S-1 校庭、第二体育館横
リリアン女学園には怪人が出ます。
「 月も朧に白魚の〜 」
とかく洋物に思考が行きがちのリリアンには珍しく、和風に歌舞伎の小悪党の名を借りた「和尚吉三」「お坊吉三」「お嬢吉三」の三人組、その名も『三人吉三』。 生徒から依頼を受けてしょぼい盗み、ちょっとしたいたずら、不敬のやからの成敗などをしているため、生徒には薔薇さま方の次くらいに人気があったりする。
「三人吉三よ! 風紀委員! 手はず通りに配置について追うのよ!」
祥子さまの指示で風紀委員が、あらかじめ決められていた、おそらく祥子さまを中心に議論を重ね、完璧と自画自賛しているだろうフォーメーションを組むべく駆けて行く。
「赤い封じ文、三人吉三ね?! 生徒は下がりなさい! 小笠原さんここは教員に任せて下がりなさい!」
リリアンではあんまり活躍の場が無い風紀の教諭が、恐れ多くも祥子さまにそう指示するが…。
「承服できません! 前回、前々回、それだけではありませんでしたわよね?! 教職員の方々にお任せして三人吉三を取り逃がしたのは!」
「いいから下がりなさい! 今回こそは必ず捕まえるわ!」
「説得力がありません! こちらは完璧な布陣を敷いています、教職員の方々こそお引取りください!」
「 篝(かがり)もかすむ春の空〜 」
あ〜〜あ〜、両方のトップがいがみ合ってちゃあどうにもならないのに…教職員も風紀委員達も動きが鈍って、逃げて行く三人から離されていく。
ま、一応中立の立場を取っている私には関係ないけどね。 私は、スクープさえ取れればいい!
あ、祐巳さんと志摩子さんだ、ご苦労様。 令さまはどこかで別働隊の指揮でもしているのか由乃さんともども姿が見えない。
教職員組と山百合会+風紀委員連合軍が混乱している間隙を縫って、校内とは思えぬほど繁茂している木々の間を逃げる三人吉三に迫る。
しっかし三人のいでたちったら…。
たぶん錫杖の代わりなんだろう2m程の木の棒を持ち、黒いサラシで鼻から上を隠し鉢巻きよろしく後ろに垂らし、黒のタートルネックカットソーに黒のスリムパンツ、黄土色の羽織は金色の刺繍が施され、それを黄色の帯で留めている和尚吉三。
赤の太目の鉢巻きを目の所だけに巻き、黒のタートルネックカットソーに黒のスパッツ、薄紫に金の刺繍がされた羽織を帯代わりに腰に巻いて、三人の中では一番シンプルにまとめているお坊吉三。
お嬢吉三は、黒のタートルネックカットソーは共通、赤に桜色と金の花の刺繍入りのおそらく振袖……なんでおそらくかって言うと、だって、肩のところと裾の部分にかなり大胆にスリットが入っている、チャイナドレスかってくらいのスリットで黒のニーソにミニスカートがチラチラ見える。 帯は緋色でやっぱり金色の刺繍、結び目は前にした花流水結びで垂がかなり長く、結び目にはカンザシを挿しているらしい。
「 冷てぇ風もほろ酔いに〜 心もちよくうかうかと〜 」
まるで自分たちの姿を見せつけるように私の前方を踊るように走る三人吉三。 お嬢吉三の長い髪と振袖の裾、帯がひらひらゆれる。 悔しい、私全力疾走なんだけど…かなり苦しいんですけど…ぜんぜん追いつけない。 不意に私の横でフラッシュが焚かれる。
「?! 蔦子さん?」
「おや? 真美さん、ごきげんよう」
「”ごきげんよう”じゃない! 今日だけで…ハァ…何回…ハァ〜ッハァ…顔合わせてる…と…思ってんのよ?!」
「さ〜て、何回だったかな? 今回の三人吉三の出現理由はなに?」
「セクハラ教師…の…ハァ…成敗だっ…て…ゥハァ…いい写真…撮れそ…う?」
「それはわかんない、真っ先に見せてあげるわ」
「 浮かれ烏のただ 一羽〜 御厄払いましょう〜 』
蔦子さんの軽いフットワークがうらやましい、シャッターを切りながら余裕綽々、あたしは息も絶え絶え…。
「 厄落とし〜〜〜〜 」
赤い封じ文の最後の段を歌い上げると同時に、お坊吉三とお嬢吉三が何かを私達に放った。
「ひあぁ? あぁつた〜ぅう! うふぁぁ?うぐぐぐ! 〜はぁぁ〜〜」
「あ?! うぎゃぁあ?! ………痛ぁ〜〜…、真美さん、大丈夫?」
「うぐっ? うぐっ?! ぷは〜っ〜、はぁ…はぁ……と…取り合えず…蔦子さんは?」
「風呂敷?…ちょっと大きめだけどスカーフかな? これは避けられたんだけどね、木の根っこに足をとられちゃったわ」
「三人吉三は?!」
「消えちゃったね。 大丈夫? 立てる?」
お坊吉三とお嬢吉三が放った大きなスカーフは空中で広がり、私はそれを見事に被ってこけて、蔦子さんはスカーフは避けたものの木の根っこに足をとられた。
三人吉三は、夕闇迫るリリアンの木立の中に消えて行った。
S-2 写真部部室
「さ〜て、どんなのが撮れてますかね」
そう言いながら蔦子さんはフィルムのまき戻しを始める。
「これで何回目だろう、まかれちゃったの。 もう半年も追っかけてるのに」
「そんな簡単に捕まるんだったら、とっくに三奈子さまにスッパ抜かれてるんじゃない? 薔薇さま達とも因縁がありそうだし、そっちでも放っとかれないでしょ…」
「う〜ん、でも今日風紀委員を指揮してたの祥子さまじゃなかった? 紅薔薇さまは見えなかったようだけど?」
「…ヒント、三年生…」
「あ、受験か…」
「それはそうとして、現像上がるまで待つの?」
腕時計をチラッと見てから溜息を一つ。
「喉渇いちゃったな……何か買って来るわ」
「あ、じゃあ私の分もお願い。 大学部の自販機で確か『わさび☆ラムネ』が売ってたからそれで」
確か変な飲み物として大学部の自販機に導入された時話題になって、記事を書くのに味見したのを思い出す。 原材料にわさびは入っていない、故に味も甘さ控えめなラムネ。 私は…二度はいいかな……。 名前先行商品と言う結論になって、記事にそう書いた。 でも、なぜか売れているらしい。
「あれ飲むの?」
「私は好きだな〜、結構癖になる味よ」
「いや……まあぁ、いいけど…」
「『カレー☆ラムネ』でもいいんだけど、あれは後がちょっとね…カレー食べたくなっちゃうのよね…」
『カレー☆ラムネ』と言うのも『わさび☆ラムネ』と同時期に入ってきた変な飲み物だ。 カレーの匂いはするものの、味はまあ普通にラムネ。 ただ後味に微妙〜にカレー味がするので、聞く所によると『カレー☆ラムネ』を飲み、後味の残っているうちにご飯を食べると言う離れ業をやってのける人もいるんだとか。
「お金は〜?」
「ごめ〜ん、フィルム開けちゃったから暗室から出られないのよ、立て替えといて」
「はいはい、じゃあ行って来るわ」
「は〜〜い…」
これ以上ここに居てしゃべってても暗室作業の邪魔になるので、取り合えず写真部部室から出て大学校舎の方へゆっくりと歩き出す。
道すがら、もう何度目になるか分からないお姉さまから引き継いだ三人吉三取材メモを眺める。
三人吉三は、その名のとおり三人組みの盗賊。
年長者の和尚吉三、若きチンピラ風お坊吉三、一番女性らしい格好のお嬢吉三。
その正体は生徒の誰かとみなされる。
初めてリリアンにその姿を現したのは、今から5年前。 三人吉三は…代替わりをする。 ただ代替わりをするといっても、今活躍(暗躍?)しているのは二代目お坊吉三とお嬢吉三で、和尚吉三は初代のままなんだそうだ。
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私が大学校舎に向かってメモ帳を片手に歩いている時、写真部部室に訪れた者がいた。
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…… コン コン コン ……
「……ごきげんよう……」
「…お待ちしていました。 もう少し乾きますので、ちょっとお待ちください」
「…ありがとう。 いつも悪いわね、せっかくのスクープを」
「…一応理解者のつもりですので」
「そう…」
「………う〜〜ん…この辺りなんかどうですかね?」
「そうねぇ〜……。 じゃあ、この3枚いただいておくわ。 ネガの方はいつもどおり…」
「了解です。 消去して置きますのでご安心を」
「恩に着るわ、ありがとう」
「いえいえ」
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この事を知ったのは、かなり後のことだった。
そう、ほんとに。 かなり、かなり後のことだった。
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「あれ? お姉さま、いらしてたんですか」
「あ〜真美。 聞いたわよ今日も逃げられたんですってね三人吉三に」
私の分のゼロカロリーペプシと蔦子さんの『わさび☆ラムネ』と、また話の種にと最近売り出された『杏仁☆ラムネ』の2本買ってきた大学校舎からの帰り、新聞部の部室から出て来たお姉さまに会った。
何度目だろう『逃げられた』っと言う台詞を聞いたのは。
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・・・
・・・・・
・・・
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「…っと まあ、ここまでは割りとすんなり書けたのよ…」
「……はあ…それで?」
「で、この後、なんだかんだなんだかんだあって、真美が三代目お嬢吉三を襲名するんだけど…あ、二代目お嬢吉三が私で、二代目お坊吉三は令さん。 由乃ちゃんが三代目お坊吉三ね」
「まあ、流れ的に読めますけど……お姉さまが二代目お嬢吉三ですか…」
「そうそう。 っで、和尚吉三は栄子先生ね」
「…私と由乃さんの運動神経は知ってますでしょうに…」
「だいじょうぶよ〜、地獄の特訓させてあげるから」
「特訓でなんとかなるようなものではないと思いますけど?」
「まあ、そこは小説の世界だからどうとでもできるわよ。 バネの付いた拘束具をつけるとか、樽の中に入って崖から突き落とすとか、一日一匹熊と戦って倒すとかが定番かしらね」
「死んじゃいますよ!」
「だけどね〜、この”なんだかんだなんだかんだ”が思い浮かばなくってねぇ〜」
「グダグダじゃないですか」
「ねえ真美〜、なんか思い浮かばない〜?」
「急に言われたって無理ですよ。 それに、そういうのはお姉さま自身が妄想しなきゃしょうがないじゃないですか」
「妄想なんて…酷い……。 違う角度からの意見を求めてるだけなのに〜」
「……なら、一言いいですか?」
「うんうん、何でもいいわ」
「まじめに記事の編集をしてください! 締め切りもうすぐなんですよ!!」
「うぅぅぅ〜真美の鬼編集長…」
リリアン瓦版の締め切りはもうすぐ、現役最後の記事だと言っていたお姉さまは、煮詰まってしまって…なんか知らないけどグダグダな小説を書き始めたのだった。
「イエローローズの時みたいに、これにちょっと手を加えればそれっぽくなると思わない?」
「へんな捏造記事書かないでください! それに、リリアンに怪盗なんかいませんから」
「ねえ真美、ちょ〜っとやってみない?」
「お断りします!!」