【352】 ファーストコンタクト  (水 2005-08-12 05:34:22)


作者:水『朝起きたらちびのりこ【No:335】』の続きです
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お昼休みを告げる鐘が鳴る。
それを聞きながら思いを巡らす。

今日は朝から慌ただしかった。 驚くべきニュースに急いで一年椿組に駆けつけて。
人波を掻き分け、乃梨子を見つけると同時に予鈴が鳴ってしまい、直接話せずじまい。
元気そうであったから、ホッとはした。
両隣で瞳子ちゃんと、あとなぜか祥子さまが守っていたのを思い、有難いような羨ましいような濁った気持ちが湧くが。
乃梨子の、あのちいさな乃梨子の愛らしい様子を思い出した瞬間にかき消され、愛しさに溢れた。

それからはとても忙しくて。
休み時間ごとに一年椿組に通いたかったのだけれど。
三奈子さまを説得したり、真美さんを説得したり、日出美さんを説得したり、蔦子さんに依頼をしたり。
残念な事に一度も逢えなかった。

でももうお昼休み。 急いで行きましょう。




「はい、おいしいでしゅ。」
祐巳さまの問い掛けに答える。
昼のチャイムが鳴るなり、瞳子に背負われて連れ込まれたここは薔薇の館。 なぜか存在するちびっこ用の椅子に座らされ。
そうこうするうちに二人のつぼみ達もやってきて。 お二方の間で弁当を食べている。 そんな状況。
手には先割れスプーン。 情けないが朝食の席で箸がうまく使えなかったのだ。
それを持ってタコさんウインナーやら林檎のうさぎさんやらの懐かしの食物を一所懸命に食べるのを、つぼみのお二方が世話を焼いてくれる。
「おくち、汚れちゃったねー。 ふきふきしようねー。」
「ほら、ちびのりこちゃん。 これは美味しいわよ、食べてみて。」
「は、はい」
なんだこれ。 恥ずかしいやら情けないやら。
ただ、お二方とも全くの善意でやっているようだし――あの由乃さまにすらニヤリ顔が見えない――ありがたくお世話を受けてる。
瞳子は祐巳さまの様子に拗ねてしまったようで、なんか自分の弁当をほじくってる。 ドリルでではないが。 と、目が合う。
「ちびのりこさん、手がお休みしてますわよ。 ちゃんと食べなくては大きくなれませんわ。」
「うるしゃい、とぉこ!」
ちびのりこちゃん、と祐巳さまが言い出したのを、皆が言ってくる。 定着しなけりゃいいが。
まあ紅薔薇のつぼみから瞳子に感染した段階で望みは薄いか。 諦めが肝心かも。
うるさくしていたせいか、誰も気づかぬうちに扉が開いた。
「ごきげんよう。」

紅白の薔薇さま。 祥子さまと志摩子さんだ。 皆が挨拶を返している。
「ごきげんよぅ、しゃちこしゃま、おねぇしゃま……」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。」
「ごきげんよう、乃梨子。」
お二人とも輝くような笑顔で見つめてくる。
志摩子さんとは今日ははじめて会うから。 嬉しさがこみあげて来て、笑顔になるのが止められない。
「わあっ、すっごく可愛い笑顔。 やっぱりちびのりこちゃんは志摩子さんが大好きなんだね!」
さらに真っ赤になるような事言わないでください、祐巳さま。

そんなやり取りの後、祥子さまが祐巳さまにお茶を所望され、空いた席にするりと座られた。 またか。
今日祥子さまは、休み時間の度に一年椿組に来られ、瞳子から私を取り上げ独り占めしていたのだ。
「乃梨子ちゃん、その椅子丁度良さそうね。 良かったわ。」
「これ、しゃちこしゃまが?」
「そうよ。 令に言って用意させたの。」
「あ、ありがとぅございましゅ……」
「ふーん。 令ちゃんどこで手に入れたんだろう。」

志摩子さんに会えた嬉しさも手伝ってか、こうやって楽しく過ごしていたんだけど、なにか違和感を感じて周りを見た。
暗い雰囲気。
祐巳さまは祥子さまが私ばかり構っているのにしょんぼりしている。
瞳子はもっと複雑そうな感じで、キョロキョロと目を動かしてる。
志摩子さんは、目が合うと微笑んでくれるけど…… 目の奥に寂しそうな光が見えるのは気のせいじゃないと思う。

居心地の悪さに椅子の上で座りなおした。




急いで行った乃梨子の教室で祥子さまとはちあわせ。
一緒に向かった薔薇の館でやっと逢えた乃梨子は元気そうで。
「ごきげんよぅ、しゃちこしゃま、おねぇしゃま……」
舌足らずな可愛らしい声を聞いて。
「ごきげんよう、乃梨子。」
体中から嬉しさが、微笑みが溢れた。
でも。

乃梨子の隣は座れず、正面に腰をおろして見ているうちに。
手が届かないのが寂しくなって。
乃梨子が揺れる眼差しを向けるのに対して微笑みを返す。 不安になんてさせたくないから。
気持ちを落ち着けたくて、あまり見ないようにして箸をすすめているうち、早々に食事を終えて。
逃げるような気持ちで流しに向かいお弁当箱を洗っていると、階下から音が聞こえた。 令さまがいらしたようだ。
気が紛れてくれるかも、という淡い期待をのせて扉に視線を向けた。

扉を開けた令さまは大きな手荷物を持っていらした。 目は虚ろでお疲れの様子で。
挨拶もそこそこに祥子さまに語りかけている。
「祥子、はいこれ、依頼の品。」
手渡されて祥子様がその大きな紙袋を覗き込む。
「令、もう一つのものは?」
「それは手芸部にも協力して貰ってるけど、祥子も確認に来てよ。 後で文句言われたくない。」
「ふう、しょうがないわね。 分かったわ。」
「時間ないから急いで。」
「あ、志摩子、これ乃梨子ちゃんのよ。 後で使って。」
慌ただしく出て行くお二方に、私達もなにかお役に、とつぼみのお二人も付き添って行って。
急に静けさが訪れた。 薔薇の館に。 それは私の心にも?
渡された荷を確認して空いている椅子に置き、それから乃梨子の隣に座った。

まだ残っているお弁当を乃梨子に食べさせてあげる。
それをきちんと受け入れてくれるけれど、部屋の中は静けさに包まれていて。
向こうで瞳子ちゃんが洗い物をしている音だけが小さく聞こえてくるだけ。 息苦しさに負けて、つい声にしてしまった。
「祥子さまには敵わないのね……」
なにごとか、と乃梨子が顔を向ける。
「あの方のようには、今の乃梨子になにもしてあげられていない……笑顔にもさせられない……」
いけないと解ってはいても、言葉がこぼれてしまう。 甘えた言葉。 濁った気持ち。
「しょ、しょんなことないょ?」
「でもあなたは話しかけてもくれない。 こんな時に頼りない姉でごめんなさい……」
「ちっ、ちがぅよ!」
私の言葉に乃梨子が驚いたようすで席を立とうとしてバランスを崩す。 あわてて支えた。
「ちがぅんだよ、しまこしゃん。」

言葉を待ってみる。 静かな空間。 洗い物の音も聞こえなくなっている。
「ごめんなしゃい、しまこしゃん。 わたしがしゃべらなかったのは、しまこしゃんがわるいんじゃないんだよ。」
「どういう事?」
「はじゅかしかったんだもん…… わたし、ちゃんとしゃべれないから……」
予想もしてなかった、気の抜けるような理由を聴いて。 気持ちが安らいでいく……
「恥ずかしいなんて、そんなことはないわ。」
「だって…… やしゅみじかんとか、とぉこたちにからかわれたりしたし……」
「のっ、乃梨子さんっっ?」

沈黙を破り瞳子ちゃんがあわててやってくる。
「そこで名前を出されなくても。 それにあれはからかったのでは無くて、乃梨子さんの気を和ませようと――」
見つめていると、瞳子ちゃんは決まりの悪そうにして口を閉ざして。 それから。
「ごめんなさい、乃梨子さん…… そこまで気にされるとは思わなかったので……」
素直に謝り身を小さくする。
それを受けた乃梨子が、こちらの様子を伺ってくるのに頭をやさしく撫でると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「いいよ、とぉこ。 あんたのかるぐちは、いまにはじまったことじゃないし。ゆるしたげる。」
それを皮切りに、乃梨子は明るく話し始めてくれた。 可愛らしい身振り手振りまで添えて。
笑顔が戻った瞳子ちゃんは予鈴前に迎えに来ます、と言い残して部屋を後にし、二人きりになった。

「ごちそうしゃまでした。」
乃梨子がちっちゃな手を合わせる。
「もういいの?」
「うん、もぉおなかいっぱい。」
乃梨子が少々残したのを食べて片付けて、洗い物などしながらおしゃべりに花を咲かせていると。
「しまこしゃんがいてくれてよかったな。」
乃梨子がこんな事を言い出して。 ちょっと驚いて見つめてしまう。
「おきたらちっちゃくなっててびっくりしたけど。 しまこしゃんがいるから。」
続きが聞きたくて、そばへと寄って行く。
「しまこしゃんは、きっとわたしのみかたでいてくれるっておもったから、おちこまないでいれたんだもん。」
それを聞いた瞬間、乃梨子を抱きしめていて。 
乃梨子もしがみつくようにして来て、小さい手で制服をキュッと握った。
「わたしは、しまこしゃんがだいしゅきなんだよ。」
「乃梨子……」
嬉しさについ、抱きしめる力がこもってしまって。
「しまこしゃん…… ちょっと、くるちぃ……」
慌てて力を緩めた。

「しゃちこしゃまのあれはちがうんだ。 やさしくしてくれたけど、ほんとーのところはゆみしゃまがもくてきなんだよ。」
「祐巳さん?」
「うん。 だってしゃちこしゃま、どうやってちっちゃくなったの、とかいろいろきいてきたし、びょーいんでしらべてあげるとかまでゆってきたもん。」
「そうなの?」
「しらべるって、いいなおしゅまえは、じっけんって、たしかにゆってたし。じぇったいゆみしゃまをちっちゃくしたいんだよ。」
乃梨子は私の気持ちを分かってくれていて。 私の為に一所懸命に喋ってくれている。
「ありがとう、乃梨子。 もう解ったわ。」
「しまこしゃん……」
溢れそうな涙のかわりになりそうな言葉を紡ぐ。
「好きよ、乃梨子。 私もあなたが大好き……」
「うん…… しまこしゃん……」

それからしばらくもしないうちに、乃梨子がうつらうつらとしはじめた。 安心したからかしら。
「乃梨子、眠いの?」
「うぅ、だいじょぉぶ……」
「いいのよ。」
そう言うなり乃梨子を片腕にだっこして、紙袋を手にして壁際のソファーへと行く。
「さあ、乃梨子はおねむの時間よ。 ここへ寝て。」
言いながら小さい上履きを丁寧に脱がせ、ソファーに寝かし付けて。 膝枕をしてあげる。
「タオルケットもあるの。 祥子さまから預かったものよ、使わせて頂きましょう。」
紙袋の中身を見せる。 かわいいウサギの柄の小さめのタオルケット。 本当に令さまはどこで手に入れられたのかしら。
「で、でもおしゃべりしたい……」
「お互い好き同士なのだから、時間はいっぱいあるわ。 今は…… そうね、今は乃梨子はちびのりこなのだから、しっかり眠って早く大きくなって。」
祐巳さんが言っていたのを思い浮かべて笑顔になる。 乃梨子も恥ずかしそうに頬を染めて、笑顔を向けてくれた。
「ん、わかった。 ありがとぅ、しまこしゃん。」
「ゆっくりとおやすみなさい、乃梨子。」
「おやしゅみなしゃい……」

乃梨子は目を閉じて早々に、小さな寝息を立てはじめた。 よほど眠たかったのね。
寝顔が愛らしい。 溢れる気持ちを込めてその寝顔にささやく。
「今日はなにもしてあげられなかったけれど…… せめてあなたの安らぎだけは、私に守らせてね……」
それに答えるかのように、乃梨子が私の指をキュッとにぎってくれた。




酷くお疲れの様子の令さまが、予鈴前に持って来られたものを見て、感心するやら呆れるやらだった。
それはちびっこサイズの高等部の制服。 
祥子さまにこき使われまくって、なんとか時間までに縫い上げたらしい。
お昼も食べてない、とぼやく令さまに丁寧にお礼を述べたら真っ赤になって、笑顔で頭を撫でてくれた。
祥子さまはこれをちびゆみさまに着せて、タイを直したいのだろう。 この分では早晩実現しそうだ。 私で練習するんだろうな。

それからは、恥ずかしかったけど、嬉しそうな志摩子さんに制服を着せてもらって。
迎えに来た瞳子と、志摩子さんの二人に手を引かれて教室へと戻った。


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作者:水『超人激突ちびのりこ【No:399】』に続く


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