【3491】 銀髪碧眼ミラージュ  (クゥ〜 2011-04-13 17:49:52)


銀髪祐巳白薔薇風味。
 【No:3216】【No:3221】【No:3264】【No:3395】【今回】




 白薔薇さまは祐巳と由乃ちゃんに、あの出来事を話したようだ。
 それだけ白薔薇さまは立ち直ってきているという事なのだろう。
 志摩子を妹に向かえたのは本当に良かった事だと感じられる。
 ただ、祐巳の様子が少し気には成っていた。
 迎えの車の中でも、祐巳は白薔薇さまの事だけ話すと黙ってしまった。
 お風呂の後にでも、祐巳の部屋に行ってみようと考え。部屋を出ようと扉を開く。
 ゴンと凄い音と共に可愛らしい子供怪獣の悲鳴が上がった。
 「う゛きゃう!」
 丁度、祥子の部屋に来たらしい祐巳が開いた扉にぶつかったようだ。
 「だ、大丈夫?」
 「あっ、はい」
 そう言いながら祐巳は頭を押さえる。
 「本当に大丈夫なの?」
 「は、はい。それよりもお姉さまはお風呂ですか?」
 「えぇ、何か用事だったの?」
 「あっ、はい。ですが、後でお邪魔しますので先にお風呂に行って来てください」
 祥子はどうしようかと考える。見れば祐巳もまだお風呂には行っていない様子。
 「祐巳、貴女もお風呂は未だよね?」
 「はい、もう少ししてから入ろうかと」
 「それなら私と一緒に入りなさい」
 「えっ?………………えぇぇぇぇぇ!」
 祐巳は最初何を言われたのか分からない様子だったが、意味が分かったのか大きな声を上げた。
 「五月蠅いわよ」
 耳を押さえ、祐巳を見る。
 緑色の瞳を大きく見開き祐巳は驚き顔。
 幻想的な顔が台無しだ。
 「ほら、そんなに驚いていないで行くわよ。準備なさい」
 躊躇する祐巳を急かして、準備を整えさせた。
 祐巳は驚いていたが、実際は祥子の方もドキドキしているのだ。
 ……少し焦り過ぎたかしら?
 部屋に戻った祐巳がバタバタする音を聞きながら、祥子は小さく溜め息をついた。



 「ほら、動かないの」
 顔を真っ赤にしている祐巳を押さえ、髪を洗う。
 祐巳の髪は本当に細く、触り心地もとても良い。
 シャンプーの泡をシャワーで洗い流すと、浴室の明かりに水滴が着いた祐巳の銀色の髪がキラキラと輝いていた。
 「本当に綺麗よね」
 「えっ?」
 「いいえ、こっちのことよ」
 祐巳が祥子の呟きに振り向いたので、笑って誤魔化す。
 「あっ、あの……」
 祐巳は顔を真っ赤にしながら、今度は祐巳が祥子の髪を洗うと言って来たので恥ずかしくはあったが、祐巳に洗わせる事にした。
 小笠原の令嬢と言っても、祥子は他人に体や髪を洗わせるなんて時代錯誤はしていない。確かに幼い頃には、洗って貰った記憶はあるがそんなものだ。
 だから、他人に髪を洗って貰うなんて何時以来か。
 少しくすぐったさを感じながら、祐巳に任せる。
 祐巳の小さい手が髪に触れ、丁寧に洗ってくれるのを感じていた。
 こんなスキンシップも悪くはないと祥子は思う。
 ……。
 体も洗い終わり、祐巳と二人湯船に浸かっていた。
 湯船の熱の中でも祐巳の肌は本当に雪のように白いまま、赤くは成っていない。
 頬は赤く染まっているのにね。
 ゆっくりとした時間、祐巳の緊張も少しは解れただろうか?
 祐巳はジッと祥子を見たまま何も話さない。
 ……緊張。解れていないみたいね。
 それだけ重い事なのだろうか?
 仕方がないわね。
 本当は祐巳とノンビリお風呂を楽しみたかったのだけれど。
 「上がりましょうか」
 祥子が湯船から上がると祐巳も着いてきた。
 二人してお風呂を上がり、部屋に戻る。
 「祐巳」
 自分の部屋に戻ろうとする祐巳の手を取り。祥子は自分の部屋に連れて行く。
 「あ、あの」
 「何時もして上げているでしょう」
 祐巳を祥子は自分の部屋の鏡台の前に座らせ、ドライヤーを用意すると祐巳の濡れた髪を乾かしクシを通す。
 この古めかしい鏡台は、今、入院中のお婆さまから頂いた物。
 不思議と古い鏡に映る祐巳の姿は、銀盤写真のように溶けんでいる。
 「熱くない?」
 「……はい」
 鏡の中の祐巳は小さく頷くだけだった。


 「さて、お互い落ち着いたでしょう。話しを聞きましょうか」
 祐巳が淹れた紅茶の香りを楽しみながら、祐巳を見る。
 そう、お風呂に誘ったのは何処か必死の祐巳を落ち着けると言うよりも、祥子自身の為。
 祐巳の様子に怖じ気づいていたのが、祥子の本当のところだった。
 だが、祐巳は祥子の言葉の意味には気が付いていない様子。
 それだけ緊張しているという事なのだろうと祥子は感じていた。
 「祥子さま」
 お姉さまではなく、名前で呼ぶ祐巳。
 「祥子さまは久保栞さまをご存じですか?」
 「栞さん?」
 知らないはずはない。
 「えぇ、知っているわ。親しいとまではいかないけれど。祐巳も知っているのね」
 「はい、出会ったのは中等部の頃です」
 「中等部……そう」
 お聖堂の銀天使と敬虔なクリスチャン。
 お互い、将来はシスターを目指している。出会いっていない方が不思議と言えるだろう。
 「栞さまと私はよくお聖堂でお会いしましたので、そのまま親しくさせて貰うまでそれ程時間はかかりませんでした」
 祐巳の表情はとても優しい、きっと大切な思い出なのだろう。ただ、祥子はその祐巳の表情がとても見ていたくない気持ちにもさせられるものだった。
 ……嫌だわ。
 祥子は、栞さんに祐巳のことで嫉妬していることに自分で気が付いている。醜い感情だとは分かってもいる……それでも、胸の痛みは治まらない。
 「親しかったのね、栞さんと」
 「はい……栞さまは、あの頃の私にとって唯一心許せる人でした」
 ポツポツと祐巳は栞さんのとの思い出を語っていく。
 それはどれも些細な話、よく聞く何処にでもあるような話。
 一緒にクリスマスのミサに参加したとか。
 一緒にお弁当を食べたとか。
 中等部の時に修学旅行のお土産をお互い買ってきたとか。
 どれも普通の話し、それなのにその一つ一つの事に祥子は心が痛むのを何度も感じてしまう。
 まるで、栞さんと祐巳が姉妹のように聞こえて……。
 祐巳と祥子はまだまだ新米姉妹。
 ……これが良くある昔の恋人に嫉妬する気持ちなのかしら。
 そんな事も思う。
 祐巳の話は、栞さんが中等部を卒業する所まで進んでいた。
 「そう……」
 話を聞いていて感じていたが、祐巳は栞さんが中等部を卒業した頃に栞さんとの姉妹を深く考えるように成っていたらしい。
 栞さんが、祐巳を妹にと考えていたのかは今となっては分からない。
 ……祐巳はそこまで話していないけれど、栞さんの気持ちは知っていたのかしら?
 二人に約束はなく、栞さんは白薔薇さまと出会ってしまった。

 「そして、栞さまは何も言わないまま姿を消してしまった」

 それは白薔薇さまと栞さんとの別れ。同時に、祐巳と栞さんとの別れでもあったようだ。
 そして、更に月日は流れ。
 白薔薇さまは志摩子に。
 祐巳は祥子に。
 出会い、姉妹と成った。
 「祐巳、貴女は私からロザリオを受け取った事を後悔しているの?」
 祐巳は首を横に振る。
 「いいえ、それはありません。白薔薇さまにも聞かれ応えましたが、私を救ってくれたのは祥子さまですから……でも!」
 「それならもう良いわ、言わなくって」
 祐巳の言葉を止める。
 祐巳のこの告白は懺悔なのだと気が付いた。
 栞さんの事を思いながら祥子のロザリオを受け取ってしまった事への。
 栞さんと。
 祥子への。
 懺悔。
 懺悔は必要ない。
 祥子が見たいのは、祐巳の笑顔なのだから。
 「お、お姉さま!?」
 祥子さまと言っていたのが、お姉さまに戻った。
 まぁ、当然だろう。
 祥子は、祐巳を抱き寄せて、しっかりと抱き留めたのだから。
 「怖かったわね。でもね貴女が、私のロザリオを受け取った事を後悔していないのなら、それだけで十分なのよ。今の貴女はココにいて、私の妹なのだから」
 「お姉さま」
 「栞さんもきっと貴女のそんな悲しい顔を望んではいないでしょうし」
 祐巳が震えているのが分かる。
 今の祥子に出来るのは、ただ祐巳を抱きしめてあげる事だけ。
 言葉はなく。
 ただ、抱きしめる。
 「私も貴女には笑顔で居て貰いたいから」
 祐巳を抱きしめながら、祥子は祐巳の話しを聞いたときの胸の痛みを思い出していた。
 ……酷い姉ね。私は。
 「ねっ、祐巳……」
 祥子は、自分勝手だとは知りながら、胸の痛みを消すために行動する事にした。
 これは嫉妬。
 祐巳の手は離さない。
 そんな自分勝手な身勝手な、想いで……。
 祐巳を抱きしめていた。




 電話の呼び出し音は直ぐに切れた。
 電話口に出たのはお手伝いさん。
 『はい、小笠原でございますが』
 「あっ、申し訳ありません。私、リリアン女学園一年の島津由乃と申しますが、そちらにいらっしゃる祝部祐巳さんをお願いしたいのですが」
 『祝部さまでしょうか?』
 「はい、そちらの小笠原祥子さまの妹に成られて、そちらに居られると思うのですが」
 何だろう?
 祐巳さん、厄介者なのかな?
 『申し訳ありません、祝部さまは祥子お嬢さまとヨーロッパに行かれております』
 「はっ?」
 由乃は一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
 ……ヨーロッパ。
 ……イギリスとかフランスとかあるヨーロッパよね。
 「あは、あはは、それは申し訳ありませんでした。それでは」
 由乃は電話を切った。
 「祐巳ちゃんは何て?」
 由乃の家のリビングで寝っ転がっている令ちゃんは、みかんを食べながらこちらを見ている。
 黄薔薇のつぼみとは思えない姿だ。
 「祥子さまとヨーロッパに旅行に行ったみたい」
 「ヨ、ヨーロッパ?!」
 令ちゃんも驚きすぎて立ち上がる。
 由乃はズッとあの小説の事を悩んでいた。
 志摩子さんは白薔薇さまに何も聞かないという態度だし。
 薔薇さま方も同じ。
 祥子さまと令ちゃんまで同じ。
 白薔薇さまの話しは直接聞いて本人が書いた物ではないと分かったけれど。
 今度は祐巳さんが、その相手の方とただならぬ関係だったと判明し。
 一人悩んでいた。
 由乃としては祐巳さんの話しがもっと聞きたかったのだ。
 それなのに祥子さまとヨーロッパ旅行なんて、何?と思ってしまう。
 「あ〜!もう!不完全燃焼じゃない!」
 由乃は爆発していた。
 その矛先は、いつも側にいる令ちゃんに向かうわけで……。
 そのトホホ顔を見て、また怒りが爆発するのであった。



 終業式。
 試験中にあったいばらの森の小説騒動は鳴りを潜め、殆ど話題にも成っていなかった。
 ただ、あの出来事は、祐巳に取って改めて栞さまと祥子さまとのことを考える良い機会になった。しかも、祥子さまにその事を告白したら、そのまま連れられてフランス旅行までオマケとして着いてきた。
 ……まさかフランスに連れて行かれるとは思ってもいなかったけどね。
 祥子さまに告白し、そのあげくが一緒にフランスに行く事になったのだから笑ってしまう。
 でも、祥子さまには感謝している。
 旅行に連れて行ってくれたことにではない。
 側に居てくれたことに……。
 「祐巳さん」
 祥子さまとフランスに行ったときの事を思い出していると、後ろから呼ばれた。
 「んっ?志摩子さん、何?」
 呼んだのは志摩子さん。
 「この後、ミサに参加するでしょう」
 「えぇ」
 「一緒に行かない」
 「そうだね。行きましょう」
 終業式のホームルームが終わり。
 クラスは騒がしくなる。
 この後のミサに参加する人、部活に向かう人、帰り支度をする人それぞれ。
 祐巳と志摩子さんはミサに、もっとも志摩子さんに誘われるまでもなく祐巳は行くつもりだった。
 でもまぁ、志摩子さんがミサに参加しないのは考えられないので、やっぱり誘われてお聖堂に向かう。
 「それじゃ、行きましょう」
 揃って教室を出た。
 志摩子さんと並んで廊下を進む。
 「そう言えば……由乃さんは何だったの?」
 「えっ、あぁ」
 ずっと考えていたのだろうか?志摩子さんはさっき凄い形相で教室に来た由乃さんの事を聞いてきた。
 由乃さんとしてはかなり気になっていたらしい、祐巳と栞さまとの話し。
 流石に教室では話す事ではないので立ち上がり。
 「そうだね、志摩子さんにも聞いて貰っておこうかな」
 お聖堂に向かいながら、祐巳は栞さまの事を志摩子さんに話す。
 祐巳にとってそれはとても大事な話なのに、祥子さまに告白したときのような重さは感じなかった。
 祐巳自身、不思議だと思ってしまう。
 「……どうかした?」
 志摩子さんを見ると何だか申し訳なさそうな顔をしていた。
 「いえ、そんな話し聞かせて貰ってもいいのかと」
 「大丈夫よ、今はそんなに重く感じていないから」
 「そうなの?」
 「うん、不思議だけれどね。以前は重かったの……でもね」
 そう言って祥子さまに告白したときの事を話す。
 「祐巳さんにとって、その話が重かったのは祥子さまに告白してどうなるかが問題だったのね」
 「えっ?」
 志摩子さんの指摘に、あぁ、そうなのだと感じた。
 「そうだね……きっとそうなんだと思う」
 祐巳は微笑みながら頷き。
 その様子を、志摩子さんは優しく見つめていた。


 「おっ、おぉ」
 ミサが終わり薔薇の館に志摩子さんとやって来ると、薔薇の館ではクリスマスパーティの準備の真っ最中だった。
 「これはいったい」
 「あれ、祐巳ちゃん聞いていなかった?」
 「あっ……いえ」
 何だか聞いたような気もする。
 「祐巳ちゃん」
 「はい」
 「蔦子ちゃん探してきて」
 なにやら楽しくパーティの準備をしている皆さまを尻目に、写真係として蔦子さんを呼んでくるように言われ薔薇の館を出る。
 「さて、何処にいるのやら」
 まずは部活棟に向かう事にする。
 「あれ?」
 中庭に来ると一人の老女が校舎に向かっているのが見えた。
 「ごきげんよう、どうか成されましたか?」
 どうして声をかけようなんて思ったのか?
 リリアンにお客さんは珍しくない。
 祐巳は、ただリリアンの教え通りに声をかけただけにも思えるのだけれど。
 違うような気もする。
 ……何でだろう?
 ……誰かを思い起こさせるのだけれど。
 それは纏う空気とか感覚とか、漠然とした感じ。
 「ごきげんよう、可愛らしいお嬢さん。今日は人に会いに来たの」
 「人に会いに?」
 「えぇ」
 「そうですか、もし良ければ案内致しますが」
 「その案内、私が受けようか?」
 「へっ?」
 祐巳が間抜けな声で振り向くと白薔薇さまが立っていた。
 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 挨拶を交わす二人、そこには不思議な空気が流れる。
 ……あっ。
 さっき誰かに似ていると思ったけれど、それは白薔薇さまだと気が付いた。
 白薔薇さまがお婆さんを案内して去っていく。
 その後ろ姿を見ながら、何時か祐巳か白薔薇さまが栞さまと再会する姿が浮かんだ。
 「祐巳」
 「?……お姉さま」
 呼ばれ振り向けば、そこには祥子さまがいらしていた。
 「泣いているの?」
 「えっ?!」
 祐巳はそう言われて初めて涙を流している事に気が付く。
 「あっ」
 優しく祥子さまが祐巳を抱きしめる。
 「貴女は、もう少し私に甘えなさい。それがどんなに重く辛い事でも、私は受け止めるから」
 そう言った祥子さまの表情はとても穏やかで……。
 「どうしてそこまで?」
 祐巳は戸惑ってしまう。祥子さまの優しさに。
 「どうして?……何故なら」
 「何故なら」
 「私は貴女のお姉さまだからよ」
 その瞳は何処までも真っ直ぐで……。
 「お姉……」
 無粋なシャッター音と光が雰囲気を台無しにする。
 「……蔦子さん」
 「ごめんなさい、お二人方」
 祥子さまもジト目で蔦子さんを見ている。
 「あはは、それでは先に薔薇の館に行っているから」
 蔦子さんは流石に空気を読んでいなかった事に慌てたらしく、そそくさと薔薇の館に向かっていった。
 「まったく」
 祥子さまが呆れた溜め息をつく。
 「私たちも行きましょうか」
 「はい!」
 不意に祥子さまが祐巳の手を取った。
 「あっ」
 祐巳の戸惑いも気にすることなく……いや、祥子さまの横顔は赤い。
 「何を笑っているのかしら」
 「いえ、何でも」
 無意味な言葉などいらない、この手から伝わる温かさが全部語っているのだから……。




 おまけ。

 「祐巳ちゃん、どうしたのボーとして」
 「えっ?あっ、あの」
 「祐巳ちゃん、こういうクリスマスパーティってしたことない?」
 「えっ?は、はい」
 「ふふふ、ならこのクリスマスパーティを企画したのは間違いなかったみたいね」












ぼかし過ぎたかと反省。
ちょっと修正しました。
          クゥ〜。


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