【3513】 興味が尽きない  (ex 2011-05-17 22:00:00)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:これ】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)

※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 7月9日(土) お昼−放課後− 妖精界 〜

「オベロン様、ティターニア様、お久しぶりでございます」

 妖精王・オベロンと王妃・ティターニアの前に跪くのは島津由乃。
 由乃がここに来るのも、もう三度目になる。

 一度は魔界のピラミッド事件のとき。 そのときに10番目の薔薇十字、漆黒のロザリオを受け取った。
 二度目は黄薔薇十字を捜索するための手段を妖精王に教えてもらうために薔薇十字所有者全員でここを訪れた。

 そして今回。 今日こそは妖精王の目の前で薔薇十字を顕現して見せる。
 期待と不安ゆえに覇気が爆発しそうなくらいに高まっているが、それをグッと押さえつけて穏やかな雰囲気を纏っている。

「ほう・・・。 随分と成長しているではないか」
「よくここまでがんばりましたね。 まるで別人のようですよ」
 オベロンとティターニアからねぎらいの言葉がかけられる。

「本当ならもっと早くくるのではないかと思っておった。 その薔薇十字、かなり前からそなたの色に染まっていたのではないのか?」
 由乃の目の前に置かれた黄金に輝く薔薇十字を見ながら妖精王・オベロンが楽しそうに笑う。

「いいえ。 わたしは一緒に薔薇十字を受け取った二人の足元にも及びません。 でも・・・」
 と、由乃は顔を上げていう。

「わたしは薔薇十字を受け取ってからでも修行に励みます。 はるかに高い目標がわたしにはあります」

「うむ。 その心の強さこそ薔薇十字所有者となるに相応しい。 では私の前で薔薇十字を顕現して見せるがよい」
 由乃の言葉に頷いた妖精王は由乃を促す。

「はい。 でもその前に・・・」
 と、由乃は黄金に輝く薔薇十字を妖精王に差し出す。

「この薔薇十字はお返しします。 わたしはわたしの本当の薔薇十字が欲しいんです。
 この薔薇十字は特別なもの。 この薔薇十字は所有者の力を最大限に引き上げてくださるもの、でしょう?
 そして本来の色は黒。 違いますでしょうか?」

「・・・ほう。 そこまでわかっていたのか。 たしかにこの薔薇十字は今黄金に輝いているが、そなたの言うとおり本来の色は黒。
 紅、黄、白の薔薇十字とは同様の素材なのに全く性質を異にするものだ。
 紅、黄、白の薔薇十字すべての要素と・・・いや、その三つの要素を持っているからこそ、今はそなたの覇気を受けて金色に輝いているのだ」

「では?」

「うむ。 この黒薔薇の薔薇十字ではそなたの薔薇十字は顕現しない。 悪かったな、試すような真似をして。 ではあらためてそなたに相応しい薔薇十字を授けよう」

 妖精王は由乃から 『本来は黒』 と言った薔薇十字を受け取ると、懐からまったく別の黄金に輝く薔薇十字を取り出した。

「そなたに託す薔薇十字は既に決まっておったのだ。 この薔薇十字は黄薔薇を象徴するもの。 そなたがどんな薔薇十字を顕現するか楽しみにしていたのだ」

 由乃の目の前に差し出された黄金の薔薇十字。
 純金に輝く本体から伸びるチェーンにはこれも黄金の薔薇の花が一列に並んでいる。

「うわ。綺麗・・・。 すごい豪華!」
 由乃が感嘆のため息を漏らす。 ただ一色、黄金のみが使われた精巧な彫金の薔薇十字であった。

「この薔薇十字は ”エクレール” という。
 閃光・雷、そして ”革命” を意味するもの。 どんな革命を起こすのか見せてくれ」

「はい!」 と大きく返事をした由乃は妖精王の前に進み、大事そうに黄金の薔薇十字を受け取る。

「さぁ」 と笑顔で妖精王が由乃を見ている。

 一度、ぎゅっと眼を閉じ、覇気を練り上げた由乃がゆっくりと右腕を天にかざし、大声で叫ぶ。

「出よ我が薔薇十字! 閃光を放て!」
 
 ゴォォォ・・・と巻き起こる風。
 バチッ! と稲光のような白い光が弾けると由乃の右手に3本の卍型の金属が現れた。

「な・・・、何?これ・・・」

 豪華だった薔薇十字が顕現させたもの。
 それは、白銀に輝く2本の卍釵 (まんじさい) と、一本の漆黒の卍釵。
 見たこともない形のうえに、薔薇十字であったときの豪華さとは正反対のシンプルな造り。

 だが、妖精王は、「ほう・・・」 と感心した顔でその武器を眺めている。

「これは驚いた・・・。 こんな攻撃的な武器は始めて見る。 
 今までに無いこの形。 なるほど、形からして既に革命を起こしたのか?」

 それは、侮蔑でもなんでもなく、本当に感心したような言葉。
 妖精王自身もこのような武器がこの世に存在していることを知らなかったのかもしれない。

「古来の日本に伝わる十手に似ているが、全く防御を考えてないような武器。
 2本は左右の手で扱うのだろうが3本目は・・・。 そうか、投擲用か」

 たしかに3本目の漆黒の卍釵だけは他の2本に比べれば厚みが無く平べったい。そのうえ少しカーブが付いている。
 言ってみればブーメランのように使うものなのだろうか。

 十手・・・、投げ物・・・。
 あまりのシンプルさにあっけに取られていた由乃だが、次第にその顔に嬉しさが湧き上がってくる。
 一年前、体術を専攻しようと決意したときに望んだのが十手と投げ銭だった。 
 これで、現代の銭形平次になれる! と。

 由乃は地面に漆黒の卍釵を突き刺すと、左右の手でしっかりと白銀の卍釵を握り、くるくると回し始めた。

「いい! 妖精王様、これ、すごくいいです! これこそわたしの求めていた武器です! 
 あぁ、どんどん力が湧き上がってくる気がします!」

 せっかく抑えていたと言うのに由乃の覇気が轟々と音を立てて巻き上がり始める。
 慌ててその近くから逃げ出す妖精たち。

「これ! 嬉しいのはわかったから少し抑えよ! まったく・・・。 だが、珍しい武器を見せてくれた礼、と言ってはなんだが・・・。
 そなたには ”真実を見抜く眼” を授けよう。 いずれその力が必要となるときが来るであろう」

 妖精王は由乃に軽く手をかざしながらそう告げる。
 由乃もあわてて覇気を納めると妖精王の前に跪き、再度礼を述べる。

「ありがとうございます。 妖精王様。 早く帰って仲間に報告したいです」

「うむ。 クー・フーリン。 はやくこのお嬢さんを地上に連れ帰ってくれ。
 花の妖精たちが逃げ出してしまったのでな。 ではお嬢さん。 これからもしっかり励むのじゃよ」

 妖精王・オベロンと王妃ティターニアは苦笑を浮かべながら由乃を見送る。

「みなさん、ごきげんよう! ありがとうございました!」
 由乃は自分の傍から逃げ出した花の妖精たちに申し訳なさそうに一度頭を下げ、クー・フーリンの操るチャリオットに乗り込む。
 
 ついに2年生全員が正式に薔薇十字所有者となった。

(祐巳さん、志摩子さん、令ちゃん。 わたし、やったよ! やっとみんなに追いついたよ!)
 
 頬を通り過ぎるさわやかな風にほんの少しだけ涙が混じっていた。

☆★☆

〜 7月9日(土) 午後 小笠原研究所 〜

「ごきげんよう! 江利子さま!」

 小笠原家のマイクロバスに乗って小笠原研究所に着いた祥子、祐巳、志摩子。 それに乃梨子、瞳子、可南子の6人が小笠原研究所の武器・防具開発部門に顔を出す。

「はい、ごきげんよう。 へぇ。 いいメンバーが揃ったじゃないの」
 江利子は目の前に整列した6人を感慨深げに眺める。

 リリアンを昨年卒業した江利子は、自分のあとを継ぐリリアンの戦女神となるに相応しい人材がリリアンに進学してくるかどうか、やはり少しは心配していたようだ。

「江利子さま、初対面の者もおりますのでご紹介いたします。
 まず、志摩子の隣、今年度一年生総代となった二条乃梨子さんです。 先日志摩子とロザリオの授受を行い、正式に白薔薇のつぼみになりました。
 それから、こちらが細川可南子さん。 今年度、一年生剣術部門の主席です。
 薔薇の館に何度かお手伝いに来ていただいています」

 祥子に促され、一歩前に進んだ乃梨子と可南子が江利子に頭を下げる。

「ごきげんよう。 一年椿組、二条乃梨子です。 本日はよろしくお願いいたします」
「同じく一年椿組、細川可南子です」

「鳥居江利子です。 一応大学生。 まぁ、肩肘張らなくっていいわ。 私のことは聞いているわね?
 みんながここにいる間はわたくしがサポートします。 ただし訓練では手は抜かないから全力を出しなさい」

「「わかりました」」 と、乃梨子と可南子は再度お辞儀をすると一歩下がって列に戻る。

 乃梨子はじっと鳥居江利子を眺める。
 先代ロサ・フェティダ。 ”神をも射殺す” と称えられた弓道の達人。
 ヘアバンドで髪を上げ、理知的な瞳をしている。 うっすらと化粧をしたその顔は輝くばかりに美しい。

(・・・ ほんとうに薔薇の館の住人って以前から美人ぞろいなんだ ・・・)
 まったく、こんなに美人でしかも恐ろしいまでの戦闘力を秘めているなんて。
 反則だよなぁ・・・
 そんなことを思っていると、不意に江利子と眼があった。

「あなた・・・。 乃梨子さん、だったわね。 なるほど。 白薔薇の系統はどうしてこんなに似た人が揃うのかしら。
 祐巳ちゃん、この子、聖と覇気の流れ、よく似ているんじゃないの?」

 すっと視線を祐巳に移す江利子に
「はい。 さすが江利子さま。 聖さまと乃梨子ちゃんはシルフィードがいるかいないか、と覇気の系統が”風”と”水”の違いはあるんですけど。
 覇気の流れ方はほとんど同じです。 乃梨子ちゃんも格闘系には珍しく覇気のコントロールが上手なんです」
 祐巳は江利子の質問に驚きもせず答える。
 江利子ほどの戦闘センスがあれば乃梨子の覇気の流れ程度、感覚的に理解できるだろう、と信頼しているから。

「格闘系? ふ〜ん。 どういうつもりなのかしら?」
 不審げな視線を乃梨子に向ける江利子。

(・・・また?! この人もあっさり見破るの?)
 さすがに、もう諦めたほうがいいかもしれない。
 リリアンの戦女神として君臨した江利子の力量は単純な戦闘能力だけで推し量れるものではない。

 困ったような顔になる乃梨子をしばらく観察して江利子だったが、
「まぁいいわ。 楽しみが一つ増えたと思えば。
 乃梨子ちゃん。 あなたの武器と防具もわたくしが開発してあげるわ。 楽しみに待っていなさい」
 と、朗らかに笑い出した。

 それと、と、言いながら今度は可南子に視線を移す江利子。
「あなた、棒術? それ、和弓用の弓袋でしょう? 何が入っているの?」

 可南子は、細長い黒布で包まれた得物を持ってきていた。
 リリアンを出てこのマイクロバスで研究所に向かう途中、可南子の家に寄って持ってきたものだった。

 ゆっくりと紐を解き、弓袋から可南子が取り出した棒をみて一同は驚きの目を向ける。

 それは細川家に代々伝わってきた「鍼ヶ音」(ハリガネ)。
 長さは約2mほどの細い棒。 つやを消された漆黒の棒が布に包まれている。 木製ではないようだ。

 可南子はリリアンでは長さ3.6mの赤樫のタンポ槍を使用している。
 当然、実戦で使用する得物は同じ長さの槍であろう、と想像していた一同は、可南子が持ってきた物が和弓用の弓袋であり、長さが2m程しかないのを見て不審に思っていたのだ。

 さすがに単純な棒ではないだろう、と江利子を含め全員が見当を付ける。

「これは・・・。 あの、仕込み槍です。 普段持ち歩くときはこの姿ですが、実戦では違う形になります」

「仕込み杖、って言うのは知ってるけど、仕込み槍、って始めて聞くわね。 どういうふうに使うのかしら?」
 ただの棒にしか見えないのに、仕込み槍などと珍しい武器の名をつけられた ”鍼ヶ音” は江利子の興味のツボにどうやらはまったらしい。

「あの、実戦形式の訓練をするから持ってくるように、と祐巳さまから言われたので持ってきたのですが、家族以外には本来の姿を見せたことがありません。
 実戦訓練のときにお見せいたします」

 可南子の鍼ヶ音は暗殺用の武器。 
 祐巳から本当に危機が迫ったときに使用する武器を持ってくるように、と言われたので渋々持ってきたのだが本来は人の眼に晒すものではない。
 しかし、祐巳には自分の最大の戦闘能力を見ておいてほしかった。
 この鍼ヶ音を使ったときの戦闘力は普通の赤樫製の槍の何倍にもなるのだから。

 祐巳は可南子の戦闘センスを高く評価してくれた。
 暗殺用に研ぎ澄まされた技を、戦闘において最も基本が出来ている技だ、と褒めてくれた。
 だからこそ、この場に呼ばれたのだと思うし、可南子自身のすべての力を祐巳には把握してもらいたかった。

 もう暗殺、などという時代ではない。
 もし可南子が鍼ヶ音を使うとすれば、それは祐巳を魔界のモンスターたちから守るために使われることになるのだから。

 可南子の返事に、「そう」 と微笑んだ江利子は
「ほんとうに面白いことを持ってきてくれるわね。 あなたたちは。
 祥子と祐巳ちゃん、それに瞳子ちゃんのコマンダードレスはもう出来ているわ。
 それに志摩子のもね。 12月に採寸したデータがあったからそれで作ったのだけど、太ったりはしていないわよね?」

「太ってません!」
 と、急に振られた志摩子はちょっとだけむきになって答える。
 まぁ、冗談だ、この場を和ませるためのジョークだ、とはわかっているのだが。

「うふふ。 じゃあ4人は更衣室にコマンダードレスを準備しているから着替えてきなさい。
 乃梨子ちゃんと可南子ちゃんは採寸をするわ。 こっちに来て」

 江利子に先導された6人はそれぞれの部屋に向かった。

☆★☆

〜 7月9日(土) 午後 小笠原研究所 戦闘訓練場〜

 小笠原研究所に集結した祥子を始め薔薇十字所有者3名と、一年生3名、そして鳥居江利子の7人が戦闘訓練場に顔をそろえる。

 祥子、祐巳、瞳子、志摩子、江利子の5人は新規格のコマンダードレスを装備している。
 乃梨子と可南子は新規格用は採寸しただけなので、これまでどおりの軽量ポリカーボネイト製のプロテクターを装着。

 訓練場に集まったメンバーから驚きの声が上がる。
 研究所に隣接した旧訓練施設の地下に設けられた新訓練場は3階層にわたって整備されていた。

 竹林を模した訓練場や、岩だらけの地面、ぬかるみ、砂漠、水中を備えた訓練場など。
 この訓練場は簡単に設定を変更することが出来るもので、ありとあらゆるシチュエーションでの訓練が可能となっていた。

 これらの訓練場は、現世のあらゆる自然に対応している、という。
 さらに1月に行われた 「黄薔薇十字捜索作戦」 で祐巳たちが待ちかえったデータや、祐麒=マルバスが江利子に伝えた魔界の様子を元に、魔界の状況まで再現できるように作り上げられている。

「江利子さま、ここすごいですね〜」
 と祐巳が目をまん丸に見開いている。

「うふふ。 褒めてくれてありがとう。 去年のピラミッド事件以来、政府も本格的に魔界の脅威と向き合うことが決定したの。
 祥子のご両親の政治力が大きかったんだけどね。 一昨年から比べたら約2倍の補助金が交付されたそうよ。
 おかげで、訓練場を作るときにシミュレーション研究の成果が十分に発揮できたわ」

 まったく、鳥居江利子、大学生なのにどこにこれだけの研究をするだけの時間があったのか・・・。
 やはり ”ミス・オールマイティ” の本気は計り知れないものだ、と祥子は思う。



 今日の予定は、この訓練場で、祐巳、瞳子、祥子、志摩子、乃梨子、江利子、可南子の7人が3チームに分かれて3時間の模擬戦を行うことにしている。

 江利子以外の6人は、「いきなり模擬戦ですか?!」 と驚いたのだが、江利子は
「最初から全力を見せてもらわないと。 それぞれにあった訓練メニューも考えられないし、武器と防具の開発も出来ないわ」
 と言ってから訓練についての説明を始める。

「戦闘訓練では本気を出してもらわないと正確なデータが取れないから一切手を抜かないこと。
 非情に徹しなさい。
 でもそうするとどうしても危険が伴うから怪我をしないように条件をつけます。
 祐巳ちゃん用にはウレタンゴム製の特製杖を準備しているし、わたしの矢もペイント弾付きのプラスチック。
 祥子はファイヤー以上の魔法は禁止。 防御魔法はウォール系からセーフティワールドまでならなんでもOKよ。
 それと、全体攻撃が出来る魔法や技も禁止ね。
 祥子のファイヤー・レインとかわたしの刹那五月雨撃を使っちゃうと、それで終わってしまうから。
 志摩子には柔製模擬剣を用意しているわ。 それと矢手甲もペイント弾つきのプラスチック」

 そこまで説明を終えた江利子は、まだ戦闘能力のわからない乃梨子に視線を移す。

「乃梨子さんは格闘系、ということだけれど、得物は何がいいのかしら?
 いちおう、有名どころの武器は揃っているわよ」

「あの、リリアンでは無手で格闘訓練を行っています。 打撃と関節技を中心にした総合格闘術です」

 乃梨子はリリアンの受験時から一貫してそう答えてきた。 同級生や由乃や祐巳にも。 志摩子にさえ無手以外で訓練をしている姿を見せたことは無い。

 江利子は、自分の問いにそう答える乃梨子を辛そうな顔で志摩子が眺めていることに気が付いた。

「乃梨子、無手でいいの? この人たちの攻撃を体捌きだけでかわすのは無理があるわ」
 志摩子が心配そうに乃梨子に声をかける。

(なんだ・・・。 志摩子も気がついているのか。 そりゃそうよねぇ) 
 と、ちょっとがっかりした江利子だったが自身の姉の問いに乃梨子がどう答えるのか興味が湧いた。

 志摩子と江利子の視線を受けた乃梨子はしばらくの間少し俯いて目を瞑っていたが、やがて顔を上げて答える。

「あの・・・。 小太刀をお願いします。 竹刀でもかまいません」

 短く答えた乃梨子だが、江利子にはその答えはわかっていたようで。
「そう。 じゃ、小太刀用の竹刀ね。 そちらの控え室に4,5本置いているはずだから取って来なさい」
 と、乃梨子に控え室のドアを指差して場所を示す。

 軽くお辞儀をして控え室に向かう乃梨子を見送った江利子は次に可南子に顔を向ける。

「では、あなたのその仕込み槍の ”本来の姿” を見せていただけるかしら? 危険な物なら似たような武器を準備するから」

「はい。 あまり人に見せる武器ではないのですが・・・。 我が家に代々伝わってきたものです」

 可南子は弓袋の紐を解き、再度2mほどの棒を取り出す。
 そして約10mほど全員から離れると、ゆっくりと右腕を後方に伸ばす。

「わたくしには突き以外の技はありません。 江利子さまに向かって突きを放ちます。
 動かないでくださいね。 お体の50cmほど前で止めますから」

 可南子の覇気が一瞬膨れ上がったかと思うと急激に収縮。
 右腕と棒の中央部分を握る右拳、それに左右の爪先、両膝、腰に覇気を集中させてゆく。

「うん!可南子ちゃんいい! 最高だよ!」
 可南子に流れる覇気をその眼で見ることの出来る祐巳が思わずそう声をかけてしまうほどその覇気は丁寧に、そして強力に練り上げられていた。

 そして、祐巳のすぐ傍で可南子を見つめる瞳子も可南子の真剣な眼差しに驚いていた。
 いつも教室内で 「我関せず」 の姿勢を貫き、他の生徒たちを醒めたような瞳で見つめている可南子ではない。

 一途に武道にかけた戦士の眼。
 緩やかに膝を曲げ、大きな体を細い棒のほうにしならせて構えるその姿の美しさに思わず感嘆のため息を漏らす。

(可南子さんって、こんなに綺麗な方だったんだ。 これは・・・さすがに見直すしかありませんわね)、と。

 国内有数のエリート校であるリリアン。 しかも魔法・魔術に関しては国内最高峰のリリアンには誇り高い生徒たちが揃っている。
 その誇りゆえ、「自分に厳しく、他人に優しく」の精神で外部入学の生徒たちに親切にリリアンの校風を説明している瞳子。
 その瞳子にとって無礼な可南子の態度は許せないものだったのだが、可南子には可南子なりの誇りがあっただろうことに今更ながらに気づいた。

「ふ〜ん。 その構え。 令が ”震脚” で間合いを詰めるときの形に似ているわねぇ。 では真剣に。 最高の攻撃を見せて見なさい」
 と、江利子も感心したような、それでいて緊張したような声をかける。
 さすがにただの一年生とは思えぬ桁外れの武力を有していることを江利子は見抜いた。

「・・・ではまいります」 と、小さく告げた可南子の体が一陣の風に変わる。

 それは隠形の技を究極にまで高めた超加速の歩舞術。

 次の瞬間には、風切音さえ一切残さず、江利子の眼前50cmに漆黒の細い穂先が突き出されて止まっていた。

「すごい! 可南子ちゃん、今の加速、瞬身よりずっと早いじゃない!」
 祐巳の嬉しそうな声と、大きな拍手が響く。

 はじめて祐巳と可南子が出会ってから3ヶ月。
 未だ正式に薔薇の館の住人となってはいないが、可南子の武力は日に日に向上している。
 祐巳から覇気の扱いについて指導を受けた可南子は、あの時から何度も古い温室に脚を運びエルダーと心を通わせようと努力してきた。
 そして、祐巳の言う、『ダラーッとしてから一気に集中した覇気を爆発させるの』、『ギュッとしてからパッて飛び込むんだよ』という教えを体にしみこませようと努力を重ねてきた。

 すべては祐巳に認めてもらうため。 祐巳を護るに値する戦士だと・・・。
 ほんの少しでいい。 頼りにされる存在になりたかったからこその努力。

 その努力に支えられたこの一撃。 だからこそ祐巳も可南子をみんなに認めてもらいたかった。

「ね、みんな! 可南子ちゃん、すごいでしょ!」
 祐巳は嬉しそうに笑いながら江利子たちに声をかける。

 ・・・だが、その他の5人は驚きのあまり暫らくのあいだ、誰も口を開けない状態だったのだ。

 可南子の動きを追えたのはおそらく祐巳だけだっただろう。
 格闘は素人に近い祥子や瞳子はもとより、乃梨子にもその動きが見えない。
 元・現薔薇十字所有者である江利子や志摩子でさえその動きを完全に掴むことはできなかった。

 おそらく可南子は、身構えてからたった一歩しか踏み出していない。
 その一歩で約5mほど江利子に迫り、2mほどだった棒が長さ3.6mの鋭い槍に変わっている。
 さらに体を前傾させ、腕を一直線に伸ばしたことにより、一瞬のうちに9.5m先まで槍の穂先を伸ばしたのだ。

 しかも、鍼ヶ音の穂先はあまりにも細く鋭く、まるで点にしか見えない。

 その凍りついたような雰囲気からいち早く抜け出したのはさすがに鳥居江利子。

「驚いたわね。 そのスピード、それにおそらくはその破壊力。 そこだけは令の ”震脚” そのものだわ。
 だけど、床を踏み抜くほど鋭い令の震脚とはまったく別ね。
 まったくの無音移動。 気を抜いているときにその突きが死角から襲ってきたら私でもかわし切れないでしょう」

 江利子が声をかけるのと同時に、可南子は覇気を治めながら鍼ヶ音を体に引き戻し、ゆっくりと元の体制に戻る。
 ”鍼ヶ音” も元の2mほどの棒に戻っている。

「失礼いたしました。 『真剣に』、とのことでしたので今、わたくしのできる最高をお見せいたしました」
 と、江利子に頭を下げる可南子。

 祐巳からの顔から火が出そうなほどの賛辞を受けたせいか、頬が少し高潮している。

 すこし照れたように俯く可南子の様子にほっとして残りのメンバーからもため息と拍手が送られて。
 にっこりと笑い続ける祐巳に再度可南子は微笑を返した。

「その槍、攻撃するときだけ一気に伸びるのね。 それにほんとにハリガネのように鋭い穂先。
 木でもなければただの鉄でもなさそうね。 材質は一体なんなのかしら?」

 江利子から聞かれたのだが、可南子は鍼ヶ音の材質を正確には知らない。
 砂鉄を鍛えた玉鋼で作ったものだ、とばかり思っていたのだが。
 自身を裏切って家を出て行った父親が残した唯一の細川家に伝わる武器。

 だが、この場で 『父親が家から出て行った』 だの言いたくもないし、、『不幸な子』 だなどと思われたくもない。

 どう答えようか、と迷っていると、いち早く江利子から、
「どうも可南子さんも知らないみたいね? まぁいいわ。 楽しみがまた一つ増えたのですもの。
 でもそうねぇ。 あなたの力はその槍がないと引き出せないみたいだし。
 仕方ないわ。 ちょっと無粋だけど・・・」

 そうブツブツ呟きながら江利子は可南子の ”鍼ヶ音” の先端にペイント弾のような球体を取り付ける。

「これで、体には食い込まないから。 本当はその見えない穂先の特製を生かしたいところだけど今回はこれで我慢して。
 それと、攻撃は顔面・頭部は禁止。 プロテクターで護られているところだけを攻撃しなさい」

 可南子の ”鍼ヶ音” の特徴をおおよそのつかんだ江利子は可南子に注意を与えると、次に瞳子に視線を移す。

「それから、瞳子ちゃんは、本格的な戦闘訓練は初めてだったわね?」
 と、声をかけた江利子は、訓練場控え室に繋がるドアの前に立てかけておいた円形の盾を持ってきた。
 
「これは祥子のウィングシールドを作る過程で出来たプロトタイプだけど、軽くて良い盾よ。
 あなたの今回の課題は、戦闘が起こった場合、どこに身を置けば良いか見定めること。 攻撃することに期待はしていないわ。
 他のチームはあなたを集中的に狙うのだから、攻撃されないように考えなさい」

 3人の一年生にそれぞれ武器・防具・それに諸注意を与え、江利子は戦闘訓練方法について説明を始める。

「祥子は祐巳ちゃんと瞳子ちゃんとで3人チーム。
 志摩子は乃梨子ちゃんと組みなさい。 可南子ちゃんは私と。
 3チームの巴戦を行うわ。 1試合10分で終了。
 それからチームのうち一人でも脱落したらそこで試合終了。
 3つのエリアを用意したから各3試合ずつ。1チーム当たり計18試合を行います」

「魔法が当たったり武器での攻撃を受けたりペイント弾をつけられたら行動停止すること。
 それで脱落、とみなします。
 各エリアでのチームの位置取りはリーダーに任せます。
 ただし、相手のチームから見えないか、50m以上離れていることが条件よ。
 5mと離れていないんじゃ、全員祐巳ちゃんには勝てないからね。
 以上よ。 質問はあるかしら?」

 江利子の特性を知っている祥子、志摩子、祐巳の三人は顔を見合わせる。
 それって、江利子さまの一番得意な距離じゃないか・・・。

 だが、さすがに偉大な先輩に逆らうわけにも行かない。
 全員、江利子に一礼し、承諾の意を伝える。

 江利子はそれに軽く頷き返すと、瞳子と可南子にちらり、と視線を走らせる。

(本当に祐巳ちゃんがいると面白いことが良く起きるわね。 この子達・・・。 本当に興味が尽きないわ)
 心の中で呟きながら戦闘訓練の準備のため、調整室を兼ねた控え室に全員を先導する江利子。

 こうして、3つのチームによる戦闘訓練が始まった。


一つ戻る   一つ進む