【346】 家族計画アフロの子供  (いぬいぬ 2005-08-11 00:34:53)


「で?可南子ちゃん、折り入って相談したい事というのは?」
薔薇の館の二階で、祥子は可南子に質問する。
場所は放課後の薔薇の館。そこには山百合会のメンバーが勢揃いしていた。
全員がテーブルにつき、「是非相談に乗って欲しい事がある」と持ちかけてきた可南子の発言を待っていた。
「その前に・・・・・・何故私まで呼んだのですか?相談事の相手なら、山百合会の方々で十分では?」
そう発言したのは瞳子であった。
瞳子は乃梨子経由で詳細を語られぬまま館に呼び出され、来てみれば山百合会全員で可南子の相談に乗っていたという状況に戸惑いを隠せなかった。
可南子は瞳子に目を向け、おもむろにこう言い切った。
「その変な髪形で堂々と生きているアナタの意見が聞きたくて」
それを聞き、瞳子は嬉しそうに立ち上がる。
「そう・・・とうとう拳で決着をつける時が来たのね」
「と、瞳子ちゃん落ち着いて!」
祐巳が慌てて瞳子を止めるが、瞳子は座ろうとしない。
「祐巳さま止めないで下さい!この失礼な女に一般常識というモノを叩き込んでやりますわ!主に拳で!」
「・・・・・・・・・そんな髪型で“一般常識”とか言われてもなぁ」
ボソッとつぶやく乃梨子に、瞳子は無言でファイティングポーズをとった。
「瞳子ちゃん!」
祐巳は瞳子の二つの拳を手のひらで包み込み、真剣なまなざしで訴えかける。
「喧嘩しちゃダメだよ。ね?お願いだから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・祐巳さまがそこまでおっしゃるなら」
瞳子は頬を赤らめつつ席に着く。
「(チッ!)・・・・・・・・・・このツンデレが」
乃梨子の舌打ちとつぶやきに、瞳子は再びファイティングポーズと共に立ち上がる。

「話が進まないから」

祥子の一喝に、二人は素直に謝った。
「すみませんでした紅薔薇さま。以後気をつけます」
「だからペーパーナイフの先端をコッチに向けるのはヤメテ下さい祥子お姉さま」
「判れば良いのよ」
納得したらしい祥子は、再び可南子に質問する。
「それで?相談というのは何なの?」
「あの・・・とりあえずペーパーナイフをしまって下さい。・・・相談というのは、次子・・・私の妹の事なんです」
「妹?!でもアナタ一年生よね?」
事情の良く判っていない由乃が問いただすと、瞳子がボソッとつぶやいた。
「事情が判らないなら黙って聞いていれば良いのに・・・」
その瞬間、由乃は竹刀を持って立ち上がり、瞳子も応戦すべく椅子を構えて立ち上がる。

ガンッ!!

祥子が無言でテーブルに突き立てたコンパスが「ビィィィィン」と嫌な音をたてて振動しているのを見て、二人はおとなしく座った。まだ死にたくなかったから。
「・・・・・・話が進まないって何度言わせる気なのかしら?・・・・・・由乃ちゃん、次子ちゃんというのは、可南子ちゃんのお父さまと夕子さんという方の間に産まれた“実の”妹さんの事よ。それじゃあ可南子ちゃん、続けて」
「はい。その次子の事なのですが、最近父に髪型を変えられてしまって・・・」
『髪型?』
思わずみんな問い返していた。
(髪型かぁ・・・)祐巳はつい瞳子のドリルに目をやる。
「なんですか祐巳さま。何が言いたいんですか?」
「いえ別に」
首を動かさずに目だけでにらんでくる瞳子から、祐巳は慌てて目をそらす。
「髪型を変えたって・・・それの何が問題なの?」
祥子に問われ、可南子は言いずらそうにしていたが、やがて意を決したように答えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その髪型というのが・・・・・アフロなんです」
『アフロ?!』
その場にいた全員の声が重なった。
「・・・・・・はい。それで夕子さんと一緒に困り果ててしまって、どうしたら父に次子のアフロをやめさせられるか、ご意見を頂こうと思ったんです」
可南子の話の内容に、部屋の中は静まり返っていた。
かろうじて祐巳が質問を続ける。
「・・・何でまたアフロに?」
「私も不審に思って父に問いただしたんです。そうしたら、『次子は可愛いから、いつ俺みたいに年齢差を物ともしない奴に狙われるか判らないじゃないか!そんな変態が次子に興味を示さないように、思い切ってアフロに・・・』とか言い出だして」
館の中は、さらに静まり返った。
みんな心の中では「あの人が言うと説得力あるなぁ」とか「変態の自覚あったんだ」とか「幼児相手にそんな事を考えるのはオマエだけだハゲ」とか思っていたが、可南子が本当に辛そうにうつむいているのを見て、何も言えなくなってしまった。
全員がどう対処して良いのか悩む中、祐巳が静かに語り出した。
「可南子ちゃん、こんなのはどうかな・・・・・・」







「ただいま」
玄関から聞こえる父の声に、可南子は夕子と共に迎えに出る。夕子の腕の中には、次子の姿もある。
「あ〜今日も暑かったなぁ。お?可南子、来てたの・・・・・・か・・・」
迎えに出た娘の姿に、細川父は固まっていた。
「おかえりなさいお父さん。お邪魔しているわよ」
「か・・・可南子、それ・・・」
「おかえりなさいアナタ。暑かったでしょう?お風呂沸いてるわよ?」
続いて姿を現した妻を見て、彼はさらに動揺した。
「ゆ!夕子?!・・・・・・これはいったい?」
彼が驚いた原因は、二人の髪型だった。
二人ともアフロなのだ。それも直径1mはあろうかという巨大な。
さすがに二人ともカツラなのだが、あまりのインパクトに彼はそこまで気付かなかった。
「お前達、どうしてそんな・・・・・・」
なかなか言葉にならない彼に、可南子と夕子は微笑みながらこう言った。
「私達に変な虫がついて、お父さんに心配かけたりしないように・・・」
「次子にならってみたのよ」
「う・・・そうか・・・」
自分が言い出した事なので、彼もこの巨大なアフロを強く否定できないでいた。
しかし、1m級のアフロが揃って微笑む姿は、夢に出てきそうなほど凶悪なインパクトを与えてくる。幼い子供が見てしまったら、確実に泣き出すだろう。

「アナタ、いってらっしゃい」
にこやかに自分を見送る1m級のアフロ。
「あ〜良い湯だった」
風呂上りで色香の漂う妻のうなじの上に1m級のアフロ。
「お父さん、私、妹が出来て本当に良かった」
微笑む1m級のアフロとその腕に抱かれる小っさいアフロ。
「お父さん、長い間お世話になりました」
三つ指ついて涙ながらに人生の節目の挨拶をしてくるアフロ。
今、細川父の精神には様々な悪夢が襲いかかり、彼の脳内では激しい葛藤の渦が巻き起こっていた。

黙り込んでしまったが、やめてくれとは言ってこない父の姿に、可南子はこの作戦が失敗に終わるのではないかと、少し不安になってきた。
その時、夕子が人妻ならではの危険球を細川父目がけて投げつけた。

「・・・ちなみに下もアフロです」

「スイマセンでした!もう勘弁して下さい!」
この破壊力ある危険球に、さすがの彼も泣いて土下座したのだった。


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