【367】 言うなればjoker  (いぬいぬ 2005-08-15 20:44:29)


「蓉子。あなた最近、祐巳ちゃんを折衝の場に連れて行ってるんですって?」
放課後の薔薇の館で、江利子は蓉子に問いかけた。
今、館には三薔薇と祐巳しかいない。自分の話題が出た祐巳は、不思議そうに江利子を見ていた。
「ええ。まあ正確には話が詰めの段階に入る前に、折衝先の要望を集めてもらってるだけなんだけどね」
「可哀そうに祐巳ちゃん。あなたのおばあさまは、可愛い孫にそんな試練を与える人だったのね」
聖がドサクサに紛れて祐巳に抱きつく。一見祐巳を慰めているように見えるが、口元が笑っているので、からかっているのがまる判りだった。
祐巳は慌てて聖の魔手から逃れようとするが、彼女の巧みなテクニックに翻弄され、さながら罠にはまった子狸のようである。
「ちょ!・・・聖さま!ドコ触ってるんですか!」
「強がらなくても良いのよ祐巳ちゃん。お姉さんが慰めてあげるからねぇ(笑」
調子にのった聖は祐巳のタイをほどきにかかる。
「そのへんにしときなさいよ聖(ドゴッ!)」
「ぐっ!・・・・・・蓉子、裏拳はリリアンの生徒としてあるまじき攻撃じゃない?」
「あなたのセクハラほどじゃないわよ」
頭を押さえてうずくまる聖に、蓉子は何事も無かったかのように言う。
「・・・・・・で、さっきの話だけど」
途中でさえぎられた形になった江利子が再び蓉子に問う。
「ああ・・・祐巳ちゃんに折衝先の要望を集めてもらってる事?」
「そう。まだ山百合会入りしたばかりなんだし、少し荷が重いのではなくて?」
江利子には珍しく、純粋に祐巳の心配をしているのだが、蓉子は「それが何か?」という顔をしていた。
「ただ相手の要望なんかを聞いてきてもらってるだけだから、そんなに難しい事でもないわよ」
「・・・なら別に祐巳ちゃんでなくても良い訳よね?」
そう、江利子はそこが気になっていたのだ。
意見を集めるなら経験のある祥子や令がいるし、一年生で良い仕事なら、志摩子と由乃がいるのだ。にもかかわらず蓉子は最近、祐巳を良く使いに出している。江利子はその理由が知りたかったのだ。
「・・・まあそうなんだけど」
「何か理由がありそうね?」
「そうね・・・・・・言うなれば、祐巳ちゃんは山百合会の「joker」ってとこかしら?」
自分を評した蓉子の言葉だが、その意味が判らず、祐巳は困った顔で蓉子に聞く。
「えっと・・・『三賢者シリーズ』を書けって事ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・何の事?祐巳ちゃん」
今度は蓉子が訳が分からないといった顔になる。
「まあ。じゃあ今は『武装錬金フェスティボー&カーニボー』状態なのかしら」
「・・・・・・・江利子も何言ってるのか分からないわよ?」
蓉子が益々困り顔になる。
「やけに立派なデコだと思ったらパラボラアンテナだったみたいね?そのデコで妖しげな電波受信するのもたいがいにしときなさいよ?」
聖が皮肉と共に会話に割り込む。
「あら、外人さんには英語で言わなきゃ分からなかったかしら?ごめんなさいね」
江利子も真っ向から受けて立つ。
祐巳はにらみ合う二人の間に挟まれる形となり、慌てて二人をとりなそうとする。
「あの!えっと!・・・え〜と・・・」
だが、この二人をどうすれば止められるかなんて、子狸の小っさい脳みそにはサッパリ判らなかった。
「外人といえば英語だなんて貧困な発想ね。そのデコに脳にまわる筈の栄養吸い取られてるんじゃない?」
「そんな心配してるヒマがあるなら早く帰国しないと不法滞在で入国管理局に逮捕されるわよ?」
二人ともヒートアップしてしまい、祐巳にはとても止められそうになかった。
「落ち着きなさい二人とも(ドッ!ゴガッ!!x2)」
「くあっ!・・・エルボーから裏拳のコンボなんて・・・いつ覚えたの?」
「イタタタ・・・・・・的確におでこを狙うとは・・・やるわね蓉子」
蓉子の説得(?)に、二人ともおとなしくなった。祐巳は隣りで「これからもこの人には逆らわないようにしよう」と蓉子の拳を見ながら決意していた。
「まったくもう・・・話を元に戻すわよ?私が『joker』って言ったのは、切り札って意味よ」
『切り札?』
聖、江利子、祐巳の声が綺麗に重なった。
「そう。手持ちの良い札が無くて手詰まりになった時の打開策、そういう意味よ」
自信あり気に言う蓉子に、江利子は問い返す。
「切り札って・・・祐巳ちゃん、そんなに交渉うまいの?」
江利子の疑問ももっともである。聖も、他ならぬ祐巳自身も、そんな事は初耳だったのだから。
だが、次に蓉子の口から出てきたのは、本来の『切り札』とは少し違った意味合いの言葉だった。
「別に祐巳ちゃんが交渉してくれる訳じゃないの。ただ、祐巳ちゃんに色々な要望を聞いてきてもらうと、少し『オマケ』が付いてくる事があるのよ」
「『オマケ』って何よ?」
聖もこの話に興味が出てきたらしく、蓉子に質問しだす。
「祐巳ちゃん相手だとね、向こうもリラックスして話せるらしくて、私達が聞いたんじゃあ言わないような情報をポロっとこぼす時があるの。そんなこぼれ落ちてきた情報の中に、意外と折衝を進めるうえでの重要なヒントがあったりするのよ」
「・・・要は祐巳ちゃん相手だと、向こうも油断するって事かしら?」
江利子の予想に、蓉子はさらに説明を重ねる。
「油断とはまた違うかな?『どことどこの部が仲が良い』とか、『あそこの予算は実は多いんじゃないか』とか、『こんな仕事なら誰それにまかせれば間違い無い』だとか、言うなれば世間話のレベルの事なんだけど・・・まとめてみると、実は山百合会として仕事を進めるうえで重要なヒントが隠されていたりするのよ」
蓉子の説明に、全員が「へぇ〜」と感心していた。何故か祐巳までも。
「私達薔薇さまが相手だと、そんな雑談に耳を貸してくれるはず無いとか思われてるのかもね・・・そんな訳だから祐巳ちゃん。これからも宜しくね?」
微笑む蓉子に、祐巳は照れまくっていた。まさか自分がそんなに重要な役目を請け負っていたとは気付いてなかったのだ。
「いえ、あの、そ、そんな、私なんかがお役に立てて光栄です。・・・でも」
「でも?」
蓉子が問い返すと、祐巳はこんな事を言い出した。
「『joker』って言うとカッコイイけど、日本語で『愚者』って言うとなんか潰れたみたいで情けない響きですよね」
明後日の方向に会話の飛ぶ祐巳を見て、三人の薔薇さまが揃ってマヌケな顔になる。
いきなりそんな事を言い出す祐巳を見て、蓉子は「『joker』って『ババ』にもなったっけ・・・」などと言う言葉が思い浮かび、自分の主張に自信が持てなくなってきた。
しかし、聖と江利子はそんな祐巳を見て喜んでいた。
「あっはっは!祐巳ちゃん、オモシロイねぇ」
「ほんとにね。あなたのおかげで退屈しないで済みそうだわ」
「え?ええっ?」
祐巳は自分がトンチンカンな事を言ったのにも気付かず、なんだか悩み始めてしまった蓉子を心配してオロオロしていた。


勝負の分かれ目を握り、時には大逆転劇を演出してみせる『joker』。
しかし、彼女自身に自覚が無かったので、薔薇の館は今日もおおむね平和なのである。


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