【3534】 甘酸っぱい  (パレスチナ自治区 2011-08-01 23:37:45)


ごきげんよう。
今回は【No:3161】、【No:3325】の要素を含むしまのりです。

夏。
海水浴、仏像巡り、そしてお泊り。したい事はたくさんある。
お泊りするのならやっぱり志摩子さんのおウチかな。
一晩中志摩子さんと過ごせたらなぁ…
そんな事を考えながら過ごしていた次の日のことだった。

「ねえ、乃梨子。今度ウチにお泊りに来ない?」
「へぇ?」
私のお姉さま、志摩子さんの唐突な言葉を理解できずに間抜けな声を出してしまう。
夏休みにも山百合会の仕事があり、白薔薇様の妹である私も当然ながら学校に来ている。
幸い紅薔薇家は職員室に用事があり、黄薔薇家は部活で此処、薔薇の館にはいない。
「ウチにお泊りに来ない?乃梨子」
もう一度訊いてくれる志摩子さん。
お泊り。したいなぁ、と思っていたからこのお誘いが嬉しくて堪らない。
だから断る要素は何もない。
でも、興奮のし過ぎで言葉が出てこない。
そうこうしていると志摩子さんの表情が少し曇ってしまった。
「あのね、今度の週末、両親が檀家さんとの用事で……その、私は一人で留守番をする事になっているのだけれど……乃梨子がいてくれたら寂しくないかなって」
志摩子さんは私の手を握ると私を見詰めてきた。
「ねえ、ダメ?」
志摩子さん…それは反則だよ…最初から断るつもりなんて無いけど…
「ありがとう志摩子さん。私も志摩子さんちに遊びに行ってみたかったんだ」
そう答えると志摩子さんは満面の笑みを浮かべて私を抱きしめてくれた。
「乃梨子〜。ありがとう〜」
週末が楽しみだな。

そして数日後の金曜日。今日も山百合会の仕事があり学校に来た。
でも、いやだとは思わない。むしろ今日も明日も志摩子さんと一緒にいられて嬉しい。
「志摩子さん、もう来てるかな?」
そんな事を小さく呟き、ルンルン気分でギシギシ鳴る薔薇の館の階段を上がった。

「ごきげんよう」
いつの間にか自分にも染みついた何時のも挨拶で扉を開ける。
「ふふふ。ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
迎えてくれたのは祐巳様だった。
今日も不敵な笑みを浮かべている。
最近の祐巳様は変わられた。
あれは祥子様とのいざこざの後だった。
『……このままじゃダメだよね。わたしも強くならなくちゃいけないよね』
とやたらとオーラを発しながらおっしゃっていたのが記憶に新しい。

「ふふふ、志摩子さんじゃなくて残念だった?」
「い、いいえ…」
祐巳様は何故か愉しそうに笑っている。祐巳様のこの雰囲気、ちょっと苦手だ。
「ねえ、最近嬉しそうだけど、何かあった?」
……迂闊だった。ここ数日の私は浮かれていた。祐巳様と二人きりになっちゃったらこうなる事はわかっていたのに…
「えっと、明日から志摩子さんちにお泊りです」
どうせ弄られてしまうのならと、正直に白状してみる。
それでも祐巳様は愉しそう。
「そっか、良かったね。ふふふ…志摩子さんも妹をお泊りに誘うなんて大胆だなぁ」
「ぅぅぅ…」
祐巳様はにんまりと笑いながら私を見詰めてくる。
恥しくて俯いてしまう。
「ふふふ。乃梨子ちゃん、真っ赤だよ?」
「……!!」
「ふふふ。可愛いなぁ。志摩子さん、いいなぁ。可愛い妹がいて。わたしも欲しいなぁ」
「…くぅぅ」
恥しくて堪らない。志摩子さん早く来て!と困っている私に祐巳様は更に追い打ちをかけてくる。
「ねえ、乃梨子ちゃんって最近変わったよね」
「はい?」
「なんかさあ、最初は頭痛い、とか言ってたのに今じゃあねぇ」
「……今じゃあなんですか?」
「え?なんて言うかさあ、リリアンに染まったというか…ふふふ。ねえ?」
「……ぅぅぅ…」
祐巳様は敢てぼかしてきた。唇の端をいやらしく歪ませながらさっきよりも愉しそうな顔をしている。
何度目かの“志摩子さん、早く来て!”を心の中で呟いていると、誰かが階段を音を立てながら上がってくる。
「由乃さんかなぁ?」
私もそう思った。そして同時にある種の絶望感が湧いてきた。
なぜなら由乃様は祐巳様と結託して私を弄ってくるからだ。
神様のバカぁ…
そんな事を思っていると思い切り扉が開いた。
そして入ってきたのは…
「乃梨子!乃梨子は来ている?」
「ええ?!」
志摩子さんだった。
「あら、乃梨子♪ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
「のりこ〜」
志摩子さんが嬉しそうに私を抱きしめてくる。
そんな私たちを余所に祐巳様は絶句している。
無理もないだろう。階段を大きな音を立てて上がってきたのが志摩子さんだなんて。
一年も志摩子さんを見てきた祐巳様からしたら信じられない光景だったに違いない。
そんな祐巳様を見て内心“ざまあみろ”等と思ってしまった。
だって散々いじられたんだもん。
志摩子さんは私を抱きしめながら頬をすり寄せてくる。
「志摩子さん、どうしたの?」
嬉しさ半分、恥しさ半分で志摩子さんに訊いてみる。
志摩子さんはそのままの体勢で答えてくれた。
「どうしたもこうしたも、乃梨子にあったら絶対にこうしようって決めていたのよ。嫌だった?」
「ううん。凄く嬉しいよ」
「ふふふ。のりこ〜」
今の志摩子さんは満面の笑みを浮かべているに違いない。その顔を見られないのが残念だけど、志摩子さんのそんな表情を簡単に想像できてしまう。
幸せだ。
「いいなぁ、やっぱり…」
いつの間にか復活していた祐巳様のそんな呟きが聞こえてきた。
うらやましいでしょう、祐巳様?

次の日、リリアンの最寄り駅で待ち合わせ。
志摩子さん曰く、ちょっとでも私と長くいたんだそう。
私もそうだったから嬉しかった。
志摩子さんはどんな服で来るのかな?
お淑やかな服装の志摩子さんもいいけれど、夏という事でいつもより薄着の志摩子さんも素敵だな。
そんな事を考えていると声をかけられた。
「乃梨子。ごきげんよう、待ったかしら?」
「志摩子さん!全然待って無い……よ……」
志摩子さんの方を振り向くと私は絶句してしまった。
なぜなら志摩子さんは和服だったからだ。予想の斜め上を行かれてしまった。
それにあまりにも綺麗…
薄い緑と白を基調とした和服に志摩子さんの白い肌や色素の薄い髪の毛が恐ろしいほどにマッチしている。
そんな志摩子さんをただただ見詰めてしまう。
「………」
「ふふふ。似合うかしら?勝負服なの」
「……うん」
それだけ何とか返すと志摩子さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん」
志摩子さんに手を引かれて改札に向かった。

それから電車や志摩子さんの実家小萬寺に向かうバスに乗っている間、私と志摩子さんはずっと手を繋いでいた。
『離れ離れになってしまったら困るでしょう?」
と志摩子さんは言っていた。恥しかったけど幸せな気持ちでいっぱいだった。

志摩子さんの家に着いてからまずはお昼を御馳走になった。
冷たいそうめんは私のお腹と心を癒してくれた。
それから志摩子さんのお部屋でテレビゲーム(最近買ってもらったらしい)を1時間ほどしていた。
で、現在は…
「やっぱり暑いわねぇ」
「うん、“熱い”ね…」
志摩子さんにギュッと抱きしめられている。
志摩子さんは和服姿でもやっぱり柔らかくていい匂いがする。
「離れた方がいいかしら?」
「ううん…志摩子さんの気の済むまでこうしていていいよ」
「ふふふ…」
もうどれくらいこうしているのかはわからない。
私の位置からでは時を刻む物が見えないから。
志摩子さんは時々抱きしめる力を強くする。
志摩子さんの感触やいい匂いがより強くなるので理性的には止めてほしいのだが…

ぎゅう、ぎゅう…

まただ。
なんとなく聞いてみる事にした。
「ねえ、志摩子さん。どうして時々腕に力を入れるの?」
「……それは…」
志摩子さんは言葉を濁してきた。
どうやら答え難い質問だったみたい。
この質問のせいなのか、志摩子さんの鼓動が速くなったのが合わさった胸から伝わってくる。
「あのね、乃梨子」
「うん」
「乃梨子とこうしているとね、何だか我慢できなくなって…乃梨子をギュッとして何とか抑えてるんだけど…」
「そ、そうなんだ…」
それからまた志摩子さんは黙ってしまった。
恥しい、でも何故か心地よい雰囲気が流れる。
それから暫くして志摩子さんがまたギュッとしてきた。
でも、さっきと感じが違う。
「ねえ、乃梨子」
「なあに、志摩子さん」
「私の、妹になってくれてありがとう。ずっと伝えたかったの。大好きよ」
「志摩子さん…私も、志摩子さんが大好きだよ。ありがとう」

そしてこの時、志摩子さんと私を引き合わせてくれた全てにも感謝していた。

ちなみにこのお泊りで志摩子さんとどんな事をしたかは二人だけの内緒だ。

後書き
本当は冬に投稿したかったお話です。
とにかくしまのりの幸せな気分を出したかったので満足してます。
此処までお付き合いくださり、ありがとうございました。




一つ戻る   一つ進む