おやすみの形はそれこそ十人十色、星の数ほどもあると思う。
例えば白薔薇姉妹ならば。
「おやすみ、志摩子」
「はい、おやすみなさい、お姉さま」
淡々としていて、でも何かとても深い繋がりを感じさせるような。
「おやすみなさい、乃梨子」
「ええ、おやすみなさい、志摩子さん」
見ているこちらまで心和むような、柔らかな空気に包まれて。
それが黄薔薇姉妹であれば。
「おやすみ、令。良い夢をね」
「はい、おやすみなさいませ、お姉さま」
安心と、信頼と、そしてほんの一握りの……
「ほら由乃、そろそろ寝ないと明日が辛いよ?」
「えー、だってまだ眠くないのに」
「そんなこと言って。朝起きるのが辛いのは、由乃自身なんだよ?」
「うー……」
「ほらほら。おやすみ、由乃」
「はぁい、おやすみ、令ちゃん」
――え? キスはって? いや、流石におやすみのキスはしないから……え、今夜は偶々じゃないかって?
えーと……ノーコメントってことで。
そ、それより次は、私と菜々の番なんだから!
「ってあの、私まだ由乃さまの妹でも何でもないですし、そもそも繋がりというほどの繋がりは無いと思うのですが……」
「そ、そんなこと気にしちゃダメよ。ほら、おやすみは?」
「ええと、おやすみなさい、由乃さま」
「ノンノン。由乃さまじゃなくて、お姉さま」
「……まあ、それはそのうちということで」
「えー、良いじゃない、減るもんじゃあるまいし」
「減るというか、後戻りが効かないというか……どちらにしても、さすがに無理だと思います。それよりも、由乃さまも早くお休みになってくださいね」
「うう――菜々ってば冷静沈着で冷たくてからかい甲斐がない」
「はいはい……それじゃあ、おやすみなさいませ」
「ううぅ……おやすみ、菜々」
ちょっとした微笑ましさと、それでも動じない菜々の強さと……でも、来年を楽しみにしている一面だって、また。
そして、紅薔薇の姉妹はと言えば。
「おやすみなさい、祥子」
「ええ、おやすみなさい、お姉さま」
妹の、娘の寝静まる様を見守るかのように。
「おやすみなさい、祐巳」
「おやすみなさい、お姉さま」
そっと頭をなでる感触に、自然とその瞼は閉じられていって……そして。
「おやすみ、瞳子ちゃん」
「おやすみなさい、祐巳さま」
普通に挨拶は返した筈なのに、でもその表情は、明らかな膨れッ面。
「―――うぅ〜」
なんて唸り声まで上げたりして。
「あの、祐巳さま?」
「瞳子ちゃん、祐巳さまじゃなくて『お姉さま』!」
「ちょ、なななな何を仰っているんですか!! そもそも私達はまだ姉妹とかそういう間柄ではありませんし、それどころか私と祐巳さまがおやすみの挨拶をする意図だって、正直理解しかねるところですのに!」
一息に捲くし立てたというのに、祐巳さまには一向に怯んだ様子は見られない。
「えー、いいじゃない。だって菜々ちゃんだって、由乃さんのことを『お姉さま』って呼んでいるんだし」
「少なくとも、そのようなことを聞いた覚えはありませんが。菜々さんは、まだ中等部に在籍していますから……だから、私も却下ですわ」
「……もしかして、瞳子ちゃんは私のことを『お姉さま』って呼ぶの、嫌だった?」
「へ!? そ、そういうことではなくて! えっと……」
「そっか、嫌って訳じゃないんだね?」
「あの、祐巳さま?」
「それじゃあ―――『おやすみ、瞳子』」
「っ!? あ、あの、その……おやすみなさいませ、お姉さま」
そう、おやすみの挨拶には星の数ほどあるのだから。
だから、良いとは思いませんか?
こんなふうに――初めてお姉さまと呼ぶそのときが、おやすみの挨拶だったとしたって。