【3559】 記憶と書いて夢こころをこめて  (ケテル 2011-10-04 00:18:00)



クゥ〜様SS
(ご注意:これは『マリア様がみてる』と『AQUA』『ARIA』のクロスです)
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】→【No:1424】→【No:1473】→【No:1670】→【No:2044】→【No:2190】→【No:2374】→【No:3304】

まつのめ様SS
(ご注意2:これはクゥ〜さまのARIAクロスSSのパラレルワールド的な話になると思います)
【No:1912】→【No:1959】→【No:1980】→【No:1990】→【No:2013】→【No:2033】→【No:2036】→【No:2046】→【No:2079】

ケテル版SS
(まつのめ様のSSをベースに、クゥ〜様のSSと連結させたもの。 乃梨子視点進行のつもりのSS)
【No:3091】>【No:3101】>【No:3111】>【No:3126】



 由乃視点の姫屋編( …?) 


【No:3156】>【No:3192】>【No:3256】>【 これ 】



《 ―― その、雪景色の中の架け橋に… 》



  * *   ――   * *   ――   * *   ――   * *



「……ボロっ」
「…まあぁ〜…ね…」
「灯里さんのお奨めって、でっかい信じられないです」
「乃梨子ちゃん、移ってる移ってる」
「あっ…」

 大丈夫かい乃梨子ちゃんは。

 昨夜ネオ・ヴェネツィアにはうっすらと雪が降ったんだけど、街から少し離れているここにはかなり積もっている。

 火星への入植が始まって間もない頃の入植村の跡地。
 そこにあるネオ・ヴェネツィアで一番古いと言う、なんか昔のアメリカの映画で見たような屋根付きの、よく残ってるなって感じのオンボロの木の橋が架かってる。
 所々屋根や壁に穴が開いている所とかあるんだけど、橋桁とか大丈夫なのかしらねこれ?

「お勧めっていうか、知らないよりは良いよって感じ? ……無理して来ることも無かった…かな?」
「寒い思いして来るとこじゃないわね…」
「でも、灯里さんが体験したことは興味深いです」
「そうね。 だから寒い思いしてきてるんだけど・・・もうちょっと暖ったかくなってからでもよかったんじゃない?」
「いいじゃない、半人前(シングル)昇格記念でしょ」
「こんな記念やだ」

 クリスマスの翌日、藍華さんに強引に連れて行かれた”風車の丘”。 ウンディーネの間でのは”希望の丘”。 ここで”クリスマスプレゼント”として半人前(シングル)昇格を貰った。 その日、姫屋へではなくARIAカンパニーへと戻って来ると、今度は晃さんやアテナさん、アリシアさんやアリスも交えて祝ってくれた。
 もちろん、どこでどのような内容の試験だったかは、慣例にしたがって乃梨子ちゃんには教えていない。 これは当然…な〜んとなくだけど担がれた感があるし、自分だけそれに引っかかるのも悔しいし、藍華さんに口止めされてるし…ね。

 翌日のんびり出来ると思ってたのに……。
 冬の寒い最中なのに『昇格記念だから』ってゴンドラ漕がされるわ。
 係留する場所が近くに無いから、かなりの距離を歩くことになるわ。
 ARIAカンパニーにお泊りしたわけだけど、今朝の天気予報で今期一番の寒さになるって言ってたわ。
 朝食の時取った箸の色が微妙に違っていて気分がちょっとブルーだわ。
 地図を持ってるのは祐巳さんでかなり心細いわ…。
 まあ、何とかたどり着いたからいいけど、二回道に迷ったのは後で詫び入れてもらうわ。

「取り合えず、渡ってみようよ」
「・・・そうね、突っ立ってても寒いだけだし」
「冷凍倉庫から冷凍庫へ入る気分ですかね」
「あんまり変わんないわねそれ」
「光があるだけこの辺の方がいいと思うけどね」

 元々は大きく開いていたんだろうけど、窓はすべて木の板を打付けて塞がれている。 電灯などの設備ももう整備されていないらしくって、足下は打付けられている板の隙間や所々朽ちて開いている屋根の穴からわずかに入ってくる光でかろうじて見えるものの、天井付近は光が届かない所もかなりあり雰囲気はあまりよろしくない。

「本当に、タイムスリップなんてできるんでしょうか?」
「私達だって、タイムスリップしてここに来ちゃったんだけどね。 誰かさんに連れられて」
「なにも起こらないかもしれない、仮に過去に戻れたとしても、私たちが望む所にいけるかもわからないわ」
「まぁ、帰れてなかったのは分かってるんだから、ホントなら来るだけ無駄なんだろうけどね…」
「……だけど…来ちゃうんですよね…」
「そうなのよね」

 このネオ・ヴェネッイアで過ごす日々に生まれてくる新たな絆、それを捨てたくない自分がいて、そして元の時代の絆を取り戻したいと思ってる自分がいて……。
 はぁぁ…分かんない…帰れないと分かっているのに、ここで、ネオ・ヴェネツィアで生きていくんだって決めたはずなのに、帰り方の手掛かりを未だに探してる自分が分からない…。 なんで…かな?

「この橋以外に見る所ってあるんですか、この辺?」
「え〜と、アリシアさん曰く ”何にも無いところ” らしいけど?」
「建物も土台しか残ってないって可能性も高いわけね ……?」

 何かの気配と視線を感じて振り返ってみる………猫? 天井の梁のいたるところに気配と光る目。 ノラ猫かしらね、ネオ・ヴェネツィアはケットシー=ゴロンタがいるせいか猫がやたらに多い……まあ、猫の多さとケットシー=ゴロンタとは関係ないんだろうけど。 演出として威嚇されて怖い思いをした事はあったけど、直接危害を加えてこないのは分かってるからいいけど。 監視されてるみたいで気分はよく無いわね。
 祐巳さんと乃梨子ちゃんは気づいてないらしいし、変に怖がらせることも無いか。 ひょっとしたら寒いから寄り集まってるだけかもしれないしね。 ケットシー=ゴロンタの存在は……確認できないわね。

 橋の長さは40〜50m位かしらね、暗い以外に障害なんか無いからすぐに対岸にたどり着いてしまう。
 雪に埋もれた取り合えず道らしき所を踏み分けて入植村の中心へと……行けなかった。 ネオ・ヴェネツィア以上に寒くって雪が積もっているここで、たいした装備も持ってこなかった私達に行ける所なんて限られている。 側溝なんかにはまったら目も当てられないしね。
 木の種類までは分からないけど、この季節の林なんかはご多分にもれず薄ら寒い。 まして行く先に楽しい事があるんならともかく、有っても廃墟や建物の土台じゃ気も滅入るってもんよ。

「……何にもないですね…」
「まあ、人が住まなくなればゴーストタウン行きの片道切符切られたみたいなものだもんね」
「誰が受け取るんですか、その切符?」
「それに、いまどき”切符切るって”表現も無いと思うけどS○ikaとかPASM○とか…あ、由乃さん…顔赤くって表情が怖いんだけど…」
「オールが今この手にあれば、武蔵みたいに祐巳さんの頭に振り下ろしてるところだわよ! それにヴァポレットは切符使ってるじゃない!! ってか、取りあえずソコヘナオレ!」
「い、いや…わ、私”物干し竿”持って無いし… ど どうやって防ごう?」
「…頼りない小次郎ですね。 ゴンドラのオールは長すぎですね、蜻蛉切よりは短いですけど。 Sui○aもP○SMOもこの時代には無いんじゃないですかね」
「冷静にちょっとずれた事言わないようにね乃梨子ちゃん」
「……はぁぁ〜…。 帰ろっか…」
「…そうですね…」
「…テンション続かないわよね、寒いから?」
「寒いってのもあるけど…」

 『 やっぱり”ある種の期待”ってのがあったから…… 』

「…っでしょ ね?」
「……そう ね…」
「…………は い…」

 私達三人の足跡しか付いていない雪道を淡々と引き返す。 なんか半分ホッとして、半分ガッカリして、感慨なんかあるわけも無く…でも溜息なんか吐いちゃったりしながら、橋の袂まで来ると…。

「……あれっ… ゴ、ゴロ ンタ…?」
「…え? あ?!」
「う、お…お 久しぶり…?」

 あ、そうか、乃梨子ちゃんは久しぶりなのか…? 祐巳さんはどうなんだろ? あんまり聞いた事も無いんだけど。 私は……。 …いやそうじゃなくって!

 橋の真ん中くらいの所に…いや真ん中辺りから、なぜか以前に見たことのある石造りの神殿になっていて、上の方からの淡い金色の光に照らし出されて立っているのは、いつもの燕尾服を着たひときわ大きな猫、ケットシー=ゴロンタ…。
 そしてその周りには、たくさんの 猫 猫  猫  猫   猫。

 ケットシー=ゴロンタは、目を細めて優しげな笑顔を見せると、右手(?)を胸に合わせて一礼する。

  ” ザ ワ ッ ”

 周りの景色から一瞬で色が失われ、突風が雪を巻き上げて吹雪のように視界を遮る。


『 なに?! なんなのよ?!! 』



    ・   ・   ・・   ・・・

   ・   ・・   ・・・

  ・・   ・・・

 ・・・

・・




  * *   ――   * *   ――   * *   ――   * *




「…祐巳…ああ、祐巳! 祐巳!!」
「ゆ、祐巳さま!!」
「由乃! 由乃!!」
「島…よ…由乃…さま…」
「乃梨子…、乃梨子! 大丈夫?!」


 どのくらい経ったのか、風が止んでいた。

 そして、懐かしい声を聞いた気がして、顔の前で組んでいた手を解く…。

 ……そこは…。

『……マリア…様?』

 銀杏並木

 お祈りをしたマリア様の御前

 そして…。

 令ちゃんに菜々、志摩子さん、祥子さまに瞳子ちゃん。

 ウ…ウソ……帰って…これたの?

 叶わないと諦め掛けてた事が、叶ったの?

 ……目の前がにじみかけた時に、グッっと誰かに手を握られる。

 ? 祐巳さん?

 そして気がついた、 私達…半透明?
  …… 実体が戻ったわけじゃないんだ。 乃梨子ちゃんも気がついたようだ、見るとやっぱり祐巳さんは乃梨子ちゃんの手を取っている。 頼りないように見えるけど、やっぱり三人の長女役してるだけの事はあるわ、ちょっと見直してあげよう。
 握った手は少し震えてたけど、おかげで少し冷静になることが出来た、冷静になれば周りが見えてくる。

 夜空の具合からして、下校時間はとっくに過ぎているようだけど、どうやって守衛さんをやり過ごしたんだろ?
 来ているのは、どうやら令ちゃん、菜々、祥子さま、瞳子ちゃん、志摩子さんの五人。 江利子さま、蓉子さま、聖さま、それと蔦子さんと真美さんはこの場にいないようね。

『え〜〜と〜……ご、ごきげんよう…お姉さま……』

 エコーが掛かってるなんか変な声で、場違いにもニヘ〜ッっと笑いながら祐巳さんが第一声を掛ける。

「……………ゆ、祐巳…」

 あ、祥子さま額に手を当てちゃってるわ。 そりゃそうよね、感動的であるはずの再開のシーンでの第一声が、ノホホ〜ンとした顔での ”ごきげんよう” じゃしまりゃしない。
 瞳子ちゃんは口をポカンと開けている、女優にあるまじきマヌケな顔さらしてるわね。
 志摩子さんは口元に手を当てて驚いたように目を見開いている。
 菜々は……感謝しなきゃならないわね。 私に突進してこようとしてる令ちゃんを抑えてくれてる。 でも、私達が半透明な所に興味示してるでしょ?
 令ちゃん……てんぱって現状見えて無いでしょ? いい加減復活してくれないかな…恥ずかしい…。
 まあ、いいカウンターにはなったのかな? 盛り上がりすぎて何もできなくなるって事も無いでしょ。
 
『そ、それで…、なぜ皆さんはここに? なぜ今日私達がこの場に現れると分かったんですか?』

 ちょっとエコーが掛かってる声で、乃梨子ちゃんが疑問を投げかける。
 そう言えばそうよね、今日私達がここに来れたのは、まったくの偶然。 知らせる術なんか持ってないし、皆も知る術なんか無いはずだし。

「…夢… 夢です。 私達が見た夢の中で、由乃さま…お三方共々が教えてくださったんです」
「最初にそのことに気が付いたのは祐巳のご家族よ。 祐麒さんが見た夢の事をご両親に話したの、そうしたらご両親も同じ夢を見ていたの。 気になった祐麒さんが私のところへ連絡をくれたのよ。 そうして確認をして見たの…私達も、ほぼ同じ内容の夢を見ていたの」
「今日、この時間……マリア様の前に、祐巳さんと、由乃さんと……来るからと…」
『そう…なんだ……し…志摩…子さ……ん』

 乃梨子ちゃんが涙ぐみながら志摩子さんへと近づいた、乃梨子ちゃんを抱きしめようとしてスカッと空中を掻いたりしてる志摩子さんの手、そういうオマヌケするのね。

『夢 って どんな夢なの?』

 祐巳さんと顔を見合わせてから、令ちゃんと菜々の近くまでゆっくりと近づいてみる、どうやらある程度動き回れるらしい。
 祐巳さんが目の前に来ているのに、祥子さまは以外にも冷静だわね、そういえば前に祐巳さんが薔薇の館のガラスに現われた時に、勢いで窓を開けちゃって祐巳さんの映像(?)が消えちゃった事があったわね。

「由乃、由乃!」
『ちょっと令ちゃん! あんまり騒ぎすぎてシスター達が来たりしたら、別の意味で大騒ぎになっちゃうでしょ! ……どっちにしろこんな形なんだから触れないわよ。 それで菜々、どんな夢だったの?』

 令ちゃんの気持ちは分からなくもないけど、たぶんここにいられる時間はそれ程長くは無いはず、グラグラ揺れる思いを抑えつつ、ちょっと冷静さを欠いている令ちゃんではなく菜々から夢の話を聞きだすことにする。

「300年後の火星…アクアって言うんですね、そこのネオ・ヴェネツィアという所で、令さまと島…由乃さまのご両親? と私と良く似た感じのもう少し年上の方と… 5人で、由乃さまの漕ぐ白いゴンドラに乗せてもらって …街の案内をしてもらう夢でした……夢から覚める間際に今日の事を教えてくださったんです」

 ……なんであの人が入ってるんだろ? なんか〜ほら…令ちゃんとこのオジさんとかオバさんとかの方がらしいと思うんだけど。

「夢で見たのと同じ格好ですね、姫屋のウンディーネの制服。 あ、でも手袋は今は片方だけしてるんですね」
『はぁ〜…よく見てるわ…菜々は。 ……で、何日なの今日って?』
「…1月25日…6時40分頃でしょうか? 変ですね、日時を教えてくれたのは由乃さまのはずですが」
『まあ、前後関係がいろいろあるのよ…たぶん……』

 前に祐巳さんが薔薇の館のガラスに現われた時には、筆談しようとしたけど出来なかった。 だから”300年後の火星=アクア”も”ネオ・ヴェネツィア”も”姫屋””ウンディーネ””白いゴンドラ”だって、情報として知りえなかったんだから単語として出てくる訳ない。 だけど菜々、手袋の有無まで覚えてるなんて、いい夢見と記憶力してるわね。
 白いゴンドラで手袋無しって事は、3人とも無事に一人前(プリマ)になった頃ってことなのかな? どのくらい先の話しなんだか……。

「由乃…、この一月どんなに会いたかったか……」
『令ちゃん…』

 あ、そうか令ちゃんもいたんだったわね。 

『…そんなメソメソしないでよ…菜々の前で、みっとも無いったらありゃしない!』

 なんかもう各薔薇に分かれて話が進んでるみたいだわね。
 紅薔薇さん家は、なんか瞳子ちゃんがそっぽ向いて、祥子さまは何か悲しそうな、それでいて怒っている様なちょっと複雑な顔をしてるんだけど、祐巳さん大丈夫かね?
 白薔薇さん家は、……あれは、手を握ってるつもりなんだろうな〜、実体じゃないから触れないんだけど、見詰め合っちゃってまぁ〜…。

「で、でも…由乃…」

 おっと、黄薔薇家では……涙でグショグショのミスター・リリアンが私に襲い掛かろうというのか、まだ手をバタバタさせている……菜々が令ちゃんのベルトを引っ張っててくれてなかったら、実体じゃなくても押し倒されそうな勢いだわ……。 というか…鼻水拭きなさいよ見っとも無い。

『も〜う、令ちゃん! シャッキッとしてくれないと困るわよ! そ、その……”黄薔薇家はもうダメだ”とか言われかねないでしょ!』
「黄薔薇のことなんかどうだっていい! 私は!」
『いいから鼻水拭きなさいよ、なんて顔してんのよ!』
「いえ、”どうでもいい”では私が困ります」
「『 え?」 』
「…ぁ…」
『え? …そ…それは…わたしがこ…まる……って、その…なん…で?』

 え? ど…どういうこと? 『黄薔薇家はもうダメだ』『黄薔薇のことなんかどうだっていい』…で…『それは私が困ります』って…え? え?

「え…あ〜…そ、その……。 ちゅ 中等部に来る情報はリリアン瓦版と噂なんかで断片的ですから…。 よ…由乃さまが行方不明になってから…いろいろ気になって。 由乃さまの事とか…ロザリオの事とか………ス…姉妹の事とか……」

 菜々が顔を赤らめてモジモジしながら俯いて……ぅ…うぁあ〜…、とっても珍しい物を見てる気分…。

『え〜〜と…』
「ロザリオ! また見たいんですが。 いいですか?」

 あ、ごまかした。
 ふむ、気にはなるけど、姉妹の契りを結ぶかどうかの方は、まだ考えが及ばない訳かな? でも…。

『ごめん、今持って無いのよ』
「よ、由乃! まさか?!」
『失くしてないわよ。 失くすのも嫌だったから部屋のクローゼットの中、リリアンの制服にポケットに入れてあるの。 だから、今持って無いの。 ごめんね、菜々』
「いえ、次の機会の楽しみに取っておく事にします」

 次の機会か…、私達の自由って訳じゃなくて、ケットシー=ゴロンタ頼みなのがちょっと……。

『……令ちゃん、菜々のこと、たのむわね』
「たのむって?」
『だからいろいろ教えてあげてって言ってんの。 高等部の事とか、山百合会の事とか。 いろいろあるじゃない』
「…菜々ちゃんにいろいろ教えてあげるのは由乃でしょ? そんな自分は出来ないみたいな言い方しないでよ!」
『…あぁ…そうね……だから、私が帰って来るまで、菜々の事たのむわ』

 ……私…帰って来られない…なんて………言えないよ…。


「ですから、それは卑怯だと言っているんです! 祐巳さま!!」

 ん? 瞳子ちゃん? どうしたんだろ?

 表情自体は半泣き気味だけど、瞳子ちゃんは目を吊り上げている。 あの娘もちょっと複雑っぽかったしね。 『あんな方法でロザリオの授受をしないよう叱らなくてはね』とか言ってた祥子さまも瞳子ちゃんの方を持っている様だけど、祐巳さんひょっとして…。

 あの時は、祥子さまや瞳子ちゃんの言い分も、もっともだと賛同できた、祐巳さんは帰ってこなければならない、そう思っていた……。

『……分かり…ました』

 祐巳さんは、瞳子ちゃんからの抗議と祥子さまからお叱りを受けたのか、俯いて差し出していたロザリオと手を下ろした。 やっぱり。

『……それなら…教えてください……2年……2年も…こちらに留まっているしか出来なかった私に……帰り方を……ここへの…帰り方を……教え…教えてください!』
『祐巳さん?!』
「…ゆ、祐巳? …2年って…どういうことなの?」
「帰り方をって…行ったのなら帰る事だって……」

 祥子さまと瞳子ちゃんは、いや、令ちゃんも菜々も志摩子さんも、祐巳さんもこんな形で”帰ることが出来ない”って事を言う気はなかっただろう…告げる機会が来るとも思えなかったし。 

「か、帰れないって? 由乃? 由乃?!」

 口を吐いて出てしまった言葉を戻す術は無い、政治家は簡単に撤回してたけど……私は…、祐巳さんを攻める気には…やっぱりなれない。 それは……。

『……ごめん…令ちゃん………。 同じ立場に…同じ境遇になってみなければ、わからない事ってのもあるのよ…』

 私の肩を掴もうと空を切る令ちゃんの手、私はその手を無視する形で祐巳さんの肩に手を置く……ごめん…ごめんね…令ちゃん…。

『自分の意思では、どうにも出来ないのよ…。 こんなふうにここに来られたのは…いくつかの条件がそろったからだと思うんだけど』
「それなら…それなら、その条件を揃えれば!」
『意識して揃えられる条件だったら、とっくにやってます。 曖昧で人間が介在していないからどうにも出来ないんです』
『300年も経って、火星を地球と変わりない環境にできて、簡単に行き来できるようになっても……時間と空間を行き来する人工的な技術は……無いのよ』
「そ、そんな! 由乃、さっき自分が帰って来るまで菜々ちゃんの事頼むって言ったじゃない! アレは嘘だったの?!」
『ま…まだ知られたくなかったのよ!』
「なんでこんな嘘をつくのよ?! 偶然でしか戻れないなら何時言うつもりだったのよ?!」
『こ、こんな事…こんな事、さらっと言えるほど、達観した人間じゃないわよ!』
「乃梨子、なんで? なんで言ってくれなかったの?」
『……分…っていて…も……もしもって…もしもって…思っ…ぅ…ぅぐっ…』
「それでも…! あっ…よ、由乃?!」
『なによ?! あ…』

 驚く令ちゃんの視線を追ってみると、私の足元へ……。 体の先から空気に滲んで行くように消えていってる!! そんな?!

『ちょっと、まって!! こん…――― 』




  ―  ・  ―  ・  ―  ・  ―  ・  ―  ・  ―




「――…な別れ方! …した…… く…なかった……」

 視界は一気に暗転した。

 必死で手を伸ばす令ちゃんも、目を見開いて何か言いかけていた菜々の顔も見えなくなってしまった。
 祐巳さんも手を伸ばしたようだったけど、それ以上は私からは見えなくなってしまって何があったのかわからない。



 ネオ・ヴェネツィア

 あの橋の袂



「…ウソだよ、……なによ…なんなのよ! 喧嘩別れなんて…こんな別れ方なんて……こんなんなら…こんなんなら行った意味無いじゃない!! ……会った意味無いじゃない!!」

 ………私の癇癪に慣れっこになっている祐巳さんも乃梨子ちゃんからも反応が無い。 こっちに来てからそれ程怒鳴って無いと思うけど。
 二人から反応が無いし、ケットシー=ゴロンタに文句の一つもぶつけてやろうと息を大きく吸い込んで…………は、みたものの……吐き出してやろうと思った言葉は、冷たい空気に白い大きな溜息になって広がっていった。
 喧嘩別れしてしまった事については気になる、あんな別れ方無いだろうってのも本心、ただ、…なんて言うか………ネオ・ヴェネツィアに戻ってこれてホッとしている自分ってのにも気付いちゃって……。

 どの位経った頃だろう。 なんとなくノロノロと振り返ると、乃梨子ちゃんは泣き止んで涙を拭っている。 祐巳さんはなぜか自分の右手をて見ていた、私が振り向いたのに気がついた祐巳さんは、少し物悲しげな笑顔を見せる。

「………瞳子ちゃんに……ロザリオ渡したの…。 お姉さまと瞳子ちゃんにはこんな形で申し訳ないけど……」
「…渡したって……届くわけ無いじゃない。 その辺に落ちてるんじゃ…」
「…大丈夫よ……」
「………」
「大丈夫よ… 届い…てるわよ……」




  * *   ――   * *   ――   * *   ――   * *




 もう元の意味なんかすっかり忘れ去られているはずなのに、日本州での5月の連休ってのは、300年経っても未だに健在みたい…ウンディーネにとっては本格的な夏の観光シーズンの肩慣らしみたいな時期。

 指導員の藍華さん、灯里さん、アリスがちょっと忙しくなったので直接指導がなかなか受けられない。
 …帰りが遅くて書類仕事が苦手な”サンタルチア駅前支店長殿”が帰社するまでの間に、ある程度書類の整理をして、戻ってきたら書類処理のサポートしてやって、それで私室に帰るのが遅くなっていることが弊害といえば弊害かな…。
 まさかこんな所で、山百合会でやってた書類整理のスキルが多少なりとも生かされるとは思わなかったけど……でも、いいのかしらね? 収支報告とか本支店間の連絡事項とか人事週報なんかにも目を通しちゃってるんだけど。
 帰りの道すがらは藍華さんにウンディーネの事やネオ・ヴェネツィアの事、晃さんの裏情報……っと、まあ、いろいろ教えて貰うこともあるから、無駄ばかりとも言えない気もするけどね。
 ――それはともかく……。
 

 乃梨子ちゃんも浮島が桜の花びらを撒き散らしている4月の初めに半人前(シングル)に昇格できた。
 ――--まあ、半人前(シングル)の私達には、まだ直接関われる訳ではないから合同練習に励むしかない訳だけど。


「…よし、乗ったわね」
「由乃先輩うまいですよね、流れに乗せるのが」
「ふふ〜〜ん、そうでしょそうでしょ!」
「この辺、通り慣れてる私でもたまに外しちゃうのに…」

 午前中の合同練習からの帰り、ARIAカンパニーに寄ってランチにしようということになった。
 ARIAカンパニー社屋は、カナル・グランデとジューデッカ運河の合流点の下流とも言えるサン・マルコ運河の畔に在る。 流れはそれほど速くないけれど、複雑に入り組んでいる潮目を読んでそれにうまく乗せないとゴンドラが結構揺れたり、逆流している潮に捕まって流れに逆らって余計な力を使ったりと、いらない苦労をする場合もある。
 多少姫屋の社屋内にあるジムで筋トレしてると言っても、基本体力に絶対の自信があるわけじゃないから、なるべく少ない体力を削らないように最小の力で効率よくゴンドラを動かす方法を考えて身に付けていかなけりゃならない私。 まあ、日々試行錯誤の繰り返しなわけ。

「このゴンドラの時は特にそうよね。 よっぽど相性がいいのかな?」
「う〜〜ん、まあそうなのかな」

 相性はいいんじゃないかな? 今もちょっと教えてもらったし。
 もっとも ”ゴンドラとある程度意志疎通が出来る”なんて、灯里さんをはじめARIAカンパニーの面々が喜んじゃいそうな事、教えるわけ無い。 恥ずかしいセリフの応酬になるから。
 やっぱ名前付けたいわね、前 言った時は、二人に強硬に反対されたけど。

「さて、お昼は何にしようか?」
「ぷぷいぃ〜!」

 ご飯と聞いてご機嫌なアリア社長のもちもちポンポンをなでている祐巳さん、冷蔵庫の中身でも思い出しているんだろうか。

「まあぁ〜」
「私は何でも。 材料見てから決めても良いのでは無いでしょうか?」

 まあ社長を抱いてシートに座っている乃梨子ちゃんは、最近髪を伸ばしている、見ていて前髪がちょっと鬱陶しんだけど、ピンで留めるとオデコが全開になってイヤなんだそうだ。
 
「フッフッフッフ〜、そろそろね時期的に ”冷やし中華”だと思うのよね」
「冷やし中華ですか? コンビニでなら、確かにこのくらいの時期から見かけたりはしますけど…」
「え〜〜? 中華麺って有ったかな?」
「…そんなの聞いちゃったら…普通のでいいからラーメン食べたくなっちゃいますね……」

 ネオ・ヴェネツィアには、なぜか讃岐うどん屋があるのに中華料理屋が無い。 日本では、石を投げればあるラーメン屋も見つけることができなかった。 やっぱパスタだからかな? うどん屋は在るじゃない? でもうどん屋が在って蕎麦屋が無いのはなんで? 蕎麦粉のクレープは在るんだからありそうなもんだけど。

「ラーメンだったら、とんこつ辺りをガッツリと食べた……、あれ? ARIAカンパニーお客さん来てるんじゃない?」
「え? …ホントだ、おっかしいなぁ〜、予約のお客さんが来るのは……1時過ぎのはずだけど」

 今は11時半頃…のはず?

「とりあえず〜、スピード上げるわよ」
「程々にね〜」
「い・そ・ぐ・わ・よ!」

 お客さん待たせるわけにもいかないでしょうに……ホントノンキなんだからARIAカンパニーは……。 マッタリモードから暴走モード…もとい、オールの角度をほんの少し変えただけだけどゴンドラはグッっと速度を増す。

「お〜、速いね」
「スピード違反ギリギリっぽいんですけど。 でも、あれってリリアンの制服じゃないですか?」
「んん〜〜? ……あっ! アイちゃん?!」
『「アイちゃんなの?」「ですか?」』

 アイちゃんが近づくゴンドラに気が付いて手を振って出迎えてくれる。 話には聞いてたけどホントに変わっていない制服、もう懐かしく感じるセーラーカラーが、ネオ・アドリア海からの潮風に揺れていた。



 直接会うのは初めてのアイちゃんと挨拶を済ませてから、お昼の調理に取り掛かる。
 まあ調理グッズがいくら充実していてもキッチンがそんなに広い訳が無い、祐巳さんと私がキッチンに立ち、アイちゃんと乃梨子ちゃんで社長達の面倒を見てもらうことにした。
 乃梨子ちゃんは、まあ社長を抱きかかえてアリア社長のもちもちポンポンを守っている。 アイちゃんはアリア社長を弄ん…いやいや。 二人のわりと楽しげな話し声は聞こえてくる、けど、リードしてるのはアイちゃんみたいだわね。 ちなみにヒメ社長はソファーの上で丸まっている。

 結局中華麺はなかったから、カッペリーニの冷製サラダパスタ。 レタスと、千切りにしたニンジンとキュウリとさいの目に切ったトマト、アイちゃんが来てるからかちょっといい目の生ハムが乗ってて美味しそう。 トマトジュースと水、それに薄口醤油を混ぜただけのソースとは思えない出来だわね。

「本当は、中等部を卒業したらすぐにARIAカンパニーのお世話になるつもりだったんですけど『せっかく名門校に入れたんだから、高等部は出てくれないか』って親戚一同で説得されちゃいまして…」
「なるほどねぇ〜。 私らがいた頃でも……90年越えてたからね」
「名門中の名門になっちゃってますね、創立400年の女子高なんて」

 そんな学校に入学できたんなら、それだけでもステータスだろうし、高等部くらいは卒業させたいってのはよく分かるわ。
 アリスの話しだと、今はミドルスクールを卒業後職に付く人も多いんだそうだ。

「じゃあ、アイちゃんもお姉さまが出来るかもしれないわね」
「え〜と〜〜、それなんですが……」
「……ん?」
「あ、もしかして」
「…はい!」

 アイちゃんは背筋を伸ばして、まるで下級生が上級生に報告事項をする時のような顔をして、私達三人を見る。

「祐巳さんがリリアンへ、薔薇の館へ来られた時、事前に学校側に来賓の許可を取ったり、薔薇の館へ入る許可を薔薇さま達から取り付けたりしたんですが……その時のご縁で、桜薔薇の蕾(ロサ・カニーナ・アン・ブートゥン)から、ロザリオをいただきました」

 そう言いながら、アイちゃんは左の袖をスッと捲るとキラリとロザリオが光る。


  『 ―… いつか……必ず、追いついて見せます …― 』


 その古そうなロザリオが煌めいた瞬間、笑ったように目を細めるケットシー=ゴロンタの映像と、聞いた事のある声がフラッシュバックのように脳裏をよぎる。

「……と…瞳子…」
「……瞳子ちゃん…」
「……だよ…ね?」
「 ? 」

 私と祐巳さんそして乃梨子ちゃんに届いたのは、いつの日にか瞳子ちゃんが発した言葉
なんだろうか。
 およそ300年間、桜薔薇(ロサ・カニーナ)と供に有ったそのロザリオは、間違いなく祐巳さんが瞳子ちゃんに託したロザリオだった。

「届いたんだ……本当に届いたんだね…そして、伝えてくれてたんだね…」
「…祐巳さん」

 ポロポロと祐巳さんの目から涙の雫が落ちる。 

「でも、なんで手首にロザリオを付けているんでしょうか?」
「え? これですか?」
「白薔薇さんとこのイメージよね、手首にロザリオって」
「私はちゃんと首に掛けていますけど。 志摩子さんは、手首でしたね」
「聖さまもそうだったのよ。 どういうことなんだろ? 300年の間に変化しちゃったのかしら?」
「いえ、黄薔薇家でも白薔薇家でもロザリオは首に掛けてます。 なんとなくなんですけど……」

 アイちゃんは手首に着けているロザリオに目を落とす、そして…。

「…なんとなく……なんですけど……。 こういう事なんじゃないかと思うんです……」

 手首から抜いたロザリオをアイちゃんは、祐巳さんへと差し出した。





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「祐巳…祐巳! ・・・ああぁ・・・なんてこと・・・」
「そんな! そんなのウソよ!! 由乃! 由乃〜!!」
「本当に、本当に帰っては来られないの?!」
「の、乃梨子・・・ああ・・・」
「由乃さま・・・」
「・・・・・・」

 3人が滲むように消えていった場所で、令は跪いて芝生に拳を打ちつけ、菜々は令の肩に手を添え傍らのマリア像を恨めしげに見上げる。 志摩子は祈るように手を組み。 祥子は顔を手で被い隠して肩を震わせている。

「・・・・・・さ、祥子・・・お・・・姉さま・・・・・・祥・・・子お姉・・・さま」

 冷たい歩道で膝をつき、瞳子は自分の手のひらに現われたあり得ないはずの物を、悲しみと、それを上回る驚きが混じりあった表情をして見つめていた、喉の奥から搾り出すように祥子に声をかける。 見たことがあるはずのそれを、祐巳にそれを渡した祥子に確認して貰うために。

「・・・これ・・・・・・これは・・・」
「・・・なに? 瞳子ちゃん。 ?! どうしたの、これは?!」

 瞳子の手のひらにある物を見ると、瞳子に詰め寄るように近づく。

「…祐巳さまが…祐巳さまが渡してくれたんです。 目が合って……気が付くとこれが・・・」

 指先がもう少しで瞳子の手のひらの物に触れそうになったが、祥子はその手を止める。

 落ち着いて

 今のままそれに触れると奪い取ってしまう、そんな気がした、そしてそれは、祐巳の意志に反するように思えた。
 自分を落ち着かせるように祥子は深呼吸する、そして忘れられるはずの無い、しかし、あの日失われてしまったはずの物を確認した。

「これは・・・確かに・・・そう、確かに、私が祐巳に渡したロザリオよ」

 少し離れた所の外灯の光に淡く光るロザリオを見ていると、不思議と祐巳とのつながりを感じる。
 瞳子の掌に自分の掌を重ねてロザリオに触れたあと、一つ頷いてからゆっくりと両手で包み込むようにして、瞳子にロザリオを握らせる。 ロザリオを通して祥子には、祐巳とは別の淡い思いが感じられるように思えた。

「祐巳が・・・このロザリオは、瞳子ちゃん。 祐巳が、あなたに託したものだわ」
「…私…の……でも」

 重ねられた手を、しかし瞳子は何かを恐れるように首を横に振る。

「…でも……、わ、私には……」
「…一人じゃないわ」
「…え?」
『 にゃぁ〜 』

 いつのまに現れたのか、校内でよく見かける猫が一輪の不思議な花を咥えて二人の傍らに座っていた。

「違う時間(とき)に居ても、違う空間(そら)を見ていても、遥か遠くに離れていても、祐巳(あのこ)と私は、瞳子ちゃん、君(あなた)と一緒に居るわ。 私は、祐巳とつながっているのを感じられる。 このロザリオを通してそれを感じられる。 瞳子ちゃん、あなたはどう?」

 猫に手を伸ばすと、それを待っていたようにキラキラと光の粒を纏った花を祥子の手に渡した。

「…ジャスミンのようだけれど。 これも、祐巳のいる所の物なのかもしれないわね」

 何か憑き物が落ちたように一つ震えると、猫は藪の中へ逃げるように飛び込んで行ってしまった。

「…い、いいんでしょうか? 私は…私はまだ……」
「……瞳子ちゃんの持っている蟠りが何なのかは、今は聞かない。 でも、それらを受け入れられないほど、祐巳は小さな人間では無いはずよ」

 重ね合わせた手に視線を落とした瞳子は、目を閉じて一つうなずくと、優しげに見守っている祥子へ、ゆっくりと面を向ける。

 言葉は交わさず見詰め合った二人は、手を取り合ったままゆっくり立ち上がる。 瞳子は祥子にロザリオを手渡すと、祥子は掌の上に乗せられた懐かしい感触を確かめると、ロザリオのチェーンを広げる。

「……待って…待ってください」
「? どうしたの瞳子ちゃん?」

 ロザリオを瞳子に掛けようとしていた祥子は、怪訝な顔をして動作を止めた。 少しの間逡巡した瞳子は、左手を差し出した。

「こちらへ、お願いしてもいいでしょうか?」
「……ここへ?」
「はい、ここでいいのです」

 しばらく瞳子を見つめていた祥子は小さくうなずくと、ロザリオを左手首に巻き付けた。

「”どうして?” って聞いてもいいかしら?」
「……これを首へと掛けられるのは、一人だけなのですから」

 ロザリオを巻き付けた左手を、瞳子はマリア像に向かってゆっくり掲げる。

「…いつか……必ず、追いついて見せます」





           〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜  了  〜・〜・〜


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