【3528】 軽い感じの2人だけの空間  (琴吹 邑 2011-06-19 01:33:17)


以下の文章は「けいおん!」で梓・紬お話でになります。
 琴吹パエリア3作目です。
 パエリアは出てきません。
 

 学祭が終わってしばらく経った頃。私とムギ先輩は二人で軽音部の活動を続けていた。
 他の先輩方は次の入試模試に向けて、勉強重視にシフトしていて、最近は部室にも顔を出していない。
 最初は少し緊張してた、ムギ先輩との二人きりも、今では全くそんなことを感じなくなっていた。
 ここで、このフレームを押さえて……。
 ジャーーーン
「そんな感じです。次に、1弦と3弦だけを押さえて……」
 ジャーーーン
 二人きりの部活。ムギ先輩の希望で私はギターをムギ先輩に教えていた。
 ライブでやった曲U&Iのリードギターのパートを練習している。
「……で、最後に全部押さえて……」
ジャーーーン
「じゃあ、通しで弾いてみましょうか」
 最初は手が痛いと言ってたムギ先輩も今は大分なれてきたみたいだ。音も濁らず出せているし、刻み方も申し分ない。元々ピアノやっていたと言っていたから、音楽の素養があるんだと思う。
 もちろん初心者で、弾き方はつたないけど、初心者でここまでできるのはある意味すごい。そんなことを考えながらムギ先輩の演奏に耳を傾け、そして曲は最後を迎える。
ジャジャジャジャーーーン。
ムギ先輩がギターを奏で、そして最後のフレーズが消えた。
「すごいじゃないですか。まだ練習して日が浅いのにここまで弾けるなんて」
「そんなこと無いわよ。梓ちゃんの教え方が良いだけ」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです。っと、いい時間ですし、休憩入れましょうか」
 気がつくと、始めることには紅く染まっていた外がすでに真っ暗になっている。
「そうね。今お茶を淹れるわね」
「ありがとうございます」
 そういいながら、ムギ先輩からギターをあずかり、ケースの上にそっと置く。そして、いつもの自分の席に座る。
 下級生の自分が先輩にお茶を淹れさせるのは、若干申し訳ない気もするけど、みんなにお茶を淹れるのはムギ先輩のたっての希望なので、ここは割り切ることにする。
 しばらくすると、電気ポットのお湯が沸いた。
 沸いたお湯をティーポットに移し、お茶っぱを入れる。お茶が蒸れるまで3分待つ。最初にティーポットに入れたお湯を捨てないこと意外は見事にゴールデンルールにのっ
とった入れ方だ。ムギ先輩に始めて紅茶を入れてもらったときに聞いたことがある。なぜそこまでするのに、お湯を捨てないのですかと。
 そうしたら、返ってきた答えは、ある意味うちの部活らしい言葉だった。
「唯ちゃんがお湯捨てるのもったいないっていうから」
 ムギ先輩は笑いながらそういった。
 ティーポットからお茶が注がれやさしい香りがティーカップからあふれ出す。
「いい香りですね」
「今日はアッサムのいいのを持ってきたの。気に入ってもらえるといいんだけど」
 そっと口をつけると、さっぱりとした紅茶の味が広がった。
「おいしいです」
「そう? よかった」
 そういうと、ムギ先輩も定位置に座り、紅茶を口に含んだ。
 お茶を飲みながら、何も考えず私はぼんやりと外を眺めていた。
 二人しかいない音楽室。いつもならにぎやかな音楽室は、静かな時間が流れている。
 唯先輩と律先輩がいない部室はすごく静かだ。あのにぎやかな雰囲気も嫌いじゃないけど。たまにはこういった穏やかな時間をすごすのも悪くない。でも、先輩達が卒業してしまったら、こんな風に静かな部室になっちゃうのだろうか。それはちょっと寂しいなあ。そんなことをぼんやりと思っていると、ムギ先輩が私のことをじっと見つめているのに気がついた。
「どうかされました?」
「え? あ、うん。ちょっと考え事をしていて」
「そうですか」
 そうは言いつつも、ムギ先輩の視線は私から外されることはなかった。
「何か私に話したいことがあるんですか?」
「ええ、まあ、あるといえばあるし、ないといえばないかしらね」
 ムギ先輩のその言葉に私は少し眉をひそめる。あまりにらしくない言い方だなと思ったのだ。
「何か悩み事ですか? 私でよければ、相談に乗りますけど。先輩方には相談しにくいこともあるでしょうし」
「……そうね。……じゃあ、聞いてもらおうかしら」
 ムギ先輩は、そう言いながら立ち上がった。
 そして、対面に座っていた私のすぐ横に立つと言った。
「ちょっとお願いがあるのだけど。立って、私に背中を向けてほしいのだけど。いい?」
「何するんですか? 別にかまいませんけど」
 私は言われるままに椅子から立ち上がり、ムギ先輩に背中を向けた。
「これで、いいですか?」
 ムギ先輩はその言葉に何も言わず、そっと、私のことを抱きしめた。
「し、ムギ先輩?」
 使っているシャンプーの香りなのか、シトラス系の香りが私の鼻をくすぐる。そして、背中に感じるムギ先輩の大きな胸の弾力。思わず声がうわずった。
「ねえ、梓ちゃん。私のこと嫌い?」
「ちょっ、え? え??」
 突然の問いは、想定もしなかった問いで、思わず思考が止まる。
 訪れる沈黙。ぎゅっと、抱きしめられる私。背中に感じられるムギ先輩は、なんだか小さな迷子のようで。
 そんなムギ先輩を感じた瞬間。私の思考は動き出した。
「何で急にそんなことを?」
「梓ちゃんて、唯ちゃんやりっちゃんの言動には、容赦なく口を挟むのに、私の時にはそういうことないし、一歩引いているところがあるように思えるから……」
「あー」
 言われてみれば確かに。でも、それは、別にムギ先輩のことを嫌いだからではない。あの二人のつっこみどころが多すぎるのだ。
「そんなこと無いですよ。あの二人方ときたら、使えない意見の方が多いじゃないですか。律先輩は時々ねじが切れているんじゃないかと言うくらい突飛な意見を出すし、唯先輩は、もう少し頭使った方が良いのではないという位役に立たない意見を出しますし」
「それ。それなのよ」
 私の話をムギ先輩が少し不満そうに遮る。
「え?」
「いつも思うの。梓ちゃんて、唯ちゃんとりっちゃんのことに対して、なにか言うのすっごく楽しそうなの。なんて言うのかな。楽しそうに怒っているというか」
「そ、そうですか? そんなこと無いと思うんですけど……」
思ってもみなかったことを言われて首を傾げる。まあ少し、あの二人に何か言うことでストレスの解消を図っているところが少しはあるけれど、楽しんでいるということはないと思うんだけど。
「じゃあ、改めて聞くけど……」
 そう言って、ムギ先輩は、私を解放するとくるりと回転させた。
 そして、私の目をじっと見つめ、言った。
「私のこと、好き?」
 少し上目遣いで私の目をのぞき込みながら、そう聴いてくるムギ先輩。
「も、もちろん好きですよ」
 美人なムギ先輩にそんな風に聴かれると、何でもないことなのに、ちょっとどぎまぎしてしまい、思わず口ごもってしまう。
「じゃあ、キスして?」
「はぁ!?」
 私が驚いている間にムギ先輩は目をそっと閉じ、動きを止めた。
 私の思考は再び静止し、ただただ、キスを待ちわびるムギ先輩を見つめていた。
 心臓がどくどくと脈打ち、うるさいくらいになっている。
「ちょっ、え? え??」
 思わず泳いだ視線が、知らず知らずムギ先輩の口元に吸い寄せられる。
 小さい桜色の唇。柔らかそう。それを見たときにはそうとしかもう思えなかった。
「ムギ先輩?」
「早く」
 私は、こくりとのどを鳴らし、ムギ先輩にキスをするために一歩近づいた。
 次の瞬間。ムギ先輩はぱちりと目を開け、一歩下がりいたずらに成功した子供のような顔をして、言った。
「もちろん、冗談よ」
 その突然の変わり身に、私はかなり長い間、ぽかんとムギ先輩を見つめていた。
「梓ちゃん?」
「じ、冗談もほどほどにしてください!!!!」
 固まってしまった私を心配そうにのぞき込むムギ先輩の声で我に返った私は、気がつくとそう、叫んでいた。
「ごめんなさ〜いっ」
 私の叫び声に、ムギ先輩はなぜかとても嬉しそうに、首をすくめながら謝ったのだった。



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