【3553】 ちょいちょいいろいろ怪奇現象さえも  (杏鴉 2011-09-29 21:30:40)


【短編祭り参加作品】

「ぜ、全然関係ない内容だけど短編祭りに参加してるだけで祭りだもん!」と言い張ってみます。




最近、薔薇の館に住人が増えた。
いや、増えたというのは間違いかもしれない。
彼女はずっと薔薇の館にいたのだから。

あれはそう……、
体育祭も終わって、そろそろ本格的に学園祭の準備を進めなければ――という頃の話。

その日は薔薇の館での仕事はなかった。
忙しくなる前に、それぞれ身の回りのことを片づけておきましょうという意味のお休みだった……のだけれど。

「ねぇ、祐巳さん。薔薇の館で紅茶飲んで帰らない?」
「え? 私はべつにいいけど……。由乃さん、剣道部はいいの?」
「今日は私みたいな平部員が行ってもしかたがない日なの。1杯だけでいいから、ちょっと付き合ってよ」

たまには由乃さんと2人でゆっくりお茶を飲むのもいいかもしれないと思った私はその誘いに乗ることにした。
誰もいないと思っていた薔薇の館には先客がいた。
しかもその先客はかなり以外な人物で……、
私と由乃さんはビスケット扉を開けた格好のまま固まってしまった。

「祐巳ちゃん由乃ちゃん、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう江利子さま」
「……ごきげんよう」

なぜか江利子さまが薔薇の館の2階で優雅に紅茶を飲んでいる。
もちろんリリアンの制服姿だったりはしないのだけれど、この場にいることにまったく違和感がない。さすがだ。
聞けば、近くに来る用事があったので、ついでにみんなの顔を見ていこうと思われたのだそうだ。
残念ながら今日は私たち以外は来そうにないから、3人だけのお茶会になってしまいそうだが。

「ところで、2人とも妹はできたのかしら?」
「ぐぅ……っ!」

由乃さんの持つカップが震えている。
紅茶がこぼれやしないかと私はハラハラした。

「い、いえ。私も由乃さんもまだ……」

『私も』の部分に力を込めて言った。
これが私にできる精一杯です。ごめんなさい由乃さん。

「あら、どうかして? 由乃ちゃん」
「いいえ。どうもいたしませんわ江利子さま」
「そう。それにしても暇ね」
「だったらお帰りになられたらよろしいんじゃありませんか?」

江利子さまにはぎりぎり聞こえないくらいの音量で暴言を吐く由乃さん。
どうして私には聞こえるように言うんだろう……。
ねぇ、由乃さん。いくら親友でも分かち合わない方が幸せなことってあると思うんだよね、私。

「そうね。隠れんぼでもしましょう」
「はぁ?」
「へ?」

隠れる範囲は館内のみね、とサクサク話を進める江利子さま。
めずらしいことにとっても楽しそうな笑顔だ。
でも何が「そうね」なのか意味が分からない。
うん。早く止めないと。

「あの、江利子さま? 隠れんぼができるほど薔薇の館は広くないと思うのですが……」

私は控えめに言ってみた。
確かに薔薇の館は生徒が自由に使用できる施設としては、かなり大きいとは思う。
思うけれど、高校生と大学生が隠れんぼを楽しめるほどには広くない。
やったとしてもすぐに終わってしまうだろうから、隠れる方も見つける方もたぶん楽しくないだろう。

「それもそうね。じゃあ『身代わり隠れんぼ』にしましょう」
「「身代わり隠れんぼ?」」

由乃さんも初めて聞く遊びらしく、聞き返す声が私と重なった。
江利子さまの説明によると『身代わり隠れんぼ』とは、自分が隠れる代わりに何か別の物を隠して、それを見つけだす遊びなのだそうだ。

「これを身代わりにしましょう」

江利子さまは鞄から5センチくらいの小さな人形を2つ取り出した。
これは……探しごたえのありそうなサイズだ。
あの大きさなら隠すのは簡単で、見つけるのは難しい。
隠れんぼとして十分成立するだろう。
それにしても用意がいいなぁ。

「リボンを着けた可愛らしい人形は祐巳ちゃんの身代わりにしましょう。こっちのちょっと顔が歪んでいる方が由乃ちゃんの身代わりね」
「江利子さまの身代わりになる、性格が歪んでいる人形はどちらに?」
「あらあら、性格の歪みなんて外見では分からないわよ。由乃ちゃんは面白いわね」
「……」
「私の人形はもう隠してあるから。さぁ、まずは祐巳ちゃんから隠しなさい。私たちは外に出ているから」

そう言うと江利子さまは由乃さんと一緒に出ていってしまった。
それにしても私たちがここに来る前にすでに人形を隠しているとは……相当やりたいんだ。身代わり隠れんぼ。
誰も来なかった場合はどうする気だったのかな。

おっと、今はそんなことよりも人形の隠し場所を決めないとね。
早くしないと。
人形よりも先にその嫌そうな顔を隠した方がいいよ、とアドバイスしたくなるような表情を浮かべていた由乃さんのことが気がかりだ。

きょろきょろと辺りを見回す。
館内であればどこに隠してもいいルールだったけれど、うろうろしている時間はない。
2階のこの部屋の中で隠し場所を見つけようと私は決めていた。

悩んだ末、私は紅茶の缶の中に人形を隠した。
もちろん茶葉の中に人形を押し込むようなまねはしていない。
隠し場所に選んだのは空っぽの缶だ。
これは今朝祥子さまと2人きりで紅茶を飲んだ時に使いきってしまったもので、まだ処分していなかったのだ。
たぶん由乃さんもこの缶が空だとは知らないだろう。

「ごめんね。暗いだろうけどちょっとだけ我慢してね」

ふたを閉めた私は、他の紅茶の缶で隠すように棚の奥にそっと人形入りの缶を置いた。




「お待たせしました」
「よーし。次は私の番ね」

薔薇の館の外に出た私と入れ替わりに、由乃さんが館内へと入っていった。
なんだかもの凄くやる気になっているみたいだ。

「あの、由乃さんに何かおっしゃったんですか?」
「特別なことは言っていないつもりだけれど」
「そうですか」
「でも、なんだか由乃ちゃんは怒っているみたいだったわ。どうしてかしらね」
「……そうですか」

あまり深くは聞かないでおこうと思った。

「祐巳ちゃんもまだ妹がいないって言っていたけれど、誰かを妹に迎える気はあるのかしら?」
「えっと……実は今まであまり考えたことがなかったもので……」
「お姉さまとはうまくいっているの?」
「あ、はい。とても」
「ふふ。じゃあ、今はまだお姉さま以外には目を向けられないってところかしらね」

そうかもしれない。
からかうような笑顔の江利子さまからさりげなく視線を逸らしながらも、そう思った。

初めて見た時に心を奪われて、いろいろあって姉妹になって……、
すれ違ってしまったこともあるけれど、私は祥子さまが大好きで。
その気持ちは出会った頃よりもはるかに大きくて。
今もまだ好きになりつづけている。
たぶんこれから先もずっと、祥子さまを好きになっていくのだろう。
そう信じている。
そんな自分が、妹という存在を持っていいのだろうか。
いや、持てるのだろうか。
……分からない。

「姉妹の関係は人それぞれだけれど、私は妹としての自分と姉としての自分は違っていてもいいと思っているわ」
「え?」
「むしろ同じである必要はないのよ。姉妹になるきっかけにしても、よく分からないけれど気になって仕方がないとか、
 ただ傍にいたいとか、見ていたいとか、面白そうだからとか、理由はなんだっていいと思うわ」

ふいに薔薇の館の扉が、ばんっと勢いよく開いた。
ねぇ知っている? ここはお嬢さま学校らしいよ? 由乃さん。
私の心の問いかけには気付かず、由乃さんは自信満々の顔でニヤリと笑った。
どうやらいい隠し場所を見つけられたみたいだ。
なんにせよ機嫌を直してくれたようなので良かった。

「じゃあ、始めましょうか」

そう言って薔薇の館に入る江利子さまの背中と、張り切った足どりでユーターンする由乃さんの背中を追いかけながら、私はほとんど無意識につぶやいていた。

「もういーかい?」

2人が「え?」と振り返る。
少し恥ずかしくなった私は言い訳のように早口で説明した。

「あ、いえ。これを言わないと隠れんぼを始められない気がして……」
「なんか祐巳さんらしいね」
「でも一理あるわ」

江利子さまが妙に納得してくれたので、けっきょく3人で声を合わせて「もういーかい?」を言った。
あたりまえだけど返事はないのでまた3人で「もういーよ!」と声を揃えた。
それがスタートの合図となり、私たちは一斉に人形を探し始めた。




一番初めに見つかったのは由乃さんの身代わり人形だった。
私が見つけてしまった。
由乃さんの身代わり人形はカーテンを束ねている帯の中に隠してあったらしい。
ちなみに私はその状態を確認していない。
私がカーテンの近くを通った時に、勝手に人形が転がり落ちてきたからだ。

自信満々だっただけに由乃さんの機嫌がまた悪くなってしまった。
というか、もっとちゃんと隠してください由乃さん。

そして次に私の身代わり人形が江利子さまに見つけられてしまった。

「戸棚に近づいた時に祐巳ちゃんの様子がおかしかったから念入りに調べてみたんだけれど、正解だったわね」
「うぅ……」

顔色を読まれると不利なゲームには向いていないとつくづく思った。

「おのれ……こうなったらせめて江利子さまの人形だけは私の手で見つけだしてみせるわ!」

1人だけ人形を見つけられていない由乃さんが燃えている。
というか、私もべつに自力で見つけたわけじゃないんだけどな。

「その意気よ由乃ちゃん。頑張って」

もう探す必要のない江利子さまがティーカップを傾けながら言った。
お願いですから楽しそうに火に油をふりかけるのはやめてください。
傍にいる私が一番熱い思いをするんですよ。

「ちぃっ! ダメね……2階にはないわ。きっと1階の物置よ。さぁ、行くわよ祐巳さん」
「えっ? 私も?」
「なに言ってるの。あたりまえでしょう」

紅茶を楽しんでいる江利子さまを置いて由乃さんと、由乃さんにずるずる引きずられた私は1階へ向かった。




「こうなってくると隠れんぼっていうより探しものだねぇ」

江利子さまの身代わり人形を求め、物置に使っている1階の部屋を2人でごそごそすること早10分。
私の発言がスイッチになってしまったようで由乃さんがキレた。

「あぁ、もうヤメヤメ! やってられないわ!」

無言でいるのもどうかと思って話しかけてみたのだけれど逆効果だったようだ。
人付き合いって難しい。

「ちょっと由乃さん。あきらめちゃうの?」
「そうじゃないわ。本当に隠してあるのか怪しいと思っただけ」
「どういうこと?」
「考えてもみてよ。私たちが来る前に人形を隠していた、なんて変じゃない? そもそも江利子さまの身代わり人形なんてどこにもないのかもしれないわ」

由乃さんの語気が荒い。
見つからないことに腹を立てているんだろう。
江利子さまに負けているように感じて悔しいのかもしれない。
でも――、

「それって、江利子さまが嘘をついているってことだよね?」
「……暇だから私たちをからかって楽しんでるんでしょう」
「それ本気で言っている?」
「……」

由乃さんはふてくされた顔でダンボール箱を猫みたいにべしべし叩いている。
物にやつあたりしちゃダメだよ。
あとホコリが舞うからやめてください。

「ねぇ、もうちょっと探してみようよ。私も頑張るから」
「なんで祐巳さんそんなに一生懸命なのよ?」
「だって隠れんぼで見つけてもらえないのって、すごく寂しいでしょう?」

だから見つけてあげないと。
私はまた探し始めた。由乃さんがどうするかは本人に任せることにした。
探すついでに何が入っているか不明だったダンボールに、中身が分かるよう簡単なメモを貼りつけていった。

「……年度末でもないのに」

振り返ると、由乃さんも私と同じように人形を探しながらダンボールにメモを貼りつけていた。
ぶつぶつ言いながらも作業する由乃さんは可愛いな、とちょっと思った。




「これ、だよね?」
「……たぶん」

物置にあるダンボールのほとんどに何が入っているか判明した頃、ようやく私たちは小さな人形を見つけた。
本当に苦労して見つけたのだけれど、喜んでいいのか分からない。
由乃さんも私と同じ気持ちらしく微妙な表情をしている。

私や由乃さんの身代わり人形とは違って、私たちが見つけた人形はとても古くて、汚れていたのだ。
まるで何年も前からひっそりとこの場所に隠れていたかのように。
もう他に探すところもないし、それらしいものはこの古ぼけた人形しかない。
でも――

「見つけてくれてありがとう」
「――っ!?」

いつの間にか背後に江利子さまがいた。
換気の為にドアを開けていたからぜんぜん気付かなかった。
由乃さん……いくら驚かされたからってそんなに睨まなくても……。

「2人とも本当にありがとう。楽しかったわ」

江利子さまは嬉しそうに笑うと、すっと部屋から出て行ってしまった。
呆気にとられた私が我に返って追いかけた時には、すでに江利子さまの姿は薔薇の館にはなかった。

「お帰りになったみたい。私たちもそろそろ帰らないと守衛さんに怒られちゃうよ」
「……そうね。2階を片づけて早く帰りましょう」

由乃さんの様子がなんだかおかしい。
怒っている、というのとは違うみたいだけど……
よく分からない形で終わっちゃったから納得がいかないのかな。
まぁ、今は片付けるのが先か。




「けっきょく江利子さまの優勝ってことなのかな? それとも全員の人形が見つかったから引き分け?」

隣を歩く由乃さんに聞きながら考える。
時間制限なんてなかったし、ギブアップせずに見つけだしたんだから引き分けでいい気がするけれど……。
うーん、江利子さまにもう少し詳しいルールを聞いておくんだったな。
次にやる機会があるかどうかは微妙だけれど。

「ねぇ、祐巳さん」
「うん?」

見ると、すごく真面目な顔をした由乃さんと目が合った。

「どうしたの由乃さん?」
「あれって本当に江利子さまだった?」
「へ?」
「物置でお礼を言われた時、ぜんぜん違う人に見えたんだけど」

そんなこと言われても私には江利子さまにしか見えなかった。
冗談を言っているようにも見えず、私は由乃さんに困惑した表情を返すしかなかった。

「あの方が江利子さまじゃないとしたら誰だって言うの?」
「そんなの私に分かるわけないじゃない」

ごもっとも。
……う〜ん。
確かに言われてみれば、祥子さまのことを名前で呼ばなかったり、さっき2階を片付けに行った時に江利子さまが使っていたはずのカップがどこにも見当たらなかったり、
ちょっとアレ?っと思うところはあったけれど……

私たちはお互いに首を傾げながらその日は家路についた。




――次の日。
教室に入った途端、由乃さんがものすごい勢いで私のところへやってきた。
「ごきげんよう」と言う間もあたえられず、私は教室の外へと引っ張り出されてしまった。

「どうしたのよ由乃さん?」
「話があるの」

鞄くらい置かせてほしかったな……。
と思ったが口にはしないでおいた。

「いい、祐巳さん。落ち着いて聞いてよ」
「うん」
「昨日のあれ、やっぱり江利子さまじゃなかったの」
「……うん?」
「昨日令ちゃんに確認したから間違いないわ」

由乃さんが言うには、江利子さまは今ゼミ旅行中で他県へ行っているのだそうだ。
だから昨日リリアンに来れるはずがないと。

「……令さまの勘違いとかじゃないの?」
「先週たまたま令ちゃんが電話したら、来週いっぱいはゼミ旅行だからお土産買ってくるって言われたって」
「……」
「令ちゃんにしても江利子さまにしても、そんな嘘をつく理由なんてないわよね」
「じゃ、じゃあ、あれは誰だったの?」

由乃さんは私の質問には答えてくれなかった。

「祐巳さん。思い出してほしいんだけど、昨日江利子さまらしき人が帰った時、出入り口の扉を開け閉めする音聞こえた?」
「やめてよ〜」

江利子さまだと思っていた人が江利子さまではあり得なくて、
それどころか人だったかどうかも怪しいなんて怖すぎる……。
半べそをかきながら耳を塞ぐ私の両手を、由乃さんは無情にも引っぺがした。

「あの人形どうする?」
「……人形って?」
「江利子さまっぽかった人の身代わり人形よ」

そうだ。昨日1階の物置で見つけた人形。
私や由乃さんの身代わり人形は、江利子さま(に似た人)が使っていたカップと同じように消えていたけれど、あの古ぼけた人形だけは確かに存在していた。
昨日はとりあえず2階の部屋に置いて帰ったのだけれど……

「あの人形、今朝見に行ったらまだあったわ」
「え? 確かめに行ったの?」
「うん。1人じゃさすがに怖いから令ちゃんについてきてもらってね。もちろん理由は話してないけど」
「……今日、薔薇の館に行きたくないなぁ」
「祥子さまに会えなくてもいいの?」
「うっ……」
「私、思ったんだけどさ。あの人形、薔薇の館の2階に置いてあげない?」
「えぇっ!?」

何を言いだすんだ由乃さん。
そんなことされたらもう薔薇の館に近づけないじゃないか。

「祐巳さんさ、怖かった?」
「怖いよっ!」
「いや、今じゃなくて。昨日の江利子さまがよ」
「それは……怖くなかったけど。でもそれはあの人が江利子さまだと思っていたからだもん」
「私は、別れ際だけは別の人に見えていたけど怖くは感じなかったんだよね、あの人のこと」

嬉しそうに「ありがとう」と笑っていたあの人は、今思い出してみても確かに怖くはないけれど……

「ねぇ、2階に置いてあげようよ。祐巳さん昨日言ってたじゃない。隠れんぼで見つけてもらえないのは寂しいって。あの人形も寂しかったんだよ、たぶん」
「由乃さんは、あの人形が昨日の江利子さまだったって思っているの?」
「分かんないけど、なんとなくそんな気がするの」

知り合いに化けて出てきたと思っている人形を傍に置こうとするなんて、由乃さんったら豪胆にもほどがある。

「お願い祐巳さん。もしも祟ってきたりしたら塩漬けにして志摩子さんのお父さまにお祓いしてもらうから」

いやいやいや。志摩子さんのお父さんはそんなことしてないと思うよ。
むしろノリノリで除霊とかしに来られても困るから。志摩子さんが。




――けっきょく私は由乃さんの謎の熱意に負けた。
そしてその日から、あの人形は薔薇の館の住人としてみんなに認知されたのだった。

偽の江利子さまのことは私と由乃さんだけの秘密にした。
信じてもらえるかどうか分からなかったし、信じてもらえたとしても気味の悪い思いをさせてしまうだろうと思ったから。
人形については1階の物置を片付けている時に見つけたと説明しておいた。

今日もあの人形は窓のところにちょこんと座っている。
令さま特製のミニチュアソファーに座ってとても居心地良さそうだ。

「以前から気になっていたのですけれど、このお人形はどなたのものなんです?」
「薔薇の館の一階で見つけたものだから誰のっていうことはないかな」

学園祭のお手伝いで薔薇の館に来ている瞳子ちゃんに尋ねられ、私はあの不思議な出来事を思い出していた。

「薔薇の館にあったのですか? じゃあ、いつかの薔薇さまの忘れ物かもしれませんわね」

どうしてだろう……。
人形に微笑みを向ける瞳子ちゃんから目が離せない。

『よく分からないけれど気になって仕方がないとか、ただ傍にいたいとか、見ていたいとか、面白そうだからとか、理由はなんだっていいと思うわ』

ふと、優しげな声が聞こえた気がした。

「どうかされました?」
「ふぇっ? な、なんでもないよっ」
「あいかわらず祐巳さまは落ち着きがないですわね。また紅薔薇さまに叱られてしまいますよ?」
「うぅ……瞳子ちゃんのイジワル」
「ふふ」

この時感じた気持ちを言葉にできたのは、もう少し後のお話――。




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