「乃梨子ちゃん、私、悪の組織を立ち上げようと思うの」
「は?」
祐巳さまの突飛な言葉に私はつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
果たしてそれは冗談なのか、はたまた私の聞き間違いか。
そのどちらかであってほしいと願ったけれど、しかし祐巳さまは、
普段は滅多に見せない真剣な眼差しを私に投げかけているのであった。
「えぇと、祐巳さま」
「うん、何?」
「すいませんが、もう一度言ってくれますか? 私、ちゃんと聞こえなかったみたいで……」
「悪の組織を立ち上げようと思うの」
と、さらりと真顔で祐巳さま。
私の耳はやっぱりまともで、けど祐巳さまの言葉はまともじゃなくて。
私はこめかみに手を当て、つい脱力してしまった身を椅子の背もたれに預けた。
そしてそのまま、長い溜め息と共に、ずるずると沈んでいく。
「の、乃梨子ちゃん、どうしたの? 具合悪いの?」
いや、確かに頭が痛いんですけど……それは置いといて。
何とか姿勢を正し、仕切り直すように一つ咳払い。
私は改めて祐巳さまと正面から向き合った。
「何でまたそんなことを」
よくぞ聞いてくれました、と祐巳さまは大きく頷いた。
「昨日、ふと思ったの。私、ちゃんと青春を謳歌してるのかな、って」
「はい?」
「学園生活ってさ、一生の中のほんの短い間だけじゃない。
それなのに私はそれを意識することなく、ただ何となく日々を過ごしてる。
今でしか経験できないことがあるはずなのに、ただ時間を無駄に浪費している。
これじゃダメだって気づいたの。もっと高校生を楽しむべきなんじゃないか、って」
「それで悪の組織ですか?」
「うん」
頭痛が激しくなってきた。
「あの、お言葉ですけど、私から見たら祐巳さまは充分に青春を謳歌してると思うんですが……」
「周りから見たらそう見えるかもしれない。けど、そうじゃないの」
「だって、祐巳さまはいつも一生懸命じゃないですか。
それに姉妹関係にも恵まれているし、山百合会としての活動も精力的にしている。
どう控え目に見たって祐巳さまの学園生活は充実してます。
祐巳さまより何となく日々を過ごしてる人なんて、たくさんいますよ」
しかし祐巳さまは首を横に振るだけだ。
「私もそう思っていたよ。でもね、私には、毎日を惰性で過ごしているようにしか思えないの。
確かに環境には恵まれているし、色々と一生懸命になることも多い。
私の場合、能力が足りない分は頑張ることでカバーするしかないから。
けど、気づいてしまったの。今の私には、それすらも日常に組み込まれてしまっている」
要するに慣れというやつか。
でこぼこ道を四苦八苦しながら全力疾走するような日々でも、
それが続けば当たり前になってしまう。
「まぁ、何となく祐巳さまの言わんとすることは分かりました」
もっとも、贅沢な悩みな気はするけれど。
祐巳さまもそれは理解しているのか、苦笑いを浮かべている。
「でも祐巳さま、質問良いですか」
「うん、どうぞ」
「どうして悪の組織なんですか。何かこの学園に不満でも?」
「いや、やんちゃしたい年頃だから」
祐巳さまって、本当に悩んでいるのかな。
「まぁどうせそんなんだろうって思ってましたよ。ええ。
分かってましたとも。祐巳さまはそういうお方だ、って」
「の、乃梨子ちゃん、落ち着いて」
言われて深呼吸を、一つ、二つ、三つ。
「……落ち着きました。落ち着いたところで、もう一つ質問があるんですけど」
「はい、どうぞ」
「何で私なんですか?」
「だって乃梨子ちゃん、暇そうだから」
「お疲れ様でした」
「ちょ、ちょっと待って乃梨子ちゃん。落ち着いて。ね?」
帰ろうとする私を、祐巳さまが慌てて制止した。
少しでも甘い答えを期待した私が馬鹿だった。
まぁどうせそんなんだろうって思ってましたよ。ええ。
分かってましたとも。祐巳さまはそういうお方だ、って。
しかし、夢くらい見たって、良いじゃないか。
……とりあえず深呼吸を、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、……
「理由を聞かせてもらいましょうか」
静かな怒りが私の体全体から放たれているのか、祐巳さまは怯えているように見えた。
母親に叱られている子供みたいに、両手の指を交差させながら、上目遣いで私の表情を窺っている。
「えーっと、その……乃梨子ちゃんってさ、山百合会以外で特に活動していないじゃない」
「え?」
「つまりね、令さまと由乃さんは、剣道部に入っているでしょ。
志摩子さんは、環境整備委員会。
で、私と乃梨子ちゃんは、部活も委員会も入っていない」
「あぁ、確かに」
言われて納得である。
だから暇だと思われるのは癪だけれど。
「それなら祥子さまはどうなるんです?
祥子さまだって、部活も委員会もやってないじゃないですか」
「今は将来を左右する大切な時期だもの。私の我がままに付き合って頂く訳にはいかないよ」
何でそこだけまともなんですか、祐巳さま。
「……祥子さまだったら喜んで協力してくれると思いますけどね」
それこそ小笠原グループのバックアップがついて、
さらには妥協を許さない祥子さまの性格も加わり、
世界規模の悪の組織になりかねない。
笑えない冗談である。
「まぁ、とにかく、私だけが祐巳さまに呼び出された理由が分かりました」
「いやいや。乃梨子ちゃんを誘った理由は、それだけじゃないよ」
「え? それって」
思わず心臓が跳ね上がる。
私じゃないといけない理由が、他にあったのか。
そ、それはもしかして、その、私じゃなきゃ嫌とか、そういう……
「乃梨子ちゃんは優秀だからね。頭良いし、機転がきくし、度胸もあるし、部下にはうってつけじゃない」
「……あ、そうですか」
何かもう勝手に期待してそわそわしている私がアホみたいだ。
もちろん優秀と評価してもらえるのは嬉しいけど。
「それに、無能な上司を有能な部下が支えるのが日本の伝統的な組織の在り方だって、由乃さんが言ってたよ」
それは上司になる人間が胸を張って言う事じゃないと思うんです、祐巳さま。
「まぁ、とにかくそういうわけなの。じゃあ経緯を説明したところで、早速作戦会議を」
「いや、あの、私まだOKしてないんですけど」
「えっ」
「何でそんなに驚くんですか」
それだけ私を当てにしていたという事か。
もっとも、それはそれで悪い気はしないけど。
「……乃梨子ちゃん、駄目なの?」
祐巳さまの悲しそうな眼差しが容赦なく私に突き刺さる。
居たたまれないと言うか気まずいと言うか、とにかく耐えられない。
これではまるで私が悪者みたいじゃないか。
私は一つも悪くないはずなのに。
と言うか、可愛いなぁ、くそぅ。
祐巳さま可愛いなぁ。
「ま、まぁ、祐巳さまがどうしてもと言うのなら……私も一応、暇と言えば暇ですし」
「本当!? ありがとう、乃梨子ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ!」
と、今度は一転、ぱっと眩い笑顔を咲かせる祐巳さま。
それは一般生徒達はおろか、山百合会の面々まで撃沈してきた笑顔。
正直、くらっと来た。
今まで何度も見てきたはずなのに。
ああ、もう。
本当にもう。
まったくもう。
私は思わず深い溜め息。
結局私は、祐巳さまには、抗えないのだ。
くそぅ。
「では」
こほん、と咳払いして、私は改めて切り出した。
「どんな活動をするのか決める前に、組織の名前を決めましょうか」
「実はもう決めてあるんだ」
ふふん、と得意げに祐巳さま。
「へぇ。何て言うんですか」
「谷百合会」
「あの、せめて名前くらい真面目に考えてくれませんか」
「し、失礼な。ちゃんと考えたんだよ。確かに安直な感じだけど」
「……本当ですか?」
「本当だよ!」
祐巳さまの必死な様子を見ると、どうやら本当らしい。
でも冷静に思い返せば、そんな感じの名前の作品があった気がする。
何だったっけ。
「……あぁ。もしかして、バルザック」
「へ?」
「『谷間の百合』っていう小説があるじゃないですか。それが由来なのかなと思って」
祐巳さまは思いっきり不可解そうな顔をしていたけど、
閃いたとばかりにぱんと手を叩くと、これ見よがしに鼻を鳴らしてみせた。
「そう、それ。その、えっと、ばるじゃっく? の作品が由来なんだよ。よく出来てるでしょ」
「……あ、はい、そうですね」
絶対そこまで考えてなかったなと察したけど、あえて黙っておいた。
上司を立てるのも部下の役目なのだ。
まったく良く出来た部下だと私は密かに自賛し、
早くも芽生えた不安を心の片隅へと追いやった。
「じゃあ組織の名前は、谷百合会で。それで肝心の活動内容なんですけど……」
「実はそれも考えてあるの」
と、またしても祐巳さま。
……あれ、何だか私、いらないんじゃないかな。
「どんなのですか」
「ちょっと付いてきて」
祐巳さまはそう言うと足早に会議室を出て行った。
私からはその背中しか見えなかったけど、楽しそうだなぁ、と思った。
だって二つに結わえられた髪が、ぴょんぴょんご機嫌な様子で跳ねているんだもん。
薔薇の館を出て、祐巳さまは足取りも軽やかに進んでいく。
通りすがりの生徒達と爽やかに挨拶を交わしながら、先へ先へと。
目的地を知らされていない私は、その後をただ黙って付いていった。
中庭を通り、さらには講堂の裏を抜けていく。
それに伴って人影はどんどん少なくなっていく。
今更だけど、こんな状況で祐巳さまと二人きりというのは、無性に落ち着かない。
心臓に悪いくらいだ。
でも一方で、心の底から嬉しいと感じているのも事実。
ずっとこうだったら良いのになぁ、なんてつい思ってしまう。
やがて私たちはお聖堂にたどり着いた。
この辺りまで私用で足を伸ばす生徒はあまりいなくて、
実際周囲には私達以外に誰もいなかった。
放課後のくすんだ空気と静寂だけが、辺りに満ちている。
お聖堂の周りにある花壇を、祐巳さまは見下ろしていた。
花壇には何もない。
花はもちろん、雑草の一本すらも。
「これだよ」
「はい?」
祐巳さまは屈んで、花壇を覗き込んだ。
「ここね、前に志摩子さんが種を植えてたの。多分、委員会の仕事なんだと思う」
「ああ、そう言えばそういうのやってますね……って」
祐巳さまは顔をこちらに向けて、にんまりと笑った。
実に小悪党っぽい笑い方だった。
悪の組織の頭領がこんなので良いのかなぁ、なんて思うくらいに。
「……あの。もしかして、この花壇を荒らすんですか」
さすがにそれは気が引ける。
いくら悪の組織だからって、私にも良心というものがある。
まして種を蒔いたのが志摩子さんであるならば、尚更だ。
「やだ乃梨子ちゃん、いくら何でもそんなひどい事はできないよ」
じゃあ何をするんですか。
安堵する一方でそんな思いがよぎったけれど、
実際に口に出すことはせず、私は祐巳さまの次の言葉を待った。
「違うのを植えるの」
「違うのを?」
「そう。志摩子さんが植えた種を、違う種類のものと入れ替えるの」
何だか、悪の組織という割には、やる事のスケールが微妙である。
「あのぅ、こんな事を言うのも何ですけど、谷百合会の記念すべき第一回の悪事がそんなので良いんですかね」
「へ? な、何で? だって、びっくりするじゃない。
自分が植えたはずのものとは違う花が咲くんだよ?
私だったら突然変異でも起きたのかって思っちゃうくらいのレベルだよ?」
「そりゃ、程度の差はあれ、びっくりするには違いないでしょうけれど……」
こうなると悪事というより、ただの悪戯である。
悪の組織という名目もすでに虚しい。
もしかして祐巳さまは、ただ単純に子供のような悪戯をしたいだけなのではなかろうか。
その可能性は充分ある。
もともと小心者の祐巳さまに、悪事なんて大それた事など出来るはずがないのだ。
青春を無駄にしているなんてもっともらしい事を祐巳さまは言っていたけど、
実際のところは、平坦な日々にちょっとした刺激が欲しいだけなのだ。
絶対そうだ。
まぁ本気で悪い事をするよりか、このくらいのお遊び程度がちょうど良いというものか。
もちろん良くない事には違いないし、ばれたら後が怖い。
けれど。
「ま、良いでしょう。ここは頭領の方針に素直に従うことにします」
「乃梨子ちゃんならそう言ってくれると思った」
祐巳さまと、このお日さまみたいな笑顔を独占できるのなら、安いものだ。
「よし、早速薔薇の館に戻って作戦会議だ、二条戦闘員!」
「祐巳さま、せめて参謀幹部とかにしてください」
それから作戦決行までの詳しい出来事は割愛させて頂く。
何しろ特筆すべき事がないからだ。
ただ、退屈だったのかと言うとそんな事は決してなくて、逆に充実した日々だった。
水面下でこっそりと計画を進める緊張感。
最初はさほど乗り気じゃなかった悪の組織も、実際やってみるとなかなか面白いものである。
どんな種を植えようかとか、作戦はどのタイミングで決行しようかとか、種や道具の買出しはいつ行こうかとか。
そういった事を人目のつかない場所、つまり温室だとか講堂裏だとかで相談するのは、
まるで逢瀬のようで本当にどきどきしたし、楽しかった。
何より、秘密を祐巳さまと共有しているというのが、嬉しいのだ。
表向きは生徒の模範たる山百合会。
しかしてその裏では、学園で悪戯……もとい、悪事を企む谷百合会。
二つの顔を使い分け、私と祐巳さまは、密かに暗躍するのだった。
そしてついに当日を迎えた。
決行日には人の少ない日曜日、さらに念を入れて早朝という時間帯を選択した。
私達の思惑通り、人影はほとんどない。
せっかくの日曜日の朝に一体何をやっているんだろう、なんて決して思ってはいけない。
私たちは並んで、例の花壇を静かに見下ろしていた。
「ついにこの時が来ましたね」
私の言葉に、祐巳さまは感慨深そうにゆっくり頷く。
「この日のために、どれだけの苦労を重ねてきたか……
長かったような、あっという間だったような、不思議な気分だよ」
「祐巳さま、満足するのはまだ早いですよ。
無事に計画を完遂できなければ、意味がありません」
「……うん、そうだったね。乃梨子ちゃんの言う通りだよ」
自分を戒めるようにそう言って、祐巳さまは静かに目を閉じた。
気を落ち着かせようと、大きな呼吸を数回くり返す。
そうした後に小さく「よし」と呟くと、祐巳さまは決意を秘めた眼差しを私に向けた。
「やろう、乃梨子ちゃん。谷百合会の、記念すべき一回目の悪事を」
「はい、祐巳さま」
そして私たちは、覚悟と熱意の力を得て、作業に取り掛かったのだった。
……しかし、始めてみてから痛感したが、地味である。
もちろんあらかじめ承知はしていたが、想像以上と言うか何と言うか。
小さいシャベルで土を掘り、志摩子さんが蒔いた種を探して取り出し、用意した種と入れ替える。
それを延々とくり返すのだ。
この花壇全面に植えられた種を、全て入れ替えるまで。
気が遠くなりそうになるのを堪え、黙々と私は作業を進める。
太陽は少しずつ天心へと向かっていき、同時に降り注ぐ陽光も勢いを増してきた。
世界は眠りから完全に起き上がって、清々しい活気に満ち溢れている。
その片隅で、私と祐巳さまは、地道に花壇の土をいじっているのだ。
色んな意味で泣けてくる光景である。
ちらりと横目で祐巳さまの様子を窺う。
祐巳さまは楽しそうだった。
目をきらきら輝かせて、一生懸命作業をしている。
何だか山百合会での活動の時より頑張っているようにも見えたが、それはきっと気のせいだろう。
そうに違いない。うん。
「ところで祐巳さま」
「ん、なぁに?」
「谷百合会って、何か目標とかあるんですか」
「目標?」
「ほら、私達って、その……悪の組織、じゃないですか。
そういう組織である以上、何か目的があって然るべきなのでは」
「あー……そう言えば、考えてなかったなぁ」
そこって結構大事なポイントだと思うんですけど。
しかし敢えて突っ込むまい。
だって何となく分かってたもん。
「うーん。あ、じゃあ、リリアンの征服を目標にしよっか」
「そんなカジュアルな感じで決めちゃって良いんですかね。
しかもその目標の第一歩が、花壇に悪戯って……」
さらに付け加えるなら、祐巳さまってもう実質リリアンを征服してるんじゃないか。
だって山百合会も一般生徒も祐巳さまにメロメロなわけなんだし。
ただ祐巳さま自身がそれに一切気づいていないのが問題なんだけど。
「良いの良いの。千里の道も一歩から、って言うじゃない」
第一歩目の方向が間違ってます、祐巳さま。
そんなこんなで、さらに時間は過ぎて。
「終わったー!」
思いっきり両手を天に伸ばして、祐巳さまが叫んだ。
その表情からは達成感が滲み出ていて、すごい満足そう。
ちらりと時計を見てみると、そろそろお昼に差しかかろうという時間だった。
「誰かに見つかるんじゃないかってちょっとハラハラしましたけど、無事に終わりましたね」
「慎重すぎるくらい入念に計画したんだもん。失敗するわけないよ」
「そうやって過信してると足元すくわれますよ」
と言いつつ、やれやれと私も安堵の溜め息。
満面の笑顔で花壇を覗き込んでいる祐巳さまを見て、あぁ良かったなぁ、なんて思ってしまった。
祐巳さまが幸せそうなら、私も幸せ。
色々思うところがあったけど、もうそれで良いや。
「志摩子さん、びっくりするだろうなぁ。
自分が蒔いた種とは違う花が咲いて、どんな顔するんだろう。ふふ、楽しみ」
「まぁ、それも結構先の話ですから、気長に待たないといけませんけどね」
「へ?」
「え?」
……。
私と祐巳さまの間に横たわる、不自然な沈黙。
祐巳さまはぽかんと口を開けて私を見ていた。
予想外の反応に、私も戸惑う。
「だ、だってそうじゃないですか。種から育てるんだから、時間かかるし。
確かに志摩子さんはびっくりするだろうけど、それは先の話じゃないですか」
「あ」
あ、って何ですか。
と言うか祐巳さま、ちゃんとそれは織り込み済みだったんじゃないんですか。
その「それは予想外だった」みたいな顔やめてください。
頭抱えて座り込むの、やめてください。
「うぅ、私って本当に間抜け……」
私の口から嘆息がこぼれる。
「もう、しっかりしてください、祐巳さま。落ち込んでる暇なんてないですよ。
リリアンの征服が目的なんでしょう。それなら次に目を向けないと」
落ち込む祐巳さまの背中をさすりながら、私は続ける。
「失敗したのなら、ちゃんとそれを次に生かせば良いんです」
「でも……せっかく頑張ったのに……」
「私がいるじゃないですか。無能な上司を有能な部下が支えるというのが、私の役目です。
私がずっと側で祐巳さまの事を支えてあげますから、元気出してください」
「の、乃梨子ちゃん……」
……何か今、勢いに任せて恥ずかしい事を言ってしまった気がする。
急に顔が熱を帯びてきたけど、気にしない。
祐巳さまは目元を腕で拭うと、少し無理に笑ってみせた。
「うん、そうだね。そうだよね。私には優秀な部下が、乃梨子ちゃんがいるもん。
こんな事でへこたれてるわけにはいかないよね」
あぁ、もう。
可愛いなぁ。
祐巳さま、可愛いなぁ。
くそぅ。
「悪の組織、谷百合会はまだ始まったばかりだもん。次は、次こそは絶対失敗しないんだから!」
「その意気です、祐巳さま」
でも、次も失敗しそうなその台詞はやめてください。
「……それにしても、お腹減ったね」
「お昼ですからね」
「どこかで何か食べていこうか」
「良いんですか? 私達、制服ですよ」
「あー、うーん、……まぁ良いんじゃない? 悪の組織だし」
「そういうものですか」
「そういうものなの。でもレストランとかだとさすがに人目についちゃうから、
コンビニかベーカリーで何か買ってきて、薔薇の館で食べようか。
今回の反省会と次の作戦会議も兼ねて」
「……何だか悪に徹しきれてないですね」
「良いから良いから。あぁ、お腹減った。お腹と背中がくっつきそう」
どうにも締まらないなぁ、なんて思いつつ、
まぁこれくらいの緩さがちょうど良いかな、なんて。
祐巳さまと二人でいられるのだから、それだけで充分か。
私にとっての谷百合会は、それで良いのだ。
「それにしても今日は良い天気だね」
「お昼食べたら、日向ぼっこでもしてから帰りましょうか」
「あ、良いね。うん、それ採用。さすが谷百合会の誇る参謀幹部」
「お褒めに預かり光栄です」
「どういたしまして。さて、何食べようかなぁ」
呑気な祐巳さま。
ゆるゆる、だらだらで、ほのぼの。
肝心の詰めが甘くて、結局は適当。
そんな谷百合会の野望は、まだ始まったばかりなのである。