【3518】 名前も無き堕天使達よ  (海風 2011-05-26 13:24:06)


恐ろしく長いです。注意してください。









 後にそれは、「奇跡の宴」と呼ばれる山百合会栄光の1ページを飾ることになる。


「王様ゲーム!」

「「イエー!!」」

「王様の言うことは〜!?」

「「ぜったーーーーい!!」」


 薔薇の館から。
 スリルと興奮と恐怖と欲望で構成された独特の挨拶が、澄み切った青空にこだまする――




 三月某日。
 それは卒業を間近に迎えた、ある晴れた日の出来事だった。
 厳しい冬を越えた桜に、暖かな色が増えてきた。風はまだ冷たく、だが陽射しは優しかった。
 どこかちぐはぐにまとまっている季節は、まるで「これまで」と「これから」を暗示しているようだった。
 新生活に伴い妹と別れなければいけない三年生と、新生活に伴い姉を見送らなければならない妹と下級生。
 一ヶ月も経たない内に、またこのリリアンで、別れと出会いが繰り返される。
 そんなある日の土曜日のことだった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 言葉少なに、次々と席が埋まって行く。
 一人一人のまとう戸惑いの感情が、煙のようにここに溜まっているのがよくわかる。
 祐巳さんは何か言いたげに口を開くも、結局何も言えずに口を噤む。
 瞳子ちゃんはポーカーフェイスを貫き、挙動不審な姉の姿をチラチラと伺う。
 志摩子さんは普段と変わらない態度で紅茶を楽しみ。
 乃梨子ちゃんは珍しく、流し付近でスタンバイして、視線を泳がせたり考え事にふけったりとそわそわしていた。
 そして。
 卒業間近で薔薇の館には一切来なくなっていた三年生達も、この場にいた。
 祥子さまは、いつか見た姿と変わらず、普段通りと言わんばかりに文庫本を広げている。が、そのページは開いた時から一度も捲られていない。
 令ちゃんは……まあ、やはり、いつも通り情けない顔をしていた。

「…………」

 ちらり、と目をやると、無邪気としか言いようのない、まるでデパートに連れて行かれた子供のようなきらきら輝く「楽しみ」オーラを放つ三人が、決しているはずのない三人がそこにいる。
 水野蓉子さま。
 鳥居江利子さま。
 佐藤聖さま。
 もう先代、もうすぐ先々代と呼ばれる、卒業していった薔薇さま方。
 彼女たちだけは私服で、「いやー楽しみだねー」「ふふふふふ」「あなた達笑いすぎじゃない?」などと囁きながら、カップを傾けたりしていた。
 ……江利子さま。
 あのピカッときらめくオデコを見ていると、あの日のことが嫌でも思い浮ぶ――




 後に「奇跡の宴」と呼ばれることになるあの日のことは、この私、島津由乃から始まりました。
 いや、厳密には――

「番号をお間違えのようですよ」
「いいえ。私が掛けたのは由乃ちゃんだから、お間違えじゃないわよ?」

 もうすぐ卒業式で、山百合会総員準備に追われてバタバタしている非常に忙しない日々の中、決して聞きたくない声が受話器から聴こえてしまった。
 母に「鳥居さんから電話よ」と取り次がれ、一瞬誰のことかわからなかったが、頭の中の人物リストの最々々々下層の床に刻まれた「がんばって忘れたい知り合い」カテゴリーに「鳥居さん」が一人いることを思い出した。
 うまいこと忘れていたのに。思い出したくもなかったのに。
 いくらアレでも無視するわけには行かず、私は嫌々ながら電話に出た、というわけだ。

「江利子さま、さすがに今は勘弁してください」

 忙しい毎日に疲れている私は、うんざりとか悪気とかわずらわしいとかではなく、シンプルに「疲れて余裕がない」という態度で対応した。
 たぶん、今なら祐巳さんや志摩子さんも同じ気持ちになると思う。
 疲れているのだ。これ以上厄介事が増えるのも、心労が増えるのも、勘弁してほしい。

「わかってるわかってる。私だってこの時期由乃ちゃん達が忙しいことくらいわかってるって」
「はあ」

 理解していただけて大変恐縮ですが、江利子さまの楽しげな声が嫌すぎるんですけど。

「遊びの誘いよ。息抜きにどうかしら」
「パス」
「即答したわね」
「もう令ちゃんと二人きりで遊んでもいいですから、今はほんとに勘弁してください。もう意地を張る元気もないんです。ほら、令ちゃん受験終わったし、ちょっと暇してるし」
「いや、だからね、本当に遊びの誘いなのよ。由乃ちゃんで遊びたいとか挑発したいとかそういうの一切なし」

 いまいち引っかかる言葉が聞こえたような気がするが、「お願いだから話だけでも聞いて」と言うので、しょうがなく耳を貸すことにした。

「じゃあ早く言えば?」

 めんどくさい、という態度がたっぷり滲み出るように言えば、向こうからは余裕の含み笑いが返ってきた。

「その開き直り。黄薔薇としての貫禄ついてきたんじゃない?」

 ……まったく。相変わらずやりづらいったら。

「実はね、由乃ちゃん」
「はい?」

 爪伸びてきたな、などと思いつつ指先を弄び適当に相槌を打つ。
 江利子さまは気付いているのかいないのか、やけに上機嫌で話を進める。
 そして――

「……え?」

 江利子さまが進めるその話に、私は次第に入り込んでいった……




 全員が昼食を済ませ、お弁当箱を片付け、食後の紅茶が会議室に淡い香りを漂わせる頃。

「それじゃ始めましょうか」

 話しかけづらかった重鎮――かつての紅薔薇さまである蓉子さまが、そう切り出した。「ふふふ」と笑いながら。
 なんという上機嫌。
 なんというハイテンション。
 これから始まるゲームとは、始める前からあんな顔をさせるのか。あの真面目で堅物のの蓉子さまに、始まる前から楽しみのあまりあんな顔をさせてしまうのか。

「お姉さま」

 微妙な顔をしている祥子さまが、ようやく蓉子さまに言葉を発した。

「その、どうしてもやるんですか?」
「もちろん。そのために私達は集まったし、あなた達を集めたのよ」
「……あとで事情を話していただけるんですよね?」
「ええ」

 祥子さまが蓉子さまに連絡を取って「どういうことか」と問うと、「あとから話す」とだけ説明されたらしい。

「だから今は何も聞かないで――少なくも、これはあなた達のためでもあるのだから」

 あなた達のため。
 この一言に、祥子さまは覚悟を決めたようだ。

「わかりました。やりましょう」

 祥子さまが腹を決めれば、令ちゃんも祐巳さんも戸惑いを残しつつ承知し、瞳子ちゃんも祐巳さんに従うようだ。志摩子さんは……あんまり変わらないなぁ。乃梨子ちゃんはやはりそわそわしているが。
 そして私は。
 皆より先に事情を知ってしまっているだけに、この場に来る前に、この日が来るまでに、色々と心の整理がついていた。だから今更何を言うでも反応を見せるでもない。

「準備できたよ」

 持ち込んだエンピツに細工し、最後の一本に赤マジックで色を添えた聖さまの準備も終わり、

「ルールはわかっているわね? 何か質問は? ――結構。いいみたいよ」

 江利子さまが最終確認をし、

「それじゃ、王様ゲームを始めましょうか!」

 在校中さえ見たことない満面笑顔の蓉子さまが、幼稚園児並のはしゃいだ声でゲーム開始を宣言した。
 ……というかあの人卒業してからちょっとかわいくなってない?




 三日前である。
 江利子さまから連絡を受けた私は、翌日の昼休み、薔薇の館に全員を招集した。
 もちろん、卒業を間近に控えた三年生もだ。
 久しぶりに顔を出した三年生と談笑し、みんなこれまでの日々ですり減らした活力を回復していくのがわかった。
 各自昼食をつつきながらとりとめのない話に花を咲かせ、そんな折に「そういえば由乃、なんで私達を集めたの?」と令ちゃんが言い出したことで、ようやくタイミングが掴めた。
 皆久しぶりで懐かしさも手伝って話も弾み、どのタイミングで切り出し、どんな風に言えばいいのか困っていたのだ。ナイス令ちゃん。

「あのですね、皆さん。ちょっと話したいことがありまして」

 どんな風に言えば、の部分は、この際もう勢い任せである。視線を集めるこの期に及んで考えてなどいられない。

「実は昨日、江利子さまから電話がありまして、その……」

 「江利子」という名前に一年生以外が反応した。江利子さまがどういう人なのか知っているからだ。
 まあ、当然の反応だと思うけどねっ。嫌な予感しかしないよねっ。

「私達と、王様ゲームをしたい、そうです」
「「王様ゲーム?」」

 「何それ」と「名前なら聞いたことあるけれど」と「え、あれを? やるの?」等々、反応はそれぞれだった。

「知っている人もいるとは思いますが、説明するので聞いてください」

 私は語った。江利子さまから聞いた「王様ゲーム」のルールを。


1.みんなで番号付きのクジを引き、その中に一本だけある「王様」を引いた者が、番号を引いたしもべに命令できる。

2.「王様」の命令には、「○番が王様に何々をする」等、「王様」に奉仕する形の命令はできない。

3.一度に命令できる人数は二人まで。


「以上の三つが原則で、これだけわかっていればいいらしいです」

 全員、無言である。
 私の説明を聞いてはいるが、誰も何も言わない。
 そして、一時間にも匹敵するんじゃないかという三十秒ほどを経て、「ふぅー」と非常に重い溜息が聞こえた。

「やると思って?」

 やはり祥子さまである。
 ええ、わかってましたよ。説明している最中に、すでにこめかみの血管がピクピクしてましたよね。ええ、はい、わかってましたよ。怒ってるの知ってましたよ。これ合コンゲームですもんね。男女でやるから盛り上がるって有名なゲームですもんね。
 でも、私の立場もわかってほしい。

「私は江利子さまに頼まれて、全員にルールを含めて伝言しておいてほしいと頼まれただけです」
「では、私は聞かなかったことにしておくわ」

 くだらない、と言いたげに席を立ちかける祥子さまを止めるには、あの名前を出すのが一番だ。

「蓉子さまもいらっしゃるそうです」
「……お姉さまが?」
「それどころか聖さまも」
「え?」

 思わぬ名前が出てきて、志摩子さんも驚いたようだ。

「王様ゲームをやりたい理由もちゃんとあるようですが、私はそこまで聞いてないんです。切りの良いところで話すとは言っていましたが」

 というのは嘘で、私はすでに聞いているけど。そうじゃなければどんなに面白そうでも楽しそうでも、江利子さまからの話と言うだけで大反対している。
 ちゃんと理由があるのだ。私はそれに納得した。だからこうして江利子さま、っていうか先代の意に従って動いているのだ。

「とにかく、私は伝えましたよ。明後日の土曜日、蓉子さま達が来ます。不参加の方は来なくていいと思います」

 戸惑う面々に、私ははっきり言った。

「これは遊びなので、できるだけ参加はしてほしいけれど、とのことですから」

 なぜ江利子さまが、令ちゃんや祥子さまを差し置いて私に連絡を取ったかと言えば、私が一番反対しそうで、またゲームを楽しくするエッセンスを加えるだろうから、だった。
 確かにその通りだった。
 私はテレビで希に聞いた「王様ゲーム」なるものを、楽しそうだな、と思ったことがある。
 正直、世間的にはもう時代遅れのゲームなのかもしれない。
 しかし、先代がわざわざ集まってやりたいと言うのであれば、やらないわけにもいかないでしょう。そういう気持ちは私にもあるのだ。ほんのちょこっとだけ。
 だってお姉さまには従うものだから。
 令ちゃんが江利子さまに勝てるわけないし。
 私だって卒業間近に令ちゃんとケンカなんてしたくないし。
 まあ、そういうことだ。




「じゃ、教えた通りにコールしてね」

 蓉子さまの言葉に、呆れ半分戸惑い半分の私達。
 だが、ここまで来たら、やるだけだろう。だから欠席者もなく、全員がここにいる。
 ――蓉子さまは、十本ものエンピツを片手に握り、大きく掲げた。

「王様ゲーム!」
「「い、いえー」」

 いきなりそこまではっちゃけられない私達は、バラバラで、元気もないコールを上げる。
 先代三人はムッとした。

「何それ? 何なの?」
「テンション上げなさいよ」
「次、声聞こえなかった人、私の膝に座らせるから」

 三人に睨まれたのも怖いが、特に怖いのは最後の聖さまだ。
 聖さまの目は据わっていた。
 あれは本気だ。本気でやる気だ。
 そしていつもは止める蓉子さまが、止める気配がないのも、三人の本気さが見えた。

「もう一度行くわよ――王様ゲーム!」
「「イエーー!!」」
「王様の言うことは〜!?」
「「ぜったーーい!!」

 もう、ヤケである。私達は蓉子さまの陽気に負けないくらい明るく「ぜったーい」と拳を振り上げた。
 ――あれ? 何? 何なのこれ?
 無理やりなのに、投げやりなのに、無理してテンションを上げたのに、なぜかちょっと楽しくなってきた。

「はい、クジ引いてクジ。クジというかエンピツだけど。あ、番号見るのは自分だけだからね」

 通達から二日ほど時間を取った理由は、その間に個々で「王様の命令」を考える余地を残したからだ。
 たぶんみんな、慣れないながらも色々考えたはずだ。
 私も考えたし。
 蓉子さまの手に握られた十本のエンピツを、私達は一本ずつ引いていく。1回目だからみんなの様子見感や手探り感が伝わってくる。

「せーの」

「「王様だーれだ!?」」

 事前の打ち合わせ通り、私達は声を揃えた。
 そして、引いたエンピツを見る。六面エンピツのお尻の一面だけを削り、そこに番号が書いてあるのだ。
 ――私は「3」である。

「はーい! 王様ー!」

 声を上げたのは、江利子さまだった。
 予定通りに。

「さっさと済ませてください」

 私は憮然と、不本意という顔で言った。
 予定通りに。

「はいはい。じゃあねー……3番は、5番の肩を揉む!」
「げっ」

 私は非常に嫌そうな顔をし、「なんだよー」って感じの声を上げた。
 予定通りに。

「あ、5番は私です」

 手を上げたのは志摩子さんだった。

 ――実は、この1回目は見本なのである。
 不慣れなみんなのために、1回目は必ず江利子さまが「王様」を引き、必ず私が「誰かの肩を揉む」ということが決まっていた。そういう小細工をしたのだ。いきなりゲームのことがよくわからない誰かが「王様」を引いて、ごちゃごちゃしたりまごまごしないために。ちなみに私の番号の合図は「私の発言の頭の言葉」で、1、2、3、と番号の頭言葉を使うことになっていた。「さっさと」だから「さ=3」である。
 まあとにかく、これでいわゆるチュートリアルは終了。

「あ、そこ。気持ちいい」
「凝ってますねお客さんー。私も最近だいぶ凝ってるけどねー」

 剣道部に入って少しは筋力もついてきた私は、握力の限り志摩子さんの肩を揉む。あまり実感はないが、握力も多少強くはなっているようだ。
 ここからが本番だ。これを見て、この「王様ゲーム」なるものがどういうものなのか、なんとなく掴めたに違いない。
 さあ、やるぞー!




 2回目

「「王様だーれだ!?」

 「あ」と声を漏らしたのは、

「すみません、私です」

 瞳子ちゃんだった。2周目……さっきの「ヤラセ」を除くと、これが始めてのゲームとなる。
 誰がどの番号を引いたのかわからない。だから慎重にもなろう。
 何せ先々代にとんでもないことをやらせる可能性もあるのだ。充分に。いやそれどころか瞳子ちゃんのお姉さまである祐巳さんに、最近姉妹になったばかりの祐巳さんに、とんでもないことをやらせてしまうことにもなりかねない。そう考えると一年生には結構プレッシャーが強いかもしれない。
 が。
 舞台慣れというかなんというか、瞳子ちゃんの度胸はわりとすごかった。

「1番は着替えてください」
「え?」

 ――1番=祥子さまへの命令だった。
 瞳子ちゃんは命令の意味を把握できていない祥子さまを連れ、会議室を出て行き、すぐ戻ってきた。「一階の倉庫に衣装があるんです」と簡潔に説明し、私達は祥子さまを待つことになった。
 1階に衣装なんてあったっけ、と思いながら。
 それが、あったのだ。
 凶悪なやつが。

「…………」

 祥子さまは、「王様」の命令通り、着替えてやってきた。

 カナリアである。

 憶えているだろうか? 去年の体育祭の応援合戦で、令ちゃんが着ていた、あの屈辱のフリルたっぷり黄色いブラウスのアレである。そういえば、風紀的に問題ないかチェックするために一着だけサンプルとして山百合会に回ってきたものがあったっけ。きっとそれだろう。

「……ぶふっ」
「う、ううぅ……ふっ、ふっ」
「……あははっ! ダメだ我慢してたのにダメだもうダメだあはははははは!!」

 あの祥子さまが、あの衣装を着ている。むくれた顔して黄色いフリル尽くしになっている。
 ――なんだこの破壊力は。
 似合わないわけではない。美人ゆえに、きっと祥子さまは何を着てもだいたい似合うだろう。だからカナリアも似合う。
 似合う、が。
 あの滑稽(だと私は思う!)なカナリア踊りを祥子さまが踊ったら、ぶるぶる身体を震わせて踊り出したら、と少しでも考えた時点で腹にドンと来た! じわじわじゃない、ドンとだ!
 私だけじゃない。
 他のみんなも、祐巳さんでさえ俯き、ぷるぷると肩を震わせている。祥子さまとカナリアのあの組み合わせは面白すぎるのだ。というか反則だろう。令ちゃん以外なら誰が着ても面白いだろうけれど、よりによって祥子さまって辺りに運命的なものさえ感じさせる。
 遠慮なく笑える先代三人はいい。
 こっちの身にもなってほしい。
 必死で笑うのを堪えているのに、そんなに気持ち良さそうに笑わないでほしい。
 ――と、江利子さまが笑いながら、右手の人差し指と親指で輪っかを作り、それをはしたなく口に銜えた。
 偶然見ていた私は「あっ」と声を漏らしたが、蓉子さま聖さまの笑い転げる声に掻き消された。

  ピーピッピーピ ピーピッピピーピ

 口笛だった。
 そして、あの時の笛のリズムだった。

 聞いたらもうダメだった。
 我慢という壁を簡単に崩壊させる口笛の音に、私達は誰一人として、耐えられなかった。




 3回目

「「王様だーれだ!?」」

 ぶるぶる怒りにフリルごと震え、「次よ次! 早く! 笑ってないで!」と、顔を真っ赤にして怒鳴る祥子さまにしばらく呼吸困難にさせられ、ようやく波が引いた頃に、3回目のゲームが開始した。
 全員、極力祥子さまを視線に入れないようにして、「前王様」である瞳子ちゃんの手からエンピツを引いていき。

「引いちゃった」

 まるで水戸黄門の印籠のように赤い印つきエンピツを見せ付けたのは、聖さまだった。祥子さまが露骨に舌打ちしていた。恐ろしい。楽しげな格好してるのに目は悪鬼羅刹となっている。

「でも瞳子ちゃんに先越された感じするなー。私も衣装系なんだけどね」

 持参していたらしき紙袋をごそごそやる。なんと不吉な行動だろう。

「聖、先に命令してからにしてよ」

 蓉子さまに促され、「はいはいもう出すよ」と聖さまは紙袋から凶器を取り出し、テーブルに置いた。

「――6番はこれ着用ね」

 丸みを帯びたフォルムと青々とした色。
 いったい何かと思えば、それは、誰でも武士になれるアイテムである月代のカツラだった。

「そんなハゲヅラをつけろと!?」

 椅子を蹴って立ち上がり、叫んだのは乃梨子ちゃんだった。どうやら「6」を引いたのは彼女らしい。
 だが、私も反射的に叫んでいた。

「ハゲじゃない、月代! 剃ってるのよ!」

 予想外の方向(つまり私)からツッコミが入ったせいか、乃梨子ちゃんは少しだけたじろいだ。武士好きとしてそこにはこだわりたいのだ!
 ……だいたい、正直私こそちょっとかぶりたかったわ。贅沢にも嫌がっちゃって。

「乃梨子、落ち着いて」

 立ちあがった妹をたしなめる姉。さすが志摩子さん、一見ではハゲヅラにしか見えないブツを目の前にしても、顔色一つ変えやしない。

「私なら平気だから」
「「……え?」」

 ――6番を引いたのは乃梨子ちゃんじゃなくて、志摩子さんだった。

「なんていうか」
「こう……」
「じわじわ来るね」

 うん、じわじわ来る。組み合わせが思いっきり変だからだろう。
 志摩子さんのボリュームのある髪を後ろでまとめて、その上にヅラが乗っている。元々もみ上げから後頭部まで覆うようなものではなく、乗せる程度の帽子みたいなやつだ。たぶん資金の問題で安いのを選んだのだろう。
 うーん……ずっと見てるとじわじわ来るなぁ。
 ……でもなぜか、当の本人はちょっと嬉しそうだ。なんでだろう。ああいうの好きなのかな?
 乃梨子ちゃんは姉の哀れな姿に「イヤだ。こんな志摩子さんイヤだ」とぶつぶつ呟きながら涙ぐんでいるのに。




 4回目

「「王様だーれだ!?」」

 さっき偶然志摩子さんの番号を見てしまった乃梨子ちゃんに注意が下され、4回目のゲームに入る。
 ハゲヅ……いや、月代ヅラの志摩子さんに、カナリアの祥子さま。
 4回目にしてすでに面白い画になっているが、そろそろアクション的な命令も欲しいところである。

「あ、私」

 今度の「王様」は蓉子さまだった。なんとなく安心したのは私だけじゃないだろう。

「私は王道で行くわよ」

 どうやら蓉子さまも色々と持ち込んでいるらしく、トートバッグからそれを出した。
 ――なるほど、王道である。
 蓉子さまが取り出したのは、ポッキーである。
 そう、蓉子さまがやりたいのは、きっと有名なアレだろう。
 確かに見てみたい。
 普段ありえないカップルが恥ずかしげな顔してポッキーゲームをやるのをニヤニヤしながら見守りたい。
 だがしかし、その願いは叶わなかった。

「2番と8番、ポッキーゲーム」

 ……うそ……
 私は恐る恐る、もう一度エンピツの番号を確認した。
 ――「8」である。
 見間違いかもしれないと思って上下逆さまにしてみるという錯乱した行動を取ってしまったりもしたが、どっちにしろ「8」である。なんとごまかしの利かない罪な数字だろう。

「……8番は誰?」

 「2」は祥子さまかよ! よりによって一番抵抗感ありそうな人に!

「そもそもポッキーゲームって何ですか?」

 知らないのかよ! いやまあそんな気はしてましたけどね!

「あの、2番は私ですけど」

 諦めるしかないので、小さく挙手して白状し、ついでに謎の「ポッキーゲーム」についても説明する。祥子さま以外も結構わかってない人いるしね。

「……なんなのそれは」
「私を睨んでもダメですよ」

 予想通りの反応だったので、私は慌てず騒がず矛先だけをよそに向けさせた。

「お姉さま、これはいったい何のゲームなんですか? 不愉快になるだけの遊びなんですか?」
「失礼ね」

 蓉子さまは眉を吊り上げる。在校中よく見た妹をたしなめるお姉さまの顔だ。

「由乃ちゃんとポッキー食べるのが不愉快なの? 人のえり好みも好き嫌いもあるのはわかるけれど、堂々と言うことではないわ」
「そっちじゃなくてこっちです!」

 こっち、と言いながら、祥子さまは胸元でひらひらしているブラウスを摘みあげた。

「これが不愉快じゃなければなんだと言うんですか! こんな恥ずかしい格好させられて、更に恥ずかしいことをさせられるだなんて、不愉快でしかありません!」
「あの、それ、体育祭で私も着たんだけど……」

 「恥ずかしい格好」という部分に反応して令ちゃんが抗議の声を上げたが、私含めて全員に無視された。

「じゃ、由乃ちゃんとポッキーゲームやること自体はいいのね?」

 祥子さまはチラッと私を見た。
 ……怒りに血をたぎらせ顔を赤くしていた祥子さまが、少しだけ動揺したように見えた。

「べ、別に、嫌ではありませんが」

 どうやら想像してしまったらしい。私とポッキーゲームをやることを。具体的に。

「祥子さま」

 私は蓉子さまが用意したポッキーを手にし、開封し始める。

「ささっとやっちゃいましょう。――恥ずかしがる方があの人達は嬉しいみたいですし」
「……そう、ね。別になんてことないものね」
「そうですよ。それより今度こそ私達が王様引いて目にものを見せてあげましょうよ」

 なんて言って平気な顔をしてはいるものの、私もだいぶ恥ずかしいけどね! すでに!
 ちなみにポッキーゲームとは。
 一本のポッキーの両端から二人で食べ進めていき、最終的には……というものである。
 当然、私も祥子さまも初体験である。

(うわあ……)

 やりやすいように隣同士の席に移動し、ポッキーを銜えた私が祥子さまを振り返ると、まずスタート地点から結構近いことがわかった。
 祥子さまが向こう側でスタンバイすると、本当に近い。
 視界いっぱいの祥子さまは、明確に戸惑っていた。やるとなってしまったものの、本当にやるのか、やってしまってよいものかと思っているのだろう。それも祐巳さんやみんなの目の前で。

「早くしろよー。そのままキスしてもいいんだぞー」

 止まったままの私達に、聖さまのチャラい野次が飛んでくる。あの人は大学生活で少々チャラくなったようだ。
 仕方ないので、ここは一つ、私がこの窮地を切り抜けることにした。こんなところで時間を浪費している場合じゃない。私はまだ「王様」を引いてないのだ。
 祥子さまが「キス」という単語に過剰に反応し、反射的に逃げそうになるのを、私は両肩を掴んで固定した。
 祥子さまはビクッと震える。何をする気だ、と目が語っている。まあ任せてくださいよ。
 ――幸い「王様ゲーム」や「ポッキーゲーム」関係なしに、この手のアレは令ちゃんとやったことがあるので、やるとなれば慣れたものである。
 がっちり祥子さまを固定したままポリポリと食べ進め、私達はどんどん接近していく。残り7センチ、6センチ、5センチと、ゆっくりとだが確実に近付いていく。聖さまの「いいぞもっとやれー」というチャラい野次など無視してゲームをこなしていく。
 そして、ついにあと3センチほど、という佳境に達していた。
 正直に言おう。
 私は勢いのみでここまでやってしまったが、この先をまったく考えていない。さすがに「一部接触」などという悪ふざけが過ぎたゴール地点に辿り着くわけにはいかない。
 というか、祥子さまの強い目が、これ以上の接近を許可していない。これ以上近付いたら平手打ちでもされるのではなかろうか。あの時の某王子のごとく。
 しょうがないのでここで折って終了かな、と無難かつ(私が)安全策を取ろうとした矢先の事故だった。
 そう、事故だったのだ。紛れもなく。
 だが、どう考えても故意だった。

  ピーピッピー

「ぶはぁっ!? ごほっ、けほっ!」

 狂喜の音色が鼓膜を揺らした瞬間、私は噴いた。そして激しく咳込んだ。
 なんてことだ。
 相手がカナリア祥子さまでも我慢していたのに、ここまで来て吹き出してしまうなんてっ……
 だが、私の後悔や失敗の反省などより先に、最優先するべき問題が起こっているのは祥子さまの方である。

「す、すみません祥子さま! ごめんなさい!」

 私は噴いたのだ。
 咀嚼していたポッキーだったものごと。
 目の前の美しい祥子さまに。
 ――しかし、だ。
 前に令ちゃんが祥子さまに紅茶を噴いた時同様、祥子さまは落ち着いたもので、逆に「落ち着け」とばかりに私に片手をかざすと席を立って流しに行き、バシャバシャと顔を洗って普通に戻ってきた。
 さ、祥子さますごいな……液体ならともかく固形物を噴かれても取り乱さないのか……
 底知れぬ祥子さまの胆力に、私は驚愕するしかなかった。元凶である江利子さまを睨んではいるけれど。……あの口笛はあの人なりの助け舟だったのかもしれないので、私はあまり責める気にはなれないが。
 あと祥子さまには姉妹揃って噴いてごめん、と言いたい。いつか言おうと思う。




 5回目

「「王様だーれだ!?」」

 私が若干祐巳さんに睨まれているような気がする以外、特に変化もなく、顔を洗ってさっぱりした祥子さまも何事もなかったかのように振る舞い、5回目の「王様ゲーム」が行われた。

「はい」

 ハゲ……月代ヅラの志摩子さんが、可愛らしく赤印のエンピツを見せた。

「えっと、命令すればいいんですよね?」

 何度か目の前でこなされている「王様の命令」を見ているだけに、にぶい志摩子さんにもこのゲームの趣旨が理解できているようだ。「そうねぇ」と呟きながら月代ヅラの志摩子さんは、視線を漂わせて考える。……やっぱりちょっと面白いな。あのヅラ姿。
 まあ、肩も揉まれたしヅラもかぶっているし、さすがにだいたいもうわかるだろう。
 ……あ、そうだ。

「ちょっと待って」

 何か言いかけていた志摩子さんに、私は待ったを掛けた。

「あの、蓉子さま達が持ち込んだもの、私達が使っちゃダメなんですか?」
「ん?」
「ストレートに言うなら、持ち込んだ物を出してくださいと。私達にも使わせてくださいよ。持ち込んでいいなんて知らなかったんで、私達には準備がないんです」
「ああ、開放しろってことね」

 どうする、みたいな視線を向ける蓉子さまに、江利子さまと聖さまは「いいよ」と答えた。
 こうして、三人が持ち込んできたものがテーブルに投げ出された。
 色々あった。
 これを使えば大変なことが起こるだろうと簡単に予想できる凶悪なモノから、「これは何に使うんだ?」と首を傾げたくなるモノまで。
 まあ、とにかく。
 これで「王様」引いた時の楽しみの幅が、私達側にも増えたのだ。歓迎するべきだろう。
 みんな興味津々に広げられたアイテム類を観察する中、私は割り込んで邪魔してしまった志摩子さんに「どうぞ」と続きをうながした。

「――3番の人は」

 志摩子さんは、笑顔で言った。

「ホームラン」

 …………

「「……え?」」

 意味がわからなかった。
 全然意味がわからなかった。
 3番がホームランって……どういうこと?
 だが、さすがというかなんというか、お姉さまの聖さまには通じていた。

「ふっ、なるほどね。つまり――」

 テーブルに投げ出されたモノに手を伸ばし、ひょいと放り投げた。
 ちょうど野球の軟球のような柄が入っている、白いゴムボールである。
 全員が釣られるようにボールの行方を視線で追い、それを聖さまがパシッと片手でキャッチ。

「ホームランを打て、ってことね?」

 あ、ああ……なるほど! そういうことか! やっとわかった!
 私同様クエスチョンマークを飛ばしまくっていた面々は納得し、「3番って誰?」とか「私、この格好のまま表に出るんですか……?」などと言いながら、全員ぞろぞろと薔薇の館を出ていく。
 後の方からついていく私の背後で、

「……志摩子さん、違う意味で言ったよね?」
「……ええ。今日の夕飯で『今日はハンバーグだよ』『やったあ。明日はホームランだね』という親子のやり取りをする、という意味だったのだけれど……」

 そんな乃梨子ちゃんと志摩子さんの会話が聞こえたのだが、わざわざ「命令」を変更したところで面白くなりそうにないので、聞こえなかったことにした。
 というか晩ご飯がハンバーグじゃなかったらどうするんだ。

 ――余談だが、これが「藤堂志摩子の奇跡」の始まりだったことを、私達は後に知ることになる。

 3番を引いたのは祐巳さんだった。
 瞳子ちゃんが一階の部屋からホウキを持ってきて、バット代わりに持たされた。

「弟が野球をやっていたので、キャッチボールくらいならできるんですけれど」

 でもバッティングは未経験らしい。

「ちょっと自信ないです……」
「大丈夫。任せて」

 同じく経験はないがスポーツ観戦で培った見覚えの知識はある私が、バッティングのレクチャーをすることにした。

「もっとコンパクトに! 腰を入れて! バットは水平の軌道を意識して振る! 上体泳いでるよ!」

 よろよろしていた足腰が落ち着き、へろへろだったスイングがなんとか様になってきた。あまり鋭くはないがヒュンヒュンと風を切る音が出始める。

「ところで由乃さん」

  ヒュン ヒュン

「無駄話しない。集中」

  ヒュン ヒュン

「お姉さまとのポッキーゲーム、楽しかった?」

  ヒュン ヒュン

「……」

  ヒュン ヒュン

「……はいはい集中集中! こっち見ない! こっち向かない! ジリジリ寄ってこない! あぶない!」

 祐巳さんから微妙に敵意を感じている向こうで、ようやくピッチャーが決まったようだ。
 まあ、案の定、令ちゃんだったが。

「ところでホームランってどうするの?」
「あの辺の木まで飛べばOK、ってことでいいんじゃない?」

 妥協案を論じる江利子さまと蓉子さまに、志摩子さんは「それでいいです」と言ったので、そのように決まった。あのくらいの距離なら素人の女の子でも、まぐれ当たりでなんとかなるだろう。ゴムボールだし。
 私はそのままキャッチャーをやることになり、残りの面々は球拾いのために散っていく。

「ヘイヘイ! 祐巳ちゃん行けー! ピッチャーびびってるよー!」
「令! 三振取りなさい!」

 聖さまのチャラい野次や、江利子さまの主旨を忘れた応援が飛んだりしつつ、プレイボール!
 本物のピッチャー並に本格的なフォームの令ちゃんは、ダイナミックな上投げで山なりスローボールを放った。さすがスポーツ万能、コントロールもかなりいい。
 一球目、空振り。
 二球目も空振り。
 三球目でようやくぼてぼてのゴロを転がし。
 惜しいのもライナーもフライもそこそこ出て、十一球目にしてようやくホームランが出た。それも場外級の大当たりで、綺麗なアーチを描いて白球は彼方へと飛んでいく。
 まるで、白球が私達の想いに応えてくれたかのように。
 わっと湧く私達は、まるで甲子園出場が決まった高校球児のように抱き合い、喜びを分かち合った。そこには祐巳さんの微妙な敵意もなくなっていた。先代も令ちゃんも祥子さまも一年生達も駆け寄ってきた。
 なんだろう。
 ほんの5分ほどの出来事だったのに、妙に感動してしまった。
 やはりスポーツはいい。
 仲間と何かを成し遂げるのもいい。
 そして成し遂げるという行為そのものも尊いことである。月代ヅラとカナリア祥子さまにまた吹き出しそうにはなったけれど。
 いや、本当に意外な感動を呼んだ「命令」だった。「王様ゲーム」なんて基本罰ゲームだらけだと思っていたのに、こんな結末を迎えることもあるのか。
 祐巳さんの努力とがんばりに祝辞を述べつつ、私達は後味も良く、笑い合いながら薔薇の館へ戻る。

 ――ボール拾いに走っていった蓉子さまだけをほったらかしにして。




 6回目

「「王様だーれだ!?」」

 ボールを拾って振り返ったら誰もいないんだもの何なのよ薄情ね、と少々ご立腹の蓉子さまをなだめつつ、6回目の「王様」が決定する。

「はいはーい。本日二回目ー」

 聖さまだった。くそー「王様」引きたいなー。

「どうしよっかなー」

 ポキポキと指を鳴らしながら、聖さまはニヤリと笑う。

「7番、今後発言の語尾に『のだ』か『なのだ』を付けること」

 な、なのだ?
 ――7番を引いたのは乃梨子ちゃんだった。

「これ、何か意味があるんですか?なのだ」

 いつものクールな表情で、乃梨子ちゃんは「なのだ」を付けて言った。
 ……思ったよりつまんないな。
 拍子抜けする私だが、聖さまは満足げだった。

「今は意味なんてないかもね。でもこれから少しずつ面白くなってくるから、安心していいよ」
「はあ、そうですかなのだ」

 地味に「命令」は遂行された。




 7回目

「「王様だーれだ!?」」

 それは、ちょろいもんよ、みたいな油断が招いたのだ。

「私なのだ」
「ぶはっ」

 いきなり予想外のボディブローが決まり、私は吹き出した。今日だけで何度目だろう? もう数えるのもめんどくさい。
 油断していた。
 いきなりのバカ○ンのパパを彷彿とさせる言葉遣いにやられてしまった。
 そう、今度の「王様」は乃梨子ちゃんである。

「……」

 噴いた私など眼中にないらしく、乃梨子ちゃんは「私なのだ」と言ったところでポーズを掛けたように止まってしまった。きっと何を「命令」するか考えているのだろう。
 もし「王様への奉仕」的な要素が許可されていたら、乃梨子ちゃんの迷いの半分以上は解消できていただろう。
 だって乃梨子ちゃんの望みなんて志摩子さん以外ありえないし。

「……よし」

 決まったらしい。乃梨子ちゃんはテーブルにあるアイテム――赤マジックに手を伸ばした。

「2番のほっぺたに、なるとマークなのだ」

 な、なんだと…!?
 自分がバ○ボンのパパみたいなくせに、誰かに○カボンのメイクを施すと言うのか!? なんという剛の者だ!
 戦慄に打ち震える私の前で、しかし剛の者はいつものクールな表情を一切崩さない。

「2番は誰なのだ?」

 しかも早くもバカボ○のパパ口調が似合い始めている! というかなんだあそこの白薔薇ゾーン! 姉はヅラで妹はバカ○ンのパパになっているじゃないか!
 そして、肝心の2番は――

「……」

 蓉子さまが小さく挙手し、溜息をついた。
 ……なんと恐れ多い構図だろう。
 一年生が卒業生、それも元紅薔薇さまの麗しきお顔にマジックを宛がうとは……しかもそれでも表情を変えない乃梨子ちゃんがすごい。しゃべればバカボ○のパパのくせに、心は猛きもののふである。

「あはははははは!」
「似合う! 似合うよ蓉子! サイコー!!」

 まあ、私達はさすがに表立って笑えませんけれど。でも確かに、蓉子さまの両頬のグルグルなるとマークは、結構似合っていた。
 手鏡で惨状を確認した蓉子さまは、ガクッと肩を落とした。
 そりゃがっかりもするだろう。
 紅薔薇さまにまでなって下級生どころか同級生にさえ憧れの眼差しを向けられていたあの水野蓉子さまが、今はバカ○ンだもの。
 ――だがしかし、顔を上げた蓉子さまの表情は、負け犬のそれではなかった。

「フッ……OK、いいでしょう。私これから本気を出すから」

 バカボ○の本気宣言が出るも、ギャグにしか思えなかった。




 8回目

「「王様だーれだ!?」」

 いよいよ混沌と化してきたここ薔薇の館で、8回目の「王様」が決まる。

「あ、私だ」

 令ちゃんだった。そういえば令ちゃん、これまで「王様」にも標的にもなっていなかったっけ。

「そうだなぁ……」

 ノープランだったらしく、テーブルのアイテムを眺める。

「……あ、これにしよう」

 ほう。
 令ちゃんにしてはなかなかのチョイスである。あれがあれば誰もが話題の中心、パーティーの主役になれてしまうスグレモノだ。
 ズバリ、鼻メガネである。しかもヒゲ付き。

「えーと、4番はこれ掛けてください」

 ほう。
 いったい今日の主役は誰だ? ちなみに私は4番じゃないし、当たらなくて良かったとも思っているけれど。
 そして、一人の少女が手を上げる。

「4番は私です」




 9回目

「「王様だーれだ!?」」

 志摩子さんが大変なことになってしまった。
 ハ……いや月代……ああもうめんどくさい。ハゲヅラでいいや。ハゲヅラで、しかも鼻メガネ(ヒゲ付き)まで装着してしまい、もはや原型がなくなるという事故が現在進行形で起こっている。
 本人がまんざらでもなさそうなところが不思議だが、今日の志摩子さんは着実に笑いの神に愛されつつあった。妹もバカボ○のパパだし。
 まあ、そんなこんなで、9回目である。

「はい、私ね」

 今度の「王様」は、1回目の「ヤラセ」から数えて2回目の江利子さまだった。そろそろ引きたいんだけどなぁ……

「誰か目を付けると思っていたけれど、案外人気なかったわね」

 と、本人持ち込みの、まだ開封されていない何かを取り上げる。ビニールの中に藍色の布のようなものがたたまれている。

「1番と6番、どっちかはこれ着けて本気でチャンバラやって」

 なに、チャンバラだと!?
 思わず色めき立つ私だが、無念。引いたエンピツは「7」である。
 バリバリと包装を解く江利子さまに、瞳子ちゃんと祥子さまがそれぞれ名乗りを上げた。あの二人がチャンバラやるのか。ちょっと羨ましい。

「じゃーん」

 非常に軽いノリで、江利子さまはそれを広げて見せた。
 そして私達は空いた口が塞がらなくなった。

「「……えー……」」

 あのデコめ、とんでもない凶器を持ち出してきたよ。
 それは、いわゆる、帽子的なものである。
 ただしある意味では、志摩子さんのハゲヅラよりアレなものである。
 きっと外国の人に見せたら、こう言うだろう。

「oh japanese Ninja cap.Hahaha」と。

 つまり忍者頭巾である。
 藍色の忍者頭巾である。
 巻くタイプではなく、カツラとか帽子みたいにかぶるタイプの忍者頭巾である。
 というかそんなの売ってるんだ。どこで買ったんだそんなの。

「で……それを着けてチャンバラをやるの?」

 バカボ○蓉子さまが普通に(だけど傍目にはかなりまぬけっぽく)問うと、江利子さまは「ええそうよバカ○ン」と大きく頷き、蓉子さまにすっごい目で睨まれた。
 もちろん、全然気にしない。

「それも本気でやってもらうわ。外に出て場所を広く使って、もうこれ以上ないってくらいにかっこつけてやってもらう。それ以外は完全NG。手を抜いたり恥ずかしがったりしたらボツよ。私が納得できるまで何度でもやり直してもらうからね」

 ああダメだ。瞳が輝いている。
 こういう時の江利子さまは、本気でそうするだろう。しつこくしつこくリテイクを求める様が目に浮かぶようだ。
 まあ、それはそれとして。

「瞳子ちゃん。じゃんけんしましょう。負けた方がかぶる」
「はい」

 頭巾は一つ。どっちが頭巾をかぶるのかが最大の焦点となるが、私にはわかる。
 祥子さまはむしろかぶりたいはずだ。
 だって外でチャンバラをやるだなんて、そんな恥ずかしいことはしたくない上に、今祥子さまはカナリア衣装なのだ。卒業間近の土曜日とは言え、残っている生徒もいる。いくらもうすぐいなくなるんだとしても、決して誰にも見られたくはないだろう。さっきの「ホームラン」の時も表に出るのを何気に嫌がっていたのだから。
 だから、むしろかぶってごまかしたいんだと思う。若干ではあるが顔を隠せるし。
 だがしかし、勝負は無常だ。

「まあ、私はどっちでもいいんですけどね。かぶり物は劇でもよくやりますし」

 そんな感動も反応も薄い勝者・瞳子ちゃんの後ろで、敗者・祥子さまがガクーンと落ち込んでいた。残念でしたね。
 しかもだ。

「これでよし、と」
「「いや出てる」」

 そんなツッコミが私ほか数名から入るくらい、瞳子ちゃんの着こなしは全然よくなかった。「よし」って何がだ、と問い詰めたい。
 だって出てる。左右から。ドリルが。
 祥子さまがかぶれば強引にではあるが正体を隠せるのに、瞳子ちゃんの場合ではそのはみ出た髪のせいで誰が中身なのか丸わかりである。というかドリルこそが瞳子ちゃん本体だと考えれば、全然隠れられていないことになる。
 あれほど忍者頭巾を無駄にする髪型は珍しい。口元を隠す覆面をしても無駄すぎる。
 というか、変だ。率直に変だ。
 まあ忍者頭巾を持ち出してきた時点ですでにおかしいが。

「偶然ってあるよね」

 聖さまの持ち込みに、プラスチック製のオモチャの刀と、西洋剣があった。そう、私もずっと気になっていたアイテムだ。
 何せ刀は「村正」である。あの有名な妖刀なのである。……いや、だってそう銘が入ってるんだもん。しょうがないじゃない。
 それに、西洋剣の方は「伝説の勇者ソード」である。あの伝説の剣が目の前にあるなんて。あれさえあれば魔王にだって勝ててしまうはずだ。プラスチック製だけど。
 そんな世界に誇る名刀同士が、このリリアンで衝突しようとしている。
 こりゃー楽しみだわー。
 ……はったりにも程ってものがあるだろうに。

 私達は再び薔薇の館を出ると、村正を持つ瞳子ちゃんと、勇者ソードを手にしている祥子さまは向かい合った。

「私に任せていただけますか?」
「そうね。お願い」

 忍者瞳子ちゃんは早くこの茶番を済ませたいらしく、積極的に出る。そしてカナリア勇者の祥子さまも気持ちは同じである。

「七手、作りましょう」

 どうやら簡単な殺陣の打ち合わせをしてからやるらしい。江利子さまからクレームが入らないので、これは容認のようだ。
 三分ほど時間を取り、瞳子ちゃんは「行きます」と江利子さまに合図した。
 二人は、構える。
 途端、プラスチック製の刀剣なのに、真剣勝負の空気がピンと張り詰めた。――さすが期待の演劇部部員、たとえ即興でも完成度が高い。

「はっ!」
「たっ!」

 おっ。
 ぽこんぽこんと気の抜ける音を発てて二回ほど打ち合い、つばぜり合いし、ひょいと離れて足元を狙う勇者ソードを、忍者のように身軽に飛んでかわす瞳子ちゃん。
 そして、睨み合う。
 二人は隙を伺いながら、じりじりと摺り足で距離を詰める。
 意外や意外、結構早かった。それにお互い剣の振り方が堂に入っている。……下手すりゃ剣道部の私より強いんじゃなかろうか。いや、さすがにそれはないな。うん。ないない。
 最後の打ち合いをこなし、祥子さまは大きく振りかぶり、袈裟斬りに剣を振り下ろした。

「やっ!」

 対する瞳子ちゃんは、すくい上げるような一撃で勇者ソードを大きく弾き飛ばし、

「せいやぁー!」

 通る声を発して、返す刃が祥子さまのがら空きになった胴を払い抜けた。
 決まった。
 誰の目から見ても、祥子さまは斬られた。それも致命傷レベルで斬られた。
 そして、更に瞳子ちゃんは動いた。

「食らえ我が奥義……みちゅるぎ螺旋斬り!!」

  すぱーん

 音高らかに、瞳子ちゃんが放った必殺奥義が、祥子さまにトドメを刺した。
 瞳子ちゃんは、本当に本気でやりきった。
 その姿は誰よりも輝いている。

「「…………」」

 瞳子ちゃんはくるくると器用に刀を回し、無駄にかっこよく腰に戻した。

「「…………」」

 そして沈黙に耐えかねたのか、両手に顔を伏せた。
 ――やっぱり本当に本気で力いっぱい噛んでいたようだ。

 すごーく大事なところでしくじってしまった後輩を、私達は温かく慰めることしかできなかった。




 10回目

「「王様だーれだ!?」」

 「覆面が邪魔だったから失敗したんです! 別に気になんてしてませんからね、よくあることだし!」と、必死で言い訳をする瞳子ちゃんを温かく見守りつつ、二桁目に突入した「王様」を選出する。
 そろそろ引きたいんだけど、……今回もダメか。

「あ、また私です」

 原型の残っていない志摩子さんが手を上げた。ハゲヅラに鼻メガネ(ヒゲ付き)である。何度見ても面白い。悪ノリした小学生みたいな格好の中身が実は志摩子さん、という点でも非常に面白い。
 それにしても「王様」引けないなぁ……運が悪い。
 考える志摩子さんを他所に、聖さまが私と祐巳さんを交互に見る。

「今のところ、祐巳ちゃんと由乃ちゃんが引いてないんだっけ?」

 聖さまの問いに、私と祐巳さんはうなずく。「私もです」とカナリア祥子さま。

「そうか、祥子もか。この人数だし、さすがにばらつくね」

 うーん、確かに。
 先代三人に、令ちゃん祥子さま志摩子さんの現役薔薇さまに、私と祐巳さんと乃梨子ちゃんのつぼみ組、そして瞳子ちゃん。改めて数えてみれば十人もいるのか。
 十分の一。そりゃ偏りもするだろう。
 一度くらいは引きたいものだが、さてどうなるやら。

「えっと、5番と、9番は」

 うお……
 9番を引いた私が何かさせられるようだ。

「マシュマロを食べてください」
「「……え……」」

 意味がわからなかった。
 全然意味がわからなかった。
 マシュマロを食べるだけでいいの? 本当に?
 しかし、さすがというかなんというか、お姉さまの聖さまには通じていた。

「ふっ、なるほどね。つまり――」

 聖さまは、テーブルに投げ出されたマシュマロに手を伸ばし、ばりっと開封した。

「5番か9番のどちらかが放り投げたマシュマロを、口でキャッチしろってことね」

 なるほど! そういうことか! やっとわかった!
 私同様クエスチョンマークを飛ばしまくっていた面々は納得し、「ここだと狭いから、また出ましょうか」とか「5番と9番って誰?」とか「食べ物で遊ぶのはあまり感心しませんが……」などと言いながら、全員ぞろぞろと薔薇の館を出ていく。
 後の方からついていく私の背後で、

「……志摩子さん、違う意味で言ったよね?なのだ」
「……ええ。思いつかなかったから、本当に普通に食べるだけ、という意味だったのだけれど……」

 そんな乃梨子ちゃんと志摩子さんの会話が聞こえたのだが、わざわざ「命令」を変更したところで面白くなりそうにないので、聞こえなかったことにした。
 だってこの「命令」は別に、つらくもきつくもないから。逆に口出しして難易度が高くなる方が嫌だ。
 だがこの「命令」は、地味にきついものとなる。
 表に出て、「9番は私です」と名乗りを上げると。

「あ、私5番」

 祐巳さんがひょこひょこ輪の中から出てきた。
 ……えー? 相方祐巳さんかよ……

「なんで嫌そうな顔するの?」

 不満が顔に出てしまったせいで、祐巳さんも不満げな顔になった。

「だってコントロールが心配で」
「由乃さんだって自信ないくせに」

 まあ、そうですけれども! 私の場合、運動歴一年ちょい、って感じだからね! 自信なんてあろうものか!
 簡単な「命令」だと油断しまくっていた私達の横で、江利子さまと聖さまと○カボンさまが詳細を話し合っていた。

「今日は無風だから、多少距離があっても大丈夫そうね」
「うん。もぐもぐ」
「食べないの。――で、さっきちょっと話に出たけれど、食べ物で遊ぶのも粗末に扱うのも抵抗があるわ」
「ちょっと落としたくらいなら洗えばいいじゃない。命令は『マシュマロを食べる』だから、ミスって落としたやつも責任持って食べること。……甘い」
「だから食べないの」
「それでいいんじゃない? それくらいのペナルティがあった方が必死にもなれるでしょう」

 妥協案を論じる先代二人とバカボ○さまに、志摩子さんは「賛成です」と言ったので、そのように決まった。
 ……なんてこった。どうやらミスった分も食べることになるようだ。下手をすれば一袋分も祐巳さんと分け合って処分することになるのかもしれない。嫌いじゃないからまだいいけれど、さすがに一袋は多い。
 まあとにかく決まってしまったので、私達はやるしかない。こうなればできるだけミスをせずにこなすだけだ。
 とはいえ、経験ないからちょっと不安である。

「とにかくやってみようか」

 聖さまからマシュマロの袋を受け取り、祐巳さんと向き合い3メートルほど離れてみる。

「ちょっと近くない?」

 ……江利子さまの余計な物言いがついたので、更に1メートルほど離れた。こうして見ると3メートルでも結構距離がある気がするんだけど、傍目に見るとそうでもないのかな?
 投げるモノは軽いし、祐巳さんの口は的としては小さい。コントロールに不安がある私には厳しい距離の気がするが……まあ思いっきり投げて当てても怪我はしないだろうから、その点だけは遠慮しなくて済むけれど。

「じゃ、行くよー」
「ばっちこーい」

 どうやらさっきの「ホームラン」の後遺症が残っているらしく、祐巳さんの合いの手は野球少年っぽかった。
 マシュマロを一つ手に取り、ひょいと投げてみる。

「うわっ」

 受けようとジャンプした祐巳さんの額に当たってはじかれた。

「早いわ由乃ちゃん。それに高い」
「山なりでいいんだよ、山なりで」
「よし一年、落ちたマシュマロを回収だ」

 外野の先代がちょっとうるさいものの、第一投で祐巳さんの顔に当たったという功績は大きかった。
 なんだいけるじゃないか、と私は思った。
 マシュマロは軽いし柔らかいが、今日は無風のおかげもあって案外まっすぐ飛んでくれる。空気抵抗もそんなにないみたいだし。
 一投一投ごとに少しずつマシュマロ投げのコツを掴み、それは祐巳さんも同様で私に合わせてくれて、第六投目で見事成功した。

「「おおー」」

 見学のみんなから拍手が上がった。

「意外と簡単だったわね」

 と、私は祐巳さんにマシュマロの袋を渡す。今度は私が食べる方だ。

「そうだね。同じように投げるから」
「わかった」

 簡単な言葉を交わし、定位置に戻る。祐巳さんの付き人みたいになっていた乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんが、今度は私に付いた。ミスしてこぼしたマシュマロを拾うために。
 ――だが、楽勝ムードはあっと言う間になくなった。

「ご、ごめん」

 祐巳さんの肩が不安定で、どうしても一定に飛ばないのだ。

「……いや、私のせいもあるかも」

 たぶん私は、山なりに飛んでくるマシュマロの落下地点に、素早く入れていないのだ。祐巳さんのマシュマロの落下地点が不安定ということもあるが、私は落下の軌道がちゃんと読めていないのだろう。
 参った。
 もう十投以上も失敗していて、顔に当たったのは三つ四つである。これはそのまま成功率に繋がっていると思う。
 動きが止まる私と祐巳さんは、きっと同じことを考えている。
 このままじゃ成功するとは思えない、と。

「いっそ直線で挑戦してみたらどうなのだ?」
「え?」

 無責任な先代や令ちゃんのアドバイスはすでに聞き流しているが、初めて意見した近くの乃梨子ちゃんの言葉は、すっと耳に入ってきた。

「直線?」
「そうなのだ。放物線だからやりづらいのかもしれないのだ。祐巳さま、キャッチボールはやったことがあるって言ってましたし、その軌道に合わせたら案外ちゃんと投げられるかもしれないのだ」
「なるほど」

 どうせこのままじゃ成功しそうにないし、試してみてもいいだろう。

「乃梨子ちゃん、口調が変だけどありがとう」

 淡々と「口調が変なのは知ってるのだ」と応えた乃梨子ちゃんは、またマシュマロ拾いとして少し離れた。
 私は祐巳さんに、今の乃梨子ちゃんの言葉を伝え、方針変更を指示した。

「わかった。ちょっと早いと思うけど」

 確かに、飛んできたマシュマロはちょっと早かったが。
 でも、顔には当たった。
 これはいけそうだ――そう思った二投目で、あっけなく成功してしまった。ちょっと喉に直撃してむせたけれど。

「やったね!」

 外野の賛辞や拍手の中、完封したピッチャーのような笑顔で歩み寄ってくる祐巳さんに、私は「待った」と手を出した。

「祐巳さん。もうちょっと投げてみて」
「へ?」
「私、これ、ちょっと得意かも」

 ――高速飛来のマシュマロを口キャッチする。そんな私の持ち芸が一つ増えた。
 みんな面白がってマシュマロを投げてくるという悪ノリと、律儀にそれに付き合う私の悪ノリのおかげで、マシュマロはなくなった。
 ミスったのは全部祐巳さんが洗って食べて、「命令」は完遂された。




 11回目

「「王様だーれだ!?」」

 マシュマロの食べすぎで胸焼けしそうな私を置いて、次の「王様」が決まる。

「あ、私です」

 令ちゃん二度目である。なんだよもー。引きたいよー。そろそろ引かせてよー。

「じゃあ、これを」

 やけにすんなりと、令ちゃんはテーブルから何かを取り上げた。
 ――ゾンビの両手、である。
 まあ、ちゃちいゴム製の手袋、というのが率直な見た目の感想だ。血とか全然リアルじゃないし。

「8番はこれを着用して、ゾンビになって誰かに襲い掛かってください」

 ふーん。まあ令ちゃんにしてはまあまあな「命令」ね。相手によっては面白くなるんじゃない?

「8番です」

 ……お、おいおい……

「また志摩子なの?」

 聖さまの声は、呆れていた。
 そりゃそうだろう。
 これで、ハゲヅラ+鼻メガネ(ヒゲ付き)+ゾンビの手、である。
 いったい志摩子さんはどこまで面白くなるんだ。

「それで、襲うとはどうすればいいんですか?」

 志摩子さんはやはりちょっと嬉しそうにいそいそとゾンビの手を装着しつつ聞くが、令ちゃんはその辺はノープランだったらしい。
 先代三人と祥子さまと令ちゃんで話し合った結果、志摩子さんが私達の背後を歩き回り、誰かを選んで襲い掛かる、というわかりやすい構図となった。

「ネタバレしちゃっているけれど、できる限り怖がらせるつもりでやってね」

 そんなバ○ボンさまの言葉に「はい」と答えて、志摩子さんは私達の背後を回り始めた。
 正直全然怖くはないけれど、あの志摩子さんが誰かに襲い掛かるなどという、普段では絶対にありえない姿を見るのは楽しみだった。
 そして、志摩子さんは、

「えいっ」

 飛びついた。
 襲われたのは、未だ忍者キャップをかぶった瞳子ちゃんだった。足音で気付いていたらしく瞳子ちゃんは無反応だったが。

「がおー。血を吸っちゃうよー」

 背後から抱きつくような形で、志摩子さんは瞳子ちゃんを脅した。それでも瞳子ちゃんは無反応だったが。
 というか、志摩子さんはゾンビを吸血鬼辺りと勘違いしているような気がしたが、もはや誰も何も言わなかった。キャラが変なのも触れなかった。
 だって志摩子さんができるのはそのくらいだろうと、予想がついていたから。




 12回目

「「王様だーれだ!?」」

 「来い、来い、赤印来い」と強く念じながら、エンピツを引く。
 ……ああもうっ、またスカだよ! どうなってるんだこれ!

「ふっ……ふふふふふっ」

 怒りに震える私の耳に、何者かの不敵な笑い声が届く。

「――来たわ! 私の時代が来たわ!」

 祥子さまは立ち上がって赤印のエンピツを掲げ、勝ち誇った表情で高笑いだ。よっぽど嬉しかったんだなぁ。まあ、気持ちはすごくよくわかりますが。
 これで「王様」を引いていないのは、私と祐巳さんだけか。罰ゲームの方ではそこそこ当たってる気はするんだけど。

「7番!」

 おーおー張り切ってる張り切ってる。迷いのないその「命令」は。

「私と衣装チェンジよ!」

 …………えー。
 まさか、今頃になって、二桁に突入して、こんな基本的なミスが起こるだなんて思わなかった。

「祥子、ルール聞いてないの?」

 江利子さまがじとっととした目で、勝ち誇り祥子さまに言う。

「王様への奉仕はタブーよ」
「これは奉仕ではなく、命令です」
「……ああ、言葉を正確に捉えてるわけね。じゃあ正確に言うけれど、王様は自分に関わる命令は出せないのよ」
「そんなの聞いてません」
「だったら謝る。ここまでの流れで誰もそれをしなかったから、全員わかっていると思っていたのよ。少なくとも祥子以外はわかっているみたいだし。これまでその手の命令もなかったでしょう?」

 確かに、私は自然とそう思っていた。だから祥子さまの衣装チェンジが実現するなら、王様が王様以外の二人を選んで交換させるしかない、はず。

「そ、そんな……これだけを頼りに耐えてきたのにっ……!」
「いいじゃない。似合っているわよ、それ」
「嬉しくないです!」

 祥子さまは相当がっかりしたらしく、溜息つきつき椅子に座り直した。公衆の面前でそれを着ていた令ちゃんは微妙な顔をしていた。

「はぁ……じゃあ4番は1番に、紅茶を淹れ直すよう命令して」

 うわ、投げやりな命令。せっかく「王様」引いたのにもったいない……

「1番だけど、4番は?」

 聖さまが挙手し、4番も挙手した。

「私なのだ」

 乃梨子ちゃんだった。

「ほう。するとアレか。私は孫の命令で紅茶を淹れ直すと。そういうことか」

 言葉にすると簡単だが、乃梨子ちゃんにとっては三つ年上の、しかも志摩子さんのお姉さまに命令をしなければいけないわけだ。
 これはさすがの乃梨子ちゃんもやりづらいはず――

「そこのチャラい人。王様がお待ちなのだ。早く紅茶を淹れなおすのだ」

 躊躇ナシ! 一切躊躇ナシ! すごいぞ乃梨子ちゃん! 冷静に考えるとバカみたいな口調に少しだけ威厳が伴っていたのもすごいぞ!


 聖さまが紅茶を淹れなおす。
 ぽっかり空いたその時間に、話は核心に触れた。

「そろそろ話しておこうと思うのだけれど」

 バカボ○さまは、穏やかな表情だった。

「――発端は、私達が三人とも合コンに行ったことから始まったのよ」
「え!? お、お姉さま!?」

 在校組は全員驚いたし、落ち込んでいた祥子さまもこれには驚いた。
 合コン。
 つまり、男となんやかんやでイチャイチャか。実態を知らないからこれで正しいかどうかはわからないが。
 私は事前に聞いていたが……まあ……改めて聞いても、多少はショックかな。
 あの麗しの先代が、軽薄としか思えない合コンに参加するとか、寝耳に水以外の何者でもない。聞いてショックじゃないリリアン生の方が珍しいだろう。
 私は、江利子さまのイエローローズ事件とその顛末の時も結構ショックだったし、うまくは言えないが、こう、男女交際的な話題にはなんか一歩引いてしまう。興味がないわけではないんだけれど。
 でも、そうだよなぁ。
 女子大生ともなると、そりゃもう合コンとかしまくってそうな印象あるもんなぁ。大人だもんなぁ。

「合コンなんてチャラチャラした印象があるものね。私もそう思っていた。でも大学生ともなると、色々と付き合いもあってね」

 大学で新しくできた友達や知り合いに、人数あわせで頼まれたりする。彼氏が欲しいって友達のサポートに出席を余儀なくされたりもする。そんなこんなで何回か合コンに参加したそうだ。彼氏(のようなもの)がいる江利子さまでさえ、断りきれず参加したことがあるんだとか。
 特に蓉子さまは、なんというか、仕切りが上手いので、一度参加したら幹事的なポジションで当てにされるようになったらしい。ありえる話である。

「聖さまも参加したんですか?」

 そんな祐巳さんの問いに、聖さまはこう証言した。

「一度だけね。男連中が想像以上にがっついてたから速攻でお開きにしてやったけど」

 たぶん好みの女の子が参加していたんだろう。

「そんな私達だけど、断固として参加しなかったパーティゲームがあった。それが」

 王様ゲーム、ってわけか。

「一度、どんなものなのかやってみたかったのよ。話だけ聞けば面白そうだったし興味はあったけれど、さすがに踏み切れなくてね。
 それに、この経験はあなた達の糧にもなるはずよ」

 私達も、断りきれずに合コンに参加する日が来るのかもしれない。そして「王様ゲーム」に直面する時が来るのかもしれない。
 あの先代が参加しているくらいだから、何があってもおかしくないだろう。
 そう納得したから、私も協力したのだ。合コンに参加することなんて今は想像もできないが、経験しておいて損はないと思った。
 何より、蓉子さまは祥子さまに経験させたかったんだと思う。これから大学生になる妹に、遠回しな教育という意味も多分に含んでいるはずだ。

「私は断言する。私は合コンでの王様ゲームは参加しない」

 蓉子さまは○カボン丸出しで言い切った。

「んー。私もパスになるかなー」

 江利子さまはつまらなそうに言った。というか花寺の先生はどうした。合コンNGじゃないの?

「私は状況次第かな。ま、そもそも合コン行く気ないけど」

 聖さまは紅茶を淹れながら言った。きっと好みの女の子が参加するような状況なら考えるのだろう。

「思ったより楽しいけれど、会ったばかりの人とやりたいとはまったく思えないわね」

 そんな蓉子さまの一言に、全てが集束された気がした。
 そりゃそうだろうと思う。
 男も女も関係なく、私はこの場のメンツ以外とは、たとえ同性でもポッキーゲームはできそうにないし、したいとも思わないから




 13回目

「「王様だーれだ!?」」

 この「王様ゲーム」を企画した理由を聞き、聖さまに紅茶を淹れ直してもらうという貴重かつ恐縮な一抹を経て、次のゲームが始まる。

「や、やった!」

 お、祐巳さん引いたか!
 ……これで私だけが引いてないってことになっちゃったよ。

「えーっと、2番は、5番の」

 「2」と「5」……よし、私は外れたな。

「――好みの髪型に変更する!」

 へえ。髪型を変えるのか。

「5番です」

 と、手を上げたのは忍者瞳子ちゃん。
 そして2番は、

「……ごめん」

 令ちゃんだった。

「つまんない」
「つまらない」
「つまらないわね」
「つまらん」
「つまらないのだ」

 私、先代三人、そしてついつい声に出ちゃったらしき乃梨子ちゃん。本人も言われた理由はわかっているらしく、だから先に「ごめん」なのだろう。
 あのショートカットはいじり甲斐がないもんね。もう立てるか分けるかくらいしかできないだろう。

「志摩子さま、ゴム持ってますか?」

 体育の時などでまとめるため、志摩子さんは輪ゴムを持っている。瞳子ちゃんは変わり果てた志摩子さんからピンクのゴムを借りると、令ちゃんの前に移動した。

「よし」

 前髪だけをピンクのゴムでまとめるという、俗に言う洗顔スタイルで完了。

「お、いいおでこ」

 聖さまが漏らした感想にちょっぴり嬉しそうな顔をする令ちゃんだが、別に褒められてはいないと思う。
 そして祐巳さんが微妙に不満そうなのは、ずっと考えていた「命令」がかなり呆気なく果たされたからだろう。
 同情に値する結果だと思う。令ちゃんが悪い。




 14回目

「「王様だーれだ!?」」

 「そろそろ来てもいいだろう、私だけだよ引けてないの」と心の中で愚痴りながらエンピツを引く。
 当然のようにはずれだった。
 もうっ。
 もうっ!
 どうして引けないのよ! ばか!

「私です」

 今度の「王様」は志摩子さんだった。3回目だっけ? ツイてますね。もうっ。

「どうしようかしら……」

 考え込む志摩子さん。そりゃ3回も「王様」やったらネタもつきちゃうんでしょうね。私はまだ1回も引いてないですけどね。もうっ。

「あ、そうだわ」

 何か思いついたらしい。

「最近、父が雰囲気モノマネというものをちょくちょくやるんですけれど」

 お、モノマネか。

「似てなくてもいいんですが、雰囲気だけでも似せて誰かのモノマネをしてください。この中の三人が『雰囲気は伝わる』と判断すればクリアです」

 おお、今までのふわっとした「命令」が嘘のような、明確な「命令」じゃないか。

「――5番と6番、お願いします」

 おぅ……当たっちゃったよ。5番。

「あ、6番です」

 なんと。相方はまた祐巳さんだったか。縁があるなぁ。
 そんなこんなで、私達は立ち上がって、ドア前の空いているスペースに移動した。これは別に外に出る必要はない。

「どっちが先にやる?」
「思いついた方からでいいんじゃない?」

 そうだね、と祐巳さんは頷いた。
 似てなくてもいい、雰囲気は似ているモノマネか……となると、特徴的なしゃべり方や声の男性芸能人をやった方が、面白いかもしれない。
 ……あ、そうだ。

「じゃ、やります」

 祐巳さんより先に思いついたので、私からやることにした。
 何度か咳払いして、喉の調子を整える。
 ……よし。

「『横暴ですわ! お姉さま方の意地悪!』」

 あっ、と全員が声を漏らした。

「『祐巳! この美しい私の妹になりなさい! この美しい私の傍にいられるだけでもありがたいと思いなさい! おーほっほっほっ。全ての存在はこの私の足元にひれ伏すのがお似合いなのよ! 運命なのよ!』」

 大爆笑をさらって、私の雰囲気モノマネは終了した。本物とはあまり似てないが、雰囲気は伝わったと思う。
 そして私はステージを降りると同時に、真顔の祥子さまに思いっきり頭を下げた。

「……面白かったから許すわ」

 と、祥子さまは苦笑した。良かった……後半だいぶ調子に乗ったから、怒られる覚悟はしてたのに。

「うーん」

 災難は祥子さまではなく、祐巳さんの方かもしれない。私のが受けてしまっただけに、妙にハードルが上がってしまった気がする。

「ないの?」

 眉間にしわを寄せて悩んでいる祐巳さんに、私はちょっと声を掛けてみた。予想外にも受けてしまってハードルを上げてしまったので、ちょっと責任を感じているのだ。
 テレビで観る有名人じゃなかった、という私のモノマネの選択肢開拓は、祐巳さんのマイナスにはならないと思うんだけど。
 身近な人でもいいのだ。

「あ、いや、あるにはあるんだけどね。弟と小林くんにすごく似てるって言われて」
「へえ」

 初耳である。祐巳さん、モノマネのネタあったんだ。

「ただ、みんな知ってるかどうかわからなくて」

 九人の内の三人が認めればクリアである。とりあえずやってみろ、と皆で説得し、しぶる祐巳を奮い立たせた。

「……じゃ、やります」

 ちょっとだけ不安げに、祐巳さんはそのモノマネをやった。

  カッ

 祐巳さんの瞳に稲光が走った……ような気がした。

「――『ツモ。嶺上開花』」

 …………え? りんしゃん…?

「似てる! すごい似てる!」

 誰もが首を傾げる中、聖さまだけ伝わったらしく、えらく興奮していた。
 なんだかよくわからないが、知っている聖さまが「似てる」と断言したので、それでクリアとなった。
 私はなんだかよくわからないが、なんだかずるい気がした。それは反則だろ、という気がした。




 15回目

「あ、始める前に」

 前「王様」である志摩子さんが両手でエンピツを握り、クジ引きの姿勢に入った時、蓉子さまが○カボンっぽい感じで割り込んだ。

「これを最後にしましょう。時間も良い頃だし」
「えっ!?」

 誰よりも反応したのは、私である。だって私まだ引いてないんですけど!
 でも、蓉子さまの意見はわかる。もう三時半を過ぎている。みんなそれぞれ予定もあるだろう。

「だから、最後は由乃ちゃんが王様やればいいじゃない」
「えっ」
「でもそういうのはルール違反だから、普通に王様を決めて、それで引けなかったらその時の王様が由乃ちゃんに命令権を渡せばいいんじゃない? もちろん、引いた人次第だけれど」

 つまり、皆の善意に期待しろと。
 ……まあ、じゃあ、期待しようかな。
 そんな意見に肯定も反対も入らず、私達は改めてクジを引いた。各自エンピツを一本握って、落ち着いて椅子に座りなおす。

「王様ゲーム!」

「「イエー!!」」

「王様の言うことは〜!?」

「「ぜったーーーーい!!」」

 お約束の掛け声をこなし、「王様だーれだ!?」の声に合わせて、自分の引いたクジを確認する。

「あ、私です」

 「王様」は忍者キャップ瞳子ちゃんだった。まーたはずれたよ! もうっ! 最後くらい来てもいいじゃない! もう!

「うーんどうしようかなー。誰がどの番号なのかわかればなー」

 瞳子ちゃんの目が、露骨に私を見ていた。どうやら譲ってくれる気らしい。

「まったく今日は散々だわ。さんざんよ、さんざん。さん、ざん、よ」

 全員噴いた。瞳子ちゃんの視線に負けないくらい露骨な私の発言に。

「3番に命令権を譲渡します」

 やった! かなり卑怯な気がするものの、とにかくやっと「命令」できるぞ!
 色々考えてはいたが、これが最後と決まった以上、私の中ではこれしかないと思っている。
 この「命令」を下すことこそ、きっと私に与えられた使命ったのだ。
 私は立ち上がり、しもべ達に向けて声高らかに「命令」を下した。

「――7番! 校舎内一周!」

 ここにいるメンツの、半分以上が衣装あるいはかぶりもので装飾している。蓉子さまなんてバカボ○メイクだ。
 ならばこその羞恥プレイである。
 令ちゃん、祐巳さん、(見た目だけなら)乃梨子ちゃん。この三人以外が「7」を引いていれば、面白いことになるはず。見た目にいじりのない江利子さまと聖さまも、卒業生にして前薔薇なだけにそれなりに面白そうだし。
 さあ、誰だ。
 7番は誰だ。
 カナリアの祥子さまか?
 バ○ボンの蓉子さまか?
 前薔薇・江利子さまもしくは聖さまか?
 それとも――

「はい、7番です」

 私は自分の引きの強さと、引きの弱さを、同時に味わっていた。
 挙手したのは、笑いを取るためだけに生まれ、笑いを取るためだけに成長したお笑いモンスター志摩子さんだった。
 ある意味で、もっとも当たって欲しくて、もっとも当たってはいけない人が、当たってしまった。

 惜しむらくは、志摩子さんは別に恥ずかしくもないらしく、いつもらしからぬ明るいテンションで、誰の止める声も聞かずに出て行き、「命令」を遂行しに行ったことだ。
 いそいそ行くなよ。それじゃ羞恥プレイじゃないじゃん。




 こうして薔薇の館 in 王様ゲームが終了した。

 そして、月曜日。

 忘れていたわけではないが、気にしないようにしていた報道コンビ・山口真美さんと武嶋蔦子さんが、「土曜日の放課後の異変」について私と祐巳さんに聞いてきた。当然というかなんというか、優秀な二人は見逃していなかった。言い逃れを許さないように証拠写真も数枚上がってきている。
 まあ、見逃すどころか、最終的には結構な数のリリアン生が薔薇の館を見ていたらしい。ちょいちょい表で「命令」をこなしたので、やはり見つかっていたようだ。
 私達は「かわら版に載せない・写真の公開をしない」という条件を付けて、土曜日にあったことを話す――この辺は、ゲーム終了後にみんなでちゃんと打ち合わせしたのだ。

「ところで、この人だけど」

 不思議そうな顔の蔦子さんは、ハゲヅラで鼻メガネ(ヒゲ付き)でゾンビの両手を持つ奇妙なモンスターが写った写真を差し出す。場所はどこかの廊下で、私の最後の命令で校舎を歩いた時のものだろう。
 何度見ても笑える。中身が志摩子さんだと思うと余計笑える。
 あの日、志摩子さんは、王様ゲームの主役だった。
 誰がなんと言おうと主役だったのだ。

「――これ、誰?」
「えっ」

 変貌に変貌を重ねた志摩子さんは、普段のギャップからも、誰も正体に気付いていなかった。
 あの蔦子さんの目にも別人に見えるらしい。
 というか、「志摩子さんだと思いたくない」という気持ちも、かなりあるのかもしれない。

 ――藤堂志摩子の奇跡である。

 そしてもう一つ、志摩子さんの奇跡があった。
 証言したのは祐巳さんだ。

「実は志摩子さん、3回王様やって、3回とも私に当ててるんだよね」

 1回目、ホームラン。
 2回目、マシュマロ。
 そして3回目、モノマネ。

「そういえば……すごいな志摩子さん」




 あの日の志摩子さんは神懸かっていた。

 紛れもなく、藤堂志摩子が奇跡を起こした日だった。











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