花寺男装祐巳のお話。
リリアンIN王子さま。
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「王子さま、やらない?」
紅薔薇さまの言葉が何を意味しているのか一瞬分からなかった。
「はっ?」
「だから、シンデレラの王子さま役を祐巳ちゃん……いえ、祐麒くんに変更したいの」
「……」
少し考える。
「王子?」
「そう、王子さま」
シンデレラの王子さま?
ようやく鈍い頭が動き出す。
理解した。
「なんで!?」
王子役は、柏木先輩のはず。
そうでなくても正式な花寺のお手伝いは柏木先輩に成っているはずだ。
「柏木さんがナチュラルターンをしていて足を捻挫したから」
「はい?」
「麻婆豆腐激辛を食べ過ぎて喉が痛いそうよ」
「……」
「と、言うことで代役を祐麒さんにお願いしたいの」
な、なんでそれは!
「これは柏木さんからも正式に許可をいただいたわ」
あ、あのガチホモ!仕組んだな?!
三人の薔薇さまと上司の生徒会長の罠にようやく祐麒は気がつく。
「祥子もいいわね」
「はい、よろしくね。祐巳」
小笠原さんは楽しそうに頷いた。
その笑顔に逃げられないことを悟ってしまったのは、幸福なのか不幸なのか。
と、いう事があった翌日の花寺。
「で、知っていたんですね?」
祐麒の問い詰めに余裕の表情の柏木先輩がいた。
「あぁ、そうだが」
隠す気もないらしい。
ダメだ顔の筋肉がヒクついているのがわかる。
くっそ〜。
それでも言い返せないのが悔しい。
「それじゃ、さっさとリリアンに向かいな」
「今日は来られるんですよね?」
「あぁ、俺も今日は伺うから」
「じゃ、俺は先に行っていますから」
一緒に行けばと思ったが、今の祐麒はリリアンでは祐巳だから、別々に向かった方がいいと柏木先輩に言われたのだ。
「よし!今日も頑張るぞ!」
生徒会室を出て、気合を入れなおす。
いつの間にか、リリアンに行くのが少し楽しくなっている。
本当なら、祐巳が通うはずだった場所だからかも知れない。
「……何ですこの匂いは?」
放課後、リリアンに向かい薔薇の館に顔を出すと鼻腔を刺激するスパイシーな香りが充満していた。
「今度、学園祭で出す予定のカレーの試食が届いたの。祐巳ちゃんの分もあるわよ」
「はい!是非、王子さまに食べて欲しくって」
確かにテーブルに置かれたカレーは九つ、祐麒を入れても一つ多い。多いのは言いとして、彼女たちは今変な事を言わなかったか?
「祐巳ちゃん、お昼は?」
「えっと、食べては来てますが」
来るときにコンビニで肉まんと唐揚げを食べてきた。
「大丈夫よね?」
黄薔薇さまはニッコリと勧める。
食べられないことはないけれど……。
「食べるよね」
白薔薇さまもニコニコの笑顔の中に食べなさいと言う迫力が潜む。
持ってきたらしい生徒たちも期待の視線。
「では、いただきます」
そう言うと彼女たちは嬉しそうに笑った。
「祐巳ちゃん、女たらしね」
「何ですか其れは?それに王子さまって」
嫌な予感はするけれど、聞かずにはいられない。
「王子さまは今や祐巳ちゃんの別称」
あっ、やっぱり。
「祐巳ちゃんの正体が分からないところから誰かが言い出したみたいだよ」
楽しそうに笑う白薔薇さま。
その笑顔は柏木先輩を思い此処させる。
あっ、ピンと来た。
微笑みの三人の薔薇さま方。
「さっ、冷めないうちに頂きましょう」
紅薔薇さまに促され、席に着く。
やっぱりこの人たち怖い。
蕾がほとんどの場合時期薔薇さまに成ると聞いた。
小笠原さん、支倉さん、藤堂さんの三人が是非手ごわくならないことを祈りたい。
何故か当然のように祐麒はその小笠原さんの横に座らされた。
小笠原さん。
柏木先輩の親戚とは思えないほどに真っ直ぐな人だ。
リリアンらしくお祈りをしてから食事が始まった。
薔薇さま方は淑女らしく礼儀正しくカレーも口に運ぶ。
「あら、祐巳ちゃん。カレーは嫌い?」
「いえ」
何時もとは違うように、大人しくカレーを口に運ぶ。
「お、おいしい」
三色の薔薇をイメージしたらしいカレーは祐麒には辛さも丁度良く、これなら少し食べては来ていても食べられると思った。
食べ初めて薔薇さま方たちをはじめコメントを言い出したが、祐麒にはいい言葉が思いつかない。
花寺は質よりも量だ。
花寺の学園祭のカレーを思い出す。
確実にアレは量重視だった。
祐巳も祐麒として、どちらかといえばその体質だったりする。
「ゆ、祐巳さんはどうですか?」
カレーを持ってきたらしい生徒の一人が祐巳に感想を聞く。
正直、美味しかった。
まぁ、あの花寺のモノと比べたら失礼だろうけれど。
「とても美味しかったです。料理上手いですね」
少し首を彼女たちに向けて美味しかったと微笑むと、彼女たちは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ど、どうかしました?」
「い、いえ!あっ、後でお皿は取りに来ますので!」
突然彼女たちはドタバタと部屋を出て行ってしまう。
「……祐巳ちゃん」
「?」
少し呆れ顔の白薔薇さまを見る。
「何か?」
「いや、天然は怖いなって」
「そうね、令の称号があっさりと祐巳ちゃんに持っていかれるわけだわ」
「?」
黄薔薇さまの言葉に更に分からなくなる。
まぁ、気にしても仕方なさそうな感じではあるが……。
「優さんの悪影響かしら?」
溜め息をつく小笠原さん。
しかも、柏木先輩の名前まで出てきた。
「それで、そろそろその王子さまが来る頃ではないかしら?」
「本当ですね」
カレーを食べ終わり、気がつけば柏木先輩が来る時間。
「そうだ、柏木さんって祐巳ちゃんのリリアン姿見たことないよね?」
何だか嫌な笑いの白薔薇さま。
「な、ないと思いますが……」
周囲を見渡しお互いに確認しあう皆さま。
「ひっ!」
ガッシと左右の腕を押さえ込む白薔薇さまと黄薔薇さま。
「志摩子、柏木さん呼んできて」
「はい」
「柏木先輩、ガチホモですからこんなのは興味ないと思いますよ?」
「そうかもね」
祐巳の言葉に、それでも笑いを止めない皆さま。
……。
……。
そして、藤堂さんが連れてきた柏木先輩と対面する。
お互い、顔を真っ赤にして。
「な、なんですか。ジロジロ見て」
「いや……」
「正直、気持ち悪いです」
「お、お前はなぁ」
「……あれ?小笠原さんは?」
「おい……」
ジト目の柏木先輩を無視し、姿が見えなく成った小笠原さんを探す。
まっ、無理に話の方向を変えるというのもあったのだが……。
「さっきまで居たのにね」
「じゃ、俺、探してみます」
そう言って祐巳ちゃんは部屋を出て行く。
顔は真っ赤だった。
柏木にリリアンの制服姿を見られて照れたのか、それとも本当に祥子が気に成ったのか。
さてさて、どっちでしょうか?
それによっては、お節介の内容にも関係してくる話。
「さて、柏木さん」
「何かな?」
祐巳ちゃんが居なくなったことにより。さっそく、紅薔薇さまが動く。
「僕は、この美味しいカレーを堪能しているところなのだから、無粋な話はしたくないのだけれどね」
「そうね、でも、大切な祐麒くんの為ですもの無粋な話でもないでしょう」
「確かに……」
柏木は、ハンカチで口元のカレーをふき取って水を口に含み。
「さて、ユキチがどうして花寺なんかに通っているかだが……」
唐突に、本題を切り出してくる。
「早速なのね」
「時間は惜しいからね」
腹の探りあいはごめんとばかりに、柏木は話を進めていく。
祐巳ちゃんの秘密。
どうして女の子の祐巳ちゃんが、男の子の祐麒くんとして花寺に通っているのか。
柏木が独自で調べたという話に、皆、聞き入っていた。
「ここに居たんですね」
「祐巳」
柏木先輩がカレーを食べ終わった頃。
祐巳は、小笠原さんを体育館で見つけた。
「やっと見つけました。探しましたよ」
そう言いながら、小笠原さんの横に座ろうとする。
「汚れるわよ」
「……」
壇上に座る小笠原さんの横に座ろうとして止められる。
制服は借り物だから汚す分けにはいかない。
侵入者を捕まえるときは仕方がなかったけれど。
自分から積極的に汚すまねはやらないようにした方が賢明だろう。
仕方なく座るのを止めて、壇上部分を背もたれにして同じ方向を向く。
「どうして……」
「?」
「どうして、祐巳は私を探していたの?」
「どうしてって……見たら居なくなっていたから?」
「何で貴女が疑問系で返すのよ」
「本当、何ででしょうね?」
祐巳はまた疑問系で返し、笑うしかない。
本当に何でだろうか?
よく自分でも分からなかった。
小笠原さんを探した理由。
考えてみるが、別に柏木先輩にリリアン制服姿を見られ恥ずかしかったからと言うわけでもない。
よく分からないから、手を伸ばす。
「一曲、お願いできますか?」
あの柏木先輩と薔薇さまたちのことだ。このまま祐麒に王子役を押し付けてくるだろう。
楽しそうに迫って来る姿さえ見える。
そして、そうなればその相手はこの小笠原さんだ。
小笠原さんは祐麒の手を取る。
「よろしく祐巳」
いや、祐巳の手を取った。
耳元で曲が流れ出す。
身長の差は……まぁ、今はどうしようもない。
午後の練習は正直、怖かった。
何が怖いかといえば……。
「シンデレラ!ここ汚れているわ」
「申し訳ありません、お姉さま」
小笠原さんと柏木先輩のやり取りがギスギスしていたのだ。
本気で苛める様子の姉B。
それにやりあう姿勢のシンデレラ。
セリフと身にまとう空気が危険だった。
しかし、そのやり取りを綺麗に無かった事にして、芝居を自分のペースで続ける藤堂さんも意外に怖い。
そんな中で王子としてダンスをする。
嫌な緊張感。
……。
小笠原さんと藤堂さんに何故か睨まれているし。
しかも……だ。
「……姉B、服が花寺なのにそれなりに見えるってキモイです」
「うん?そうかい?ふふふ」
軽く化粧している柏木先輩とダンスのとき。本音を呟いたら、嬉しそうに女言葉で微笑まれた。
……これも別の意味で怖かった。
土曜日の通し稽古は、それなりに上手く行ったと思う。
ただ、優さんの姉Bの衣装合わせの時に、衣装合わせに来た生徒たちが嬉しそうに騒いでったけれど。男の人に女物の衣装を合わせて楽しいのかしらと感じた。
「……あぁ、それと優さんと張り合ってしまったわね」
何故か、優さんと喧嘩腰のような稽古に成ってしまったけれど、コレは仕方がないと思っている。
祐巳。
「ふふふ」
可笑しくなる。
たった、名前を思っただけで……。
「祥子、お茶はいったわよ」
「はい、お姉さま」
今、薔薇の館には祥子と紅薔薇さましかいない。
祐巳と優さんは勿論のこと。
他の皆さんも既に帰宅していた。
「楽しそうね」
「えぇ、とっても」
「そう……楽しそうなところ申し訳ないのだけれど、少し嫌な話してもいいかしら?」
お姉さまは、お茶を飲みながら祥子を見る。
「……嫌な話ですか?」
「祐巳ちゃんのこと」
予感はあった。
「はい」
祥子は口元に運びかけたティーカップを置いて姿勢を正す。
「祐巳ちゃんが、どうして花寺に男装までして通っているのか」
「優さんですか?」
「そう、彼からの情報」
祥子は少し考え。
「いえ、祐巳から直接聞きますから良いですわ」
そう応えた。
「いいの?」
「はい」
お姉さまは確認を取ってくる。
「そう、それなら代わりにアドバイス」
「?」
「祥子さまと呼ばれなくてはね」
「ふふふ、そうですわね」
そして、お姉さまは、優しい笑みだけを祥子に向けていた。