ではさようなら」

 瞳子は、慇懃無礼を絵に書いたようにお辞儀をすると祐巳に背を向ける。

 瞳子の不機嫌の理由。
 それは、昨日の午後。 毎週水曜日に一年椿組に魔法指導に来るはずだった祐巳が来なかったのだ。

 週にたった一回しかない祐巳からの直接指導。
 それは、瞳子のみならず、一年椿組の魔法専攻の生徒たちにとって最も心待ちにしている授業だったのに、だ。

 祐巳が来ない授業はほんとにつまらないものだった。 
 担当教官の四谷先生が悪いわけではない。 四谷先生もきっちりと基本を押さえた授業をすることで定評がある。
 それでも、破天荒で何が飛び出すかわからない祐巳の授業は本当に魅力的だったのだ。

 祐巳が教えてくれる魔法を、その日のうちには完全に身にすることが出来なくっても、全員で協力し、次の授業までには完全に仕上げる。
 それを全員で祐巳に披露する。
 それを見た祐巳の驚いた顔。 そして本当に嬉しそうに笑う顔。
 一年椿組は、その花もほころぶような祐巳の笑顔が見たくて、必死に一週間のあいだ魔法の訓練に精を出すのだ。

 だから祐巳が来なかった昨日は全員が不満だった。 
 その中でも、最も祐巳の授業を心待ちにしていた瞳子は、可愛さ余って憎さ百倍・・・、は大げさだが祐巳に不満と不機嫌さをぶつけてしまったのだ。




 実は、昨日、小笠原祥子も行くはずだった一年菊組の指導に行っていない。

 理由は簡単。
 とにかく、一年生の魔法を習得する進度が速すぎるのだ。

 祥子と祐巳の魔法詠唱・魔導式は、稀代の魔法使い、小笠原清子直伝。 
 しかも、二人とも小学生にして世の魔法のほとんどを身につけてしまった天才。

 理路整然と魔導式を基礎の基礎から解説し、最短ルートで一年生に教え込む祥子。
 2回目、3回目の授業までは、祥子のあまりの手際よさに見とれ、付いていくことのできなかった生徒たちも次第にその教育方法の素晴らしさに引かれ、一気に実力がアップし始めた。

 中間テストの時点では祐巳の教える3クラスの成績のほうが祥子の教えた3クラスよりもよかったのだが、その差は僅かしかなかった。
 実技満点の瞳子をはじめ、一年椿組の生徒全員が90点以上の成績。 祥子が教えた3クラスは平均点90点を超えていた。
 すべての生徒がほぼ完璧に魔法をこなしたため、成績の差は魔法発動までの時間や僅かな威力の差を見極めることでつけなければならない、と言う状態だったのだ。

 中間テストの実技で一年椿組の生徒が次々とセーフティ・ワールドを成功させたことを知った祥子は、祐巳にきつい視線を送ったものの、「まぁ、あなたのことだからそんなこともあるかもしれない、と思ってたわ」 と、半分あきらめに似た表情でぼやいた。

 そして、「わたしのクラスも教えないわけには行かなくなったじゃないの」 ということで、祥子が担当する3クラス全員にセーフティー・ワールドの手ほどきを行った。

 そして・・・。 結局各クラスたった3回の指導で祥子の教えたクラスの全員がセーフティ・ワールドを成功させてしまったのだ。

 これには祥子本人が驚いた、と言う。 祥子は年度末までにクラスで数人がセーフティ・ワールドに辿り着けばよい、と思っていたのだが、学園と祥子の組んだカリキュラムをあっという間にすべての生徒が追い越してしまった。

「とにかく、ロサ・キネンシスの授業はわかりやすいんです」
「祥子さまの魔法は完璧な詠唱と完璧なルーチンの組み立て。 祥子さまに教えていただいたら基本呪文でしたらどんな呪文でも覚えることができるような気がします」
 どの生徒も口々に祥子を褒め称えるばかり。

 そして、一方の祐巳。 祥子が行く道筋を明るく照らし、最も美しい魔法を教えていくのに対し、祐巳の教え方は生徒の背を押すもの。
 生徒たち一人ひとりが持つ向学心を最大限に刺激し、自主的な研鑽と努力を後押しし高みに導く。

 方法は全く違うのに、共に一年生たちの魔法の授業進度は僅か2ヶ月にしてついに2学期終了までの履修予定呪文までを終わらせ、さらにその先まで進めてしまったのだ。

 学園長・シスター上村は、嬉しい悲鳴を上げていた。 その一方で魔法指導教官たちの自責の念が強くなりすぎている。
 とにかく早急にリリアン女学園の魔法専攻部門のカリキュラムを大幅に変更しなければならない事態になってしまっていた。
 このため、しばらく祥子と祐巳の指導を休止し、対策を立てることになっている。



 祐巳に背を向け歩き始めた瞳子を、「おろ?」 と不思議そうな顔になった祐巳がすぐに追いかけ腕に絡みつく。
「瞳子ちゃんたら冷たいのね〜。 祐巳寂しいわ」

「やめてくださいよ!」 と、またしてもぷいっと横を向く瞳子。
 嫌そうな素振りをしながらも絡んだ腕は振りほどかない。

「あはは、ごめんごめん。 実はね」 と、声のトーンを落とす祐巳。

「ご飯を炊き忘れたのは本当だけど、ここで瞳子ちゃんを待ってたの。 来週の月曜の放課後、杖を持って薔薇の館に来てほしいの。
 他には誰も来ないから安心して。 折り入って瞳子ちゃんにお願いがあるんだ」

「え? それはどういう・・・」 ことでしょうか、と続けようとした瞳子を解放し、祐巳はミルクホールに駆け出す。

「瞳子ちゃん、急がないとパン、売り切れちゃうよ。 早く早く!」

 急に解放された腕をもてあまし、瞳子はあっけにとられながら祐巳を見送る。

(まったく・・・。 どうしてこの方は何時もいつもわたくしを振り回すのかしら・・・)

 しかし、それが不思議と心地よいことを瞳子は感じていた。

 一度はあきらめかけた。 これ以上祐巳に近づいてはならないのではないか、と。
 しかし瞳子がすっと探していた場所・・・。
 それは祐巳の隣ではないのか、とかろやかに駆け去る祐巳の背を見ながら瞳子は思うのだった。



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