【3556】 万華鏡のコレクター  (臣潟 2011-09-30 22:44:35)


【短編祭り参加作品】





じっと夜空を見上げる。
雲ひとつ見つからない星空はひどく明るくて、月の光が明るすぎて邪魔なほどだ。
本格的な冬を迎え始めた11月の半ば。
防寒着をしっかりそろえたとは言え、夜ともなれば吸う息で凍えそうだった。
動くのも億劫で、吐息の白さで視界を飾りながら寝転んでいた。


「聖、向こうでまた一つ流れたわ!見えた?見えたわよね!まさか寝てたりはしないわよね?確認してみようかしら。蓉子には言えないような方法で!」
「起きてる!っていうか蓉子そこにいるし!?」




卒業して、以前ほど顔をあわせることもなくなった友から電話がかかってきたのは、紅葉も散りコートが手放せなくなってきた頃だった。
「聖、流星群よ!英語で言うとmeteor stream!しし座流星群は西暦902年に観測さ」
5秒で切った。
3秒後にかかってきた。
「聖、山に行くわよ!」
「だいぶ話が飛んだもんだ。さすがは江利子。言いたいことはわかるけど」
「貴女ならわかってくれると思ったわ。大丈夫、蓉子はもう誘っておいたから」
「何が大丈夫なのかはわからないけど、それも予想がついてた」
「じゃあ明日午後9時に迎えにきてね」
「明日!?っていうか私が迎えに行くの!?」
「貴女以外誰が車出すのよ」
「誰がって……まあいいや。明日の9時ね。りょーかい」
「お願いねー」
予定は未定とはよく言ったものだが、こちらの都合を聞きもしないとは。
まあそれを言ったところで、どうせ予定なんてないんでしょ、と返されるのは目に見えているが。
「ま、たまにはいいかもね。3人で集まるのも久しぶりだし」
まんざらでもない気分になれる今の自分は、わりと好きだった。


真っ暗闇の郊外を、まばらな対向車を横目にドライブ。
もう少しロマンチックでもいいんじゃないか、と思うのは贅沢だろうか。
「しし座流星群は33年周期で回帰するテンペル・タットル彗星の位置によって流れる星の数が大きく変わるのよ。少ない年はせいぜい1時間に数個程度しか流れないのに対して、彗星が回帰するころには数千個から多いときには数十万もの流星が見られるそうよ。年間三大流星群と呼ばれるしぶんぎ座流星群、ペルセウス座流星群、ふたご座流星群がそれぞれせいぜい1時間に100個前後なことを考えると文字通り桁が違うわね」
「へえ、その3つはいつごろ見られるのかしら?」
やけにテンションの高い江利子と学術的興味で食いついた蓉子ではまったく色気がなかった。
はじめは悔しくてムダにスピードを出したりもしたが、普段が普段だったのでまったく相手にされなかった。
ちょっと、寂しい。
「そうね、ペルセウス座流星群が8月、ふたご座流星群は12月、しぶんぎ座流星群が1月だったかしら。あと流れ星の数が多い流星群はみずがめ座η流星群とおひつじ座流星群ね。どちらもほぼ60個、1分に1つくらいね」
「流星群、という割には意外と少ないのね」
「流星群と聞いて想像するのはやっぱりしし座流星群の大出現かしらね。1966年にはアメリカで1時間に15万個、秒間40個もの流星が見れたそうよ。古い記録だけど、1799年には1時間に100万個の流星が流れて空を埋め尽くしたらしいわ」
「凄いわね……一度でいいから見てみたいわ」
「33年周期なのはわかってるから、2030年ごろには見れるかもしれないわよ?」
「2030年か……ふふ、いいおばさんになってるわね」
どうやら話題は星を越えて未来へ行ってしまったようだった。


途中24時間営業のファミレスで休憩し、目的地に着いたのは11時を過ぎた頃だった。
それなりに標高があるからか、空気が澄んでいて流星など見れなくても十分に美しい星空が広がっていた。
冷たい風が車の暖房で火照った頬をなでる。
「おつかれさま」
息をいっぱいに吸い込みながら伸びをしていたところに、蓉子の声がかかった。
静寂が包む冬の夜の公園。
ちょっとはロマンチックだろうか。
「しし座ってどれかしら。あれがレグルス?なら隣のあれがデネボラで、流星群の放射点がアルギエバだから……あったわ!これで間違いないわね!」
そうでもなかった。


夜空は静かだ。鳥の一羽も飛んでない。
夜空は賑やかだ。チカチカと星の瞬きが止まない。
「蓉子は――」
「え?」
寝そべる私の横に腰を下ろし、空を見上げる蓉子に声をかけてみた。
「蓉子は鳥かな」
「何よ、突然」
自分でもよくわからないことを言ってるな、と思ったが、それすら慣れているといったように小さく笑いながらこちらに顔を向けた。
「自由に空を飛んでるようにも見えるし、しっかり地面に足をつけて歩いてる気もする」
「鳥は、別に自由に飛んでるわけじゃないと思うわよ」
ああ、そこなんだ。
やっぱり。
「蓉子だなぁ」
「なに、それ」
「あ、流れたわ!そろそろ始まるわよ!あっちよあっち、しし座わかってるかしら。あの明るい星の斜め上が流星群の中心の獅子のたてがみよ!」
さいですか。


流星群、という言葉のもつイメージのような光景ではないが、それでも次々に流れる星は美しかった。
あっちへ流れ、こっちへ流れ。
何処へも行けずに消えていく。
「あー……なんですぐ消えちゃうんだろ」
「流れ星は宇宙空間の小天体が地球の大気に突入したときに発生するプラズマ化したガスが――」
「うんよくわかったありがと」
くすくすと笑う蓉子と、私の言葉も気にせずしゃべり続ける江利子と。
外で星空を見上げているのに、まるであの古い木造の建物にいるようで、懐かしさが心を包む。
ああ、そうか。
「まるで、」
「え?」
思わずこぼれ出た言葉が蓉子に届いてしまったけれど、なんでもないと首を振った。
そうしている間にも、流れ星は止まらない。


それはまるで、あの頃の思い出の欠片のようだった。
ひとつ流れるたびに、リリアンで、薔薇の館での日々が甦る。
毎日がお祭りのように騒がしくて、華やかで、楽しくて。
あっという間に過ぎ去ってしまったそれを瞬く光と重ねていたのだ。
だからこんなにも美しくて。
だからこんなにも寂しい。
卒業式の時だって、こんな気分にはならなかった。


「江利子がね」
宇宙の塵に乗っていた私の耳に、小さな囁き声が届いた。
夜空から離れて首を傾けると、見慣れた視線とぶつかった。
当の江利子はまだ良くわからない専門用語を連発しながら興奮状態だった。
「江利子が私に電話してきたときに言っていたの。悔しいから3人で遊びに行きましょうって」
「悔しい?」
よくわからない。寂しい、というならともかく。
いや、江利子が寂しいなんて言い出したらそれはそれで不気味だけれど。
「そう。たまに会ってあの頃のことを話したり、由乃ちゃんをからかったり。楽しいことをみんな高校時代に置いてきてしまったみたいで悔しい、って」
「…………」
「だから、新しい楽しいことをもっと見つけなきゃ、ということらしいわ」
「江利子らしいや」
軽く笑って、視線を満天の星へと戻した。
流星群は終わらない。


そうだ。楽しいことはいくらあったっていい。
新しい思い出の代わりに古い思い出を捨てる必要なんかない。
たくさん集めて、時々こうして思い出せばいい。
マリア様に祈った朝も、星降る空を見上げた夜も。




「あっ」
誰かの声と共に、一気に5つも6つも星屑が流れていった。
ガラスを散りばめたような夜空を放射状に広がっていく光景は、まるで巨大な万華鏡のようだった。


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