【短編祭り参加作品】
このおはなしは、電撃プレイステーションのおまけ4コマ誌で連載している家族ゲーム(鈴城芹)を題材にしたものです。
コミックスは8巻まで発売中。
今回のおはなしは8巻59話より「顔のYシャツの前で」〜「まだ秘密」の真言視点のおはなしです。
「バッテリーが切れそう……ちゃんと充電してくれば良かったな」
そう呟いて、わたしは少し迷ってから、すれちがえるようにしてDSを閉じた。
「まだかなー。早く来ないかな。西浦さん」
この場所――鳥居の袂の外側に陣取ってからそろそろ2時間がたつ。
お祭りが終わるまでに西浦さんが来てくれないと、お祭りの想い出は本当にすれちがい通信だけになってしまう。まあ、もともと、見えざる魔人の地図が欲しくて、このお祭りに来たようなものだけど。
でも、せっかく約束しているのだから、西浦さんに浴衣姿を見てもらいたいなと思う。
「西浦さんは褒めてくれるかな。わたしのこと、かわいいって言ってくれるかな……」
西浦さんのことだから、絶対かわいいって言ってくれる。そう思いつつも、私は大きくため息をつきながら、駅へと流れていく人のうねりを見つめていた。
それから15分くらいして、西浦さんはやってきた。
「あー……もう終わりか。遅くなりすぎた……。さすがにもう……」
あたりを見回し、わたしのことを探す西浦さん。西浦さんからは死角になっているのか、わたしのことは見えていないようだ。
わたしは、嬉しさが顔に出ないように、一つ深呼吸する。今のわたしは西浦さんの本当の彼女ではなく、ただの彼女役。かたがき彼女なのだから。
「遅いですよ。西浦さん」
わたしはゆっくりと立ち上がると、西浦さんに声をかけた。
「真言ちゃん。待ってたの?」
「そりゃ待ってますよ。わたし、西浦さんの彼女じゃないですか。こういう時は待ってないと」
わたしはそう言いながらくるりとその場で一回転する。
リボンのような帯が風圧でふんわりとはためくのがわかる。
今のはちょっとかわいく見せられたんじゃないかな? そう思って西浦さんの顔を見ると、西浦さんはびっくりしたような顔で、わたしをじっと見つめていた。
「西浦さんは彼氏なんですから、こういうときは、ほら」
そう言って、西浦さんの顔をのぞき込む。
「ほら、新しい浴衣なんですよ」
西浦さんはかわいいって言ってくれるかな? 少し不安になりながらも、浴衣の袖を持ち上げる。
「すごく似合っているよ。かわいい」
お世辞かもしれないけど、今まで待っていた言葉だけに嬉しく感じる。
思わず、笑みがこぼれる。
「さすが西浦さんです。こういう時のこと心得てますね」
わたしはその言葉にあくまで西浦さんはギャルゲー好きの人という立場で、言葉を返す。
わたしが西浦さんのことを好きなのはまだ秘密だから。
「里奈ちゃんのお店がまだ撤収中だから見せに行きましょ。なんか心配されてますし」
わたしは西浦さんの手を取り、境内の方へ足を向ける。
唯一わたしの気持ちを知っている里奈ちゃんに、西浦さんとちゃんと逢えて、浴衣姿を褒めてもらったことを報告するために。
駅で西浦さんと別れて十数分後、わたしはベッドの上でとろけていた。
枕に顔を埋め、足をばたばたさせている。
とてもじゃないがこんな姿は他の人には見せられない。
わかってはいるが、その状態は今もまだ続けている。どうしてこんな事になっているのかというと、別れ際の西浦さんの言葉が、原因だった。
「せっかくの恋人設定なんですから、ただお休みなさいだけじゃなくて、一言追加で言ってください」
駅での別れ際、わたしは少し寂しくなってそう西浦さんに言ったのだ。
「今日は真言ちゃんの浴衣姿、本当にかわいかった。来年もまた見られるといいな」
それは、わたしの浴衣姿を褒める言葉。
鳥居の足下でわたしが催促した後に出てきた言葉も、嬉しかった。
でも、その時の言葉は西浦さんの本心がこもっている気がして、鳥居の下で聞いたときよりも数倍も嬉しかったし、帰ってきた今でも思い返してじたばたしてしまう。それぐらいの破壊力だった。
だって、今現在肩書きだけの彼女で告白して振られていると思っているはずなのに、わたしと来年も一緒にいられたらいい。西浦さんはそう言ってくれたのだ。それが何より嬉しかった。
そんなことを10分くらいしてから、わたしは、すれちがい通信中のDSのことを思い出した。
「そういえばバッテリー切れそうだったっけ」
あわてて、巾着からDSを取り出し、ACに繋ぐ。
完全になくなる前に電源に繋げたみたいで、閉じた後からの記録が紛失しなくてすんだ。
「最後、人増えたのかな?」
そう呟きながらDSを開いてみると、宿泊者リストの最後に時の旅人よしあきが載っていた。
「これ、西浦さんかな。そうだといいなあ。そうだ、メールで聞いてみよう」
西浦さんの名前を持つその宿泊者が本当に西浦さんのものなのか確認したくて、わたしは携帯電話を手に取るとすぐに西浦さんにメールした。
その宿泊者は、わたしにとって、大切なお守りになった。
クリスマスの日も、受験当日も、合格発表当日の朝も。
わたしが西浦さんに自分の気持ちを伝えたあの時まで。
テーマチェック OK
「祭」「お祭り」
紅薔薇チェック OK
原作本のサブタイトル 「まだ」「かたがき」「まだ秘密」
以上家族ゲーム8巻59話より
白薔薇チェック OK
登場人物人数 2人
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文字数(空白含める)「1999」
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